「……んもぅ、人がせっかく爽やかな朝の支度したくを楽しんでるのに、あんたは本当にうるさい子ねぇ。情緒じょうちょが足りないわよ?」

「はあ、情緒ですか。そんなものとっくに隣の汚部屋に放り込んでます。それよりも師匠、不必要なものを一つの部屋に押し込むのは片付けとは言わないって、何度言ったら分かるんですか~。いくら空き部屋が多いからっていつかはいっぱいになりますよ? この前一ヶ月全く使わなかった物は捨てるって約束したでしょう」

とはいってもこの約束は大抵一月ひとつきに一度は確実に更新される。そして師匠と呼ばれた人物がその約束を守ったことは、これまでただの一度もない。

少女も無駄だとは理解しつつも、釘を刺しておかねばこれ幸いと侵食の速度が速まるので、言わずにはいられないのだ。しかし鏡の中に映る青年は涼しい顔で「だからよ」と答えた。

「はぁいぃ~?」

「分からない? 不必要じゃないから全部隣の部屋に押し込んだの」

「全く理解できないですね~。あと、今日は午後からご新規のお客が来るって言ってたじゃないですか。だから工房に脱ぎ散らかしてる靴下やら洋服を回収しときましたよ。本当にもう、美の伝道師の家が汚部屋だと次からお客が減ります」

「それを何とかするためにあんたがいるんでしょ」

「物事には限度があります。そして師匠のそれはとっくの昔に限度を超えてます」

「口うるさいガキはこれだから……」

「若作りの年増としまはこれだから……」

「──おいコラ、小娘。今なんつった?」

軽妙なかけあいの最中少女の発した聞き取れるか否かの極小の呟きに、光の速さで飛び出す野太い声。美声には違いないが、完璧に男の声である。けれど少女は少しも悪びれた様子もなくシレッと小首を傾げた。

「いいえ何も言ってませんよ~。それよりも流石は美の伝道師。恫喝どうかつですら腹に響く美声ですね」

「あら、ありがと……って、言うわけないでしょうが。あんたは人のことを師匠呼びするんなら、もう少しは師を敬いなさいよねー?」

「それは勿論。敬わせてくださる行いをしていただけたなら、私としてもとーっても嬉しいです。ええ。本当に」

少女は敬う気皆無な声音でそう言いつつ、座ったまま振り向こうともせずにブラシを手渡してくる青年からそれを受け取り、手櫛でも整えられそうな指通りの髪を慣れた手つきでかし始める。

これが彼と彼女……森の魔術師ルーカス・ベイリーと、その弟子アリアの一日の始まり方なのだった。