人形なのにもかかわらず、撫でられているオルもどことなく褒められて嬉しそうな気がする。

「……あっ! もう駄目だ……」

 少しの間オルを撫でていたレオだったが、修理が終わったことに安心した途端、徹夜で作業をしていた疲労が襲ってきたらしく、そのまま横になって眠ってしまった。

「………………」

〝スッ!〟

 床に横になってしまったレオを、オルは抱き上げて寝室のベッドに寝かせた。

 そして、ぐっすり眠っている主人のレオに、直してもらった感謝を示すかのように、頭を下げて部屋から出て行った。


「おや? オル、直ったのですか?」

〝ペコッ!〟

 レオの代わりに行った野菜の採取の仕事を終えて、ベンヴェヌートが家に戻ってきた。

 そして、今日もいつものように魔物の退治に行っているロイたちとは違う人形が立っているのを見て、レオがオルを直し終えたのだということに気がついた。

 話しかけてきたベンヴェヌートに対し、返事をするように軽く会釈すると、オルは寝室のほうを指差した。

「あぁ……、レオ様は眠ってしまわれたか……」

 昔からそうだったように、ベンヴェヌートはレオの家の手伝いをしている。

 そのため、レオが徹夜でオルのことを修理していたのも知っている。

 エレナと同じようにレオの体のことが心配だったが、ぐっすり寝ている姿を見る限り体調を崩している様には見えなくて安心した。

「おやっ? もう魔物退治に向かうのですか?」

〝コクッ!〟

 直ったばかりだというのにいつもの槍を持ったオルは、家から出て行こうとしていた。

 それを見て、もしかしたらと思ってベンヴェヌートが問いかけてみたら、オルは頷きで返答してきた。

「気をつけてくださいね。あなた方が壊されるとレオ様も悲しみます」

〝コクッ!〟

 昨日調査から帰ってから、表情になるべく出さないようにしていたが、レオは家に入るなり人形を作る部屋に閉じこもった。

 壊れても所詮は人形。

 壊れてしまったのなら直せばいい。

 しかし、長年の付き合いのベンヴェヌートからすると、レオはロイたちに対してただの人形ではないという感情を持っているように感じる。

 オルが壊されて必死になっていたことでもそれがわかる。

 そのため、レオの執事であるベンヴェヌートからすると、人形たちを王を守る兵のように思うことにしている。

 兵が傷付けばレオが悲しむ。

 今回のようなことは仕方がなかったが、なるべくそうならないように忠告した。

 そのベンヴェヌートの忠告に頷き、オルは家から出て行った。


◆◆◆◆◆


「みんな気をつけてね!」

〝コクッ!〟

 防壁内の魔物はもう存在しなくなったようなので、ロイたちには四体による隊を編成して防壁の外の魔物を退治してもらうことにした。

 盾役のグラド、剣のロイ、短剣の二刀流のラグ、弓使いのドナの組み合わせにした。

 もう一体の盾役のガンデと、直ったばかりの槍のオルは、防壁内に魔物が侵入してきた時のために備えてもらうことにしている。

 レオが心配そうにした注意勧告に、ロイたちは了解したように頭を下げ、その後防壁の外へと出て行った。


「エドモンドさん!」

「んっ? なんだ?」

「実はご相談がありまして……」

 ロイたちを見送ったレオは、エドモンドの所へと向かった。

 いくつもの樽に酒造りの仕込みをした今は手が空いたので、住民の家の建築を手伝ったりしている。

 物作りが得意なドワーフが建てる家は、同じ造りでも何故か丈夫というジンクスのようなものが多くの国に広がっていて、それにあやかるために手伝ってもらっているのだ。

 そんなエドモンドに、レオは相談に乗ってもらいたいことがあって彼を訪ねた。

「人形の強化?」

「はい……」

 彼を訪ねたのはロイたちの強化について、相談しようと思ったからだ。

 物作りに定評のあるドワーフの彼なら、レオの人形たちを強化する策を提供してもらえるのではないかと期待している。

「強化か……、単純に金属で作るっていう方法はどうなんだ?」

「全身金属だと、重くなって魔力の燃費が悪くなるんです」

「なるほど……」

 レオが丈夫な鉄でなく、木で作っているのにはいろいろと理由がある。

 全身を金属で作った人形を動かすこともできるが、レオが言ったように重量が増えることで動くだけで魔力を多く消費してしまうのだ。

 魔力を燃料にしている人形たちは、魔力が尽きれば動かなくなってしまう。

 全身鉄で作った人形だと、木製人形が一週間動く魔力量で一日しか動かなくなるかもしれない。

 一体だけならそれでもいいが、さらなる開拓には多くの人形が必要になってくるため、そうなると使い勝手が悪すぎる。

「軽くて丈夫、魔力のことも考えるなら……ミスリルが適しているんじゃないか?」

「ミスリルって……結構高いんじゃ?」

「その通りだ」

 としての知識から、エドモンドはミスリルという金属を薦めてきた。

 レオもミスリルという金属のことは知っている。

 エドモンドの言ったように普通の鉄よりも軽くて丈夫、しかも魔力伝達率が高いという特徴も持っている。

 まさにロイたちの強化に適した金属と言っていいだろう。

 しかし、ミスリルには難点があり、なかなか大量に採取できる金属ではないため、金額がかなり高いのだ。

 アルヴァロに手に入れてもらおうにも、一体分だって払えるとは思えない。

「ミスリルを手に入れられるまでは、人間と同じように防具の装着などで防御力を高めるしかないんじゃないか?」

「そうですね……」

 重くなってはいけないので、ロイたちは防具を着けていない。

 しかし、昨日のような時に防具を着けていれば、もしかしたら動かなくなるようなダメージを負わなかったかもしれない。

 防具を着けて魔力を消費しやすくなっても、全身鉄製にするよりはマシだろう。

 ならば、エドモンドの言うように防具による強化しかない。

「そういやオーガやゴブリンたちが棲み処にしていた洞窟があるって言ってなかったか?」

「……はい」

 以前ドナートとヴィートと共に、レオはオーガの討伐を行った。

 その後は放置した状態だった洞窟のことを、エドモンドが急に話題にしてきたので、レオは不思議に思いつつ返事をする。

「そこを採掘して見たらどうだ? ミスリルはないかもしれないが、何かしらの金属が手に入るかもしれないぞ?」

「そうですね! 調べてみます!」

 もしかしたらこの島にもミスリルがあるかもしれないということを、レオは考えもしなかった。

 ミスリルは貴重なので取れると言い切ることはできないが、この島で使う金属が手に入るなら調べてみるのもいいかもしれない。

 ロイたちの強化だけでなく、島のためにもなる答えをもらえ、レオはやはりエドモンドに相談して正解だったと思ったのだった。


◆◆◆◆◆


「なるほど、調査に行ったから素材が変わったんですかい……」

「えぇ」

 調査に行ってからアルヴァロに渡す素材が変わり、虫の魔物の素材が増えることになった。

 受け取る時にそのことに気づいたアルヴァロが、レオに理由を尋ねてきた。

 その答えを聞いて、アルヴァロはすぐに納得した。

 ロイたちが倒す魔物が虫系ばかりになり食肉の面で心配だったが、虫系の魔物を餌とする鳥の魔物も出るので、最近のレオたちの食卓には鶏肉が頻繁に出るようになっている。

「ロイたちが隊を組んで魔物の退治をしているので数は少し減りましたけど、変わらず大量に魔石が手に入っています」

「取れる魔石が少し大きくなった分、値段も少し上がりやすから、数が減っても金額的にはこれまでと変わんないと思いやす」

 虫から取れる素材はたいしてなく、ギルドに売れるものは少ない。

 しかし、アルヴァロの言うように、その分これまでよりも少し大きい魔石が取れるようになったので、魔石の販売価格でこれまで通りの金額が手に入るだろう。

「なんでも、金属の採掘を始めたとか?」

「はい。二体の人形に採掘してもらっています」

 エドモンドに相談したことにより、以前オーガとゴブリンがひそんでいた洞窟で何か金属が採取できないかと思い、新しく作った二体の人形たちに採掘作業をしてもらうことにした。

 住人の何人かが採掘作業をすることに手を上げてくれたが、もしも洞窟内でガスが発生したりした場合危険なため、人形たちにやってもらうことになった。

 人形たちならたとえガスが発生しても難なく行動できるので、適していると言っていいだろう。

「鉄鉱石とか取れてもまだ炉がないので、少しだけですけどね……」

「ドワーフのエドモンドさんがいるなら大丈夫でしょ?」

 レオの言うように採掘作業をしていくのに並行して、金属を取り出すための炉の建設も始めた。

 魔物の討伐のことも考えて、レオは木製の人形を増やしているため、もともとは鍛冶をしていたエドモンドに炉の建設は任せている。

「頼まれていたので、とりあえずつがいの山羊を連れてきたんですが、畜産でも始めるんですかい?」

「そうです。いろいろと使えるので……」

 樹々だけでなく、島は雑草も生い茂り放題だ。

 手作業や魔法でどうにかするのにも、かなりの労力と時間を要することになる。

 だったら、家畜の動物に処理してもらおうという考えになったのだ。

 そのために、アルヴァロに山羊を手に入れてもらうように頼んでおいた。

 それが今回来ることになって、住宅地のはずれに山羊小屋が造られ、そこに二頭の山羊が入ることになった。

 山羊は草を一日約十キロ食べるほど食欲旺盛なので、草むらに放置しておけば餌代わりに除草してくれることを期待して手に入れてもらった。

 数を増やすことができるようになれば、毛で冬用の服や毛布も作れるし、食肉としても使えるうえに山羊乳も取れ、その乳からチーズも作れるし、一石何鳥にもなる。

 家畜としてこれほど適した動物はいないだろうと、あっさりみんなに受け入れられた。

「坊ちゃんとファウストの旦那で話し合われていた件ですが……」

「はい。例のお店のことですね?」

「はい!」

 今回山羊を島に運ぶためにおりを乗せたので、人を乗船させる余裕がなく、ファウストは連れてこなかったらしい。

 そのため、以前話していたことの報告をアルヴァロが代わりに説明してくれるようだ。

 それがレオの言うお店の話だ。

 ヴェントレ島の素材はアルヴァロがギルドに販売していて、それによってレオは資金を得ている。

 その資金も、開拓のためや住民の要望に応えるために使っているのだが、ただギルドに売って資金を得るよりも、お店を開いて販売したほうが儲けは出るという話になった。

 毎週多くの薬草や魔物の肉や素材、それと魔石を販売していたが、その一部は店を開いて販売することにした。

「料理店ですが、極力ここの島の食材を使ってもらうこと以外は自由にやってもらうことになりました」

「そうですか」

 タダで手に入るこの島の食材を使うことで費用も抑えられる。

 調理して提供する分、手に入る金額も上がるため、試しにフェリーラ領で料理店を開いてみることにした。

 土地などはファウストに任せて、アルヴァロも確認していたので問題はない。

 あとは、その店を任せる者の実力しだいといったところだ。

「ガエターノとダリアなら問題ないでしょう」

「そうですね」

 実家でレオの料理を作っていた料理人のガエターノと、ベンヴェヌートの補佐的な手伝いをしていたメイドがダリアだ。

 ふたりは夫婦で、ベンヴェヌートと共に使用人を辞め、ディステ領から脱出した口だ。

 ベンヴェヌートとは別のルートで、フェリーラ領にたどり着きレオの生存を知ったそうだ。

 彼らもこの島に来ることを望んでいたのだが、ちょうど店を開かないかというファウストからの話があったため、彼らに任せることにしたのだ。

 レオの頼みだと聞いたふたりは、それを快く受け入れてくれた。

 もともとレオの生存を知らなかった時は、どこかの町で店を開ければという考えをしていただけに、任されると聞いてレオに感謝していた。

 彼らの仕事の実力を知っているため、レオとベンヴェヌートは揃って太鼓判を押した。


「ドラン、バラグ何か取れたかい?」

〝コクッ!〟

 以前オーガが潜んでいた洞窟にきたレオは、発掘を頼んだ二体の人形に尋ねる。

 それに対して、洞窟から出てきたドランが頷き、篭を持ってレオの所へ来た。

「どうですか? エドモンドさん」

「ん~、確かに鉄鉱石だが、少ししか含まれていないようだな……」

 籠には鉄鉱石らしきものが入っていたが、エドモンドの鑑定した結果だとそんなに質はいいとは言えないようだ。

「まぁ、これでも取れるだけ取って鉄にするしかないかもな……」

「そうですか……」

 最初からそれほど期待していなかったが、やはりそううまくいかないようだ。

 がんばってくれた二体には悪いが、残念な結果にレオは少し肩を落とした。

「二体とも、悪いけど続けてもらえるかい?」

〝コクッ!〟

 しかし、少しでも島で手に入れられるなら、このままドランたちに掘らせてもいいかもしれない。

 そのため、レオはこのまま二体に掘り続けてもらうことにした。

 頷いたドランは、また洞窟の中へと入っていった。


「そうですか……、鉄は望みが薄いですか……」

「うん」

 山羊に雑草の処理をしてもらうのを眺めながら、レオとエレナが話していた。

 闇猫のクオーレを毎日撫でているところからもわかるように、エレナは動物が好きなため、山羊の面倒もたまに見ている。

 雑草を食べている山羊を見ているのが楽しいそうだ。

 洞窟内からあまり鉄が取れないことを残念に思っていたレオが、一緒になって山羊を眺めている時に呟くと、その話に相槌を打った。


「フェリーラ領のお店のほうはどうなのですか?」

「順調なようだよ」

 フェリーラ領に開いた料理店だが、レオとベンヴェヌートが思っていたように、ガエターノとダリアががんばってくれているのか、人気は上々らしい。

 料理人のガエターノの腕とメイドの経験のあるダリアが給仕するので、失敗することはないだろう。

「ただ、ほかにも人気のお店はあるからね。何か特別なものがあるといいんだけどね……」

 確かにふたりのお陰で開店早々人気が出たようだが、当然ほかにも人気店はある。

 そこと比べても遜色はないのだが、やはりさらに目玉になるような商品があれば、この人気を維持できるのではないかとレオは思っている。

「レオさんの作っていたショーユというのは使えないのですか?」

「……それだ! お店でも使えるようにもっと作ろう!」

 レオは以前から大和皇国の調味料であるショーユを作っていた。

 最近ようやくできたため、それを使った料理をみんなに振舞った。

 新しい調味料ということもあり、みんな興味津々に食べていたが、レオの料理は喜んでもらえた。

 特に島の料理人のピエトロは気に入り、もっと量産するべきだと興奮していた。

 作り過ぎてもしょうがないと思っていたが、ガエターノの店で使ってもらえばもしかしたら珍しさで人気になるかもしれない。

 そのため、エレナの言葉で思いついたレオは、ショーユの生産を増やすことにした。


◆◆◆◆◆


「今回も大量に魔物を倒したようですね……」

「ロイたちのお陰です」

 いつものようにギルドなどへ売る素材の受け取りに来たアルヴァロ。

 今回も追加の山羊を運んできてくれた。

 受け取った時に虫の魔物の魔石の数を見て、相変わらずといった感じに感心していた。

 それに対し、レオは素直に思っていることを告げる。

 防壁の外の魔物を退治するためにバランスを考えて編成したロイたち人形の隊は、レオのスキルで動いているからなのか連携がよく、毎日多くの魔物を狩ってくれていた。

 それでも、領地を広げるためにもうひとつ隊を作ろうと、レオは人形を製作している最中だ。

「家も結構できていやすね?」

「はい。みんなが協力してくれました」

 防壁も完成し、島に住人を連れてきてもらう受け入れ態勢を整えようと、一角に住宅を建設している。

 ひとり暮らし用や家庭用の家がいくつも完成しているのを見て、レオひとりしかいなかった時から関わっているアルヴァロは、島が少しずつ発展しているのを感じて感慨深い思いをしている。

 家の建設には、小さい人形たちが細工作業をがんばってくれているが、組み上げるのは人の手でないと無理なので、結局は協力してくれる男性陣の手によって建てられていると言っていい。

「もう住人が増やせやすね……」

「はい」

 あとはファウストが集めた人間を島に招き入れるだけの態勢になった。

 そのことを、アルヴァロからファウストに伝えてもらう予定だ。

「今回アルヴァロさんにお話があるのですが?」

「はい。なんですかい?」

 商品のやり取りを終えて、レオはアルヴァロに真剣な顔をして話しかける。

 レオの家の応接室で椅子に腰かけ、飲んでいたお茶のカップを置いたアルヴァロは、その態度に何かあるのかと少し不安になってきた。

「さっきも言ったように、建設もある程度進んだので、ファウストさんにここの住民になってくれる人間を連れてきてもらおうと思っているのですが……」

「えぇ……」

 家の建設もこのまま続けるつもりなので、住人を少しずつ増やしていこうと思っている。

 そうなると、まずはやらないといけないことがある。

「この島には船があるし、人を運ぶ船と、荷物を運ぶ船として動いてもらおうと思っています」

「……そうですかい」

 レオの言うように、この島にはエレナたちが乗ってきたガイオの船と、逃れてきた元海賊の者たちの船と、大きめの船が停泊している。

 ルイゼン領の人間が見たら、もしかしたらエレナの生存や海賊を匿ったことを気づかれてしまう可能性があるので、ドックで見た目を作り変える作業を行っていた。

 それも終了した今、ただ海に浮かばせておくのはもったいないと思い、レオはフェリーラ領とのやり取りに使うことにした。

 それを聞いた時、アルヴァロは何が言いたいのかを察した。

 これまでその役割をになってきたのは自分だ。

 つまり、代わりにほかの者にその役割を継いでもらうことではないだろうか。

 言い方がよくないが、言わば用済みということをレオが言いたいのだとアルヴァロは思った。

 数人しか乗せられないような漁船しか持っていない自分が、これから発展していくこの島には必要なくなったのだから、レオを応援してきた身としては嬉しいことと言っていい。

 少し残念だが仕方がないと、アルヴァロはレオの話の続きを待った。

「フェリーラ領とのやり取りをするために、商会を立ち上げようと思っています」

「……そうですね」

 これまでアルヴァロが島に必要な物を集めたりしてきたが、人が増えたり店ができたりした場合、もっと細かく多くの物を手に入れてもらわなくてはならなくなる。

 人員を雇い、集めた物を保管する倉庫の管理などをするために、商会を立ち上げることにした。

「その商会の責任者に、アルヴァロさんになってもらいたいのですが……」

「……えっ?」

 もしかしたら、用済みと告げられるかもしれないと覚悟していたアルヴァロは、レオの意外な提案に少し反応が遅れた。

「ずっとこの島の取引をしてくれていた方ですから、お任せしたいと思いまして……」

「……しかし、俺以外にもできる人間がいるんじゃ?」

 自分を買ってくれていたのだと、嬉しくありがたい話だが、アルヴァロには少し疑問に思うところがある。

 週に一回だけとはいえ何度もこの島に来ているので、島の人間とは顔見知りだし、仲のよくなった人間も少しはいる。

「商会の責任者なら、たとえばガイオさんなんか……」

 責任者になるなら人を従える能力も必要になるだろうし、そうなるとガイオなんて適任な気がする。

「ガイオさんには後々、領を守るために兵の指揮をしてもらおうと思っています」

 窓から見えたガイオを見てのアルヴァロの発言に、レオはすぐにその選択をしない理由を述べた。

 海賊狩りの船長をしていたこともあり、ガイオは腕っぷしではこの島でトップの人間だろう。

 エレナの執事のセバスティアーノもかなりの実力の持ち主のように思えるが、彼はエレナから離れるのを好まないようなので、頼むのははばかられる。

 今は脚が完治していないので治療に専念してもらっているが、完治したあかつきにはガイオに頼もうとレオは思っている。

「ただ、ひとつ問題がありまして……」

「……なんですかい?」

 商会の責任者をアルヴァロに頼むにしても問題がある。

 その問題がなんなのかは、アルヴァロにも心当たりがある。

 言葉遣いがあまりよくないし、見た目もごついために、商人としては適していないのではないかということだろう。

「アルヴァロさんに漁師を続けてもらうことができなくなりそうなのです」

「……そんなことですかい? それなら気にしないで大丈夫でさ」

「いいんですか?」

 確かに、もともと漁師を専門にしていたし、週一で島に来る日以外は漁師をしていた。

 しかし、住人が増えてくるにつれて、レオの要望に応えるために手に入れなければならない物も増え、漁に出る日数は今までと比べて半分近くになっていた。

 漁師をしているよりも島に協力するほうが収入的には上がってきていたため、このまま島の発展に協力をしていたほうが、もっと得られるのではないだろうかとも思うようになっていた。

 レオに言われるまでもなく、もしかしたらこのまま漁師を辞めていたかもしれないため、アルヴァロからするとたいした問題ではない。

 それよりも、見た目などの問題は気にしないことにツッコミたくなる。

「ここの発展に協力できるなら構いませんぜ!」

「本当ですか? よかったです!」

 息子を助けてもらったということがきっかけだったが、レオがたったひとりの時から島を見てきたこともあり、アルヴァロの中ではこのまま島がどこまで発展していくのかが楽しみになっている。

 そのいちじょになっているという思いで、ずっとレオの求める物を集めてきたつもりだ。

 漁師も、父の仕事を受け継ぐ流れでやってきたことだし、そこまでこだわっている職業ではない。

 なので、今後もレオの役に立つのなら、漁師を廃業してしまっても構わない。

 レオはレオで、アルヴァロがこれからも協力してくれることに安堵し、嬉しかった。

 島の発展のために、アルヴァロを巻き込んでしまったのではないかという思いがあったが、かといってこのままアルヴァロとの関係を絶つのはレオとしては悲しい。

 それもあって商会を任せようと思ったのだが、了承が得られたことでこれまでの不安が解消された。

「今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ! よろしくお願いしやす」

 少し勘違いしていたことでお互い表情が暗かったが、それが解消されたふたりは笑顔に変わった。

 商会の人員などはファウストに頼めばいいので、これで発展へ向けて進んでいける。

 ふたりは握手をして、これからもつき合いを続けることを笑顔で約束したのだった。


◆◆◆◆◆


「ヴェントレ島へようこそ!」

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 商会を立ち上げフェリーラ領へ船を送るようになり、レオはようやく住人を迎えることになった。

 みんなディステ領から逃れてきた者たちで、店を持ちたいという者たちを先に連れてきてもらった。

 そこに行けばだいたいの物が揃うようにするため、商店街のような場所を作るつもりだ。

 どの場所で、どんな間取りがいいかなどを聞いて、店舗を併設した住宅を建てるつもりだ。

 それまでは仮設住宅に住んでもらうことになっている。

 さらに住人を増やすのは、店が開けるようになってからだ。

「ドワーフの方が監督してくれるのですか?」

「はい」

 酒造りをしてもらうために来てもらったドワーフのエドモンドだが、家の建築などにも関わってもらっている。

 ドワーフが関わった建物は、同じ構造でも丈夫で長持ちするというジンクスがある。

 そのため、新しく来た者たちも、自分の店舗がドワーフの監督によって建てられることが嬉しそうだ。

 監督といっても、作業はほかの者や人形にやってもらうので、細工が施された木材を組む順番を指示しているだけだ。

 しかし、監督には変わりないので、そこにツッコミを入れるような者はいない。

「店の建設費用とかはどうなっているのですか?」

「住宅兼店舗の建設費は特別に無料です。開店費用は僕が無利子でお貸しするという形になります」

 客となる住民もいない所に来てもらったのだから、住宅と店舗は無償で提供させてもらうつもりだ。

 開店資金までも肩代わりするのは無理だが、利子なしの条件で貸しつけならなんとかなるだろう。

 これまでアルヴァロに魔物の素材を換金してもらって貯めてきた資金を使えば、それに充分当てられるはずだ。

 先に住んでいた元ルイゼン領の者たちは、みんな領主であるレオの下につくことになった。

 みんなエレナについてきた者ばかりなので期待していなかったのだが、逃げてきたのが知られてはいけない海賊の人たちはともかく、もともとエレナと一緒に来たガイオたちまでついてくれることになったのは意外だった。

 エレナは客人として自由にしていてもらうつもりだ。

 基本レオと同様に野菜を育てたり、動物の世話をしたりするのがメインとなるだろう。

 それと、最近はハーブティーが作りたいと、畑の一画でハーブを育て始めている。

 本当はそんなに働かずにのんびりしていて構わないのだが、エレナ自身がやりたいことのようなので、レオとしては止めるつもりはない。


◆◆◆◆◆


「脚はどうですか? ガイオさん」

「痛みはない。落ちた筋肉さえ戻れば完治だな……」

 長い間杖を突いて歩いていたガイオ。

 しかし、今は杖もなく歩いても平気なようだ。

 固定して動かさないようにしていたことで筋肉が落ちてしまったらしく、それを取り戻すように訓練を始めている。

「あんまり無理しないでくださいね……」

「あぁ……」

 訓練相手に駆り出されたのは、ドナートとヴィートの兄弟だ。

 一対一で棒と木剣による打ち合いを行ったりしているのだが、脚が治ったばかりだというのに、ガイオのほうが毎回勝利している。

 体力も落ちていたせいか回数は少ないが、ふたりともガイオに勝てないことで落ち込んでいるようだった。

 自分たちは万全の状態だというのに、怪我が治りたての人間に負けたのだから悔しくないはずがない。

 レオの場合、骨がつく前からやられているので、もう負けることにこだわらないようにしている。

 毎回落ち込んでいたら、稽古なんてしなくなってしまいそうだからだ。

「普通ならもう少し期間がかかるんだろうが、レオに魔法で治療してもらった成果だな……」

「ジーノさんの指導のお陰ですね」

 ジーノの魔法指導で、レオは治療の魔法も教わった。

 怪我や骨折を治す【回復】という魔法だ。

 回復薬で怪我なら治すことはできるのだが、骨折までは治せない。

 指導の一環としてレオが行ったのだが、折れた患部に魔力を流し、【回復】の魔法をかけることで骨がつくのが早まった気がする。

 ドナートとヴィートには悪いが、このまま訓練をして早いとこ元の強さに戻ってもらい、みんなの指導にあたってほしいものだ。

 ガイオをトップにおいて、ドナートとヴィートがその下につく形で、領兵としてがんばってもらうつもりだ。

 ガイオたちがその役を受け入れたのは、レオのためというのもあるにはあるが、エレナのためでもある。

 もしもムツィオにエレナが生存しているということを知られたら、こううれいを絶つために刺客を仕向けてくるかもしれない。

 その時に対処するためにも、隊として連携すればエレナへ手を出すことは阻止できるだろう。

 そういう思いもあって、ガイオたちはレオの申し出を受けることにしたのだ。

「エドモンドさんのほうはいかがですか?」

「う~ん……、成果がいまいちわからないです」

 ガイオと話していたところで、セバスティアーノが問いかけてきた。

 エドモンドのほうというのは、魔法で腕が再生できないかということだ。

 ジーノの話だと、大和皇国の魔法使いに欠損した腕を治した者がいるという話だった。

 治療が得意な魔法使いには、そういったことができるらしい。

 しかし、それもひと握りの人間で、貴重なため国のお抱えになっているそうだ。

 それが【再生】という魔法らしい。

 しかし、そのお抱えの魔法使いたちでさえ、長い期間【再生】の魔法を継続してかけることで治っていくという話だ。

 多少治療の魔法が使えるからといって、【再生】の魔法の訓練を始めて間もないレオがそう簡単に結果を出せるとは思わない。

 ジーノですらもしかしたらということで教えたのだ。

 教えたジーノのほうは【回復】の魔法は使えても、【再生】の魔法はうまくないそうだ。

 訓練と才能、それに性格が関わってくる魔法だといわれているため、人を選ぶ魔法なのかもしれない。

 とりあえず、レオはエドモンドに全部説明したうえで魔法の練習相手になってもらっているが、答えたように成果はわからない。

【再生】の魔法の成果がわからず、自分には才能がないのではないかと落ち込みそうになっているレオに、エレナが自家栽培のハーブを使ったお茶を出してくれた。

「どうぞ!」

「あぁ、ありがとう!」

 エレナに感謝の言葉を返し、レオは出されたお茶を口にする。

「ふ~……、落ち着くね……」

「ハーブティーはリラックス効果がありますから……」

 ハーブティーのお陰か、魔法の成長が感じられないでいた焦りが、どこかに飛んでいくかのようだ。

 ひと息つき、レオが落ち着いたのを感じとったエレナは、自分のカップにも注ぎながら微笑んだ。

「レオさんは考えることや、島のためにやらないといけないことが多いので、たまにはこうしてリラックスしたほうがいいですよ」

「……そうだね」

 住人が増えた以上、領主として責任が増える。

 なるべく彼らに楽しくのんびりと過ごしてもらいたいものだ。

 そうなると、もっと開拓を進めて、田畑を広げて食料に困らないようにしたり、人を増やして経済を安定させたりとしなくてはならない。

 これからどんどん書類仕事も増えていくことだろう。

 それに加え、もしもの時のことを考えて自身の戦闘訓練や魔法の練習を続けなくてはならない。

 領主は多くのことをしなくてはならない。

 エレナは父や祖父を見てきたから、その苦労がわかるつもりだ。

 そんな自分にできることと言ったら、今はレオの気分を落ち着かせるくらいしかない。

 そう思い、エレナはハーブティーを用意したのだ。

「ありがとう。エレナ」

「……いいえ」

 自分のためにハーブティーを用意してくれたのだとわかったレオは、エレナに感謝の言葉をかけた。

 あまりにもまっすぐな目で言われたエレナは、照れくさそうに返事をしたのだった。


◆◆◆◆◆


「収穫祭……ですか?」

「うん。そんなに収穫できたわけではないけどね」

 いつも通りの朝の畑での作業中、レオはエレナと話していた。

 秋になり、作物の収穫も終わりを告げるようになってきた。

 レオたちが育ててきた作物も、もうすぐ収穫終了となることだろう。

 小さいながらも商店街もでき、徐々に住人を増やしてきたことで、少しずつ町として機能し始めたように思える。

 秋にはどこの町でも豊作を祝う祭りが開かれるものだ。

 そのため、収穫量は少なくてもこの島でも開いてみようと、レオは考えたのだ。

「いいですね! 楽しそうですし」

「だよね」

 レオがいたディステ領、エレナのいたルイゼン領でも収穫祭は開かれていた。

 エレナは領主の娘として参加したことがあるため、お祭りの楽しさはわかっているつもりだ。

 楽しく踊ったり歌ったりと、領民のみんなが楽しそうにしている様は、こちらも楽しくなる思いだった。

 レオの場合、領にいる頃は家から出ることなんてできなかったため、収穫祭というものを見たことはなかった。

 しかし、領民が毎年楽しみにしている行事だというのは知っている。

 どういうものなのかを知りたいという自分の楽しみもあって、収穫祭の開催を計画しようと考えたのだ。

「みんな新しく来たばかりだし、同じ領出身としても知らない者同士だからね」

「なるほど! いいきっかけになればいいですね?」

「うん」

 レオが収穫祭を計画したのは、何も自分が楽しみたいからという理由だけではない。

 増えてきた住人はみんなディステ領から逃れてきた者たちばかりとは言っても、知り合いなんていない状況だ。

 新しい土地で新しい仲間と暮らしていく不安もあるだろうし、絆を深めるきっかけになったらという思いもある。

 レオと同じように、エレナもその考えに賛成した。

「よし! 開催に向けて計画を始めよう!」

 参加したことないレオは、何をどう準備していいのかわからないため、祭りを開くことを少し不安に思っていた。

 しかし、エレナの賛同が後押しになり、計画を進めることを決定した。


◆◆◆◆◆


「エレナに相談してよかったよ」

「そうですか? 私は何もしてないように思いますが……」

 収穫祭の開催を決断してよかったと、レオはひと安心していた。

 住人のみんなは歌や踊りをして楽しんでいて、振舞われた料理にしたつづみを打っている。

 エドモンドの造ったお酒が出されたのもよかったのか、大いに賑わっていた。

 レオに感謝の言葉をかけられたが、エレナとしては特に思い至るところがなかった。

 収穫祭の開催に賛成したのは覚えているが、それしかしてないため、感謝されても困ってしまう。

「でも、盛り上がってよかったです」

「そうだね」

 感謝の件はともかく、みんなが楽しんでくれているこの風景はいいものだ。

 そのため、レオとエレナも楽しんでいた。


「エレナ様! こちらへ……」

「えっ?」

 広場のようになっている所で開かれていた収穫祭だったが、住民の演目がいったん止んだところで、エレナがセバスティアーノのエスコートを受けて、中央の舞台のようになっている所へ案内されて行った。

 これから何が始まるのかわからないエレナは、不安そうに舞台に立った。

「「「「「エレナ様! お誕生日おめでとうございます!」」」」」

「……えっ?」

 みんなの大きな拍手や指笛などによって、その場が一気に盛り上がった。

 しかし、突然のことで主役のエレナは驚きで戸惑うことしかできないでいた。

「あの……、これは……?」

「おめでとう! エレナ!」

 確かに、自分の誕生日に開催されるのだなと思っていたが、こんなサプライズが用意されているとは思わなかった。

 予想外のことにエレナが照れていると、レオがカートにケーキを乗せて運んできた。

「成人の誕生日だからね。盛大に祝おうとこの日にしたんだ!」

「そうですか。ありがとうございます!」

 レオは、以前セバスティアーノからエレナの誕生日を聞いていた。

 成人(十五歳)の誕生日なのだから、みんなで祝ったほうが嬉しいのではないかと思った。

 そのため、収穫祭をこの日に合わせることにしたのだ。

 当然みんなには本人に気づかれないようにと言っておいたのだが、サプライズは成功だったようで、エレナは少し目を潤ませながら喜んでくれた。

「みんなに祝ってもらえて嬉しいです! ありがとうございます!」

 ケーキに挿されたロウソクの火を吹き消し、エレナはみんなに向かって感謝の言葉を述べた。

「父を亡くし、叔父に命を狙われて追い詰められていた私は、ガイオたちに守られてなんとか逃げ延び、この地に来ました。この島の生活は危険がいっぱいですが、動物の世話や野菜の収穫など、興味を持った多くのことができて、私が私らしく生きられるとても楽しい島です」

 ルイゼン領を脱出した時は失意のどん底だった。

 しかし、この島に着いてからの生活は、伯爵令嬢の時にはできなかった冒険に満ち溢れていた。

 それらの経験は、ルイゼン領で味わった苦しみや悲しみを忘れさせてくれ、笑顔になることができた。

「ここに来られて、今私は幸せです。私たちを受け入れてくれたレオさんに心から感謝します。これからもみんなで力を合わせて、レオさんと共にこの島を発展させていきましょう!」

「「「「「おぉーーー!!」」」」」

 この島での生活を共にしていたみんなが、エレナの笑顔を見ている。

 ムツィオによって多くの不幸が襲いかかったが、そんなエレナの姿を見ていると、スピーチを聞いている者たちは、皆この島へ来て正解だったのだと思えた。

 感謝の言葉を終えて嬉し泣きするエレナに、聞いていた者たちももらい泣きしながら歓声を上げる。

 その歓声によって盛り上がった収穫祭は、その後、歌や踊りが再開され、大成功のまま終わりを迎えた。


◆◆◆◆◆


「…………」

 収穫祭が終わり、住民それぞれが家に戻って寝静まった頃、あるひとりの男が夜の砂浜へと足を進めていた。

 漆黒の服装に身を包み、足音もかすかに歩き進めた男は、砂浜に着くと周囲を見渡して誰もいないか確認する。

〝ピッ!〟

「カァ~……」

 男が懐から取り出した笛を吹いて小さな音が鳴ると、一羽のカラスが男のもとへと飛んできた。

 カラスの脚に輪っかのようなものがついているところを見ると、おそらく男の従魔なのだろう。

 近くの石に留まったカラスは、おとなしく男のことを見つめている。

「……まさか、生きていたとは……」

 自分の仕入れた情報を信じられないことのように呟きながら、男は小さい筒のようなものを取り出し、呼び寄せたカラスの脚へと結びつけ始めた。

 カラスは、仲間へ情報を伝達するための手段として呼び寄せたのだ。

「よし。行け!」

 手紙を入れた筒を脚に結びつけ、男はカラスを飛び立たせた。

 これで手紙を受け取った者が上へと知らせてくれることだろう。


「ギャッ!!

 カラスが飛び立ったのを確認し、自分もこの島から逃げ出そうと考えたのだが、それは中断せざるをえなくなった。

 飛び立ったカラスが見えなくなる前に、どこからか飛んできたナイフがカラスに突き刺さり、そのまま海へと落とされてしまったのだ。

「動くな!!

「っ!!

 周囲には誰もいなかったはずなのに、カラスを殺られたということは何者かに自分が見られていたということだろう。

 そのため、男は慌てて武器に手を伸ばそうとしたが、その手が武器に届く前に背中から声がかかった。

「いつの間に……」

 つけられているとは思わなかった男は、思わず声を漏らしてしまう。

 それもそのはず、昨日の深夜のうちに島に侵入したのだ。

 まさか、住人がひとり増えたくらいでバレないはずだ。

 それに島の内情を探っているような不審な動きをしたつもりもない。

「元は同業の者でしてな……」

「クッ!!

 首筋に突きつけられたナイフで、いつ殺されても仕方がない状況だとわからせたうえで背後の人物は話しかける。

 返ってきた答えで、男は理解した。

 隠密行動を仕事としている自分に気づかれず、尾行されたことからもわかるように、この背後の人間は自分以上の実力を持つ者だということだ。

 まさか、そんな奴がこの島に存在しているとは思わず、男は歯を食いしばるしかなかった。

「なんの目的でこの島に来たのですか? 答えるなら命までは取りませんよ」

「無駄だ。答えるつもりもないし、俺が帰らなければ仲間が気づく」

 同業者ならそんな言葉に乗るわけがないとわかっているはずだ。

 喋ったとしても、どうせ牢屋で飼い殺しだ。

 そのため男は当然のように提案を拒否した。

「っ!!

「おっと! ワザと殺されようという気ですかな?」

 首にナイフを突きつけられているというのに、男は武器に手を伸ばそうとする。

 喋らずとも捕まって、なんらかの方法で自白させられたら意味がない。

 この状況なら自害しかないと、男はワザと抵抗して殺されようとした。

 しかし、その手には乗らないと、武器に伸ばした手を掴んで砂浜へと組み伏した。

「ぐふっ!!

「むっ、腕が鈍ったかもしれないですね」

 組み伏せられたと同時に、男は血を吐き出した。

 その様子を見て、捕まえた人間は失敗したと気づき、呟いた。

「背後を取られてすぐに毒を飲みましたか……」

 武器に手を伸ばしたのは、歯を食いしばって飲んだ毒が全身に回るまでのカモフラージュだったようだ。

 昔ならその可能性も考えて行動できていたのだが、久しぶりのことで鈍っていたかもしれない。

 これでは、この男がどんな組織の人間なのか。

 背後にはどんな人物がいて、何が目的で行動していたのかなどの情報が得られない。

 そのため、血を吐いて動かなくなった男を見下ろしながら、セバスティアーノは残念そうに呟いた。

「それにしても、この者の言ったこと……」

 伝達用と思われるカラスを放つ前、この男は「……まさか、生きていたとは……」と呟いていた。

 その言葉に引っかかりを感じたセバスティアーノは、その意味を考え始めた。

「まさか……」

 少しの間思考を巡らせ、セバスティアーノはある考えにいきついた。

「平穏な日々はまだ先のようですね……」

 今回の収穫祭で、エレナの心からの笑顔が久しぶりに見られた。

 この島でのレオとの生活が、エレナをそうさせてくれたのだろう。

 しかし、この侵入者の出現により、その平穏な日々がそう長くは続かないことをセバスティアーノは覚悟したのだった。