第5章 ヴェントレ島充実と新たなる決意


「最近ちょっと南でよくないことが起こっている」

「よくないこと……ですか?」

 先週来た時には、勝手に島に渡っていたジーノと口喧嘩をずっとしていたファウストだが、今回は人ではなく情報を持って来てくれたらしい。

 元ギルドマスターとして人脈が広いだけではないようだ。

「最近南のルイゼン領付近にまた海賊が出るようになった」

「……海賊ですか?」

 ファウストやアルヴァロが生活しているフェリーラ領。

 その南に位置するルイゼン領に、また海賊が出現するようになったらしい。

 ルイゼン領の近くには島がいくつか存在していて、そこを拠点としているという話だ。

 人もそうだが、他国から仕入れた物をヴァティーク王国の王都へと持っていこうとするには、ルイゼン領の港町から北東へ向かうのが距離的に近い。

 そのため、多くの船がルイゼン領に向かうのだが、そこを狙って昔から海賊が出るようになっているのだ。

「でも、海賊はガイオさんたちが潰したんじゃ……」

「その通り」

 ルイゼン領で海賊狩りを任されていたガイオたち。

 彼らはルイゼン領の跡継ぎ問題によって命を狙われたエレナを救うため領から脱出し、この島へと流れ着いた。

 彼らのお陰もあって、周辺海域の海賊は一掃されたと聞いている。

 それは間違いでないとファウストも頷く。

「それが、前とは少し様子が違うようでな……」

「……違う?」

 海賊のことはあまりよくわからないので、レオとしては何が違うかなんてよくわからない。

 ファウストの言う違いがなんなのかわからず、レオは首を傾げた。

「ガイオたちがいなくなったため、また出没しだしたのは間違いない」

 ギルドの関係で情報を得ているので、ファウストは他領にいたガイオたちのことは理解している。

 エレナの父で前領主であるグイドの指示のもと、海賊のいっせいそうとうはされたが、それを実行した海賊狩りのガイオたちは今この島で暮らしている。

 おそらくルイゼン領では台風による事故で死亡したと思われているはずだ。

 その情報が流れ、海賊の残党がこれさいわいにと出没するようになったのだろうか。

「ただ、最近出ている海賊の狙いが少し前と違い、狙いはルイゼン領だけのようだ」

「ルイゼン領だけ?」

 どういったことなのかと思い、レオは首を傾げる。

 その意味はすぐにファウストから話された。

 なんでも、ガイオたちが捕まえたり潰したりしていた海賊は船を選ぶようなことはせず、ランダムに出現して港へ向かおうとする船を襲っていた。

 しかし、今回出現している海賊は、完全に狙いがルイゼンに向かっているようだ。

 どこの所有する船かを示すために、どの船にも国旗と共に領旗が掲げられている。

 最近出没する海賊は、ルイゼン領の領旗を掲げている船しか狙っておらず、被害を受けているのがルイゼンだけという話だ。

「もしかしたらの話だが、ガイオと共にエレナ様の死亡が広まったのが最大のきっかけかもしれないな……」

「えっ?」

 エレナの素性は、あくまでファウストとアルヴァロ、そしてフェリーラ領のギルマスくらいにしか話していない。

 レオが集めた魔物の肉や素材は、フェリーラ領のギルドとしてもかなり量・質共にいいので、このまま継続的に取引したい。

 そんなお得意様との関係を脅かされるかもしれない情報を、同じギルドとは言ってもほかに流す意味がない。

 ほかから情報が流れたら、エレナの命を狙って今のルイゼン領の領主が動くに違いない。

 せめて、ヴェントレ島の開拓がもう少し進んで、エレナを狙ってきた者を追い返せる程度に力をつけない限りファウストたちは黙っているつもりだ。

 その情報を知らないため、ルイゼン領ではエレナは死んだということになっているらしい。

 ただ、海賊が出現するようになったのもその情報が広まってからだとすると、エレナのことが関係しているのではないかとファウストは考えるようになっていた。

「エレナ嬢は、前領主のグイド様唯一の御子様だ。そのエレナ様を追い出し、死亡させたのが現領主のムツィオと知って、グイド様を慕っていた者たちが黙っていられず、海賊を雇っているという噂も出ている」

「ルイゼン領の衰退を狙ってのことですか?」

「おそらく……」

 エレナを死亡させたムツィオへの報復のために、海賊たちはルイゼン領へと運ばれてくる船を狙っているという話がギルド内でも有力になっているそうだ。

 領主が変わって衰退したとなれば、国としても動くことになるだろう。

 それを理由に、領主を交代させるということも考える可能性がある。

 もしかしたら、エレナに変わって報復しようとしている者がいるという考えも間違いではないかもしれない。

「しかし、その海賊もすぐにそうとうされることになるかもしれない」

「ムツィオが動き出したのですか?」

「あぁ、ギルドを使った上陸作戦でな……」

 いくらなんでも、問題が続けば自分の領へ届く船だけを狙っていることくらいわかる。

 それに対処するのは当然のことだ。

 レオの父と違い、ムツィオはギルドへ依頼するという当然の選択をしたようだ。

 船と参加する冒険者が揃いしだい、ギルドは海賊の討伐に向かうことになっているらしい。

「海賊のいる島々は、王族所有の島々ですよね? そこに攻め入るのですか?」

「ムツィオが了承を得ているところだ」

「王様が了承しますか?」

 海賊が拠点としている細かい島々は、ヴァティーク王国の王族が支配する領地である。

 とは言っても、王都からは離れているうえに無人島となっているため、ほとんど放置されている状態だ。

 問題が起きた時は、その周辺の領主たちが王家へ了承を得て解決に当たることが多いが、上陸までするようなことはガイオたちもしていない。

 無人島となっているとは言っても、王族の領地へ軍を送るということになるからだ。

 なんとか拠点に帰れないようにして、海上で仕留めるのがこれまでガイオたちが行ってきた方法だ。

 しかし、ファウストの説明のなかで、上陸という言葉が出てきたことから、冒険者たちを島へと攻めさせるということだろう。

 ギルドは民間の組織で、冒険者は実際に雇っている兵ではないと言っても、王族の島へ兵を送るということになる。

 理由をつけて兵を送り、そのまま自分たちの領地として利用するということもできるかもしれない。

 王家としても王都から離れているからと了承する可能性もあるが、そこまで考えているのだろうか。

「……ここだけの話だが、現在の王はこのことを深く考えていないかもしれないな」

「了承するということでしょうか? そうなったら、周辺の領主たちは腹を立てるのでは?」

 どうしてその島々が王家の管轄になっているかというと、昔その島々の所有権を主張して周辺の領主たちが揉めに揉めたからだ。

 ムツィオに上陸を認めて、もしもレオが考えたように領地として主張しだしたら、周辺の領主たちともまた揉めることになるだろう。

 王家への不信感に繋がるかもしれないのに、本当に了承するのだろうか。

 簡単に了承しようものなら、口には出さないが王は完全に馬鹿というしかない。

「たぶん了承するな。今の王なら……」

「そんな……」

 レオは知らなかったが、どうやら今の王は愚王として有名らしい。

 そのため、どうやら止めようがないようだ。

「そこで、俺が提案するのは、その海賊をここの領民にしちまわねえか?」

「えっ……?」

 内乱になりかねないこの事案に、ファウストはレオに対してぶっ飛んだ提案をしてきた。

 思いもしなかった提案に、レオはしばらく固まってしまった。


◆◆◆◆◆


「海賊が……ですか?」

 ファウストと話していた先程までの話を聞いて、エレナは小さく呟く。

 ことはルイゼン領の話なので、レオたちはエレナたちにも聞いてもらうことにした。

 自分たちが住んでいた領地で起きている出来事を知って驚いているようだ。

「でも、そいつらの作戦は失敗だな……」

 エレナと共に一緒に聞いていたガイオは、海賊たちの行いによってムツィオに領地拡大を図る機会を与えることになってしまっていることに辛口な意見を呈する。

 確かに、ムツィオへダメージを与えようと考えた気持ちはわかるが、それが逆に利用される形になってしまっているのでは完全に失敗していると言っていい。

「裏にその海賊に助力している者がいるのではないかという話ですが、セバス。心当たりはありますか?」

「……おそらく、シェティウス男爵が有力かと……」

「シェティウス男爵……」

 エレナが死んだということになり、怒りを覚えているルイゼン領傘下の貴族は何人もいるだろう。

 貴族には後継者争いなんてものはつきものだが、全員が全員黙っているわけもなく、このようなことが大なり小なり起こっても不思議はない。

 その中でも、エレナの父であるグイドが領主をしていた時、特に仲のよかった者は納得いっていないことだろう。

 そういった人間が、今回のことを起こしている可能性が高い。

 領地経営に関わってこなかった自分にはその心当たりはないが、父にもついていたセバスティアーノならわかるのではないかと思いエレナが尋ねると、側にいた彼は少し間をおいてひとりの貴族の名前を挙げた。

 その名前に、エレナも合点がいったように呟いた。

「どんな方ですか?」

「父と特に仲がよかった方です。父とは幼少期からの知り合いで、弟のような存在だと言っていました」

 エレナの父グイドとシェティウス男爵は、幼少期にパーティーで知り合い仲良くなり、王都の学園に通っていた時は、グイドが彼の面倒を見ていた。

 卒業後も、ふたりは年に数回は互いの領地に行き合う、まるで兄弟のような関係を続けていたそうだ。

「しかも、シェティウス男爵の領地はその海賊が出る群島に近いですからね……」

 ファウストの問いに対し、エレナとセバスティアーノからシェティウス男爵だと思う理由を聞かされ、この場にいる者たちはみんなその男爵が関わっているのではないかという考えになった。

「ここにいる人間が思いつくのですから、すぐにムツィオも気づいたのでは?」

「証拠がないからというのもあるし、もしかしたらなんとなくわかっていて放置したのかもしれないな……」

「領地拡大のためですか?」

「あぁ……」

 証拠がなければ断罪することはできない。

 その男爵と海賊の繋がりを証明しない限り、いくら爵位が上であろうと手出しはできないだろう。

 そういった意味で男爵はうまく動いているのだろうが、それを利用される形になってしまった今では困ったことになっている。

 南の群島の問題はこの島に影響を及ぼすことはないが、南の領地を持つ貴族たちで争いが起きれば、国全体にその火種が飛び火するかもしれない。

 そうなると、ルイゼン領の北に位置するフェリーラ領に被害が及び、そこと関係のあるこの島へも影響が出るかもしれない。

 内乱で国が疲弊すれば、他国からの侵攻すら考えられるため、それはなんとしても避けたいところだ。

「どうしたらムツィオの海賊討伐を阻止できるかですね……」

「そこで俺がレオに言った提案だ」

「海賊を領民としてここに呼び寄せるということですか?」

「その通り」

 この内乱になりかねない王族の領地となっている群島への海賊討伐作戦だが、それを収める考えがファウストにはあるらしい。

「どうしてそうなるのですか?」

 領民を増やしたいということは確かにファウストに相談していたが、海賊を領民にするという提案が出るのが不思議だ。

 それに、そうすることでどうして内乱になることを防げるのかがわからない。

「ムツィオは海賊が出るから群島へ討伐隊を向かわせることを王へ願い出た……」

「そうか! その海賊が出なくなれば、兵を送ることもできないということですね?」

「そうだ」

 問題は海賊が出ることで、それを退治に向かっても存在しないとなったらどうしようもない。

 ギルドへの討伐依頼金を損させるだけになってしまうが、集めた船や冒険者たちなどのことも考えると、それでもまあまあの出費になるはず。

 それでムツィオの狙いを防げるのだから、シェティウス男爵にはなんとかそれで我慢してもらうしかない。

「その海賊も、グイド様やエレナ様のことを慕う者たちのはず。ここの者たちとも気が合うのではないか?」

「そうですね……」

 シェティウス男爵の行っているのは、エレナを死に追いやった怒りをムツィオへぶつけているに過ぎず、助力を受けているとなると、その海賊たちも男爵の考えに共感して略奪行為を行っているに過ぎないのかもしれない。

 ことを収めるためにも海賊たちには姿を消してもらう。

 このヴェントレ島なら動機となったエレナたちがいるため、確かにことが上手く収まるかもしれない。

「レオさん! 私からもお願いします。彼らをこちらへ引き入れることを許可してください!」

「……わかりました。彼らを受け入れましょう!」

 できれば内乱になんて発展してほしくない。

 ここの島に来る人間なんていないだろうし、エレナたち同様、隠れ住むには適している。

 ここに避難してしばらくすれば、ほとぼりも冷めるはずだ。

 もともと領民が増やせるなら、来る人間にこだわるつもりはないため、レオはエレナの頼みを受け入れることにした。

「しかし、どうやってシェティウス男爵を抑えるのですか?」

「俺の知り合いを使ってエレナ様の生存を伝えれば簡単だ。そのために、生存している証拠にできる物がないでしょうか?」

 海賊と繋がっているなら、シェティウス男爵に接触すれば抑えることも可能だろう。

 しかし、レオには手出しができない。

 ファウストにはルイゼン領内に知り合いがおり、その者に頼めば男爵に接触することはできないことではないらしい。

 あとはエレナが生きていることをどう証明するかだ。

 そのため、エレナに対し、その方策の助言を求めた。

「私の手紙ではいかがでしょうか? やり取りをしたことはありませんが、昔絵本を読んでいただいたことがある話を書けば信じてもらえると思うのですが?」

「う~ん、エレナが書いたって信じてもらえるかな?」

 父のグイドと仲がよかったため、エレナはシェティウス男爵に姪のように接してもらっていた。

 小さい時の思い出として、絵本を読んでもらった。

 しかも、結構な量をだ。

 今思うと、少し迷惑をかけた気がするが、シェティウス男爵も覚えているはずだ。

 しかし、やり取りをしたことがない状況では、生存を証明できるか微妙なところのため、レオは難色を示す。

「私がエレナ様と共に船で逃れたのは男爵も理解していると思います。その私が生きていると知れば、エレナ様の生存も信用なさるのではないでしょうか?」

 エレナだけではなく、側にいたセバスティアーノのほうからも提案がされた。

「なるほど……、それはそうかもしれませんね。じゃあ、セバスさん。お願いできますか?」

「了解しました!」

 男爵がセバスの書状をまだ保管しているかはわからないが、残っていれば確かに筆跡で本物だと信じてもらえるだろう。

 ムツィオのこともあるので、エレナの生存はとくとしてもらい、なんとか海賊の逃走を計ってもらいたい。

 セバスティアーノの手紙で納得してもらえれば、時間もないためすぐにでも動いてもらえるだろう。

 その策でいくことを決めたレオは、早速セバスティアーノに男爵への手紙を書いてもらうことにした。

 手紙をやり取りしたことのないエレナだけだと信用されないかもしれないが、セバスティアーノの手紙もあるなら信用される確率も高い。

 最悪セバスティアーノの手紙だけでも信用されればなんとかなる。

 それに、セバスティアーノの手紙を信用してもらえた時は、エレナの手紙も本物だと思ってもらえるはずだ。

 そうすれば、男爵のムツィオへの報復も収まることだろう。

 エレナの味方は残っていてもらいたいという思いもあり、レオはエレナが手紙を書くことに強く賛同した。

「あとは任せな! この手紙をシェティウス男爵へ届けさせる!」

「お願いします!」

 海賊の討伐は王からの了承を得れば数日のうちに開始されるだろう。

 そうなる前に男爵に接触し、海賊をこの島へ逃れるように説得する必要がある。

 エレナとセバスティアーノの手紙を受け取ったファウストはレオに見送られて、アルヴァロと共にすぐさまフェリーラ領へと戻っていったのだった。


◆◆◆◆◆


「アゴスティーノ様。コルンバーノ殿がお越しになりました」

「コルが……? 通してくれ」

「かしこまりました!」

 シェティウス男爵の邸内において、主となるアゴスティーノ・ディ・シェティウスが執務室で頭を抱えて悩んでいたところ、執事が室内へと入ってきた。

 コルンバーノとは、シェティウス男爵の昔からの知り合いで、冒険者をしている男性だ。

 ギルドへ依頼をする際などは彼を経由して行うこともあり、彼個人にも仕事を頼むなど信頼している相手だ。

 頻繁に邸に顔を出すコルンバーノが来たことを、執事の男性は主へと報告した。


はいえつかない感謝いたします。シェティウス様」

「お前と俺の仲だ。そんな堅苦しいのはいい」

「了解しました」

 えっけんしつに案内されたコルンバーノは、会うなりうやうやしく貴族に対しての礼を行ったが、シェティウス男爵はそれをやめさせた。

 それを聞いたコルンバーノは、いつものように普通フランクに話すことにした。

 普通にとは言っても相手は貴族なので、それなりの口調でだ。

「人払いを願えますか?」

「……わかった。爺……」

「かしこまりました!」

 案内された謁見室には三人以外誰もいないが、これから話す内容が広まることは躊躇ためらわれるため、コルンバーノは人払いを願い出た。

 それを受けたシェティウス男爵は、すぐに執事にこの部屋付近に人を近づけないように手配した。

「……で、用件は?」

「近海で出現している海賊のことです」

「それがどうした?」

 シェティウス男爵に問われたコルンバーノは、すぐにここに来た目的となる話を始めた。

 その報告に対し、シェティウス男爵は表情を変えずに続きを促した。

「一部で、あなたが海賊を動かしているという噂が立っています」

「なんのことだ? 証拠はあるのか?」

「いいえ、あなたがそんなミスをするとは思えません」

 シェティウス男爵がルイゼン領の前領主であるグイドと仲がよかったことは、貴族内で知っている者は少なくない。

 コルンバーノもそのことは認識しているため、確かに証拠はないが噂が嘘だとは思っていない。

 ここには自分たちしかいないため、別に否定する必要はないのだが、ことがことだけに、シェティウス男爵はとぼけるつもりのようだ。

「それはおいておきまして……、ムツィオがギルドに海賊討伐を依頼しています」

「……それで?」

 話の矛先が変わり、コルンバーノは海賊の討伐の話を始める。

 ムツィオのことが嫌いなため、敬称をつけるようなことはしない。

 シェティウス男爵としても、そこを突っ込むような真似もしない。

「証拠はなくても、おそらくムツィオはあなたが海賊を動かしていると思っていることでしょう。しかし、ムツィオはそれを放置している。何故ならあの群島を占拠する理由として利用できるからです」

「そうかもな……」

 ほかにもグイドと仲のよかった者はいる。

 その者たちが海賊を動かしているという考えもできなくないが、領地がある位置の関係で一番可能性が高いのはシェティウス男爵だ。

 証拠はないが、他領の足を引っ張るようなことをして放置されているのは、コルンバーノの言った通り、近海に浮かぶ群島が関係している。

 近くの島々を領地とできれば、近海を通る船に検査を名目に、積み荷を調べるという行為を始めるかもしれない。

 運ばれている荷物から、ほかの貴族の多くの情報を得られるようになる。

 その情報を利用すれば、上の爵位の者であろうと恐れる必要がなくなるし、なんなら王族すらも利用できるかもしれない。

 ムツィオはそれが狙いなのだろう。

「あそこをムツィオが占拠するようになれば、ほかの貴族が黙っていないため、内乱が起きるでしょう」

「……何が言いたい!?

 コルンバーノは淡々と話を続ける。

 海賊の存在が、ムツィオに有利に働いてしまっていると言うかのように。

 話が続くにつれ、シェティウス男爵はだんだんとイラ立つ様な表情へと変わっていく。

 ほかの人間が相手なら、表情を変えることはなかっただろうが、コルンバーノが相手だからこそ表情に出てしまったのかもしれない。

 これでは自分と海賊が関係していることを認めているかのようだ。

 事実シェティウス男爵が頭を抱えていたのもこの問題だった。

 ムツィオの評価を下げるために始めた、海賊によるルイゼン領へ運ばれる荷物の略奪行為。

 それが逆に利用される形になっていることに、はらわたが煮えくり返るような思いをしていたのだ。

「海賊を逃がすべきです! 島から海賊がいなくなれば、占拠理由はなくなります」

「……逃がす? しかし、どこへ……」

 グイドの死のことも怪しいし、エレナを死なせたムツィオが憎いが、今はここで手を引くしかない。

 そのため、海賊を逃がすことはそれほど難しくない。

 ほかの港へ向かう船に偽装すれば済む話だ。

 しかし、近隣の他領へ送ろうにも、ムツィオ派もいれば反ムツィオ派もいる。

 グイドの暗殺疑惑もあるムツィオだが、伯爵という地位のうえ証拠がないのでは敵対関係になるわけにもいかない。

 反ムツィオ派であろうと、後々海賊を請け負ったと知られたら面倒なことになりかねないため、受け入れてくれるとは思えない。

 逃がすにも受け入れてくれるところがなければ、自分との関わりを突き止められてしまう。

 その場所がないのが悩みどころだ。

「これを、お読みください」

「なんだ? っ!! セバス殿!? こっちは……エレナ嬢!! 本物なのか!?

 待っていましたと言わんばかりに、コルンバーノは手紙を手渡す。

 すると、その差出人の名前を見たシェティウス男爵は目を見開いた。

 海難事故で死んだと思われていたエレナとセバスティアーノの名前が書かれていたからだ。

「以前セバス殿から届いた書状はありますか? 筆跡鑑定すれば本物だとわかるかと……」

「ちょっと待ってくれ! 確か……あった!」

 信用するコルンバーノが持ってきたとは言っても、当然シェティウス男爵は本物か疑わしく思う。

 それを、ファウストから受けていた情報通り、コルンバーノは筆跡鑑定をするように促す。

「……おそらく本物だ! そうなると、このエレナ嬢の手紙も……」

「俺が見たわけではないですが、これを送ってきた知り合いのファウストという元ギルドマスターが保証すると言っていました。信用できる手紙だと思います」

「……そうか。エレナ嬢は生きていたか……」

 こんな時、執務室を整理できていない自分を褒めたいところだ。

 いろいろな書類が積み重なった執務室の机から、捨てずにいたセバスからの書状を取ってきて見比べたシェティウス男爵は、肩の力が一気に抜けた。

 エレナの生存にホッとした思いになったからだ。

 ムツィオへの怒りもその間だけは忘れるほどだ。

 コルンバーノの補足もあり、シェティウス男爵はこの手紙を信用することにした。

「今エレナ様が住んでいる所の領主は、海賊を領民として受け入れてくれると言っているらしいです。あとは海賊を偽装させて逃がせば済む話です」

「彼らもエレナ嬢がいるとわかれば従ってくれる。すぐにお前の言う通りにしよう!」

「ありがとうございます」

 シェティウス男爵が動かしていた海賊の連中は、元はフラヴィオとグイドを慕っていた者たちばかりだ。

 自分と同じく、ムツィオへの怒りで彼らも動いていたため、エレナの生存で怒りを抑えることができるだろう。

 ムツィオの野心も阻止できることだし、一石二鳥と言ってもいい。

 シェティウス男爵はすぐさま海賊の者たちを逃がすことを決意した。

「レオポルドか……。神とその領主に感謝しないとな……」

 エレナを匿っている領主のレオポルドという名前は聞いたこともないが、今回は本当に助けられた。

 この名前を忘れるわけにはいかないと思いつつ、エレナの無事を神に感謝したシェティウス男爵だった。


◆◆◆◆◆


「あっ! 来たみたいですね……」

「結構でかいな……」

 ファウストが帰ってから四日経ったある日、遠くの海上に船の存在を確認した。

 こちらに向かって来ているということは、おそらく例の海賊をしていたという者たちだろう。

 彼らを出迎えるため、レオはエレナたちと共に砂浜で待ち受けた。

 ある程度近寄った海上で船を停め、小舟に乗った者たちが砂浜へ向かってきた。

 遠くにある船を見て、レオは思わず呟いてしまう。

 ガイオたちの船もなかなか大きかったように思えるが、それよりも少し大きいように思える。

「あそこは船による交易がされているからな。船には力を入れているんだ」

「なるほど……」

 海に面した領地であるシェティウス領。

 当然港がいくつもあり、自他国問わずに交易を行っている。

 その交易による利益があるため、領民は過不足なく暮らせている。

 むしろ、ほかの地と比べると市民には生活に余裕があるかもしれない。

 船による恩恵が大きいのだから、船に力を入れるのは当然のこと。

 少しでも大きくいい船で海へ出るというのが、信条になっているのかもしれない。

 自分の船と比べられているのがわかったガイオは、レオに説明をしてくれた。

「あの洞窟に入りますかね?」

「あそこはもっと大きくても大丈夫だろ」

 この近くにあった洞窟を、船の整備や修復をするためのドックに改造した。

 その洞窟に入るか少し疑問に思ったレオだが、ガイオがすぐに否定した。

 洞窟の大きさは、大型船でも入れられるほどの規模があるため、今回来た船も収めることは可能だろう。

「あの……皆さん。頭を上げてください」

 小舟から降りた者たちは、エレナの生存を確認するなりその場に膝をついて頭を下げた。

 中にはエレナを見た途端、涙を流す者までいた。

 重い空気になっているのが耐えきれなくなったエレナは、彼らに対し頭を上げるように促す。

 このままでは話もできなかったため、レオとしても助かった。