住宅地へ戻ったレオは、エレナと共にお茶を飲んでいた。

 エレナが飲んでいるのは、レオがある植物から作ったお手製のお茶だ。

 あまり飲んだことのないお茶に、エレナは楽しんでいるようだ。

 レオたちが住んでいるヴァティーク王国では紅茶を飲むことが多く、緑色のお茶は珍しい。

 ハーブティーも似た色をしているが、それとは違う香りと味にエレナは新鮮な驚きを感じていた。

「遠く離れた西のほうの国のもので、竹の葉から作ったお茶だよ」

「へぇ~……」

 本からいろいろな知識を得ていたレオは、竹林があったので葉っぱからお茶を作ることにした。

 ヴァティーク王国のある大陸から、海を西へかなりの距離を進んだ所にある島国で飲まれているお茶の一種だということだ。

「竹はいろいろなことに使えるからありがたいよね!」

「えぇ!」

 エレナの護衛役のイメルダ以外の女性は、エレナについてきた使用人たちの家族だ。

 ロイたちが狩った魔物の毛から織物をしたりしていたのだが、竹林を見つけてからは竹細工もするようになっている。

 特にイメルダは手先が器用らしく、エレナも彼女に教わりながら、時折小物を作ったりしている。

 住民の家の一部にも使用しており、何かと利用価値の高い竹が生えていたのはとてもありがたい。

「竹林があるからいくらでも作れるよ」

「今度は私も作ってみます」

 住民の女性たちに混じって、エレナも竹細工の作業を手伝ったりしているのだが、休憩時間に何かリラックスできるものがないかと考えていた。

 そのため、竹の葉特有の香りがするこのお茶はかなり気に入った。

 そんなに遠くないので、エレナひとりでも竹林で葉を集めるくらい平気だろう。

 セバスティアーノからエレナが紅茶好きだと聞いていたので、代わりになるものをと思って作ることにしたのだが、どうやら成功したようだ。

「レオさんはその国がお好きなようですね?」

「うん! 大和皇国っていう名前のおもしろい国だよ。母さんの故郷なんだ!」

「……そうですか」

 レオがその国のことを知るようになった理由は、単純に母の故郷がどんな国なのか知りたいと思ったからだ。

 遠く離れた国のためあまり多くの本はなかったが、ベンヴェヌートががんばって探してくれたらしく、何度も読み返したレオはその国のことにかなり詳しくなっている。

 レオは母を幼少期に亡くしていると聞いていたので、余計なことを聞いてしまったとエレナは少し複雑な思いになった。

 しかし、レオはそのことは気にしていないかのように話すため、エレナもあまり落ち込むことなく済んだ。

「今作っているショーユというのもその国のものでしたよね?」

「そう! いろいろな料理に使える調味料だって話だよ」

 料理をするようになったことから、レオは調味料も何か作れないかと考えた。

 その時、思いついたのが大和皇国の調味料だ。

 その中のショーユという調味料が万能だという話なので、アルヴァロに頼んで材料を集め、実験的にそのショーユを作ってみることにした。

 成功したら、この島で材料となる大豆や小麦を作る量を増やすつもりだ。

「ショーユで思い出したけど、大和皇国では海の魚を生で食べるらしいよ」

「えっ! 生でですか!?

「うん!」

 ヴァティーク王国では基本的に、魚は熱を加えてから食べる物だとされている。

 そのため、エレナも驚いたように生で食べるということが信じられない。

 そんなことをして、お腹を壊したりしないのか疑問に思える。

「生魚を食べる時、ショーユをちょっとつけると美味しいらしいよ! ショーユがうまくできたら試してみよう!」

「はい! 楽しみです!」

 レオの話す大和皇国のことがおもしろく、エレナも試してみたくなり、レオの誘いにすぐに返事をした。

 ショーユができるまでまだ先なのに、ふたりは完成するのを心待ちにするようになっていた。

「ニャ!!

「うん! クオーレにも食べさせてあげるからね」

 ふたりがショーユの話をしていると、側にいた闇猫のクオーレが自分も混ぜてと言うかのように鳴き声をあげた。

 エレナだけでなく、レオは美味しいものをみんなに味わってもらいたい。

 もちろんクオーレにも食べてもらいたいため、ごちそうすることを約束した。


◆◆◆◆◆


「彼の名前はエドモンドだ!」

「……よろしく」

 アルヴァロの船で送ってもらい、ファウストはひとりの男性を連れてきた。

 海岸に下りた彼は、一七〇センチ程度の身長をしているが、その体型はずんぐりむっくりとしている。

 ファウストに紹介されたエドモンドという男性は、仕方なくといった感じでレオに挨拶をしてきた。

「初めましてレオポルドと申します。爵位はないのでレオと呼んでください」

「あぁ……」

 まだまだ危険なこの島にわざわざ来てくれたエドモンドに、レオは右手を差し出して握手を求める。

 レオが出した手に、エドモンドは渋々といった感じで応じてきた。

「エドモンドさんは、ドワーフの方ですよね?」

「あぁ……」

 あまり話そうとしてこない態度は気になるが、レオは気にせず話しかける。

 しかし、やはり素っ気ない感じでしか返事をしてくれない。

 海岸で話していても仕方がないので、レオは彼のことを聞くため、ファウストとアルヴァロと共にエドモンドを家へと招待することにした。

「彼には酒造りに協力してもらおうと思って連れてきた」

「やっぱり! ドワーフのお酒造りは有名ですよね」

 思っていた通りだが、やはり頼んでいた酒造りの職人としてファウストはエドモンドを連れてきてくれたようだ。

 ドワーフは物作りが得意な種族で、特にの技術は高い能力を持っている。

 そして、酒好きが多いこともあり、酒造りも得意な者が多い。

 世界的にも有名な種族なので、求めていた人材としてはかなり期待できる。

 島のみんなも喜んでくれると思い、レオとしても嬉しい限りだ。

「さすがファウストさん! 元ギルマスだけありますね!」

「まぁな……」

 ドワーフという種族は気に入った地でずっと暮らすことが多いので、どこの町にでもいるというわけではない。

 ドワーフ自ら新しい鍛冶の技術を求めたり、珍しい酒があるとかいうことでもない限り、呼び寄せることは困難な種族だ。

 この島にはその両方がないにもかかわらず連れてくることができるなんて、レオは人脈の広さと深さに尊敬したような目で彼を見た。

 しかし、ファウストはちょっと複雑そうな表情をして、レオの評価に答えを返す。

「まぁ、わかっていると思うが、こいつはわけありでな……」

「……左腕ですか?」

「あぁ……」

 ファウストが言いにくそうにしている理由はわかる。

 エドモンドの左腕はひじから先がないからだ。

 レオも最初から気になっていたことだが、聞いていいものかわからずそのままスルーしていた。

「こいつは酒造りも得意だが、本来は鍛冶のほうが得意だったんだ」

「へぇ~……」

 別に不思議なことはない。

 鍛冶をしているドワーフが、趣味で酒造りをするというのはよくあることで、その逆もしかりだ。

「王都で弟子を何人も育てていたし、結構有名な奴だった。俺も昔は武器を作ってもらったりしていたんだが……」

 ファウストが冒険者をしていた時に知り合い、お互いペーペーだった頃からの付き合いらしい。

 エドモンドの最初の常連客がファウストで、武器や防具を作ってもらうために、何度も店に通っていたことで仲良くなり、エドモンドが造った酒を飲んで話し合うことも多かったそうだ。

 年月を経てしだいにふたりは、仲間の引退と共にファウストはギルドで働くようになりディステ領のギルドマスターへ、エドモンドは王都の店も繁盛して、弟子を育てるようになっていた。

「それが数年前、ある馬鹿貴族と揉めて、エドモンドは腕を斬り落とされたんだ……」

 数年前、評判を聞きつけた貴族が店に現れ、エドモンドに自分用の剣の製作を依頼してきた。

 多くの依頼者が自分のもとへ来るため、エドモンドは相手が誰であろうと、自分の目でその実力を見定めてから仕事を受けることにしていた。

 まだ実力がいまいちだという者には、弟子の誰かに作らせるようにしていた。

 その貴族は、いまいちどころかたいしたことない腕をしており、新人の練習台がいいところだった。

 しかし、その貴族は実力を棚に上げてエドモンドの剣を欲しがり、頑として譲らない態度をとってきた。

 有名なエドモンドが作った武器を持てば、はくがつくとでも思っていたのだろう。

 最初はやんわりと断りを入れていたのだが、あまりにもしつこいのでエドモンドははっきりと実力不足だということを告げてしまった。

 それに腹を立てた貴族が、不敬としてエドモンドの腕を斬り落としたのだそうだ。

「なんて奴だ!!

「レオ様……」

「んっ? 何、ベンさん……」

 エドモンドの過去をファウストが話してくれていた途中だが、レオはその内容に怒りが込み上げてきた。

 なんの落ち度もないのに、どうしてエドモンドが斬られなければならないのだ。

 自分も元は貴族の子だが、そんなのが貴族を名乗っているのが不愉快でならない。

 机を叩いて怒りを露わにしたレオに対し、側にいたベンヴェヌートはどことなく言いにくそうな表情でレオの肩へ手を置く。

「それはイルミナート様です……」

「………………えっ? そ、そうなんだ……」

 ベンからその馬鹿貴族の名前を聞き、レオは少し間をおいて反応した。

 立ち上がったことを反省するかのように、レオは居住まいを正した。

 腹違いとは言っても、よりにもよって自分の兄がそんなことをやっていたとは思いもよらなかった。

 長男のイルミナートは、レオは存在しない者とでも言うかのように無関心だった。

 それはそれで悲しかったが、食事を巻き散らしたりして暴言を吐いてくる次男のフィオレンツォのほうがレオとしてはきつかったため、まだそのほうが助かったという思いがする。

 そのせいか、レオは兄弟でもイルミナートがどんな人間なのかよくわからなかったが、どうやら次男同様にふざけた性格をしていたようだ。

「王都の学園に通っている時のことです」

「……そ、そうですか」

 当時、レオはベッドに横になっていることが多かったが、兄たちが学園に通っていた時は、平穏な日々だった。

 その頃の王都では鍛冶師斬りつけ事件として有名で、父のカロージェロが貴族の権限を駆使して無理やり噂を抑え込んだという話だ。

 まさかそんなことが起こっていたなんて、レオは知りもしなかった。

「兄が申し訳ありません」

 今では関わりがないとは言っても、イルミナートは一応血のつながっている兄だ。

 命の次に大事ともいえる鍛冶師の腕を斬り落とすなんて、牢屋に入れて奴隷送りにしてもらいたかった。

 自分は関係ないと言っても、エドモンドからしたら自分の腕を斬り落とした大嫌いな貴族の弟だ。

 エドモンドのそっけない態度の意味がわかり、レオはすぐさま頭を下げた。

「こいつがおもしろい奴がいると言うから来たら、船に乗ってからあの野郎の弟だと聞いて不愉快極まりない」

「…………えっ?」

「そうでもしないと来ないと思ってな……」

 エドモンドの言葉を聞いて、レオはファウストを見つめる。

 どうやら、イルミナートの弟だということを隠して船に乗せたそうだ。

 引き返そうにも海の上ではどうしようもなく、そのままここまでついて来たそうだ。

 エドモンドが不機嫌なのはそれも原因なのではないだろうか。

 言い訳をさせてもらえば、昔からの関係で最初から説明していたら連れて来ることはできないと判断していた。

 そのため、ファウストはそのような強硬手段に出たということだ。

「しかし、こんな場所に送られているところを見ると、お前もあの家に迷惑を受けたくちなんだろう。ここまで来ておいて帰るのは性に合わん。まずはお前を見極めるために居残らせてもらう」

「えぇ、全然構いませんよ」

 まずは相手を見て決める。

 それは鍛冶師としてずっと行ってきたことだ。

 たとえそれがどんな相手でも同じこと。

 その軸を曲げるのは、鍛冶師というより人としてできない。

 ドワーフのいい意味でも悪い意味でも頑固な部分が、この場合はレオにとって好機となった。

 自信があるとは言わないが、イルミナートよりかは全然マシだ。

 あとは自分を見て決めてもらうしかないため、レオはエドモンドの居住を受け入れることにした。


◆◆◆◆◆


「酒造りと言ったが、どんな酒が望みだ?」

「う~ん……」

 エドモンドが島に住むことになり、島のみんなは喜んでくれた。

 ドワーフの造る酒が、こんな島で飲めると思ってもいなかったからだろう。

 ただ、喜んでいたのはやはり男性のほうが多かったようだ。

 女性陣も飲まないわけではないが、たしなむ程度しか飲まないからかもしれない。

 エドモンドに来てもらった理由はお酒造りのため、早速その仕事に取りかかってくれることになったのだが、どんな酒を造ればいいのかと問われて頭を悩ませた。

「僕は成人になったばかりで、お酒がよくわからないので、島にある食材をなるべく使ってほしいということしか言えません」

 本を読んでいたためにいくつかのお酒の造り方はわかるが、実際に作ったことはないのでエドモンドに任せたほうがいいだろう。

 それに、酒を飲んだこともないので、レオはどの酒が美味しいとかはっきり言ってわからないし、材料もどれだけ使うかもわからないので、現在育てている食材を使って造ってもらうしかない。

「じゃあ、まずはこの島で育てているもんでも見せてもらおう」

「はい。案内します」

 昨日は島の住民のことを紹介したりすることで時間を使ったので、畑で何を作っているかなどは説明していなかった。

 何があるかわからないのでは何も始まらない。

 そのため、レオはエドモンドに栽培している畑を見てもらうことにした。

「……どうですか? 何か使えそうなのはありましたか?」

「そうだな……」

 畑だけでなく、島に自生していた果物もいくつか紹介した。

 ここはレオが来るまで無人島だったが、それまで誰も住んでいなかったというわけではない。

 魔物によって潰されたが、数人が住んでいたということは資料として残っていた。

 そのため、その時植えていたであろう果物の樹木もあるが、手入れされなくなって野性化したせいかどれも味はいまいちだ。

 酒造りに使うにしても、この時期だと桃くらいしか食べられるのはないだろう。

「基本、酒ってのは糖質のある物からならできるもんだが、今、多くあるジャガイモから酒でも造るか……」

「ジャガイモからお酒が造れるのですか?」

「あぁ、アクアビットって蒸留酒だ」

 酒造の知識が少しはあったが、さすがにジャガイモからお酒を造るということは聞いたことがなかった。

 まさかの食材の酒に、レオは驚きの声をあげた。

 その後のエドモンドの説明によると、ジャガイモを酵素や麦芽で糖化させて発酵し、蒸留したものに香草で風味付けしてから、再度蒸留したお酒だそうだ。

 この島で主食になる物として多めに育てていたジャガイモが、ここで役に立つとは思わなかった。

「さすがですね……」

 酒の種類なんてたいして知らないレオからすると、思いつかない種類のお酒だ。

 エドモンドの提案に、レオは思わず感心した。

「女性に向けてはシードルを試してみるつもりだ」

「あのリンゴでですか?」

「あぁ……」

 シードルならレオも知っている。

 リンゴ果汁を樽に入れて自然にアルコール発酵させた発泡性のじょうぞうしゅだ。

 甘めの味がすることから、女性の人気が高いお酒として有名だ。

 飲み水の衛生面で不安な地域は、アルコール度数の低いシードルを飲み水としている所もあるそうだ。

 ただ、ひとつ問題があるとすれば、この島に生えているリンゴがどんな味をしているのか誰もわからないというところだ。

 桃と同様に誰かが植えたのだろうが、手入れされていないので、実がどんな味になっているか誰も知らない。

 桃を食べてみたが、香りはあっても味は全然美味しくなかった。

 食用にはあまり使えそうもないので、酒に使うこともできないだろう。

 リンゴも同様に美味くなかった場合、どうするのだろうか。

「リンゴは使えますかね?」

「さっきも言ったように、酒はいろいろな物から作れる。毒さえ入っていなけりゃなんとかなるだろ……」

「そうですか……」

 どんなに野性化しようとも、毒のあるリンゴなんて見たことはない。

 そのため、危険なことはないだろうが、美味しくないリンゴで美味しいお酒が造れるのかが不安になってくるところだ。

「数年経てばブドウが採れるようになるだろ? それまでの代わりといったものだな……」

「なるほど……」

 島にはブドウの樹がなかったため、レオはアルヴァロにワイン用のブドウの苗を手に入れて持ってきてもらった。

 その苗からブドウが採れるまで、代わりにいろいろ試してみるという思いが強いらしく、エドモンドは住民が楽しめる程度の品質しか求めていないようだ。

「誰か俺の左腕の代わりになってくれる人間はいないか?」

「ビス! 人間はいませんが、この子をお貸しします」

「……便利な能力だ」

 酒造りに関わらず、片腕のエドモンドは何かと不便を感じることだろう。

 そのため、レオは彼の作業を手伝うためのビスと名付けた人形を用意した。

 もともとはロイたちと共に魔物の警戒にあたってもらうつもりだったが、エドモンドを手伝ってもらうことにした。

 自分を知ってもらおうと、レオはエドモンドへ自分のスキルを教えておいた。

 ほかのみんな同様にロイたちを見た時は目を見開いて驚いていたが、彼はすぐに構造を探り始めた。

 ドワーフは細工作業も好きだという面もあるせいか、どういう原理で動いているのか気になったようだ。

 ハッキリ言って、レオ自身もどういう原理なのかと問われても、そういうスキルなのでとしか説明のしようがない。

 ただ、エドモンドが少しはレオに興味を持ってくれたようなので、見せてよかったと思う。

「エドモンドさんの指示で働いてね」

〝コクッ!〟

 基本的に、人形たちはレオの言うことを優先として動いている。

 しかし、ほかの言うことをまったく聞かないというわけではない。

 耳がないのにどうやって判断しているのかはわからないが、どうやら言葉は伝わっているように感じる。

 レオは言葉という音の振動を、人形たちは魔力を使って判断しているのではないかと考えている。

 なので、ほかの人の言うことに従って動くことも可能なため、ビスをエドモンドの補佐につけることにした。

「ここにはトマトも多いな……」

「はい! 僕がトマト好きなので!」

 ジャガイモのお酒であるアクアビットを造ってもらうため、まずレオはビスと共に材料となるジャガイモをエドモンドの住む家兼仕事場に運んでいた。

 籠いっぱいのジャガイモを運んでいくと、エドモンドが畑のトマトを見て呟いた。

 ここの住人のために植えているとは言っても、結構な量のトマトが生っているのが気になったようだ。

 それに対し、レオはとても嬉しそうな笑顔で答える。

 自分が一番好きな野菜が気になってもらえただけで、満面の笑みだ。

「トマトでも造ってみようかと思ったが、やめておくか……」

 エドモンドとしては、ただ酒の材料になりそうだから見ていただけのようだ。

 しかし、レオが好きかどうかはどうでもいいとして、この村で出された料理にはトマトがふんだんに使われていたのを思い出した。

 サラダを食べた時に美味かった記憶がある。

 酒に使おうかと思ったが、使い過ぎたら食事に影響が出そうで不安になったため、酒への使用はやめておこうと考えを改めた。

「えっ!? トマトでも造れるのですか?」

「トマトには甘さがあるんだからできるだろ?」

「そうか! じゃあ、試しに少量造ってもらえますか?」

「……あぁ、わかった……」

 トマトの酒と聞き、思わずレオは食いついた。

 いろいろなトマト料理にハマっているせいか、レオはトマトの酒を飲んでみたいと思ったようだ。

 予想以上のレオの反応に押され、エドモンドは思わず了承してしまった。

「楽しみです!」

「……そうか」

 トマト酒だけでなく、どの酒を造るにしてもまだしばらくかかるというのに、レオは期待が膨らみ待ち遠しそうだ。

 思いつきで言っただけで造ることになってしまい、レオの期待した顔を見たら断れなくなってしまった。

 そのため、エドモンドは余計なことを言ってしまったと若干後悔したのだった。


◆◆◆◆◆


「なんだろ? あの船……」

「こっちに向かって来ているな……」

 いつものように平凡に過ごしていると、いつもとは違うことが起きた。

 一隻の帆船がこの島に向かって来ているのが見えたのだ。

 四日前にエドモンドが来たばかりで、アルヴァロが来るには三日早い。

 船の大きさも形も違うし、明らかにアルヴァロではない。

「念のため用心しましょう!」

「あぁ……」

 船は二、三人しか乗れなさそうで、見た感じではひとりしか乗っていない。

 しかし、予定外の来訪者のため、レオは向かって来る船の乗員に警戒心を強め、ドナートとヴィートと共に砂浜へと向かった。


「フ~……、なかなかしんどい船旅じゃったわい」

 船が島に近づいてくると、その乗員の姿が見えてきた。

 なんとなく、船から降りることすら危険に見える老人の姿が確認できた。

 ドナートたちの協力もあってどうにか海岸に辿りついた老人は、ひと息ついて座り込んだ。

「……おじいさん。どうしてこの島へ?」

 ひと息ついている老人に、レオは心配そうに問いかける。

 この島は魔物が多いことで有名で、老人がひとりで来るような土地ではない。

 失礼ながら、まさか痴呆のせいでここまで来たのではないだろうかという思いも浮かんでくる。

「お前さんがレオポルドかい?」

「……はい」

 自分の名前を知っているところを見ると、どうやら痴呆による来訪ではないようで少し安心したが、レオはこの老人に会ったことなどない。

 そのため、どうして自分のことを知っているのか不思議に思える。

「ファウストの小僧から聞いたんじゃ!」

「ファウストさんから……」

 レオの疑問はすぐに解消された。

 どうやらエドモンド同様に、ファウストと関係がある老人のようだ。

 しかし、五十代後半のファウストを小僧呼ばわりしているとなるとおかしく思えるが、その老人の耳を見てそれもしょうがないかとすぐに思うようになった。

 その老人の耳は長く、先が尖っていて、いわゆるエルフと呼ばれる人種だ。

 長命な種族で有名だが、その老人となると相当な年齢になっていることだろう。

 人間の五十代なんて、子供と大差ないと思えるのも仕方がない。

「なんでも、おもしろい能力を持っているとか?」

「おもしろいかはわかりませんが、珍しいとはよく言われます」

 どうやら目当てはレオの能力らしい。

 しかし、それなら数日待ってアルヴァロに送ってもらえばよかったのに、結構アグレッシブな老人のようだ。

「ここに住むなら連れてきてやると言われたんじゃが、本当かのう?」

「えっ? 住民になってくれるということでしょうか?」

「あぁ、そうじゃ」

 別に若い人だけを求めているわけでもないので、住人が増えるのはありがたい。

 しかし、どんな種族であっても、老人が余生を過ごすには、この島は適した環境とは言えない。

 住んでくれるのはありがたいが、ここでなくてもいい気がする。

「やっぱりジーノのじいさんか……」

「お知り合いですか?」

「あぁ……」

 砂浜で話をしていたレオの所に、エドモンドが姿を現し呟いた。

 どうやら知り合いのようだ。

「おぉ、エドモンド! おいていくなんて酷いのう……」

「来んのが遅えから先に来たんだよ」

 エドモンドから話を聞くと、このジーノというエルフの老人は、本当はエドモンドと共に四日前に一緒に来る予定だったらしい。

 しかし、隣町から来る途中、雨による土砂崩れで道が閉ざされ、遠回りすることになって間に合わなかったそうだ。

 しょうがないので、エドモンドだけ先にこの島へ向かうことになったとのことだ。

「それにしても、ひとりで来るなんて、相変わらず無茶苦茶なジジイだな……」

「ホホ……、帆に風送ればこの島までなんてたいしたことないわ!」

 レオたちも無茶する老人だと思っていたが、やはり思った通りのようだ。

 ファウストと付き合いの長いエドモンドなら、その無茶苦茶を何度も見てきたのだろう。

 あきれたようにジーノを見つめる。

 知り合いのエドモンドがいるからだろうか、さっきはしんどいとか言っていたのに、もう強がったことを言っている。

 レオはそれにツッコミを入れようかとも思ったが、いろいろ聞きたいことがあるのでスルーすることにした。

「エドモンドさんよ! このエルフの爺さん何かできんのか?」

「魔法が使える。しかもかなりのものだ……」

「魔法って……」

 ここに住む、住まないはレオが決めればいいと思っているので、ドナートとしても別に止めるようなことはしないが、タダ飯ぐらいは困ってしまう。

 食料に関しては一応大丈夫ではあるが、ただ余生を過ごすだけなら危険なのでほかへ行ったほうがいい。

 そう思ってエドモンドに問いかけると、返ってきたのが魔法と聞いて、鼻で笑ってしまう。

 魔法なんて生活することに使う分には役に立つが、戦闘面では役に立たないことが多い。

 宮廷魔導士になれるほどの実力者でもない限り、別に必要ない能力だ。

「ホッ!!

〝ドンッ!!

「…………えっ?」

 鼻で笑ったドナートを見たジーノは、持っていた杖を海へ向けると魔法を発動させた。

 遠くまで飛んでいった火の玉は、大きな音と共に爆発して海の水を高くまで吹き飛ばした。

 もしも攻撃として自分に放たれた時のことを考え、ドナートは言葉を失う。

 ドナートだけでなく、レオとヴィートも目を見開いた。

「ワシが教えれば、これくらいの威力が出せるようになれるかもしれんぞ?」

「本当ですか!?

「あぁ」

 先程のような魔法を使って戦えるようになれば、魔物を相手にするのにもかなり役に立つはず。

 そうなると、開拓を進めるうえでも少しは楽になるはずだ。

 自分も同じように魔法を使えるようになるかもしれないということに、レオは一気にテンションが上がった。

「ただ、ワシの魔法は特殊じゃから、誰でもというわけにはいかんかもしれんがのう……」

「……それでもいいです!」

 誰でもというわけでもないという言葉に、レオはちょっと不安になる。

 自分が使えるようになるとは限らないからだ。

 だが、結局は誰も使えるようにならなかったとしても、ジーノにいてもらうことは今後に役に立つかもしれない。

 これからここに住んでくれるという人間が来てくれた時、その者がジーノの魔法を受け継げるかもしれないからだ。

 これだけの魔法が使えるような者を、そうそう捕まえることなんてできないだろう。

 知り合いとはいえ、勧誘したファウストはかなりのものだと感心する。

 本人が住んでもいいと言うのだから、レオはジーノを受け入れることにした。

「さっきの帆に風を送るっていうのも魔法ですか?」

「そうじゃ!」

 小さい船で魔道具による動力もないのにもかかわらず、よくこの島まで来たものだと思ったが、どうやら思った通り魔法によって速度を上げていたようだ。

 それにしても、長い間魔法を放つことになり、かなりの魔力を必要とするはずだ。

 エルフは魔力が生まれつき多いというが、それでも大変なように思える。

「エルフもこの年まで生きてりゃ、バケモンにもなるわな……」

「すんげえじいさんだな……」

 先程の魔法に驚いていたドナートとヴィートは、思わず小さく呟いた。

 内容は結構失礼な感じだが、レオもあながち否定できない。

 それだけの魔法の威力だったからだ。

「ようこそ!! ジーノさん!!

「ホッホ……、よろしくの!」

 ほかに魔法をどれだけ使えるのかはわからないが、ジーノなら多少の魔物ならあっさりと倒せることだろう。

 自分の身を守れるなら老人だろうと関係ないため、レオはジーノと握手を交わして歓迎したのだった。


◆◆◆◆◆


「おぉ! 確かにおもしろい!」

 エルフの老人ジーノが来た翌日、レオは自分のスキルのことを見せることにした。

 レオのスキルが知りたいという思いでこの島に来たジーノは、ロイたちのことを紹介すると喜んでくれた。

 ドワーフが人の二倍、エルフが三倍の寿命をしていると言われているが、エルフの老人である彼でも知らないスキルだったようだ。

「長生きしていてもわからないこともあるもんじゃ……」

「喜んでもらえたようで、よかったです」

 あごに蓄えた白い髭をさすりながら、ジーノはしみじみしたように声を漏らす。

 言葉の通り、珍しいものが見られて楽しんでいるかのようだ。

 もしも、お眼鏡めがねかなわなかったらどうしようかと思っていたが、大丈夫だったようでレオはひと安心した。

「まだ開拓を始めたばかりだと言うからそれほど期待しておらんかったのじゃが、料理もかなり美味かったし、来たのは正解だったようじゃの……」

 本からの知識があるとは言っても、作物を育てることなんて初心者だったため、もしもうまくいかなかった時のために畑は大きめに作っていた。

 住人も増えてさらに拡張したため、今では結構な野菜が採れている。

 多くの野菜を使ったピエトロの料理を、ジーノは気に入ってくれたようだ。

「ジーノさんは本当に僕の能力を見るのが目的だったのですか?」

 能力を見るだけなら、わざわざ島に住み着かなくてもいい気がする。

 ファウストとエドモンドの知り合いなら変に警戒する必要もないため、見せるだけなら構わない。

 もしかしたら、見られたらもうここに用がないと出て行ってしまうのではないかとレオは不安に思った。

 しかし、そういったことを言う気配もないので、ほかに何か目的があって来たのではないかと考えるようになった。

「まぁ、それもあるが、お主のことが気になっておった」

「僕……ですか?」

 思っていた通り、能力を見ることだけが目的だったわけではなかったようだ。

 しかし、自分が目的と言われるとは思っていなかったので、レオは理由がわからず首を傾げる。

「ファウストに聞いたのじゃが、病弱だったお主がこの島の領主になり、普通に暮らしていると聞いて理由が知りたくなったのじゃ……」

「そうですか……」

 能力も気になったが、それ以外でもレオに関心を持ったため、ジーノは島に来ることにしたらしい。

 長い年月を生きてきたら、そうそう特殊なことなんて起こったりしない。

 隣町に住むようになったというファウストから病弱だった貴族の少年が、家族に見捨てられて危険な島へ送られたという話を聞くことになった。

 そこまでは特別珍しくもない。

 どこの国、いつの時代も、貴族の中には頭のおかしい者がいる。

 役に立たないと判断した自分の子供を殺したという話を、ジーノはこれまでも何度か聞いてきた。

 貴族の力を使えば、人をひとり消し去るくらいは難しいことではない。

 大抵の場合、狙われた子供は思惑通りに命を落とすことが多いものだ。

 ファウストからレオの話を聞いた時、最初ジーノはすぐに死んだのだろうと考えた。

 病弱だった少年が、いきなり魔物が多くいる地で生きていけるわけがないと思ったからだ。

「おもしろい能力をしているし、住人までいる。この島に住んでいるのにそこまで苦労している様子もなく、お主は興味の尽きない小僧じゃな……」

「……褒められているんですかね?」

 ファウストから聞いていた通り、レオの能力はおもしろい。

 ガイオやセバスティアーノが気づいたように、ジーノもレオの能力の有用性に気がついた。

 戦闘にも使えるし、ほかの作業にも利用できることから、開拓に適した能力と言ってもいい。

 しかも、この能力を使えば、島へと送り込んだ家族へ復讐をすることも可能だ。

 だが、レオはそんなことを考えている様子もなく、みんなと楽しく暮らしたいと考えているようにしか思えない。

 復讐にとらわれて人生を狂わす者も多い中、レオがそうなっていないのも興味をそそられる。

 成人したてなのに、ジーノの関心を引きつける要素が多い。

 レオとしては、ただ普通に暮らしているだけなのに関心を持たれて、どうしていいのかわからないといった思いが強い。

「特に魔物の退治で体の調子がよくなったというのは興味が湧くのう……」

 長い年月の間に、ジーノは魔物の討伐による能力の上昇という説は何度か聞いたことがある。

 その説が本当ならおもしろいと、自分でも冒険者として魔物の討伐を中心とした検証を行ったこともある。

 多くの魔物を倒して、自分にどのような影響をもたらすのか調べてみたのだが、誰もが言うように能力が上昇しているかどうかの判断ができず、ただ魔物を倒して売った素材によって資金が得られただけだった。

「本当に病弱だったのかのう?」

「それは間違いございません。幼少期よりレオ様へ仕えていた私が保証いたします!」

 病弱で有名だったとは言っても、領民は誰もレオの姿を見たことがなかった。

 ファウストですら見たこともなかったのだから、もしかしたら病弱だったというのが嘘だった可能性もある。

 貴族には隠し子がいたなんて話もよく聞く。

 しゅつから病気がちだと偽って育てられた者もいなくはない。

 健康そうな今の姿を見ると、レオもそういったたぐいのものだったのではないかという疑いが湧いてくる。

 そんなジーノの疑いに、レオの側にいたベンヴェヌートが待ったをかける。

 幼少期から何度も体調を崩し、ベンヴェヌートが看病する機会が多かった。

 そんなレオが成人してこの島の領主になると聞いた時、ベンヴェヌート自体レオが生きていけるとは思ってもいなかった。

 久しぶりに会ったレオが健康になっていたのは、魔物を倒したことによるもの以外に思いつかない。

 そのため、ジーノの言うことはもっともだとは思いつつも、ベンヴェヌートは自信を持ってその疑いを否定した。

「そうか、お主は昔から仕えていたのじゃったな……」

 ベンヴェヌートの言葉で、ジーノもさっきの疑いを忘れることにした。

 わざわざこんな島まで追いかけてきた使用人が、嘘を言う理由がないからだ。

「魔物の討伐による能力上昇という説は近くにいればわかるじゃろ。能力も見せてもらったことじゃし、約束通り魔法を教えようかの……」

「お願いします!」

 ジーノがこの島でしてくれるのは魔法の指導。

 能力を見せた礼に、早速レオに教えてくれるらしい。

「まずはお主のレベルを見せてもらおうかの?」

「はい!」

 周りに迷惑をかけないように、海岸で指導を受けることになった。

 そして、ジーノに言われるまま、レオは海へ向けて魔法を放つことにした。

「ハッ!!

〝パンッ!!

 右手を海へ向けて手の平に魔力を集めて玉を作ると、その魔力を火へと変えて発射させた。

 発射された火の球は、海へと向かって飛んでいくと、小さな音と共に弾けた。

「ジーノさんの魔法とは雲泥の差ですね……」

 昨日ジーノが見せてくれた火の魔法と比べると、レオの魔法はおもちゃの花火としか言いようがなく、とても魔物に通用するとは思えない。

 当然のこととは言っても、全力で放ってもこれだけの差があると恥ずかしくなってくる。

「一応基礎ができているようで安心したわい。最初から教えてどう成長するのかを見るのもおもしろいが、やはり基礎からだと時間がかかるからのう」

 魔法の基礎は、体内の魔力を探知し、それをうまくコントロールするという訓練を行うということだ。

 大抵はめいそうなどをして訓練するのだが、魔法を使えるというレベルにまで指導するとなると時間がかかってしまう。

 魔法が成長したとわかりやすく結果を出すためにも、レオが基礎だけでもできているのはジーノとしてもやり易い。

「おそらく、お主は火のイメージを頭に浮かべたのだろうが、ワシはそれに合わせてこの文字も頭に浮かべとるのじゃ……」

 そう言うと、ジーノは海岸の砂にひとつの文字を書いてレオに見せた。

「……これって、大和皇国の文字じゃ……?」

 その文字を見たレオは、見たことのある文字だったために息をのんだ。

 母の故郷として、レオが深い興味を持っている国の文字だったからだ。

「確かにこの文字は大和のものじゃが、よく知っておったのう?」

「母の故郷なものでして……」

 遠く離れた西の国の文字を知っていることを意外に思い、ジーノは感心したように問いかけた。

 母の故郷というだけではないが、大和皇国のことは興味が尽きない。

 そのため、できる限り大和の情報を得ようとしたものだ。

 本による断片的な知識でしかないが、少しなら大和の文字も覚えている。

「そうか……、どうりでお主の黒髪黒目が大和の国の者たちに似ていると思ったわい」

「やっぱりそうですか?」

 本にも書かれていたが、大和の人々は黒髪黒目をした特徴を持つ人種だという話だ。

 自分の容姿で、母と同じ髪と目の色をしているのが自慢のレオは、大和の人間に似ていると言われて嬉しくなる。

 嫌いな父や兄たちとは違うと思えるからだ。

「大和を知っておるなら、話が早い。これは大和の使用する文字の一種で、カンジというものじゃ」

「はい」

 レオが知っていたことで、細かい説明をする時間が省かれる。

 そのため、ジーノは確認の意味で簡単に説明を始めた。

 レオも自分の知識の正誤を確認するように聞き入る。

「それで、これは〝ヒ〟というものじゃ」

「〝ヒ〟……これで確か火を意味するんでしたっけ?」

「その通りじゃ!」

 先程砂に書いた文字を杖で指し、ジーノは文字の読み方を説明する。

 それに続き、レオは文字の意味を確認した。

「でも、どうして大和の文字で魔法の威力が上がるのでしょう?」

「原理はわしにもわからん。大和の文字と魔法の親和性が高いのかもしれないのう……」

 大和の文字と共にイメージすると、魔法の威力が上がるというのはわかった。

 しかし、そうなる理由がよくわからないため、レオは首を傾げる。

 特殊な大和の文化が関係しているのか、それともほかに理由があるのだろうか。

 いろいろと疑問が頭に浮かんでくるが、教えているジーノですら原因はわからないのでは追及のしようがない。


「実際、大和の者たちは魔法の威力が高い者ばかりじゃった」

「へぇ~……、行ったことがあるのですね? うらやましいです」

 ほかの国と比べてみても、大和の人間の魔力が多いわけではない。

 それでも威力の差が生じているのは明らかだ。

 その差が気になり、ジーノは大和に学びに行ったそうだ。

 領主という立場だし、ここの開拓もまだまだの現状では他国へ行ってみるなんてことができないため、レオとしてはうらやましい限りだ。

「では、これを踏まえて実際に魔法を撃ってみるのじゃ!」

「はいっ!」

 漢字の形と意味の理解ができたなら、あとは実際に試してみるしかない。

 レオとしては、ただ意識を少し変えるだけでしかないため、本当に威力が上がるのか不安に思える。

 しかし、実際ジーノの魔法の威力を見ているので、期待値のほうが高い。

 言われた通り魔法を撃ってみるために、レオは海岸に向けた右手に魔力を集め始めた。

「【火】!」

〝バンッ!!

 レオの右手から発射された火の魔法は、大きな音を立てて爆発した。

 説明を受ける前と比べると、明らかに威力が上昇したのがわかる。

「すごい! さっきより威力が上がった!」

 すぐに結果として現れたことで、レオは嬉しそうに自分の右手を眺めた。

 決して特殊な訓練をしたわけではない。

 それなのに、こんなに違うのかと思うと驚きが隠せない。

「うむ! しかし予想より弱いのう……」

「えっ? そうですか?」

 威力的には、ゴブリン程度なら怪我を負わせることができると思える。

 これまで驚かす程度でしかなかったことから比べれば、かなりの進歩だ。

 しかし、今の威力でも驚きのレオとは違い、ジーノとしては少し物足りない威力だったようだ。

 そのことが信じられず、レオは威力上昇のほうからジーノの納得がいっていない呟きのほうに驚きが移行した。

「この文字を思い浮かべる時、どういう順序で書いた?」

「順序? え~と……、こう書いて、ちょんちょんと……」

 順序と言われても困ってしまう。

 ただジーノが砂に書いた大和の文字を、同じ形になるように思い浮かべただけだ。

 強いて言うならばと、レオはさっきのことを思いだしながら、頭に思い浮かべた文字の順序を砂に書いていった。

 レオが書いた順序は、人というのを書いてから、左右の点といった感じだ。

「原因はそれじゃな。この漢字という文字には、正式な書き順というものが存在している」

「へぇ~……」

 レオの書き順を見て、ジーノはすぐにさっきの威力不足の原因を突き止めた。

 ただ大和の文字を浮かべただけでも威力が上がったが、その文字を正確にイメージするとなると書き順までもが影響してくるらしい。

「〝ヒ〟の文字の場合、この順で書くのじゃ!」

 そう言って、ジーノはもう一度レオへ説明をするため、砂へ文字を書いていった。

 ジーノが書いたのは左、右と点を書いた後、人という順序で書いた。

 これが正式な書き順らしい。

「これも念頭に置きながら、もう一度撃ってみろ!」

「はいっ!」

 書き順までも重要だと思っていなかったが、今度はジーノの納得できるような魔法を放とうと、レオはもう一度魔力を右手に集める。

 今度は書き順を間違えず、漢字を頭に思い浮かべる。

「【火】!」

〝ドンッ!!

 飛んでいった魔法は、先程よりもさらに威力が上がり、大きな音と共に爆発を起こした。

 その余波によってなのか、海岸に流れ着く波がわずかに強くなったようにも思える。

「……す、すごい!」

「いい威力じゃ! 教えてすぐにこれなら充分合格じゃ!」

 たった数分でここまで威力が上がったことで、レオは嬉しくて震えてきた。

 これほどの威力なら、開拓をする際に魔物に遭遇した時、戦うにしても逃げるにしても、身を守るためにかなり役に立つはずだ。

 もちろんそんなことはないほうがいいが、ちょっと調べただけでオーガが出るような島だ。

 この島でそんな考えをしているほどレオは楽観的ではない。

「でも、ジーノさんより弱いですね……」

 充分な威力が出せるようになっただけでも嬉しいが、レオは同じイメージをしているのにジーノと威力に差があるのが気になってきた。

 魔物からの安全を確保するにはどうしても欲が出てしまう。

「当たり前じゃ! ワシが何年魔法を扱ってきたと思っておる?」

「すいません!」

 欲張りだとは思いつつも呟いたレオの言葉に、ジーノは呆れも混じったように語気を強める。

 大和の文字を思い浮かべるというだけで威力に変化が起きたように、魔法とは奥が深いものだ。

 しかし、二百四十年以上生きているエルフが積み重ねてきたものが、いくらなんでも一瞬で抜かれるわけがない。

 そのことに思い至ったレオは、すぐさま頭を下げた。

「毎日魔力のコントロールを訓練するなどして、威力の上昇は積み重ねが大事じゃ!」

「はいっ! わかりました!」

 レオはひとりで基礎訓練を真面目にしていたようなので、ジーノとしてはここまでの威力の上昇は予想通りだったようだ。

 ここからもっと上を目指すなら、地道に訓練を重ねて技術を上げないとならない。

「ジーノさん! ほかにも大和の文字を教えてください!」

「わかった。しかし、少し休憩じゃ。お主魔力を込めすぎじゃ!」

「うっ! そういえば……」

 火の魔法は、もともとレオも文字を知っていたのもあってすぐに使えるようになった。

 いろいろな種類の魔法を使えるようになりたいと思ったレオは、ほかの魔法の指導をジーノにお願いした。

 しかし、ジーノに言われて、ようやく自分の疲労感に気がついた。

 強い魔法を放とうと思っていたため、必要以上に魔力を使い過ぎた。

 しかも、それが魔法に使われたのではなく、ただ無駄に空気中に放出してしまった状態だ。

 ジーノの言うコントロールの積み重ねとは、このことを言っているのだ。

 いかに無駄なく自分の魔力を使用するかというのが、戦闘で使用する時に重要になってくるからだ。

 今のレオのように、無駄に使い過ぎて魔力を消費すると、疲労感が一気に襲ってくるようになる。

 最悪の場合、敵の前で気を失うなんてこともあり得る。

 疲労を感じたレオは、ジーノの言うように砂浜に座ってしばらく休憩することにした。


◆◆◆◆◆


「う~ん……」

「何しとるのじゃ?」

「あぁ、ジーノさん。木の根っこがなかなか抜けなくて……」

 土を掘り返し、うなっているレオへ、ジーノが話しかけてきた。

 レオがしているのは、住人の家の建築などで切り倒した木の根を掘り起こす作業だ。

 住宅地を広げるにしても、畑を広げるにしても、根っこたちが邪魔で進めない。

 腐るのを待ってからだと時間がかかるので、なんとか掘り返せないかと試していたのだ。

 しかし、思っていた通り、根がしっかりしていて周りの土を掘ってもびくともしない。

 三十分くらい粘っているが、一本抜くのにいつまでかかるかわからない状況だ。

「……魔法を使えばいいじゃろ?」

「……えっ?」

 魔力を全身にまとうことによって身体強化をすることができるのだが、それを行っても掘り起こせないことに悩んでいるレオに、ジーノは何を言っているのかという表情で問いかける。

 問いかけられたレオのほうは、そこでなんで魔法が出てくるのかわからず、首を傾げるしかなかった。

「魔法は戦うためだけに使うものではない。大和では生活を楽にするために使うものだという考えが広まっておったぞ」

「へぇ~……、素晴らしい考えですね」

 魔法の得意な人間が多い大和皇国。

 そこに行ったことがあるジーノはほかにもいろいろ学んできたらしく、魔法だけでなくレオに大和の国のことを教えてくれるようになっていた。

 母の故郷というだけでなく、珍しい文化や考え方をしていることから、ジーノが話す大和皇国の話はどれもおもしろい。

 魔法を生活のために使うのは、レオたちの住むヴァティーク王国でも同じだが、だいたいが竈や暖炉の薪に火をつける時や、少量の水を使いたいが、川や井戸へ行くのを面倒に思った時に使うなどのちょっとしたことだけだ。

 魔法を戦闘ではなく生活のために使う。

 レオがジーノに魔法を教わっているのは、魔物と戦うためという考えが強いが、もともとそれも開拓をするためという思いが強い。

 建築で役に立っている布人形たちのように生活に役立てるというのは、レオとしても賛成したい考えだ。

「【土】を教えたじゃろ?」

「はい」

「この文字は、魔法で土を操る時に使う文字じゃ」

 魔法の指導の一環として、レオはジーノから大和皇国が使用する文字である漢字を、いくつか教わっている。

 正確な書き順と字の形の美しさにより、威力ある魔法を安定して使用できるという説明を受け、何回も地面に書いて練習している。

 ジーノが言うように、その教わった文字の中に【土】という文字があったため、レオは頷きを返す。

 この文字を使うことで、どうやらこの根っこを掘り起こす方法があるようだ。

「この根っこ周辺部分の土を隆起させるのじゃ。見とれ……」

 魔法の使い方を簡単に説明すると、ジーノは切り株の側からレオを下がらせた。

 全部説明するよりも、見たほうが早いと判断したようだ。

「【土】!」

「おぉ! 抜けた!」

 地面につけた杖から魔力を流し、魔法を唱えると、切り株の部分の土がモコっと膨れ上がった。

 現象だけ見るとなんとなくおもしろいが、それよりも切り株が簡単に引き抜けたのがレオとしては嬉しく、取れた切り株を抱き上げて少しはしゃいだ。

 一生懸命掘ってもびくともしなかったのが、たった数秒で抜けるようになるなんて考えもしなかったため、感動に近い感情が湧き上がっても不思議ではない。

「今のお主だと、一日でここを半分くらいじゃな……」

「時間と労力を考えたら、十分ですよ!」

 住民の家を建てるために切り倒した部分は結構広いため、根っこもかなりの数ある。

 自分とは違い、レオは魔法を使う時に無駄に魔力を消費してしまいがちなので、一日で全部の切り株を抜くことは難しいとジーノは判断した。

 魔力の使い過ぎに注意するため、休憩を挟んでの魔法作業になるので時間はかかるが、それでも力作業で引っこ抜こうとするよりも楽だし早く済む。

 同じ疲労を感じるにしても、それだけできれば十分だ。

「ジーノさんが持ってきてくれた植物は本当に砂糖になるのですか?」

「サトウキビというやつじゃ。大和でも育てられていたから間違いない」

 ここは畑にすることになっているのだが、そう決めたのもジーノに相談したことからだ。

 住民の女性陣のために甘味となるものが欲しいと相談したら、ジーノは自分の魔法の指輪からひとつの植物を取り出した。

 なんでも砂糖の原料になるらしい。

 砂糖はヴァティーク王国でも作られているが、まだ貴重な調味料だ。

 てんさいという植物から作っているらしいが、この島ではその甜菜が手に入らない。

 蜂をようほうして蜂蜜を手に入れることも始めたが、まだまだ量が採れるわけではないため、どうしたものかと悩んでいたのだが、ジーノがあっさり解消してくれた。

 まだできるかわからないのに、女性陣は砂糖の製造にかなり協力的だ。

 エドモンドが来たことで男性陣は喜んでいたが、女性陣が期待していることを考えたら砂糖の製造はかなり重要だ。

「作業範囲の半分はワシも手伝おう。魔法指導だけで食わせてもらうのは悪いからのう」

「ありがとうございます。助かります」

 ジーノは住民に魔法を教えることで食事を得ている。

 レオが魔物を倒すことで成長しているというのを、身近で観察するというのが現在の研究になっているようだ。

 しかし、食事をもらうにしても、魔法指導だけでは心苦しい面もあるのか、畑仕事とかも手伝ったりしてくれている。

 住民のみんなにも魔法指導をしているが、みんな基礎指導からのため、今、魔法による切り株の引き抜きは自分とレオしかできない。

 ならば、手伝って一日で終わらせたほうが島の役に立つし、サトウキビの栽培を言い出したのは自分であるため、ジーノはこの作業を手伝うことにした。

「ほかにこの魔法を生活で使うことはできますか?」

「この魔法は畑にも応用できるぞい」

 魔法を使っては少し休みを繰り返し、切り株を抜く作業をしていたレオとジーノ。

 その休憩をしている時に、レオはこの魔法がほかのことに使えるか教わろうと思った。

 いろいろなことに使えるのなら、みんなの生活や開拓作業に使いたいと思ったからだ。

「ある程度柔らかい土なら畑一面はあっという間に耕せるだろうのう」

「おぉ! 農作業には便利な魔法なんですね!」

 この島で住民のみんなに提供できるのは食事だ。

 肉はロイたちが魔物を狩ってきてくれるので尽きることがないため、あとはいろいろな野菜を育てて料理の幅を広げるしかない。

 そうなると、畑が必要になるのだが、畑を広げるにも労力がかかる。

 畑作業は腰を痛めやすいので、魔法であっという間に耕せるというのはとても助かる。

 レオは【土】の魔法の有用性に感動した。

「雑草なんかは【風】の魔法で一気に切り飛ばすことに使えるぞい」

「なるほど!」

 ジーノの説明だと、【風】の魔法を使うことで広範囲の雑草を切ってしまうことができるらしい。

 雑草の除去作業も何気に苦労させられる。

 広範囲となると人が必要になるが、それが解消されるのはありがたい。

「ワシが知っているのだけが全てではないぞ。頭を柔らかくして、魔法を戦闘以外にも利用できないかを考えることが重要じゃ」

「はい。わかりました」

 やはり長いこと生きているエルフの知恵はかなりのものだ。

 本がなかなか手に入れられなくなった現状で、新しい知識を与えてくれるジーノが来てくれたことはレオにとってはかなりありがたい。

 レオだけでなく、ジーノは住民のみんなにとっても困った時の相談役という地位になりつつある。

 ジワジワとではあるが、開拓作業も進みつつあるため、防壁がひと通りできたらまた調査に出ようとレオは思った。