「ちっちゃい時は膝に乗せられたんだけどね?」
「ニャ~……」
レオが椅子に座って人形制作の作業に集中すると、クオーレは自分を構ってくれと言うかのように膝の上に乗ってきたものだ。
しかし、さすがにこの大きさで膝に乗られるのは勘弁願いたい。
クオーレもレオの膝の上が好きだったようで、乗れなくなったことを残念そうにしょんぼりした。
「大きくなってもかわいいけどね」
「グルグル……」
体は大きくなっても鳴き声はあまり変わっていないため、大きな猫になったというだけに過ぎず、今も変わらずレオにくっついてくるので、かわいさは変わっていない。
レオが笑顔で撫でてあげると、クオーレは嬉しそうに喉を鳴らした。
◆◆◆◆◆
「暑いな……もう夏だね?」
「フニャ~……」
畑の手入れをしていたレオは、汗を拭きながらクオーレへ問いかける。
クオーレは暑さにへばっているのか、弱い声で返事をした。
島に来て四ヶ月経つ。
季節は夏になり、日差しも強くなり気温が上がってきた。
もともと闇猫は陰から獲物を狙うのを得意としているため、ここまでの日差しと気温になるとクオーレとしてはきついようだ。
「
育て方は本を読んでわかっていたが、ここまで
茄子は三つの苗を育てたのだが、ひとつでも大量に収穫できた。
クオーレは野菜も食べるが、やっぱり魚が好きなようで、野菜だけだとあまり嬉しそうではない。
こうなると、完全にレオひとりでは食べきれない。
「こんな時魔法の指輪があると便利だな……」
魔法の指輪は収納すると時間停止の機能があり、食物の劣化を停止してくれる。
多く作り過ぎたのなら、魔法の指輪の中へ入れておいて冬に食べればいい。
レオの目下の目標は、一年を無事過ごすことだ。
たったそれだけでも、ずっと体の弱かったレオからしたら大偉業だ。
時間があったら少しずつ開拓も考えているが、無理をする理由もないので後回しだ。
「おかえり! ラグ! あっ! ドナも!」
〝ペコッ!〟〝ペコッ!〟
ラグとドナとは、レオが新しく動かしている木製人形の二体だ。
ロイたちと体格は変わらないが、武器が木剣か棒しかないのでロイたちの補助という立ち位置だ。
それぞれ手には魔物を持っているところを見ると、ロイとオルと共に倒したのを持ってきてくれたようだ。
「増やして正解だったね」
レオがその魔物の解体を頼むと、ラグとドナは頷いて解体を始めた。
この家の周辺は強力な魔物がいないらしく、ロイたち人形のお陰で危険な目に遭うこともない。
しかし、強くないといっても数が多い。
ロイたちが毎日毎日数体の魔物を退治して持ってきてくれ、アルヴァロと共に手に入れた容量の多い魔法の指輪には、一週間で七、八割埋まるほどの収獲がある。
弱い魔物でも、毎週結構な金額が手に入ってきていることを考えると、ラグとドナを作った甲斐があるというものだ。
この島ではお金を使うことなんてなく、収入は指輪の代金返済へと充てている。
そのため、この調子なら、予想よりも早く返済できるかもしれない。
◆◆◆◆◆
〝ゴロゴロ……!!〟
「……っ!?」
ある日、夕方になってロイとオルも帰ってきた頃、一日曇りだった天気がさらに悪化し、とうとう雷の音が鳴り始めてきた。
鉛色の雲に
「ロイたちも今日は中に入ったほうがいいね」
〝コクッ!〟
海岸の波も荒れていたので、このままだと風も強くなるかもしれない。
そのため、レオはいつものように外を見ていてもらうということはせず、家の中に避難させた。
ロイたちは、はっきり言えばただの人形だ。
適当に扱おうとも、壊れたら修復すればいいし、なんなら直さず新しく作ればいい。
レオもそのことはきちんと理解している。
しかし、スキルのお陰とは言っても、動かしていると情のようなものが湧いてくる。
特に、ロイには魔物と戦うといった危険な目に遭わせ、自分の健康のために働いてもらっているということから感謝の気持ちもあった。
人形なので、どこか壊れても作り変え、マイナーチェンジを繰り返し、さらに情が深くなっているかもしれない。
なので、雨風に晒して無駄に劣化させるのは忍びないと、天候が回復するまで家の中で待機してもらうことにした。
「昨日はずいぶん荒れた天気だったな……」
案の定、昨日の夜はとても
どうやら台風が通り過ぎたらしく、ここにも強風と雷雨が押し寄せた。
魔物の襲撃対策として、家を頑丈に補強しておいてよかったと安堵したほどだった。
畑の苗もいくつか倒れたりして被害に遭ったが、植え直せば大丈夫そうだ。
昨日の天気が嘘だったかのように、空はすっかり雲がなくなっている。
「えっ? ロイ? ラグ? …………人?」
戦闘用の人形たちは、いつも通り周辺の警戒に向かってもらった。
苗の修復を終えてひと息ついていたレオのもとに、ロイとラグのペアが戻って来るのが見えた。
魔物を倒したのなら、補助役のラグだけが持ち帰ればいいのに、なんでロイも戻って来たのだろうか。
そう思っていたレオは、二体が運んできているものを見て目を見開いた。
前後に分かれ、ロイが足を持ち、ラグが上半身を持っている。
その持っているものは、どう見ても人間だ。
まさかのものに、レオは大慌てでロイたちの所へ駆け寄った。
「まさか! 死んで…………ない!!」
見た印象だと、年齢的には五十代前半の男性で、背も高く、体格もしっかりしている。
短髪で無精髭を生やしており、ちょっと渋めの中年といった感じだろうか。
体中ビシャビシャに濡れていて、ピクリとも動かない様子を見ると死んでいるのではないかと疑いたくなる。
まずは生死を確認しようと、レオは首筋に指を当てて脈を計る。
すると、脈を打っているのが確認できた。
「か、回復薬!!」
どうやら気を失っているだけのようで安心したレオは、すぐに海水を吐かせ、魔法の指輪から回復薬が入った瓶を取り出して男性の口に運んだ。
「……んくっ!」
「よかった! 飲んだ……」
吐き出されたらどうしようかと思っていたが、男性は少しずつ口に注いだ回復薬を飲んでくれた。
これでおそらくは大丈夫だろう。
作り方は覚えていたので、精製用の道具をアルヴァロに用意してもらい、島に生えていた薬草を採取して作ったレオの手作り回復薬だ。
効能は、店で売っているのと大差ないくらいにはあると思う。
自分やクオーレのために作っておいたのが役に立った。
「とりあえず、家に運んで!」
〝コクッ!〟〝コクッ!〟
容体の確認のためにいったん地面に下ろしてもらったが、このままここに置いておくわけにもいかない。
そのため、ロイとラグに指示して、家へ運んでもらうことにした。
家に運んで休ませると、回復薬が効いたのか男性の呼吸は安定していた。
ほかに確認してみると、どうやら足を骨折しているのがわかった。
回復薬では、傷が塞がっても骨折を治すまでには至らないため、レオは手頃な板を持ってきて足を固定させた。
ひと通り自分ができる治療を行ったレオは、このまま男性の様子を見ることにしたのだった。
「う、うぅ……」
「ニャッ!」
「んっ? よかった。目が覚めたみたいだね」
台風が過ぎ去った翌朝にロイたちが連れてきた男性は、半日目を覚まさなかった。
ロイたちにどこから連れて来たのかと尋ねたら砂浜を指差したので、濡れていたことから流れ着いたのだとわかった。
少し心配になっていたレオだったが、いち早く男性の反応に気がついたクオーレが呼びに来てくれた。
料理をしていたレオは、手を止めて男性の様子を見に寝室へと向かった。
「こ、ここは?」
「ここはヴェントレ島ですよ」
「ヴェントレ島……?」
知らない天井を見て、男性は不思議そうに呟く。
それに対してレオが島の名前を告げた。
島の名前を聞いてもすぐにはピンときていないのか、男性は答えが返ってきたレオのほうへと顔を動かす。
「君は?」
「この島の領主をしているレオポルドと申します」
「領主……?」
成人したとは言ってもまだ十五歳で、しかも童顔気味のレオを見た男性は、島の少年に助けられたと思っていた。
だが、返ってきた領主という予想外の言葉に、理解するまで間が空いた。
なにせ、レオは作業用のつなぎ服を着ている。
少年だからというのもあるが、その服装からも領主っぽく感じられない。
「海岸に流れ着いていたのをここに運びました」
領主と言っても、島に自分しか住んでいないのだから名ばかりもいいところのため、男性が戸惑うのも無理はない。
それよりも、どうしてここで寝ているのかを簡単に説明した。
「それは申し訳……ぐっ!」
「あぁ、起きなくていいですよ。足も折れていますし……」
説明を受けて、男性は助けてもらったことの礼を言おうと体を起こそうとした。
しかし、足の痛みで顔を歪ませた。
そんな男性に、レオは無理をしないように促す。
「申し訳ない。救っていただき感謝いたします。私はガイオと申します」
「お気になさらず。ガイオさん」
ガイオこと男性は、なんとか上半身を起こしてレオに頭を下げてきた。
倒れていた人間をそのまま放っておくわけにもいかなかったので助けただけだが、感謝されると助けた甲斐があったというものだ。
と言っても、本当はガイオを見つけたのはロイとラグなのだが、ここではまだ黙っていることにした。
「領主ということは、貴族の方ですか?」
「いいえ。爵位はありません」
「そうですか……」
領主はだいたい爵位持ちの貴族が行うものだ。
そのため、レオも貴族なのかと思ったのだが、どうやら違ったようだ。
しかし、この若さで領地を与えられているということは、何かしらの理由があるのだとガイオは察した。
「動けるようになるまでここで休んでいくといいですよ」
「しかし、ヴェントレ島は魔物の
「確かに多いですね。けど、ここは比較的弱い魔物しか出ませんから」
ガイオの言う通り魔物はよく出る。
しかし、ロイたちのお陰もあり、レオは特に危険な目に遭わずに過ごせている。
森の奥はどうだかはまだわからないが、とりあえずここは安全だと言える。
骨も折れていることだし、少しの間安静にしていたほうがいい。
「何があったのですか?」
運よくこの島に流れ着いたが、ロイたちが見つけなかったらもしかしたら死んでいたかもしれない。
ガイオの記憶の確認のためにも、レオは理由を尋ねることにした。
「昨夜、海上を航行していたのですが、船が悪天候に見舞われまして……」
「確かに昨夜はすごかったですね……」
「それで高波によって船から放り出されてしまいました。ここに流れ着いたのは幸運としか言いようがありません」
「なるほど……。災難でしたね」
直撃したわけでもないこの島でも結構な風雨に晒されたというのに、昨夜の台風の中で海の上となると、相当高波に振り回されたことだろう。
振り落とされても仕方がないことだ。
そのため、レオは海岸で気を失っていた原因を理解した。
「ニャ~!!」
「なっ! 闇猫!?」
「大丈夫です! この子はクオーレ、僕の従魔です」
ガイオが驚いてはいけないとクオーレには少し外にいてもらっていたのだが、何故だか急に顔を出してきた。
結局驚かせてしまったが、レオは慌ててガイオにクオーレのことを紹介した。
「どうしたの? ちょっと外にいてって言ったのに……」
「ニャ~!」
「海? ……もしかして砂浜?」
「ニャ!」
いつもちゃんと言うことを聞くのにどうしたのかと思って問いかけると、クオーレはレオを外に呼びにきたらしく、レオが呼びかけについていくと海の方向に向かって鳴き声をあげた。
何が言いたいのかと思い、レオはクオーレの顔が向いているほうへ目を向けて意味がわかった。
クオーレが向いていたのは、この島唯一の砂浜がある場所で、そちらに何かあるようだ。
「砂浜に行ってみるよ。クオーレはここにいてガイオさんを守ってね?」
「ニャ!」
「ガイオさん! ちょっとそこで休んでいてください!」
「えっ? あっ、はい!」
砂浜に何かあるのなら行ってみるしかない。
ガイオがおいていかれたら不安になるだろうと思い、クオーレについていてもらう。
そのことを告げてレオは砂浜へ向かうことにした。
「んっ? あれは……船?」
砂浜にたどり着いたレオが周囲を見渡すと、一隻の船が遠く離れた海上を進んでいた。
しかし、進む速度を見ているとだいぶ遅いように思える。
「……もしかしてガイオさんを探しているのかな?」
航行中に海へ落ちたという話だし、もしかしたらあの船はガイオを探しているから遅いのではないかと思えてきた。
そもそも、この周辺では海賊も出るという噂から、漁船もあまり近づかない。
来るのはちゃんと目的のあるアルヴァロくらいのものだ。
この島に来てから遭遇していないので、海賊の件はあくまでも噂のようだ。
「
ガイオを探しているのなら、もしかしたら狼煙を上げればこっちに寄ってくるかもしれない。
そう思ったレオは砂浜近くで火のつきそうな枝を集め、気温も高い中、狼煙を上げるために焚火をすることにした。
「……あっ! やっぱり寄ってきた……」
どうやら狼煙を発見してくれたようだ。
あとはあの船がガイオを探していたのだとすれば話が早い。
目で確認できる距離だとはいえ少し時間がかかると思ったレオは、近くの岩に腰かけて、足だけ海に浸かって船が来るのを待つことにした。
「まあまあ大きいな……」
近寄ってくると、船の大きさがわかる。
遠かったのでわからなかったが、船は結構サイズ感があった。
二、三十人くらいは乗れる中型船といったところだろうか。
島には大きな船を停泊させるような場所がないので、砂浜から少し離れた沖で停泊し、小舟で男女数人がこちらへと向かってきた。
「なんだ? おやっさんじゃねえのか……」
「遭難しているかもしれませんね。行って一応話を聞いてみましょう!」
「了解しました!」
小舟の上では、若い男性が船先に立ち砂浜の周囲を見渡す。
しかし、狼煙らしきものが見えた砂浜には、男の子がひとりいるだけで目的の人物の姿が見えない。
そのことに気づいた若い男性は落胆したように呟く。
それに対し、周囲の者たちに守るように囲われている女の子は、レオのことを見て遭難者の可能性を感じた。
そして、レオを救助したほうがいいと判断したのか、そのまま砂浜へと向かうように漕ぎ手に指示を出す。
女の子の意見に特に誰も反対を言わないところを見ると、彼女が一番上の立場なようだ。
「気をつけてください! あそこは魔物が
「おう!」「了解!」
女の子のすぐ側にいる女性から船員たちへ忠告が飛ぶ。
自分たちの船がいる位置から考えた結果、今近づいている島は魔物が多いことで有名な島だ。
どんな魔物がいるかわからないので、警戒が必要だ。
先程呟いた男性ともうひとり似た顔をした男性は、女性の忠告に頷きを返した。
◆◆◆◆◆
「なぁ、ボウズ! ここに渋めのおっちゃん来なかったか?」
先に砂浜に降り立った若い男性のふたり。
その片方で、ボサボサ頭をした二十代らしき若い男性がレオへ問いかけてきた。
「あぁ、やっぱり! ガイオさんのお知り合いですね?」
渋めのおっちゃんというひと言で、やはり彼らはガイオを探していたのだとレオはわかった。
その言葉を聞いて、舟から降りた者たちが目を見開いた。
「おじょ……!!」
「ガイオ! ガイオは生きているのですか!?」
その中でも若い女の子がレオの言葉に強く反応する。
若い男性が止める間もなく、レオへ掴みかからんばかりに問いかけてきた。
余程ガイオのことを心配しているようだ。
「えぇ、運よく助けることができました」
「マジか! ボウズ、よくやったぞ!」
「うぅ……」
女の子の勢いにレオは面食らいつつ、ガイオは大丈夫だということを伝える。