週に一回来てもらえるだけでもありがたいので、レオは手に入れた結構な数の魔石を運賃として与えている。
手に入れたといっても、レオの拠点の家に近寄ってきた魔物を、ロイとオルが倒してくれているに過ぎない。
ほとんどオートで動いてくれるので、レオとしては苦労した思いはしていないため、特に気にせず与えていたのだが、小さいのばかりで高値はつかなくても、結構な金額になっていたようだ。
「これを譲るのは、本音をぶっちゃけると坊っちゃんでひと稼ぎさせてもらいたいんでさ!」
「……すごいストレートですね?」
強く拳を握りつつ、アルヴァロは熱弁を振るってくる。
言っていることは俗なことだが、これだけ率直に言われると、特に不快に思えない。
「坊っちゃんがあれだけの魔石を手に入れられるなら、魔物の素材も手に入れることができるはず、魔石や肉だけでなく、素材になりそうなのも俺に預けてくれませんか?」
「なるほど……それを僕の代わりに売って、手数料+アルファを稼ぎたいってことですか?」
「はい!」
魔物を倒しても魔石と食べられる場合に肉を手に入れるだけで、皮や牙など使い道のある素材にもかかわらず捨てていた。
それらを売ることができれば、確かに稼ぐことができるかもしれない。
手に入れても保管する場所がなかったので捨てていたが、魔法の指輪が
「全然構わないですよ!」
「ありがとうございやす!」
この島には店がないので資金を得る方法がない。
一応国の領地なので、年に一回税金を支払うように言われているが、それも収入があってのこと。
なんの収入もないのに、税を払えなどと言うほど国も腐っていない。
というより、期待していないというのが本音だろう。
ここを開拓していくには、何かしらの収入がないとほかに住む人も出てこない。
魔石とかもほとんどタダで手に入れているようなものなので、それが資金に変わるなら構わない。
そのため、レオはあっさりとアルヴァロの思いに応えることにした。
了承を得たアルヴァロは、笑顔で持っていた魔法の指輪をレオに渡した。
「あっ! そうだ!」
簡単な契約を交わして、今回の用事の済んだアルヴァロは帰ることにした。
昨日もロイとオルは魔物を倒しているため、今回はその分の素材を渡しておく。
それを売ったお金で生活用の魔道具を買って来てもらうことを頼み、アルヴァロを見送ろうとしていたレオはあることを思い出した。
「どうしやした?」
「ついでに小物細工用の刃物をいくつか手に入れてきてくれませんか?」
「いいですけど、何に使うんですかい?」
「ここには木がたくさんあるので、空いている時間に土産物でも作ろうかと思って……」
「なるほど! 了解しやした!」
頼んだのは小物細工を作る時に使う刃物。
魔物の相手をロイとオルに任せているので、いろいろとやっていても時間は余っている。
その時間にロイとオルの仲間となる人形も作っているが、戦闘面では今のところ焦っていない。
人形作りも楽しいが、たまには細工物も作ってみたい。
売れるかはわからないが、資金を得る方法ができたのだから、やってみてもいいかもしれない。
レオの考えを聞いたアルヴァロは、納得したように頷き、了承の返事をして船へと乗り込んでいった。
「じゃ、また来週来やす!」
「はい! また来週!」
沖へと船が進んでいく中、アルヴァロはレオへ手を振って別れの言葉を告げてきた。
それに対し、レオも手を振って見送ったのだった。
◆◆◆◆◆
「ん? あぁ、おはよう。クオーレ」
「ニャ~!」
プニプニとした柔らかい感触を頬に感じてレオが目を覚ますと、枕の側に黒い子猫が座っていた。
それが従魔にした闇猫のクオーレだと気づき、レオは体を起こして頭を撫でる。
撫でられるのが嬉しいのか、クオーレは目を細めた。
起こしてくれたお礼に少しの間撫でてあげた後、レオはベッドから降りて朝の支度を始めた。
「やっぱり、魔物を倒すと何かの作用が働いているみたいだな……」
低血圧だったためか、昔から目が覚めてもすぐに体を起こすことなんてできなかった。
しかし、今ではそんなこともなくなって、すんなり起き上がれるようになった。
たったそれだけのことでも、自分の体調がよくなっているということが感じられる。
一気に健康になるようなことはなかったことを考えると、本人でも実感がない程度にしか成長しないようだが、それでもレオにとっては嬉しいことだ。
「まずは、畑の手入れに行こうか?」
「ニャ~!」
顔を洗ったりして身支度を整えると、レオはクオーレと共に庭の畑に向かい、手入れを行った後、朝食用の野菜を採取し始めた。
「これはトマトだよ」
畑に生えていた雑草を抜いて水をあげた後、レオは赤くなった実を採取する。
片手に収まる実を持って、レオはクオーレへ見せてあげる。
「生でも食べられて、熱を加えると甘くなって美味しいんだ」
「……ニャ?」
トマトは体によいという話を聞いていたのもあって、最初に種を買った。
本の知識をそのまま使って育成したのだが、順調に育ってくれた。
以前は、トマトは関心がなかった野菜だが、普通に食事ができるようになり、料理をするようになったことを契機に、レオの中で好きな野菜へとランクアップしていた。
トマトを見せられても食べたことがないのか、クオーレは「本当に美味しいの?」とでも言いたげに首を傾げている。
「クオーレは魚のほうが好きかな?」
「ニャ~!」
子猫とは言っても、魔物の幼体であるクオーレが何を食べるのかわからなかった。
ミルクを与えたほうがいいのかと思ったのだが、そんなものはここにはない。
牛系や羊系の魔物がいれば手に入れられるかもしれないが、レオの戦力はロイとオルだけ。
とても島の中を探検に出る気にならない。
きっと森の奥のほうが危険な魔物が多いに決まっているからだ。
それに家の周りの比較的弱い魔物を退治しているだけで、充分平和に暮らしていられるのだから、無駄に危険なことに手を出したくない。
闇猫の食事がなんなのかわからないが、魔物は毒さえなければ大抵のものを食べるといわれている。
なので、肉の塊を与えたのだが、あまり反応を示さなかった。
もしかしてと思って、柔らかく煮込んで小さく切ってあげると喜んで食べた。
どうやらクオーレは離乳期のようだ。
それがわかったので、レオは毎回離乳食も作るようになったのだが、クオーレは特に小魚をミンチにした魚肉団子が好きらしく、最近では、レオやロイたちが魚を釣ってくると、とても嬉しそうに尻尾を振り回すようになっている。
「ん? お疲れさま!」
家の近場に魔物が出現したらしく、ロイが倒した魔物を持ってきた。
小型犬ほどの大きさの
「解体してくれる?」
〝コクッ!〟
アルヴァロのお陰で魔法の指輪を手に入れられたことで、無駄に捨てることなく保存できるため、食べられる魔物の肉は解体して指輪に収納しておくようにしている。
レオのスキルと魔力で動いているロイは、レオの知識とリンクしている部分があるため解体することもできる。
家を追い出されたら冒険者になるしかないと思っていたので、魔物や動物の解体方法も学んでおいたのが役に立った。
解体用のナイフを渡されたロイは、頷いて魔物の蛙を解体し始めた。
「ありがとうね!」
いつものように仕事をこなすロイに、レオはねぎらいの言葉と共に頭を撫でる。
もともとは木でできた人形なのでそんなことする意味はないが、自分のスキルとはいえ動いているのを見ていると思わずそうしたくなるのだ。
「じゃあ、指輪に収納するね!」
ロイが解体した蛙の魔物の肉。
毎日のように何かしらの肉は手に入るので、レオひとりでは食べきれない。
クオーレにも肉の離乳食を与えているが、やっぱり魚のほうが好きなのか、テンションが上がるということがない。
食べきれない分はアルヴァロに売りさばいてもらえばいいので、この蛙の肉も魔法の指輪に収納しておくことにした。
〝フッ!〟
「おぉ!」
魔法の指輪に魔力を流して中へ収納するイメージをすると、蛙の肉は指輪についている小さな宝石の中へ吸い込まれるように消えていった。
指輪を貰って少し経つが、何度やっても物が消える現象を見ると、レオはどうしてもこのような反応をしてしまう。
「便利だよね?」
「ニャ!」
魔法の指輪のことを知らないクオーレは、最初その現象を見た時は驚きでレオにしがみついた。
しかし、そういうものなのだと理解してからは特に反応しなくなったが、不思議だという思いがあるため、レオの言葉に頷いている。
「……あれっ? もしかして……」
生き物でなければなんでも容量内なら入れられる。
そんな魔法の指輪を見ていたら、レオはあることが頭に浮かんできた。
そして、その考えを確認するために家の中から小さい布人形を持ってきた。
「スキル発動!」
「……?」
その人形を持ってくると、レオはスキルを発動させる。
魔力を受け取った布人形は、スッと立ち上がる。
ずっと一緒にいるので何度も見たスキルをレオが使っても驚かないが、クオーレは何をしたいのかわからずに首を傾げる。
「ごめんね。ちょっと実験させてね」
〝コクッ!〟
立ち上がった人形にレオがひと声かけると、人形は頷きを返す。
そうしてその頷きを確認した後、レオは魔法の指輪に魔力を流し込んだ。
「おぉ! やっぱり!」
レオのスキルで動いているとはいっても人形は人形。
生き物ではないので魔法の指輪に収納できるのではないかと思って試してみたら、案の定、布人形は指輪の中へ消えていった。
「あとは、ここから……」
ここまでは予想通り。
レオが本当に知りたいのはここからだ。
魔法の指輪に魔力を流し、収納したさっきの布人形をまたこの場へと出現させる。
「……大丈夫?」
〝コクッ!〟
指輪から出てきた布人形は、特に何も変わった様子もなく動かない。
その反応に予想がはずれたのかと思ってレオが問いかけると、人形は平気そうに頷いた。
「やった!!」
「……?」
その頷きを見て、レオは予想が当たったのだと、両手を上げて喜んだ。
クオーレはレオが何に喜んでいるのかわからず、またも首を傾げる。
「うん魔力も変わってない!」
布人形を手で持ち、レオは魔力量が変わっていないか確認する。
すると、さっき指輪に収納した時と魔力量も変わっている様子はなかった。
それがさらにレオを興奮させる。
「これは使える!」
実験したかったのは、レオのスキルで動いている人形の収納だけでなく、収納して出してからの変化が確認したかったのだ。
実験の結果を見ると、人形にはなんの変化もない。
この実験の場合、そのなんの変化もないということが嬉しいのだ。
これを使えば、多くの人形を動かしたまま魔法の指輪に待機させておける。
ロイやオルだけで抑えきれないほどの魔物が出現した時のために、同じような木製人形を作っているが、作り過ぎても置き場所がない。
家の外にいてもらうということもできるが、木製なだけに雨風に晒されればその分傷みも早くなってしまう。
ロイもメンテナンスをよくしているし、ほかにもとなると手が回らなくなるかもしれない。
人形に人形をメンテナンスさせることもできるが、自分のために動いてくれているのだからなるべく自分の手で直してあげたい。
いろいろな問題があったが、魔法の指輪の中は時間が停止したのと同じような状態で、劣化もせずに保管しておけるため、それが解消できる。
「そうと決まれば……」
レオとしては現状で満足しているが、領地なので開拓をしなくてはならない。
これまでは諸問題でできなかったが、これでその考えを行動に移すことができる道筋が見えてきた。
多くの木製人形を作り、スキルで発動させ、指輪の中で待機してもらえば、もしもの時には指輪から出して対応してもらえる。
これはいろいろなことで利用できる。
肉や素材と同様に考えていた問題が解決したレオは朝食を食べた後、これまで以上に人形作りに精を出したのだった。
◆◆◆◆◆
「えっ? 手に入ったのですか?」
「はい……」
いつも通り、アルヴァロが訪問に来た。
魔法の指輪の実験で、レオはスキルで動かした人形たちによる開拓を計画した。
それによって、人形たちを収納する専用の魔法の指輪がもうひとつ必要になった。
それをアルヴァロに言って、指輪の値段を調べてきてもらうことにしたのだが、何故か新しい魔法の指輪を渡された。
前に貰った魔法の指輪よりも容量が多い、かなりの大金を必要とするような魔法の指輪だ。
手に入れられたのはありがたいが、購入を計画して一週間で手に入れられるほど、レオにもアルヴァロにも資金はないはずだ。
どうやって手に入れたのか疑問に思って問いかけると、アルヴァロは言いにくそうに返答した。
「お金は……?」
「それが、先週いつも通り坊ちゃんから渡された魔石なんかをギルドに持っていったんですが、そこでギルマスに呼び止められやして……」
「ギルマスに……?」
漁師のため販売ルートなんか持っていないアルヴァロは、レオから渡された魔石や素材などを、これまでギルドで換金していた。
先週レオから渡された素材や魔石を換金に行った時、ギルマスことギルドマスターと何かあったらしい。
「ギルマスは、漁師の俺が毎週ごっそり素材を持ってくるのが気になっていたらしいんでさ……」
素材の受付場は見られることはないので、特にほかの冒険者から違和感を持たれることはないだろう。
しかし、ギルドの職員のほうは、そうはいかない。
急に毎週多くの魔物の素材を持ってくるようになった者がいれば、理由を聞きたくなってもおかしくない。
そのうち聞かれるとは思っていたが、まさかギルドのトップが出てくるとは思っていなかった。
「そのことでギルマスと話すことになりまして……」
「僕とのことを話したのですか?」
「えぇ、坊ちゃんに聞かずに、勝手に教えちまってすいやせん!」
アルヴァロが住んでいるオヴェストコリナの町のギルマスには会ったことはないが、移動資金集めでギルドに顔を出していた関係上、仕事のできる人間だと耳にしている。
魔法の指輪を手に入れてからまだ一ヶ月しか経っていないというのに、アルヴァロに目をつけるとは、噂は本当だったのかもしれない。
「構わないですよ。知られたところで特に問題ないですから……」
「ありがとうございやす」
別に隠していることでもないので、ギルマスに話してしまったからといって文句を言うつもりはない。
レオはあっさりとアルヴァロの謝罪を受け入れた。
「それで話したらギルマスが坊ちゃんに協力を申し出てくれやして……」
「えっ? ……ということは、これはギルマスがくれたのですか?」
「えぇ……」
話の流れでなんとなく気づいたが、魔法の指輪はギルマスが譲ってくれたものらしい。
しかし、なんで協力を申し出てくれたのかが疑問だ。
「指輪の代金は、少しの利子付きで毎回素材の販売価格から引かれるらしいです」
「ですよね……」
ギルマスが何を目的として指輪をくれたのかと思っていたが、くれたのではなくて代金を立て替えてくれていただけのようだ。
「しかも、坊ちゃんから大量の素材を受け取るために、俺にも同じ容量の魔法の指輪を渡されました」
「……長い返済になりそうですね?」
「そうっすね……」
これまで以上の魔物を保管できるようになったことで収入が増えるのはありがたいが、この指輪の価格を考えると結構な期間指輪の代金を払わないといけないことになる。
しかも、レオだけ容量の多い指輪を持っていても、町まで素材を持って帰ることができなければ意味がない。
そのため、アルヴァロにも同等の指輪が必要となる。
そこのところ、ギルマスもちゃんと考えていたらしく、アルヴァロにも同量の収納ができる指輪を用意してくれたらしい。
これまでのは小部屋程度の容量だったが、今回は一般家庭の家と同程度の容量が入れられるそうで、当然金額もその分何倍にもなる。
それがふたつとなると、どれだけの期間返済にかかるかわかったものではない。
容量が増えた分だけ収入の金額が増えるが、それでも結構な金額を持っていかれることになるだろう。
金額返済のことを考えると、なんだかふたりとも気分が重くなった。
「もしかして、これが狙いなのかな……」
「えぇ、俺もそう思えてきやした……」
高額な魔法の指輪をふたつも提供して、ギルマス、というよりギルドになんのメリットがあるのかわからなかった。
しかし、これで大量の素材を定期的に手に入れられると考えると、ギルドとしても信頼を得られる。
それに、指輪の代金も少しとは言っても利子付きで返ってくる。
レオが島に来てまだ数ヵ月程度しか経っていないが、特に無理をしなければ平気そうなのはアルヴァロからの話でわかったのかもしれない。
ギルマスとしては、それほどリスクのない投資と思ったのだろう。
「開拓は地道に行いますね」
「えぇ、気をつけてください」
「はい、無理はしません!」
とりあえず、アルヴァロやギルマスのことを考えると、指輪の金額を返済しないと借金を背負わせることになる。
面識のないギルマスはともかく、アルヴァロには世話になっているのでそうさせるわけにはいかない。
容量の多い魔法の指輪が手に入ったのだから、開拓へ向けて進もうかと思っていたが、返済をするまで無理するわけにはいかなくなった。
家の周りの狭い範囲で過ごしている分には危険も少ないため、しばらくこれまで通りの生活を続けることにした。
もともと指輪を手に入れるまでの時間はそうするつもりだったので、予定が変わるわけではない。
結局、レオの生活は変わらずこのまま続くようだ。
◆◆◆◆◆
レオが与えられた領地へ着いた頃に戻る。
危険な地へ行くように仕向けたレオの父であるカロージェロは、息子たちと共に領地における異変の報告を受けていた。
「何っ!? アンデッドが増えている?」
「えぇ、近くの森で増えていっているという話です」
報告書を持つ執事からの報告に、カロージェロは眉をひそめる。
最近何故か冒険者がいなくなっているという噂が流れていたが、その原因が判明した。
それがアンデッドの発生らしい。
「ギルドは何をしている? 魔物の駆除は冒険者の仕事でもあるだろ?」
ギルドは国のためにある組織ではない。
しかし、魔物を駆除してくれることから、国としては無駄に兵を動かさなくて済むので重宝している。
そのギルドが、魔物の発生に対応していないとなると、領主のカロージェロが兵を出さなくてはいけなくなる。
メリットがあるから置いてやっているという思いが強いため、カロージェロはギルドの職務怠慢だと腹が立ってきた。
「アンデッドは金になりませぬので……」
「おのれ! 卑しい下民共め!!」
冒険者が町から減っているのは、どうやらアンデッドの発生が原因のようだ。
魔石以外なんの利益もない危険なアンデッドを、依頼も出ていないのに狩るような者はいない。
こういう場合、領主がギルドに資金を出して依頼するということも可能なのだが、冒険者を下に見ているカロージェロは依頼をすることを嫌がっていた。
「兵を出しましょう!」
「父上! 我々もお供します!」
「あぁ、仕方ないがそうしよう……」
ギルドや冒険者には期待できない。
というより、そもそもそれほど期待していない。
アンデッドを放置しておくわけにもいかないので、レオの兄であるイルミナートとフィオレンツォは出兵を申し出る。
ギルドに依頼するよりもマシだという思いから、カロージェロはその発言に頷いた。
「兵に出陣の用意をするよう指示を出せ!」
「承りました!」
出陣することに決めたカロージェロは、執事の男に兵への指示を任せる。
執事の男は、了承の言葉と共に頭を下げて室内から出て行った。
◆◆◆◆◆
「なんなんだこの数は!?」
大量のアンデッドが発生したという話を聞いて、レオの父であるカロージェロは息子たちと兵を連れて町から少し離れた森へ向かった。
しかし、予想していた以上のアンデッドの数にカロージェロは慌てた。
「くそっ!」
「うわっ!」
たいした数ではないと思っていたから参戦を希望したというのに、高みの見物をするどころか自分たちまで戦うことになったイルミナートとフィオレンツォは顔を歪める。
ふたりとも王都の学園を卒業しているので、剣術の訓練などは受けている。
しかし、はっきり言ってふたりとも凡庸な才しか持っておらず、スキルの剣術も卒業間近で手に入れたに過ぎない。
多くの貴族が持つ剣術のスキルも、努力の差により強さも異なる。
領地で好き勝手に暮らしているふたりには、大量の魔物の相手は手に余る。
一体を相手にすることに精一杯で、役に立っているか怪しいところだ。
「イル! フィオ!」
息子たちよりかはまだ剣の腕があるカロージェロは、息子のふたりが危険な目に遭っていることに心が乱れる。
このままではふたりが大きな怪我を負ってしまいかねない。
「くそっ! チェルソ! 我々は少し後退する。魔物の相手は任せるぞ!」
「なっ!? カロージェロ様!!」
兵隊長のチェルソにひと声かけると、カロージェロは息子ふたりを連れて戦場から離れていった。
チェルソが慌てるのも無理はない。
猫の手も借りたいという時に、トップが早々に後退してしまったのだから。
このままでは兵の士気が下がる。
そうチェルソが思った通り、兵たちも離れていくカロージェロの背中に驚きが隠せず、多くの者がその隙に怪我を負ってしまった。
「クッ! 全員目の前のアンデッドに集中しろ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
チェルソの言葉に兵たちが返事をする。
数が多いが、兵たちはなんとかアンデッドを倒せている。
息子が危険だからといっても、このままいけば勝てるという時に逃げて兵の士気を下げるなんて余計なことをしてくれる。
仕える身とはいっても、カロージェロの勝手な振舞いに、チェルソは歯ぎしりをする思いだった。
◆◆◆◆◆
「ギルドは何をしていた!?」
「……何とは?」
アンデッドはその後、領兵たちの奮闘により制圧することができた。
しかし、結構な数の兵が負傷し、同じようなことがあった場合、出兵することは難しい状況になってしまった。
治療代などを考えると、馬鹿にならない出費になってしまう。
こんなことになった怒りが収まらないカロージェロは、自領のギルドマスターを呼びつけて文句を言い放った。
しかし、それに対し、呼び出されたギルドマスターは冷静な表情で首を傾げた。
「アンデッドが出現したのは、冒険者どもが魔物の処理を怠ったからではないか!?」
「それはあり得ません。冒険者にとってもアンデッドは危険なのは変わりありません。きちんと入会時に焼却処分するように言っています!」
アンデッドの多くは、生物の死体に魔素が溜まることによって発生する魔物といわれている。
それもあって、冒険者には入会時に焼却処分をきちんとするように説明している。
冒険者以外なら仕方ないにしても、冒険者で魔物の討伐依頼を受けるような者が焼却処理しないということは考えられない。
「そもそも何故、冒険者どもにアンデッドの討伐をさせなかった!!」
アンデッドが出現したということは少し前には情報として入っていた疑いがある。
冒険者が減っていたのも、その情報が流れたことが原因のはずだ。
「これは異なことを……」
「何っ!?」
「我々ギルドは、依頼を受けて成立している組織です。閣下はギルドへ使いの者を出すことをなさらないのでしょうか? そうなされていれば情報も入っていたでしょうし、アンデッド討伐の依頼を出していただければ、優先依頼としてことに当たることも可能でしたでしょう」
魔石くらいしか資金にならないアンデッド討伐の依頼は、冒険者には人気がない。
そのため、アンデッドに関しての情報はなるべく早くに入手し、討伐依頼を出すのが領主として無難で安価に済ませる手段だ。
しかし、日頃からギルドや冒険者をよく思っていないカロージェロは、なるべく関わらないようにしていた。
時折来ていたギルドからの使者も粗雑に扱った。
前領主はキチンとしていたのだが、カロージェロはなんの利益にもならないと判断したのか領主になってから一度もギルドに足を運んだことがない。
これまで運よく問題が起きなかっただけで、今回と同じようなことがいつ起こってもおかしくなかった。
アンデッドの大量発生が問題なのではなく、その情報を早々に手に入れようとすることと、ギルドへ依頼することを怠ったことこそが、兵たちが怪我をした原因と言っていい。
その怪我も、息子かわいさに避難したカロージェロの行為のせいという面も大きい。
指揮官がいきなり逃げ出すなんて誰も想定していない。
兵が慌てて怪我を負ったのは必然ともいえる。
「下民の集まりの分際で!!」
「なんですと……!?」
もともと、冒険者は職がない人間の救済のために作られた職業だ。
危険な魔物を相手にすることもあることから、確かに粗野な者もいる。
だからと言って、馬鹿にされる
おとなしく聞いていれば、自分のミスを棚に上げた発言ばかりをしてくるカロージェロに、怒りの感情が湧いてきたギルマスの男は思わずカロージェロを睨みつけた。
「なんだその目は!? 冒険者など
「…………っ!! 失礼します!!」
「ふん!! さっさと帰れ!!」
伯爵だからと我慢していたが、さすがに猿呼ばわりで限界がきた。
ここにいては暴れてしまいそうになるのをなんとか堪え、ギルマスは拳を強く握りしめて立ち上がり、カロージェロの前から立ち去っていった。
カロージェロのほうは言い負かしたという思いでもあるのか、満足したように去っていくギルマスの背中へ言葉を吐きつけた。
「おのれ……!!」
あのままあそこにいてカロージェロを殴ってしまえば、捕まって罰せられる。
それに、殴るだけでは、これまで親切心で出した遣いを粗雑に扱われていたことへの怒りが収まらない。
そのため、ギルマスは少し前から考えていたことを実行に移すことにした。
◆◆◆◆◆
「カロージェロ様!!」
「なんだ?」
アンデッドの問題がひとまず済んでしばらくした頃、執事の男が突然カロージェロのもとへ姿を現した。
執事の慌て様に、カロージェロは飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置いて問いかける。
「ギルドが領から撤退するとのことです!」
「何っ!? あの男め!!」
ギルドは国に関わらない存在であり、大きな町のほうが仕事は多いため、カロージェロの領地であるディステ領にもいくつか存在している。
それらすべてのギルドが、領内から撤退するという話が正式に決まったということが耳に入った。
職員や登録冒険者には近くの他領地へ移動するように話が通っていたらしい。
それが行われたのが、カロージェロがギルマスを呼びつけた翌日からだ。
それがわかったカロージェロの表情は、ギルマスの男の顔を思い浮かべて苦々しいものへと変わった。
「ふん! 構わん! 魔物の駆除なら一般兵を集めればいい!」
「…………か、かしこまりました!」
長く仕えていることから、カロージェロの性格はある程度わかっている。
平民であっても、ギルドの高ランク冒険者になると、貴族として爵位を与えられることがある。
一代限りの名誉爵位の准男爵とは言っても、貴族に変わりはない。
功をあげても平民に過ぎない者と、生まれながらに貴族の自分では流れている血が違う。
その歪んだ思いのまま爵位を継いだカロージェロは、同じ貴族扱いになる者を輩出するギルドが気に入らなかった。
潰せるものなら潰したいと思っていたため、ギルドの撤退もたいしたことではないと判断した。
主人の指示では仕方がないため、執事の男は黙ってその指示に従うしかなかった。
「確か、奴はファウストとか言ったか? もしも我が領に入ったらその時は斬り捨ててやる!!」
執事の男が去った部屋でカロージェロはギルマスのことを思い出し、いつかその報いを受けさせてやると歯ぎしりしていた。
◆◆◆◆◆
「釣れた!」
「ニャ!」
実家の領地でひと悶着起こっていた頃、レオは領地で釣りを楽しんでいた。
闇猫のクオーレが魚好きなのと、レオ自身も釣りは楽しいので、結構頻度は高い。
なかなかの大きさの魚が釣れて、レオだけでなく側にいたクオーレも嬉しそうな声をあげた。
「今
「ニャ~!」
魚は好きでも骨はいらない。
なので、調理された魚が特に好きなクオーレは、レオの言葉を受けて甘えるように足にすり寄った。
実家の領地でアンデッドが発生し、怪我人が出るようなことになったのは、全ては対応に失敗したカロージェロのせいである。
しかし、そもそも多くの魔物を倒しておいて処理をしなかったのは、レオである。
ロイを使って病弱を改善するために魔物の討伐を行い、魔石も取らずに放置したため、時間がかかるはずであるアンデッド化までの時間が短縮されてしまった。
それが、アンデットが大量発生する原因のひとつになってしまったのだ。
魔石を取っての放置だったなら、魔素が集まるまでの時間がかかる分、カロージェロも大事になる前に気づけていたかもしれない。
魔素の集合体ともいえる魔石をそのままにしたため、短期間でのアンデッド化となってしまったのだ。
「はい! どうぞ!」
「ニャ~!」
実は自分が原因で実家に問題が起きたなどとは今後も知る
◆◆◆◆◆
〝ペシッ! ペシッ!〟
「うぅ……、あぁ、おはよう。クオーレ」
「ニャ~!」
いつものように柔らかい感触によって、レオは目を覚ます。
思っていた通り、起こしてくれたのは闇猫のクオーレで、レオが挨拶すると嬉しそうに鳴き声をあげた。
「起こしてくれるのはいいんだけど、乗っかるのはやめてほしいな……」
「ニャ?」
時計はあっても目覚ましの機能がないので、クオーレは毎日レオを起こしている。
レオを起こすと、褒めてもらえると認識しているからだ。
首だけ起こしたレオは、お腹の上に乗って尻尾を振っているクオーレに抗議の言葉を呟く。
その抗議に、クオーレはなんでと言わんばかりに首を傾げた。
抗議の言葉の理由、それはクオーレが子猫ではなくなっているからだ。
「大きくなったね。もう立派な成猫だ」
「ニャ!」
レオの言うように、従魔にして一ヶ月も経つと、クオーレは大きな闇猫へと成長を遂げた。
もう体はチーター並の大きさになっている。
その分体重も増加しており、柔らかい肉球で起こされるのはありがたいが、寝ている体の上に乗られたらかなり重苦しい。
あんなに小さかったクオーレの成長をレオが喜ぶと、クオーレは「まあね!」と言わんばかりに胸を張った。