第2章 ヴェントレ島開拓と仲間たち上陸


「国王陛下!」

「どうした? クラウディオ」

 ヴァティーク王国王都ピサーノの王城。

 国王カルノのもとへ王太子のクラウディオが現れる。

 現国王のカルノは、庭園で花々を眺めながらティータイムを楽しんでいた。

 そこに来た息子に、カップを置いて問いかける。

「ディステ伯爵が領地のじょうの許可を求めて来たとか?」

 クラウディオは、隣国に不穏な動きがあるという話を聞いて東の国境沿いの砦の視察から帰ったばかりだが、ディステ領のカロージェロが来たということを聞いてすぐカルノに理由を尋ねに訪れたのだ。

「そうじゃ! なんでも成人した息子にわずかながら領地を与えたいということらしい」

 カロージェロの話になり、カルノはその時のことを話し始めた。

「……ヴェントレ島をですか?」

「そうじゃ!」

 伯爵として与えた領地を繁栄させるためには、そうしたほうがいい結果を出すかもしれない。

 ひいては王国の繁栄に繋がることを考えれば、カロージェロが領地を息子に譲るのは構わない。

 しかし、息子に与えたのがヴェントレ島となると話は別だ。

 再確認の意味で問いかけたのだが、カルノは笑みを浮かべて答えてきた。

「伯爵は優しい父親のようじゃの……」

「………………」

「どうした?」

「いいえ! 失礼いたします!」

 無言になった息子にカルノは首を傾げるが、クラウディオからしたらどうしたもこうしたもない。

 しかし、本気で思ったことを言っている父に、これ以上話をしても無駄だと判断したクラウディオは、頭を下げて父のもとから去っていった。


◆◆◆◆◆


「何が優しい父親なものか!!

 自室に入ってすぐ、クラウディオは怒りで声を荒らげる。

 先程の父との会話があまりにも無意味だったため、だんだんと腹が立ってきたのだ。

「クラウディオ兄様……」

「レーナ……」

 黙って眉間にしわを寄せて立っているクラウディオの部屋へ、ひとりの少女が入ってきた。

 やり取りでわかるように、クラウディオの妹であるレーナ王女だ。

 帰ってきた兄に挨拶に来てみれば、声を荒らげていたため、レーナは困惑した。

 妹の表情を見て、クラウディオは我に返ったのか怒りを鎮める。

「わが父ながらなんと愚かな……」

「そうですね……」

 怒りを鎮めてソファーに座り、対面に座った妹へ先程の父との会話のやり取りを説明した。

 説明を終えると、クラウディオは思わず父のことが情けなく思えてきた。

 レーナも同じ思いらしく、暗い表情でうつむいてしまった。

「魔物が蔓延はびこるといわれるあんな島に送られて、成人したての者が生きていられるものか! 実の親のすることではないだろうが!」

 ヴェントレ島は王都から遠く離れた島のため、存在を知っている人間はそういない。

 知っていても、西に領地を持っている貴族たちだけだろう。

 王太子の立場のクラウディオも、帝王学の一環として教わった時に知ったくらいだ。

 領地とは名ばかりで、手つかずのために魔物が蔓延る危険な島だ。

 そんな島を息子に任せると言っているのに、どうして優しい父親と言えるのだ。

 父カルノは、その島がどういう所なのかわかっていないようだ。

 もしかしたら、その地がどこにあるかも知らないのではないだろうか。

「しかも、部下の報告によると、ヴェントレ島の領主となった者は体が弱いという話だ!」

「っ! まぁ……!」

 ディステ伯爵が来てヴェントレ島を息子に譲るという話を聞いて、どう考えてもおかしいと思ったクラウディオは部下にいろいろと調べさせた。

 伯爵には三人の息子がいて、その三番目の息子に島を譲るという話だ。

 上のふたりは見たことがある。

 特に長男のイルミナートは、同じ学園に通っていたこともあるため覚えている。

 下級貴族や平民を見下す態度をしていたのを何度も見ていたので、はっきり言っていい印象はない。

 次男は女癖が悪いともっぱらの噂だ。

 あの父をしてあの兄弟ありという思いが湧き上がったクラウディオは、三番目の息子もろくでもないのかと思って調べさせた。

 しかし、思っていたのとは違い、幼少期から体の調子が悪く、ずっと邸内から出ることができなかったという話だ。

 しかも、父やあの兄に疎まれ、家の者以外に存在を知られないようにするかのように離れで監禁状態にされていたらしい。

 その話を聞いた時、ディステ伯爵は使い道のない息子を自らの手を汚さずに消し去ろうという思惑があるのだろうと考えるようになった。

「父が国王になってから貴族は緩み出している。他国からの脅威は完全に消えているわけではないのに……」

「お兄様……」

 現国王のカルノは、兄が突然死去したことによって国王の地位に就くことになった。

 もともと国王になる予定がなかったことから、貴族間の関係やこの国のことなどをたいして学ぶことなく好き勝手に育ったのが間違いだったようだ。

 ここ数年、父に知識がないことが知られてしまったのか、書類を誤魔化したりする貴族が増えてきていて、その中でもディステ伯爵は目に余る。

 国王である父が承認した後では、息子の自分が文句をつけるわけにもいかない。

 特にディステ家のカロージェロは、クラウディオの動向を確認したうえでやって来るのだからたちが悪い。


「……ディステ家に何かつけ入る隙はないか?」

「残念ながら……」

 妹のレーナが退室し、調査を得意とする部下を呼んでクラウディオは話しかける。

 自分が国境沿いへ行っている隙に今回のことを父に認可させた。

 わかっていてやっているように思える。

 そう何度もやって来るなら、こっちも考えがある。

 尻尾を掴んで領地没収、なんなら爵位の降格までしてやりたくなる。

 しかし、部下の報告から、ディステ家へ手出しができないのが現状だ。

「チッ! 下手に手を出して失敗するわけにもいかない……」

 証拠もなくいちゃもんつけて失敗でもすれば、敵に弱みを握られてしまう。

 確実な証拠を得ない限り手が出せないことに、クラウディオは悔しさから思わず舌打つことしかできなかった。


◆◆◆◆◆


「あっ! 芽が出てる!」

 領地へ出発する少し前にクラウディオがディステ家のことで頭を悩ませていたことなど知る由もなく、当の本人のレオは、現在呑気のんきに畑に水をあげていた。

 そして、種を植えてから数日して出てきた芽に、嬉しそうに微笑む。

 木製人形二号のオルを作ったことで、魔物の襲撃におびえることがさらに緩和された。

 ほかにも数体人形を作っているが、それよりも先にレオは畑を作ることにした。

 ロイとオルによって食料の心配はない。

 しかし、二体が取ってくるのは魔物の肉が中心。

 島に自生している野菜などがあるなら近場に植えて育てるのだが、家周りでは食料となるものがあまり生えていないらしい。

「種だけは買ってきていたからね」

 人がいないので、島にどんな植物が生えているかもわからない。

 もしものことを考えて、レオは数種類の野菜の種を購入してきた。

 特に、主食にできるジャガイモは多めに買ってきた。

 危険な魔物を相手にして肉を手に入れてきてくれるロイやオルには悪いが、肉ばかりではあまり体にもよくない。

 健康のことも気遣って、野菜も摂取しようと育て始めたのだ。

「やっぱり人数がいたほうが助かるな……」

 オルを作って動かし始めてから、自分は畑の手入れをすることに専念できている。

 余った時間は人形を作ることに使い、のんびりした生活を送っている。

「んっ? おかえり、ロ……イ?」

 ロイには今日も家の周りの警戒を行ってもらっていた。

 日が暮れる前に戻って来たのだが、その様子がいつもと違った。

 帰ってきたロイの足下には、小さな黒猫がついてきていた。

「ブーヨ・ガット……?」

 この島に普通の猫が住んでいるとは思えない。

 そうなると、この子猫は魔物の子供ということになる。

 そして、黒い毛並みをした猫というと思い当たるのがブーヨ・ガット、闇猫と呼ばれる種類の魔物だ。

 猫特有のしなやかな肢体を使い、俊敏に動いて爪や牙で獲物を仕留める技術を持っている。

 真っ黒な毛色と、何かに隠れて闇から攻撃することからついた種族名で、その子猫がどうしてロイについてきているのか。

「……何かあったの?」

〝コクッ!〟

 敵意のある魔物ならすぐにでも始末するのだろうが、どうやら子猫からはそれがないらしく、ロイはついてくるのを気にしていない。

「んっ? あぁ……なるほど」

 状況がわからないでいるレオに、ロイは地面に絵を描いて説明してくれた。

 どうやら、子猫が魔物に追いかけられているところにロイが通りかかったら、標的が変わってロイへ攻撃してきたらしい。

 それを返り討ちにしたら、自分を助けてくれたと子猫が勘違いしたらしく、ロイについてくるようになってしまったようだ。

「親の所にお帰り」

 子猫ということは親もいるはず。

 自分の子を探してここに来られたら、ロイとオルがその親を倒してしまうかもしれない。

 ロイに懐いているところ悪いが、レオは子猫を森に返すことにした。


◆◆◆◆◆


「こんにちは! 坊ちゃん!」

「こんにちは! アルヴァロさん!」

 押しつけられたと言っていい領地に着いて一ヶ月が経過したが、レオは特に不便を感じることもなく快適に過ごしていた。

 週に一度レオの安否を確認しに来てくれているアルヴァロが、いつもの曜日に島へ現れる。

 船の接近に気づいたレオは、いつも通り砂浜に出て、たどり着いたアルヴァロと挨拶を交わした。

「坊ちゃんが島に来てから少し経ちますが、なんだか大丈夫そうですね?」

「えぇ、今のところ……」

 成人になりたての元貴族が、この島の領主になったと聞いた時は、どう考えても家から切り捨てられたのだと思っていた。

 しかし、この若者はその運命を否定しているかのようだ。

 息子の怪我を治してくれたことに恩を感じて、安否確認にこの島への行き来をする役を引き受けたアルヴァロだが、どうやら死体を見つけるといった嫌な思いをすることはなさそうで安心する。

「運よく家の周りはそれほど強くない魔物ばかりで……」

「……いや、闇猫も結構危険な魔物ですぜ?」

「ニャ~!」

 レオの足下におとなしく座っている黒猫を指差し、アルヴァロはレオの意見を否定する。

 ロイが助けた闇猫の子供は、何度森に返しても翌日にはレオの家に来ていた。

 助けたのはロイなのに、ロイはレオが動かしているとわかっているのか、すぐにレオにも懐いた。

 毎日来るところを見ると、もしかしたらロイが会った時には親を殺されてしまっていたのかもしれない。

 レオの家に来るが、子供なので狩りがまだできないのか、少しずつ痩せていった。

 さすがにこのままではいけないだろうと、レオは従魔にして飼うことにした。

 元気に育つように、名前をクオーレと名付けた。

 従魔とは、専用の魔法陣により、主従関係を結んだ魔物のことをいい、人に危害を加えさせないようにするためにできたといわれている。

「子猫ですから……」

「そんなもんですかね……」

 闇猫は、ゴブリンなんかよりも危険な魔物だ。

 特に、夜に遇ったらその名前の由来通り闇から現れたかのように攻撃され、ベテラン冒険者でも大怪我を負うことがある。

 そんな危険な魔物を従魔にしてしまったのだから、初めてクオーレを見たアルヴァロはかなり驚いたものだ。

 レオもたまたま従魔にしただけのため、経緯を簡単に説明してある。

 説明を受けても納得できるわけではないが、アルヴァロはそのまま流すことにした。


「頼まれていた調味料持ってきましたぜ!」

「ありがとうございます! 用意しておいたのがなくなって、もう塩しかなかったんです」

 調味料が入った瓶をアルヴァロから渡され、レオは嬉しそうに礼を言う。

 アルヴァロには週一回ここに来ることから、ちょっとした買い物をしてもらっている。

 最近は、身体の調子がよくなったため、好きなものを食べられるようになった。

 ベッドの上で、食べられないのに世界中の料理の本を眺めていたのが懐かしく感じる。

 その時の経験からいろいろな料理や調理法を覚えていたレオは、食べたかった料理を作ることを最近の趣味にしていた。

 そのせいか、調味料の減りが早く、塩以外の調味料がなくなってしまい困っていたところだ。

 そのため、アルヴァロに調味料を買って来てくれるように頼んでいたのだ。

「あと、これを……」

「ん? これは?」

 今回頼んでいたのは調味料のみで、それ以外はなかったはずだ。

 それなのに、アルヴァロはレオに指輪らしきものを渡してきた。

 それを渡される理由がわからず、レオは首を傾げる。

「一番安いやつですが、魔法の指輪でさ!」

「っ!! そんな高額品をなんで僕に?」

 魔法の指輪とは、時空魔法によって多くの物を収納できる指輪のことだ。

 冒険者はこれを得られて一人前という風にいわれているところがある。

 収納できる容量に差はあるが、どんなに安くても王都の一軒家を買うくらいの金額といわれている。

 小型の船で漁をするアルヴァロが手に入れるのは、かなり苦しいはずだ。

 しかも、それをレオに渡してくるのだから驚くのも無理はない。

「失礼ながら、俺は坊っちゃんがすぐに魔物にやられると思っていやした」

「僕もそうなることは考えていました」

 真剣な表情で話し始めたアルヴァロに、レオも真面目に耳を傾ける。

「簡単なお使いと、ここまでの運賃にしてはかなりの金額の物をいただいていやす」

「いや、わざわざこんな役割をしてもらえて助かっていますよ」