俺の嫁……かぁ。

 レッドの言葉を聞いて、首をひねる。

 アシュラーン公爵が結婚するという話は聞いてたからな。

 アリスと名乗る少女が、アシュラーン公爵の嫁……で、間違いないんだろうな。

 だが、どうして冒険者に?

「あれか。ギルド長なんてやらせやがってと、俺に文句の一つでもいいに来たってことか?」

 と、一瞬思ったが……。

「ガルダ様」

 と、やたらとキラキラした目で見てくる。

 かと思えば、レッドの嫁じゃないと言う。

 結婚したくなかったのかと思うと、自分は既婚者だと言う。

 ……まさかと思ったが、アシュラーン公爵のアルフレッドとギルド長のレッドが別人だと思っている。

「くっ、くくくっ」

 初日は、まぁそう言うこともあるかと思ったが。

 ──もう何日経つんだ?

 一向に気が付かないアリスもおかしいが、周りの人間、誰一人として教えてやらないのはどうい事だ?

 まぁ、教えてやらない一人が俺なんだが。


「ガルダ様っ!」

 俺の姿を見つけると、ぴょこんと跳ねるようにして喜びを表すアリス。

 こういう新人冒険者の反応は今までにもよく見た。

「ギルド長っ!」と強い者への憧れを表情に浮かべて嬉しそうに笑うんだ。

 ……だが、なんていうか……。

 憧れとも、今一つ違う目をしているように思えるんだよな、アリスは。

 なんだろう。こう、蛇に睨まれた蛙のような気持ちが少しするというか。

 なんだか逃げたいような、でも逃げられないような……そんな不思議な気持ちになる。

 アリスは高位貴族、侯爵令嬢なのだったとそこで思い出す。

 新人冒険者じゃない。

 レッドも確かに元王子の公爵様だ。だが、流刑地と呼ばれるこの地に、ろくな教育もされずに送られた王子だ。

 アリスは、きっとしっかりと侯爵令嬢として教育されたのだろう。

 この、蛇に睨まれた蛙にような気持ちになるのが、貴族の威厳というか、貴族の圧というものなのか?

 ブルルッ。貴族ってすごいな。

 アリスが俺の元へとやってくる。

「ガルダ様、今日は冒険者たちに訓練をつけてあげるんですか? 見学しても?」

 ニコニコと笑うアリス。

 冒険者の訓練など、汗臭い上に、乱暴だ。女性が見ても何も楽しいことはないはずだ……。

 それとも、何かアドバイスをしてくれると言うことだろうか?

 アリスはこれまでも足が弱いだの腕だけで剣を振っているだの、的確なアドバイスを冒険者にしていた。

 なるほど、そういうことか。

 見学させてもらうという形を取りながら、実際は訓練の助言をするということだな。

 ……貴族令嬢だからだろうか。出しゃばり過ぎないように気を回してくれているのだろう。

「誰でも自由に見学はできる、俺に確認せずいつでもいいぞ」

 と返事をすると、ぱぁぁっと花が咲いたような笑顔を見せる。

 表情豊かでかわいいな。貴族など取り澄ました顔をしているイメージだったが、それは俺の偏見だったらしい。

 アリスに背を向け訓練所に足を運ぶ。

 後ろからちょこちょことついてきているであろうアリスの声が聞こえてきた。

「うひゃ。背中も最高! なんて素敵な僧帽筋。肩が上がらないなんてことないんでしょうね。男は背中で語るっていうけど、背中大事っ。ぶつかるふりしてちょっと触っちゃ……ダメダメ、あああ、でも脊柱起立筋も最高っ。流石ガルダ様っ」

 あまりよく聞き取れないが、俺の名前を呼ばなかったか?

「なんだ?」

 振り返ってアリスの顔を見ると、アリスが大慌てで、手をバタバタとさせている。

「あ、えっと、あの、その……ガルダ様の背中の筋肉は素晴らしくて……ってそうじゃなくて、それに比べて、ほ、ほら、あの人の背中っ、広背筋や大円筋……あーっと、この辺りの筋肉の鍛え方が足りないので、こう、回転力がなくて手だけで剣を振りまわしてるのかな? って……え、えへへ」

 アリスが指摘した長髪の男を見る。

「おい、ちょっと剣を構える格好をして、横に薙いで見ろ」

 声をかけると、長髪の男は剣を構える格好をして横に振るしぐさをする。

「はっ、アリスの言う通りだな」

 思わずアリスの頭をガシガシと撫でてしまった。レッドにするように……。貴族令嬢の頭を。

 しまったと思ったが、アリスは怒るでもなくへへと嬉しそうに笑っている。なんていい子なんだろうな。

「お前はこの辺りの筋肉が使えていない。手だけで薙いでいる、時間があれば訓練所に来い」

 他にも二、三人に声をかけて訓練所へ移動すると、ちょっと怒ったようなレッドの声が聞こえてきた。

「おい、アリス、お前は訓練しないだろ?」

 アリスの前に、レッドが立ちはだかっている。

「訓練を見学させてもらうのよっ!」

「ふぅん、訓練を見学ねぇ? ガルダが見たいだけとかじゃないよな?」

 ふっ。

 レッドはアリスがかわいくて仕方がないらしい。他の男を見るだけで嫉妬してしまうなんてなぁ。

「レッド、久しぶりに付き合え」

 訓練用の剣をレッドに投げる。

「ふえっ? レッドがガルダ様と手合わせを? なんというご褒美っ! ちょ、早く早く、ほら、行くわよっ!」

 アリスが張り切って俺の前にたち訓練所へ向かう。

 よほど、レッドの剣技が見たいのか。

 レッド、ずいぶん慕われてるよなぁ。……って、夫である公爵とは別人だと思われてるんだったか……。

 どうなってるんだ?

 ……よし、面白いから、まだ黙っておこう。