「大丈夫。えーっと、火魔法も、威力を間違えて大きなものを出して周りの人を傷つけちゃうようなことがあるでしょう? そういう危険だから。ちゃんと練習を積まないと知らないうちに危険なことが起きるというか……ほら、太陽も直接見ると目がおかしくなるとかあるでしょ? そういう……危険?」

 はぁーと、レッドが息を吐き出した。

「頼む……無茶はしないでくれ……」

 突然、レッドに抱きしめられた。

「あ……きょ……きょ……」

「アリス……」

「胸筋が当たってる……」

 これが、ラッキースケベ!

「朝食をお持ちいたしました」

 マーサの声に、レッドが私から慌てて離れた。

 あ、ラッキータイムが終わってしまった……!

 と、思ったら。

「おう、今、みんなで相談したんだがな」

 ガルダ様が来た! ドリューさんも来た! ソウ騎士団長も来た!

 うひょー! 突然の筋肉祭り開催ですか?

 アンナさんも来た。ギルドの受付のお姉さんも来た。それに、ミルト君。

「冒険者と騎士団で安全を確保したうえで、領民にも魔物討伐を手伝ってもらおうかと思ってな」

 明らかにレッドが難色を示す。

「魔物の群れに飛び込むのは無謀だろ、だから遠距離から魔法で討伐するのが得策だ」

 ガルダ様の言葉に、レッドがうーんとうなる。

「泥沼での足止めや、夜間のブラックライトの協力をお願いしようと思ってます」

「任せて!」

 しゅぱっと手を上げる。私の出番! ガルダ様に守られながら華麗にブラックライトを……。

「アリス姉ちゃん、ボクたちにブラックライトを使う許可をしてくれよ。ちゃんと気を付けるから。ボクたちも、街のために何かしたいんだ」

 うっ。っと、私がうなると、マーサも続けた。

「私たち、大量の水が出せない者もマヒ毒入り水球を練習して使えるようになっています。今回は騎士や冒険者に守ってもらえるというなら、いざというときのために実際に魔物と対峙したいです」

 レッドが折れた。

「分かった。詳細を詰めてくれ」

「やったぁ!」

 ミルト君が小さく飛び跳ねた。

「ミルト君、光属性で、ブラックライトが使えるようになった子たちを集めて作戦会議よ!」

 朝食にと運ばれたパンを急いで詰め込みお茶を飲んでアルフレッド様の部屋を出る。

 ん? あれ? なんで私、アルフレッド様の部屋にいたんだっけ? レッドと話をするためだったっけ? ま、いっか。

 子供たちを夜中に働かせるわけにはいかないから、ブラックライトはまだ日が落ちる前に設置することにしようかな。魔力をたくさん込めて朝まで持つようにすればいいよね。

 広間に歩いていくと、料理長が頭を抱えていた。

「ガルダさん、皆で協力すれば一日で終わりそうというのはありがたいですが、解体処理が追い付かないですよ。せっかくですが肉はあきらめる必要が出てくると思います」

 そういうことか。倒したら死体が残るもんね。素材と肉。少量になる肉……処理が追い付かなければ破棄。

「泥沼にはまってるのは、襲ってこなけりゃそのまま生かして置いたらダメなのかな?」

 ふと、生け簀を思い出して口にしてみる。魔物の生け簀……見ながら食事する和食屋を想像して、ないわ……と否定する。

 あれ? でも……。

 屋敷の安全が確認できたところで、リリアリスに変身して料理長に会いに行くことにした。

 もちろん、今回現れた魔物の肉の調理方法の相談だ。

 ゴブリンはマヒ毒の材料になるらしいので食べない。よかった……食べたくなかったんだよね。

 オークはイノシシみたいな見た目でも豚肉に近いみたいだ。いつもなら保存用は干し肉らしい。でも、豚肉といえば、ベーコンもいいよね。生ハムとかもありかな。というわけで、料理長と相談しよう。

 それからワーウルフはもう全部ソーセージにするそうな。そんなに好きなのか、みんな……。

 ホーンベアは熊っぽい肉なのかな。熊肉はあまりおいしくないって聞いたことがある。熊の手はおいしいと聞いたこともある。どんな味なんだろうかなぁ。

 鉄格子のはまった窓から外を見ると、屋敷の庭に、魔物の死体がゴロゴロ転がっている。その中で、私の目を引いたのは……。

「タラバガニ? あれって、タラバガニなのでは?」

 マーサに、真っ赤になって倒れている八本脚の魔物を指さし尋ねる。

「ああ、あれですか? 闇スパイダーですね。暗闇に紛れるために全身真っ黒い油で体が覆われているんですが、燃えると真っ赤になるんですよ」

 甲殻類っ! エビもカニもイセエビも、火を通すと赤くなるあれだ!

 あんなに大きなカニなら食べ応えがありそう……。

 すでに焼かれているということは、すぐに食べられるということなのでは?

「タラバガニ……いえ、闇スパイダーをお昼ご飯に食べましょう!」

 私の言葉にマーサが、素で「はぁ?」と声を上げた。

「闇スパイダーを食べるんですか?」

「食べないの? 毒があるとか?」

「毒があって食べられない魔物リストには入っていませんが……蜘蛛ですよ?」

「カニだよ?」

「カニ?」

「タラバガニだよ、足が長いからタカアシガニかな? でも八本足はタラバガニかな……それとも新種のカニ?」

「……あの、アリス様、カニとは?」

 あれ? この辺の川には沢蟹とかもいないのかな?

 味見したら、ちゃんとカニだった。イセエビみたいな感じで、カニとエビの中間っぽいほっこりした身。

「カニは酢をつけて食べると甘みも増しておいしいんだよね~」

 そうだ。ユメリアから送ってもらった酢がたくさんあったんだ。

 うんうん、食べるのが楽しみ!


 その後、アシュラーン領ではしばらくカニ祭りが開催された。

 ……それにしても、何か忘れているような?


■ユメリアサイド■


「ユメリア、母上にハンカチはどうしたのかとそれとなく尋ねられたのだが」

 殿下に尋ねられて、手の平に汗をかく。

 まだ、リリアリス……あのクズから刺繡が送られてこないのだ。

 もうすでにこちらから送った大量の酒は届いているはずなのに。

 ……古くなって酢のような味がしたって酒は酒だ。

 まさか、それが気に入らないからと刺繡をしないつもり? 生意気だわ。

 懲らしめてやらなくちゃ。

 とはいえ、遠いとしつけもすぐにできやしない。

「す、少しその、手を痛めてしまって……」

 と言い訳を口にすると、殿下が心配そうな顔を見せた。

「それは大変だ。大丈夫なのかい?」

「え、ええ……生活にはあまり支障がないのですが、細かい作業をすると痛みが……」

 殿下が優しく微笑む。

「君は優しいから。自分のために貴重な魔法を使うのはいけないと思っているんだろう? 大丈夫。僕が許すよ。自分を癒せばいいよ、回復魔法で」

 余計なことを言わないでほしい。

 手が治ったのにどうして刺繡がまだなのだと言われたら困るのよ。

「いえ、生活に支障がありませんので……。その、王妃様にはもう少し刺繡を待ってもらうことにはなりますが……。この力は、本当に困っている人のために使いたいのです」

 微笑みを浮かべ、少しうつむく。

 すぐに、殿下が私の肩をそっと抱いた。

「ああ、本当にユメリアはなんて優しいんだ。聖女の名にふさわしい。だが、今回はその君の神聖な気持ちを少し曲げてくれないだろうか?」

 殿下が申し訳なさそうな顔を見せる。

「二週間後に隣国の王女を招いた舞踏会があるんだ。その時に、僕の婚約者である君を自慢したいと……聖属性もちなだけではなく刺繡の腕前も素晴らしいと……」

 もう、できないものはできないんだから。

 なんでそんなに必死になって無理をさせようとするの?

「あの……」

 どう言えばいいのだろう。体調がすぐれないといっても、回復魔法で治せばいいと言われるだろう。

 誰かに刺繡させようにも、リリアリス独自の技法が使われていないとまた疑われてしまう。

 ぐっと力を入れて手を握りしめたせいで、爪が皮膚に食い込む。

 リリアリスがいれば……。

 そうだ、途中で使用人が誤って汚してしまったとでも言おうか? それで完成させることができなかったと。

 どうせなら本当に汚させて使用人に謝らせよう。

 王妃様のための刺繡を汚し、大事な舞踏会に間に合わなくした使用人が、どれほどの罰を受けるかはわからない。

 醜い言い訳をして、うっかり不敬な言葉を口にしてひどい処罰を受けてしまうかも?

 まぁ、知らないわ。一応私は優しい聖女としてかばってあげるし。私がかばいきれないような愚かな言葉を口にして処罰されるのであれば、それは自業自得だもの。

 誰をいけにえにしようかしら?

 新しく入った者のほうがいいわよね。私があまり刺繡がうまくないことも知らないし。

 確か、ルベナと言ったかしら?

 リリアリスの嫁いだアシュラーン公爵家の侍女だった女。

 アシュラーン領はそれはひどい場所で冬は寒くて食べるものも少ない土地だ。

 領主はほとんど屋敷には寄り付かない。

 使用人は嫁いでくるリリアリスをよく思っていない。

 ほしい情報はすでにルベナから聞いた。もう、用はない。

 あちこちの屋敷でトラブルを起こす女だと聞いている。綺麗な顔と豊満な体で男にすり寄るタイプの女だ。どんな処遇が下されようと、味方になる侍女などいないだろう。

 爪が食い込んで痛む手に、軽く回復魔法をかける。

 痛みが引いた手の冷や汗をスカートでぬぐう。

「分かりました殿下。自分の……我慢すればいいような小さな怪我に回復魔法を使うなんてとても許されることではないと思っていましたが……。王妃様のためですもの。きっと神様も許してくださるわよね?」

 殿下が私を再び抱きしめた。

「ああ、許してくれるさ」

 それから殿下が何かをつぶやいた。

「隣国の女王よりもユメリアが素晴らしいということを認めさせなければ……婚約解消して隣国の女王と結婚させられてしまう……。それは防がなければ……」

「え? なぁに? 聞こえないわ? 殿下?」

 殿下が私を抱きしめる手に力が込められたので、愛をささやかれたのかと思って聞き返す。

「何でもない……君が刺繡さえしてくれれば問題ないよ」

 そうね。何も問題ないわ。

 早速刺繡糸と布を買って、部屋で急ぎの刺繡をするからと部屋に籠りましょう。

 どこかで刺繡を依頼して。出来はどうでもいいわ。汚されて刻まれたものとして見せるだけだもの。

 そうね、ルベナに食事を運んでもらう仕事を頼むようにして、頃合いを見て足を引っかけて転ばせればいいかしら? それとも酒でも飲ませる? ちょっといい顔の男でも近づけたら仕事なんてそっちのけで昼間から男と酒を飲みそうな女よね。

 それから、リリアリスにも催促の手紙を出さなければ。

 ……間に合えばそれが一番いいのよね。

 仕方がないわ。今度はちゃんとお酒を送ってあげるわ。

 そうね、手紙にはちょっと同情的な言葉を添えればいいかしら。

 ルベナというアシュラーン公爵家で侍女をしていた人から話を聞いたわ。ひどいところなんですってね、かわいそうなお姉様。

 刺繡が届いたら、冬に備えてコートを送ろうと思いますわ。とても寒いところだと聞きましたので。

 とか書けば、さっさと刺繡してハンカチを送ってくるんじゃない?

 使用人に傷つけられた傷を、私が「かわいそうなお姉様、すぐに治してあげますわ」と言っていたのを「ありがとうユメリア」ってありがたがってたもの。

 くすくす。

「お姉様は馬鹿だもの。きっと、私の優しさに感激するはずよ」


 ──ユメリアの転落はここから始まった。