一〇〇〇Wよりももっともっと強い電子レンジの波をイメージする。

 巨体全部を温めるなんて無理だ。だから、地竜の頭を狙いマイクロ波を当てる。

 いいや。頭どころか狙っているのは目玉だ。

 ゆで卵は電子レンジで熱するとはじける。中に入った空気が膨張して破裂するのだ。

 地竜の目玉がどうなっているかなんてわからない。でも、何もしないままなんていやだ。

「【マーイークーロー波ぁっ】!」

 もう一度、魔力を込めて地竜の目玉に向けて電子レンジの波……光魔法を放つ。

「グオオオオ」

 地竜が鳴き声を上げ、そして太い尻尾で地面を叩いた。

 効いてる!

 嫌がっているということは何かしら効き目があるということだ。

「アリスさん、マイクロ波というのは?」

 騎士の問いに答える前に走り出した。

「足止めをできるかもしれない。もう少し近くで魔法を放ちたい、あなたたち、私が足止めしている間に、避難するように言って」

 走り出した私に騎士が四名並走する。

「お前たちは出入口に近づく魔物を処理していてくれっ!」

 残った騎士は言われるままに周りを警戒し始めた。

 ああ、心は一つだ。みなレッドたちを助けたいのだ。何もせずに見捨てたくないのだ。

 とはいえ、私たちが無理をして突っ込んでいって犠牲になってしまえばレッドたちの行動を無駄にしてしまう。魔物から身を守れる距離を保ちつつ、なるべく地竜に近づく。

 騎士団の訓練所まで来た。

「ここなら周りが開けているので警戒しやすい」

 騎士に言われて、足を止める。

「後で、その魔法も教えてください」

 肩をポンと叩かれて気が付いた。

 光属性の騎士ジョンだ。

「魔力がたくさん必要だからあまり実用的ではないわよ?」

 と笑って答えてから、上を見上げる。

 訓練所にはひっきりなしに魔物がやってくるけれど、ついてきてくれた四人が私の四方を囲んで排除してくれている。

「【マーイークーロォー……波ぁぁぁぁっ】!」

 血管が切れそうになるくらい魔力を込めてマイクロ波を放つ。いい方がどんどんアニメのキャラクターっぽくなってしまっている。中二病みたいだ。でも、魔力を込めながらの呪文を口にするとこうなるものなのだと、知った。

 目には見えないけれど、確かに地竜の顔に、目玉に当たっているようだ。嫌がって顔を揺らしてよけようとする。

 逃がすものか!

 手の角度を地竜の動きに合わせて動かす。

 ゆで卵は一分も過熱すれば破裂すると見たことがある。何ワットの話なのかまでは覚えていない。

 家庭用なら一〇〇〇Wがせいぜいか。ならばその何倍もの出力に強めているつもりの私のマイクロ波ならば何秒で破裂するのだろう。

 破裂しなくとも熱をもち沸騰して……。

「ぎゃおおお」

 両手で顔の周りを、何かを払うように振り回している。

 もう少し、もう少しだ。

「狼煙、上げます、逃げろ。【LED】」

 ジョンが何かをつぶやきながら光魔法を打ち上げた。

 白く光っている地竜は、前に進むことも城壁も壊すこともなく、ただ顔の周りで手を振り回し、尻尾を地面に打ち付け、足を踏み鳴らしている。

 足止めになっているよね。

 ねぇ、逃げてきてる?

 爺マッチョ戦隊のみんなは?

「【マーイークーロォーー波ぁぁぁ】!」

 あとどれくらい足止めできればいい?

「地竜が暴れているおかげで、ほかの魔物が入り込んでこない。これならば団長たちなら無事に逃げてこられるはず!」

 本当?

 とうとう、地竜が手で顔を押さえた。

 ああ、これじゃあ目を狙うことができない!

「アルフレッド様! 団長! ご無事でっ!」

 もうろうとする意識の中で、騎士たちの喜ぶ声が聞こえた。

 あの場にアルフレッド様も残っていたのか……無事でよかった。

 で、レッドは?

 騎士たちが手分けをして爺マッチョたちの避難を手伝いながら騎士訓練所を離れていく。

「アリスっ!」

「レッド!」

「【火炎】っ!、邪魔だ燃え尽きろっ」

 レッドが集まってきた魔物をまとめて魔法で始末しながら私のもとへとかけてきた。

「無事でよかった! レッド!」

 約束通り……キスしてあげないと。

 上腕二頭筋がいいかな? 僧帽筋が無難かしら? 大胸筋はちょっとはしたないわよね……。

 それとも、背側骨間筋とか……それって、手の甲にキスするんだから騎士っぽいかしら……。

「アリスっ!」

 どうやらそこで意識は途絶えた。

 うーん、なんだか前にもこんなことがあったような……。



「マーサ、マーサっ!」

 アリスを抱きかかえて避難所へ続く通路を急ぐ。

 領主部屋へと、アリスを抱きかかえて急ぐ俺……レッドの姿を見ても、誰も一言も声をかけては来ない。

 もちろん、大丈夫なのかと心配する声はそこかしこから聞こえる。

 アリスを心配する声だ。

 ……領民に慕われているのがそれだけでわかる。

「アルフレッド様、どうなさいま……リリアリス様っ!」

 避難所の公爵夫人の部屋へとリリアリスを連れて行くと、マーサが悲痛な声を上げた。

「リリアリス様、怪我を? 外はどうなっているんですか?」

「魔力切れだと思う……」

 俺の答えに、マーサが口に手を当てた。

「リリアリス様、また無理をなさって……」

「ああそうだ。リリアリスに助けられた……今回ばかりは、もうだめだと……それをリリアリスが助けてくれた」

 小さな体をベッドへと横たえる。

「すまない、マーサ……あとは頼む」

 マーサに声をかけると、涙目になったマーサが俺に何か言いたげな目を向ける。

 こんな時でもリリアリス様のそばについていてあげないのかと責められているようだ。

「地竜が出た……城壁の一部が壊されて、そこから魔物が敷地に入り込んでいる」

 言い訳するようにマーサに簡単に状況を説明する。

「ち、地竜が……! 私が生まれる前にも現れたことがあると祖母から聞いたことが……。その時は街が半分以上壊滅したと……」

 絶望的な顔をするマーサに、謝罪の言葉を口にする。

「すまない……俺の力不足で、また領地を危険に……」

「何を言っているんですか、悪いのは魔物です。アルフレッド様は精いっぱいやってくださっています。街などまた復興すればいいんです」

 マーサの言葉に、アリスが目を開いた。

「ん……アルフレッド様がいる……の?」

 力の弱い声に、ベッドに横たわるアリスの手を握る。

「魔力切れだ。もう少し寝てろ」

「あはは、今回は、大丈夫……んー、レッド、もっとよく顔を見せて……」

 アリスがベッドから上半身を起こした。

「生きてて、よかった、レッド……」

 弱弱しい声でそう言い、俺に微笑みかけるアリス。

 俺は、アリスが好きだ。

「守ってやりたいのに……お前は守らせてはくれないんだな……それどころか、俺が守られている」

 俺の言葉に、アリスが首を横に振った。

「そんなことない、私は守ってもらってるよっ、魔物からもそうだけど、それだけじゃなくて、心もっ」

「心?」

 アリスが小さく頷く。

「推し活は心の栄養っ」

 なんだ?

「推しか、つ?」

「ふおうっ、なんでもない、と、とにかくみんなが無事に避難できたのはレッドのおかげでしょう?」

 顔を真っ赤にして焦っているアリス。推し活というのは、何なんだ? いつもの筋肉~っていうのか?

 でも、だとしたら一番の栄養はガルダだよな?

 そう考えただけでむかむかしてきた。

 俺が一番だとアリスに言わせたい。

 あとどれくらい鍛えれば俺はガルダのようになれる。

 アリスの心を手に入れるには、俺はどれくらい……。

 いや、違う。

 首を大きく横に振る。

「街にどれだけ被害があるかわからない。地竜の進路はまっすぐ街へと向かっていた。このまま屋敷を通り過ぎ街を縦断すれば……とても住める場所じゃなくなるかもしれない」

 手に入れたいなどと思ってはだめだ。

 アリスは王都に帰してあげなければならない。今でも手放したくないと思っているのに、これ以上アリスを愛してしまったら……。

 アリスを不幸にしてしまう。

 アリスはギルドで光属性の子供たちを集めて光魔法の実験をすると言っていた。

 はじめは、そういう名目で不遇な光属性の子供たちに施しをするつもりかと思った。だが、そうではなかった。

 子供たちは新しい光魔法を覚えて仕事を増やすことになった。

 そればかりではない。【LED】という明るく長持ちする光だけではない。

 その光を利用した連絡用光狼煙は、今回どれほど活躍したか。あれがあったおかげで迅速に対応が進み、冒険者も騎士もぐっと死傷者が減った。いや、俺が知る限り死者はゼロだ。

【閃光弾】はまだ活用できていないが【火光】もずいぶん役に立っている。

 そればかりか、暗闇で魔物を光らせるあの魔法……! 聞いたこともないし、その場にいた皆も初めて見たのではないか。

 しかも、何色の光がなんの魔物なのか、子供の口から伝えられた。あれは、実験といって集めた子供たちと研究を重ねていたのではないか。

 それに魔力が切れるまで地竜に向かって魔法を放っていた。

 光って見えなかったが、光魔法なのだろう。どんな魔法なのかまるきりわからない。ただ、地竜に何か打撃を与えていたということしか……。

 アリスが首をかしげる。

「建物が壊れちゃうってことだよね? がれきの山になっちゃうのと、住めない場所になるのは別のことじゃない? 放射能で汚染されるわけじゃないし」

 放射能?

「まぁ、家がなくなっちゃうなら、しばらく避難所暮らしになるだろうけど、それはよくあることなんでしょう?」

「確かに、避難所に避難することはよくあることではあるが……。だが、家が壊れれば、建て直すまでには時間がかかる。街が街として復旧するまでには……壊れる前まで戻るには何年かかるか……」

 俺の言葉を受けるように、マーサがつづけた。

「私の祖母の話では、昔、街が壊滅し、元通りの生活を取り戻すのに一〇年はかかったと……」

 一〇年か……。

「ねぇ、元通りにしなくちゃならないのかな?」

 アリスが再び首を傾げた。

「震災があれば、耐震基準が変わっていったし、津波があれば避難を考えた街づくりをしていったし、元通りではなく元よりもよい街にしていけばいいんだよね?」

「元通りでなくていい……?」

 元よりもよい街に……? そんな考え方が……あるのか?

「だが、元よりよい街と言っても……」

 アリスがハッとして口を押さえた。

「そ、そうだよね。今でも十分魔物に備えた街造りをしてるんだもんね……冬とか少しでも過ごしやすいようにもなってるんだろうし…………あ、えっと、アシュラーン領の新参者が偉そうにごめんなさい……」

 しゅんとなって謝るアリス。

 何を謝る必要があるのだろう。

「俺こそ……謝ることばかりだ……」

 ドレスも宝石も与えてやれない。

 魔力切れで倒れさせてしまう。

 それに、守りたいからと屋敷から出ることを禁止して自由を奪ってしまった。

 そのくせ、守ることもできず守られるなんて……。

「まぁ、まぁ、〝よそ者〟たちはこれだから」

 マーサの言葉にぎょっとする。

「よ、よそ者? 俺は……た、確かによそから来たことに違いはないが……受け入れられたと思っていたが、そうではないのか……」

 ショックを受けて返す言葉を失っていると、アリスがぷくっと膨れた。

「マーサ、私は確かにまだこの領地に来て日がないので、よそ者の私にいろいろ教えてくださいっ!」

 マーサはアリスの言葉ににっと笑った。

「謝る必要なんて全くないんだよ。街なんていくらだって作り直しゃいい。死ななかった、それがどれだけすごいことなのか」

 それからマーサは続けた。

「老い先の短い老人たちの命が捨て駒にならない、足手まといになる子供たちの命が切り捨てられない、俺様を守れといち早く逃げ出す領主もいなければ、こんな状態でもわがままを言う領主夫人もいない……〝よそ者〟には今どれだけ私たち領民が幸せなのか分からないのかい?」

 アリスが涙目になりながらマーサの名を呼ぶと、マーサはアリスを抱きしめた。

「だから謝ることなんて何もないんですよ……」

 マーサはアリスを抱きしめながら俺の顔を見て笑った。

「まったく、どんなすごいことをしているのか本人にはまったく自覚がないってことはそっくりですよねぇ……アリスさんもそう思いません?」

 マーサはアリスから体を離すと、腰に手を当てた。

「今までの避難所は暗くて汚くて寒くて、そのうえまずい魔物肉を食べるしかなくて、確かにあまり長く居たい場所じゃなかったんですよ。でも今年は」

 そこまで言って、マーサが言いたいことが分かった。

「もう、暗くはないな。光魔法の、アリスのおかげで」

「そうですよ。それに今、徹底的に皆で掃除しているんです。それに、アルフレッド様……いえ、レッドさんは聞いてないですか? 温石。リリアリス様の提案で体を温める温石の準備も進めているので冬の寒さに震えなくても済みそうです」

 温石? 聞いてないが、アリスは避難所で過ごしやすいようにといろいろと考えてくれていたのか。

「大量に手に入った、火魔法で焼かれていないワーウルフの毛皮を敷けば石の冷たさからも逃れられ、そのうえ、リリアリス様は魔物肉をおいしく食べる方法を教えてくれましたよ」

 そうだ。本当に。

「リリアリスはすごいな……」

 アリスが慌てた。

「そ、そんな全然すごくなんか、いえ、あ、あの、あれ? リリアリス様はすごいかもしれな……ああああ」

 どうやらキャラクターがぶれているらしい。もう、俺はリリアリスとアリスが同じ人間だと知っていると教えてやったほうがいいだろうか?

 この慌てっぷりを見るのも好きだからこのままでもいいかな……?

「周りから見ればすごいことをしているのに、本人はすごくないって言うんですよね……」

 マーサがおかしそうに笑っている。

「あ、ああ、リリアリス様もアリスも本当にすごいのにな」

 マーサが笑いを引っ込めて俺の顔を見る。

「アルフレッド様もですよ」

 それからすぐにアリスが握りこぶしを作って俺の顔を見た。

「レッドもだよ! レッドもすごいんだよ!」

 それから、ちょっともじもじして下を向いた。それから、上目遣いで俺を見る。

「かっ、かわっ」

 可愛すぎる。上目遣いで見られたらなんでも言うこと聞いちまうわって言っていた冒険者の言葉を思い出す。

 まぁ、単にうちの娘が可愛いっていう親ばかな言葉だと思って聞き流していたが……。

 上目遣いって、こんなにも可愛いもんなのか?

 バクバクとうるさくなる心臓。

「ごめんなさい……」

 アリスから出た言葉は謝罪だった。

「ギルド長なのに暇なの? とか思ったりしてごめんなさい! レッドは本当に立派なギルド長だよ!」

 あー、暇だと思われてたのか……。

 暇じゃないんだがなぁ。アリスが来たときは顔を出すようにしてたから……か。

 苦笑するしかない。

「本当だよ! 筋肉こそガルダ様にはまだまだかなわないけれど、ギルド長として、一人前かどうかは知らないけど人として、アシュラーン領を守る人としては超一流の、立派なギルド長だよ!」

 くくっ。

「おまえなぁ、そこにガルダを誉める言葉はいらないだろう」

「しまった! そうだった!」

「しまったじゃねぇよ!」

 アリスの頭に手を載せようとして、自分の手が魔物の返り血で汚れていることに気が付いてすぐに引っ込めようとする。

「すまん、髪を汚してしまうところだった」

 引っ込めようとした手をアリスにつかまれて、押さえられた。

「今更髪がちょっとやそっと汚れたってかまわないわよ、ほら、よくやったって誉めなさいよっ」

 あー、えっと……。なでろってことか?

 困り果ててマーサを見る。

 マーサはいつの間にかベッドから距離を取り壁に張り付いていた。

「ありがとうな、アリス! ギルドで待ってるから。ギルド長として忙しい中、特別に時間を作って迎えてやる」

 ぐりぐりと少し乱暴なくらい頭をなでる。

「ぽんぽんじゃないの? ここは、ぽんぽんでしょ? あ、べ、別に期待したわけじゃ、あ、そう、いや、もう、ギルドには行くわよっ! アルフレッド様にレッドからも頼んで! 屋敷から出てもいいって。あ、まって、ギルドに行かせてやってくれっていうのはダメだわ。アリスとして冒険者をしているなんてアルフレッド様は知らないんだからっ。えーっと、街はもう安全だからって……って、あああ、今一番安全じゃない? あれ? どうしたら……って違う、レッド、私はアリスだから、アルフレッド様とか関係なかった、あの、あの」

 ぽんぽん? なでろってことじゃなかったのか?

 やっぱり、アリスとリリアリスが同一人物だと俺が知ってることを教えたほうがいいかな。

 ちらりと壁際に控えているマーサを見ると、肩を震わせて顔を伏せている。

 うん、笑いをこらえているな。

「あー、えっと、何の話をしていたっけ? そうそう、建物が壊されちゃうって話だったよね?」

 ごまかそうと話題を変えようとしてるのがバレバレだが、アリスの話に乗ることにした。

「で、マーサは避難所が今までより過ごしやすくなったって言ってくれたけど、もっともっとどうしたら過ごしやすくなるか言ってね! できるだけ叶えていくから!」

 マーサがふふっと笑った。

「これ以上充実すると、避難所のほうが家よりも過ごしやすくなってしまいますよ」

「んー、避難所ではなく、仮設住居……そう、いっそのこと住めるようにするとか。土属性の人がいれば穴を掘るのは重機なみにはかどりそうだし……あとは崩れないように……地下街とか広いけどあんな感じに作れないかな?」

 時折アリスは俺の知らない言葉を交ぜながら話をする。ジュウキとはなんだ? それよりも……。

「地下街って、地下の街ってことか?」

 考えてもみなかった。地下に、街だと?

「ドワーフのように地下に穴を掘って住んで街を作るってことか……」

 俺のつぶやきにアリスが目を輝かせた。

「ド、ドワーフがいるの? ドワーフっ!」

 ぷっと思わず吹き出してしまう。

「おまえ、かわいいなぁ。ドワーフなんて信じてるのか? 絵本の話だろ」

「え? うそ、サンタみたいなもんなの? いないの? うそでしょ、ドラゴンがいるのにドワーフがいないなんてっ」

 アリスがショックを受けて頭を押さえている。

 あれ? 本気で信じていたのか? サンタってなんだ?

 というか、もしかして精霊とかも信じているタイプなのか?

 ……かわいいな。

「夢を壊して悪かったよ。多分、精霊とかはどこかにいるかもしれないぞ」

 慰めようと思って声を掛けたら、アリスが俺をにらんだ。

「精霊なんてシュッとしてスレンダーで顔は整っているけど腕力じゃなく魔力かなんかですべてを解決するやからでしょ? 私はドワーフに会いたかったの! 鍛え上げられた鋼の体! あああああっ」

 あ、うん。そういうことか……。

 アリスの鼻をつまんで、顔を寄せる。

 耳元でちょっと嫉妬を込めてささやく。

「浮気者」

 すぐにパッと離れ、部屋を出ていく。

「う、うわ……浮気って……だ、だいたい、レッドと私はなんでもないじゃないのっ」

 フルフルと小刻みに震えて文句を言うアリスに、やれやれと言いたげに額を押さえるマーサ。

「レッド、ここか?」

 ドアの外からガルダの声が聞こえてきた。

 すぐにドアを開いて顔を出し、ガルダとその場を去る。

 アリスが何やら言っていたが、これ以上時間を無駄にするわけにはいかない。

 そう、いろいろと忙しいんだ。別に、ガルダを目を輝かせて見るアリスの姿を見たくなかったわけじゃないからな。

「地竜が出たと聞いて肝が冷えたが、思ったより被害が出ていないようだな」

 ガルダが想定している被害とは一体どのような規模なのか。

 城壁は崩され魔物が大量に侵入してしまった。まだこれから街にも魔物があふれるだろう。

「さすがに地竜が出たとなれば我々だけでは手に負えない。まずは王都に応援を頼むべきでしょう」

 騎士団長のソウの言葉にガルダも頷く。

「ギルドで強制依頼をかけてもらう必要もあるだろうな」

 二人の言葉に、本音が漏れた。

「国は、軍を派遣してくれるだろうか、ギルドへの緊急依頼の費用を出してもらえるだろうか」

 ギルドの緊急依頼は、Bランク以上の冒険者が断れない依頼だ。国が依頼主で費用も国持ちとなる。

 ガルダが俺の頭を撫でた。

「そりゃ出すさ。金を出さなきゃ、地竜はほかの領地へも被害を与えるだろう?」

 できれば流刑地と呼ばれるこの場で始末したいってわけか……。

 悔しさに奥歯をかみしめる。

 街への被害……か。

「アリスが……地下に街を作ればいいんじゃないかって言ってたな」

 ガルダとソウが顔を見合わせる。

「はっ、ははっ、いやぁ、その発想はなかったわ。確かに、何日も何か月も地下の避難所にこもることもあるんだ」

「なるほど……。地下より地上に益があるのは、明るさ……暖かさ……空気のきれいさ……そのどれもが得られるのであれば」

「いつ魔物が出て避難しなければならないと怯えて眠りにつかなくてよくなる、魔物に建物が壊されるたびに建て替える必要がなくなる、積もった雪で隣の家を訪れることすら大変な思いをしなくてもよくなる」

 ガルダが指折り数えて利点を口にするが……。

「ま、今回被害にあった者たちにはちょっと提案してみるか」

 ガルダが冗談なのか本気なのかわからない顔を見せた。

「まずは、明るくなるのを待ち被害の確認をして、すぐにでも応援を呼ぶために手紙を王都へ送りましょう」

 ソウの言葉に頷いた。

 一刻も早く手紙は届けたいが、魔物が目視できない状態で外に出ても手紙は王都に届く前に魔物に飲み込まれてしまうだろう。

「そういやぁ、屋敷の周りの魔物が光ってたが、あれはなんだ?」

 ガルダの言葉にふっとおかしくなる。

「光魔法で光ってるらしい。魔物の種類によって光の色が違う」

 俺の言葉にソウが続けた。

「ずいぶん助けられましたよ」

 ガルダはソウのその一言ですべてを悟ったようだ。

「まったく、お前の嫁は本当にとんでもねぇな!」

 ガルダがガシガシと俺の頭をかき回す。

「この騒動が終わったら、何か礼をしないとなぁ」

 ガルダの言葉に、アリスが嬉々としてガルダに筋肉を見せてほしいと頼む姿を想像して眉根が寄る。

「そうだ、お前、結婚式とか挙げてないだろう? 俺にも黙ってこっそり結婚したくらいだもんなぁ。……よし、結婚式を準備してやろう」

 にやにやとするガルダの手を払いのける。

「いやっ、それ、俺たちの問題だから、必要ないっ。それよりも、魔物の討伐のことを打ち合わせたい」

 三年後に離婚する約束の結婚だとはガルダにも言っていない。

「そういえば騎士団が戻るまでに、わずかな人数で魔物の足止めをしていました。土属性の者が耕し水属性の者が水を入れ、泥沼にして魔物の進行を抑えていたようです」

「まさか、その発想も……」

 ガルダが俺の背中をバンバンと叩いた。アリスはすごいと言いたいのだろう。

「日が昇る前に、ほかの避難所にいる者たちとの連携もとれるようにしたいところだな」

「魔物が光るあの魔法があればほかの避難所まで比較的安全に移動できるのでは」

「あれが使えるのはいるのか?」

 ガルダの問いに素早く答える。

「アリスはだめだ、魔力切れで休んでいるからなっ!」

 俺の顔を見てにやにやとガルダが笑った。

「光属性の子供たちに聞いてみましょう」

 ソウも何か言いたそうに俺の顔を見ながら提案する。


 そうして、この先どうするかの話し合いをしながら朝を迎えた。

 一番の懸念だった地竜。

 被害状況を確認した俺は、ガルダと顔を見合わせる。

「ありゃ、どういうことだ? 俺の目が節穴なのか?」

「寝てるのか? 死んでるのか?」

 地竜は息絶えていた。目から血を流して……。

 考えられることは、アリスしかない。

 かつて千の兵が三日三晩かけて倒したという地竜が、息絶えている。

 あれは、アリスの力なのか……?

「原因究明は後だ。まだ魔物は残っている」

 パンッと手をたたいたガルダに意識を戻され、王都への応援要請以外は計画した通りに魔物を駆除していった。



 くそうっ。

 せっかくガルダ様が来たのに、レッドはさっさとドアを閉めて行ってしまった。

 ……って、そんな場合じゃないんだよね?

 いや、避難所にいる限りちょっとはのんびりしちゃっても大丈夫なのかな?

 ご飯は一緒に食べるのかな?

 ガルダ様とご飯……。

「リリアリス様、魔力切れになって倒れたばかりですから、ゆっくりお休みください」

 と、その日はおとなしく寝て、張り切って起きた。

 だって、ガルダ様と一緒に朝食。

 着替えを済ませて、朝食へ向かおうとしたらレッドに捕まった。

「話がある」

「えーっと、朝食の後でいい?」

 私の言葉に、レッドが、ああと頷いた。

「マーサ、朝食を運んでくれ。食べながら話をしよう」

 そう言って、レッドは地下避難所の公爵の執務室……つまりアルフレッド様用の部屋に入っていった。

「ちょ、なんでレッドがこの部屋を我が物顔で使うの? っていうか、まぁ私もリリアリス様の部屋を使わせてもらったけど!」

 質問しつつ、私はアリスであってリリアリスではないよを主張してみる。

 レッドが変な顔をしている。

「私のような冒険者ごときが公爵様の部屋で食事など恐れ多いので、皆と一緒に朝食を食べて……」

 ガルダ様の姿を探さないと。筋肉補給は大事。

 レッドが私の腕を摑んで引き留める。ちょっと、止めないで! と文句を言おうとしたら、レッドが衝撃的なことを口にした。

「地竜が、死んだ」

「は? 死んだの? どうして? もうやっつけたの? あんなでっかいのを?」

 びっくりしてレッドに尋ねると、レッドが私以上に驚いた顔をしている。

「アリスが、魔法で倒したんだろ?」

「え? 私が?」

 首をひねる。

 確かに、マイクロウェーブ……じゃないや、マイクロ波をなんとか波風に地竜に当てたけど。

 強めの電子レンジ……そう長い時間じゃなかったし、目玉狙っただけで……。

 あれ? 目玉のあるとこって、頭だよね? 頭って、脳……に、マイクロ波が影響したのかな? 脳細胞にダメージを与えたとか?

 そういえば、恐竜の脳みそってめちゃくちゃ小さいって聞いたことある。九メートルも体長があるステゴザウルスの脳は、鶏の卵よりも小さいとか。

 ……私、爆発ゆで卵を想像して地竜の頭に向かってマイクロ波ぶつけてたけど……。

 あはは、まさかね? だって、脳って骨とか皮膚とかいろいろなものにおおわれてるし、電子レンジって外側から温まって中央まで温まるには時間かかるし。

 私じゃないよね?

「アリスだろ?」

「うーん、あれじゃない? もともと死にそうな地竜が死に場所を求めて出てきたとか? 猫とかも寿命を悟ると、飼い主のもとからどこかへ姿を消すとか言うもんね?」

 ……というか、もしよ、もし私が本当にマイクロ波で倒したのだとして、運がよかっただけの話だよ。

 魔力が相当多い私がぶっ倒れるほど頑張ってやっとゆで卵爆弾が成功するレベルじゃ実戦に使えるわけがない。動き回る者に何十秒も当て続けられないだろうし……。光属性の子たちに教えても、役に立つと思えない。

「本当に、アリスの魔法じゃないのか?」

「あ、魔物が光るやつは私の魔法だよ! といっても、光の色によって何がどの魔物かを調べたのは私じゃないけれど。あの魔法は子供たちも使えるけれど、一歩間違えると危険だから勝手に使わないように言ってあるの。もし必要があれば必ず私に相談して」

 レッドがちょっと怒ったような表情をする。

 あれ? 話題をそらそうとしてるのがばれて怒ったのかな?

「危険って、アリスは大丈夫なのか?」

 ああ、そっちの心配してくれたんだ。