「いつもの作風が気に入っていると言っていたから、無理して新しい刺し方に変えなくてもいいんだよ? また母上に贈ってくれるかい?」

「もちろんですわ。いつもの作風を気に入ってくださってうれしいですわ。少し独学なところもあって、ひけめに感じていたのです」

 うつむいて恥ずかしそうな顔を見せれば、殿下が私の肩に手をまわした。

「そうだったんだね。何もひけめに感じることなんてないのに。僕に贈ってくれたハンカチ、いつも評判なんだよ。独特の技法が使われていて、他にはないものだからね。自分で作ったと噓をついて店で買うこともできないだろうから、丁寧に一枚ずつ刺繡して贈ってくれるんだって」

 なんてことをしてくれたの。

 リリアリスめ!

 独自の技法?

 なんで一般的な技法だけで刺繡しないのよ!

 刺繡を習ったことがないから分かりませんって断ればよかったのよ。

 リリアリスのせいで……!

 王妃様に嫌われるところじゃないのっ!

 屋敷に戻ると、手紙をしたためる。

 リリアリス宛てに。

 刺繡したハンカチをよこしなさいと。


★★視点戻る★★


 マーサから手渡された手紙。

 一つは一度握りつぶされてそれを引き延ばしたようなもの。

 もう一つは、封筒にも入れずに三つに折られたただの紙きれ。

 うーん……。侯爵家に届いていた手紙とずいぶん趣が違う。

 まずは、封筒に入ってないほうを開く。

「汚い字……」

『温石の話を聞いた。皆のことを考えてくれてありがとう』

 めちゃくちゃ短い、手紙とも言えないメッセージ。

「旦那様、字がへたくそ……だな」

「あ、あの、それは……!」

 マーサが私のつぶやきに焦った声を出す。

「うん、分かってる」

 前の愛することはないの手紙は何度も読み返した。

 汚い字で、汚れた紙だったけれど、一文字一文字丁寧に書かれたということが分かった。

 この手紙も、一文字一文字が丁寧だ。へたくそだけど。

 時間をかけて書いてくれたんだろうというのはすぐにわかる。

 ユメリアのように「今から言うことを手紙に書きなさい」と代筆させているわけでもない。

 流刑地に送られた王族。

 ここに来るまでにどれくらいの教育を受けたのだろうか。

 字の読み書きを覚えることと、綺麗な文字を書けるのではまた違う能力が必要だ。能力というか訓練というか。

 日本でも習字や書道なんてあるし、文字の練習用のなぞって書くテキストなんかも子供用だけでなく大人用が売ってるくらいだ。

「大丈夫、旦那様は魔物対策で忙しくしているのを知ってる。必要ならこれからは私が代筆するから。公爵夫人としてね。適材適所。こう見えても代筆には慣れてるから、字は綺麗よ?」

 ユメリアお嬢様の代筆で汚い字が許されると思っているの? と、ユメリアの侍女にペンで手を刺されたことを思い出す。……可哀そうにお姉様、とすぐにその傷はユメリアが回復魔法で治してくれたっけ。

「公爵夫人として……」

 なぜかその言葉にマーサが感激している。

「あ、うん、そうだよね。今までごめんなさい。公爵夫人としての仕事もせずにギルドに入り浸って……」

 屋敷から出るなと言われなければ気が付かないままだっただろう。

 反省だよ、反省。ここ、屋敷でやらなくちゃいけないことはある。

「三年とはいえ、私は公爵夫人だもんね……」

 いくら離婚前提の白い結婚だとしてもだ。

 自由に過ごしていいといわれてもだ。自由に過ごしていいは、働かなくてもいいとか、責任を放棄していいとか、そういうこととイコールではないのだ。

「さ、三年……」

 マーサががっかりした表情を見せる。

「マーサ……。私も三年でいなくなるのは寂しいと思っているの」

「そ、それはアルフレッド様のことを、好ましく思っていらっしゃると?」

 ええ、それはもちろん。相撲系筋肉を愛でたい気持ちでいっぱいだからね。

 推し活対象として、たいそう好ましく思っていますよ。……とは言えない。

「うん、さみしいっていうのは、マーサやサラやカイと、この屋敷を出たら会えなくなっちゃうこと……」

 できれば三年後離婚したらお屋敷で雇ってほしいなぁって思ってると言おうとしてハッとする。

 あれ? 普通の貴族令嬢って離縁されたらどうするんだっけ?

 実家に戻る? 修道院に送られる? 離縁された屋敷に残って働くなんてありえない?

 働かせてください! なんて言ったら、家にも戻れないいらない令嬢を押し付けたって言うようなもの?

 マーサたちと離れたくないからここで働きたいって言っても難しいかなぁ。今まで奥様だった人が同僚ってやりにくいよねぇ。となると……。

 あれだ! 冒険者になりたかったの! とか言って、冒険者として街で生活……も、無理だな、うん。戦えないし、今だって足手まといだから行くなって言われてるくらいだからなぁ。

 役立たず、辛い。となると……。

 やはり、商人として街に残るというのが一番自然だよねぇ。

 三年の間に、商売を始めてある程度軌道に乗せる。って、今さっき公爵夫人としての務めを果たすって決意したばっかりなのに、商売しなくちゃって、だめじゃん。

 あー、両立?

 結局は領地を発展させること。観光客を呼ぶとか特産物を作りだすとか、それが公爵夫人としての仕事になるし、離婚した時の私の商売にもつながるってことだよね。

 もっともっと真剣に考えないとな……。例えば、えーっと……。

「リリアリス様、もう一通のお手紙はご覧にならないのですか?」

 ……。

 握りつぶされたような手紙を心配そうにマーサが見ている。

 ……。そうだよねぇ、無視したかったけど、私の手に渡っちゃったもんねぇ。

 どっかで紛失して私の手元に届かなければよかったのに。

 こっちの手紙もひどく汚い字だ。旦那様と違い、家庭教師がついて学んだはずなのにねぇ。

 練習嫌ってたからな。さらに、代筆しなさいって私に書かせてたからな。

 ユメリアからの手紙だ。

 マーサは私に家族からの手紙が届いたということをどう感じているのだろうか。

 しわしわになっている手紙を見てどう感じたのだろうか。

 仮にも皇太子の婚約者だ。どんなことが書かれているのか……。

 大きなため息が出る。

 広げて見れば、これまたずいぶん汚い文字。スペルミスもあるし、あちこち汚れている。

 十歳の子供が書いたと言われたほうが納得できそうな手紙だ。

「えーっと、何々。『お姉様がいなくなってとてもさみしい毎日です』」

 はいはい。いじめる相手がいなくて退屈なんでしょう。

「それから? 『せめてお姉様を感じられるように、お姉様が刺した刺繡のハンカチが欲しいです』」

 ……大丈夫かな?

 あんな風に私を送り出しておきながら、どうして私に何かを要求してるの?

 どうせ、自分が刺したと噓をついてハンカチを贈っていたから、また刺繡をしてほしいと頼まれて困っているんでしょう?

 私は家庭教師がいなくて独学で刺繡をしていたから、個性的な刺繡だったものね。

「で、何々。『黄色いバラが一面に施されたハンカチがいいです。お姉様、ユメリアのお願い聞いてくれますよね?』」

 ……ふぅん。黄色いバラ?

 ということは、渡す相手は王妃様なのかしらね? 王家の人たちにはテーマカラーのようなものがある。その色を身に着けることで、私は何派ですよと暗に派閥を表明したり、その色の物を贈ることで忖度したりするらしい。黄色は王妃様の色だったはずだ。

 ユメリアのお願い聞いてくれますよね? ですって。

 伯爵家にいたときなら、NOと言おうものなら「お父様、お姉様がいじわるするの~」からの「許さんぞ、光属性のお前が家にいられるのはユメリアがお前を可哀そうだというからだというのに、感謝もできんのか!」からの食事抜き……。みたいな流れだったけどね。

 さすがに食事抜きは辛いから仕方なく寝る時間を削って刺繡したっけな……。

 で、今の私。NOって言っても全然問題ないんですけど。

 お父様に泣きついたとして、どうなるっていうの?

 よし。断ろう。私が刺繡してあげる義理なんてない!

 王妃様になんて言うか……。

 あ、待てよ? そうだ。そう。

 返事を書く紙をとマーサにお願いしようと思って、いいことを思いついた。

 ユメリアからの手紙の裏に返事を書いちゃおう。

 紙一枚だって、もったいない。

『ユメリアへ 刺繡してあげたいのはやまやまだけれど、辺境なので思うように布も刺繡糸も手に入りません。ごめんなさい』

 そうそう、布も糸もただじゃないんだから。

 そして、人件費もただじゃないんだから、お金も払ってもらおう。

『できれば何か送ってもらえないかしら?』

 お金を払えと言っても妹からお金を取るつもりかとそれで終わるだろう。何か送ってくれと言えば、もう着なくなった古着だとか、王都ではゴミとして扱われるような何かを送りつけてくる気がするのよね。古着でもありがたいし、本当のゴミはさすがにばれたときに外聞が悪いから送らないだろうし。

 ……あれ……? 本当に送ってくれるのかな?

 大切なブローチを贈りますとか手紙に書いて実際にはブローチは入れない。途中で盗まれたのねとか言われるならまだしも、大切なブローチを売ってしまったのでしょう、それで貰ってないなんて噓をつくなんてひどい! 私は本当にお姉様に贈ったわ……みたいなことになったらたまったものではない。

 いやぁ、私、ちょっとユメリアに対して疑いすぎてる?

 ……前世でいろいろ読んだからねぇ。善人面してあの手この手で人をはめていく人が出てくる小説や漫画。

 何か送ってくれはだめだよね。こっちから品物を指定したほうがいい。

 送ったふりができない大きなものがいい。馬車に積み込んで運んでる目撃証言が得られるようなもの。

 あ、そうだ。

『できたらお酒がいいです。樽でいくつか』

 これなら、樽を積み込んだ荷馬車が通ったかどうか後で確認させれば、冤罪を防げるよね。

 ……ふふ、でも、素直にお酒を用意して送ってくれるとは思わないけど。

 素直に送ってくれればそれはそれでお酒として飲めるから問題ない。

「まだ、何か足りないかな? まぁいいか」

 と、いうわけで。

 リリアリスと署名して、折りたたんだところで気が付いた。

 近況が書いてなかった。ついでに近況を簡単に書いておこう。

『旦那様と顔を合わせたのはまだ一回だけです』

 よし。これで自然な手紙になったかな。

 改めて折りたたんで、ユメリアから送られてきた封筒に入れて差出人と宛名の欄を私とユメリアの名前を入れ替えて書き直す。もったいないもんね。紙。

 で、手紙を出すようにマーサに頼むと、ぎょっとした。

「新しい紙と封筒をお持ちいたしましょうか?」

 もったいないじゃん。ユメリアのために新しい紙と封筒使うなんて。

 なんて、口に出せるわけもなく。

「偽物にすり替えられないように王都ではこれが普通なのよ?」

 秘儀、王都では普通。

 マーサが疑わしそうな目を私に向けた。

 う、うぐぐ。そういえば、二回目にして噓がばれたんだった。まずい……。王都ではこうなのよはマーサには通用しない。

 ちらりと目をそらしてしまった瞬間、マーサが小さくため息をついた。

 完全に噓がばれた瞬間である。

「アルフレッド様もよくこのようにしておりますわ。指示伺いのメモに指示を記して返したり……そんなところも同じなんですわね」

 へぇ。確かに同じ紙に書いて返したほうが、短い案件でも何の返事かわかりやすいよね。

 あ、メールも返信には元のメールの内容が自動で入ってたりするもんね。ってことはよ、手紙のやり取りの最先端だよね。うんうん。ちっとも失礼じゃないわ。

 と、一人納得している横で、マーサが何かつぶやいていた。

「こんなにもお似合いなのに……アルフレッド様には本当に頑張ってもらわないと……」


 で、ユメリアの刺繡しないとなぁ。めんどくさいなぁ。適当でいいかなぁ……って、だめだめ!

 確かにユメリアに頼まれたことだけれど、王妃様に気に入られればまた贈ってほしいと頼まれる。後に引けないユメリアは、また私に頼む。私はお礼をくれと脅して……いや、正当な対価を要求する。そうして、いろいろ手に入る。

 よし、王妃様に気に入られるような図案を考えなければ。……黄色いバラ。ハンカチ全体にと言っていたけれど、全体ということはハンカチとして使うつもりはゼロってことでいいよね。

 超本気で刺繡してやるわ!

 前世を思い出したのだから、新しい技法も取り入れてね!

 どうせギルドに行けないんだもん。時間はたっぷりあるし……。うううう。

 やけっぱちじゃないよ。うえーん。

 カイはギルドに行ってもいいんだな。サラもギルドで光魔法の先生をしてるし。

 か、悲しくなんてないもんね。

 スタンピードが終わればきっと、私もまたギルドに行けるようになるよね?

 ……また、会えるよね?

 レッドの顔が思い浮かんだ。

 いやいや、レッドにはさっき会ったし。……公爵夫人としてだけど。

 そうじゃなくて私が会いたいのは……。

 レッドの顔が思い浮かんだ。しつこいな、レッド。

 それから、筋肉神ガルダ様。光属性の子供たち。

 そういえば、子供たちは私が依頼を出さなくてももう十分だって話だったけど。

 私の依頼は光魔法の実験だったわけで。実験、まだいろいろ終わってなくないか?

 公爵夫人としての務めも大切だけど、光魔法の実験……というか、光属性の子たちがいろいろな光魔法を使えるようになるのも大切じゃない?

 紫外線は役に立つよね?

 殺菌灯は病気になるのを防げるだろうし。回復魔法は使えなくても、病気が減らせる。

 病気の予防に、手指の消毒でしょう。

 食品の保存容器の殺菌。冬の間の備蓄品の腐敗を減らせるようになるのでは?

 光の当たらない場所のカビ対策。

 ああ、あと……。ビタミンD。人は日光を浴びることでビタミンDを作るって言われるけど、日光の中でも紫外線がビタミンD作りに必要なんだよね。

 傷に紫外線を当てるのはだめだけど、傷に当てる包帯などは紫外線で殺菌してから使うといいんじゃないかな。布団とかもね。干せない時期に、日光魔法でもいいけど……紫外線のほうが省エネだ。

「マーサ、カイにギルドに依頼を出しに行ってもらいたいの。時間があるときに来てもらえるように言って?」



「くおっ、刺繡の図案を考えていたら寝てしまった!」

 気が付いたら次の日です。

 図案をメモした紙を見る。王妃様に気に入ってもらえるようにいろいろ考えた。

 黄色いバラのハンカチ……ではないものが交じっている。黄色は黄色でも、タイガーだ。

 いや、だってさ、化粧まわしもガウンもタイガーだよね?

 って、ちがーう! だんだん優先順位がおかしくなっていく。

 慌ててメモをまとめて机の中に入れる。

 マーサに見られる前でよかったと、ほっと息を吐き出す。

 ん? あれ? いつもならマーサがすぐに来てくれるのに、来ないなぁ?

 一体どんな気配察知能力があるのか、隣の部屋に控えているマーサは、私が起きるとすぐに姿を現してくれるんだけど?

 まぁ、別にいなくてもいいけど。

「【LED】」

 まずは電気をつけてと。

 クローゼットを開いて着替えを……。

 ああ、そうか。冒険者ギルドに行かないからシャツとズボンはないんだった。

 並んでいるのは、昨日着た華やかなドレスと、シンプルなドレスと、侍女とさほど変わらない地味なワンピース。エプロンがないから侍女というより町娘?

 選択の余地なし。ワンピースを身に着ける。

 さて、今日は何をしようか。そうそう紫外線をどうするかだよね。スタンピードの備えの一つとして衛生面の確保に必要だとは思うのよ。実験とかどうしたら……。

 紫外線……ブラックライトならそれほど危険はない?

「【ブラックライト】」

 青いうっすらとした光が出る。

 ああそうか。LEDで部屋が明るいとさほど目立たないんだ。懐中電灯の光程度の大きさだし。

 ……それでもこれが殺菌灯の紫外線になると危険なんだよね。直接見ちゃ失明の危険があったり。肌にも長時間当てれば日焼けとか火傷やけどとか……。

 地下室の殺菌用に出した時も慌てて部屋から逃げ出したっけ。実験するにしても、直接光を見ないようにしないといけないし、光があまり当たらないようにしないといけない。

 公衆トイレとかに設置されてる殺菌灯は、囲いがあるよね。箱があればいいかな?

 箱……何かあったかな? 用意してもらう?

 と、首をひねっているところで、マーサが現れる。

「申し訳ありませんリリアリス様、少々別の仕事をしておりまして……」

 別の仕事?

 マーサが洗顔用の水を洗面器に出して私に差し出してくれた。

「あ、もしかして、魔物触った?」

「え? 臭いますか? ワーウルフの内臓の処理のお手伝いを……」

 なるほど。腸の中を洗うのに、ホースのように水魔法で水を流すといいって教えたもんね。その手伝いなのかな? ワーウルフ……倒してから日数的に、早く処理しないともうやばいのだろうし……。

 マーサが腕を鼻に寄せてクンクンと臭いをかいでいる。

「ああ、違う違う、それ見てもしかしたらと思ったの」

 マーサのエプロンを指さす。

「え? こ、これは?」

 マーサのエプロンが所々青く光っている。

 ブラックライトの光が届く場所に来たからだろう。

「【オフ】」

 ブラックライトを消すと、エプロンの光も消える。

「【ブラックライト】」

 つければまた光る。

 地下室の盾が光っていたのはやはり魔物の体液とか血液だったんだ……。

 いや、もちろん人の汗も光るんだけど……それよりもはっきり光ってる。

 人の血液はルミノール反応だとかなんだとか薬剤加えないと光らないんだっけ? 魔物は少しの血液や体液でもピカピカだ。

「え? あの、これは一体?」

 マーサが目を白黒させている。

「あ! そうだ! いいこと考えた!」

 殺菌灯に使われる波長の短い紫外線の問題……実際殺菌灯になっているか確認することはまだ解決しないけど、ブラックライトとして楽しむ長い波長の紫外線はこれでいける!

「私もワーウルフを加工しているところに行くわ!」

 ルンルンと鼻歌を歌いそうになりながら部屋を出ようとすると、マーサに止められた。

「リリアリス様、まずは顔を洗ってくださいませ。それから髪を整え、朝食を召し上がっていただきます」

 うっ。

 マーサの目が笑っていない。

「は、はい……」

 マーサが朝食を運んでくれた。

 旦那様もいないし、一人で食堂で食べるのもなんだから食事はほとんど部屋の中。

 マーサたち使用人は一緒にご飯を食べてくれたりしない。まぁ、起床時間も違えば食事の時間も違うから、私に合わせて食べると変な時間に食べることになっちゃうっていうのも一つの理由だ。貴族の朝は遅い。実家では「太陽が真上に上る前に起きれば朝よ、問題ないわ」って感じだったよね。

「あ、これ!」

 今日の朝食にはソーセージが載っていた。

「リリアリス様がお考えになったのだとか。昨日は騎士団の皆さまに差し入れをして大変好評だったという話ですわ」

「そう、気に入ってもらえてよかったわ!」

 肉汁が滴る嚙み応えのある肉が好みなら、加工肉って肉のうちに入らないっていう人もいるしね。

「私もいただきましたが、これだけおいしく食べられるのなら魔物肉も悪くはないと思いましたよ」

「いや、魔物肉だからおいしいのではないからね? 食べたいからって必要もないのに魔物を倒しに行くような、危険なことはだめだよ?」

 ポークウインナーとか、豚肉だし。

「もちろんよくわかっていますので大丈夫ですよ。無駄な殺生をすることはいたしません」

 あうううっ! そりゃ魔物の脅威は十分知ってるから、私が言うようなことじゃないよね。反省。平和ボケすぎる。

 パリッといい音を立てながらワーウルフソーセージを食べる。

「あ、そうだ。茹でたものをさらに焼いてもおいしいんだよ?」

 それから、ホットドッグもいいよね。ケチャップはないけど……。ホットドッグじゃなくてホットウルフ? 違う違う、ホットドッグは犬じゃないよっ!

 あ。あと干し肉のように乾燥させてドライソーセージにすれば保存ができるって言ったけど、ドライソーセージにもカルパスとかサラミとか種類があったんだよね。塩漬けにして熟成させてから乾燥させたり、燻製してから乾燥させたり。何が何かはわからないけど最終的には干し肉みたいに水分を抜けば完成するはず。とりあえずあとで料理長に伝えよう。

 他には、切ってシチューに入れてもおいしい。大きめに作ってソーセージじゃなくてフランクフルトにしてバーベキューで食べるとまた一味違うんだよな。棒に刺してさ。冒険者によろこばれそうだよね。携帯食……ではないな、弁当的な?


 朝食を食べ終わり、マーサが食器を片付けるのについていく。

 どうせ調理室へ行こうと思っていたんだからね。

「マーサ、サラはいる?」

「今日もギルドへ行っています」

 そっか。そっかそっか。じゃあ、サラにブラックライトを試してもらうわけにはいかないか。

「カイがこれからギルドへ昨日頼まれた依頼をしに行きますが、サラに戻ってくるように伝えてもらいましょうか?」

 あ、そうだ。依頼を出すようにお願いしたんだ。

「うーん……大丈夫。ぶっつけ本番になっちゃうけど、サラにはサラの仕事があるんだもんね。……あと、マーサにお願いがあるんだけど……。まだ、アルフレッド様の幼少期の服あるよね? もらえない?」

「だ、だめです。お屋敷から外へと出ることはいくらリリアリス様のお願いでも」

「違う違う。ギルドに行くためじゃなくて、えーっと……やっぱり動きやすい服装になりたいというか……。あ、そう、地下よ、地下。地下にいるときだけその格好させてくれない? あの地下の私の部屋のクローゼットに用意しておいてもらえる? あそこで着替えるから。ね? それならいいよね?」

 あ、そうだ、依頼出してもらうにしても、場所はどうしようか悩んでたけど……。

「カイに、依頼の場所は地下室って言ってもらおう! 地下室って、屋敷の門のところとかにも出入口あるんだよね? 外からも出入りできるんだよね?」

 マーサが慌てた。

「まさか、リリアリス様、地下室を通って街へと……!」

 その手があったか!

「ううん、さすがに屋敷から出るなと言われれば出ないよ? そんな人に迷惑かけるようなことはしないから」

 三年を待たずに離婚だ王都へ帰れ! とか言われても困るし。

 できれば離婚後も慣れた街で仕事見つけて働けたら嬉しいから、アシュラーン領の領主である旦那様は怒らせたくないよね。

 旦那様とギルドは繫がってるでしょ? 旦那様が怒る、ギルドへ近寄れなくなる……これって、つまりよ?

 筋肉パラダイスからの永久追放!

 筋肉神ガルダ様のお姿を拝見できなくなり、レッドの筋肉の成長を見守ることもできなくなり、たくさんの実用的に鍛え上げられた筋肉を光で照らすこともできなくなるってことよ!

 私、何のためにアシュラーン領に嫁に来たの? ってなるよね?

 ん? 私、筋肉を愛でるために嫁に来たんだっけ?

「地下室、汚かったでしょう? 服が汚れてしまうからお願いね!」

 まだ、マーサが疑いの目を向けてくるよ。どうして?

 私、いい子にしてるよ? いつもいい子だよ?

 にこりと笑ってみせると、マーサが盛大にため息をついた。

 解せぬ! そこでため息は解せぬ!

「分かりました。地下室へ行くときはカイに声をかけてください」

 くっ。信用されていない。

「そんなに、私は信用がない?」

 マーサが首を横に振った。

「いいえ、そうじゃありません。屋敷に用があるときにはドレスに着替えて出て来なければならないのはご不便でしょう。誰か一緒であれば何かを頼めますので。本当は私がご一緒できればよかったのですが、水属性は今猫の手も借りたいような状況で……。腐敗する前に少しでも多くのワーウルフの処理をしないといけませんから」

 マーサが首を小さく横に振る。

「お願いですから、無理はなさらないでくださいませ」

 ん?

 もしかして、心配されてるの? 地下室は安全な場所とはいえ、一人でいれば、すっころんで頭をぶつけて倒れちゃっても誰にも気が付いてもらえないもんね。

 とか、そういうことかな?

 冒険者のような……アリスの格好しちゃえばリリアリスだと思ってもらえなくて不審人物が地下室に現れたとか思われちゃうこともあるかもしれないし?

 誰か知ってる人がいたほうがいいのか……。

 マーサさんのため息は疑ったんじゃなくて自分が付いていられないことに対する諦めのものだったのかな?

「ありがとう! 無理はしないから!」

「では、いくつか服は準備しておきますので」

 調理場につくと、マーサは食器を料理人に渡した。私は、そのまま料理長のもとへと足を運ぶ。

「リリアリス様、いかがなさいましたか?」

「えーっと」

 きょろきょろと見回すと、大きな鍋に肉が入れられていた。

「あれ、ワーウルフの肉?」

「はい。リリアリス様に教えていただいた通り塩水につけているところです」

 臭みを減らすための血抜きの工程だ。

 と、いうことはだ……このちょっと色がついた塩水は、ワーウルフの血や体液がしみだしているわけだよね?

「【ブラックライト】」

 ブラックライトで照らすとぼわーんと水が青白く光った。

「なっ、一体何が?」

 料理長が驚いている。

 うん。うん。この世界って「蛍光色」ってないもんねぇ。不思議な色だよね。

 というか、見ようによっては、魔女がかき混ぜてる怪しげな液体に見えなくもない……。

「【オフ】。この水ちょっと貰っていいかしら?」

「え、ええ、それはもちろん……捨てるだけですから」

 困惑しながらも料理長が頷いた。

「そんなに大量にいらないから、そうねぇ、カップ一杯分くらいでいいわ。あと、昼食を作ってほしいの」

 料理長が首を傾げた。

「昼食を、今からですか? 朝食が足りませんでしたか?」

「あーっとそうじゃなくて一緒に食べたい人がいるから、えっと、ほ、ほら、差し入れがてらの私の分も……。そのソーセージを使ってホットドッグ……ホットウルフを作ってほしいんだけど」

 なんでホットドッグというんだ、名前の由来はと聞かれても困るので、ワーウルフを使っているのでホットウルフと言い直す。……ちなみに、ホットドッグのドッグって諸説あるらしいけど、形がダックスフンドに似てるから初めはダックスフンドなんとかって名前だったのに、ダックスフンドって出てこなくて「犬」ってなったらしい。

 ふふふ、とにかく、犬のなんかのっ! で、それが定着したらしい。面白いよね。

 とはいえ、都合よい形のパンがない。

 でも大丈夫。なんと、公爵家の調理人はパン焼き職人もいるのだ。っていうか、まぁ使用人が食べる食事も作るからパンもそこそこ必要で、そりゃここで焼くよね。

 と、いうわけで……。

「誰と一緒に食べるんですか? 教えていただければ、その方に合わせてメニューを考えますが?」

 うっ。ギルドに依頼した件は……あんまり広めないほうがいいはずだよね?

 だって、私がアリスだってバレちゃうかもしれないし。あんまりギルドとつながりがあることは広めたくない。

 今のところ知ってるのは、マーサとサラとカイだけ。

 あとは、リリアリスだけを知っているか、アリスだけを知っているかだよね。

 旦那様や他の屋敷で働く人たちはリリアリスの私を知ってる。レッドを始めギルドの人たちはアリスの私を知ってる。

 実は両方とも私だと知ってる人が増えるのはあまりいいことじゃないわよねぇ……。

「み、皆よ! みんなで一緒に新しい料理を食べたいと思ったの!」

 にへらと笑って答える。

「おお、奥様……なんとお優しい!」

 う、うう、信じちゃうの? 簡単に信じちゃうの? まぁ、みんなで食べるのは本当と言えば本当だよね。残りはあとでカイとかに取りに行ってもらうかな?

「えっとね、それにはパンから特別に焼いてもらわないといけないから、えーっと、だからその、今から頼むというか……」

「なるほど、そうでしたか!」

 それから、ホットドッグの作り方を説明した。

「ほうほう、サンドイッチのようにパンにはさむけれど、パンを適した形で用意するのですね。そして温かい具を挟むと……。このソーセージは茹でたあとで、焼くんですか。なるほど。分かりました、お任せください!」

 茹でた後に焼くという言葉がちょっと気になる。

 ソーセージって茹でたときに外に旨味逃げちゃう? なんかもったいないよね?

 ゆで汁でスープやシチューを作ってもらってもいいけど……。

 蒸すとかスモークするとかって方法で火を通すこともできたんだっけ。ついでに料理長に伝えている間に、カップに魔物肉を入れてあった塩水が用意されていた。

「肉を入れる器が足りないぞ」

 ばたんとドアが開いてシャツとズボン姿の男が顔を出した。

 ふらふらと、思わずドアに近づく。

「奥様、こちらをご覧に入れるわけには……!」

 はっ! しまったわ。あまりに男の筋肉が素敵で思わず近づいてしまった。

 っていうか、見ちゃダメって言われたら、見たくなるじゃん? 何言ってんの!

「何があるのですか?」

 首をかしげる。

「あ、リリアリス様っ」

「マーサがあちらにいるのね? まさか……!」

 ふいに、私がここに来たばかりの使用人たちの陰口を思い出す。

 私を歓迎していない声。

 そして、実家での使用人たちの私の扱いを思い出す。

 私の侍女のマーサは私に親切だ。

 嫌われている私に親切にするマーサを気に入らないと思う人もいるんじゃないだろうか?

 そして……。ご覧に入れるわけにはいかないって……それはつまり……。

 ぐっとこぶしに力を入れる。

 嫌われてる私がもっと嫌われたってかまわない。マーサをいじめるのは許さないっ!

「何をしているのっ!」

 できる限りおなかに力を入れて、鋭い声を出す。

 筋肉の横をすり抜けドアの外へ。

 そこは調理場の裏口になっていて、外だった。食材とかの運搬や泥落としなどに使うのだろうか。水はけを考えた石畳の場所があり、そこにわちゃっと……。学校の教室二つ分くらいの広さの場所にわちゃっと人が……。

 ワーウルフの処理をする人がいた。

 たくさん並べられた水瓶にすでに解体された肉が涼められ、別のたらいでは腸を洗う人たちがしゃがみ込んでいる。

 処理前のワーウルフの死体が積み上げられ、その傍らでなかなかの筋肉の持ち主たちが解体作業をしている。

 あれ?

「リリアリス様、このようなものをお見せして……気分は大丈夫ですか?」

 ああ、なるほど。

 貴族のご婦人は、魔物の解体作業を見たらぶっ倒れるわね。私も……全く平気ってわけではない。

 さすがに、皮をはいだりといった作業からはすぐに目をそらした。

 でも、肉の状態になってしまったものも、モツの状態のものも、食料だと思えば大丈夫かな。

 豚の丸焼きをおいしそうとか七面鳥の丸焼きをおいしそうとか思えるので……。

「うん、平気。えっと、彼らは?」

 料理人がこんなにたくさんいるわけないよね? 水属性の使用人が手伝いに来ているのは分かるけれど、解体作業をしてる筋肉たちは?

 と、思って視線を移すと見たことのある顔があった。

 名前、何だったかな? 光属性でいじめられていた騎士団の人だ。つい目が行っちゃうのは、同じ光属性という親近感があるからだよ? 筋肉に目が行くわけじゃ……行くけど。

「騎士団が解体の手伝いをしているの?」

 首をかしげると、先ほど入れ物が足りないと言いに来た男の人が敬礼をして答えてくれた。

「はい、奥様。大量のワーウルフを腐敗が始まる前に処理するためには人手が足りないため、騎士団が手伝っております。遠征で現地で食料を調達することもありますので、慣れております」

 あー、なるほど。

 さすがに、肉……腐るよね。それほど暑くなくたって冷蔵庫に入れているわけじゃないから……。

 加工すれば冬の備えになるとはいえ、普通なら順に絞めて作業していくんだろうけれど、スタンピードで一度に大量に処理する必要ができたんだもの。

 積みあがった未処理のワーウルフの死体を見る。

「何もしないよりは多少は腐りにくくなるかな……」

 気休めかもしれないけど。

 少しは腐らせる原因の微生物を減らせるかも。

「【殺菌灯】」

 表面についてるやつだけでもねと思って、積みあがっているワーウルフの死体に殺菌灯を出す。

 ピカーッと光る、ワーウルフの死体。

 あ、そうか! 体液が光るのか! っていうか、体毛まで光ってないか? ワーウルフって蛍光物質でできてるの?

 いや違う、確か地下室の盾はいろんな色で光ってたから、ワーウルフ以外の体液や血液が付いてるんだよね? ワーウルフ以外の魔物もいろんな蛍光物質でできてたり?

「何だ、一体っ!」

「光っているっ!」

 わらわらとその場にいた人たちが驚いて蛍光色に輝くワーウルフの死体を見ている。

「あ【オフ】。ごめんなさい、あの……」

 殺菌ができるほどの強い紫外線は見てはいけないんだった。日焼けもしちゃうし。

「作業頑張ってください」

 ごまかすように笑ってマーサに小声で話しかける。

「マーサ、今のは危険な光だって言っておいてね……」

「はい、かしこまりました。それからリリアリス様に頼まれました服は用意し終わりました。それからカイがギルドに向かいました」

「そっか。あ、マーサ、料理長に昼食の準備を頼んだの。あとで私たちの分を地下室に運んでくれない?」

 それから、作業中の皆にも聞こえる声を出す。

「皆さまありがとうございます。ソーセージを使った料理を料理人たちが作っていますのでお昼に食べてくださいね」

 ぺこりと頭を下げて部屋に向かう。

「ソーセージの料理! そりゃ楽しみだ!」

「これマジでうまいもんなぁ。酒にも合いそうだし」

「大量に作ればそれだけ俺らも食べられるってことだよな」

「作ったあとに干し肉のように干せば長持ちするんだろ?」

「干し肉よりずっとうまいよなぁ」

「腐らせる前に作業進めるぞ!」

「おー! ソーセージ、ソーセージ」

「「「ソーセージ、ソーセージ」」」

 ん? 背後からソーセージの大合唱が?


 部屋に戻って、クローゼットから地下室へと下りていく。

 カップに入ったワーウルフ肉を漬けた塩水がこぼれないようにしながら下りていくのはなかなか大変だった。

 蓋つきの瓶みたいなものに入れてもらえばよかったな……。

 仕方がない。ワーウルフ肉を漬けた塩水の入ったカップを……えーい、長いわ! 長い、呼び方が長すぎる。

 うんと、蛍光水、そう、蛍光色に蛍光する水だから、蛍光水とでも呼ぼう。

 蛍光水の入ったカップを机の上に置く。

 はぁと息をつくと、やっぱり気になる。

 カビ臭さが抜けない。

 うん。拭き掃除が必要。ユメリアに頼んだものがうまく届いたらそれで掃除をするんだ。あ、刺繡もしなくちゃね。

 きょろきょろとあたりを見回し、ペンと紙を見つける。

「【ブラックライト】」

 カップの蛍光水が光る。

 ペン先をつけて、紙にメモをする。

 メモした文字が光っている。

「【オフ】」

 ブラックライトを消すと文字が見えない。

「おお、できた! 秘密のお手紙だ! 楽しいよね、これ! 昔雑誌の付録についてたよね! 百円均一でも買えるよね! 秘密ペンみたいなの。ずっと昔の秘密の手紙と言えばあぶり出しだったけど、今の主流はブラックライトを当てると出るインクだ。あ、アミューズメントの出入口とかのスタンプとかもそうだよね。透明なのに光を当てると光るやつ!

「うん、若干水が透明じゃない……少し濁っているから紙に文字の色がついてるけど、読めるほどはっきりとは見えない。【ブラックライト】」

 ライトをともせば、はっきりと文字が蛍光色で浮かび上がる。

「……インクによっては時間が経つと色落ちして読めなくなるけど、これは大丈夫なんだろうか?」

 日に焼けて色が退色するものもあるから、日が当たらない状態なら大丈夫とかもある?

 盾は何年も前から使っていたやつなのだろう。昔スタンピードのときについた魔物の体液だったとしたら、それが何年前なのか分からないけれど、光るってことは、退色しにくい? それとも、日の当たらないところに置いてあったから退色せずに済んでいるってことかな?

 うーん。またまたいろいろな謎が出てきた。

「あ、そうだ」

 紙をもう一枚取り出す。紙も無限じゃない。A4サイズくらいの大きさの紙を名刺の半分くらいの大きさに切る。

 大量にできた紙片の一枚一枚に、いろいろな絵を描いていく。

「星、ハート、花、ウサギ……」

 簡単な絵で、この世界にもあるもので……。

 だんだんネタが尽きてくる。

「文字は、読めない子がいるもんなぁ……それに私の画力じゃあまり立派なものは描けない……」

 それから、四角、丸、三角と図形シリーズを思いつく。

 靴、手袋、帽子、ズボンと、身に着けるものシリーズ。えっと、それから……。

 うーん、うーんと頭をひねることどれくらいたっただろうか。

「できたー!」

 全部の紙片に何かしらの絵をかけたところで、コンコンとノックの音が響く。

「リリアリス様、いらっしゃいますか?」

 あ、この声は。

「いるわよ、入って」

 カイがドアを開く。

「あの、依頼の件ですが、すでに屋敷の門の前に集まってもらっています」

「そうなの? じゃあ、地下室に通して」

 カイがちょっと困った顔をする。

「あの、アリス様の依頼ということで依頼を出してしまったんですが……どうして公爵様のお屋敷なのかと疑問に思われているようで……」

 あ、そうか。リリアリスじゃなくて、アリスがどうして公爵様のお屋敷にいるのかから問題かぁ。

「屋敷の下の地下室の掃除のための練習だから……ってことでどうかな?」

「なるほど。それでは地下室に入ってもらいますので」

 おっと、そういえば私はアリスとしてみんなに会うんだった。髪の毛をポニーテールにして。

 それからクローゼットを開けば、マーサが用意してくれたアルフレッド様の幼少期の服。

 これで、冒険者アリスに、へんっしん! なんつって。着替えるだけだけどね。

 地下室の自室を出て、廊下を歩いて広間……というかみんなが避難するための地下室の広い部屋の扉の前まで行くとカイが待っていた。

 私の姿を見てから、引き戸を開けてくれる。

 うん、私の力でも開けられるけれど、魔物の侵入を防ぐためなのか鉄で補強されて少し重たい扉だもんね。

 部屋に顔を出すと、中はすでにLEDで明るくなっていた。

「アリスお姉ちゃんっ!」

「お姉ちゃん無事だったの?」

「アリスお姉ちゃんもう大丈夫?」

 光属性の子供たちが駆け寄ってくる。

「うん、大丈夫だよ。ちょっと魔力が切れちゃっただけで怪我もしてなかったから」

 意識を失ってから後のことは実は詳しくは聞いていない。

 マーサに簡単に後日談は聞いたけれど、マーサも現場にいたわけじゃないから、無事だったとかその程度の話しか把握してなかったから。

 でも、この子たちは冒険者たちが緊迫した様子で右往左往する様子をギルドで見ていたはず。

 いつもとは違う街の様子を感じていたのだろう。

 もしかすると、アリスが倒れたという話も耳にしたのかもしれない。

 私がワーウルフを牽制するために光魔法を使いに最前線に行ったことも、この子たちは知っている。

 もしかしたら……。

 自分もついていけばよかったとか、勝手に私が倒れた責任を感じてしまっていたのかもしれない。

「本当の、本当に大丈夫?」

 うんと頷く。

 ただの魔力切れだったと言っているのに、まだ子供たちは心配そうな顔をしている。

 あれ? 別にやつれたりもしてないよね? むしろ、ベッドに寝てるだけとか屋敷から出ちゃダメとか挙句にソーセージおいしいなぁとかでいっぱい食べて体をあんまり動かさずに太った……ごにょ、だと思うんだけどな? 睡眠もたっぷりだし。

「毒とか吸ってないのか?」

 光で肉の絵を描いた子がおずおずと尋ねてきた。

「毒?」

 何で毒? ワーウルフって毒を出す魔物だっけ?

 見た目は完全にちょっと大きな狼って感じだよね? あ、でも熊要素がちょっと入ってるか。

 熊のように、普段は四つ足のくせして、時々二本足で立ち上がるんだから。あの二本足で立ちあがった姿から人狼なんて言われることもあるのかな? でも熊は二本足で立ち上がっても人熊って言われないもんね。狼人間とごっちゃにされてるのかな?

 まぁとにかく、ワーウルフは熊みたいに二本足で立ち上がることもあるけど、基本は狼みたいな魔物だ。毒蛇とか毒とか毒のイメージはないし……。ワーウルフロードは咆哮なんかのスキルを使えるけれど。もしワーウルフに毒スキルみたいなものがあれば、気をつけろ! と、現場で誰かが言ってるよね? 何も言ってなかったから大丈夫だと思うんだけど。

 あの後他の魔物も出たとか?

 マルティナちゃんが口を開いた。

「騎士団の方々が駆けつけたときには、ワーウルフロードもワーウルフも意識を失い倒れていたそうなんです。その場にいた人の何人かも気分を悪くしたり、めまいを起こしたりしていて……。何らかの毒がまかれたのではないかと」

 ん?

「いろいろ調べて、毒は検出されず、他の人たちもしばらく休んだら回復したのですが……アリスお姉さんはあれから来なくなっちゃったし……もしかしたら、毒でと……」

 説明しながらマルティナちゃんの目に涙がたまっている。

 うおお、そうだったのか!

 めちゃ心配されてた!

 そりゃ私、あの後しばらく来られないという挨拶する時間さえなく屋敷から出ちゃダメって言われたんだもんなぁ。

 状況もわからなければ心配するよね。

 くそぉ、旦那様め! せめて、元気になった姿をギルドに見せる時間は欲しかったな!

 もしかしたら、レッドも心配してるかもしれないじゃないか。私はレッドの元気な姿は見られたけども、レッドはリリアリスがアリスだって知らないわけだから、アリスはそれからどうなったかとか分からないよね!

 ……もしかしたらサラとかに尋ねて元気になりましたとかは聞いてるかもしれないけど。

 これは一度交渉してみるか? 私が急に姿を見せなくなって心配している人もいるだろうから一度は顔を出させてくれと!

 元気な顔をガルダ様に見せに行きたいと。そうすれば、きっと元気になれるから、私が!

 私が、今以上に元気になれるからぁぁ!

 筋肉神様がいついるのか、サラに確認してきてもらおう。うんうん。でもって、旦那様に許可を取ってと。

「本当に大丈夫だよ? しばらく顔を出せなかったのは、その……」

 まさかギルドへ行っちゃだめって言われたとか言ったら「自分たちのせい?」と気にするかもしれないし、本当の理由……公爵夫人なので公爵様から屋敷から出てはだめと言われたなんて言えないし。

「えーっと、そう、実は、あっと……」

 目をさまよわせる。何か理由、理由……。

「そう、ワーウルフの処理の手伝いをしていたのよ、ほ、ほら、大量でしょう? 腐る前に処理しないと……で……」

「確かに、ギルドでも解体作業に追われてた!」

「でも、どうしてギルドで手伝わないんだ?」

 うっ。えっと、どうしよう、ごまかすのへたくそか!

 と思っていたら、味方と視線が合った。

 た、す、け、て、カイ! 念波を送ってみる。

「あ、今日の依頼のお昼ご飯を準備してきますね!」

 カイが逃亡を図った。

 味方だと思ってたのに!

 いや、チャンスだ。このまま私も話をそらそう。

「カイ、ソーセージを使ったものを作ってもらってるから、一人二個にソーセージと茹で卵を二つずつつけて持ってきて」

 カイが足を止めた。

「ああ、ソーセージってあれですね。分かりました」

 カイが人数の確認をしてから子供たちが入ってきたであろう入口から出ていった。

 今日来てくれた子供は十人だ。

「えっと、今日は少ない?」

 多い時は十五人くらいじゃなかった?

「サラおねえちゃんと、冒険者に光魔法教える依頼してる」

「あと街の明かりつけの依頼も。だからこっちには来られない」

 そっか。

 会えないのを残念に思うと、子供たちが笑った。

「交代でアリス姉ちゃんの依頼を受けようって話をしたんだ」

「また依頼してくれるよな?」

「ワーウルフの処理の手伝いはもうすぐ終わるもんな?」

 うんと頷く。

「もちろん、まだまだ私の光魔法の実験には付き合ってもらうわ! お昼ご飯の前だけど始めていいかな?」

 子供たちは張り切ってきてくれたのか、お昼時間まではまだ少しある。

 料理長もまだホットドッグは作れてないだろうし、茹で卵は今から茹でてもらうことになるだろうし……。

 石造りの天井の低い避難所となる地下室。

 子供たちが我先にと照らしてくれたのか、LEDの明かりで明るくなっている。ちょうど、光の数が十。子供たちと同じ数。そして……。

「ねぇ、みんながひとつずつ光を出してくれたの?」

 うんと子供たちが頷いた。

「明るさがどれも同じくらいでそろってるわね」

 また、子供たちが頷いた。

「時間も大体同じくらいだぞ、五時間くらいのやつなんだ!」

 え?

「明るさだけじゃなくて時間の調整もできるようになったの?」

 私でさえさっぱりわからないのに……。

「うん、月光一時間の半分くらいの魔力を込めると大体LEDで明るいやつの五時間くらい」

 そうなんだ。月光一時間の半分の魔力が私にはわからないけど……。

「みんなでさ、実験して、練習したの」

 八歳の子がえへへと笑う。

「この子たちはまだ冒険者として依頼を受けられないので、アリスお姉さんが来ない日にいろいろ魔法の練習をして過ごしていたんです。冒険者になった時に、日光一時間、日光二時間といった依頼で時間調整ができるように、月光一時間から練習するんです。それで大体の感覚をつかむんです」

 マルティナちゃんが説明してくれる。

「うわー、すごいね、ありがとう、そっか! 助かるよ!」

 ステータスが見えないし、魔力をどれくらい使ってどうすればいいというのの伝え方も確かめ方も分からなかったけど……。

 そうか、確かに依頼表には月光何時間とか日光何時間とかあったもんね。冒険者になって依頼を受けるようになったら、月光か日光かの使い分けだけじゃなくて時間の調整もできるようにならないとだめで……。

 光属性だと分かる八歳からみんな練習するんだ。なるほど。

 だったら、私なんかよりずっと繊細に魔力量の調整ができるのかもしれない。伝えるときに月光一時間分とかで伝わるってことだよね。

 優秀だぁ!

 っていうか、そうなってくると私が一番どれくらいの魔力量でどうなるのかを知らないってことになる……。侯爵家にいるときは点灯時間を気にしたことなかったしなぁ……。

「今日は何の実験するんだ?」

 おっと、そうだった。

「今日はこれ!」

 ポケットの中から、先ほどワーウルフの肉のつけ汁インク……だから、長いから蛍光水って呼ぼうと思ったんだった……。蛍光インクのほうがいいかな? それで絵を描いた紙片を一枚取り出す。

「【ブラックライト】」

 薄紫色の淡い小さな光が顔の前に出る。

 豆電球サイズの光なので、遠くまで照らすことはできないけれど、近くに光は届く。

「うわーすげー、色のついた光だ!」

「綺麗!」

「他の色も出せるのか?」

 あ、そうか。色がついた光が珍しいのか。

 思わぬ方向へ子供たちが興奮気味に目を輝かせた。

「色つきの光は、まぁ、後で練習するとして……これを見て!」

 ブラックライトから離した位置で紙片を子供たちに見せる。

「これを、このブラックライトに近づけると……」

 光の下に紙片を持っていくと、描いた絵が光って見える。

「うおー、すげぇ、何、どうして?」

 紙片を光から遠ざけると消え、光に当てると見える。

「紙に光魔法を使って絵を描いたのか?」

「アリスお姉ちゃんすごい!」

 ポケットからもう一枚紙片を取り出す。

「紙には光魔法は使ってないのよ? 絵を蛍光インクで描いただけ。こっちにも描いたの。今度は何の絵かな?」

 と言いながら光から遠い位置で子供たちに紙片を見せて近づけていく。

 一つ目はウサギだった。二つ目は星だ。

 私自身どの紙片に何の絵が描いてあるのかわからない。

「え? 魔法じゃないの? インク?」

「どうして? なんで何も書いてないのに、光るの?」

「魔法のインク?」

「けーこーインクって魔法のインクがあるの?」

 うーん、魔法でも何でもないワーウルフの肉のつけ汁ですけど……。

 子供たちに紙片を手渡すと、光に近づけたり遠ざけたりして真剣に見ている。二枚の紙片を回しながら仲良く確認している。

「魔法はこっちだよ」

 と、子供たちがひとしきりブラックライトで浮かび上がる絵を確認したところで説明を始める。

 ブラックライトを指さす。

「うん、確かにアリスお姉ちゃんが出した魔法の光だけど……」

 そうだね、そうなんだけど。

「【紫LED】」

 比較できるようにと、ブラックライトと見た目が同じような色のLEDを出す。

 子供が早速紙片を近づけるけれど、ブラックライトに当てた時のように絵は浮かび上がらない。

「え? どうしてだ?」

 裏表と光を当てるけれど絵は見えない。

 うん、どうしてだろう? 光の色からすると波長があれでどうのだったら紫LEDでもブラックライト代わりになりそうなもんなんだけどなぁ。ああでもそうすると、蛍光灯に紫のフィルムをまいただけで紫外線どーんと出てくるようになったらおかしいよね? 可視光線じゃない光もあるんだし、色はなんたら線とは切り離さないとなぁ。うーん。

「もう一度見せるね。【ブラックライト】」

 マルティナちゃんが首を傾げた。計算が得意だった賢い子だ。

「色は青っぽい紫なのにブラック……黒いライトっていうんですか?」

 ああそれはねぇ、もともと紫外線は「紫」の「外」の光で、可視光線じゃなくて、目に見えない波長の光。つまり、見えないから黒らしいよ。……なんて言ってもなぁ。まずは光子と波の説明をしないといけないし、それは私はよくわかってないし……。

 ただ、虹はその波長の違いによって、長い波長が虹の外側の赤、そこからどんどん波長が短くなって青くなって行くんだったよね。

 つまり……。

「虹は見たことある?」

「うん、あるよ!」

「僕も。二つ重なってるのも見たことある!」

「あのね、あのね、虹、綺麗だったの!」

 うんと頷く。

 できるかなぁ……?

 ちょっと自信がないけどやってみよう。

「【虹の赤】」

 ぽっと赤色の光が出る。

 虹は雨上がり、水滴を通して光が屈折して見えるから云々。波長によって屈折する角度が違って結果として色が分解して見えるとかなんとか。なので、虹の赤い部分を想像してみたら、出た。

「【虹の黄色】」

 次の光を出す。そして七色を重ねれば、虹の出来上がり。

「うわー、すごい! 虹が作れちゃうんだ!」

 キラキラ輝く瞳で、子供たちが大興奮している。

 あ、でもこれいいかもなぁ。波長といっても分かりにくいけど……。虹なら波長を調整する練習ができちゃうのでは?

「で、さっきの話の続きね。この紫の内側にあるのがブラックライト……黒というか見えないから黒って呼んでるの。ちょこっと紫色が入ってるから見えてるけどね、紫色より内側の光がブラックライトだけど、まぁ、紫の一番端っこって思えばいいかなぁ?」

 何と説明したらいいものか。難しいな。

「と、いうわけで、今日はこれの練習をしましょう!」

 紙片を取り出してみんなに配る。

「ブラックライトを出すことができれば、何が書いてあるのか見ることができるわよ! 虹を作れるようになればたぶんブラックライトもできると思うから、練習してみて! 他の人の光が邪魔にならないように、せっかく広いからばらけて練習しましょうか」

 そう言うと、子供たちはあちこちに広がって練習を始めた。

 ……なんていうかさ、子供たちって早すぎない? ねぇ……。

 そういえばサラもLEDとか火球とかあっという間にできるようになったけどさ。

 一時間もしないうちに、あちこちに虹が出来上がっている。

「ぎゃぁっ!」

 突然悲鳴が上がった。

 門のほうの出入口付近で練習をしていた男の子だ。何かあったのか!

 まさか、魔物が侵入したとか?

 慌ててカイが駆けつけると、カイが声をあげた。

「大丈夫かっ!」

 ちょっと、何があったの!

 慌てて私も駆け寄る。

 私がお願いしたのに、子供に何かあったら……と思うと心臓がバクバクだ。

「お、おいら……おいら……」

 真っ青になった十歳くらいの男の子が両手を私に向けている。

 手は、真っ赤だ。

 そして、服もあちこち真っ赤に染まっている。

 血痕のように何かが飛び散った形で赤く光って……。

「あ……大丈夫よ。ブラックライトに成功したのね」

 ほっと息を吐き出し、ブラックライトから遠ざける。

「え?」

 きょとんと首をかしげる男の子。

 真っ赤に染まった手も、血痕のような赤い染みも見えなくなった。

「え? あれ?」

 男の子が手の平を確認してから、服をなでる。

 LEDの光だけでは見えないよね。

「もう一度ブラックライトを出してみて?」

 言われるままに男の子が【ブラックライト】と口にする。

 すると、また手の平も服も赤く光る。

「うん、やっぱりね。青だけじゃなくていろいろな色があるよね」

 とはいえ……。

「ねぇ、ここに来る前に何を触ったの? 魔物?」

 男の子が気まずそうに視線を逸らす。

 え? 何?

「ちゃんと答えないとだめだよ」

 カイが少年の肩を叩いた。

 いやぁ、そんなに無理に聞き出すつもりはない。

「ううん、カイ、大丈夫よ。無理に言わなくてもいいの。でも、もしそれが毒とか体に悪いものだと困るだけで。毒じゃないよね?」

 男の子がびくりと肩を震わせる。

「毒じゃない、角兎を解体したんだ」

 ん? 角兎? 兎と角が組み合わさると、それは……。

「魔物?」

 男の子が下を向いてしまった。

「ま、魔物を狩りに行ったわけじゃないよ、畑を荒らされるから、罠を仕掛けて置いたんだ。そこに、かかってた……だけで……」

 男の子が上げた顔には目に一杯涙がたまっている。

「え? まって、ごめんね。私には全然状況が分からないんだけど……。何も悪いことはしていないんじゃないの?」

 困った。この世界のことがわからない。

 いや、冒険者のこともわからない。

「あの、お腹が空くと、魔物を狩って食べようとする人が出てくるんです。でも、危険だから、十二歳になるまでは子供は街の外に出てはだめなんです」

 ふむふむなるほど。

「お腹が空いているの?」

 子供がお腹を空かせてしまうのは大人の責任だ。領地が貧しいのは領主の責任。

 危険だとしても子供まで魔物を狩らないと飢えて死ぬようなところなの? ここは……。

「ううん、本当に、おいら、狩りに出たわけじゃないんだ。罠に角兎がかかっていたから、それで、それで……その……」

 カイがぽんっと男の子の頭をなでる。

「罠にかかった手負いの魔物は、気が荒くなっていて危険だから、近づいちゃだめだよ」

 うんと男の子が頷いた。

「そっか、無事でよかった。だめだって言われていることは、君たちを守るためのルールだから守らなくちゃだめだよ。皆も分かった?」

 いつの間にか集まっていた子供たちにも声をかける。

 それからすぐに男の子に話しかけた。

「それはそれとして、解体ができるの? すごいね。角兎って解体すると何に使えるの? 兎と何が違うの? 教えてくれる?」

 ワーウルフを皆で解体しているところは見た。騎士たちも野営で解体することがあると言っていたけど。

 まさか、小さな子供まで解体できるとは!

「あのね、私も解体できるよ! まだ大きなのは無理だけど、これくらいの大きさの、持ち上げられる魔物なら大丈夫!」

「僕はまだ鶏しか触らせてもらえないんだ」

 次々に子供たちが教えてくれる。

 なんてことでしょう。ここでは解体はできて当たり前……。そっか。まずは鶏が身近な食料だもんなぁ。昔は日本でも鶏を飼っていて、自分の家で絞めて食べるとか当たり前だったわけだし。

 肉屋で肉を買うのが当たり前の現代日本人には驚きだよ。

 五歳くらいの小さな体の八歳の男の子が手を挙げた。確かミルト君だっけ。

「ボクは、排水溝に詰まったスライム取りができるよ!」

 あげた手が、先ほど出したブラックライトに当たり、ピカーッと黄緑色に強く光りだす。

「うわぁっ!」

 ミルト君が慌てて手を引っ込めた。

「ミルト君、スライム触ってから、手を洗った?」

 ミルト君がえへっと笑った。

 なんということでしょう……!

「みんな、手を出して!」

 円形に集まって、子供たちに手を出してもらった。

「【ブラックライト】特大」

 広い範囲を照らし出すブラックライトを出すと、ミルト君以外にも四人の子の手が光った。

 服はみんなそれぞれ何か所かうっすら光ったりしている。

 腰に手を当てて、説教開始。

「いい、目に見えないけど、汚れてるの。光ると分かりやすいでしょう?」

 手の洗い方を学ぶためにブラックライトで光るクリームを手に塗って手を洗い、最後にライトで照らして洗い残しがないのか確かめる方法があったなぁと思い出す。

「体に無害な汚れもあるけど、害になる汚れもあるのよ。代表的なのが毒。それだけじゃなくてウイルスやばい菌」

 子供たちが顔を見合わせる。

「ウイルス?」

 うう。そうだよね。なかったわ。この世界。あ、あるけど概念が?

「とにかく、いつもじゃなくていいけど、食事の前には手を洗おうね。もし、手を洗わずに食べようとする人がいたら、ブラックライトで照らしてあげて。目に見えない汚れも、目に見えればぎょっとするでしょう? ウイルス……お腹が痛くなったり、熱が出たり、咳が出たり、病気になる毒もあるんだよ?」

 私の言葉に、子供たちがびっくりしている。

「病気になる毒……」

 角兎をさばいてきたという男の子が真っ赤に光っている手を見て震えた。

「ほら、みんな、今度は手をひっくり返してごらん」

 綺麗だった手の子も、ひっくり返すと爪の先が光っている。

「ああ、私も綺麗じゃないんだ、汚れてたんだ……! どうしよう病気になったら……」

 ショックを受けて、泣きそうになっている。

 しまった。ちょっと脅しすぎたか……。

「そ、そんなに神経質にならなくてもいいのよ。手をね、食事の前にちゃんと洗うか、手づかみで食べなければ問題ないの。それに、毒だけが光るわけじゃなくてね……えーっと、カイ、口をちょっと開いて見せて」

「え? 口を?」

「うん、そう。大きく開けて、紫外線の光が届くように」

 唾液が光るらしいので口の中を見る。

「あー、うん……そこまで強く光るわけじゃないのねぇ……でもほら見て、光ってるでしょ? 人の汗やよだれもちょこっと光るんだよ。だから光っているものすべてが毒ってわけじゃないから安心してね。食事の前に手を洗うようにすればいいんだよ」

 せつけんがなくてもしっかり水で洗い流せばウイルスは結構落ちるはず。流水がいいのだ、流水が。

「でもなぁ……俺ら光魔法しか使えないし……」

 子供の一人がカイを見た。

「僕は残念ながら火属性です」

「ああ、そうか、そうだっ、今この場には水属性の人いないね……あ、はは。大丈夫、手づかみで食べなければ……って」

 ドアがノックされたので、カイが対応してくれる。

 廊下側のドアだからアリスである私を屋敷の誰かに見られるわけにはいかないので。

「昼食が届きました」

 カイの手には、二つのバスケット。一つには茹で卵とソーセージ。もう片方には……。

 ホットドッグならぬ、ホットウルフ。

 手づかみで食べるとおいしい、ホットウルフが来たよ!

 私のお馬鹿さんっ!

「カイ、濡れタオルを準備してもらっていい? 水を張った桶もあるとありがたいわ……」

 とお願いしてから、子供たちに顔を向ける。

 そうだよねぇ。いつも水が使えるわけじゃないよねぇ。

 水道があるわけじゃないし。

 せめて食事の前だけでもと思っても、それすら難しかったりするわけだよねぇ。

 水属性なら……いつでもすぐに水が出せて手を洗うくらいどうということはないのに。

 光魔法は光るだけ、ああ、そうですよ、光るだけですけど……。

 でもね! でも、だ!

「ごめんね皆、もうちょっと待ってくれる? 私もまだ使いこなせないんだけど……」

 こんなブラックライトで光るってお遊びで満足していたらだめなんだ。

 汚れを浮き上がらせることができるよ~とか、そんなことで誰が得するというのだ!

 やはり、紫外線殺菌だ。

「光魔法でも、毒……は無理でも、病気の原因になる……咳や熱や腹痛を起こす種類のばい菌……毒みたいなやつをやっつけられる方法があるの。手を洗えなくても、その光を食事の前に当てればいいやつが……」

 考えろ。考えるんだ。

 本当に殺菌灯になっているかただの紫っぽい光なのかの判断はどうしたらいいんだ。

 ……ばい菌が増えるか増えないか……。

「本当? アリスお姉ちゃん、病気にならないようになる光魔法があるの?」

 子供の言葉に思考が停止する。

「病気にならないというか、なることが減らせるというか……」

 消毒。大事。

「私にできるかわからないけど……実験して使えるようになったら、皆に教えるね」

 マルティナちゃんがうんと大きく頷いた。

「ありがとうございます。それまでは、食事前にしっかり手を洗うように皆に伝えます」

 そうね。基本は手洗い。大事。

「じゃあ、さっきの続き、ブラックライトの練習を再開しましょう」

 ブラックライトのさらに外側の紫外線。この練習が無駄になることはないはず。

「おいらの、星の形だった!」

 そういえば、すでに手が赤く染まって見えた子はブラックライトに成功したってことだよね。

「私はまだできないよ」

「あのな、虹の紫あるじゃん、なんか、こう、赤のほうはぼわーっと、こう、あったかいところで緩んだ感じで、紫のにいくと、寒くて体が縮こまるみたいな?」

 何それ。そんなこと考えたこともないよ。

「あー、赤いのはあったかくてほわーってなるね。寒いと、震える。ブルブルブルって」

 ん?

 ブルブルブル? 確かに、寒いとがくがくぶるぶると自分の意思とは関係なく震えて歯がかみ合わなくなるよね。カタカタカタカタ……。

 え? 震える? 赤は暖かくて動きが緩慢になり、紫は寒くて小刻みに震えるって、まんま、波長なのでは……。赤外線は波長が長く、紫外線は波長が短い。

 波の山と山の間が長いってことは波はゆっくり。つまり、緩慢な動きな波。

 言い得て妙な表現だな。まぁでもそんな人が再現できるような動きじゃないけどね。光子は。

 なんつっても、光の速さは……えーっと、音速が……えーっと。えへへ……えへ?

 まぁでも、魔法はイメージっていうし。なんか、赤はほわー、紫はぎゅっみたいなのでも感覚さえつかめば行けちゃうってことよね?

「あ、できたぁ! 私のはお花の絵だった!」

 ほらね。

「私もできたわ! 剣の絵が光ってる。あ、私の手の指先も光ってる。しっかり洗えてないんだ……」

 いや、いや、だから、もうそれはね……気にしないようにしよう?

「ピンクで綺麗ね。それは何の色なのかな?」

 女の子がきょとんとした。

「ほら、角兎を触った手は赤く光ったでしょう? スライムは黄緑。で、皆に配った紙は青く光ったよね。それはワーウルフの血液が混じった水で書いたんだよ」

 子供たちが、ブラックライトに手や服を照らして別の色を探し始めた。

「オレンジ色見つけた。これは何が付いたのかな」

「俺、黄色っぽいオレンジのこれは分かる。多分ゴブリンだ。ゴブリンが使ってた道具で使えそうなのを兄ちゃんが持って帰ってきたやつ洗うの手伝ったから」

「ゴブリンって緑色なのに、黄色っぽいオレンジなんだ」

「面白い、他に何色があるんだろう!」

 ワイワイと子供たちがブラックライトで光っている物を探して楽しんでいる。

「あれ? もしかして、もう全員使えるようになってる? 使えるようになった人は手をあげてみて」

 全員の手が上がった。

 いや、もう、本当、子供の成長速度が速すぎない?

 ってブルブル教育がよかったってこと? 私の教え方じゃなく……。

 って、待てよ? 待てよ、待てよ!

「皆、聞いて。ブルブルってどんどん寒くなると人は死ぬでしょう? 光も同じで、目には見えないけど人に危険のある光があるの。だから、ブルブルしすぎて虹の紫の内側の色の見えない光は作っちゃだめ。それが分からないと、見えないのに危険な光が発生して困ったことになるから。中途半端にできるようになると危険になるから、ここ以外では使っちゃだめ。他の人にも教えないでね」

 私の言葉に、神妙な顔をして子供たちが頷いた。

 はー、気が付いてよかった。

 紫外線ABCと、波長の長さによって危険度が変わるんだよ。ブラックライトは可視光線に一番近い紫外線。殺菌灯に使うのはちょっと遠く、菌を殺すだけでなく人体にも影響がある。直視し続けると目が見えなくなるみたいなね。あ、もちろん紫外線は日焼けするから弱くても影響はあるんだけど。強い紫外線になればなるほど危険だ。波長が短ければ短いほど危険。目に見えないから厄介だ。

「あの、この細かい薄く青く光っているのって何ですか?」

 マルティナちゃんが鋭い洞察力で地下室の壁や床が光っているのに気が付いた。

「……ああ、それはカビだと思う……」

 私の言葉に、ミルト君が悲鳴を上げる。

「食べ物がカビちゃったら食べられないよっ!」

 視線は、用意してもらったテーブルの上のホットウルフに向いている。

「カビたとこだけとって食べれば大丈夫だろ」

「ちょっとくらいカビを食べても平気だぞ」

「アリス姉ちゃん、これ、カビて食べられないぞ?」

 そういえば、ワーウルフの肉で作ったソーセージは青く光ってるね。

 加熱しても光るんだ……。へー。

「それはワーウルフのお肉だから、カビの光じゃないから大丈夫だよ。光ってるものが全部カビというわけじゃないからね? さっきも言ったけど、気にしすぎないでいいんだよ」

 とはいえ……。

 青白い光がカビだと認識しちゃうとさ……。あまりにもカビだらけすぎて気になるよね。

「……ねぇ、この地下室の掃除を依頼したらみんな依頼を受けてくれる?」

「もちろんっ!」

 子供たちが頷くのを確認するとカイが水の入った桶と手ぬぐいを持って戻ってきた。

「じゃあ、手を洗ってお昼ご飯にしましょう!」

 子供たちは素直に手を念入りに洗って、席についた。

「これ、さっきワーウルフの肉で作ったって言ってたけど、この丸い棒みたいなのが?」

「私の知ってるお肉と全然違うわ」

 初めて見るソーセージに、子供たちが手を伸ばすのを戸惑っている。

 フォークを手に取り、ソーセージに刺して口に入れてみせる。

 パリッ。

 いい音を立てる。

「あ、これ、料理長が焼いてくれたのね?」

 茹であがったソーセージを焼いてもおいしいと教えたけれど早速実行してくれたんだ。

 茹でたソーセージもおいしいけど、焼いて皮がさらにパリッとしたソーセージも最高!

「おいしいぃ」

 ほぉと味わっている私の顔を見て、子供たちも次々とソーセージを口にする。

 ちなみに、ホットドッグ用に、ちょっと長めのソーセージにしてもらってる。

「うんめぇ! これ、マジでワーウルフの肉なのか?」

「おいら、昨日も食べたけどすっげまずかったぞ?」

「私も……あまり好きじゃないの。お肉が食べられるだけでも贅沢だって分かってるんだけど……」

 まぁねぇ。普段は肉と言えば鶏なのかなぁ? それに比べたらすごく獣臭くてまずいよね。生臭いし。

「もっと食べたいけど……」

 ミルト君がソーセージを一本だけ食べて手を止めた。

「なぁ、アリス姉ちゃん、また残ったら持って帰っていいんだよね?」

 そうだったぁ。この子たちはそういういい子だった。皆にも食べさせたいって残していくんだよね。

「カイ、追加でたくさん持ってきて」

「あの、そんな……気を遣ってもらわなくても……」

 マルティナちゃんが遠慮の言葉を口にする。賢い子だ。

「大丈夫大丈夫。ワーウルフのお肉を早く食べちゃわないと腐っちゃうって言ってたから」

 その言葉に、男の子がハッとなる。

「そう言ってた。今までで一番すごい数のワーウルフが攻めてきたって」

「なんかいつもならアルフレッド様が消し炭にしちゃって食べられないのも多いけど、今回はほぼ無傷で毛皮もお肉もたくさんとれたって」

 ……消し炭。

 旦那様の火魔法はすごいと聞いてはいたけど。

「アルフレッド様って、そんなにすごいの?」

 子供たちが口々に旦那様を褒め始めた。

「うん。ドラゴンブレスのようなすっごい火魔法が使えるんだ!」

 ドラゴンブレスがよくわからないけど、すごい火魔法っぽさは伝わる。

「それに、とっても顔がよくて」

 へぇ。顔がいいのか。……あの仮面は醜い傷跡が残っているというわけではないのね。

「あと、めちゃくちゃ鍛えてるよな。剣もうまいし!」

 へぇ。お相撲さん体形だけど、剣の腕も立つのか。ちょっと珍しいタイプだよね。動けるデブって言葉があるけど、そんな感じ?

 剣士とか侍とか太ってるイメージなかったから新鮮。物語の勇者や剣聖とかもスマートよねぇ?

「俺、アルフレッド様のようになりたいんだぁ」

 そっかそっか。そうだよね。平安時代はふくよかなのが美人や美男子って基準だったし。

「いっぱい食べて体をいっぱい動かして、それからいっぱい寝るのよ!」

 食べて寝て鍛える。たぶんお相撲さん的筋肉はそうやって育つんだよね?

「うん、ギルドで剣のけいこつけてもらえるから頑張る。光属性だって、騎士にだってなれるし冒険者パーティーから必要とされるようになったからな!」

 そっか。

 光属性の子供たちが役立たずだって言われなくなってきたってことかな。

 良きかな良きかな。

 それにしても……。

「みんな、ずいぶんアルフレッド様……領主様のこと、詳しいんだね? 会ったことあるの?」

 私は顔さえ見たことがないというのに。

「アリスお姉ちゃんは冒険者登録したてだから、まだ知らないの?」

 え? 冒険者登録に何の関係が?

「最近はギルドにもよく顔を出してるし、アルフレッド様」

「アリスお姉ちゃんも会ったでしょ?」

 何? レッドが屋敷に来てたのは見た。

 お互い助け合う関係なのだから会うこともあると思ってはいたけれど、アルフレッド様……領主自らギルドに足を運ぶこともあるのか。しかも頻繁に?

 子供たちが何度も会えるくらいに?

 冷汗がたらりと垂れる。

 アリスとしてギルドに行っているときに会ったらどうしようか。

 変装ばれちゃう?

 だ、大丈夫だよね? リリアリスはめちゃくちゃ化粧されてるし……?