「奥様に手伝っていただくわけにはっ!」

 使用人たちが作業部屋にこもって温石を入れるための巾着を縫っているところに突入!

「緊急事態ですし、人の手はいくらあっても邪魔になりませんでしょう?」

 さすがに使用人の仕事を取るのはよくないというのは学んだ。

 なので緊急事態だと持ち出したら、使用人たちは顔を見合わせてそれ以上何も言わない。

 てなわけで、四人が縫い物をしているテーブルに私も着いて、早速巾着縫いをスタート。

 ふぅ。やっと見つけた。私ができる仕事。

 はっきり言って……ギルドに行かずにじっと屋敷にいても、やることがなくてすごく退屈なの! 侯爵家にいたときは使用人以下の扱いだから、四時間睡眠が日常。二十四時間戦えますか状態で働いてたからね。四時間睡眠はたくさん寝られたほうなんだよ? 噓みたいでしょ? 子供虐待もいいとこだよ。

 それはさておき、そんな社畜も真っ青な暮らしをしてたからね、いざ時間ができて自由にしていいよと言われても。のんびり過ごせばいいよと言われても。

 ……はっきり言おう。

 退屈すぎる!

 筋肉鑑賞以外の娯楽がこの世界にはなさすぎなのよ! テレビも無ぇ、スマホも無ぇ……ゲームもそれほど種類が無ぇ。

 ん? そうだ、ゲームだよ、ゲーム。何が避難生活で必要って、特に子供とかは恐怖心からトラウマになるといけないから、娯楽を用意する必要もあるんじゃない?

 大人は、まぁこういうちょっとした縫い物の内職とかしていれば時間は過ぎていくだろうけど。

 そういえば、雑貨屋のご主人も冬の家の中にこもっている間は退屈しのぎに木彫りの人形を作っているといったよね。あ、逆に奥さんは暗いと細かい縫い物ができなくなるから婚礼に使う衣装は冬場はできないと言っていたなぁ。

 暗いとできないってことは、これからはLEDで明るくできるはずだから問題ないでしょう。

 生産性が高まるんじゃない? ご主人は仕事用の小物づくりに戻れるよね。……とはいえ、あの木彫りの技術ももったいないよなぁ。王都で売れそうだし。

「すごいですね、奥様」

「手慣れていますね……!」

「私が一つ縫う間に、三つも……!」

「しかも縫い目がそろってます」

 使用人たちの言葉にハッと意識を現実に戻す。

 いけないいけない。考え事してた。いや、考え事しながらも、単純作業って手は動くんだよね。

 耐久性とかデザインとか考えなくていい、巾着の形になればいいだけの単純な直線縫いだけなら、考え事しながらでも縫える。

 なんなら、目をつぶっていても縫えるんじゃないかな。どれだけ侯爵家で縫わされてきたか。そして、どれだけ自分の服を繕ってきたか。破れても破れても新しい服が支給されるようなこともなかったしね。さすがにこれ以上は無理! って時は、縫わされていた大量の縫い物からそっと拝借させていただいたけれど、全く気が付かれなかった。本当は縫わなくてもよかったものを縫わされてただけなんじゃないかな? と思わなくもなかったけど……。こうして身について今役に立っているなら、良しとしよう。

「奥様、どうしてそれほどまでに早く綺麗に縫うことができるのですか?」

 使用人の問いに、うっと口ごもる。

 私は、侯爵家でひどい扱いを受けていたことを隠すことにしたんだ。

 アルフレッド様のもとに不要な令嬢を押し付けたなんて知られないために。

 いくら、流刑地だと呼ばれていると皆が知っていたとしても……。本当に流刑地扱いされているという具体的な話を聞けば傷つくだろうから。

「それはね……えーっと……」

 ごまかさないと。

「貴族令嬢はしゆうをたしなむというのは本当なんですね!」

「家紋をハンカチなどの小物に刺して、家族にお渡しするのでしょう?」

 あ。そんな風習あったわね。

 確かに、双子の妹に頼まれて刺繡もしていた。王太子殿下に渡すためなんだから、手を抜いたら許さないわよ! って言われたけど、人に頼むという最大の手抜きをしているのは妹だったよね。

 妹はどうしてるのかな。私がいなくなったら刺繡は自分でするのだろうか? それとも誰か別の人に頼むとか? 急に刺し方が変わったと見る人が見たらばれちゃうんじゃないかな? だって、私、ちゃんと家庭教師もいなかったから見よう見まねの独学で刺繡してたから……。

 前世の記憶が戻ると、チェーンステッチとかクロスステッチとか独学だと思っていたのは、実は前世知識だって気が付いたけどね。……無意識に前世の記憶が手を動かしてたのかな。

 たぶんこの世界、ブランケットステッチやサテンステッチやフレンチノットくらいしかないと思う。まぁ、いいか。

「アルフレッド様にも贈るのでしょうか?」

「え? ……え、えっと……」

 そうか!

 家族に刺繡した小物を贈るなんて風習ありましたね! 夫であるアルフレッド様に何も贈らないのも変? でも愛さないと言われてるしなぁ。

 とはいえ、私は相撲取り系筋肉を愛でていこうと決めたからなぁ。

 ……。頭の中には、力士が土俵入りの時に使用している化粧まわしが浮かんだ。

 立派な刺繡がしてあるあれ。あのお腹なら似合う。

 ん。なんか力士の筋肉も素敵に思えてきた私としては、どうしてもっと相撲中継とか見なかったのか後悔しかない。これじゃあ、立派な化粧まわしが作れない。どんなデザインがあったんだろう? 虎? 龍? 富士とか? どれも捨てがたいな。……でも、この世界ではだめなのでは? 龍の代わりにドラゴン? 虎の代わりに……?

 魔物のこと知らなすぎだなぁ。って、違う違う、魔物の刺繡は喜ばれる? 逆にだめなのでは? あれ?

 だめだ、全然わからないぞ。

「何を刺繡したらいいのか、分からなくて。アルフレッド様は何がお好きなのかしら?」

 分からなければ聞けばいいかなと。

「アルフレッド様は……えーっと」

 使用人たちは顔を見合わせて動きを止めてしまった。

「そ、そうですわ! カイなら知っているんじゃないでしょうか?」

「あと、そう、騎士団長がご存じかもしれません!」

「ギルドで聞き取りをしたほうが分かるかも!」

 あ、そうだった、そうだった。

 いくら私が愛でようと思っていても、恋路の邪魔になってはいけない。

 そうか、カイと騎士団長とギルドっていうのはギルド長のレッドのことかな? いろいろ複雑な恋愛模様が。……妄想だけど。

 え? 元ギルド長のガルダ様? 妄想に入れるわけないでしょうが! 恐れおおくも筋肉神様なるぞ! ふんすっ!

 と、いうわけで。アルフレッド様のことに関して私に何も情報提供ができなかった使用人たちが申し訳なさそうな顔をしているのを見ながら微笑む。

「刺繡した小物を贈るのはやめておきますわ、こうして必要なものを縫う時間のほうがはるかに私には大切ですもの」

 と、言いつつ化粧まわしは作ってみたいと思っている……いや、プロレスラーが入場の時に羽織っているガウンのほうが……。ガウンから見える胸筋。ぐふっ。それなら刺繡だけではなく羽を飾ったり、石を縫い付けたり……。

「も、申し訳ありません。私たちの手が遅いばかりに……」

 あああ、もう、私はまた言葉選びを間違えた?

「手伝わせていただいて感謝しているのよ? 先ほど、アルフレッド様は何が好きか尋ねたでしょう? 気が付いたのです」

 いやぁ、私のばかぁ! そりゃ私が使用人よりてきぱきと縫い物したら嫌味っぽいよぉ!

「アルフレッド様が好きなのはこの領地であり、領地に住む皆ではないかと。ということは、アルフレッド様が大切にしている領地のためにこうして縫い物をすることは、刺繡をしたハンカチを贈るよりも価値があるのではないかと……」

 口にしてみて気が付いたけどさ、綺麗に刺繡したハンカチなんてくその役にも立たないよね。

 妹に頼まれて王太子に贈るためのハンカチに刺繡してたけど、二〇センチ四方の布の、八割が刺繡よ? ワンポイントとかじゃないのよ? もう、手も拭けない、口も拭けない、いや、拭けないことはないけど刺繡糸で拭うようなものだよね……。そんな実用性のないハンカチいる? 何に使うの?

 刺繡の腕を見せ合うコンテストじゃないんだから。

 いや、もしかしたらコンテストみたいなものだったのかな? 見せびらかしてたとしたら、作風が変わったって気が付かれる可能性が高まるのでは?

 まぁ、とにかくハンカチ一枚刺繡する時間があれば、何枚巾着が縫えることか! 時間を無駄にするようなことはできないよ。

「あ! そうだ! 奥様!」

 使用人の一人が部屋にある棚から布を取り出してきた。

「こちらで巾着を縫ってはいかがでしょう」

 手渡されたのは、厚手の緋色のハンカチが二、三枚作れそうな大きさの布だ。まぁ、こんな厚手の布でハンカチを作るようなことはしないけど。

「これは?」

 布を出してくれた女性が頷いた。

「アルフレッド様のマントを作った布の切れ端です。穴が開いたときなどの補修用にとってあるのですが、アルフレッド様はマントを着用することがほとんどないので」

「え?」

 会ったときに全身を隠すようにマントを身に着けていたけどな?

 あれは、私に会うために普段は身に着けないマントを特別に身に着けていた? ……屋敷の中なのに? マントなんてコートみたいな位置づけだよね?

 何のために? 体形を隠すため? ぽっちゃり体形を見られたくなかった?

 それってどうして? 普通は、見られたくないのは見せたくない、見せたくないのは醜いと思われたくない、醜いと思われたくないのは好かれたい……?

「え? まさか、まさか……」

 アルフレッド様は、少しは私に良く思われたいってこと? だから、私がドレスをマーサたちに着せられてオシャレさせられたように、マントでオシャレをしたってこと?

「いえ、あの、そうじゃないですっ!」

 使用人が否定の言葉を口にした。

 ひぃっ! まさか、私、無意識に口に出してた?

「穴が開いたときの補修というのは、その、マントを新調できないほど貧しいということではなくて……」

「そ、そうです、奥様のドレスも穴が開いたら繕って着てくださいということでもなく……」

 あ、なんだ。そうじゃないって、そういうこと?

 私が声をあげたのが、繕ってまで使い続けるってところにびっくりしたと思われたのか。

 穴ふさいだら使えるなら使えばいいし、共布で繕えるなんて贅沢だよ?

 というか……。私、新しいドレスを欲しがるような感じに見えてるの?

「私、普段はドレスを着ないのよ。アルフレッド様がマントをつけないのと同じ」

 今日はマーサたちにドレスを着せられ化粧をされ、髪を結われたけれど。

 ……まずいぞ。浪費妻だとか悪いうわさが立ったら困る。

「そ、それから、ほら、私、縫い物得意だから、ドレスに穴が開いたら自分で直しちゃうのよ?」

 まぁ侯爵家にいるときはドレスじゃなくてぼろ布のような、かろうじて服の形をしていたワンピースとかだったけども。

「え? あの……」

 使用人が疑いの目を向けてきたけれど、私がすいすいと巾着を縫う手元を見て首をかしげながらも納得してくれたかな?

 いや、もう話題を変えよう。

「マントと同じ布で巾着を作れば確かにいいかもしれませんね。アルフレッド様の温石入れって分かりやすいでしょうし。ああ、そうだ、少しだけ刺繡もしてみましょうか。では、必要な分の布をいただいていくわ」

 ハンカチ二枚分ほどの布を切って、立ち上がる。

「刺繡は部屋でするわね。巾着づくり、根を詰めすぎないように休憩を取りながらね。無理は禁物よ?」

 ふへへとごまかすように笑って部屋から逃げ出す。

 はぁー。浪費妻だと思われる危険がある。ドレス脱いで着替えよう。化粧も落とそう。話はそれからだ!


 部屋に戻って、布を机の上に置いてドレスに手をかける。

 ……一人じゃ脱げないよね。ドレスってそういうもんだ。背中に便利なファスナーが付いているわけもない。ひもでぎゅーっと結いあげるとかボタンでびっちり止めるとか、そういう……ね。

 サラはギルドに光魔法指導に行ってるんだよね。

 マーサはどこだろう……?

 他の使用人を呼ぶ?

 やめておこう。クローゼットに、着替えを戻してドアを閉める。

 ドレスでうろうろするのは危険。

 調理場ではひらひらが燃えたり食材に浸ったりする。

 騎士の訓練所ではひっそり覗こうと思ったらすぐに見つかる。

 使用人にはきらびやかなドレスを着た浪費妻だと思われかねない。

 ドレス、怖い!

 部屋にこもってるのも退屈だよぉ。

「あ!」

 閉めたばかりのクローゼットのドアを開く。

 そういえば、紫外線殺菌どうなったんだろうか?

 床板外して、鉄格子ずらして地下室に下りる前に見下ろして中を確認。

 部屋は青紫色。まだ紫外線殺菌ライトがついているようだ。

 訓練所行ったり調理場行ったりとなんだかんだで二、三時間は経っているはず。

「ふむ。紫外線ライトも日光に比べたら魔力消費は少ないみたい。これが本当に紫外線殺菌ライトならね。単に青紫色に光るLEDなんてオチはないよね……」

「消灯、スイッチオフ」

 うん。消えた。

「【LED】」

 明かりをともして、地下室へと降りる。

「……臭っ」

 多少はカビ臭さが減った気はする。あと、湿気の匂いとでもいうのだろうか。そういうものも軽減した気はする。

「そういえば、カビって紫外線で死ぬのもあるけど死なないのもあるんだっけ? それともカビの死体が残ってると臭うんだっけ?」

 どちらにしても、ここから掃除しないとだめってことだよね……。

 除菌スプレーなんてないでしょう? アルコール消毒みたいなの……。

「アルコールは酒だよね。いや、無理でしょう!」

 食べ物が不足してるような状態でお酒で掃除なんて。この広い地下室を除菌するのにどれだけのお酒がいるというのか!

 他にはなんだ? 酸性の何かでもいいんだよね。クエン酸? クエン酸ってレモンとかの……って、貴重な食料!

 あとはお酢だっけ? お酢はカビをふき取った後に水で流さないとカビの栄養源にもなるから注意がいるとか見たことがある。ってことは水でふき取るならばお酢でもいいってことだよね。お酢も食料だけど……。

 お酒のようにがぶがぶ飲むことはできないし、酸っぱい料理は日本ほど普及してなくて、お酒が腐ったもの扱いで二束三文で売られている。完全に酢になったものは王都では捨てられてるくらいだ。

 使用人以下扱いだった侯爵家で、私はよくその酢を飲まされていたなぁ。もったいないから捨てるなってさ。さすがに原液では飲まずに水で薄めて飲んでた。酢って血液サラサラにしたりいろいろ効能があるっていうし、ある意味病気予防とかに一役買っていたのかもしれない。

 ……ん? そういえば内臓脂肪とか体脂肪を減らすとかダイエットとかに酢を飲むとかもあったよね? アルフレッド様のお腹を思い浮かべる。

 ああ、それから、疲労回復にいいって……。騎士や冒険者の顔を思い浮かべる。

「酢、いっぱいほしいな……」

 肉を柔らかくする効果もあるんだよね。硬い魔物肉も酢で料理したら柔らかくなるのでは?

「まじで、酢、ほしいな」

 しかし、二束三文どころか時として捨てられる酢……安く買えるとしても、それを運ぶほうが大変だよね? 人件費とか……。かといって、領内で貴重な食料を使って酢を作るのも難しい話だし。

 誰かいらない酢を運んでくれないかな。無料で。

 って、そんな都合のいい話はないか。

 廊下と広場の紫外線も消してLEDに切り替えて周りを眺める。

 どちらにしても掃除は必要そうだ。避難生活で病気になるのだけは避けられるなら避けないといけない。

 うーん。意外とやることたくさんだぞ?

 一、食料など避難生活に必要不可欠な物資の確保。

 これは今までの経験がある人に確認して足りなければ手配する。いや、すでに詳しい人が足りないものがないように準備してくれてるかもね。

 とはいえ、人任せにせず確認。水は水魔法使いがいればいいから食べ物だね。

 二、食料以外の物資の確保。

 寒さ対策の温石、寝床用の毛皮の話をそういえばまだしてなかった。

 三、衛生面の確認。

 掃除もそうだけど風呂とトイレの確認。もちろん風呂は無理だろう。トイレと手洗いだけはちゃんとできるようにしたい。

 それから病気や怪我をした人と生活空間は分けられるかも確認しないと。

 閉鎖空間に人がたくさん避難していて怖いのは、外側にいる魔物だけじゃない。密な状態を避けられない時に、もしコレラや麻疹はしかのような病人が出たら……。

 聖属性魔法が使えれば治しておしまいだからそれほど恐れる必要はない。

 だけれど、聖属性魔法が使える者はこの領地にもいるとはいえ、とても魔力が少ない。一人二人回復を助けるのがやっとだという話だ。……ユメリアの聖魔法はやはりすごいんだよね。

 とにかく、あっという間に広まる感染症で病人が一度にたくさん出れば、魔法に頼って治療することはできない。

 それなのに、この世界、聖属性魔法で病気やケガが治せてしまうせいで、医療の発達が遅れている。病気の対症療法すらも。

 トイレと隔離部屋。空気の入れ替え。マスクに手洗い。飲むためではないアルコールも、いざという時のために確保しなければ。掃除には使えないけど病気対策は食糧よりも優先だ。

 そして、最後に。

 四、避難生活の幸福感。

 ストレスがたまるのは仕方がないけれど。少しでもストレスを軽減する方法も考えないと。

 子供の娯楽。大人の娯楽。