「なんでギルド長のレッドがアルフレッド様の部屋にいるのよっ! 打合せ? って私が聞いたんだった。あー、そうよねぇ。スタンピードの危機にのんきに間に人を介してやり取りなんてしてられないわよねぇ……。でも……」

 はっとして恐る恐るマーサに尋ねる。

「ねぇ、ギルド長が何日も屋敷にとどまるようなことって今まであったのかしら? 屋敷で鉢合わせするようなことがあると、困るんだけど……鉢合わせしてもいいように、やっぱりズボン……いえ、そうなると今度はアルフレッド様と会ったときに困る? うーん、うーん」

 ガチャリと隣の部屋の扉が開閉する音が聞こえ、マーサが廊下の様子を確認してくれた。

「大丈夫ですよ、リリアリス様。ギルド長はギルドへ戻るみたいです」

 ほーっ。よかった。

「じゃあ、早速……」

 適当な布を手に調理場へと足を踏み入れる。

「リ、リリアリス様、どうなさいましたか? もしかして、アルフレッド様とお昼を召し上がることになったので、特別な料理の指示でも?」

 は?

「アルフレッド様と昼?」

 聞いてないと、マーサに顔を向ける。

「確かにアルフレッド様はお戻りになっていらっしゃいますが、いろいろな事情で奥様とはお食事を召し上がりません」

 いろいろな事情……。そう、お前を愛することはない妻なので、放置が基本です。一緒に食事なんて、距離を縮めようとしてるなんて誤解させちゃう愚かな行為ですし。

 でも、ちょっと気になるなぁ。あの筋肉に見えないメタボ系筋肉とでもいうか、お相撲取り筋肉とでもいうか、何を食べてあの体形になってるのか? ちゃんこ鍋なんてないだろうし……。

「ねぇ、アルフレッド様って立派なおなかしてたけど、何をどれくらい食べているか知ってる?」

 料理長なら知っているだろうと尋ねる。

「は? 立派なおなか?」

「そうよ、こう、こうね?」

 デブだとか太ってるとかいうと失礼だし、メタボじゃ伝わらないだろうから、ジェスチャーしてみるのに、料理長には伝わらない。あれれ?

 それから、目についたメタボ調理人に視線を向けた。

「ほら、彼みたいな立派なおなか」

「ああ、確かに彼のような立派なおなかになるようにもっと食べていただきたいと思っているのですが、食べても食べても太れないとアルフレッド様はおっしゃって」

 はい? 何を言っているんだろう。服の上からだったけど、どう見ても腹囲百センチは超えてた立派なメタボだったというのに。

「あああ、あの、あの、リリアリス様、アルフレッド様は、その、体形のことを言われることが、大変苦手ですので……!」

 はっ。そういうことね! 言われたくないのね!

「もっと食べて太らないと(といえば、前提はやせてるって意味になるだろうby料理長)」

「食べても太れないんだよ(現実が見えていない of 旦那様)」

「(触れてはいけない暗黙のルールがあるのです from マーサ)」

 無言で冷汗を垂らしているマーサに向かって、笑顔を向ける。

「(分かったわ、私は察することのできる女 with 親指を立てて了解のポーズ)」

 でも、そんなにおなかのお肉気にしてるなら、へこませる努力をすればいいのに。隠れた筋肉がついているということは体は鍛えてるんだよね。肉を落とす鍛え方を伝授するべき? 妻の役目?

 ……いや、だけど、相撲取り系筋肉というジャンルを私はもうちょっと知りたい。

 あら? 夫のことをもっと知りたいと思うなんて。アルフレッド様は私を愛することはないと突き放しているというのに。うん、これはまさに……!

「推し活っ!」

 ……まぁ、筋肉だけでいえば、筋肉神ガルダ様が最推しだし、育てていきたい推し筋肉はレッド。この二人は接触があるから推し活らしくはないんだよね。やっぱり推し活といえば「非接触」。そういう意味ではアルフレッド様とはほとんど顔を合わせることがないから推し活っぽいじゃん? 楽しくなってきたぞ!

「あ、そうそう、用件だけど、この石をちょっとかまどの中に入れてもいい? えーっと、数分でいいわ」

「石を、ですか?」

 料理長が首をかしげながら、その辺で拾ってきて洗ってもらったこぶし大よりも少し小さな石をかまどの中に入れてくれた。

 待つこと三分。その間に、料理長が揚げ物を作る指示をしているのをぼんやりと眺める。

 大量に肉が準備されてる。

「差し入れ?」

 料理長に声をかけると、頷いた。

「こちらは騎士団に、こちらがギルド用です」

 山と積まれた肉の色が違う。

「ギルド用の肉は鶏よね?」

「はい。リリアリス様に教えていただいたチキンナゲットを作ります」

 ふむふむ。

「こちらの騎士団に差し入れる肉では何を作るの? っていうか、何の肉?」

 料理長がちょっと困った顔をする。

 鶏肉よりも赤い色をしている。まさか、牛肉とか、騎士にはよい肉を使うということだろうか?

 そりゃ、領地のために命を懸けて働いてくれてるし、ワーウルフの襲撃で疲れてるところに精力をつけさせたいというのもわかるけど、それはギルドの人たちだって……。

「これは、ワーウルフの肉です」

「は?」

 びっくりして大きな声が出る。

「ワーウルフって、あの魔物の? え? 魔物って食べられるの?」

 料理長が慌てて首を横に振った。

「いえ、あの、通常は食べたりはしません。食べるために命がけで魔物を狩るのは愚かなことですから。ですので、あの、魔物の肉をリリアリス様が口にされるようなことはありませんので、ご安心ください」

 魔物って、食べられるんだ。

「通常は食べないって、どういう時には食べるの? 今回みたいに手に入ったら?」

 手に入ったらラッキーってことかな? どんな味がするんだろう? 珍味?

「あの、リリアリス様……魔物を食べるなど、不浄だとか野蛮だとか……悪魔の所業だとか……そう感じるかもしれませんが……」

 料理長が青い顔をした。

「リリアリス様、仕方がないこともあるのです。アルフレッド様がいらっしゃる前はもっとこの領地は荒れていて……作物もろくに育たず家畜は魔物に襲われ……食べるものに事欠く日々が続いて……」

 ああ、そういうことか。

 普通は忌避される物だから、魔物の肉は食べない。日本人が犬や猫を食べないみたいな感じ? それとは違うか。犬や猫も、国が違えば食べるところもあるんだよね……信じられない! って思うけど。馬やクジラを食べることを信じられないと思う人たちもいるわけだし。……って、ちょっとたとえが違うか。

 タコが悪魔だと言われて不気味で、まさか食べるなんて! に近いのかな?

 それとも、コンニャクイモは食べられない! に近いのかな?

 まぁ、とにかくだ……。日本人なめちゃいかんよ。毒がなきゃ、食べるよ。

 魔物だから何? 食べられるんでしょ?

「ねぇ、どんな味? 食べてみたいわ。どう料理するの?」

 わくわくと目を輝かせて料理長を見る。

「……は? えっと、これは魔物の肉……ですが?」

「ええ、食べたことがないので、どんな肉なのか知らないの」

 あれだけ伯爵家ではひどい扱いを受けていたにもかかわらず、魔物肉を食えと出されたことはない。ということは、魔物の肉って王都では全く流通してなかったってことだよね。

 めちゃくちゃ忌避されてたか、単に魔物がいなかったからなのか、それとも……。

「……あの、リリアリス様……魔物の肉を食べる者は、人ではないとおっしゃらないのですか?」

 んー。

「そういえば、魔物と動物って何が違うの? ああ、もちろん表面的な違いは知っているわ。人を襲うものが魔物。魔物は魔法的力がある。魔法が使えない魔物も身体強化など何かしらの魔法を使っていて、魔力を宿している……っていうのでしょう? 魔力を持つか持たないかで魔物と動物って区別されてるってことはよ、人だって魔力がない人がいるでしょう? でも人よね? ってことは魔物も魔力がある動物ってことじゃない?」

 っていうか、前世で魔物を食べる系の創作物はたくさんあった。どんな味かなって想像しながら見てたけど。それを実食するチャンス到来。

 いやぁ、転生ってすごいですね。

「はぁ……」

 料理長が困ったように視線をマーサに向けた。

 マーサは、ああと大きな声を出すと視線をかまどに向けた。

「リリアリス様、石はまだ大丈夫でしょうか?」

 そうだった! 石、石!

「取り出して、この布の上に置いてちょうだい」

 折りたたんだ布の上に石を載せてもらい、やけどしないように気を付けながら布で石を包む。

 ほどけちゃうといけないから、ひもで縛るか、もしくはこの状態で入れてしっかり口が縛れる巾着袋なんかがあるといいかもしれない。

「ほら、これよ。寒い時に体を温めるの」

 しっかり包み込んだ石……温石を一つマーサに手渡す。

「これは……! 温かいですね! 確かに冬の寒い時期にはとても役に立ちそうです」

 三つの石から三つの温石を作った。もう一つを料理長が手に取る。

「なるほど、熱く熱せられたフライパンの取っ手も布を巻いて触ることができるのと同じで、熱した石も布でくるめばやけどはしないのですね。そして、ほんのりとぬくもりが伝わる」

「僕にも触らせてください……ああ、本当だ温かい。これ、いいですね! 寒くなったらかまどで調理中に石をちょいと入れておけばいいんだから」

 ワイワイと人が集まって温石に釘付けになっている。

「マーサ、避難所の地下は火があたらず寒いでしょう。これを……温石を避難した皆が使えるように揃えましょう。布に巻いただけでは何かの拍子に布がほどけてしまうと危険だから、巾着か何かを作って包んだ石を入れられるようにして」

 はいとマーサが頷いた。

「石も形や大きさがなるべくそろうように集めさせます。それから手の空いている者に巾着を作らせます。ボロボロになった布でも数を揃えます」

 マーサって何気に有能よね。必要なことを考えてさっと私に確認するとすぐに動き出すんだから。

 そう、マーサは、調理場からいなくなった。しめしめ。

「で、料理長、これはどうするの?」

 ワーウルフの肉を指さす。

「焼きます」

「へー、シンプルに食べるんだ。焼くだけでおいしいの?」

 いいお肉は焼くだけでおいしい。いや、いいお肉じゃなくても、塩ふって焼くだけの焼き鳥とかうんまいよね。

 期待のまなざしを向けると、料理長が首を横に振った。

「いえ、とてもリリアリス様のお口に入れるような味ではありません。臭くてかたくて筋張っていて……」

 もうマーサはいないので、誰も助けてくれないよ、料理長。私は食べる。

「少しでいいから焼いてみてくれる?」

 料理長が涙目になりながらワーウルフの肉を少しそいで焼き始めた。

 ……そうか。食料が足りない時やこうして襲われて討伐した時に魔物の肉を食べるのだとしたら、丁寧に料理なんてできる状態ではないのだろう。だから焼くだけ。

 確かに。飢えをしのぐためには何でもいい。必死になっているときに赤ワイン煮なんて作れるわけがない。

「焼けました」

 料理長がせめてもの抵抗だろうか、立派な皿に銀のフォークを添えて一枚の肉をくるりと端を巻き、ミントの葉を飾って出してくれた。

「いただきます」

 パクリ。

 ……うん、臭い。肉、臭いな。臭いわ。想像以上に臭い。

 いやぁ、臭いって言ったら、臭い。っていうか、ワーウルフを討伐してから、何日経ったんだっけ。腐ってはなくても、えっとですね……。

 今は幸い調理する時間はあるわけで、ですね……。臭くなった肉は……。

「料理長、水は十分にある? 塩は?」

「水は料理人のほとんどが水属性で魔力もそれなりにありますし、塩もいくらでもあります」

 ならば、やることは一つ。

「まず水でしっかり肉を洗って! 表面についてる菌を落とす、それだけで臭いが減ります。それから塩水に二時間つける。塩水の濃度は一〇%」

「一〇%?」

「重さで、塩一の重さに対し、九の重さの水を入れて溶かせばいい……のだけど」

 できるのかと思ったら、秤があった。そりゃそうか。塩とか重さで取引してるんだろうし。

「水が赤く濁ってきたら水を換えて。あ、二時間もかかるから、差し入れに間に合わないわよね? 実際においしくなるか分からないから、一頭分だけでいいわ。じゃ、二時間後に来るから」

 手を振って調理場を後にする。

 さぁ、二時間後、臭みが少しはとれるだろうから、どう料理してもらおうかな。

 ……ってぇ! ってぇ! ちがーう!

 部屋に戻って両手をテーブルについた。

 ワーウルフのおいしい食べ方を考えてる場合じゃない! スタンピードが起きて避難した時のための準備を進めてたんだった! どうして、こうなった。

 避難する地下を確認したらカビ臭かったから紫外線で殺菌中。寒そうだから暖をとれるように温石の用意をマーサに頼んだ。

 紫外線で殺菌が終わるまでは地下室に戻れない。いや、まてよ? 紫外線、あれちゃんと紫外線なのかな? もし、あれ失敗ならば日光に頼る必要があって、日光だと私もあまり長時間出せないから、あの広い地下室を殺菌するには結構日数がかかるよね。紫外線が出ているか確認するにはバナナがあれば……。

 って、考えても仕方がない。カビ臭さが軽減されればそれで正解ということで?

 他の準備を考えよう。

 水はオッケー、暖もとれるようにして、あとは食事。これは今までどうしてたかを確認して同じように準備してもらえばいいのかな。あとは寝るための……。硬そうだったもんなぁ地面。

 とはいえ、貴族でもない限り、庶民は普段からほとんど板みたいな硬いベッドに寝てるんだよね。私も伯爵家では板のように硬いベッドに寝てたわ。石畳じゃないだけマシってレベルで。まぁ、慣れちゃえば……というよりも、疲れてどこででも寝られたけどさ。

 とはいえ、子供と年寄りと病人とけが人が寝るのはもう少しましにしてあげたい。

 そういえば、ワーウルフの肉を食べるということは、毛皮はどうしてるんだろう?

 あれ? 毛皮もたくさんとれるなら、領地の産業として成り立つんじゃないの? さすがに命の危険を冒してまで狩るようなことはしなくても、あまり危険がない魔物を狩って毛皮を加工して売るとか? っていうか、もしそれが可能ならとっくにやってるか。

 王都でも魔物の毛皮とか見なかったけど、素材として魔物は使われないのかな? 肉は食べなくとも素材なら……。

 あ、そうですか。火魔法で焼け焦げてるか剣で切り裂かれているかでほとんど使えない……。なるほど。そして、見栄えの悪い革でも厳しい冬を乗り越えるために領内で消費。うんうん、ブーツとかいるよね。消耗品だよね。革の防具も消耗品だよね。そっか。

 肉と一緒で、命がけで素材を採りに行くようなことはないと。ですよね。王都に入ってくる毛皮とか貴族はミンクみたいな上質なものだったし。あれ、どっかで養殖してるんじゃないかなって。前世の記憶を思い出すと、当然そうする領地があるよなぁと。

 って、話がそれた。毛皮はブーツや防具にするとして、加工前のものは避難所で保管ってことでいいんじゃないかな。敷いて使う。あああっ!

 今すぐギルドに行っていろいろ確認したい。……と、いうのに!

 旦那様から屋敷を出るなって言われてるし。

 んなもの無視して出かけるのもありだけども。スタンピード対策が最優先。確認したいことがあればまとめて確認してもらえばいい。必要なことを今はとにかくメモ。

 毛皮の保管場所とメモ。食料の確認、水は大丈夫、寝る場所……。あとはトイレと風呂。

 風呂はそもそも入らないか? となるとトイレは確認して……。

 紫外線で手指の殺菌できる装置とかつけちゃう? 手を突っ込む形にすればいいんだよね。衛生は大事だよ。避難所の狭い場所だから、一人の病気があっという間に十人、百人と広まってしまうだろうし。

 となると調子が悪い人を隔離する場所も考えておいたほうがよさそう。行き来する場所にも紫外線? 直接肌に何度も紫外線を受けるのはまずい気がするから、白衣みたいなものの着用とか? 白衣は紫外線殺菌とか?

「あー、もうっ! 紫外線が頭から離れないよっ! なんか使えないかなってつい考えちゃう! でもぉ、本当に殺菌効果あるのか分からないし!」

 煮詰まってきた。

 こんな時は筋肉でも見てこよう。

 屋敷のいいところは、敷地内に騎士の訓練所があることよね。

 さぁ、筋肉見学にレッツゴー! じゃない、違う、そうじゃない。食料の話とか毛皮の話とか聞きたいことがいろいろあるし。ほらギルドに行かなくても、きっと魔物を討伐した後のことも知ってるだろうし、ね?

 それを聞くために行くのであって、決して筋肉を見るためじゃなく。


「るんるん♪」

 騎士団の訓練所に向かって歩いていく。今日は誰がどんな訓練してるのかな?

 そっと木の間から訓練所を覗く。

 はっ! 決してのぞき見をしてるわけじゃないよ?

 訓練の手を止めさせるのも悪いから、タイミングを見て声をかけようと、そのタイミングを計ったほうがいいだろうと思ってのことで。

「らんらん♪」

 訓練所の様子が見える場所まで来ると……。

「何? 今日は何のサービスデーでしょう?」

 なぜか、上半身裸の騎士たち。筋肉披露パーティー開催中!

 ……な、わけはない!

 もう少し近づくと、なぜかみんな水浸し。

 そして、なぜか逃げ回る騎士に水でっぽうみたいに水をかける水属性らしき騎士たち。

 スタンピード前に、なんで遊んでるの? 息抜き? まぁ、いいわ。息抜きも大切。水も滴るいい筋肉。ほほほ。

 こそこそ近づいていくと、声が上がった。

「あっ!」

 騎士が私を見て驚きの声をあげた。

 ち、痴女じゃないですっ! 濡れ衣です! 盗撮はしません、ただ、訓練の様子を少し見せてもらうだけでっ!

 どうしよう、だって、まさか、上半身裸になってるとか知らなかったし!

「奥様でしょうか?」

 皆の視線がこちらに向いた。

 奥様でしょうかと声をあげたのは……光属性で剣の腕が立つ、なんだっけ、名前……いじめられてた人だよね。正体ばれた? ひかえおろー作戦はしてないのに。

「直ちに整列! いや、まずは服装を整えよ!」

「あーっ」

 団長の号令で、バタバタと隠されていく筋肉。

「お見苦しいものをお見せして申し訳ありませんっ」

 いち早く服装を整えた男性が、ぽたぽたと髪から水滴を落として私の前に来た。

「奥様が見学にいらっしゃるとは聞いておりませんで」

 いや、言ってないしね。

「早速水属性魔法の訓練を確かめに? 何かアドバイスしていただけるのでしょうか?」

 おかしいぞ? 水属性魔法の訓練を確かめる? なぜ、私にアドバイスを求める?

「な、どうしてここにっ」

 整列した騎士たちの後ろから一人上半身裸のままの男が現れた。

「ふわぁっ!」

 やばい。口から変な声でた。

 すごい、理想的に成長している筋肉がそこに! まだもう少し成長が期待できるが、今のところ神に近い完璧な筋肉! この筋肉は!

「あー、えっと、レ、レッド様? で、よろしいでしょうか?」

 騎士団長がレッドに声をかけた。

 ん? 顔見知りにしては遠慮気味な声掛けだぞ? あまり顔を合わせないのかな? 騎士団長とギルド長って。

 ……って、待てよ? レッドがどうしてここに? さらにレッドもどうしてここにって私に言ったよね? そりゃ初心者冒険者のアリスが公爵家の屋敷にいたらおかしいか。

 筋肉見せてもらいにとか言ったら納得されそうな気がしないでもない。俺の筋肉だけじゃ満足できないのかとか言われそうだな。言われたら満足するまで見せてくれとでも返してみるか?

 いやいや、私奥様って言われちゃったじゃん。

 公爵夫人ってバレたのでは……。……どうしよ。

 視線を落とすと、ひらひらしたスカートが目に入った。

 そういうことか! 私、冒険者の服装してないわ! ドレスだ、しかも原形とどめないくらい綺麗に化粧してもらってる。ってことはよ? アリスじゃないわ、私はリリアリスだ!

 カーテシーだよ。どっこいしょと。

 スカートのすそをつまんで膝を落とす。

「お初にお目にかかります。レッド様でよろしいでしょうか? 私、アルフレッド様に嫁いで公爵夫人となりましたリリアリスと申します」

 にっこり。

「う、あ、お、そ、初めまして。俺はレッドだ。ギルド長をしている」

「まぁ! ギルド長でしたの。今日は騎士団との連係の打合せか何かでいらっしゃったの?」

 ばれないように、声を少し高くしつつ。

 ちらりと光属性の騎士をいじめていた人たち……つまり私を前に見たことがある人に視線を向けるけど気が付いてない。前に奥様として紹介されたときにはいなかったもんね。

 ってことはマーサやサラたちの化粧の腕は完璧ってことだ。似てるだけ、似てるだけ。

「あっ、俺のこと見たぞ」

「すげー、奥様ってめちゃくちゃ可愛い人じゃん」

「アルフレッド様羨ましすぎる」

「っていうか、なんで挨拶してるんだ?」

「さぁ?」

「指導してくれるって、手取り足取りしてもらえるのかな」

「あー、俺も指導されてぇ」

 なんか噂されてる? バレてないよね……。

「リリアリスは、アルフレッドの嫁だからなっ! 分かってるだろうな!」

 レッドがぼそぼそと噂をしている者たちを睨みつけた。

 いや、まぁ確かにそうだけど。愛されない嫁ですけどね。

「何しに来たんだ」

 レッドが不愉快そうに眉をひそめる。

 くっそ。女嫌いか。

 いや、まてよ? レッドとアルフレッドが恋仲説が本当だとすると、アルフレッドの嫁を敵視するというのは不思議ではない。こりゃ今度、愛されない嫁だから安心してって伝えるべきかな。

「レ、レッド様、打合せはこちらで……えーっと、申し訳ありません奥様。副団長にあとはご命じください」

 騎士団長がレッドを引っ張っていった。

 ほっ。ずっといたらばれるかもしれないもんね。

「奥様! 本日は新しい訓練の見学にいらっしゃったのでしょうか? アドバイスをいただけますと嬉しいです!」

 えええ! アドバイスって、どう筋肉を鍛えたらいいかってこと?

 やだ、私、筋肉博士として有名になってきた? どれどれ、わしに任せるのじゃ、むほんっ。

「足……もう少し足を」

 どうしても、剣を振ると上半身は鍛えられるけども、実際は足元大事。

「足元が安定しないと、踏み込めないですわよね? ……そうですわね……」

 走りこむは当たり前としても。訓練所を何周も走るのも退屈だよね。街の見回りがてら走り込み? タイヤを引きずったりして負荷をかければ距離は短くて足腰が鍛えられるんだけど。

 他になにかあったかな?

「なるほど……足もとを狙う」

 ぼそりと騎士がつぶやく。狙う? 首をかしげる。そうそう足を狙って筋肉補強。

 ぽんっと手を打つ。

「そうだわ、土属性魔法の使い手はいらっしゃるかしら?」

 はいっと、元気に手がいくつか上がった。

 しっかり鍛えられた体つきだ。……と、いうことは、もしかして魔物退治の攻撃魔法の手段があまりなくて剣の腕を磨いている系?

「えーっと、魔物討伐の時にはどういった魔法を使っていらっしゃるの? というか、どのような魔法が使えますの?」

 農家の者は土を耕すのに役立つというのは聞いたことがある。

「討伐の時は、主に防御関係を……」

「ああ、土壁を出したりするのね! あとは穴を掘って土豪にするのかしら? 大切なことよね。身を隠しながら攻撃できるのは」

 副団長がハッとして部下に指示を出した。

「メモだ! メモを取れ」

 メモ?

 ちょっ! 議事録みたいに一言一句記録されたら、下手なこと言えないじゃないのよっ!

 これは、質問に徹するかな。

「土は、何が出せるの? 砂? 土? 岩盤みたいなものも出せるのかしら?」

 耕すとか畝を作るとか動かす系の魔法。

 穴を掘るのは土を消す? 土壁とかは土を出す? ……あれ?

 土を出すというのも、無から出してるのか、どこかから出してるのか謎。

 でも砂を出せるなら、訓練所の外側でもいいから砂地にして、そこを走れば足腰を鍛えることができるんだよね。よくあるよね、砂浜を走りこむ陸上部みたいなスポーツ漫画。

 でも、いきなり足腰を鍛えるために勝手に訓練所作らせるのはやりすぎ?

「あ、そうだ、石も出せる? 岩は大きくて魔力の消費が激しくなるのかしら?」

 副団長が顔色を変えて、土属性の騎士を呼び寄せた。

「石は出せるか?」

 石が出せるならさ、温石用の石を出してもらうのもありなんじゃない? 形や大きさを揃えてもらったほうが使いやすいし。

「出せません。土属性は土の魔法で、石は土ではありませんので……」

 へ? 魔力の消費が大きすぎて無理とかそういうことじゃなく?

「岩が砕けて石となって石がさらに細かくなり砂となるでしょ。土も砂がさらに細かくなったものに、植物や動物などいろいろな有機物が混じったものになるけど、土が出せるのに石が出せないの? 元は同じもので大きさが違うだけなのに?」

 土属性の騎士の一人がしゃがみ込んで地面の土を指先でつまんで手の平に載せ、顔を寄せてみた。

 それから、パッと顔をあげて他の土属性の騎士に手を見せた。

「確かに、土は小さな石だと言われればそうかもしれない。【石】」

 騎士が呪文を唱えると、手の上に碁石サイズの石が現れた。河原の石よりもごつごつした、どこにでもありそうな石だ。

「で、出ました、副隊長!」

 騎士が私の想像していた百倍くらい大げさに喜んでいる。

「魔力の消費量は?」

「いつもの目つぶしに使うのと同じ程度の魔力を込めました」

 目つぶし?

「的に放ってみろ。同じ魔力で比較してみたい」

 騎士がうんと頷き、丸太が立っている場所の十メートル程手前に立った。その後ろで副隊長が腕を組んで見守る。私も、副隊長の後ろについていく。

 何が始まるのか?

「【砂】っ」

 目つぶしって、これか!

 なんていうか、イメージとしてはウインドカッターみたいなものが可視化されたみたいだ。

 いや、砂かけ婆の攻撃?

 十メートルも離れているのに、ばばばっと、砂が丸太に当たったよ。さすがにウインドカッターみたいな殺傷力はないけど、砂を十メートルも飛ばすのすごいよね。

 ……それにしても、目つぶしか。スライムとかに目ってあるのかな……。

「【石】っ」

 騎士が次に、石を放った。

 十メートル先の的に勢いよく飛んでいった石は、丸太に突き刺さった。

「弓矢の矢じりだけみたいな感じね」

 さすがに弾丸のようには飛んでいかないね。

 と、思ったら別の的の前に土属性と手を挙げた騎士が立っていた。

「【せきぞく】」

 ひゅんっと音を立てて、ザクッと石が丸太に深く突き刺さる。

 せきぞく? 石ぞく? 変わった呪文だ。

「土属性の者は的に向かい発射訓練。水属性の者は先ほどの続きで動く相手の顔に正確に当てる訓練。的となる物は、腹や膝に的をつけ変則的な動きもするように。魔力の使用は三分の一まで。いつスタンピードが起きるかわからないため温存するように。魔法攻撃訓練が終わった者はまずは報告書を。感覚を忘れないうちにお互いに情報の共有。その後通常訓練に移る」

 う、ん? 急に忙しく動き回りだした。

「奥様! ご指導ありがとうございます!」

 指導? してないよ。いくつか質問しただけだよ?

「一刻も早く新しい技を身に付けるために、早速訓練に取り入れさせていただきます」

 新しい技って何だろう?

 石を飛ばす? ……なんかスリングショットとかでできそうで、あんまり魔法である必要がない気もするけど……。

 あー。魔法の練習し始めた。

 筋肉鍛える時間は? 砂地のランニングで足腰強化の話もまだしてないよ?

 ……ねぇ、ねぇ、ちょっと、副団長さん話を聞いておくれよ。

 奥様の話を、もっと聞いておくれ?

 ……。ジーッと念を送ってみるものの全く反応なし。

 ちぇ。仕方がない。食料の話も毛皮の話も何も聞けなかった。うーん。これは……。

 屋敷を任された公爵夫人がまさか何も知らないとは思われていないのかな?

 それとも……スタンピードが近いのにこんなひらひらした服にばっちり化粧で王都から来た奥様は危機感が足りないと呆れられた?

 ひぎゃー! 仕方がないの、この服も化粧も、マーサたちがアルフレッド様に会うからと言って用意してくれたもので。

 つまり、悪いのはアルフレッド様、来なければこんな服装することもなかったんだよ!

 うえーん。旦那様め! いや、レッドがちょろちょろしてたんだ。化粧なしで会ったらアリスがなんでここに? とか思われたかもしれないから、結果としてはよかったのかな?

 えーっと、ギルド長と騎士団長が連れ立ってどこかへ行った様子からすると、ちょこちょこ顔合わせてる?

 ……ってことはよ……。騎士の訓練所付近でレッドに会う可能性がこの先もあるってこと? ノーメイクでウロチョロして遭遇を防ぐためには……。

 A案、訓練所には近づかない。

 B案、化粧をきっちりして近づく。

 A案は、筋肉見学ができない。ノー筋肉生活。

 B案は、騎士に不快感を持たれる。筋肉に嫌われる生活。

「ひんぎゃぁっ!」

 ショックのあまり、小鹿のように、プルプルと震える足で屋敷に戻る。

「あ、すみませんっ」

 その途中、大きな箱を抱えた人とぶつかった。

 箱が傾きばちゃりと何かが地面に落ちた。

「す、すみません、ああ、お、奥様っ! かかっていませんか?」

 青ざめた調理人の服装の若い男の子が、慌てて大きな箱を地面に置いて、おろおろとしている。

「ごめんなさい、仕事の邪魔をしちゃったわよね……」

 ショックのあまりろくに前も見てなかった私が悪い。

 ばちゃりと落ちたものを拾って男の子が箱に戻している。

「それ、どうするの?」

 男の子は屋敷のほうから歩いてきている。この先に調理する場所なんてあったっけ?

「これは、捨てます」

「えーっと、傷んでるの? 特に匂いもひどくなさそうだけど」

 箱に若干顔を近づけて匂いをかぐ。

 ……うん、傷んだ臭さはないものの、臭い。血の匂いに獣の匂いに……。

「あの、奥様はご存じないかもしれませんが、これは内臓です」

 そうね。詳しくはないから部位名は分からないけど。まとめて呼ぶとしたらモツよね。

 赤もつ……心臓や肝臓は入ってなさそう。白もつ……ホルモンよね。血まみれで赤いけども。

「とても臭くて食べられたものではありません」

 ああ、それ、聞いたことあるよねぇ。戦後日本だっけ? 食料が十分にない時代でも捨てられてたって。で、ある時一人の女性が捨てるならと安く手に入れて、丁寧に洗ってすごく手間をかけて食べたと。そのおいしさが広まり、今では当たり前に食べられるようになった……みたいなさ。

 つまり、しっかり洗えば食べられるんだよね。

 ……まぁ、しっかり洗うというのがそもそも大変な作業なのだろうけど……。でも、流水洗いだと腸がしっかり綺麗に洗えるらしい……ってことはよ?

「ちょっと、洗って食べられるところは残したいんだけど」

「え? あの、食べられるところを間違えて捨ててはいないはずです」

 えーっと……?

「王都では、このあたりの内臓……モツも食べるのよ?」

 噓だけど。王都でも食べないけど。食べてたのは前世の日本だけど。

「え?」

「水魔法使いを呼んで。洗い方を教えるわ。洗える場所も準備してほしいのだけど」

 というわけで、調理場の隅っこ。解体とかもする場所で、モツを洗ってもらう。

 まずは軽く汚れを落としてもらい、水を換えてもみ洗い。水を換えつつ何度か洗い、それから筒状の腸に水魔法で勢いよく水を流してもらう。これ大事。水をこうやって流水にして流せるからこそしっかり洗えるってなもんよ。

 あ、ちなみに私は口しか出させてもらえない。ドレスが汚れるといけませんのでって……。

 うえーん。じゃあ着替えていいってマーサに顔を向けたら、無言でほほまれた。あの顔は絶対ダメって顔だ。

「このペラペラの薄いものも食べるのですか?」

 下っ端調理人がぴろーんと持ち上げた薄い膜……。

 もつ鍋にあんなの入ってるの見たことない。さすがに捨てちゃう部位?

「リリアリス様、そろそろ塩水につけた肉は大丈夫でしょうか?」

 考えているところに声がかけられた。

 そうだった。ワーウルフの肉の臭みを取りたくて二時間くらい塩水につけてとお願いしたんだ。

「えっと、とりあえず水洗いの続きをお願いね。また後で……」

 実食して食べられる食べられないを確認するのが一番早いかな? 後でまとめて焼くか煮るかして皆にも食べてもらって今後に生かしてもらおうかな。

 と、後回しにしてワーウルフの肉の様子を見に行く。

「えっと、私、こんなに食べられないですよ?」

 私の分だけをお願いしたはずなのに。すごい量の肉が塩水につけられていた。

「リリアリス様のおっしゃるようにすればきっと間違いないですから」

「そうです、領地のために命がけで戦ってくれる騎士への差し入れです。できるだけおいしいものを差し入れられればと」

 うっ。責任重大。っていうか信用しすぎだよ~。

「とりあえず、小さくそいで一枚焼いてもらえる? 臭みが取れたか確認したいの」

「分かりました!」

 料理長の指示で料理人が肉を数枚薄く切って、焼く。

 一枚でいいのにと思ってみていたら、焼いた肉を私に一枚。他のは料理長と料理人が食べるようだった。そりゃそっか。確認したいよね。

 パクリと口に入れる。

 んー、何か胃からせりあがりそうなほどの臭みはなくなった。

 なんか安い肉を買ってきて消費期限ぎりぎりまで冷蔵庫で熟した、傷んでいるわけじゃないけどすごく臭くなった肉みたいな感じで全然食べられなくはない。問題は筋張った硬さかな。いっそ軟骨みたいなこりこり感を楽しむと思えばと思ったけど、なんか違う……。

 筋切りして焼けばいいのか。筋切りしてしっかりハーブを擦り込んで……。

 ハーブ類は、チキンナゲットを作った時の料理長特製のハーブ。あれを使えばこれくらいの臭みなら問題なくなるのでは?

 ……ごまかすためにもう少し辛みを入れる? スパイシーな感じに。

「料理長、ちょっとピリッとするようなもの……高価なスパイスじゃなくて気軽に使えるもので何かないかしら?」

 胡椒っぽいものは高そうだけど唐辛子っぽい物なら……辛子でもマスタードでもいいけど。何かこう刺激系のってないのかな?

「ああ、冬場に体を温めるために使うものでよければ」

 唐辛子の粉が出てきた。冬のスープにちょっと落として飲むんだってさ。人によって辛さへの耐性が違うから、茹で卵に振る塩やラーメンに振る胡椒みたいに個人個人で使うのが普通らしい。

 なるほど。料理の味付けの位置づけではないのか。薬味みたいな位置づけね。

 料理長にお願いしてまた肉を切ってもらい特製ハーブと唐辛子を肉に塗り込んで焼いてもらった。

「これは、いけますね」

 うん、臭みは気にならなくなった。って、筋切り頼むの忘れてたから食べにくいのと、やっぱり硬いんだよな。肉。

 口の中でほろほろ崩れるとか、口の中で溶けちゃいましたみたいなのが誉め言葉になる日本の肉基準からすると、嚙み応えがあって、顎が疲れるくらい硬い肉ってのは……。

 酒が、欲しくなるよね! 酒飲みながらかじるには、濃い味ぐらいがいいのだよ。

 って、おつまみ作ってるんじゃなかったわ。

「これ、チキンナゲットみたいに細かく切って混ぜたら食べやすくなるんじゃないですかね?」

 料理人の一人がひらめいたとばかりに口を開いた。

 えー、この硬さが酒のつまみに……って、訓練の合間に騎士が食べる差し入れだったっけ。濃い味はおかず代わりになってパンにはさんで食べたらいいでしょ。あと水を一杯飲む。辛すぎるとだめだから辛みは抑え気味で。チキンナゲットじゃなくて、ミンチにすればハンバーグ……。

「そうね、とりあえずミンチにしてハーブを混ぜて、辛みは控えめで、お願いします」

 とすると、ミンチ担当は腕の筋肉の発達した料理人。大量の肉を次々切り刻んでいく。

 出来上がったミンチに特製ハーブミックスと唐辛子を混ぜる料理人。塩水につけてあったから塩は足さなくても練っていると粘りが出てくるようだ。

 しかし、ミンチにした肉でハンバーグか。他に何かミンチでできなかったかな?

 む?

 むむ?

「そうだ、あれだ! ちょっと、さっきの、さっきの頂戴!」


 さぁ、あとは、粘りが出るまで練ったワーウルフのひき肉を詰めて上手に形を作って蒸す。

「え? こ、これは一体……?」

 うん、知らないよねー。知ってる知ってる。ミンチ文化がないんだから、知らないよねー。

「さぁ、実食してみましょう!」

 できたてほやほや。アツアツを目の前にして、料理人がごくりと唾を飲み込む。

 これはおいしそうで思わず唾を飲み込むそれじゃなくて、これを食べるのかとちょっと覚悟する方だよ。なんで、そんな覚悟がいる顔するかな?

「いただきます」

 まずは私が味見しないとね。

 パリッ。

 うおお、いい音!

「うん、うん」

 ハーブにプラスしてちょっとピリ辛になってるから、臭みは全く気にならないかな。意識して臭みを探さないとわからない感じ。

 私が食べたのを見て、料理長が口に入れた。

 パリッといい音を立てている。ふふふ、この音もおいしいよね。

「こ、これは……臭みはないですね……!」

 驚いた顔をしてる。

 でも塩水につけてある程度臭みが取れたの知ってるのに、そこまで驚くこと?

「え? 本当ですか? 内臓を使っているのに?」

 ん?

「洗えばいいと言われましたが、本当に大丈夫ですか? 内臓ですよ?」

 料理人が恐る恐る、腸詰めを口にする。

 パリッ、パリッ、パリッと、ソーセージに歯を立てるいい音が響く。

 あれ? もしかして、食べるのにちゆうちよしてたのって、腸を使ってたほうなの?

 腸詰め……ソーセージって前世では普通にあったけど、ここでは内臓捨ててたんだっけ。それを洗ってもらった時にホルモンとは違う薄い皮みたいなやつ……本当は発酵させて余分な層を除去してから使うらしいけど……魔物だからなのか薄いやつがあって直接使えちゃってラッキーだね。体内で発酵してるのかな、魔物って……? それとも死んだときに食べやすいように素材になってる? なら臭みもなくなるはずだよね? まぁ、いっか。気にしない。

「これは、今まで食べたことのない……おいしさ」

「ワーウルフがこれほどおいしく食べられるなんて!」

「作るのに手間はかかりますが、一度にたくさん作るのであればそれほどでもない」

 なんか、すごく幸せそうな顔をしている。

「よし、騎士団への差し入れ、気合を入れて作るぞ! これならワーウルフの肉でも文句は言わせない!」

 料理長が大きな声を出した。

 料理人たちがそれぞれの持ち場に戻り、そっそくワーウルフソーセージの大量生産に取り掛かる。

 ……えーっと。もう一つ食べていいかな? 誰も見てないし、いいよね。

 ちょいとソーセージにフォークをさして一つ口に運ぶ。

 パリッ。おう、肉汁が飛び出す。

 うーん、お酒が飲みたくなる味。……筋張った硬い肉が逆にソーセージのアクセントになっててこりこりした感じとかがまたたまらないかも。なんていうか、歯ごたえとかあるのも逆にいい。

 ワーウルフソーセージが食べられるのは今だけなんて残念。……干し肉からじゃ作れないよね。

 ソーセージを干すと……ドライソーセージ、カルパス、サラミ……。

 より、旨味が増すやつ! いいじゃんいいじゃんっ!

「余ったら、干し肉みたいにこれを干しますっ! 保存食になりますっ!」

 と、料理長に主張する。料理長がうんと頷いて、作れるだけソーセージを作れと指示を出した。

「ワーウルフの処理の手が足りません」

「ギルドに依頼を出せ、今、街でもスタンピードに備えて保存用に干し肉を作っているはずだ。余裕がある者にはこれを……あ」

 料理長が私の顔を見た。

「レシピなら自由に使って。広めて。冬の間やスタンピードで避難生活する間の食料にするのよね? 少しでもおいしいものが食べられたほうがいいでしょう?」

 私はまだこの領地での冬を過ごしていない。

 建物の中にこもって暖炉の火で簡単に調理して保存食を消費していくのだろうか。

「ありがとうございます、リリアリス様」

 料理長が深くお辞儀をした。

「「ありがとうございますっ」」

 続いて、料理人たちも同じように頭を下げた。

「い、いえ、こちらこそ、いつもおいしい料理をありがとう!」

 私、大したことしてないよ? ソーセージ、いやウインナー、えっと……太さで呼び方変わるんだっけかな。羊の腸をつかうか豚の腸を使うかで変わるんだっけかな? ワーウルフの腸をつかったこれは、どっち? 腸詰めと呼べば間違いはないけど。……ウインナーソーセージって呼ぶか?

 と、ぐるぐると考えている間に、料理人たちがてきぱきと仕事を再開し始めた。


「どうしよう、俺、泣きそうだ。王都から嫁いできた貴族のリリアリス様が魔物肉を……」

「ああ、馬鹿にされるのは覚悟していたが、馬鹿にされないだけではなく、ご自身も召し上がると言う」

「そればかりか、どうすればおいしく食べられるのかと考えてくださり……」

「俺、一生リリアリス様についていく」

「あ、ずるいぞ、俺もだ。アルフレッド様がリリアリス様を追い出すというなら、抗議するぞ」

「追い出すじゃないだろ、リリアリス様を王都に帰して差しあげるって話だろう」

「王都に帰っちゃうのか? ……引き止めては……だめだろうな」

「そうだ! 王都よりこちらのほうがいいと思ってもらえるように頑張ろう!」

「王都よりこちらのほうがいい? 王都のことはよくわからないが、何かいいところがあるか?」

「あ……うーん、人が少ない、娯楽が少ない、食べるものが少ない、物が少ない、買い物できない……舞踏会もない」

「魔物が多い、冬が長い……って、いいところがないっ!」

「王都になくてここにあるものが一つくらいないのか?」

「……夫?」

「「それだ!」」

「リリアリス様の夫はここにしかいない! アルフレッド様との愛はここにしか! 愛する人はここにしか!」

「……なぁ、二人の間に愛はあるのか?」

「「……、……」」

「アルフレッド様、顔はそこそこいいので頑張ってもらう!」

「「おー!」」

 仕事をしながらなんか時折盛り上がっている。

 何の話をしているのだろう? うまい具合に焼きあがったとかそんなのかな?

 ……ちらちらと、料理人がこちらを見ている。

 あ、もしかして、邪魔?

 ……ですよね。ずっと何もしない女が立って見てたら、視線すら邪魔だよね。

 わかるわかる。お前も仕事しろよ、とか思っちゃったりするよね。

 ……いや、仕事しようとしたら怒られるけど。


■アルフレッド視点■


 団長と打合せをして訓練所に戻ってみると、どすどすと矢を的に射るような音が響いている。

 だが、どこにも矢をつがえた人の姿は見えない。

「説明を」

 俺の声に、副団長が訓練を一時停止させた。

「リリアリス様よりアドバイスをいただきました」

 は? また、リリアリスか?

 水魔法で魔物を倒す方法を教えてくれたのが少し前の話だろう?

 水を出すことはとても大切なことで、水場がない場所で命をつなげるのは水属性の者たちのおかげだ。騎士団にはなくてはならない者たちだ。

 しかし、魔物との戦闘においての殺傷力は水魔法にはなく、注意を引くとかひるませる程度しか役には立たないと……。そんな常識をリリアリスが覆した。

 毒との併用。

 毒は今までも使用されてきた。主に剣や矢じりに塗り相手を傷つけることで弱らせる。だが、実際にはほとんど使われてはいなかった。万が一、剣に塗った毒で傷を負ったら自分自身の身が危ないからだ。

 それが、経口させることで弱らせる毒が使えるとは。遠距離から毒を飲ませることができるとは。

 正確に素早く毒を含ませた水球で魔物の口元を狙える訓練を早速行う。

 的役に水属性以外の者が動き回る。静止した的にいくら当てられても実戦では使えないからだ。

 相手の攻撃をよけながらも、的役の騎士の顔に水魔法を当てていく。味方には誤って当てないようにと動いているが、混戦すると味方にもしぶきがかかることがある。

 口元を何かで覆ったほうがいいかもしれないなという意見が出た。もしくはあらかじめ解毒剤を飲むというのもありなのではないかとの意見も出た。

 毒の種類の選定、調達。魔物ごとにどの毒物が有効かなど、急いで確かめる必要があることも団長と書き出す。ギルドへの必要な依頼内容の確認。それからギルドの水属性の者たちへ緊急勉強会もしたほうがいいかもしれない。

 実戦で使うために急速に訓練が進む。

 スタンピードまでに戦力の増強ができればこれほどありがたいことはない。

 と、思っていたら、今度は土魔法!

「【石鏃】」

 木の的から十メートルほど離れた土属性の騎士が聞きなれない呪文を唱える。

 すると、ひゅんっという音の後にどすっと、矢が木に刺さったような音がした。

 木には石が穴をあけ刺さっている。

「石鏃というのは、石の矢じりか……」

 木の的に近づいて見ると、木にはたくさんの石の矢じりが刺さっていた。

 地面に落ちている一つを拾い上げる。やはり矢じりだ。矢の先に括り付けて使うやつだ。

「はい、そうなんです。リリアリス様が、石も土と同じだろうとおっしゃって」

「土と石が同じ?」

 土属性の騎士が目を輝かせて頷く。

「はい。岩を砕けば石になる。石を砕けば砂になる……と。大きさが違うだけで元は同じだと。だから、石も出せるはずだと教えてくださいました!」

 ……! まさかと思うが、実際に土属性の者がこうして石を出せるのだから、間違いではなかったのだろう。

「目つぶしで砂を飛ばすように、石を飛ばせることが分かったのです」

 別の土属性の者が口を開いた。

「さらに、ただの石ではなく石鏃にしたら攻撃力が上がるのではないかとリリアリス様が教えてくださいました!」

 ……リリアリス……いったい何者だ?

 冒険者アリスか。冒険者ギルドに顔を出すくらいだ。ただの侯爵令嬢ではないのだろう。

 どうして、これほどまでに魔法による攻撃方法を知っているんだ?

 知っていることを、なぜ惜しげもなく教えてくれるのだ?

 王都でも一部の人間しか知らない、秘匿されている情報じゃないのか? 攻撃力が上がれば、魔物討伐のために役に立つのは事実だ。だが、もし、戦争……国と国が争うようなことになれば、攻撃力が上がるような情報は敵になりうる相手には知られたくないものじゃないのか?

 例えば、王弟の俺が戦力を持てば、陛下にとれば脅威となるだろう。

 ……いや、まさか、それが狙いか?

 俺がクーデターを起こすことを望む者がいて、リリアリスを通じて戦力強化を図らせている?

 リリアリスは……誰かに協力させられてここに嫁がされて来たのか?

 それとも、自ら進んでクーデターを起こそうとしている者たちに協力をしているのか?

 いや。まさかな。

 俺は公爵領の者たちを捨てて王都に行くようなことはしない。

 事実は今はどうでもいい。純粋に戦力が強化されるのはありがたい。

 スタンピードで失うものは少ないほうがいいのだから。

「そういえば、奥様は他にも何か言いかけていたような……」

 水属性の騎士が首を傾げた。

「それはなんだ? 何を言っていたんだ?」

 団長が騎士に強い口調で問う。

「アドバイスを始めてすぐだったかなぁ?」

「ああ、そう、足だ、足元がどうのと」

 ぽんっと副団長が手を打った。

「なるほど、石鏃で致命傷を与えることは難しいから、足を狙えということか?」

 その言葉に、団長が首を傾げた。

「そんな初歩的な話をわざわざするだろうか?」

 確かに初歩だな。剣だろうが弓だろうが槍だろうが、強敵相手に一撃で倒せない場合に狙う場所がある。顔、それから手足だ。武器を持つ手、移動手段の足。

 ……しかし、初歩的な話をするわけがないと団長に言わせる公爵夫人っておかしくないか?

 貴族令嬢が魔物討伐のエキスパートであるはずがないというのに。

「奥様に確認していただけませんか?」

 副団長の言葉にうっと言葉を吞み込む。

「あ、いや、その……そ、その場にいなかった俺が聞くのも変じゃないか?」

 アルフレッドじゃなくて、この場に居合わせたのはレッドだからなぁ。

 なら、レッドとして尋ねればいいのか? いやいや、ギルド長が公爵夫人に会いに行くのはおかしいだろう。ギルドにアリスが来たときに……いや、アリスは冒険者であって、さっきの公爵夫人ではないということになっているわけで……。

 うーっ。

「あの、水属性の訓練をしているのを見て何かを言おうとしてくれてました」

 頭を抱えていると、騎士の一人が声をあげた。

「そのあと、少し考えたあとに土属性の者はいないかと尋ねられて」

 別の騎士も思い出しながら言葉を続ける。

「なるほど、水属性と土属性か……」

 そこで、副団長が目に強い光を宿した。

「リリアリス様は侍女に水魔法での戦い方を教えていました。ということは、もしかすると……侍女のように普段魔物と戦わない者たちに身を護る方法を教えようとしているのでは?」

「どういうことだ?」

 騎士団長が副団長に問いただす。

 ギルドの地下の入口にたくさんの剣が置いてあることを知り、アリスは驚いていたと聞いたのを思い出す。

 もしかしたら、スタンピードが近いかもしれないという話から、自分たちでも身を守れるようにと最大限のことをしようと魔法の活用方法を考えてくれたのかもしれない。

 侍女でも戦える……火属性以外でも戦える方法を。

 もし、そうであれば、戦力増強させるために王都から嫁に来たのではないのか?

 そういえば、マーサからも屋敷の鉄格子が魔物の侵入を防ぐためのものだと知って驚いていた様子だと報告されている。何も知らされずにクーデターを起こそうという者から送られるなんてことがあるだろうか?

 リリアリスは……本当に、純粋に領民を助けたい一心で?

 はっと心を打たれる。俺は、どうして少しでもリリアリスのことを疑ってしまったのか。

 こちらの領地に来る間に魔物に襲われて馬車ごと谷底に落ちて運ばれてきたリリアリスの白い顔。

 ワーウルフロードから街を守るために魔力が尽きるまで無理して倒れたリリアリスの白い顔。

 あれが俺をだますための演技なわけがない。

 俺がすべきことは、リリアリスを疑うことじゃない。二度と、リリアリスをあんな目に合わせないことだ。一日も早く……リリアリスには王都に帰ってもらうのが一番なのだろう。

 魔法の新しい活用法が知りたいと、周りは引き止めるかもしれない。

 ……そうだ。王都に帰した後、手紙でやり取りをしたらどうだろう? 手紙で教えてもらえるようにお願いするのだ。それなら、周りも納得するのではないか?

 まずは領地にいる間に、リリアリスに手紙を書こう。

 ……何を書いたらいいんだ?