目を開けたら知らない天井……ではなく、知っている天井だった。
お前を愛するつもりはないと言われて一人で寝ている寝室の天井だ。
「まぁ! リリアリス様、お目覚めになられたのですね!」
少しやつれた顔のマーサが涙を浮かべている。
「まさか! カイの身に何か?」
マーサがこんな顔をしているなんて、息子のカイに何かあったに違いない!
ワーウルフの群れが塀の向こうにあふれていたのを思い出す。
レッドが駆けつけてくれて、助かったと思って意識を失ってしまったけれど……。
あの後、何があったの? カイを……領民を私は助けられなかった?
すっと背中が冷たくなる。
「いいえ、カイは無事です。街の皆も。怪我人はいますが、死者は一人も……」
そう言って、マーサが顔を両手でふさいで泣き出した。
あれ? 誰も死んでないのに、どうして泣くの?
「えっと、怪我……は深刻なのかしら?」
擦り傷切り傷打撲裂傷骨折……そんなものでは済まない怪我だって考えられる。命は助かっても、生活に支障をきたすような怪我だって……。
〝リリアリス〟の心がずきりと痛む。
役立たずの光属性魔法……。
光魔法だって役に立つんだ! と、何度だって私は口にできるけれど。それでも、もし聖属性魔法が使えたらと。癒しの力、回復魔法が使えたらと思ってしまう。
「いいえ、リリアリス様、カイに聞きました。リリアリス様が光魔法を使ってくれたおかげでワーウルフを倒すことができたと。もし、リリアリス様がいなければ、何十何百という人が犠牲になっていただろうと……下手すれば、領都は壊滅していた可能性すらも……」
私が領都の壊滅を防いだ?
大げさすぎる! 話を盛りすぎだろう! でも……。
「私の、光魔法が……役に立ったんだ」
ふっと痛んでいた気持ちが軽くなった。
マーサの言うことは大げさだとは分かっている。実際にワーウルフを倒したのはレッドたち冒険者や公爵家の騎士と兵だろう。
ワーウルフの強さを思い出して身震いする。
きっと、鍛え上げた筋肉で美しく剣を振るっていたのだろう。
くっ、見たかった!
「なんで私は、倒れてしまったのだろう……」
悔やまれる!
思わず漏れたつぶやきに、マーサが顔を覆っていた手を下ろした。
「リリアリス様は、魔力切れでお倒れになったのです。魔力が切れても魔法を使おうとすると生命力を削ることもあると……」
あー、魔法って、魔力切れたらそういう設定になってるのも確かにあった。
やばい。死なないにしても寿命がちょっと縮んじゃったりするってことよね。
ふと、顔も見たこともない夫を思い出す。
アルフレッド様は火魔法を使い先頭に立って魔物討伐を行っているんだよね。領地を守るために……と、無理して何度も魔法を使って命を縮めていたりするかもしれない。一度や二度ではなく、何十回、何百回と限界を超えて魔法を使えば、どれだけ寿命を縮めてしまうのか。
愛するつもりはない……って、もしかしたら「残り寿命が少ない」からなんて理由があったりしないよね?
別に、愛しているわけではないけれど、誰かが死ぬのを喜ぶ趣味もない。
「ねぇマーサ、アルフレッド様も私のように倒れることがよくあるの?」
マーサが首を横に振った。
「いえ、アルフレッド様がお倒れになったのは、この五年は一度もありません。とても健康で、リリアリス様は雨に打たれて熱を出したというのに、同じように雨に打たれたアルフレッド様はピンピンしていますし」
ん?
「私、熱があったの?」
「はい。魔力切れで倒れたとしても、一晩寝れば意識は戻るはずなのですが、熱があったためリリアリス様は二日も目を覚まさなくて……。よかったです。目を覚まされて……」
またマーサの目に涙があふれている。
もしかして、顔を覆って泣いてしまったのは、私の目が覚めてほっとしたから?
「心配……させてごめんなさい」
心配してくれて嬉しい。
マーサがやつれているのは私を心配してくれたからなんだ。私を、看病してくれたからなんだ。
私、看病してもらったんだ。
光属性だと分かった八歳から八年間。具合が悪くて寝込むと、看病してもらえるどころか罵声を浴びせられた。仕事をさぼるのかと。
「看病してくれて、ありがとう」
「何をおっしゃいます! 当たり前のことです! これが私の仕事ですから! さぁ、飲むものと何か食べられそうなものを持ってきますね!」
マーサは立ち上がって部屋を出ていった。
仕事だから?
ううん、分かってる。仕事ではやつれるまで看病なんてしないよね。他に使用人がいないわけじゃないもん。代わる代わる見れば済むんだし。
「ありがとう、マーサ……」
額に載せられた濡れタオルに触れる。
「ふふ、頭を冷やしても熱は下がらないって現代日本では言われてるけれど……」
無駄なことなんて思わない。濡れタオルを載せられていることって、こんなにうれしいんだ……。
濡れタオルを取り、上半身を起こしてベッドサイドのテーブルに置かれた桶にタオルを入れる。
テーブルには口が長く細くなった水差しもあった。
「寝てた間に少しずつ水分取らせてくれたのかな……」
それにしても。誰も死ななくて本当に良かった。カイも無事だっていうし。
レッドたちは無事だろうか? 怪我人って誰がどれくらいの怪我をしたのだろう。
マーサの口ぶりだと、アルフレッド様は無事みたいよね。
私と違って熱も出さずぴんぴんしてるって言ってたし。
あれ? それって、暗に私は弱いと言われたのかな? 病弱だと思われた?
それとも、騎士団長も夫のアルフレッド様って強いみたいなこと言ってたよね? 大会で優勝するとか。すごく鍛えてて人並み以上に健康体? すごく鍛えているとすれば……。
にやり。
筋肉夫の妻なんて愛されなくても幸せすぎんか? うますぎる立場だよ!
そう、筋肉は人を愛するためのものではない。筋肉は、愛でられるためのものなのだ!
くふふ、くふふ。夫よ、私を愛することはないだろうが、私が愛でてやろうぞ! 思う存分愛でられるがいい! くっくっく。
とはいえ、まぁ、会う機会があるかは知らないけど。
ベッドの上で過ごすのにも飽きてきた。
目が覚めてから半日以上は強制的にベッドの上にいさせられた。
多少体がまだだるいものの、もう普通に生活してもいいんじゃない?
そして、目が覚めた次の日。
光魔法の子たちに依頼も続けたいし。冒険者たちもどうなっているのか心配だし。
べ、別に、ガルダ筋肉神様とかレッドの筋肉が見たいわけじゃないからね!
そ、そりゃ、見るけど! 行ったら見るけど!
朝食をベッドの上で終える。もう、歩けるのに……過保護すぎだよ、マーサ。
片付けにマーサが部屋を出ていったすきに、ベッドを下りてクローゼットを開く。
「おや?」
首をかしげる。
いつもの冒険者ギルドへ行くときの服がない。並んでいるのはドレスばかりだ。
「洗濯してるのかな?」
めちゃくちゃ汚れた可能性は確かにある。泥とかワーウルフの血とか、落ちないような汚れがついちゃったかな? でも、ちょっと薄汚れた服のほうが、より冒険者っぽくなっていいんじゃない?
ノックの音に応えると、サラが部屋に入ってきた。
「サラ! ギルドに行ったんじゃないの?」
「はい。行ってきました。子供たちは順調にLEDで依頼をこなしています。もう月光や日光を依頼する人はほとんどいませんし、日光のように明るくて月光のように長時間明るいLEDならばと、新しい依頼も増えていますよ」
そっか。よかった! LEDを見て新しい依頼も増えてるんだ。
「子供たちは皆十分に生活するだけのお金を手にすることができるようになったと……光属性の子でもLEDが使えれば生活に困らないだろうと、感謝していました」
それは受付のお姉さんの言葉かな。
「もう、リリアリス様が依頼をしなくても大丈夫ですよ!」
「え? それって教室のことだよね?」
それはまだ続けるつもりだけど。だって、まだ、火光とLEDしか教えてないし。
私の中では大空に花火を再現したり、ドラゴンの絵を描いたりしたいと思っている。
だって、これって観光資源になるんじゃない? 光って観光なんだよ。
花火の掛け声の「たまや」や「かぎや」は、江戸時代の有名な花火師の屋号だって聞いたことがある。つまり江戸時代にはすでに花火は娯楽として楽しんでいたし、きっと各地から観光で見に来ていたに違いないわけで。
他にもイルミネーションや夜景や星にオーロラ。光を楽しむ観光はたくさんある。近年では3Dマッピングやドローンショーとかね。
ドローンショーなんて最先端だし、PCにプログラム組んで多数のドローンを制御して、予算だってめちゃくちゃかかる大変なものだったはずだ。
それが、光魔法を使えば、練習は必要になるけれど、プログラミング知識はゼロでもオッケー。ドローンも不要。予算は人件費のみ。
ぶっちゃけ花火なら火魔法でも再現できるだろう。けど、ドローンショーは光魔法ならではだと思う。それを観光資源にするんだ。
そのためには、まだまだ光属性の子供たちにいろいろ教えて、それから皆で練習する必要がある。
ああ、もちろん街道の整備など、公爵領へ気軽に足を運べる体制も整えないと観光地になるのは無理なんだろうけど……。
まずは領内で領民が楽しんでもらえるようなお祭りができればいい。
魔物の襲来に怯える日々に……。一年に何日か、空を見上げて綺麗だねって。そういう日があるだけでも心が救われることがあるんじゃないだろうか。……予算も人件費だけだし、それで皆の心が躍る日が作れるなんて最高じゃない? 領都だけじゃなくて、近隣の町や村からも見えるようなものが作れたらいいよね。
もしかしたら、それを見て「光属性」の人たちが希望を持ってくれるかもしれないし……。
「まだ教室は続けたいのよ。教えたいこともあるし……」
「教室はこれ以上は大丈夫ですよ。年長者の男の子たちはしっかりギルド長指導のもと、剣術などを叩き込まれますし」
「へ? なんで、剣術? 光魔法なんて使い物にならないから?」
そりゃ、子供たちだっていつか大きくなって、小遣い程度の稼ぎではどうにもならなくなる。冒険者になって戦うためには剣の腕を磨くのはよいことだし……。
「いいえ、逆です。とても役に立つから光属性魔法の人は争奪戦になるだろうって。冒険者に登録する前にしっかりと力をつけさせて、身を守れるようにしたほうがいいだろうって」
「え? 役に立つ?」
「はい。視覚で火に怯える魔物に対して火光魔法が役立つらしいです。私も、光属性の冒険者に火光魔法を教えてほしいと頼まれましたし」
あ、そっか。確かに火光魔法でワーウルフをひるませることができた。ワーウルフロードの咆哮がなければ、ワーウルフたちは尻込みして火光魔法でかなり戦力ダウンしたはずだ。
なるほど、なるほど。他にも火を怖がる魔物には効果的ってことだね。
獣も火を怖がるから野営では焚火して火を絶やさないようにみたいな話もよく本で読んだし。
「というわけで、私は数日ギルドで冒険者に火光魔法を教えに行ってきます。子供たちへの伝言があれば」
「サラ、私が行くわ! 私が教えるし!」
光属性の冒険者に光魔法の指導をする! 筋肉に囲まれた楽しい仕事なのでは? だって、光属性魔法の冒険者と言えば、戦闘に魔法が使えない分体を鍛えている!
いや、自己流な鍛え方してバランス悪い可能性もあるから、そこは徹底指導させてもらって。ついでに筋肉改造し、理想的な筋肉持ちを増やしていく。
完璧な計画ね!
「いえ、あの、私が頼まれたので……それにリリアリス様はまだお体が……」
サラが動揺しているのか、ちょっとしどろもどろ答える。
まさか、私の野望を阻止しようと必死になっていてしどろもどろになっているのだろうか?
なぜ、ばれた?
「もう、体は大丈夫よ! それに、頼んだのってギルド長よね? サラの雇い主は公爵様でしょう? 勝手なことはできないんじゃない?」
「え? あっ」
サラが口元を押さえる。
私が許可したとか私がお願いしたとか言えば、まぁ許されるんだろうけど。私は、サラ一人においしい仕事……げふんごふん。
「私は、サラ一人でギルドへ行かせるのは心配だから許可しないわよ?」
カイを護衛代わりに連れてくのかな? とすると、さらに公爵様にお伺いが必要にならない?
「あ、いえ、アルフレッド様のご指示で……」
サラの視線が心なしか泳いでいる。どうしたのだろう? 私の野望を阻止できずに困っている?
「もしかして、すでにギルド長とアルフレッド様との間で話し合いが持たれたってこと?」
レッドがアルフレッド様に「光属性の冒険者の指摘をする人を派遣してほしい」と。それでアルフレッド様が「光属性の侍女がいたな。サラだったか。派遣しよう」みたいなやりとりを?
あれ? まって、まって!
私、偽名を使っているし、レッドに公爵夫人リリアリスなんてばれてないよね? おかしくない? どういうことだろう?
首をかしげる。
「た、たぶん、そうだと……」
サラがひきつった笑みを浮かべた。
連携はしてるみたいな感じだったから、ワーウルフ襲撃がひと段落ついた時点で話し合ったのかな? 今後のこととか。
いや、もしかすると、レッドがサラに指導してもらいたいと思っていると言って、サラか公爵様に確認した? でもサラの口ぶりはそんな感じではなかったし。
連携は常にしてるわけだよね? だから「協力を要請したらそれに即座に応える、お互いに」みたいな協定があるのかもしれない。俺の部下はお前の部下。お前の部下は俺の部下。みたいな?
なんだ、そういうことか。
「でも、レッドはどうして冒険者に火光魔法を教えてほしいってサラに頼んだのかな? 私っていう優秀な指導者がいるじゃない! 私に頼めばいいのに……」
首をかしげる。
「えーっと、そ、それは……その……」
サラが激しく動揺しているように見える。
これは何か、隠し事をしているに違いない。いったい、何を隠しているのか!
「……で、サラはどうしてギルドから戻ってきたの? 早速冒険者に教えなくていいの?」
何を隠しているのか探ろうとして聞いてみた。
「はっ! そうでした! リリアリス様の準備を手伝うために戻ってきたのでしたっ!」
サラが急に使命を思い出して、動揺はなりを潜めてしまった。何を隠しているのか探るのは無理そうだ。くっ。残念!
「あら、サラ、まだ何も進んでないじゃない!」
マーサが顔を洗うための手桶とタオルをカートに載せて部屋に来た。
朝食前に一度顔は洗ったけどな? と思ってよく見ると、手桶からは湯気が上がっている。
「さあ、リリアリス様、準備いたしましょう!」
んん? 準備? マーサがタオルをお湯に浸して絞り、私の顔の上に載せる。
少し熱めのタオル。蒸してはないけどこれ、蒸しタオルのパック?
顔が温められて気持ちいい。
それが終わると、いつもの三倍は何か顔に塗りたくられた。
髪の毛にも何かつけられ丁寧に髪をとかれる。
「ちょ、何の準備? まさか舞踏会でも行われるわけじゃないよね?」
マーサがてきぱきと手を動かしながら答えた。
「ただの、朝の身支度です」
へ?
「本来であれば、毎朝公爵夫人として行うべきお支度をさせていただいております」
う……。
「なんで、突然? 今まではしてなかったのに……」
「リリアリス様がお望みではないようでしたので」
マーサが答えに頷く。うん。そう。望んでない。確かにホットタオルは気持ちよかったけれど。それを準備するのが大変だというのも知ってるし、使用人のように扱われていたから急に貴族の生活に戻れといわれても困るし。
「今日も必要ないわよ?」
「いいえ、必要あります」
なんで? 私が必要ないって言ってるのにぃ!
「お昼前にアルフレッド様がいらっしゃいます」
「は? なんで来るの!」
「あ、失礼いたしました。アルフレッド様が帰っていらっしゃいます」
「そうだった。ここ、アルフレッド様の家だった……」
そりゃ帰ってくるか。なんで来るのじゃなかったわ。
「でも、いつも通りでいいわよ。どうせ愛さないって言われてる妻なんだし。綺麗になってお迎えなんて……」
鏡越しに見るマーサの顔が怒りに満ちている。笑ってるのに、笑ってない。
「いいえ! 驚くくらいリリアリス様には綺麗に装っていただきます」
どうしてさ。
「別にいいよ。愛されたいとも思ってないし」
マーサが笑ったままぼそりと言葉を吐き出した。
「ええ、愛したいと今更言っても、もう遅いと言って差し上げればいいのです」
え?
「そうだよね! 会いもしないうちから、愛さないなんて手紙一枚で放置してたんだもの。いくら仕事が忙しくても失礼だよね! 母さん、私も頑張る! 綺麗なリリアリス様見て後悔すればいいんだわ!」
はい?
