上空二〇〇〇メートル付近。


 夕方、日が沈しずみ始めたころに招集をかけ、軽く食事をとらせた。今晩は寒い夜空を飛ぶので、全員には酔よわない程度に酒を飲ませたのだが、これから行う作戦の緊張からか顔を赤くするどころか誰だれ一人として、軽口ひとつ言わない状態となっていた。

 体を固くさせないように、簡かん易いカイロと蒸じよう留りゆう酒しゆを数口分持たせてある。

 初めは、何やかんやと強気に会話をしていた強きよう襲しゆう部隊の面々だったが、時間がすぎると共に静かになり始め、ハイヘルネン王国に入り一番初めの町──ラジュオール子し爵しやく領りようの灯あかりが見えてきたところで完全に沈ちん黙もくしてしまった。

 まだ領の端はしなので、町の中心まで十数分あるというのに、お通つ夜やみたいな静けさだ。

 その静けさに拍車をかけるように、冷えた空気が俺たちを包み込んでいる。

 今回は大人数がヴィリアの背中に乗るので、いつもの鞍くらは取り外してあり、厚手の敷しき物ものの上に座っている。なので、ヴィリアの体温が伝わりやすく、いつも以上に暖あたたかいはずなのに今はそれほどでもない。なぜだろうか。

「ミナ、カンテラの灯りは問題ないな?」

「はいっ! 問題ありません!」

 俺の後ろに座り、カンテラが取り付けられた棒を持つミナが答えた。

 このカンテラは、先の投下作戦の際に落らく伍ごした竜騎士ドラグーンを教訓にして付けたもので、光を拡散させるのではなく、内部に銀ぎん箔ぱくを貼はったうえで一定方向のみに光を出すように改造したものだ。

 お陰かげで遠くからも視認しやすくなり、暗い夜空でも背後を飛ぶ竜騎士ドラグーンはヴィリアの姿を見失っても、この光を追って来ればよくなるのだ。

 さらに、このカンテラには他にも改造が施ほどこされており、手持ち部分のレバーを握にぎると銅どう板ばんが閉じられ手動だが点てん滅めつできるようになっている。

「よし、では後方へ発光信号を送れ!」

「了解しました!」

 すでに、ラジュオール子爵邸視認圏内に入っている。この町で一番大きく、一番多く篝かがり火びが焚たかれている家だ。

 ミナはカンテラの持ち手を何度か握り、後ろを飛んでいる竜騎士ドラグーンたちに合図を送った。

 光信号を確認した爆撃隊は、移動用の陣形から強襲用の陣形に形を変えた。その爆撃隊は、速度を上げると一気に俺たちと距離を離し、次第に見えなくなった。

「後方に何騎いるか見えるか!?」

「一二騎確認! 落伍ありません!」

 ここまでは順調だ。

 高度を落としつつラジュオール子爵邸に照しよう準じゆんを合わせると、それに合わせたかのように屋敷の周囲に火の手が上がった。

 綺き麗れいにラジュオール子爵邸を囲むように上がった火の手によって、屋敷がよりハッキリと見えるようになった。

「今から突撃する! 突入前は、ドラゴンが動くから無む駄だ口ぐちを叩たたいて舌を嚙かむなよ! それと、突入時にすっ転んで無駄死にするな!」

 ヴィリアに乗っている仲間だけではなく、他のドラゴンに跨またがる兵士たちからも威い勢せいのいい返事が届いた。

 その鬨ときの声に合わせて、下降の速度が上がった。かなりキツイ角度での侵入に、内臓が裏返るような状態になった。

 これからどう動くか自らが決めるヴィリアは良いが、俺や後ろに乗る兵士たちは叫びをこらえるような小さな呻うめきをあげる。ミナも悲鳴を押さえているのか、小さな悲鳴をもらしながら、俺の腰こしに回した腕の力を強くしている。

「ロベール様は、必ず守ります」

「は──んべ!?」

 耳元で囁ささやかれたミナの言葉に聞き返そうと口を開いたが、地面に追突する寸すん前ぜんでヴィリアが体を起こしたことによって、舌を嚙かんでしまった。無む駄だにダメージを受けた俺を気にすることなく、ヴィリアは強制的に水平飛行に移行。そのまま、ラジュオール子爵邸の南側二階部分へ衝しよう突とつした。

 ラジュオール子爵邸は話に聞いていた通り、一階は石いし積づみだったが二階は漆しつ喰くい塗ぬりで、ヴィリアが窓から顔を突っ込んで左右に振るだけで、ガラスどころか壁も簡単に崩くずれた。

「行け、行け、行け、行け、行けぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!!!!!」

 目の前で起きる大破壊。飛んでくる破は片へんをものともせずに、号令と共に剣を引き抜ぬき掲かかげ、ラジュオール子爵邸に突入する。それと同時に、ミナも飛び込んできて俺の前に立った。

 近くから、同じく屋敷を破壊する音と共に、兵士だけではなく使用人たちの悲鳴とも怒号ともつかない声が上がっていた。

 廊下は灯りが無く暗い。基本的には、見回りの使用人たちが持つランプと同じ、小さな灯りを光源とする普通の廊下だ。

 これは重ちよう畳じよう。

 間髪容いれずに駆かけだす。目標の部屋は分かっている。外からも、あそこしかないだろう、という部屋が見えていた。

「きゃ──」

 大きな破壊音に驚き廊下へ出てきた女性の首を、俺の前を走るミナが切り落とした。鮮あざやかな手並みだが、切る力が強すぎたためか、女性の頭が俺たちが進む方へ飛んで行ってしまうほどだった。

 目的とする部屋まで二〇メートルほど。その長い廊下を全力で駆け抜ける。

「うおっ!?」

 窓の外が一瞬だけ真っ赤に染そまった。それと同時に、熱い熱い、といった叫び声が聞こえてくるので、屋敷内へ進入しようとしたラジュオール子爵の兵士が、俺の仲間によって焼かれたのだろうと見当がついた。

「早く行きましょう!」

 紅ぐ蓮れんの光に足をもつれさせてしまったので、駆ける速度が遅くなってしまった。今俺に声をかけたのは、部屋から誰も出てこられないようにするために、ドアノブにU字のフックをかけて走っている殿しんがりの兵士だ。

 内開きのドアにしか通用しない道具だが、騎馬騎士が考案した物を採用した。時間がかかり危険を伴ともなう作業だったが、この兵士は俺の予想を遙はるかに上回る速度で作業を終えているようだ。

「ロベール様!」

「俺に構うな!」

 やれ、と手で合図すると、ラジュオール子爵がいると思われる寝室へ通じるドアに張り付いていたミナや兵士たちが頷うなずき、ドアを蹴け破やぶった。

 勢いよく開けられたドアに外がい套とうだけを投げ込み、一瞬の間も持たせず中へ突入していく。

「殺すな! 殴るだけにしろ!」

 数瞬遅れて、俺もラジュオール子爵の部屋へと突入した。

「なっ、何なの貴方あなたたちは!?」

 女性の悲鳴が、豪ごう奢しやな天てん蓋がい付つきのベッドから聞こえた。

 その周囲を、先に突入した仲間たちが困惑した顔で囲んでいる。

「ラジュオール子爵は!?」

「いっ、いません!」

 兵士の表情は、少しだけ焦あせっていた。俺たちは、ラジュオール子爵を捕縛し、それを盾たてとすることで安全にこの屋敷から逃げ出す手はずになっていたからだ。

 ここにラジュオール子爵がいなかったのは、完全に誤算だった。

「子爵は何ど処こだ!」

「いっ、一階に! 高速便が届いて、さっき!」

 怒鳴るように子爵夫人と思われる女性に聞くと、夫人は恐怖に歯の根が合わない口を必死に動かして答えた。

「クソッ!」

 悪態をついて、子爵邸の見取り図を思い出す。受け取った手紙は何処で読む?

 予想としては二階階段近くの大部屋か、すぐに返信を書くのであれば一階の端はし、竜騎場の近くの部屋だろう。

「奥様、ご無事ですか!」

 夫人の安否を心配する声と共に、鎧よろいを付けた兵士の足音がこちらへ近づいてきている。

「助けてッ!」

 敵俺たちがいるのも構わず、夫人は大声で助けを求めた。まさかこの状態で大声を上げるとは思っていなかったので、廊下を駆けてくる兵士に助けを求められてしまった。

 その助けを求める声に、敵兵士たちが走る音も加速する。

「ドアを閉めろ!」

 隊員がドアを閉め、手近にあるテーブルや椅子をドアの前に積つんでいく。

「ロベール様、指示を!」

 ドアを破ろうと、兵士たちが蹴り上げている音が響く。どれほど強い力で蹴っているのか、天井から剝はく離りしたペンキが頭上に落ちてくる。

「一階の応接室へ行くぞ!」

 この屋敷の見取り図を聞き出した商人が言うには、ラジュオール子爵は奥さんや子供のことを溺でき愛あいしているそうだ。そんな人間が奥さんの心配しないはずがない。

 もっとも、子爵が冷静沈着、利害だけで奥さんや子供を平気で切り捨てるような人間であれば、二階の大部屋にいたとしても静かに逃げ出す準備をしているだろう。

「子爵夫人を連れてこい!」

「ハッ!」

 ミナが夫人の腕を摑つかみ起こす。夫人は半狂乱状態で暴れて逃げようともがくが、鍛えていない人間が鍛えている人間を振りほどけるはずもない。

「我々が道を切り開くので、ロベール様は道が開いた瞬間を──」

「その必要はない。──ヴィリア!」

 ヴィリアの名を呼ぶと、部屋の壁が剝はがれるように崩れ落ち、外が見えた。そこには、不敵な笑みを浮かべるヴィリアがいた。

「下へ降りたい。皆が足場にすることを許してほしい」

 少しだけ不満を漏もらすような唸うなり声を上げると、ヴィリアは自分の体を使って一階へ降りる階段を作ってくれた。

「急ぐぞ!」

 俺がヴィリアの体を使って一階へ降りると、兵士たちも俺が足を着いた場所を辿たどり、同じように降りてきた。

「ミナ、ヴィリアに夫人を渡せ。ヴィリアは、夫人を殺さないように摑んでいてくれ。人質だ」

 夫人を抱えて降りようとするミナに命令すると、ミナは悲鳴を上げる夫人に構うことなく、ヴィリアへ渡した。

 そして、夫人を摑んだせいで階段の一部が無くなってしまったにもかかわらず、ミナは気にすることもなく軽いステップで降りてきた。

「次の目標は、東にある竜騎場近くの応接室だ! 急ぐぞ!」

 兵士たちと共に、ヴィリアも返事する。今のは、兵士というよりヴィリアに対して次の目的地を伝えるためだ。

 俺の意図を理解したヴィリアは夫人を摑んだまま駆け出し、行く手を阻む子爵の兵を軽々と蹴散らした。

「敵が出てきたぞ! 狙ねらえ!」

「ギャッ!?」

 未いまだ燃え盛さかる炎の向こう側で、俺たちの姿を確認した敵兵士がこちらへ向けて矢を射ってきた。数は多くなかったが、運が悪いことに俺の隣を走っていた隊員の足に矢が刺ささり、転倒してしまった。

「クソッ!」

「かまわず、先に行ってください! 囲まれます!」

 助けに行こうと立ち止まると、隊員は痛みをこらえながら俺へ向かい叫んだ。動けない人間は足手まといにしかならず、助けた人間をも危険に晒さらしてしまう可能性がある。速度が命のこの作戦で、これ以上時間は食えない。

「────スマン!」

 謝ってもどうにもならないことだが、この隊員の決意を無駄にしないためにも駆け出す。

「うわぁっ!?」

 再び頭上が赤く染まり、熱波が俺たちを襲う。突然広がった赤に、今度は俺ではなく先を走る隊員が声を上げた。

「止まれば死ぬ! 走れ、走れッッ!」

 そんなことを言わなくとも、この場にいる全員は息が切れても走っている。ヴィリアが開いてくれた道を、飛来する矢をギリギリのところで避よけながら走っている。

「ヴィリア! アバスたちがどうなっているか分かるか!?」

 今から向かっているのは、アバスたち別部隊が子爵の子供たちを探しに向かった方角だ。崩れた壁はアバスたちが突入した跡だが、その辺りに兵士は見当たらない。静かすぎる。

 ヴィリアもそれは分からないのか、少し鳴くだけだった。

「うおぉぉぉぉお!」

「オラァ!」

 東の応接室へ向かっている俺たちの横っ腹を突つくように、壊れた壁の陰に隠れていた子爵の兵が突撃してくるが、ミナと仲間の隊員がそれをいなし切り殺していく。

 早く、早く、早く、早く!!

 喉のど奥おくから笛を吹くような音が出始めた時、子爵邸の端までやってくることが出来た。ここら辺は、最初の攻撃も、その後の攻撃にも晒さらされることがなかったようで、とても綺麗だ。

 俺が頼むまでもなく、ヴィリアは片手で壁を崩して突入用の穴をあけてくれた。

「行くぞ!」

 中へ入るが、室内は暗く人の気配はなかった。

「ここも違うのか!?」

 仲間の隊員が悲鳴を上げるように言う。ここが違えば、作戦は失敗だ。これ以上時間をかけては──いや、すでにタイムオーバーかもしれない。

 しかし、鼻を突くオイルランプを消した時の臭いを感じると、ここに先ほどまで人がいたのだ、ということが分かった。

「子爵は近くにいる!」

 叫んだのと同時に、この部屋へ通じるドアが開かれた。

「ロベール!」

 ドアを開き入って来たのは、泣き叫ぶ子供の首根っこを摑つかんで引きずっているアバスと、それを護まもるように走る隊員だった。

 ドアが開いた瞬間、室内に走った緊張は一瞬で霧散したが、アバスたちの背後から聞こえる敵兵士が近づく足音に再び緊張が走る。しかし、その足音が変だった。揃そろっていない上に、えらく悠長な歩ほの進め方だ。

「ミーシャたちは?」

「じき来る」

 アバスの言う通り、ミーシャたちはすぐに来た。しかし、その姿は惨さん憺たんたるものだった。モナークが血だらけで動かなくなったララークルを背せ負おっている。そして、その次には、顔面を潰つぶされ、血だらけの──血の泡を吹いていることから、辛かろうじて生きていると分かる敵兵士を引きずっているミーシャが現れた。

「何、無駄なことやってんだ!」

 兵士を盾にしたところで、敵は攻撃の手を緩ゆるめない。今敵が攻撃してこないのは、アバスたちが子爵の子供を人質に取っているからだ。

「こいつが、ララークルを殺した。こいつの心臓をダルエナ様に捧ささげる」

「助ける気がないなら、痛みを長引かせるな!」

 引きずられている敵兵の潰された顔を見れば、絶対に助からないことは誰でも理解できる。そんな状態にもかかわらず生かした状態で引きずっているもんだから、この敵兵の仲間は今すぐにでも飛びかかってきそうなほど狂気じみた顔になっている。

「貴様らは、すでに囲まれている! 子爵様の子供たちを返すのであれば、捕虜として遇ぐうしよう!」

 白髪交まじりの隊長格の兵士が大声で言う。確かに、すでに囲まれている。

 俺と共にやって来た兵士たちも、アバスを筆頭に別動隊の兵士たちも不安半分、死ぬ気で切り抜けてやろうという気が半分といった顔をしている。

 この応接室の外には、ヴィリアが控ひかえている。撤てつ退たいをするにも、全員を乗せることはできない。

 ──どうするか……。

 時間で言えば数秒も経たっていないだろうが、悩んでいる分、兵士たちの焦しよう燥そうが伝わってくる。

 次の行動を口にしようとした瞬間、少し離れたところでガラスが割れる大きな音がした。

「子爵様、お早くお逃げください!!!!!!」

 静かになり始めた戦場に響き渡る、目標を逃がそうとする者の声。それを聞いた俺の隊員たちは、その声が聞こえた方の窓ガラスへ向かい走った。

「動くな!!!!」

「止まれぇぇぇぇぇぇえええ!!!!!!」

 ほぼ同時に俺とミーシャが叫んだ。俺の声に反応して止まった隊員は無事だったが、勢い余あまって窓まで近づいてしまった隊員は、外の窓の下で控えていた敵の槍やり兵へいに突かれて死んだ。

 今のは囮おとりだ。逃げるにしても、あれほど大きな声を出す必要がない。

 生きるか死ぬかの瀬せ戸と際ぎわで、焦り過ぎて何も考えずに動いてしまった隊員たち。

 最も早はや、ダメかもしれない。

「子爵様!?」

 ──が、数を減らされた俺たちよりも、ずっと焦った声が聞こえた。それは、俺たちに降伏勧かん告こくをしてきた白髪交じりの敵兵士だった。

 何がどうなっているのか、とその敵兵が叫び見る方を見ると、そこには数人の兵士に肩を貸してもらい立ち上がろうとしている、豪奢な服を着た男性がいた。

「いよっし!」

 先ほどの、心臓を捧げる云うん々ぬん言っていた時とは全く違う雰ふん囲い気き──ちょっと良いことが起きたようにミーシャが小さく跳んでいる。

「なぁなぁ、見たかアレ! あいつを捕まえたら、お金がたくさん貰もらえるんだよな!」

「あっ、あれが子爵か……?」

 服装からして、あそこでのたうち回っているのが子爵だろう。

 たぶん、さっきの止まれと言う言葉は、仲間の兵士ではなく逃げ出す子爵に向けたものだったのだろう。

「お前、何をしたんだ?」

「あぁ? コテ草の根をすり潰して作った毒をナイフに塗って、それをあのおっさんの尻ケツにぶっ刺した」

「毒!? 死ぬのか?」

 毒を塗ったナイフを刺した、と聞いた子爵の兵士たちはざわめいた。毒は早いか遅いかの違いがあるが、確実に死ぬものが多いからだ。

「毒消しがあるから、これを使えば死なないぞ? だって、ロベールが殺すなって言ったしな!」

 血まみれで死体が転がるこの現場で、似つかわしくない笑顔で答えるミーシャ。しかし、その言葉に俺だけではなく、敵兵たちも安あん堵どの息を吐いた。

 夫人と子供は人質にとられ、子爵もミーシャが持つ毒消しがなければ死を待つだけとなった。

「この戦いは俺たちの勝ちだ。子爵やその家族を死なせたくなければ、お前たちの武器を下ろせ」

 ここまで聞こえてきそうなほど歯を強く嚙みしめ、敵兵は俺たちを睨にらみつける。だが、勝利の条件は全すべてこちらへ傾いているこの状況で、好転させる要素を見つけられないため、動けないでいた。

「長引けば長引くほど、子爵は後遺症で苦しむことになるぞ?」

 どんな毒でも、致ち死し量りようは体重によって変わる。なので、致死量に足りなかった奴がたまに生き残ることがある。しかし、後遺症はどうなるか分からない。

 それを知っている敵兵士長は、仲間に武器を下ろす命令を下した。

「では、子爵をこちらへ連れてきてください」

 そういうと、敵兵士長は部下の一人を子爵のところまで走らせた。


 俺の所まで連れてこられたラジュオール子爵は、怨えん嗟さに満みちた瞳ひとみで俺のことを見ている。

「ご加減はいかがですか?」

 ミーシャが持っていた毒消しを執事に渡すと、執事はその毒消しを丁てい寧ねいに子爵の尻にできたナイフの刺し傷に擦すり込こんだ。

 凄すさまじい痛みがあるのか、悲鳴は出さないまでもうめき声と脂あぶら汗あせを噴ふん出しゆつさせている。

「きっ、貴様は誰だ?」

 痛みに震える口を何とか動かして、こちらの素す性じようを誰すい何かしてきた。

「ユスベル帝国竜騎士ドラグーン育成部隊一年。現在は天駆ける矢ロツコ・ソプラノに所属している竜騎士ドラグーン候補生ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーです」

「すっ、ストライカーだと……!?」

 子爵はロベールの家名を聞いて驚いている。ストライカー侯こう爵しやくの名前は帝国だけではなく、ハイヘルネン王国にまで届いているようだ。

「砦を襲おそっている貴方の所の兵士を引かせてください。私は、そのために来たのですから」

「…………」

 逃げ切れるはずもないこの状況下でも逃げ道を探しているのか、ラジュオール子爵は瞳を揺らしながらも考えていた。

「子供の指を一本ずつ切り落とせ!」

「止めてくれ!!」

 非人道的と言われようとも、やらなくてはいけないことは絶対にやる。子爵を傷つけても好転しないなら、攻撃の矛ほこ先さきを子供に向けるしかない。子爵はあっさりと折れた。

「わっ、分かった。すぐに兵を引かせる。だから、家族に乱暴はしないでくれ」

「貴方が本当のことを言っている限り、私はその約束を守りましょう」

 子爵から言質をとったところで、空を飛んでいる仲間の竜騎士ドラグーンに合図を送った。

 自分たちのことで精せいいっぱいだったため分からなかったが、竜騎士ドラグーンも二騎落とされていた。

 乗っていた竜騎士ドラグーンは二人とも即死だったそうだ。

 火の手が収まり始めた中庭に、フォポールやアシュリーをはじめとした爆撃隊や輸送する竜騎士ドラグーンまで全て降りてきた。

「お疲れ様です、ロベール様」

「ありがとう」

 フォポールから労ねぎらいの言葉をもらい、疲れた笑顔で答える。そのフォポールの顔は疲労の色が濃い。アシュリーや他の竜騎士ドラグーンも、皆似たり寄ったりな姿になっていた。

 地上の部隊も酷ひどい有様だったが、空は空で次々と飛んでくるドラゴンをいなしながらの待機だったので、凄まじい状況だったのだろう。

「全員、集まりました!」

「よくやってくれた」

 命を落とした仲間も、漏れなく連れて帰る。屋根に落ちていた竜騎士ドラグーンを下ろすのに苦労したそうだが、子爵の兵士が手伝ってくれたので比較的早く下すことが出来たようだ。

 そして、あの時、先へ行けと言った兵士は何本もの矢を体に受けて死んでいたそうだ。数本だが切られた矢があったことから、最後まで抵抗したことがわかる。

 今は矢が綺麗に抜かれて、中庭に横たえてある。

「よし、撤てつ退たいだ」

 全員が落ちないようにしながら、割り振られたドラゴンへ分乗する。

「そちらが、我々の安全を保障してくれる限り、我々もまた子爵とそのご子息の安全を保障しましょう」

「おっ、おい! 私をどこへ連れて行く気だ!」

 まさか、ここで全てできると思っていたのか、子爵は驚きの声を上げた。

「砦では、もうすぐ戦闘が始まります。今すぐ戦場へ赴おもむき、そちらで今回の戦争の終了宣言を行うと共に、捕虜の解放を行います」

 連れていくのは、子爵とその子供だ。ヴィリアに振り回されて気絶していた夫人はここへ置いていくことにした。

 子爵を別の竜騎士ドラグーンに任せて、ヴィリアの元に戻ると特に何も言わずに鼻頭を俺の腹にこすりつけてきた。

「大丈夫か?」

 俺が聞くと、ヴィリアは心配するなといった様子で笑った。

「全員、ドラゴンに乗れ!」

 ヴィリアに跨り、他の竜騎士ドラグーンたちがドラゴンに跨またがるのを待っていると、歳としがいったメイドが暖かそうな毛布を手に飛び出してきた。その中に武器が隠されていると思ったヴィリアはメイドを握り潰そうと摑む。

「これはただの毛布よ! ドラゴンのくせに何ビビッてんだい!!」

 ドラゴンに摑まれているにも関わらず、メイドは豪ごう胆たんなのか悲鳴を上げることなくヴィリアに喝かつを入れた。その怒鳴り声にビビったわけではないだろうが、ヴィリアは反射的にそのメイドを離した。

「この毛布を子爵様と子供たちへ持っていきたいのですが……」

「武器は入っていないな?」

「もちろんです。検あらためてください」

「いや、いい。持って行ってあげなさい」

 メイドは持っていた毛布を子爵と子供に被かぶせると、その様子を心配そうに見ていた使用人たちの中から若いメイドを呼び出した。

 この騒ぎで着替えることもできずにいたのだろう。メイドは寝間着姿だった。

「子爵様の子供たちのお世話をしている者です。短期間であれど、慣れない捕虜生活でお心を壊しています可能性があります。そうならないためにも、仲が良く慣れているこのメイドを連れて行っていただけないでしょうか?」

 歳がいったメイドの言葉に、寝間着姿のメイドは青せい天てんの霹へき靂れきと言った様子で、俺と年かさのメイドを交互に見ている。

「かまわん。だが、時間をかけることはできない。乗れ」

 これも時間稼ぎの一環である可能性が否定できない状況なので、急いでメイドをドラゴンに乗せた。

 メイドは子爵の子供たちの子守り役のはずなのに、それほどいい待たい遇ぐうを受けていないのか、空へ上がるのにもかかわらず薄い毛布を渡されただけだった。

「もし来るのであれば、そちらは空が明けてから飛べ。守られなかった場合は、先の言った通りになると覚えておけ」

 悔しそうに歯は嚙がみする子爵の兵から視線を外し、空へ上がった。

 予定とは違った場所に子爵がいたせいで、多くの兵を失ってしまった。仲間の死体を確保できたのは良かったが、もっと上う手まくできたかもしれない、と思うとどうしようもないやるせなさが募つのっていく。

 しかし──これでやっと戦いが終わるのだ。


     □


 明け始めた空を見上げながら、ロベリオン第二皇子は白い息を吐いた。

「ロベールは、本当に来るだろうか?」

 目の前、丘の下にはすでにユスベル帝国軍が布陣し、ラジュオール子爵軍と睨み合っている。

 夜が完全に明けると共に、互いに戦争を開始する口上を述のべて戦が始まる。そして、日が沈むと共に、今日の戦は終了となる。

 決定打が出るまでその繰くり返かえしだ。酷ひどい時は、無駄に兵を減へらす泥沼へと陥おちいる。

「どうでしょうね? 戦争末期でもあるまいに、子爵邸まで乗り込んで子爵を捕ほ虜りよとして連れてくるなんて危険な真ま似ね、今まで聞いたことありません」

 ルーディーは、ロベリオン第二皇子よりロベールの考えに否定的なのか、かなり冷めた様子で答えた。

「だが、ロベールならやってくれそうだ、と思うのは気のせいかな?」

「信じきれるなら、本当でしょう。しかし、信じきれないなら気のせいです」

「冷さめてるねぇ」

 そう笑いながら、ロベリオン第二皇子は出された朝食を食べ始めた。後方とはいえ、戦場でありながらフレンチのフルコースのような豪華な料理がロベリオン第二皇子とルーディーの前に並べられた。

「しかし、ロベールが戻ってきたらお父上も元気になられるかもしれない」

「そうですね。いち帝国民として皇帝陛下のご回復を祈り続けるだけです」

 ルーディーも朝食を食べようとしたとき、戦場が俄にわかに騒がしくなり始めた。

「もう始まったのか? 少し早い気が──」

「いえ、ロベリオン皇子の願いが届いたようですよ」

 興味がないように呟つぶやきながら朝食をとるロベリオン第二皇子とは違い、単眼鏡で戦場を見たルーディーは少し笑いながら言った。

「どうした?」

「白旗を上げながら飛ぶドラゴンが、ハイヘルネン王国側から飛んできています」

「へぇ?」

 口角を上げて、ロベリオン第二皇子は笑った。


     □


 空が紫色に染まり始め、日の出が近いことを知らせている。

 寒さが酷いが落伍者は出ていない──が、子爵領を出る時は何とかもっていた兵士が、失血とこの寒すぎる悪環境のせいで命を落としてしまった。

 今は高度を落としているというのに、一日で一番寒い時間が災わざわいして怪け我が人にんの体力を容よう赦しやなく奪うばっている。

 子爵も唇くちびるを紫色に染め、歯の根をガチガチと震わせている。その子供たちも毛布だけで寒いのか、泣き始めてしまったので俺の毛布を貸してやる。

 初めは仲間に止められたが、見ていられなかったうえに捕ほ虜りよ虐ぎやく待たいと言われては後味が悪い。

 それに、ヴィリアは発熱しているので、あまり薄着にならなければ何とかなる。だから、今はミーシャと二人で一枚の毛布を羽は織おっている。

 いつの間にか、ミーシャが俺の後ろ、ミナとの間に無理やり挟はさまって来たのだ。

「発光信号確認!」

 隣を飛んでいる竜騎士ドラグーンから報告が入った。空が紫色に染まり始めているので見み辛づらいが、前方にカンテラの発光信号が確認できる。

 単純ではあるが発光にリズムをつけることで、状況を確認できるようにしている。

 その信号によれば、砦前ではまだ戦闘は開始されていないようだ。間に合ったという安あん堵ど感かんが身を包む。

 報告を受け取り、腕を上げると同時にヴィリアを嘶いななかせた。これで広がって飛行している仲間を、声が通じる距離まで呼び寄せることができる。


 全騎が寄って来たことを確認して、大声を出す。

「これより、戦闘領域に入る! 密集陣形を取りつつ各自警戒を厳にし、無用な戦闘行動は控ひかえるように!」

 風切り音が酷いが、確かに全員から了の声が聞こえた。それと同時に、先ほどよりドラゴン同士の距離が一気に縮ちぢんだ。

 周囲に対し距離に注意する必要が大幅にましたが、これだけ密集していれば咄とつ嗟さの命令も伝わりやすく、視野も広くなるので報告もし易やすくなる。

 仲間全体に命令がいきわたったのを確認していると、後ろから腰ヒモが引かれた。

 このヒモは竜騎士ドラグーン同士で戦闘をする時に使う、大長槍の落下防止用紐リユーシユコードだ。ただ落下をさせないことだけを考えたリューシュコードは荒縄で作ってあり、丈夫すぎるために万が一ドラゴンに引っかけてしまった時は大事故になるが、今回に限ってはその丈夫さを利用して後ろに乗せているミーシャと俺をつなぐための安全帯の役割を果たしている。

「どうした?」

 少しだけ後ろを向いて聞くと、ミーシャは俺の方に腕を乗せながら前方を指さした。

「ずーっと先に、ドラゴンが飛んできてる」

「飛んでるか……」

 ミーシャの指さす方向を凝視するが、夜明けといっても暗いのでその姿は見えない。そもそも、昼間であっても俺とミーシャとでは視力が違うだろうから、たぶん見えないと思うが。

 重量軽減のために最低限の装備しか持ってきていないので、普段使っている単眼鏡も持ってきていないことが悔くやまれた。

「全員に通達! 前方から所属不明の竜騎士ドラグーンが接近中! 所属判別のために、二騎が先行して確認して来い! 敵の場合は、すぐに白旗をあげろ! 戦闘だけは絶対にするな!」

 命令を受けた、俺の前を飛ぶ竜騎士ドラグーンが先行した。そしてすぐに、隣を飛ぶ竜騎士ドラグーンが速度を上げ、俺の前を固める。即席部隊でありながら、よどみない動きだった。

 先行した竜騎士ドラグーンは、すぐに白旗を上げた。どうやら、敵の竜騎士ドラグーンだったようだ。


     □


「ご乗車いただき、ありがとうございます。お忘れ物などございませぬように、お降りください」

 寒さと長時間ドラゴンに跨っていたことに加え、尻ケツを怪我しているためにフラフラと頼りなく歩くラジュオール子爵に対し、できるだけ笑顔で話しかけた。

 だが、忌いま々いましそうな顔で睨みつけられてしまった。せっかく、子爵をおもんばかって声をかけたというのに、意味が分からんな。

「子爵様!?」

「これはいったい!?」

 俺の姿を確認したロベリオン第二皇子は、ラジュオール子爵軍へ向けて停戦の手紙を出していたようだった。先ほどの、二騎の敵竜騎士ドラグーンのお陰もあり、安全に戦場のど真ん中へ降りることが出来た。

 そして、今驚いているのはラジュオール子爵軍の総指揮官のエルクン騎馬騎士長とその部下だ。二人とも、この場にいるはずない、来るはずもない人物が敵国ユスベル帝国の竜騎士ドラグーンが駆るドラゴンに乗って来たことに驚きよう愕がくしている。

「見ての通り、そちらはラジュオール子爵という総大将を捕らえられたことにより、敗北となりました。ここで行われるのは、戦争ではなく戦後処理のお話合いです。それと共に、ラジュオール子爵という捕虜を解放するための身代金の相談となります」

 俺の発言に、エルクン騎馬騎士長たちは開いた口がふさがらないのか、酸さん欠けつ気味の魚のように口を開閉している。

「色々と聞きたいこともあるかもしれませんが、先走る兵士が絶対に出ないように、停戦の命令を出してください」

 戦争が終わっているにもかかわらず、死人が出るなんて笑えない。もうこれ以上、人死にはごめんだ。

「それでは、戦後処理を始めましょう──」