ミーシャの首に巻かれたネックレスは、ギリースーツの中に潜もぐり込こんでしまっている。似合うかと言われても、そのネックレスが見えないので何とも言えなかった。

 しかし、ミーシャは気にした様子もなく、ネックレス以外にも次々とお土産の物色を始めた。

 一人一点までとは言っていなかったので、どんどんとお土産を漁るミーシャにあてられてか、仲間の蛮族たちも近づいてきている。ここらで最後の発はつ破ぱをかけるとするか。

「皆さん、どうぞ見て行ってください。自身を着飾るためだけではなく、プレゼントとしても最適ですよ。奥様への愛情の現れとして、好きな人への告白のプレゼントとしても使えるものがたくさんあります!」

 目もく論ろ見みは成功したようで、すぐに駆け寄って来てミーシャと同じようにお土産を漁り出した。

「アバス! ここはもう大丈夫だ。一いつ旦たん、空うえにあがって、待っている皆に言ってくれ」

「分かった。伝えたら、俺はすぐにここへ戻ってくればいいな?」

「あぁ、頼む」

 土産に気を取られているため、彼らが俺へ直接何かする可能性は少ないと判断したアバスは、俺の命令を素直に受けた。

 蛮族たちはドラゴンへ乗るアバスに少し視線を向けたが、脅きよう威い度どが低いと判断したのか、すぐにお土産選びを再開した。


     □


 空で待機している仲間に連絡をしに行ったアバスが戻ってくるのを待ち、俺たちは蛮族の住処すみかへと案内してもらった。

 蛮族の家はテントといった移動し易やすいものだと思っていたが、ほぼ全てがきちんと木で組まれた家だった。木の上にあったり、高床式のように床が高くなっているのは雨が多いからだけではなく、屋内に侵入してくる虫を少なくするためでもあるらしい。

 だというのにもかかわらず、足がムズムズするなと思いそちらを見ると、大きなムカデが足を這はっていた。驚き声を上げてしまったことで、ヴィリアが即そくキレてしまい、なだめるのが大変だった。

 そんな問題が多い族長の家で、俺とアバスは歓迎の酒を振る舞ってもらっている。


「ゲフッ……」

 もう一杯、など口が裂さけても言えない、独特の発はつ酵こう臭しゆうがある山羊の乳の香りが口いっぱいに広がる。しかも、この中には山羊の血も入れてあるので臭さが二乗になっている。前世で飲んだ山羊の乳にゆう酒しゆは臭みが全然なかったので油断していた。

 隣に座っているアバスなんて、ひと舐なめしただけでグロッキー状態だ。酒に弱いわけじゃないので、臭みの問題だろう。

「よぉ、ロベール。飲んでるか?」

 能天気な声をかけてきたのは、会話のきっかけを作ってくれたミーシャだ。年齢は俺より一つ上の一四歳らしいが、その根こん拠きよはあやふやだ。

 今はギリースーツを脱ぬぎ、顔に塗られたドーランも落としているので、あの日、河原かわらで会った時と同じ格好をしている。

「お代わり飲むか? 友ゆう誼ぎを結びに来たんだから、あたしたちはどんどん酒を飲ませることができるぞ!」

「おっ、おう……。あまり飲んだことが無い酒だから、今回は様子見でいいや」

「そうか? 蛮族のくせに遠慮がちだな!」

 彼らが飲む酒は乳酒のみらしい。さっきミーシャが言った「酒をどんどん飲ませる」というのは。数少ない乳酒をたくさん飲ませるくらい歓迎している、ということだ。

 あと、血が入っているのは、大切な家畜を俺らの歓迎のために潰つぶしているからだそうだ。これはかなり歓迎してくれていると見て間違いないだろう。

「蛮族の客人よ。山羊の血入り乳酒は気に入ってもらえたか?」

 ミーシャに続いて部屋に入って来たのは、四〇代後半くらいの男性だ。ただし、ストレスが多いだろう山の中ですごしているので、実際はもう少し若いのかもしれない。

「えぇ。癖くせがありますが、初めて飲む味で楽しませてもらっています」

「それは良かった。昔、蛮族の貴族という奴に飲ませたところ『こんな腐くさったものが飲めるか』といってコップを投げつけてきたのでな」

「へっ、へぇ~……」

 貴族が飲んでいるワインも、いってしまえば腐っているんだけどな。まぁ、人にとって利り益えきがあるものを発はつ酵こう。無ないものを腐ふ敗はいと言うんだから、文化によりけりだけどさ。

 その貴族は、遭そう難なんしてここへたどり着いたそうだが、そんなやり取りがあったので、蛮族の手で再び奥地へ遭難させられたらしい。

 助けてもらった恩人に対してその対応。貴族に対して何のフォローもできませんわ。

「申し遅れたが、俺は深き森の監視者であり草原の支配者であるダルエナの子であり、この大鹿ゴナーシヤ族の族長のラガックだ。こいつについてはもう知っていると思うから紹介を省はぶかせてもらうが、客人二人の世話をするように言いつけてある」

 長い紹介をしてもらった。ミーシャも深き森の云々と言っていたが、自己紹介の時は毎回言うのだろうか?

「ゴナーシャとは、ダルエナの駆かる大おお鹿じかのことだ。我々は昔から森を見つめる部族として生を受け、そして今まですごしてきた。その間、何度もお前たち蛮族と戦ってきたが、そちらから友誼を結びに来たのは大変喜ばしいことだ」

「それについては、私としても歓迎すべき事柄です。皆様が話の分かる人間で本当に良かった。改めて自己紹介をさせていただきます。私の名前は、ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカー。ユスベル帝国竜騎士ドラグーン育成学校に所属する貴族です」

 胸に手を当てて恭うやうやしくお辞じ儀ぎをする。床に座っているので、お辞儀とはいっても腰から上だけを曲げる簡単なものだが。

「そして、こちらが同じ学び舎やですごしているアバスです。剣技は我々の中でも群ぐんを抜いており、現役の騎士にも引けをとらぬ達人です」

 俺の紹介に、特に何もいうことなくアバスはお辞儀をした。やや話を盛もった紹介だったが、部族長のラガックに興味を持たせることができたので良しとするか。

「なるほど。私は学校というものをよく知らないが、子供を集めて知恵を与える場所だということは知っている。二人とも真ま面じ目めな大人から真面目な生き方を教えてもらっているようだな」

「学校とは、大人になるために必要な知識を教わるところですからね。ただ、世の中の理ことわりを曲げることはできず、良い奴もいれば悪い奴もいます」

「大人になるのに、何で誰かから教わらないといけないんだ? 生きるために必要なことは、森が全部教えてくれるだろ?」

 ミーシャが心底不ふ思し議ぎそうに聞いてきた。自然と共に生きる部族ならではの考え方だろう。

「一〇年かかって覚えるのが一年ですめば、残りの九年は別のことに使えるだろ? 人間の寿命は短い。ならば、早く一人前になるに越こしたことはない」

「う~……。お前の住んでいるところは、息苦しそうだな」

「息苦しいかもしれないけど、その代わり楽しいことがたくさんある。店がたくさんあるし、面白い見み世せ物ものもある。稼かせいだ金で、仲間とどんちゃん騒ぎをしても楽しい」

 息苦しいと感じる人間はいるかもしれないが、俺はそうは思わない。前世に比べたらだいぶゆったりとした空気が流れているからだ。

 すると、何が面白かったのか、俺とミーシャの会話を黙って聞いていたラガックが突然笑いだした。

「ハッハッハッ! なるほど。では、お前は知識を与えられたから、その歳としで我々と友誼を結びに来たということか?」

 見けん当とう違ちがいのことで笑うラガックに、小さな笑いが出てしまった。その程度のことしか想像つかないのか、と。

「その程度の打算で仲良くなるのであれば、適当な土産を部下に持たせて貴方たちに渡し、とっとと帰らせていますよ」

 飲んでいたコップに、新たに乳酒を注ついだものをラガックに渡した。

「こう見えて私は部隊を──兵士を大量に抱える隊長をしています。私がいなくなれば、頭を失った部隊は立ちいかなくなります。そんな私が、今まで交流がなかったここへ訪れ、このように貴方と会話をしている。族長である貴方なら、これがどれほどのことか分かりますよね?」

 ラガックは、俺の言葉を嚙かみ砕くだくかのように、目を瞑つむって黙考した。そして、すぐに怪しすぎるくらいの満面の笑顔となり、俺が渡した乳酒を一気に飲み干した。

「そうだな。確かに、頭がこのように危険を冒おかしてまで来たんだ、我々はそれに応えねばならん。それと共に、お前が何を思ってここへ来たのかも聞かねばならん」

「私の願いは、今回の我々の戦争には手を出さないでほしいというだけです。我々と他国の戦争は、ここにいる皆さんには関係のない話です。騒がしくなってしまいますが、出張って来てもらっては困るので」

「それだけか?」

「ここへ来た当初の目的としては、これだけです」

 背中を討うたないでくれ、とそれだけを言うために土産を持って、わざわざ自分のところまで来たのか、と言いたげな表情から一転し、含ふくみのある俺の言葉を聞くと睨にらみをきかせた凄すごみのある顔となった。

「場合によっては、持ってきた土産を持って帰ってもらうことになるなぁ……」

「皆様に喜んでもらっているようですが、何かお気に召めさない物でもありましたか?」

 おかしなことを言ってきた場合は、持ってきたお土産ごと放ほうり出す。そんなことを回りくどく言うラガックに、何を言っているのか分かっていない体ていで返した。

 持ってきた宝石類は、万が一のために持ってきた逃走資金の一部だが、返してもらわなくても俺はそれほど困ることはない。

「フン。お前たちに返すために、他の奴らに渡った物を集めさせるなど造作もない。お前たちはそれで我々が分裂するとでも思っているのか? ならば、お前らは我々を舐めすぎだ。その程度で、我々が散ちり散ぢりになると思うなよ?」

「何を勘違いなさっているのか分かりませんが、お渡しした土産を『返せ』などと言うはずがありません。あれは、皆さまへのご挨拶と共に先ほどのお願いの対たい価かとなります」

 こいつは何を要求するのか、と訝いぶかしむラガックに、俺は気難しい相手用の営業スマイルを前面に押し出した。

 こういった手合いは、自分の仲間を護ることを第一に考えている。そんな相手に対して、俺のような裏の考えがある口調で言っては、怪しまれて断られるのが関の山だ。

 それに、もし散り散りにするのが目的であれば、ここで重要になるのは話についていけずに間抜け面を晒さらしているミーシャだろう。彼女をこちらへ引き入れ、外の世界がどれほど面白いか教え込めば、そこから徐々に部族の全員に感染していくだろう。

「そこで相談なのですが──」

 砦の救助作戦とは違う、別の俺が受け持つことになっている作戦を進めるのに、大鹿ゴナーシヤの身体能力が欲しい。

 彼らにも損は無い──特にミーシャが興味を持ってもらえるように話を始めた。


 ラガックとの会談の後に、大鹿ゴナーシヤの面々から歓迎会を開いてもらい、野や趣しゆあふれる料理の数々を食べた。

 外とあまり交流がないのか調味料といった物がなく、供されたほとんどの料理が塩味で、残りの少しが骨からとったダシや香草の香りがついている物だった。

 外に興味を持ってもらうために、調味料の一つや二つ持って来ればよかった。これは今後の土産リストに付け加えておこうと思う。


     □


「よーし。大体集まったな」

「ハッ! 天駆ける矢ロツコ・ソプラノロベール隊所属竜騎士ドラグーン全二六人中警備六名を除のぞく二〇人、及および騎馬騎士兵三〇人、ロベール様の命により集まりました」

 背筋を伸ばし、敬礼しながら元気よく報告してくれたのは、ロベリオン第二皇子が振り分けてくれた竜騎士ドラグーンの一人だ。

 天駆ける矢ロツコ・ソプラノは、竜騎士ドラグーンと騎馬騎士が部隊として行動することを目的とされている。

 ラジュオール子爵邸襲撃の話をロベリオン第二皇子にすると、天駆ける矢ロツコ・ソプラノのコンセプトと合がつ致ちしているので、喜んで兵士を貸し出してくれた。

 ただし、攻撃目標は相手の領地ではなく、その中ちゆう枢すうであるラジュオール子し爵しやく邸ていだ。そこへ少人数で襲撃するという危険な内容に、ロベリオン第二皇子とルーディーは俺の頭がおかしくなったのか、と思ったようだが、俺の目的を達するためには、これくらいインパクトがあることをやらないといけない。

 それに、死ぬ気などさらさらない。成功させるために、仲間を増やしているのだから。

「ありがとう。──では、集まってもらって早々で申し訳ないが、新しく我が隊に組み込まれることとなった隊員の紹介をさせてもらう」

 そう言い、後ろに控ひかえさせていたミーシャたち、大鹿ゴナーシヤから連れてきた三人を紹介する。

「右から、ミーシャ、ララークル、モナークだ。彼らは森の民として狭せまい場所でも素早く動くことができる。今回の任務にも必ずいい結果を出してくれると思っている」

 ミーシャたちには、お辞儀や敬けい礼れいの習慣がないのか、それとも蛮族と思っている俺たちに対してそのようなことをする気がないのか、全員が胸を張って俺からの紹介を受けるだけだった。

 その態度に、竜騎士ドラグーンたちの彼らを見る視線が一層強くなった。

「隊長。一つ質問をよろしいでしょうか?」

「許可する」

「ありがとうございます。率そつ直ちよくに聞きますが、蛮族が──」

「ちょっと待て」

 話を一時止め、ここに居る全員の耳に届くように大きく息を吸い込んだ。

「──いいか皆! 今後、彼らを蛮族と呼称することを禁止する。彼らは今日から我々の仲間だ。仲間には敬意を払うように! そして、大鹿ゴナーシヤの皆も同じことだ。良いな?」

 俺の部隊はすぐに頷いたが、大鹿ゴナーシヤのメンツに確認を取ると、男二人は不ふ承しよう不ぶ承しようといった様子で鼻をならすだけだった。

 それを見た天駆ける矢ロツコ・ソプラノの学生数名が怒鳴ろうとしたが、他の仲間に宥なだめられることで大騒ぎになることはなかった。

「んじゃ、続きを」

「はっ、はい。率直に聞きますが、彼らがなぜ我々の部隊に編入されるのでしょうか?」

「先も言ったように、彼らは狭い場所での戦闘に慣れている。ここにいる選び抜かれた皆が弱いといっているわけではく、今回の作戦は砦防衛戦の要かなめであり、絶対に成功させなければならないからだ。作戦を成功させるため、絶対を超こえる成功確率で挑いどまなければいけない。そのための人員補ほ充じゆうだ」

「では、彼らは傭よう兵へいの区分になるのでしょうか?」

「そうだ。だからといって蔑ないがしろにしていいというわけではないからな」

 大鹿ゴナーシヤの部族長であるラガックにしたお願いとは、何名か傭兵として貸してもらうことだった。

 竜騎士ドラグーンは元々白兵戦が苦手だ。そこで、騎馬騎士や歩兵から室内戦ができる人間を貸してもらったのだが、それでも専門に訓練していたわけではないので心配だった。

 そこで、新しく来てくれたミーシャたちだ。彼女たちは山に住む者として、木々が生い茂る狭い山中で戦うことを得意としている。勝手は違うが、屋内でも問題なく戦えると言っていたので、希望者だけ傭兵として来てもらった。すると予想通り、好奇心が強いミーシャが一番初めに手を挙げている。

 なぜ大鹿ゴナーシヤの面々を傭兵として連れてきたのか、という説明をすると、竜騎士ドラグーンの皆は理解を示した。しかし、騎馬騎士たちは反感があるようだ。白兵戦が苦手な竜騎士ドラグーンの代わりに、子爵邸を襲撃する大役を任まかされたのにもかかわらず、突然蛮族と肩を並べて戦わなければいけなくなったのだ。色々と思うことがあるのだろう。

「天駆ける矢ロツコ・ソプラノの中でも、我々が若い騎士や兵士で構成される理由が分かる者がいるか?」

 突然の俺の問いに、誰もが顔を見合わせた。

 現在、ユスベル帝国で特殊戦を担う兵士のボリュームゾーンは、二〇代半ばから三〇代前半だ。体力が落ち始める年齢だが、その代わり技術と経験がある。

 実際の戦闘では、若い兵士にある突破力というのはないが、通常の戦闘の他に伏ふく兵へいや誘さそい出しといった搦からめ手ができる兵士が多い。

 今回のように敵将の邸宅を襲撃するのであれば、与えられた任務を遂すい行こうするだけでなく個々が自ら考え行動できる、その年齢層が使われるのが普通だ。しかし、今ここに居るのは学生といえる──実際に一部は候補生──年齢から二〇代前半といったかなり若い兵士が多い。

「今後、我々が行う作戦は特殊性、秘ひ匿とく性共に高いものとなる可能性がある。多くの戦術を知っている方が将として、兵士として安心だろうが、それだけでは命令を正しく遂行することはできない。私が目指すのは皇帝陛下から下される命令を、帝国が有する総戦力以上の結果を、我々だけで出すことができる兵士となることだ!」

 拳を強く握りしめ、一人一人の目をしっかりと見つめながら聞かせる。

「そのため、若い──今まさにここにいる全員と同じ年齢から、清せい濁だく併あわせ呑のむ深き度量をもって作戦に柔軟に対応しなければならない! 我々の存在は時として疎うとまれることがあるかもしれない! どれだけ国に貢献しようと、秘匿性の高さから表ざたになることなく、我々が支援した部隊が表彰されるかもしれない! その度たびに、悔くやしい思いをするかもしれない!」

 悔しさを前面に出すために、声を震わせる。竜騎士ドラグーン、騎馬騎士兵共にそういった思いをしたことがあるのか、数名悔しそうに頷いている。

「しかし、これだけは覚えておいてほしい。最後に帝国を窮きゆう地ちから救い出すことが出来るのは、この部隊の存在意義を理解し、一人ひとりが部隊のために貢献できるようになった、未来の、今ここにいる君たち全員だということを!!!!」

 熱く、叫ぶように語った後に、一拍分の呼吸の間を置き全員の反応を見る。

 多くが俺の演説に飲まれて顔を紅こう潮ちようさせている。自分たちが今どこにいるのか。これから、どれほどのことを成なし遂とげようとしているのか、が理解できたようだ。

 しかし、残る一部は、話が大きくなりすぎて理解が追いついていなかった。

 もっと分かりやすく嚙かみ砕くだいて言わなければいけない。

「我々だけが、この戦争を早期終結させることができる。我々が失敗すれば、死ななくてもよかった者たちが死ぬ。無駄に、だ」

 もちろん、俺たちが失敗しても戦争は継続される。勝つか負けるかは分からないが、いつも通りの戦争が始まり、そして終わるだろう。

 残る結果は、馬鹿が馬鹿な作戦を始めて無駄に兵士を死なせた、という事実だけだ。

「我々のことは、皇帝陛下も注目されている。そうでなければ、これほどの大役を任せてもらえるわけがない。この作戦が成功した暁あかつきには、皇帝陛下より言葉もいただけるだろう」

 今度こそ、全員の口から驚きの声が上がった。

 やはり、皇帝陛下パワーは凄いな。

「我々の名を、帝国の歴史に刻きざむぞ! 良いな!!」

 それほど多くない人数にもかかわらず、地響きをさせるような返事をされた。

 解散の号を出すと、兵士たちは元気よく散ちっていった。士気はウナギ上りで、先ほどまでの殺気だった雰囲気が霧む散さんし、残るのは兵士たちが発していた熱だけとなった。

 お陰で大鹿ゴナーシヤのことは、何とか有う耶や無む耶やにできた。当分の間は、彼らの態度が悪くとも我慢してくれるだろう。

「待たせて悪かったな。今回の作戦について君たちの役割分断と、支払われる賃金についてしっかりと話し合おう」

 帝国人ではなくとも、これから俺たちは共に行動するのだから、いちいちこんな風に喧けん嘩かしてもらっては困る。賃金の話し合いと共に今後問題を起こさないように、彼らともきちっと話し合いをしなくてはいけない。


     □


 砦の救援のために皇都を出発した部隊、その数二千余名が砦前の草原に到着したという報ほうが届いたのは、昨日の夕方のことだ。

 敵──ラジュオール子爵の兵士は砦の東まえではなく、北の方へ陣を移しており砦と帝国軍に挟まれないようにしているそうだ。

 俺が兵士を焼いたからか、それとも増援が来るということを知ってか分からないが、ラジュオール子爵軍の他にオルター男爵家から借りてきたと思われる兵士も混在していた。

 電話などないこの世界では、情報のやり取りは面倒臭く遅い。なので、ある程度予定を立てて動き出さないといけない。

 つまり、皇都から来た救援部隊が砦前の平原に到着した瞬間から、俺たちの作戦は始まる。

 それまでの俺たちは訓練に次つぐ訓練の日々に明け暮れていた。とはいうものの、辺境の資材が少ないインベート準男爵家では、室内戦を想定したスケルトンハウスを作ることができず、ドラゴンにおいても作戦開始まで日数がないため、激しい訓練ができないでいた。

 そのため、簡単な骨組みにパラシュートの残りの布を暖の簾れんのようにかけ、簡かん易いのスケルトンハウス擬もどきとして室内戦を想定した訓練をしている。ドラゴンに至いたっては、イメージトレーニングのみだ。

 模擬戦の方法は簡単だ。ラジュオール子爵邸の見取り図を見ながら、突入方法をまとめているだけ。

 この子爵邸見取り図は、ラジュオール子爵の屋敷に出入りする商人に聞きながら描いたものだ。所属している商会は隣国のハイヘルネン王国にあるが、たまたまユスベル帝国へ来ているところを捕ほ縛ばくし、聞きだした。

 この商人は過去に、ラジュオール子爵の屋敷に行ったことがある、と自慢していたのをマフェスト商会の商人が覚えていたからできた情報収集だ。

 この情報がなかったとしても、貴族の屋敷でそこの当主がどこにいるのかはだいたい決まっているそうだが、確証もなしに部隊の人間を送り込むわけにはいかなかった。

 突入方法については、第一に四組のバディを組んだ竜騎士ドラグーンの一騎目が、油あぶら壺つぼをラジュオール子爵邸を囲うように投下する。それを炎が吐けるドラゴンを所有する竜騎士ドラグーンが、火を点つけながら追いかけていく。

 次に突入部隊だ。俺、ミナ、アバスを含む騎馬騎士を主力とした部隊だ。

 こちらは、各ドラゴンに三人ほど分乗し、割り当てられた階層へ突入し、目標の捜索と捕縛をする手はずとなっている。

 突入方法がドラゴンに窓や壁を壊させて突入するという荒々しい方法なので、突入に時間がかからないように、また狭い廊下で団だん子ごにならないように人数は一八人と貴族の屋敷を襲うには心こころ許もとない人数となっている。

 最後は回収部隊だ。こちらは、突入部隊を乗せてきた竜騎士ドラグーンが担当する。予定では、ラジュオール子爵を盾にするつもりなので攻撃される心配はないと思うが、そのことが伝わっていなかった場合は殺される確率が高い。危険な仕事であるには変わりない。

 全員が作戦内容を理解していることを確認して、本日の訓練は終了となった。

「場は整った。では、今夕作戦を開始する」

 威い勢せいの良い返事の後、各々が作戦開始まで休息をとることとなった。