俺が、ロベリオン第二皇子が新しん設せつした、天駆ける矢ロツコ・ソプラノと言う部隊の幹かん部ぶとして取り上げられてから一週間がすぎた。

 この一週間で状況は目まぐるしく動いている。

 まずは、騎馬騎士本部だ。こちらは上層部の人間が一新され、ほぼ新しい組織として動き始めた。その動きはまだ歪いびつではあったが、青年幹部たちがやる気のある人間で溢あふれているので、元通りになるのもそう時間はかからないと思われる。

 次に、俺が所属する天駆ける矢ロツコ・ソプラノ。ロベリオン第二皇子が組織したとはいえ、新設なのでそれほど人数がいない。しかし、ロベリオン第二皇子によって選ばれた騎馬騎士と竜騎士ドラグーンなので、誰も彼もがやる気に満ち溢れている。お陰かげで、普通にしている俺が浮いている気がする。

 そして、俺の現在の人生で一番の難なん関かんとも言えるストライカー侯こう爵しやく家けだ。ロベリオン第二皇子との会談後、侯爵家の遣つかいという男性が学校の寮りようまでやって来た。

 入いれ替かわっている件はすでに知っているようで、ロベールの部屋から出てきた俺を見ても驚くことなく、それどころか簡単に『殺す』ようなことを言って脅おどしてきた。

 しかし、ロベリオン第二皇子の時にした説明とは違い、ロベールから直接入れ替わりを命令されたこと、ロベリオン第二皇子の新設組織の幹部として呼ばれたこと、皇帝陛下に会うことになった──これは大げさに言っただけ──という話をすると、彼だけでは処理できない内容になったようで、監視を置いてストライカー侯爵家へ意見のお伺うかがいに帰ってしまった。

 監視している侯爵家の人間は、常に俺につかず離れずの距離を保たもっていたが、砦の救出作戦が始まると共にドラゴンに乗れない監視者は無意味な存在となってしまった。

 そして、俺が今どこにいるかと言うと……。


「ロベール様、お茶が入りました」

「ありがとう」

 インベート準じゆん男だん爵しやく領りように設営した最後方基地にある天幕の一つで、俺はミナが淹いれてくれたお茶を啜すすった。軍用天幕と同じで華はなやかさの欠片かけらもない、実用一いつ辺ぺん倒とうな陶とう器き製せいのカップに入れられたお茶は、普段とは違う漢かん方ぽう系けいの臭くさみを感じるお茶だった。

 見た目も紅というより黒っぽく、健康志向のお茶な感じがする。

「あまりお口に合いませんでしたか?」

 俺がカップの中に入っているお茶を見ていると、味が気に入らないので口が進まないと判断したミナが、本日の曇どん天てんの空のように顔を申し訳なさそうに曇くもらせた。

 ミナは、あの日から寮内謹きん慎しんを言い渡してあり、外出は一切禁止にした。しかし今回、砦とりでに詰める兵士の救出作戦始動により、一人でも戦力が欲しかった俺は、ミナに兵士として活躍してもらうために、アバスに紹介してもらった訓練場に放ほうり込んだ。

 作戦始動まで時間がなく、四日間というごく短期間の訓練しかできなかったが、ミナは学生時代に培つちかった全すべてを思い出し、再び物にするように必死に訓練をしていた。

 最悪なミスを犯してしまった、と自らを責せめているミナは、与えられた今回の任務が最後のチャンスだと思ったんだろう。まだ不安な部分は多く残っているが、俺が考えた作戦を遂すい行こうするには問題ない技量だと判断した。

「いや、初めて飲むお茶だから、味に驚いただけだ」

 味が悪いわけではないことを伝えると、ミナは嬉うれしそうにはにかんだ。

 聞けば、ここへ来る前に行った買い出しで、雑貨屋に寄ったときに買ったお茶だそうだ。そこの店主が言うには、風か邪ぜをひきにくくし、体を温あたためる効果があるそうだ。

「アバスも飲むか?」

 俺の対面、地図を広げた簡易テーブルの向こう側に座るアバスに声をかけた。

「いや、いい。お茶はトイレを近くさせるし、そもそも俺は白さ湯ゆの方が好みだ」

 なんだか武ぶ士しっぽい──いや、武士っぽいというよりお爺じいちゃんっぽい返答が返ってきた。トイレが近くなるのは同感だが、飲み物には味があった方が良いと思う。

「しかし、明日明後日には攻め込むというのに、余あまり気き負おっている奴はいないんだな」

 外からは、俺の呼びかけに応こたえてくれた、候補生を含む竜騎士ドラグーンたちが騎馬騎士たちと共に笑い語り合っていた。

 耳に届く彼らの声は、今から戦争をしに行く、といった悲壮感が感じられず、普段通りの声色だった。

「緊張でガチガチになっているよりもマシだろう。それに、候補生といっても五年生や四年生の上級生だ。実戦にも駆り出されているし、卒業すれば晴はれて戦場へ旅立つことになる。俺たちよりも場数を踏んでいる分、力の抜きどころを心得ているんだろう」

 俺の感想に、アバスは彼らの態度が、さも当然といった感じで答えた。さすが、実家が騎馬騎士の一族で、幼い頃から戦場に立っているだけある言葉だった。

 ちなみに、竜騎士ドラグーン育成学校の一年生でここ──というか、戦争に参加するのは俺とアバスだけだ。なぜ一年生のアバスがいるのかというと、マシューでの出来事があったからだ。

 あの日守られた恩を、今返すと言われた時は焦あせった。初めは危ないから連れていくのは止よそうと思ったのだが、騎馬騎士本部のスパイの件があったので、身近にいる人間くらいは気心知れた仲間で固めたいと思った結果だ。

 今回の作戦は投下作戦とは違いかなり無茶をするので、情報の横流しをされたくない。

 なので、作戦は発動直前まで機き密みつとなっている。

 そういった意味でも、身内で周りを固めたいのだ。

 だが、これも杞き憂ゆうに終わりそうな印象がある。その理由は、先行して皇都を出発した騎馬騎士の部隊が、何の障害もなく砦の方へ進んでいるからだ。

 あの日、騎馬騎士本部で起きたクーデターによって膿うみの大部分は流れ出たのかもしれない。


「ロベール様、大変です!」

 膿は流れ出たから安心、と自身に言い聞かせていたら、ドラゴンの羽ばたき音がすると同時に、一人の竜騎士ドラグーンが転がるように俺の天幕へ駈かけ込こんで来た。

「どうした!?」

 ただならぬその様子に驚き、立ち上がった。ミナとアバスは手近に置いてあった剣を手に取り、不測の事態にいつでも対応できるようにしていた。

「蛮ばん族ぞくです! 蛮族が出ました!!」

「どこで!?」

「ここより、北へ二時間ほど飛んだところです! 蛮族と思われる集団が、山の中へ入っていくのを見ました!」

 砦へたどり着く理由となってしまった調査対象の蛮族が、ここへ来て再度現れたようだ。追いかければ見つからず、追わなければ出てくる面めん倒どう臭くさい相手だ。

 天幕へ駈け込んで来た竜騎士ドラグーンを落ち着かせ、俺はミナとアバスを引き連れて外へ出る。目の前には、先ほどの柔やわらかな雰ふん囲い気きなど全まつたくない、戦いくさ人びと然ぜんとした竜騎士ドラグーンたちが待っていた。

「戦闘は行われたか?」

 駆け込んで来た竜騎士ドラグーンは、単騎ではなくチームで警けい邏らしていた。目の前に立っている竜騎士ドラグーンの中に居るのだろう、と当たりをつけて適当に聞いた。

「いえ、警邏していた時に見つけただけです」

 たくさん集まっている竜騎士ドラグーンの中の一人が答えた。彼も同じく蛮族を見たようだ。

「こちらには来ていないんだな」

「はい。遠目で単眼鏡を使い確認したので、相手は我々に気付いていませんでした」

 良かった。蛮族がどれほど好戦的か分からないが、今ことを構かまえるわけにはいかない。

「彼らには用があるんだ。いい機会だから、この際会いに行くか」

 蛮族を見つけたという竜騎士ドラグーンのチームから案内役として一名選び、俺の班に組み込んだ。

「フォポールは、ここに残って他の竜騎士ドラグーンに指示を。まだ作戦開始まで時間があるから問題は無いと思うけど、何かあったら連絡を頼む」

「分かりました。決して無理をしないでください」

 フォポールはフィーノに言われて、インベート準男爵領を拠点として砦の様子を監視していたが、今回の作戦で彼は俺の部隊に組み込まれることとなった。

 この数日間でインベート準男爵とも仲が良くなったらしく、何かあった時には救きゆう援えんを出してもらえるように留守番をお願いした。


 蛮族を見たという竜騎士ドラグーンを先頭に飛ぶ。その後ろには、俺は元よりアバスや、蛮族調査から共に行動をするようになったアシュリーをはじめとして六騎の竜騎士ドラグーンがついている。

 見覚えのある景色が目の前に広がり始めたところで竜騎士ドラグーンが叫んだ。

「左方向に翼竜乗りワイバーンライダー!!」

 その声につられてすぐさま見るが、竜騎士ドラグーンが指さす方向には何も見当たらなかった。

「何もいないぞ! 本当にいたのか!?」

「はい! あのシルエットを竜騎士ドラグーンと見間違えることはありません!」

 砦を攻めている敵はドラゴンを使っている。この辺りでワイバーンを駆っているというなら蛮族の可能性が高いが、なかなか尻尾しつぽを摑つかませない存在なので本当なのか判断が難しい。

 考えていても仕方がないので、翼竜乗りワイバーンライダーを見たという場所の上空まで案内してもらう。

 そこは、うっそうと木々が生おい茂しげり、ドラゴンが降りられそうな所が見当たらない山だった。細身で体が軽いワイバーンであれば問題なく降りられそうではあったが、それでもかなりの腕前がないと辛い場所だ。

「俺とアバスで蛮族に会いに行く! 他は距離をあけて空中で待機しておいてくれ!」

 ドラゴンで降りたら飛び上がるのが大変そうな場所のため、降りるのは俺だけの方が良かったが、さすがに一人だと他の皆が煩うるさいと思ったのでアバスだけを連れていくことにした。

 他の理由としては、何かやる時はアバスであればこちらの味方をしてくれると思ったからだ。

「危険すぎます! フレサンジュはまだ候補生です! それに、そのような土産みやげを持っていくこと自体、私は反対です!」

 竜騎士ドラグーンの一人が言うと、一緒に来ている他の竜騎士ドラグーンも蛮族の危険性や、俺が持ってきた土産について反対する意見が出てきた。

 その土産というのは、これから砦を囲む敵と対たい峙じするときに、背後から蛮族が襲おそってこないように、騒がしくなるが手を出さないでくれ、とお願いするためのご機き嫌げん伺うかがいの品だ。

 蛮族の価値観が分からないのが問題だが、見た目からして高級だと分かる宝石や貴金属類だけではなく、塩えん蔵ぞうのベーコンや酒など生きていく上で必要な食料品も持ってきている。

「作戦を邪魔する場合は、皆殺しにすればいいだけです! 我ら天駆ける矢ロツコ・ソプラノの名を高めるいい機会です!」

 本気でそんなことを思っているのか、恐ろしいほど勇いさましい言葉を投げかけてくる隊員もいる。それが鼓舞させるための言葉であればいいのだが、仲間が勇ましいことを言っているので、こちらはさらに過激な言葉を言ってやろうという、若者特有の見栄が出で過すぎてしまっている。

「今回の作戦に参加する竜騎士ドラグーンは、全員がロベリオン第二皇子の創設した新設軍、天駆ける矢ロツコ・ソプラノの幹部や上級騎士になる──なれる可能性がある者だけ集めたつもりだ! 後先考えることをしない言葉しか出ない奴は、天駆ける矢ロツコ・ソプラノに必要ない!」

 ヒートアップし、手に負えなくなる前に冷や水を浴びせた。

 ストライカー侯爵という爵位に加えて、ロベリオン第二皇子から直接幹部になるように打だ診しんがあった俺の言葉には、彼らの騒ぎを止めるだけの効力があった。

 それに、特に彼らを自制させる力があったのが、天駆ける矢ロツコ・ソプラノの幹部や上級騎士になれる可能性がある、という言葉だろう。実際はそんな話は全く出ていないが、噓うそも方ほう便べんだ。

「ここには戦闘に来たんじゃない! 危なくなったら、すぐに助けを呼ぶつもりだから頼めるか?」

 冷静さを取り戻した皆は俺のお願いに、威い勢せいよく返事をした。


 山中へはヴィリアに先に降りてもらった。体の大きなヴィリアが降りるために、なるべく開けた場所を選んだつもりだったが、それでも小さかったようで木々の破は砕さい音おんを立てながら地面に降り立った。

 煩くはあるが、この音のお陰で蛮族たちむこうから来てくれると思う。

 それにしても、この森は木々の生い茂り感が半はん端ぱない。少し離れるだけで目の前を歩く人の背中すら見失いそうだ。そんな感想を抱いていると、ヴィリアよりも多少小さな破砕音をあげながら、アバスとそのドラゴンが降りてきた。

「蛮族がどこから来るか分からない。俺も気を付けるが、ロベールも気を張っていてくれ」

 共にドラゴンから地面に降りると、アバスは左手を腰に帯びた剣にそえながら言った。

 そんなことを言われても簡単に張れるものではない。現に、ドラゴンの呼吸音以外は音らしい音がなく、耳鳴りがするんじゃないかと思えるほどの静せい寂じやくだ。

 蛮族が来るまでの間、どのように交渉しようか思案していると、隣に立っていたヴィリアが俺を優しく抱き込み呟つぶやいてきた。

「数人近づいてくるぞ」

「分かった──アバス」

 ヴィリアが、蛮族と思われる気配が近づいてきていることを教えてくれたので、アバスを呼んだ。

「どうした?」

「ヴィリアが、何か近づいてきていると言っている」

「そうか」

 ヴィリアが言っている、と言っても、アバスは特に気にした風もなかった。たぶん、他の竜騎士ドラグーンと同じように比ひ喩ゆとして使っている、と思ったのだろう。

 それどころか、自らのドラゴンに、お前も頑張らないとな、と優しく声をかけながら撫なでた。

 近づいてくる、とはいうものの、それがどの方向からか分からない。アバスも周囲に気を配りながら耳を澄すませている。

 ヴィリア自身も分からないのか、時々怪あやしいと思われる方に耳を向けるが、言葉を発することはなかった。

 そんな状態で数分経たった。事態がようやく動き始めた。周りで「ヒューイ、ヒューイ」と、鳥のような鳴き声が響き始める。

「鳥の……鳴き声か?」

 引っかかるものがあるのか、アバスは首を傾かしげた。それに呼応するように、ヴィリアは俺を再び抱き、耳打ちする。

「蛮族とやらは凄すごいな。すでに囲まれている。この鳴き声を発しているのは人間だ」

「マジかよ……」

 草木の擦こすれる音すら発せずに近づいてきたというのか。耳の良いヴィリアさえ欺あざむく手て練だれだ。

「今のところ敵意はないように思えるが……。さて、どうなるかな」

 頭上に広がる枝や背の高い草を巻き込みながら、ヴィリアは翼を広げて俺に屋根を作った。

 元から薄暗い山の中で屋根ができたので、その暗さは倍以上だ。安全のためとはいえ、視野が狭せばまるのは怖い。

「アバス、絶対に動くなよ?」

「どうした? 何かいるのか?」

 俺を護まもるように翼を広げたヴィリアと俺の言葉に、アバスは周囲をよりいっそう強く警戒する。

「囲まれているらしい」

「そうか」

 えらくあっさりとした感想に少々呆あつ気けに取られてしまったが、チラリと横目で見るアバスの表情には、諦あきらめという感情は出ていなかった。

 むしろ、どうやって切り抜けてやろうかという考えが滲にじみ出でている。

 とても頼もしい友人だ。俺も見習い、そろそろ行動するとしよう。

「俺の名前は、ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカー! ここへは話し合いに来た! 姿を見せてはくれないか!」

 アバスが早まるとは思わないが、主オレの感情にあてられてドラゴンが動いてしまう可能性があるので、その前に蛮族へ呼びかけた。

 同時に、鳥の鳴き声が止やんだ。相手は俺たちが気付いているとは思っていなかったようだ。

 鳴き声が止んでから数十秒か、それとも数分なのか分からない時間が流れる。次第に、ヴィリアがイライラし始めた。ヴィリアであれば、俺を守りながら周囲の木々ごと蛮族を薙なぎ払はらうことも可能だろうが、その場合、隣にいるアバスが大変なことになる。

 ヴィリアを落ち着けようと体に触れると同時に、目の前の藪やぶから草の塊かたまりが立ち上がった。目の前に出てきたのは前世でいうところの偽装服ギリースーツを着ている人間だった。

 隣のアバスも、その姿に驚いている。しかし、その驚きも分かる。

 偽装服に顔にはドーランの代わりと思われる泥どろが塗ぬられており、武器が弓矢であるのを除のぞけば、前世でも十分に通用するいでたちだった。こんな狩りをするために合理的な格好は、帝国では見たことない。

「蛮族が、我々に何の用だ?」

 蛮族が放った一言に引ひっ掛かかりを覚えたが、早めに話を終えるために聞こえないふりをした。

「皆様と友好を結んでおきたいと思いまして、贈り物を持ってきました」

 ヴィリアに取り付けてあった荷物を、アバスと共に下おろす。蛮族たちはその中に興味があるのか、少しずつではあるが木々の間から姿を見せていた。

 その様子に危機感を覚えたのか、一番初めに声をかけてきた蛮族が大声を張り上げた。

「蛮族と慣れ合うつもりはない!!」

「……これから冬になると、次第に食料が減へってくるでしょう。保存食として、塩増し増しのベーコンやその他の保存食と小麦。他には、着飾ることも換かん金きんすることもできるアクセサリーなどを持ってきました」

 怒声を無視して、俺は持って来た贈り物の説明を始めた。

 山に住んだことがないので塩事情が分からなかったが、この蛮族たちが岩がん塩えん鉱こうを持っていなかった場合のために、塩を多めに塗したベーコンを持って来てみた。

 あとは、小型ではあるが、酒の入った樽たるのコンボで完かん璧ぺきだろう。

 現に、彼の後ろに立っている仲間たちは、少しずつこちらに近づいてきている。

「ねぇねぇ! 仲良くなるだけで、これ全部貰もらえんの!?」

 頭上から能天気な声が降ふり注そそいだ。ヴィリアの翼の陰から少しだけ顔を出してそちらを見ると、そこには大ぶりな木の枝に蛮族が逆さまにぶら下がっていた。

「ねぇってば! それって、仲良くすればくれるの!?」

 俺が驚いているのを無視していると思ったのか、その蛮族の女は甲かん高だかい声で聞いてきた。

「えぇ! 我々と仲良くしていただけるのであれば、これらは全て差し上げます! 我々は、貴方あなたたちと継続的な友好を願っています!」

 相手とことを構えている間は、こちらに手を出さないようにしてもらえればそれでいい。

「マジで!? やったぁ──!!」

 かなりの高さにある枝から蛮族の女は降りてくると、猿以上の身軽さでこちらへやって来た。

「うっお、すっげぇぇえ! これ、蛮族の貴族とかいう奴らが身に着けてるヤツじゃん! カッケー! 山や羊ぎ何頭分なんだろー!」

「おい、ミーシャ! 迂う闊かつに近づくんじゃない!」

 今まで話していた蛮族がお土産を漁あさる蛮族の名を呼んだ。

「ミーシャって、川で水浴びをしていた奴か?」

「えっ!?」

 顔に塗られたドーランのせいで顔が見にくいが、このアホ丸出しの喋り方はあの日会ったワイバーンに乗っていた女の子に間違いなかった。

「──あっ!? あんた、あの時、河原で覗のぞいていたロ…………覗いていた奴じゃん!」

 途中で俺の名前を思い出すことを諦めたミーシャは、誤解のされやすい言葉を吐きながら俺のことを思い出した。

「何であんたが蛮族の鎧を着てんだよ! ってか、あんた蛮族だったのかよ!」

「いや、それはこっちの台詞セリフだ。こっちからしてみればお前らが──」

 と、そこまで口にしてふと気づいた。今ここで見下すつもりはなくても相手を蛮族と称しようしてしまっては、心証を悪くしかねない。ここは言い返さないでおくか。

「俺が蛮族のはずがないだろ? もし蛮族だったら、こんなお土産を持ってくるはずないじゃないか」

 箱から一番豪ごう奢しやな首飾りを持ち上げながらミーシャに言う。すると、ミーシャは半口を開けたまま虚こ空くうを見つめながら頷うなずいた。

「そっか! それもそうだな!」

 間抜けな顔を晒さらしながら全力で言った。

「あぁ、その通りだ」

 今の会話で、蛮族探しの時にしたミーシャとの会話の齟そ齬ごの理由が分かった。俺たちは、ミーシャたちを蛮族と呼んで探していたが、ミーシャはユスベル帝国のことを蛮族と呼んでいたのだ。

 だから、俺がミーシャたちのことを探して西へ来ても、蛮族と聞いたミーシャはユスベル帝国のことを思い出して東と言ったのだ。

 蛮族と罵ののしり合ってはいるが、直接何かされたといった話を皇都で聞いたことはなかったし、学校の授業でも聞かなかった。かなり昔に戦争かなんかしてその時のお互いの蛮行だけが現在に伝わっているのかもしれない。

 ならば、背中を撃うたれないようにするだけではなく、今後、俺だけでもいいので友好関係を築き、何か協定を結んでいきたい。

「なぁなぁ、この首輪も良いの?」

 先ほど俺が持っていた一番豪奢なネックレスを手に持ち、ミーシャが聞いてきた。

「あぁ、良いぞ。これはお土産で、あげるために持ってきたヤツだからな」

「ヤッター!」

 俺から許可が下りると、ミーシャは喜びながらネックレスを巻き始めた。だが、留とめ金がねという仕し組くみを知らずに、首の後ろで結んでいるのだろう。チェーンが擦れ合う音が聞こえる。

「なぁなぁ、似合う!?」

「う~ん……ちょっと見えないかなぁ~……」