「あぁ、あれには驚いたよ。トップ争いの政争はたまにあることだが、間者スパイの存在を感づかせ、高こう潔けつな青年幹部たちを焚たきつけるだけではなく、彼らに上層部が間者スパイを招まねき入いれているという情報をそれとなく流し、さらに成なり上あがりたいと考える慎重派な者たちも同時に焚きつける。後は、君たちも知っているあの有あり様さまだよ。今回の騒動は、義憤に駆られた青年幹部たちの先走りならある意味安心できたのだが、トップのほとんどの首がすげ変わったよ」

 聞けば聞くほど、今回の騒動は国の一大事なはずなのに、それを語るロベリオン第二皇子の口調は軽かった。

 かなりの人数が間者スパイを招き入れるようなことをしていたようで、騎馬騎士本部では相当な人事の刷さつ新しんが行われたようだ。

「色々と危ない香りを漂ただよわせていたので、こうならなくてもいつか私が手を下していただろう。このクーデターを画かく策さくしてくれた人物には感謝しているよ」

「クーデターを画策した、というと、青年幹部のことですか?」

「いや違う。ストライカー侯こう爵しやく家けと竜騎士ドラグーン育成学校だよ」

 騎馬騎士のヴァンデスに替え玉がバレてしまった、と手紙を送ったのだが、まさかこんな大事にしてまで助けてくれるとは思わなかった。さすがに、ストライカー侯爵といえども、替え玉が露ろ見けんしてもらっては困るようだ。

 しかし、クーデターを画策したのがストライカー侯爵家だけなら分かるが、そこになぜ学校も入ってくるのだろうか?

「先も言った通り、このクーデターは政争の延長にあると思っていた。もちろん、色々な思惑が絡からまり合って、今回に至いたっているというのは重々理解している。初めはストライカー侯爵家も学校も考えつかなかった。今でも何かの間違いではないかと思っていた。しかし、君を見て確信したよ」

 ロベリオン第二皇子がそこまで言うと、隣に座っている男性がバトンを渡されたように話し始めた。

「初めまして。私の名前はルーディー・プランク・ドゥ・マクシーマと申します」

「……初めまして。ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーと申します」

 俺の自己紹介を聞いたルーディーは小さく笑みを浮かべ、目を細めた。

「君がロベールだということはよく知っている。しかし、君はどこのロベールだ?」

「ッ!?」

 予測していなかったところから飛んできたパンチをモロに受け、一瞬でノックアウトされた気分になった。

 投下作戦の帰りは、ここまで寝ずに帰って来た。そんな寝不足になった頭を抱かかえて、ロベリオン第二皇子と会ったのが間違いだった。

 バレている、となぜ考えることができなかったのか。

「私は、ストライカー侯爵家の第一子であるロベールと面めん識しきがある。最後に会ったのが六年前──ロベールが七歳くらいの時だから容姿が変わっていてもおかしくない。しかし、君の容姿は私の記憶にあるロベールが成長したというには異ことなりすぎている」

 どうするか……、と冷静に考える。心臓は早はや鐘がねを打つように動き、頭は寝不足で上手く回っていないはずなのに、この状況に追い込まれた瞬間から冷静に思考できるようになった。

 髪の色は染めているとでも言えばいいが、顔の方はどうにもならない。ロベールの顔を最後に見た俺でも、似ているところなんて全くなかったと理解しているんだから。

 ヴィリアには、ここへ来ていることは伝えていない。そもそも、疲れから寝ている可能性もあるので、名前を呼んでも来てくれる可能性は低いかもしれない……。

 ──いや、来る。絶対に、だ。だが、ヴィリアが来てくれたとしても、それまで俺が生き残っているかは別問題だ。

 静かに、かつ迅じん速そくに逃走方法を考えている俺に、ロベリオン第二皇子はこの場の雰囲気に似つかわしくない笑い声をあげた。

「いやいや、そう身み構がまえないでくれ。ルーディーからロベールの話を聞いて、君の雇い主はそうせざるを得えなかったというのは分かっている」

 張り詰めた空気を振り払うように、ロベリオン第二皇子は笑いながら言った。それに続いて、ルーディーも話し始める。

「私は、ストライカー侯爵家のロベールという奴を知っている。そして、その蛮ばん行こうも。竜騎士ドラグーン育成学校に入ると聞いた時はどうなるかと心配していたが、ストライカー侯爵家は素晴らしい人材を見つけたようだ」

 二人の声色には、今すぐ俺をどうこうしようといった雰囲気は感じられなかった。話の内容から、どちらも俺が偽者だと知っているが、入れ替わったのはストライカー侯爵家の指示だと思い込んでいるようだ。

「いつかは誰かから指摘されると思っていましたが、ロベリオン様からだとは夢にも思っていませんでした」

 今すぐどうこうなる訳ではないと分かったが、今は良くてもいつ天候が悪化するか分からない。平静を装いつつ、逃げる算段は常に考え続けたほうが良いだろう。

「正直、君の話を聞いてその姿を見たとき、ストライカー侯爵も思い切ったことをしたな、と思ったんだ。髪の色が珍しいし、ルーディーが言うには見た目も全まつたく違うらしいし」

 なぜ侯爵はこんな思い切ったことをしたのか、と聞いてきたが、その侯爵に一度も会ったことがないので、そんなことは知らない。しかし、ここで答えに窮きゆうするのは良くない……。

「私は、ストライカー侯爵様の息子である、ロベール様に会ったことはありません。ストライカー侯爵様から、『息子に成なり代かわり竜騎士ドラグーン育成学校へ行き、そこで好成績を収めた状態で卒業するように』と言われただけですので」

「しかし、そうであれば、なおさら容姿を近づけるようにするのでは?」

 ルーディーは、俺の矛盾した言葉に頭痛をこらえるように、指でこめかみを押さえながら聞いてきた。

「言い渡されたのは、今年の一月すぎです」

「あぁ、それは……」

「なるほど、だからか」

 二者二様と言えばいいのか、俺の返答に二人はそれぞれ違う印象を受けたようだ。

「君は、竜騎士ドラグーン育成学校へ入学する直前に事故に遭あったと聞いた。だが、それは急な替え玉に対応するためか?」

「はい。本来であれば入学に間に合わせる手はずでしたが、私は貴族ではないのでその知識を身に着けるのと同時に、ドラゴンにも慣なれる時間が必要でした。ですが、侯爵様であってもドラゴンを融ゆう通ずうするのは難なん儀ぎしたようで、最終的には学校から貰もらう形になってしまいました」

 いちおう、整合性がとれるように話を作っている。ルーディーも、それなら辻つじ褄つまが合うな、と信じてくれた。

「では、君の親──いや、ストライカー侯爵は容姿が似ていることよりも、頭の良さで君を選んだということか?」

「それは分かりませんが、侯爵様に私の新しいことに挑戦したい、という意思をくみ取っていただけたのだと思います」

 俺の答えに、ロベリオン第二皇子の口の端はしが少し吊つり上あがるのを見た。

 ──新しい物好き同士、話を弾はずませようじゃないか──という内容を言葉の端に乗せたのだが、ロベリオン第二皇子はそれに気づいてくれたようだ。

「なる──」

「それは、君が準統治領で行っている政策と関係しているのか?」

 ロベリオン第二皇子の話にかぶせるように、ルーディーは口を開いた。

 話し始めると長くなりそうな内容なので、目的を果はたそうとロベリオン第二皇子の話を切ってまで、先に話し始めたようだ。もしくは、これ以上、新しい物好きを拗こじらせないように先手を打ったのかもしれない。

「そうですね。自分で言うのもなんなのですが、私は新しい物や考えが大好きです。なので、毎日色々なことに思いをはせ、それが可能かどうか頭の中で研究することが大好きです。しかし、それらを行うには様々な物を必要とします」

「優秀なロベールを演じる代わりに、君は侯爵にパトロンになってもらったということか?」

「そう受け取ってもらって構いません」

 俺とルーディーの会話を静かに聞いていたロベリオン第二皇子は、冷めてしまった紅茶を一気に飲み干して再び問うた。

「率そつ直ちよくに聞く。君はその知識をどこから学んだ? 新しい農法や産業を君が見つけたとは私は思わない。そうでなければ、盗用される可能性がある学校での報告会で、同じく準統治領へ行ったクラスメイトとはいえ話すことはないはずだ」

 自分の価値を下げないため、その仕事ができるのは自分だけの方が良い。それは、技術を持つ人間のほとんどが抱いているであろう考えだ。

 そういった考えは、この世界ではとても顕けん著ちよだ。自己の価値を高めるためなのだから仕方がないことだが、この世界の住人であるロベリオン第二皇子にとって、情報を開示した俺は不ぶ気き味みに見えるんだろう。

「確かに。開示した情報は全部が全部、私が考えたものではありません。ですが、学校で発表した内容は、どれも真ま似ねされても問題ないと判断したためです」

 準統治領が街づくり系ゲームみたいで面白く、その成果を発表したかったから、とは口が裂さけても言えない。それに、黙って真似するどころか、めちゃくちゃ聞きに来る奴もいるし。ブロッサム先生とか。

 それに、真似をする人が多くなれば食糧事情も改善され、飢うえて死ぬ人も少なくなるからだ。ひもじいのは本当に辛つらい。暑さ寒さに負けて、満足に体が動かせなくなるんだ。

「でっ、では、君に知識を施ほどこしたのは賢者ということか?」

 驚きよう愕がくに目を揺ゆらしながら、ロベリオン第二皇子は声を震ふるわせながら聞いてきた。

「賢者……かどうかわかりませんが、知識の師事を受けた人はいます」

「それは誰だ? これほどの知識を君に与えられるのであれば、よほど高名な賢者に違いない」

 すぐに探す準備を、とルーディーに耳打ちするロベリオン第二皇子に、俺はなるべく申し訳なさそうに見えるように目を伏ふせた。

「彼は、自らのことを、賢者ヒポポタマスと名乗っていました」

 今のところ、この世界でカバと呼ばれる存在を見たことも聞いたことも無かったが、用心をしてその部分は英語にした。

 当たり前の話だが、そんな賢者の名前に心当たりがない二人は、賢者だけではなく学者の名も思い出しながら探し始めた。

「きっ、君の師は、二つ名や有名な言葉を持っていなかったか?」

「二つ名や言葉ですか……?」

 カバの二つ名は何だっただろうか……。妖よう精せいくらいしか思い出せないなぁ。

「ヒポがよく言っていた言葉ですが、『もし私を探す奴がいるとするならば、私はそいつの前で逆立ちをしてやろう』と常つね々づね言っておりました」

 さすがにこれは馬鹿にしすぎたかな、と思わないでもない。カバだけに。

 言葉の意味が分からない二人は、俺が言った賢者の言葉から近しい人物を再び探し始めた。

 しかし、近い人物も思い浮かばなかったようで、とうとう俺に直接聞いてきた。

「その賢者は、今どこにいるか分かるか? できたらで良いのだが、この国へ呼びたい」

「あ~……、それは無理ですね。もう死んじゃいましたから」

 だからこそ私が里に下りてきたわけで、と伝えると、二人はバツの悪そうな顔をした。

「すまない。その歳で知識の泉である賢者から離れるというのだから、それは自らの意思だけではないだろうと気づくべきだった。許してほしい」

「私も少しはしゃぎすぎてしまった。許してほしい」

 俺の知識の元である架か空くうの賢者ヒポポタマスを呼び寄せて、この国の食しよつ客かくとして迎え入れようと急せいたことを恥はじたようだ。

 二人そろって頭を下げたのは良いが、ルーディーはともかく、第二であってもこの国の皇子が出自の分からない賢者の弟子に頭を下げるのは大丈夫なのだろうか?

「いえ、別に気にしていません。人はいずれ死にます。死に対して人ができることは、後悔がないように生きるかどうか、です」

「そう言ってもらえると助かる」

 俺が気にした風もなかったからか、包んでいた重い空気がすぐに霧む散さんした。

「先ほどの話の延長になってしまって申し訳ないが、君は賢者ヒポポタマス様からどのような知識を受け取った?」

「質問が漠ばく然ぜんとしすぎていて、どうお答えしてよいのか……」

「そうか。では、これまで学校で発表した知識は、賢者ヒポポタマス様から受け取った知識を袋いっぱいの麦としてどのくらいだ?」

 知識量のパーセンテージの話か。これも漠然としすぎているけど、まぁ適当で良いだろう。

「一摑みもないんじゃないでしょうか?」

 必要に迫られて、ふとした拍子に思い出すこともあるだろうが、ほとんどはうろ覚えの知識だ。

「あれで一摑みだと!? 凄すさまじいな……」

 二人揃そろって驚いているところ申し訳ないが、本当に役にもたたん知識も含めての一摑みだ。

 しかし、ロベリオン第二皇子は俺の答えに満足したのか、大仰に頷うなずくと面白いことを言ってきた。

「今、私は新しい軍隊を作ろうとしている」

 突然始まった機密情報の開示に、どう対応したらいいのか迷った。

「今回、騎馬騎士本部で起きた間者の引き入れは、力を付けつつある竜騎士ドラグーン本部を出し抜こうとした人間が欲に負けて犯した事件だ。帝国を護まもるという目的は同じなはずなのに、二つの組織は呆あきれるほど仲が悪い」

 仲が悪いのはトップで、末まつ端たんは──戦場で共に戦っている兵士たちは仲が悪いという話は聞かない。上のメンツに渋しぶ々しぶ従したがっているようなもんだ。

「そこで私は新しい軍隊──騎馬騎士と竜騎士ドラグーンを包ほう括かつした第三軍天駆ける矢ロツコ・ソプラノを組織することにした。竜騎士ドラグーンは今まで騎馬騎士が運営する輜重隊が居なければ活動できなかった。しかし、今回君が提案した投下作戦のお陰で、非常時には空から物資を投下するという新しい運用方法を確立することができた。これには、騎馬騎士たちも舌を巻いていた」

 騎馬騎士の輜重隊がいなければ、ドラゴンの運用はできない。騎馬騎士が竜騎士ドラグーンを馬鹿にする理由の一つだったが、そのアイデンティティを潰してしまい、文句の一つでも出てくるかと思ったが、実際はそうでもないらしい。

 それどころか、追い込まれる一方となる籠城戦において、リスクを伴ともなうが物資を送り届ける方法ができたというのは心強いようだ。

「このような作戦を思いつくだけではなく、さらには仲間の竜騎士と共に戦地へ赴おもむき作戦を成功させる度量。知識の泉たる賢者に師事しただけでは得られぬ蛮ばん勇ゆうではない、本物の勇気を持つ者、ロベール」

 そんなにも褒ほめて大丈夫なのか、と怖くもあるが、やはり褒められるのは嬉しい。

 それと同時に、今──俺の未来のために一番欲しい言葉が出そうだった。

「そんな君を──」

 ゆっくりと紡つむがれるロベリオン第二皇子の言葉に、焦あせりで手が震ふるえる。

 呼吸を整え、平常心を心がける。

「──私が組織する第三軍天駆ける矢ロツコ・ソプラノに、幹部として迎え入れたいと思う」

 よし来た! 来たぞ!

 竜騎士ドラグーンとして名を上げることができれば、と思っていたが、新設とはいえ皇子の肝きもいり部隊の幹部に採り上げられるのだから、これで簡単にはストライカー侯爵も手を出せないはずだ。

「よっ……良いのですか……!?」

 望んだ以上の最良な結果に、声も手も震える。腹の奥から、笑いが溢あふれ出でそうだ。

 その震えを、ロベリオン第二皇子は感動から来る震えと勘違いしたようで、真剣な顔で俺の手を握って来た。

「その知識、我が軍で存分に振るってくれ」

「分かりました。砦を取り戻すために尽力します」


 こうして俺は、竜騎士ドラグーン候補生としては他に類るいをみない地位を手に入れた。この地位を使って伝つ手てを広げていこうと思うが、まずは砦を取り戻すと言ってしまった手前、そちらを何とかしなければいけなくなった。

 しかし、これを成功させた暁あかつきには、俺の地位は確立し、やりたいことがやりたいように出来るようになる。

 これは、絶対に失敗できない。