結局、俺とヴィリアは一二騎の竜騎士ドラグーンと戦闘し、四騎を墜つい落らくさせ、六騎に怪け我がをさせて撤てつ退たいに追いやり、二騎──というか、二頭を連れて帰ってくるという大だい戦せん果かを収おさめた。

 共に飛んでいたフィーノも、一騎落とし、二騎を撤退させていた。

 敵という目先の脅きよう威いは去さったが、これから問題になってくるのは、フィーノに火か炎えん瓶びんによる敵陣への攻撃を見られてしまったことだ。


「テメェ! 自分が何したのか分かっとんのかぁ!!」

「ぐっ……!?」

 カムテー村に降り立った瞬間に、すぐに駆かけ寄よってきたフィーノに胸むな倉ぐらを摑つかまれた。

 身長差があり、さらに俺自身の体重が軽いので、胸倉を摑みあげられるとギリギリ地面につま先が付つく状態になってしまっている。さらに、襟えりが首に食い込み声が出なければ息もできなくなっていた。

「だんまりか、クソボケェ!!」

 首を絞しめられ声が出せないのを黙もく秘ひだと勘かん違ちがいしたフィーノは、顔を真まっ赤かにしながら怒鳴り散ちらした。

 怒りでわけが分からなくなっているフィーノを何とか落ち着かせようと、酸さん素そが足りない頭で考えた。しかし、その冷静な顔が気に食わなかったのか、フィーノは歯を鳴らして腕を振り上げた。

「ぐはっ!?」

 しかし、その腕が俺の顔面に振り下ろされることはなかった。

 それまで黙だまって見ていたヴィリアが、フィーノを摑みあげたのだ。

 唸うなり声を上げ、牙きばをむき出しにしながら、ゆっくりといたぶるように握あく力りよくを強めてゆく。

 身動きが取れず声どころか息もできないのか、フィーノは酸さん欠けつで顔を赤くさせ始め、苦しそうに口角から泡を吹き始めた。

「ヴィリア、止やめてくれ。大丈夫だから」

「────」

 フィーノを摑むのを止めてくれと言ったにもかかわらず、ヴィリアは止めるどころか、さらに握力を強めていった。

「頼むから離してくれ。お前と離れたくはないんだ」

 懇こん願がんすると、目だけで俺を見たヴィリアは舌打ちをすると、フィーノを投げ捨てた。

 そのまま地面に転がるように座ったフィーノは、咽むせながら新鮮な空気をかき集めるように呼吸した。

「あぁ、それでいいぞ、ロベールのドラゴン」

 ヴィリアに負けず劣おとらず低い声を出しながら、覚おぼ束つかない足を必死で動かし、竜騎場となっている所からこちらへ近づいてきたのは、リッツハーグだった。

 彼女は鞘さやに納められたままの剣を振り上げると、そのままフィーノの顔面に叩たたきつけた。

「がぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 顔面を強打されたフィーノは、悲痛な叫びを上げながら手で顔を覆おおい、地面を転がった。

「うぐっ──ぁっ!?」

 跪ひざまずき、顔を覆うフィーノの指の隙すき間まから、濁にごった色の血が大量に流れ始めた。

 鞘に収まっているとはいえ、金属の塊で顔面を殴なぐったのだから鼻が折れたのかもしれない。

「何をしたのか分かっているのか、は、お前の方だフィーノ! 何、理由も聞かずに殴ろうとしてんだ!」

 リッツハーグは軍用靴のつま先で、顔面の激痛に耐たえているフィーノの腹を蹴けり上あげた。

「お前が学生の頃に犯した間違いを、先生は理由を聞かずに殴り飛ばしたことがあったか! カショール大将も、理由を聞かずに怒鳴ったことがあったか! お前は、そんなに偉いのか!」

 サンドバッグを蹴り上げるような鈍にぶい音を出しながら、リッツハーグはフィーノを蹴り上げた。蹴り上げられるたびにフィーノの体が浮くので、かなり強く蹴られているのが分かる。

 寝不足と疲労からか、普段よりも性格がかなり苛か烈れつになっている。そろそろ、本格的に動かなくなっているフィーノが心配だ。

 フィーノが動かなくなったからか、肩で息をしながら蹴るのを止めたリッツハーグがこちらに向き直った。

「あの馬鹿が申し訳ありませんでした。殺してやりたいかもしれませんが、あんなのでも竜騎士ドラグーンとしては非常に優秀です。国境警備になくてはならない存在なので、これで許してはいただけないでしょうか? もしお望みであれば、この怪我が治り次第、再度同じように殴り飛ばしておきますので」

 加減──と言っても良いのか、どれだけ殴れば人が死ぬのか理解しているのか、リッツハーグは動かないフィーノを全く気にすることなく、俺に頭を下げてきた。

「あっ、ありがとうございます……。ですが、フィーノ氏の言い分も分かるので、そこまでする気はありません」

 俺にフィーノを殺すような意思はなく、今後も何もする気はないと聞くと、リッツハーグはホッと安あん堵どの息を吐いた。

「何があったのかお聞きしても?」

 フィーノに自ら制せい裁さいを与えることで、俺からフィーノに制裁を加えない言げん質ちを取ったことで安心したからか、リッツハーグはいつもの口調に戻っていた。

 ここまでしたリッツハーグの言い分としては、幼おさな馴な染じみのフィーノはムカついたからといって安あん易いに人を殴るような性格ではないかららしい。だからこそ、俺の何がフィーノをここまで激怒させたのかが気になったようだ。

 だがそれ以上に、理由を聞かずに俺を殴ろうとしたフィーノが許せなくて、これほどの私刑リンチをやったそうだ。

 ちょっと過激すぎやしないか?

「物資投下後、敵宿営地に火炎瓶を投げ入れました」

「……火炎瓶とは、油を入れた壺つぼに火を点つけた布を入れて投げ込むあれですか?」

「はい。今回の物は、油ではなく酒精アルコールですが……。それを敵の宿営地に投げ込みました」

 瞬間、ほんの少しだけリッツハーグの顔が険けわしくなった。

 油を入れた火炎壺は、籠城戦の時に度たび々たび用もちいられる攻撃方法なので、リッツハーグも名前を聞いたことがあるだけではなく、実際に見たことがあるのかもしれない。

 だからこそ、それを使用した後の惨さん状じようを容易に想像できたのかもしれない。

「無抵抗な者を焼き殺した、ということか?」

 フィーノのときと同じように、口調が変わり始めた。フィーノと幼馴染みというだけあって、似た者同士なのかもしれない。

「皆、戦闘準備をしていた兵士です。あの場に無抵抗な者など一人もおらず、皆が皆、攻めてきた我々──敵を討うち倒たおそうとしていました」

 竜騎士ドラグーンは一騎打ちが華と言われている。泥どろ沼ぬま化かした戦場で再び流れを作るため、騎馬騎士の一騎打ち以外の──数が少ないからこそ、その国の国力ともいえる竜騎士ドラグーンは泥沼打開の言わば、安全装置のような存在だ。

 だからこそ、空の上からこちらへの攻撃手段がない輜し重ちよう隊たいや、テント内にいる兵士に対して攻撃するのを嫌うのだろう。

 だが、それがどうした。

 スパイに入られている可能性がある状況で、そんな悠ゆう長ちようなことを言っていられる場合じゃないだろう。物資を投げ入れても、その砦とりでを守る戦力がいなければ意味がない。

 味方は弱り、数が減っている。チャンスがあれば敵の数を減らさなければいけないだろう。

「──それは、誰だれからの命令だ?」

 リッツハーグの声が震えている。険しい顔をしていることには変わりないが、それでもちゃんと話は聞いてくれるようだ。

「出撃直前に。口外するなと騎馬騎士本部の方から、特務として命令されました」

 今度こそリッツハーグの顔が怒りに染まった。

 その怒りに染まった顔を見ながら、俺は内心ほくそ笑んだ。


     □


 カムテー村で休きゆう憩けいをとった後、急いで皇都へと帰き還かんした。そして、休む間もなく作戦に参加した竜騎士ドラグーンの責任者が、出撃前に軍議を行った部屋に呼び出された。

 ここに呼ばれた理由は、戦果報告と今後の方ほう針しんについてだ。後は、すでに竜騎士ドラグーン本部に報告されているであろう、俺がやった火炎瓶投げ込みについてくらいか?

 ここに来る前の点てん呼こで知ったのだが、未帰還者は未いまだに一三名おり、待機組の竜騎士ドラグーンを使って捜そう索さくしているそうだ。


「まずは、前代未聞ともいえる強行作戦を成功してくれて、ありがたく思う」

 カショール総大将から深い声で感謝の念を伝えられ、その場にいた竜騎士ドラグーンたちは静かに目礼をした。

「今作戦について、皇帝陛下からも合理的かつ早急な対応である、とお褒ほめの言葉をいただいた。その内容についてお話ししたところ、この作戦の立案者が育成学校の生徒と知った皇帝陛下は大変お喜びになられた。そして、その生徒に会ってみたいとも仰おつしやられた」

 よくやったぞロベール、とカショール総大将が俺を褒めると、周囲の竜騎士ドラグーンたちは驚きの声を上げた。声の調子から、その驚きは俺が皇帝陛下から褒められた、という部分ではなく、俺と会ってみたいといったことに対してだとすぐに分かった。

 よくある社交辞令の一種だろうけど、皇帝陛下が会ってみたいと言うだけでこれほどザワつくなら、かなりの戦意向上効果があるようだ。

「ありがとうございます。候補生の身なれど、敵に対し国こく威いを見せつけることができたと誇ほこりに思っております」

 少し優等生ぶりすぎたか、と思わなくもないが、これから話すことを考えれば、このくらいが丁ちよう度ど良いのかもしれない。

「さて、疲れているところ申し訳ないが、今後の方針について話し合っていきたいと思う。未帰還者はまだいるが、その者たちは他の者に探させているので今は置いておいてくれ」

 空気が静かに固くなるのを感じた。疲れているとはいえ、周囲に気を配れず落伍者をだしてしまったという思いがあるのだろう。

「物資は途中落らく伍ごの物を除のぞいても二八〇程度は投下できたと聞くが、間違いないな?」

「はい。最後方で仲間が投下するのを見ていましたが、それくらいの数を無事に投下できたと思います」

 カショール総大将の質問に答えたのは、投下部隊で一番後ろを飛んでいたバース隊長だった。

「分かった。これで、騎馬騎士たちが砦へ着くまでの食料や武器の心配はしなくても良さそうだな」

 と、そこで言葉を区切ったカショール総大将は静かに息を吐くと、俺を見た。

「この戦果報告の他に、重大な事実があったことを皆に伝えなければいけない」

 フィーノかリッツハーグかは分からないが、あの話が皆にも伝わっていたようで、周囲から俺に対する視線が強くなった。しかし、それで怯ひるむわけにはいかない。俺は何も間違ったことをしていない、という態度をし続けなければいけない。

「物資投下をした後は即時撤てつ退たいする、という命令が下っていたにもかかわらず、ロベール君は敵の宿営地を襲撃した。相そう違いないな?」

「はい。その通りです」

「その時のことを、出撃前から説明してもらえないか?」

「分かりました」

 カショール総大将に促され、出撃前に行われたことになっている作り話の説明を始めた。

 これについては、帰還後すぐにカショール総大将に報告をさせられた。今は、再確認すると共に、他の竜騎士ドラグーンへの説明を兼かねている。

 作り話の内容は、最終確認として竜騎士ドラグーン本部に来た輜重隊責任者から、出発時間が早まったこと、休憩する村が変更されたこと、特務として敵に大打撃を与えろ、と言われたことだ。

 堂々と分かりやすく簡かん潔けつに説明したのが良かったのか、竜騎士ドラグーンたちは一番幼く、そして軍事的立場の低い俺がスパイに狙ねらわれたのだろう、と気の毒な顔をする者が多くなった。

「こういうことだ。私は彼から話を聞き、すぐさま騎馬騎士本部へ連絡し、輜重隊責任者に出頭するように要よう請せいした」

 輜重隊責任者は、あの人の良さそうなおっさんだ。後できちんと違う人間だったと言うつもりだが、今この時だけは犠牲になってもらうしかない。

「残念なことに、輜重隊責任者は行方不明になっているらしい」

「ッ!?」

「捜索を続けているが、輜重隊の保管室からお金も盗み出されていたらしい……」

 残念そうに目を伏せるカショール総大将には申しわけないが、俺は驚きと共に変な笑いがこみあげてきてしまった。

 あの時会った人の良さそうな輜重隊責任者は、どうやら他国のスパイかそれに準じゆんずる人間だったようだ。

 もう、滅め茶ちや苦く茶ちやじゃねぇか……。


     □


 軍議が終わると共に、カショール総大将から呼び止められた。何でも、ユスベル帝国のロベリオン第二皇子が俺と会いたがっているそうだ。

 ロベリオン第二皇子は大変珍しい物好きと有名だそうで、今回の騎馬騎士本部のクーデターを収めた人物でもあるらしい。

 そういえば、帰って来てからドタバタしすぎて気付かなかったが、竜騎士ドラグーン本部に詰めている竜騎士ドラグーンは鎧よろいは着用しておらず、窓から見える景色もいつも通りとまでは行かないまでも、だいぶ落ち着きを取り戻していた。

 義ぎ憤ふんに駆かられる若き騎士たちだけではなく、自らの利益をしっかりと取ろうとする人間が入り乱れるあの状況を収めたのだから、能力は非常に高いのだろう。

 しかし、今回会うのは非公式な話らしく、迎むかえは来ないので自分の足で、ロベリオン第二皇子が住む皇城横の邸てい宅たくまで向かわなくてはいけないらしい。迎えくらい寄よ越こしてくれても良さそうだが、皇族には皇族のやり方があるのだろう、と諦あきらめた。


 皇城横にある、ロベリオン第二皇子の邸宅に着くと、話は通っているらしくすぐに執しつ事じが応接室に通してくれた。

 新しい物、珍しい物が好きだということは聞いていたが、調度品が風変わりなデザインの物であふれていた。

「何か気に入った物はあったかい?」

 俺が調度品を適てき当とうに見ていると、大学生くらいの年齢の男性が二人、扉の前に立っていた。

「目に鮮あざやかな物から、考えさせられる物まで多くあり、その一つ一つを手に取って眺ながめていたくなる作品が多くあることに驚きました」

 もちろん、枕まくら詞ことばに、サイケデリックで意味が分からない、といった言葉が付くけどな。

 美術品と呼べるものを見たのは、前世で高校生の時にデートで行った美術館くらいだ。そんな俺の感想に気分を良くしたのか、笑顔で俺の向かいの席に腰こしかけた。

 すると、すぐに執事が部屋に入って来て、無む駄だがない動きで紅茶を入れると再び出て行った。非公式な面会のためか、人払いをしたようだ。

 そして、ロベリオン第二皇子と一緒にやって来た青年を除のぞき、俺と第二皇子だけで自己紹介をしあった。

「大だい規き模ぼな作戦から帰還して、早々に呼び出してしまってすまなかったね。しかし、今後のためにも早く会っておきたかったんだ」

「もったいないお言葉です。私も、混乱の渦うずに巻き込まれていた騎馬騎士たちをまとめ上げたという、ロベリオン第二皇子様とお話しできることを光栄に思っています」

 これは本当だ。あのお祭り騒ぎを、国家元首である皇帝陛下ではなく、その息子のロベリオン第二皇子が収めたというのだから気にならないはずはない。どのような手を使ったのか聞いてみたかった。