ヴァンデスも、ミナの言葉のどこにショックを受けたのか、やや放心状態だった。

「ミナ、分かっているとは思うが、俺は忙しいんだ」

「はい……。罰ばつは受ける覚悟ができています」

「ならいい。早く来い」

 ミナを立ち上がらせ、こちらに歩いてくるように言うと。それと同時に、俺の背後でドラゴンのダウンウォッシュと共に着地する音が聞こえた。

 振り返り音の発生源を見ると、そこには現状を理解できない顔をしたアシュリーがいた。

「何でここへ来た?」

「助すけ太だ刀ちを……と思いまして」

 アバスたちから、俺が騎馬騎士と喧嘩をしにいった、とでも聞いていたのか、美しい容姿に似合わない呆気にとられた笑顔で言った。

「一足遅かったな」

「そのようで」

 聞かれて面倒臭い場面はすでに脱だつしている。あとは、ミナを連れて学校へ戻るだけだ。

 俺のところまでやって来たミナは、今回の件を謝罪した後、失礼します、と静かに言うと慣なれた手つきでヴィリアの背を登り、俺の後ろに座った。

「ヴァンデス。貴方はやらなければならないことがあるんでしょ? こんなところで立ち止まらずに、それを目指して」

 ミナの静かな激げき励れいに、ヴァンデスは応こたえることはなかった。

「これ以上、こちらに手を出すというのであれば、我々も容よう赦しやしないことを覚えておいてください」

 我々とは言うものの、ストライカー侯爵家がどう動くのか分からない今は心強い味方などいない。要は脅おどしだ。俺のことをバラしたら恐ろしいことになるぞ、という。

 それで止とどまるような男ではないと思うが、他の騎馬騎士には抑止力になると思う。

 ヴァンデスたちには聞こえないように、いい演技をしてくれたヴィリアにお礼を言い、俺はミナを連れて学校へ向かって飛んだ。


     □


 学校へ戻ってから、ミナを寮にある部屋へ押し込め、謹きん慎しんとした。ミナ本人も当然だと分かっているので、特に何も言うことなく粛しゆく々しゆくと受け入れた。

 ここへ戻ってくる間に聞いたが、騎馬騎士の訓練場に行くようになったのは、元クラスメイトからの誘さそいで、自身と俺を守るために強くなりたかったから、というのは本当のようだ。

 奴隷として買われながら、今までとほとんど変わらない生活をさせてくれる俺に対して、何か恩返しがしたかったようだ。

 それに、強くなりたい、と訓練する俺に対して、騎馬騎士の訓練ができないミナは、どんどんと弱くなっていく自分が嫌だったらしい。

 酒場の帰りに起きたヴァンデスとのやり取りを見ていれば、俺とあいつとどんな関係にあるのか察さつせられると思ったのだが、ミナは昔から察しが悪いと友人らに言われていたそうだ。

 ここまで聞けば、ヴァンデスが一人で盛り上がって先走ったのだと分かる。


「何があったのかは分かりませんが、弱った顔をしていると敵につけ入られる隙になりますよ」

 ミナを部屋に置いてきた後、男子寮の前で待っていたアシュリーは俺を見るなりそう言った。

「弱る? 俺が? まさか?」

 疲つかれていると思うが、弱っているというのは少し違う。本物のロベールを知るヴァンデスのせいで、やることが多くなって疲れているのだ。

 今回のことで、ヴァンデスが俺を潰つぶすために動くのは確実だろう。

 それに対応するために、ヴァンデスと会いに行く前にストライカー侯爵家──とは言っても、ストライカー侯爵家は皇都からかなり離れた場所にあるので、皇都にある別邸に詰つめている執事に手紙を出しておいた。

 本来であれば、身を守れる程度の伝手を作ってから、ストライカー侯爵と会いたかった。

 しかし、今はそんなことを言っていられない。時間がある内に対策するのだ。

 何の対処法も考えていない、行き当たりばったりな考えしか頭に浮かばないのが問題だ。いや、そもそもこの入れ替わりを始めたのも思いつきだし、今までほとんど思いつきで行動していたことを思い出すと、ふと考えるのが馬鹿らしくなった。

 もしもの時は、ヴィリアに乗って逃げればいい。まぁ、ヴィリアが迎えに来るまで生きていれば、の話だが。

「それなら良いんですけど。……さすがに、身内ドラグーンを背後から打つようなことはしないと思いますが、今から竜騎士ドラグーン本部のお偉方が話を聞くそうなので油断されないほうが良いですよ」

「……あぁ、分かっているさ」

 アシュリーはキリッカ第三訓練場に来たときに、助太刀に来た、と言っていた。しかし実際は、学校へ報告に行ったときに、俺に出頭命令が出ていることを聞いたからだそうだ。

 しかし俺は、騎馬騎士の訓練場へ出かけていたので急いで呼びに来たらしい。

 なぜそのような噓を吐いたのかと問うと、自分の心証を良くするためです、と清すが々すがしいほどにゲスな答えを返してくれた。

 何を考えているのかよく分からないが、ある意味信用に値あたいする奴だと思う。

「頑張ってください」

 アシュリーに見送られながら、俺は竜騎士ドラグーン本部へ向かった。

 本部付きの職員らしき制服を着た男性に案内されて通されたのは、二〇~三〇人くらい収容できそうな中規模の広間だった。部屋の中央には楕だ円えんのテーブルが置いてあり、そこにはすでに竜騎士ドラグーンが十数人座っていた。

「ロベール君。こちらへ座りたまえ」

 俺をここまで先導してくれた職員は、この部屋に入る直前で別れた。どうすればいいのか迷っている俺に声をかけたのは、竜騎士ドラグーン育成学校の校長だった。

 勧すすめられるまま校長の隣の席に着くと、俺が最後だったのか部屋に鍵かぎがかけられた。

「それでは、今回の報告を持ってきてくれた生徒が到着したので、話を始めるとするか」

 出入り口から一番遠い席に座っていた、顎あご髭ひげを大量に蓄たくわえた初老の男性が話し合いの開始を告げた。

 座席位置を考えればあの初老の男性が一番偉えらいのだが、それが誰なのか分からなかった。

 飛行服を着ていないし、騎馬騎士の服でもない。初めて見る服装だったので、この人がアシュリーの言っていた竜騎士ドラグーン本部のお偉いさんなのかもしれない。

「常識的な話だから分かっているとは思うが──」

 隣の席に座る校長は俺に囁ささやくように言う。

「彼が竜騎士ドラグーンの総大将である、カショール・アンクトゥ・ドゥ・レナオンだ。皇帝陛下の近この衛えをやっていたこともあり、陛下からの信頼も厚い」

「なるほど、勉強になります」

 あの初老の男性は竜騎士ドラグーンのトップだったか。

 軍隊についてはこの学校に入ってから学び始めたばかりだし、最近はずっとマシューに入いり浸びたっていたからそこら辺の知識は欠けつ落らくしている。

 学校内ではアホなボンボンで通っていて良かった。お陰で、隣から注ちゆう釈しやくを入れてくれるんだからな。

「それでは、議題について再度説明します。三日前の夜半に、そちらにいる竜騎士ドラグーン育成学校の生徒が、現在国境付近に建設している砦がハイヘルネン王国のラジュオール子爵率ひきいる軍隊に包ほう囲い、攻撃されているという報告を出しました」

 そこから続いたのは、俺が報告した内容と同じだった。再度、という言葉が頭に付いたので、俺が来る前にも説明があったのだろう。

 続いて始まった説明は初耳のものだった。こちらは、今日帰って来たアシュリーたちが報告したものだそうだが、さすが情報を持ち帰ることを最優先したからか、俺が持ってきた情も報のよりも正確なものだった。

 説明を聞き終わり目の前のテーブルに目を落とすと、テーブルの上には簡単に描かれた砦とその周辺の地図があった。

 砦を中心として、北と東には敵が布ふ陣じんしていた平原が広がっており、南には森があり西には広く深い川が流れている。その川の向こうには、砦の北東と同じように平原が広がっている。

 空からはゆっくりと見る暇がなかったので分からなかったが、地図を見て思うのは、なぜ敵に囲まれる前に対応できなかったのか、と思ってしまう砦の立地条件だった。

 その地図の上には、敵兵の代わりにコップが、砦の代わりに深目のボウルのような皿が置かれている。

 説明が終わった後にカショール総大将から、他に何か思い出したことはあるか、と聞かれたが、特に思い出す内容もなかったので首を振るだけにした。

「なるほど、分かった」

 期待していなかったのか、カショール総大将は簡単に頷くだけだった。

「砦に残っている兵力と食料を鑑かんがみて、あとどれくらい持つだろうか?」

「候補生──ロベールが言ったことが正しければ、二週間は持つでしょう」

 答えたのは、俺の斜め左に座っている恰かつ幅ぷくの良い男性竜騎士ドラグーンだった。恰幅が良いと言っても太っているのではなく、筋肉の上に脂肪をまとったレスラー体型というやつだ。

 この竜騎士ドラグーンは砦が二週間持つと言っていたが、あの時のエルクースは食料の残りは一〇日分と言っていた。余裕を見て一〇日分と言ったんだろうけど、実際あの惨さん状じようを目の当たりにすると心配になってくる。

 エルクースは、援軍が来るまで持ちこたえてみせると言っていた。しかし、士気はもったとしても食料がなくなれば待ち受けているのは餓が死しだ。

 底が見え始めた食料を前に、どれだけの兵士が士気を保たもち、冷静でいられるだろうか?

「なるほど。バースはこう言っているが、異ことなる意見のある者はいるか?」

「私が」

 恰幅の良い竜騎士ドラグーン──バースの見解に異を唱える者はいるか、というカショール総大将の問いに手を上げたのは、今度は俺の右側に座っている細身の男性竜騎士ドラグーンだった。

 ギラついた目をした竜騎士ドラグーンは、格好良く見えるがどことなく爬は虫ちゆう類るい系けいの雰ふん囲い気きが出ているので、好このみが分かれるタイプの男だった。

「キース、言ってみろ」

「はい」

 カショール総大将に、キースと呼ばれた竜騎士ドラグーンは背筋を伸ばした。

「砦に詰めているのは、彼ロベールの話ではエルクースとのことです。奴とは、ユーングラントの折おりに、一時的ではありますが共に行動していました。あの行動力と人じん心しん掌しよう握あく能力には目を見張る物があります。奴であれば、三週間と少しは士気を保たせることができると考えます」

「士気で腹が膨ふくれるものか」

 キースの言葉に、先に意見を言ったバースが鼻で笑いながら言った。

「そんな当たり前のことを話して何になる? 私はもっと根本的な話をしているんだ」

 キースはこの批ひ判はんを予想していた、さも面白くない、といった様子で、バースを冷ややかな視線で見た。

「その根本的というのは何なんだ? 竜騎士ドラグーンだけで助けにでも行くつもりか?」

「そんなことをしては、いが栗ぐりのようになって終わりだ。一度は成功したかもしれないが、二度はない」

 俺は絶対に行かんぞ、と表情に出しながら話すバースに対して、キースは冷静に判断した。

 一度、というのは俺のことだろう。アシュリーからの報告を聞いても、あの砦を囲んでいる兵種、兵力は充実している。

 俺が突入できたのはヴィリアという存在と、敵が圧倒的な兵力を有していたので油断していたからだ。

「先も言ったように、砦にはエルクースが詰めている。食料さえなくならなければ、腰の重い騎馬騎士本部が動き出すまで耐たえることができる」

 エルクースのことを信じているのか、キースは食料さえあればまだ踏ふん張ばれる、と言っている。しかし、他の竜騎士ドラグーンたちは疑心的だった。

「キースよ。食料を渡すのは良いが、どう渡す? 荷物を載のせるといっても、ドラゴンに乗せられるのはせいぜい人間二、三人分くらいが限界だ。上がって来た報告によれば敵の対応も早く、いちいち降りていては、空を封ふう鎖さされる危険もある」

 キースとバースの応答を静かに見ていたカショール総大将が口を開いた。

 その至し極ごく真まっ当とうな意見に、この部屋にいるほとんどの竜騎士ドラグーンは小さく頷うなずいた。そもそも、人間二、三人分の重りを付けて飛んだらドラゴンの速度が出ず、敵に狙ねらい撃うちにされてしまう。

「荷物を空から投げ入れれば良い」

「なっ!? 空からだと!?」

 冷静に言うキースとは真逆に、無茶苦茶な話だ、と言いたげな顔で、バースは叫んだ。

 あぁ、そうか。空中投下エアドロツプの存在を忘れていた。元いた世界では普通に行われていた輸送方法だったが、ここにいる人たちの反応を見ればそれほど行われていないようだ。

「そうだ。これなら、降りる手間などいらない」

「ふむ……。空から投げ入れるのは良いが、投げ入れられる物はパンといった柔やわらかい物に限られるのではないのか?」

 想像し難がたく新しい方法だったのが災わざわいして、キースが言った物資の投下方法に対して、皆の反応はよろしくない。だが、そんな中でもカショール総大将は、無理だ、という一言で片づけることなく、その方法で運べるものを考えていた。

 可能性の一つとして考えることができる柔らかい頭は、さすが本部を預あずかる総大将、といったところか。

「どこに投下するかにもよります。前にやった時は、民家に投下しました。酒さか樽だるを八つ投下し、内六つが生き残りました」

 カショール総大将の問いに対し、キースは全く臆おくすることなく、投下したときの様子を語った。

「酒樽が六つか……。その時、その民家の住人はどうしていたんだ?」

「家主はすでに逃げていたので、特に問題はありませんでした。戦時なので、家の損そん壊かいは仕方がないことだと判断します」

「なるほどな」

 魔法使いのような髭ひげを撫なでつつ、カショール総大将は唸うなった。

「しかし、物資を投げ入れるのは砦だ。屋根のある場所は、兵士の寝床になっているだろうし、万が一傷病者のいるところに投げ入れて見ろ。とんでもないことになるぞ」

 カショール総大将が物資の投げ入れに肯定的だったので、先ほどまで言い合っていたバースも無理だとは言わなくなった。その代かわり、投下する危険性を指摘してきた。

 空中投下は悪くない案だが、あの砦に潰しても大丈夫な家屋はないだろう。特に、今バースが言ったように傷病者施設に投下してしまっては、人的損害どころか竜騎士ドラグーンに対する印象がダダ下がりになるだろう。

 しかし、それも全まつたく問題ないと言わんばかりに、キースは再び口を開いた。

「ならば、まずは人がいない所に投げ入れれば良い。前回の物資の投げ入れは、エルクースの部隊に対して行った。奴ならその意図にすぐに気づいて、投げ入れても問題ない場所をすぐに示しめすだろう」

 すんげぇ行き当たりばったりな作戦だが、他に良い案が思いつかないようで、ここにいる全員は「運ぶ物資は何が良いか」「編へん成せいはどうするか」「そもそも、いつ突入するのか」といった具合に話し始めた。

「ロベール君。君は、この作戦をどう思った?」

 完全に蚊か帳やの外と思っていた俺に、隣に座っていた校長がこっそりと俺にだけ聞こえる声で聞いてきた。外野が煩うるさくなっているので、こんなにも小さな声で話さなくてもいいような気がするが、まるで悪戯いたずらをしているような校長の顔に笑ってしまった。

「そうですね。そのまま投げ入れては危険なので、パラシュートとかつければ良いんじゃないでしょうか?」

「パラシュート?」

 聞いたことが無い単語に、校長は眉を寄せて不思議そうな顔をした。

「はい。簡単に言えば、紐ひもが付いた袋ですね。物資を詰めた箱と袋を紐でつなぎます。袋が空気を孕はらみ抵抗となり、落下速度が遅くなります。身近な存在で言えば、ドラゴンの走り降りでしょうか?」

 普通であれば、ドラゴンは羽ばたきながら真っすぐ着地する。走り降りの場合は、翼を大きく広げて減げん速そくしつつ、地面を走りながら──飛行機のように着陸する方法をいう。

 荷物を多く背せ負おっている場合は、ホバリングでの着陸はドラゴンにとって危険だ。そういった場合に、走り降りが使用される。

 パラシュートという存在が分からなくとも、ドラゴンの走り降りと同じといったところ、すぐに理解してくれた。

「カショール様。発言の許可を願いたい」

 校長は手を上げると、周囲の煩い声に負けることない声でカショール総大将に言った。

「あぁ、言ってみてくれ」

 やんややんや、と皆が話し合う外側で、カショール総大将は眉み間けんに皺しわを寄せながら、いい案はないかと考えていた。そんな中で、今まで空気だった竜騎士ドラグーン育成学校の校長が手を挙あげたのだから、カショール総大将だけではなく他の竜騎士ドラグーンも静かになり、期待に満ちた面持ちで校長を見た。

「いや、発言者は私ではない。彼だ」

「んんっ!?」

 完全に気を抜いていたので、間抜けな声が飛び出してしまった。気を抜いていたにもかかわらず、周囲の竜騎士ドラグーンは咳払いをして俺に注意することなく、見つめてくる。

「ストライカー侯爵家の──」

「ロベールです。ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーです」

 家名は知っていても、名前まで覚えていなかったカショール総大将に自己紹介をした。

 悪名高きロベールの名前は、この場にいる竜騎士ドラグーンにも広がっていたらしく、「ストライカー侯爵家の嫡ちやく子しか……」「まさか、あれが?」「想像と違うな」と様々な意見が小さな声で飛とび交かった。

「では、ロベール。何かいい案があるらしいが、どんな案だ?」

「あっ、あぁ、はい」

 余計なことをしやがって、と校長を睨みそうになったが、すんでのところで止やめた。未来へ向けて、強いつながりや伝手、大きな後うしろ盾だてを欲しているのだから、これくらい軽くやって見せなければいけない。

 自分の有用性を見せつけてこそ、俺の未来は広がるのだから。

 ここはむしろ、校長のナイスアシストと思うべきだろう。

「今、皆さんが話し合っているのは、物資を直ちよくで投下すると中身が壊れるから、それを防ぐために家などの建築物の上へ投げ込みたい。だが、どうやって砦の中に居る人と連動しようかっていうことですよね?」

「その通りだ。今のところキースが言ったように、広場に一つ落とし、そしてその意味に気付いたエルクースに指示を貰うというものだ」

 答えたのは、キースと言い合っていたバースだった。校長が再び耳打ちしてくれたが、彼も共に蛮族調査へ行ったフィーノと同じ国境警備隊だそうだ。しかも、隊長。

 ただ、彼はフィーノとは違い山さん岳がく偵てい察さつ隊たいも兼ねているそうで、竜騎士ドラグーンとしての技量はかなり高いそうだ。

 それにしても、初めは無理があるんじゃないか、と言われていた作戦も、他に良い案が出なければ採用されてしまうんだな。そもそも、物資を広場に落としてからエルクースに気付いてもらい指示を仰あおぐのに、どれくらいの時間がかかるか分かったもんじゃない。

 その間、空にいる竜騎士ドラグーンは重い荷物を背負った状態で危険に晒さらされる。

「それでは、指示を仰ぐまでに時間がかかります」

「そんなことは分かっている。だが、傷病者施設に物資を投げ込んでしまってはことだ。それに、硬い地面に投げ込んでは少ない物資が無駄になる。多少危険だが、そうせざるを得えん」

 話を聞いていたのか、という態度を表に出さず、どうしてそのように投げ込むのか、というのをバース隊長は丁てい寧ねいに教えてくれた。

「確かにそうです。そこで、私が提案するのは、パラシュートを付けた箱を投げ入れるというものです」

 校長がパラシュートを知らなかったので、ここにいる全員も知らないと仮定して、校長にした説明と同じことを話した。

 初めて聞く方法に、皆いぶかしげに話を聞いていたが、次第に想像できるようになったのか、俺が提案した方法について具体的な質問が出るようにまでなっていった。

「しかし、物資を入れておく箱はいいとして、布が問題となるな……」

 きちんとしたパラシュートを作るのは難しいが、今回は空気を孕み落下速度を遅くすることのみを目的としたものなので、それほどしっかりとしたものは必要ない。

 無事に落とせるならそれに越こしたことはないが、今回は破れないことより早く大量に作ることが優先された。

「それなら伝手があります。この件、私に任せてはいただけないでしょうか?」

 意見を言うだけではなく、その責任者をやりたい、と言い出した俺に、一同ザワつきだした。

 学生ではあるが、力ある上級貴族の子供なので表立って何か言うことはなかったが、騎士たちの顔は、学生にできるわけがないだろう、といったものだった。

「伝手……というのは、マフェスト商会のことかな?」

 校長が、俺が言う伝手について詳くわしく皆に教えてくれた。アムニットに迷惑がかからないようにボカしたというのに、余よ計けいなことをしてくれる。

 確かに、ボカされるよりもしっかりと名前を言ってもらった方が、他の皆も安心だろうけどさ。

「……そうです。ですが、そこだけではなく最近名前をよく聞くようになったイスカンダル商会とも懇こん意いにしております。他にも布を集めるための労力は惜おしみません」

 任せろ、と言われても俺は学生なので、本当にできるのか、という表情が多い。しかし、一部では父親の爵位から問題なくやれるのでは、という考えも読み取れる。

「よし、分かった。それでは、パラシュートとやらの件はロベールに任せよう」

「ありがとうございます」

 全員が判断に迷っている中、カショール総大将が決断してくれた。

 さらに、手伝いのために人を付けてくれるという。初めは喜んだのだが、もし俺ができなそうなら、すぐに竜騎士ドラグーン本部へお伺うかがいを立てるための判断人だと理解すると、見た目が子供なので仕方がないが、やや苦い気分となった。

「リッツハーグと申します。よろしくお願いします」

 離れたところに座っているので握あく手しゆはなし。手伝いをしてくれるというリッツハーグとは、言葉だけでの簡単な自己紹介と挨あい拶さつだけですませた。

 初めは男性がつけられるとばかり思っていたが、リッツハーグは女性だった。しかし、ベリーショートの赤髪で、左側頭部は撫で付けており、ハリウッド映画に出てきそうな兵士然とした凜り々りしい女性だ。

「戦女神は、行動の速い兵に味方をする。ここで決まったことは、私の方から騎馬騎士本部へと伝える。他に何か意見がある者はおるか?」

 今回決まった話は、救出ではなく物資を投げ込むだけの話なので、騎馬騎士の力を借りることはない。

 しかし、勝手にやっては後で何を言われるか分かったもんじゃない。だが、騎馬騎士本部は動かない。そんな滅茶苦茶な状態だから、総大将自ら乗り込むんだそうだ。

 なかなか心強い話を聞いていると、この会議室の扉をノックする音が聞こえた。

 鍵を開けずにドア越しに竜騎士ドラグーンが対応すると、その竜騎士ドラグーンは速足で校長の元へやって来て耳打ちをした。

 初めは、難しい問題が片付いてリラックスをした表情をしていたが、耳打ちされる内容が悪かったのか、次第に険しい内容に変わっていった。

 そして、校長は俺の方を見た。


     □


「しかし、ストライカー様は凄すごいですね。そういった知識はどこで手に入れられたのですか?」

「世の中には知識が詰まった本という名の物が存在しています。暇を見つけては、それらばかり読んでいたので自然と知識が頭の中に入っていました」

 まぁ、噓だけどね。実際は、前世で得た知識だ。

 今は、リッツハーグと共にアムニットを呼びに行った帰りだ。しかし、俺の背後には呼びに行ったアムニット以外にも、大名行列のようにいつものメンツにプラスしてアシュリーもいた。

 そんな増えてしまった皆を気にすることなく、リッツハーグはその見た目に似合わない、おだてるようなことを言いながら俺の隣を歩いている。

 ロベールに気を使ってくれるのは嬉しいが、俺の内心は穏おだやかではなかった。なぜなら、先ほどの会議の終わりで校長へ舞い込んできた話が、俺が騎馬騎士のヴァンデスと対峙したことについてだったからだ。

 ヴァンデスが本物のロベールの顔を知っており、俺が入れ替わった偽者だとバレている可能性がある、という内容は伏せた状態でミナとヴァンデスの一連の流れを説明した。

 それと同時に、さすがに手に負おえないと思ったのでストライカー侯爵家へも連絡を入れた、と話すと校長は明らかに安あん堵どした様子になった。

 俺は引き受けたパラシュートの件があるので、後のことは校長がやってくれると言っていた。

 さすがに俺がいない間にストライカー侯爵家の人間に動いてもらうのは恐い。だが、先にやらなければいけないこともある。一体、どう動けば最善なのか分からず胃が痛くなってきた……。

「顔色が良くないですが、大丈夫ですか?」

 心配されてしまうほど顔色が悪かったのか、アムニットが覗のぞき込こむように聞いてきた。

「いや、大丈夫だ」

 アムニットにはあの会議でも言った通り、マフェスト商会を紹介してもらうためについて来てもらった。

 今はアムニットの父親であるマフェスト氏が皇都へ来ているらしく、丁度良かった。

 ミシュベルは、物資を詰め込むための樽と蒸じよう留りゆう酒しゆを分けてもらうためだ。こちらは別に一緒について回らなくても良かったのだが、何やら面白いことをやっているという野次馬的な根性が見え隠かくれしている。

 なぜそれを許しているのかというと、さすがに可か哀わい想そうだったからだ。

 ロベール様のためなら何でも差し上げる所しよ存ぞんですわ、という言葉を真まに受けて、倉庫にあった樽と出来たばかりの蒸留酒のほぼ全てを持っていった。すると、ミシュベルは魂たましいが抜けたような状態になってしまったからだ。

 樽に使う板は弧こを描いており、綺き麗れいに組む技術も必要だ。それに、板がバラけないようにする鉄のリングを、綺麗に作ることができる職人も限られている。そこは新しく作ってもらうよりも横からかっぱらって──借かりてくるのが良いだろう、と考え皇都で個人的に空樽を大量に所有しているミシュベルに頼んだのだ。

 樽の存在も嬉うれしかったが、さらに喜ばしいことは蒸留酒ができていたことだ。

 俺がいない間に、ミシュベルは完全な蒸留装置を完成させるだけではなく、その操作技術も手中に収めてからこっち、ワインはもとよりデンプン発はつ酵こう酒しゆなどをせっせと各地から集めては蒸留し、それを焦がした樽に詰めては地下室に運び保管する生活を送っていたそうだ。

 お陰で、火が付きやすいアルコール度数の高い酒を手に入れることができた。

 予想外の働きを見せてくれるミシュベルに感謝しつつ、マフェスト商会へ向かう。


     □


 アムニットのお陰で、馬車の幌ほろに使われる布をマフェスト商会から大量に仕入れることができた。

 目に入れても痛くない愛まな娘むすめからの頼みということ以外に、国の一大事ということも手伝い話はとんとん拍びよう子しに進んでいった。

 ただ問題というほどでもないが、マフェスト氏に疑われている感もあった。

 俺が偽物だということには気づいていないと思うが、あの苦虫を何千回も嚙み潰したような鋭するどい眼光は、俺がイスカンダル商会の創設者であると見み破やぶっていたのかもしれない。

 見た目はぽっちゃりとした気の良さそうなおっさんだったけど、商売人は仕事になると殺し屋のようになるのかもしれない。

 しかし、今ある幌用の布だけではまだまだ足たりない。他にも大きい布を仕入れたのだが、幌ほどの大きさのものはなかなかないので、つなぎ合わせることで対応することとなった。

 さらにいえば、これでも足りなかったので竜騎士ドラグーン育成学校のクラスメイトに頼んでベッドシーツを提供してもらった。

 こちらも、国に仕つかえる竜騎士ドラグーンを目指している学校なので、快こころよく協力してくれた。協力を渋ったり拒んだりした生徒は、俺が目の前でメモをとると、なぜか分からないが協力的になった。おかしな話だ。


 行動を初めて三日目。布を確保し、パラシュートを作るために商会に所属している針はり子こだけではなく、個人経営から、果はては手すきの主婦まで動員して作業が始まった。

 昼夜を問わず仕事を進めるために、皇都内にあるいくつかの大きな倉庫を貸し切って、そのなかで作業をしてもらっている。

「それにしても、結構な人数と物が集まりましたね」

 たくさんいる針子だけではなく、倉庫の隅すみに積つみ上あげられた完成したパラシュートと、パラシュートになる前の布の山を見て、イスカンダル商会の商会長代理のグレイスが言った。

「まあな。どれだけ落とすかまだ分からんから、数だけは集めた」

 落とす数については、まだ俺のところまで話が降りてきていない。

 一度聞きに行ったのだが、平時にもかかわらず鎧よろいを着た竜騎士ドラグーンが忙しそうに走り回っていたのだ。おかしな雰囲気を職員に問うてみても、学生には話せない、の一点張りだった。

 竜騎士ドラグーン本部の方で何か問題が起こったのか、と思いアバスに問いただすと、実際は騎馬騎士本部で問題が発生したそうだ。どうやら砦襲撃の件に関して、騎馬騎士本部でスパイ容疑をかけられている人間が何人もいるようだ。

 砦の危機であるにもかかわらず騎馬騎士本部が動かないのは、アバスの話によれば証しよう拠こ隠いん滅めつをしているかららしい。

 なぜそのような話になったかというと、騎馬騎士側の記録では俺たちが蛮族調査へ出発した翌日に、件くだんの砦から伝令が来ていたというのだ。

 それだけなら入れ違いということでなんら問題のない話だが、その伝令の内容というのが〝砦に問題はない〟というものだった。

 俺が出た翌日と言えば、すでに砦は攻められている最中だ。問題がないわけがない。

 さらに、その伝令が誰だったのか、という記録もなければ、伝令が乗って来たであろう馬の世話の記録もなかったそうだ。つまり、架か空くうの伝令を正式な物として騎馬騎士本部へ伝えていた人間がいるのだ。

 犯人が欲の皮の突っ張った役人だったらまだここまで問題にならなかったと思うが、現在疑われている人間が、騎馬騎士本部の重じゆう鎮ちんたちらしいのだ。

 そのせいで、その重鎮たちの派閥に入っている騎馬騎士たちは上へ下への大騒動となり、沈しずみゆく泥どろ船ぶねから何とか脱出している最中のため、騎馬騎士本部はほとんど機能していないらしい。

 そして追い打ちをかけるように、騎馬騎士の青年幹部たちはスパイの炙あぶり出だしというクーデターに近いことを始めた。

 元々おかしな感じがしていた組織だったが、ここまでしっちゃかめっちゃかになるとは誰が想像していただろうか。全てを知り、理解できるとは思っていないが、俺のあずかり知らぬ所で戦争が始まっては非常に困る。

「我々は、我々に課かせられた使命を全まつとうすることだけを考えていればいいので、騎馬騎士の皆様には申し訳ありませんが、気が楽と言えば楽ですね」

 思考が暗い方向に沈みかけ始めたとき、グレイスが飄ひよう々ひようとした様子で話したのを聞いて、少しだけ考えが軽くなった。

 遠くで行われていることに関して、俺は手を出すことはできない。しかし、与えられた──自ら貰もらった仕事があるのだ。俺は、この物資投下の作戦を、まずは成功させなければいけない。

「あと、食料だけではなく武器の搬入も行いました。確認を──」

 そう言って、グレイスは納品書と書かれた羊皮紙を俺に渡してきた。

 手動ポンプの専属販売を主な事業としていたイスカンダル商会だったが、そのポンプで得た金を元手に事業を拡大し、今ではポンプを優先的に卸おろした貴族の口くち利ききによって軍需品も扱い始めた。

 ただし、軍は軍で昔から懇こん意いにしている商会が存在しているので、卸ができるといってもこういった突発的な事態にのみらしい。だから、俺が勝手にイスカンダル商会へ仕事を振ったにもかかわらず、他の商会から特に文句が出なかったのも頷ける。

「ありがとう。大丈夫そうだ」

 本来では箱の中を検あらためて、一つ一つ物があるか調べなければいけないが、せっかく釘くぎ打うちされている箱を開けるのも不用心なので、ここはグレイスを信じることにした。

 次に行われる作業は、屋内訓練場に保管された物資の詰め込み作業だ。

 しかし、この訓練場というのが何とも心こころ許もとなかった。屋内訓練場といっても馬よりも大きなドラゴンを入れて訓練する場所ではなく、雨天時に竜騎士ドラグーンが運動をするためだけに作られた骨組みに布を被かぶせただけの簡単な物なのだ。

 外に借りた倉庫にするか迷ったが、竜騎士ドラグーン本部の管かん轄かつということでこちらに物資を保管することとなった。物資は竜騎士ドラグーン本部の屋内訓練場に置かれ、信頼できる人間に警備をさせる。

 今一番危き惧ぐすることは、スパイによる破壊工作及および毒を含む異物を混入されることだ。そのため、物資の入れ替え作業はイスカンダル商会の人間と、信頼できる貴族から紹介された人間のみを使っている。

 イスカンダル商会の人間が出張ってきている理由は、護ご国こく貢こう献けんとなっている。

 物資の詰め替え作業を終え、フタさえ閉めてしまえば、後は破壊工作のみに注意するだけなので、それからの作業は竜騎士ドラグーンの皆さんに頑張ってもらうしかない。

 本当だったら、そこもイスカンダル商会の人間を使いたいのだが、余りにもサービス精神旺盛すぎると怪しまれるだろう。

「皇帝陛下が病に臥ふせっている時に起きた出来事ですが、ロベール様としてはどのようにお考えなのでしょうか?」

 今までの雰囲気と一転し、グレイスは非常に言い難にくいといった感じで俺に聞いてきた。平民にとって国家元首たる皇帝陛下の病について話すのは、はばかられるのだろうか。

「どう、とは?」

「皇帝陛下は、自国民以外にはかなり苛か烈れつな人物として知られています。周辺国からも恐れられており、先の戦争相手のユーングラント王国も、かなりの痛手を負ったとのことは記憶に新しいです。今回の間者スパイは、皇帝陛下が病気に臥せっている今を狙った攻撃だと思っていました。しかし、ロベール様が砦に関しての情報を持って来てからは、それらの動きがかなり雑になっている気がします」

 一介の商会にすぎないイスカンダル商会にも、独自の情報網がある。そこから、ある程度の話が流れてきているようだ。

 情報処理に係かかわる人間が多いせいか、人の口に戸は立てられない、といった諺ことわざを体現するかのように情報がダダ漏もれのようだ。

「敵が何を考えているかは分からないが、皇帝陛下が病気に臥せっているから、というわけではないと思う。今回はむしろ、敵にとって失敗が重かさなってこのような状態になってしまったんだろう」

 というか、それ以外分からない。分かっているのは、帝国の人間と呼応して秘密裏に西の砦を襲っていたが、それを誰かが見つけるとは思っていなかったということだ。

「それで──」

「ロベールはいるか?」

 グレイスが何かを言いかけたとき、訓練場の入り口から俺を呼ぶ人がいた。

 そこには鎧に身を包んだ、バース隊長が立っていた。

「どうかしましたか?」

「この物資の投下について最終確認をしたいと、騎馬騎士本部の輜重隊責任者から連絡がきた」

「……それって、大丈夫なんですか?」

「相手の方から来てくれている。場所は竜騎士ドラグーン本部の一室で行うのだから、問題ないだろう」

「なら良いのですが……」

 俺もバース隊長が言う通り、竜騎士ドラグーン本部まで来てくれるので問題は起きないと思うのだが、絶ぜつ賛さんクーデター中の騎馬騎士本部から来た人間だから、何があるか分からない。

 恐ろしくてしょうがないが、対応できるのが俺しかいないとのことなので、どちらにせよ出なければいけなかった。


     □


「お忙しい時にお伺いして、申し訳ありません」

「いえ、作業のほぼ全ては終わらせてあるので、後は出発の号令がかかるのを待つだけです。それに、忙しいと言えばそちらの比ではないかと……」

 何が忙しいとは口には出さなかった。目の前に居る輜重隊責任者も色々と仕事があるのか、目の下にクマを作っている。

 本来であれば、リッツハーグも同席する予定だったが、投下作戦まで時間がなく、色々な部署と歩調を合わせなければいけないので、今はそちらへ回っている。

「確かに。しかし、さすが最速の竜騎士ドラグーンと言われているだけあって、本当に仕事が早い」

 何か恥はずかしい二つ名のようなものが聞こえていぶかしむ俺に、輜重隊責任者は不思議そうな顔をした。

「砦を発たって、騎馬騎士本部こちらへ報告が来るまで一日ほどだと聞きました。普通の竜騎士ドラグーンであれば二、三日かかる道程を一日に縮ちぢめたのですから、それはもうかなり無理をしたのでしょう」

「あぁ、その話ですか。あの砦の惨さん状じようを目の当たりにすれば、私でなくとも悠ゆう長ちようにことを構えられる人はいないでしょう」

 ぶっちゃけた話、目的地をヴィリアに伝えればあとは自動運転だ。ヴィリアに背負わせた荷物を背もたれにすれば、そこはもうネカフェで寝るような心地良さとなる。

 いや、ネカフェは言いすぎか。背中と尻が痛くなるし、今は寒さが辛つらい。

「それで、今回は物資内容について最終確認とのことですが、目録をご覧らんになりますか?」

「はい、ありがとうございます」

 輜重隊責任者に手渡したのは、グレイスが持っていた物資の目録の写しだ。

 手渡された目録を上から下まで素早く目を通すと、彼は頷いた。

「この短期間に、これほどの量をそろえられるとは。さすが、最速の竜騎士ドラグーンですね」

 そのおかしな二つ名は正直、止めて欲しかった。

「それと、今後の行動予定の再確認ですが、明後日の朝に皇都を発ち、途中のテルムット村で休憩をした後、日が沈しずむのを待って、夜間投下のためにテルムット村を出発する、といった計画内容となりますが、問題ありませんか?」

 目録から目を上げた輜重隊責任者は、投下作戦を行う竜騎士ドラグーンの今後の行動を説明した。説明したといっても、すでに決定された計画の再確認なので、特に問題はなかった。

「そうですね。それで間違いありません」

 ポケットから、投下作戦の概がい要ようが書かれた紙を取り出し、今輜重隊責任者が言ったことに相違がないことを確認して答えた。

「分かりました。騎馬騎士本部が大変なことになっていますが、砦の救出部隊は滞りなく出立させるように尽じん力りよくいたしますので、どうか物資の投下作戦を成功させてください」

「もちろんです。砦に詰める兵士だけではなく、国のためにも成功を収めなければいけません」

 学生らしい、夢を見るように意気込みを語ると、輜重隊責任者は眩まぶしい何かを見るように目を細め、そして笑顔になった。

「なんとも頼もしい竜騎士ドラグーン候補生だ。このような生徒が居れば、竜騎士ドラグーン本部は安あん泰たいですね」

 そう言い残し、輜重隊責任者は竜騎士ドラグーン本部を出て行った。

 彼は人が良い無害そうな雰囲気をだしていたが、それが嫌な予感がしてならなかった。

 騎馬騎士本部は問題が起きている最中なので、少しくらい問題が上乗せされても問題ないだろう。


     □


「よぉ、ロベール。騎馬騎士本部の進しん捗ちよく状況はどうだった?」

 樽への物資の移し替え作業を急がせるために、竜騎士ドラグーン本部から学校の屋内訓練場へ急いでいる俺に声をかけてきたのは、竜騎場で愛竜の体を拭いていたキース隊長だ。

 相変わらずギラついたというか、ギョロッとした目なので、爬虫類系の生き物を思わせる顔つきだ。話してみるととてもいい人なんだけど、その顔つきと普段からの語気の強さのせいで周りから距離を置かれているらしい。

「緊急会議が必要になりました。私はバース隊長たちを呼んできます。キース隊長は、他の投下部隊の隊長を呼んできてもらえませんか?」

「中止になったのか?」

 眉間にシワを寄せて言うキース隊長。本人は難しい顔をしているらしいが、やられる側にしてみれば半ギレで睨まれているようにしか見えない。

「いえ、その逆です。作戦開始は明後日でしたが、明日の早朝に早まりました」

「おいおい、さすがにそれは……」

 少し急きすぎでは、と静かにつぶやいた。彼もまた投下作戦のために奔ほん走そうしており、今はやっとできた時間で何とかドラゴンの世話をしている状態だろう。

 だからこそ、他の皆の進捗状況も分かっている。そんな状態にもかかわらず、明後日から明日に早まっては驚くのも無理はない。

「間者が侵入していることを考慮しての予定繰り上げでしょう。それに伴い、休憩する村も変更となり、投下時間も夜間から早朝へ変更になりました」

「間者か……」

 苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、キース隊長は口の中でつぶやいた。

 他の竜騎士ドラグーンたちも口に出さないが、キース隊長も独自の情報網から色々と調べているらしいので、思い当たる節ふしがあるのだろう。

「ならば、急がなければいけないな。俺は、同列の奴らを呼びに行くから、バースや反対側に座っていた奴らを頼めるか?」

「問題ありません。一〇分以内に集めて見せますよ」

「頼もしい限りだ。ではよろしく頼むぞ」

 キースと別れ、俺はバース隊長をはじめ、その周りに座っていた人たちを呼びまわった。


 小一時間もすると会議室には、以前も物資投下の話し合いで集まった時のメンツがそろっていた。突然の呼び出しにもかかわらず、一番遠くにある自宅に居たはずのカショール総大将ですら、すでに席へついていた。

「お忙しい中、突然の呼び出しをしてしまい申し訳ありません」

 頭を下げると、竜騎士ドラグーン一同から、そのような挨拶は必要ない、と本題を急せかされた。

「それでは、騎馬騎士本部から通達された新しい投下予定を説明します」

 騎馬騎士本部に──いや、スパイに予定と違うことを悟さとられる前に行動しなければいけない。


     □


 日程が変わったために、物資の樽詰めやパラシュートの取り付けは夜通し行われた。

 その間、外部との連絡を遮断するために、訓練場からの出入りは制限された。同じく、物資投下に携たずさわる竜騎士ドラグーンも万が一に備そなえて倉庫で寝泊まりしてもらった。

 お陰で日が昇る前には荷物の積み込みが終わり、合計一〇〇頭ものドラゴンが砦へ向けて飛び立つことができた。

 飛び立った直後、眼下に広がる騎馬騎士本部周辺には、大量のドラゴンに目を丸くする騎馬騎士や歩兵がたくさんいた。

 クーデターが起こってから数日経たっているというのに、未いまだに状況を収められないでいるようだ。


 予定を一日繰り上げて出発したのが功こうを奏そうしたのか、それともただの気にしすぎだったのか、新しい予定地のカムテー村まで無事に到着した。時刻は分からないが、日が傾いているが周囲はまだまだ明るいので予定通りか、少し早いくらいで到着したとみて良いだろう。

 本来行くはずだったテルムット村に比べれば小さな村だが、その分竜騎士ドラグーン以外の余よ所そ者ものが入ってくればすぐに分かる。

 前夜に行われた軍議では、まずは日が落ちるまでにカムテー村へ飛ぶ。そして、翌朝に朝食をとった後に砦へ向けて飛ぶということになっている。

 ここからは無休憩で飛ぶことになり、夜が明ける前に砦へ到着し、同時に物資の投下を開始する。敵がこちらに気付いて対応を始める前に逃げる、といった作戦だ。

 口で言うには簡単だが、荷物を限界まで積んだ状態での長距離飛行は、前線にいる竜騎士ドラグーンであっても過去に訓練としてやったくらいだろう。

 今作戦に参加する竜騎士ドラグーンには、物資の輸送よりも自らの命を守ることを優先し、物資のせいで墜つい落らくする可能性がある場合は迷わず投とう棄きせよ、と厳げん命めいされている。

 物資を失うのは辛つらいが、竜騎士ドラグーンもドラゴンも物資よりお金がかかっており、さらに言うのであれば、砦に詰めている通常の兵士よりも失うには惜おしい存在だからだ。

 それに、ドラゴン一頭につき二〇〇キロ近くの物資が載せられており、一番体格の良いヴィリアに至いたっては倍以上の五〇〇キロもの荷物を取り付けている。少しくらい少なくなったとしても、何とかなるからだ。

「話には聞いていたが、ロベールのドラゴンは凄すごいな」

 カムテー村で乗せている荷物を下ろしたあと、ヴィリアにブラッシングをしていると、感心した声でキース隊長が言ってきた。

「何度も命を救われています。愛すべきドラゴンです」

 そう言いながらヴィリアの顎下を撫なでると、お返しと言わんばかりにヴィリアが甘あま嚙がみをしてきた。

「そうか。仲が良いんだな。だが、体格は良いのは分かるが他のドラゴンの倍以上積んでいるんだろう? 大丈夫なのか?」

「この程度の荷物であれば、ヴィリアは問題なく飛ぶことができます」

 この積載重量は、ヴィリアが自分で申告してきたものだ。自己申告なので、他のドラゴンに比べれば、無理をしていないと言えるだろう。

「なら、いいのだが……」

 そうはいっても、この村を飛び立てば、砦へ物資を投下してから敵がいない安全圏まで一度も降りることがない行程なので、俺を心配するキース隊長の表情は微妙だ。

 他の竜騎士ドラグーンたちの顔も緊張で強こわ張ばっていた。

「明日からはかなりキツイ行程となる。大丈夫か?」

「この村に到着するのは、もう少し時間がかかると思っていました。それに、今からであれば屋おく外がいで休むことを考えても、かなり休息をとれるでしょう」

「馬鹿を言うな。この中で一番体力が少ないのはロベール、お前だ。途中で滑落してもらっては困るから、無理をするなと言っているんだ」

「私の愛竜はとても賢く、体力もあります。これだけの荷物を積んだ状態で、ここから砦へ行って帰ってくるくらい、全く問題はありません。また、私は安全帯を付けているので、最悪滑落することはありません」

 そう言い、腰に付いている安全帯をキース隊長に見せると、あからさまに眉を寄せた。

 やはり、熟練の竜騎士ドラグーンには、安全帯はお気に召めさないようだ。

「将来的には、そのような小物に頼らずともドラゴンに乗れるようにしなければいけないぞ」

「はい、善ぜん処しよします」

 善処どころか改めるつもりはなく、さらに安全帯を広めようとしているので、これは口ばかりになってしまう。

 だが、俺の迷うことない返事が良かったからか、キース隊長は満足そうに頷いた。

「今日は早く寝たほうが良い。小さいが、村長に頼んで部屋を貸してもらえることになったから、ロベールはそちらで寝ろ」

「分かりました。ありがとうございます」

 外でもヴィリアが居れば暖かいので問題ないが、屋根がある部屋で寝かせてくれるというのであれば、その好意をありがたく受け取ろう。

 明日は早い出発ではないとはいえ、準備をしていれば時間などすぐになくなる。寝坊しないように気を付けなければいけない。


     □


「──い、お────ル」

 マフラーで顔を覆い、裏起毛の帽子を被っていても煩うるさいほど聞こえる風切り音の中で、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。そして、次第に薄ぼんやりとではあるが意識が覚かく醒せいを始めた。

「おい。起きろ、ロベール」

「ふぐっ?」

 今まで暖かいベッドで寝ていたはずなのに、目を開けると真っ暗な空を飛んでいる映像が飛び込んできたので、驚いてしまった。どうやら夢を見ていたようだ。

「もうすぐ砦だ。周りの奴らも慌ただしくなり始めたぞ」

「そうか。ありがとう」

 後ろに積んだ荷物を背もたれにして寝ていたので、肩と尻が凝こってしまった。それにしても、竜騎士ドラグーン本部から支給された高級防寒服が、思いのほか高性能で暖かかったので眠りが深くなってしまっていたようだ。

「寝ていた俺が言うのもなんだけど、ヴィリアは大丈夫か?」

 周りの竜騎士ドラグーンの動向に目を配らせながら、ヴィリアの首筋を撫でながら話しかけると、ヴィリアはくすぐったそうに鼻を鳴らした。

「ふん。私は人間と違って三週間くらい寝ずにすごせるし、一週間と少しは何も食わなくても大丈夫だ。荷物が増えた状態で長距離を飛ぶなど、私にとって造ぞう作さもないことだ」

 ヴィリアってそんなに高性能だったのか。腹が減へったらそこら辺の草も食っているから、俺の中では食い意地が張はったドラゴンだったよ。

「それより、お仲間が九人ほどはぐれたぞ」

「マジか……」

「大マジだ」

 辺りを見渡すが、月明かりがあると言っても夜明け前の一番暗い時間帯だ。人間の視力では遠くまで見ることはできないし、たとえ見れたとしても人数を数えることはかなり大変だろう。

「やっぱり無理があったかな……」

 敵に見つからないように高度は高く──余裕をもって二〇〇〇メートルくらいを飛んでいる。気温は零れい下かになるかならないかくらいなので、皆かなり辛いはずだ。

 俺の場合はヴィリアの体温が高いので暖かいが、他のドラゴンはヴィリアのように体温は高くない。そんな状態で脱落者が九人ということは、数としてはかなり優秀なのかもしれない。

 これで、残りは九一頭だ。

「その半分以上が降下ではなくおかしな方向へ飛んで行っただけだから、上に乗っている奴が寝たか仲間を見失って迷子になったかだろうな」

 体力の消しよう耗もうが激しい環境だから仕方がないが、何たる失しつ態たいか。

 俺も寝ていたのだから人のことは言えないが、ヴィリアがいてくれて本当に助かる。

 寝ていた頭を回転させるためにヴィリアと話していると、遠く前方から明るい光の点滅が見えた。

「降下の合図だ。作戦が始まるぞ」

「あぁ、分かった」

 緊張する俺と対照的に、ヴィリアは軽く返事をした。

「再度確認するが、敵竜騎士ドラグーンが上昇あがって来たとしても、物資の投下を最優先する。敵竜騎士ドラグーンへの対応は、攻撃目標破壊後とする。いいな?」

「安心しろ。お前のやりやすいように動いてやるよ」

「頼んだ」

 自分の降下するタイミングを待っていると、目の前を飛んでいた竜騎士ドラグーンが降下を始めた。ヴィリアもそれに合わせるように降下を始める。

 地面に近づいてくると目標の砦が見えてきた。物資不足のためか、二〇〇〇メートル上空からでは分からないほど小さな、心許ない篝かがり火びが点々と焚たかれていた。もう本当にギリギリだったのだろう。

 そんな砦へ、希望が詰まった物資の投下が開始される。

 ゆっくりと降下していたヴィリアだが、砦へ一定の距離まで迫ると体を少し傾け、一気に加速した。

 ほんの少しの浮遊感を受け、腹の中がゾワリとする感覚に襲われる。

 体から出る水分で曇くもってしまったゴーグルをずらすと、今まで濁にごっていた視界が一気にクリアになり、地上の篝火が勢いよく迫ってくるのが見えた。

「先頭が投下を始めた! ロープを切り離す準備をしろ!」

「おうよ!」

 眼下には、先頭が切り離した物資のパラシュートが開いていた。夜明け前の深い闇やみの中で、白い大輪の花がたくさん咲いているようで綺麗だった。

 そして、風切り音が煩いにもかかわらず、物資が地面に着地する鈍にぶい音おとが耳に届き始めた。重く硬い物を叩きつけるような音だ。

 大きめに作ったはずのパラシュートだったが、投下の加速と物資の重さを殺すには大きさが足りなかったようだ。

 砦──というより、空の異常に気付いた敵陣から、甲高い笛の音が聞こえ始めた。

「敵が気付いて動き始めたな。物資を投下した先頭集団はすでに撤てつ退たいを始めたようだ」

 遠くを見渡せない俺の代わりに、周囲の状況をヴィリアが教えてくれる。

 ユスベル帝国の竜騎士ドラグーン基準でいえば、装備を整えた待機状態で空に上がるまでの時間は約三〇秒。装備を整えてからでも、三分強といったところだ。

「敵が上がってくる様子は!?」

「ない! 今は何人かでドラゴンを起こして回っているような状況だ。ドラゴンの近くに竜騎士ドラグーンらしき存在は見当たらない!」

 油断するつもりはないが、このままいけば敵竜騎士ドラグーンが上がってくるまで三分はかかるだろう。

 これが、不意を突いたというのであれば良いが、俺たちが明日の夜中に来るのを見越して、夜や警けいをしている竜騎士ドラグーンが少ないんだったら笑えない。

「ロープを切れ!」

「おぉ!!」

 固く編あまれたロープをナイフで傷つけると、物資の重さも相あいまってロープは見る見るうちに解ほぐれながら千ち切ぎれて行った。

 どんどんと物資は投下され、眼下に白いパラシュートの花が咲いていく。俺たちが落とした物資のパラシュートは綺麗に開いたが、中にはパラシュートが開き切らずに、減速することなく地面へ衝突して爆砕している物がいくつも見られた。

 パラシュートについては、まだまだ検討の余よ地ちがあるようだ。

「全部落としたな? では、上昇あがるぞ!」

「なるべく体を揺らさないように頼む!」

「多少は我慢しろ!」

 物資の投下ポイントとなっていた、砦の南北をつなぐ大通りは酷ひどい有様だ。片づけのことを思うと申し訳ないくらい滅茶苦茶になっているが、空へ上がり始めた俺たちにはどうすることもできない。

 しかし、俺たちが落とす物資の数々は、砦に詰めているギリギリの状態の兵士たちを勇気づけるには十分なようだ。兵士たちは俺たちに向かって、飛び上がらん勢いで手を振っていた。

 一人ひとりが乱雑に叫んでいたが、それが次第に唱しよう和わとなり、地鳴りのような雄おたけびとなってゆく。目に見えて士気が回復した瞬間だった。

 だが、俺は雄たけびの唱和を気にすることなく、背もたれにしているバッグから取り出した物に集中した。

 バッグから取り出したのは、灰がこぼれないように通気性のよい布で封ふうをされた壺つぼだ。それと共に、ヴィリアの左右に取り付けられた箱のフタを開けて、賽さいの目めに区切られた箱に収められた中身に問題ないか確認する。

 壺の中にはカムテー村で火を点つけておいた上質な炭すみが火種として入っている。賽の目に区切られた箱の中には、内容量五〇〇ミリリットルくらいの、厚みのない陶器製の花瓶のような物が入っており、その口は布が詰められている。

 全ての花瓶の口に詰められた布を少しだけ引っ張り出して、垂たらした。

「よしヴィリア。準備ができたから、敵陣の真上へ行ってくれ」

「怪け我がをするなよ!」

「当たり前だ!」

 他の竜騎士ドラグーンと同じようなルートで飛んでいたヴィリアだが、俺の準備が整うと共に群むれから離れ、戦闘準備が整いつつある敵陣へと向かった。

 ヴィリアの体が水平に戻ると、壺から灰に埋うめておいた炭を掘ほり出だした。炭は、それまで弱々しい赤色だったが、酸素を大量に消費できるようになると、目に痛いほど煌こう々こうと輝き始める。

「点てん火か式しき~!」

 風に布が揺らされないようフタを防ぼう風ふう板ばんにして、花瓶から垂らした布に燃えている炭を近づけ、着火させる。

 花瓶の中身は、蒸留酒を共沸して取り出した高濃度のアルコールだ。出所は言わずもがな。この世界で唯一蒸留酒を作っている小さな個人酒蔵からだ。

 長いこと寒い空を飛んでいたので、布に含まれたアルコールが冷えており、火が付きにくくなっていた。それでも、布を火に触れさせていると、水分の蒸発音が数回なり、火が点いた。

 この花瓶の正体は、火か炎えん瓶びんだ。油ではなくアルコールを選んだのは、冷えていても燃えやすく、火柱が上がりやすいので見た目を重視した結果だ。

「おいっ! 何をやっているんだ!」

 火を点けた火炎瓶を落とす準備を整えたところで、近づいてきた竜騎士ドラグーンに怒鳴られた。

 皆の疲労はピークに達しており、自分の仕事で一杯いっぱいのはずなのに、他人に目配りができるなんてどれだけ体力があるのか、と思った。だが、怒鳴ってきた竜騎士ドラグーンを見て合が点てんがいった。

 俺が砦に居続けていると思い、バルシュピット領に留とどまり続けていたフィーノだったのだ。

「荷物を投げ込んだら、撤退する手はずじゃないのか!? 何をしているんだ!」

 この作戦以外に割ける竜騎士ドラグーンはいなかったため、フィーノへ作戦のことは伝えていない。

 たまたまなのか、それとも毎日監視をしていたのか、フィーノは俺たちが突入をするのを見て、危険なこの場まで飛んできたのだろう。そして、他の竜騎士ドラグーンの動きから作戦の概がい要ようを察したが、俺だけ違う動きをしていたのでそのことについて問いにきたのだろう。

 物資を投下した後は一いち目もく散さんに逃げるという明確な目的があったので、俺一人くらい群れから離れてもバレ難いと思っていたのだが、当てが外れてしまった。

 手に持った火炎瓶にはすでに火が点いており、さらには敵陣の真上に来てしまっているのだ。ここで引き返すことなどできない。

「特務として、命令を受けました!」

「何だと!? 何をする気だ!」

 これ以上、フィーノと話している暇はない。旋回してもう一度仕切り直したかったが、敵の竜騎士ドラグーンが数頭ではあるが空に上がり始めているので、それは諦あきらめなければいけなかった。

 この世界の騎士の気質を鑑かんがみれば見られたくなかったが、見られたら見られたで回避するための話も出来上がっている。

「これは、特務である!」

 フィーノにも聞こえるように、自分に言い聞かせるフリをしながら大声で叫んだ。

 一つ目の火を点けた火炎瓶を投下すると、次々と同じように火を点けては投げていく行為を繰り返した。なるべく、天幕や物資を積んでいるだろう荷車へ向けて。

 初めは選びながら投げていたが、敵陣の切れ目が見え始めると、残りは無差別に投げていった。

 敵陣で割れた火炎瓶は、俺の予想通り火柱を挙げて辺りを赤く包んだ。その炎あかに包まれた敵兵は、火柱に狼狽うろたえながらも消火のために右往左往し始めた。

 全て投げ終えると、そのことをヴィリアに告げ、空高く上昇あがってもらった。

 三〇本入りのケースをヴィリアの左右に取り付けているので、計六〇本もの火炎瓶を敵陣へ投げ込んだことになる。

 フィーノも俺の後ろ──燃え盛る敵陣に気を取られているが、問題なくついてきいていた。

 あれほど暗かった地面が、一部ではあるが明けの空に照らされるよりも早く明るくなっている。

「ロベール! テメェ、なにしとんじゃ!!」

 下の惨さん状じように放心していたフィーノだったが、ようやく正気に戻ったのか、少し離れているにもかかわらず耳元で叫ばれているような声量で怒鳴ってきた。

 ずいぶん切れているようで、言葉に普段は聞かないような訛なまりが出ていた。

「これは、特務です! それ以上の何物でもありません!」

「何が特務じゃ、クソボケ! これが竜騎士ドラグーンのやることか! 恥はじを知れ!!」

 俺がやったことがよほど気に入らないのか、怒ど髪はつ天てんを突くといった形ぎよう相そうで怒鳴り散らしている。侯爵家の息子に対しての言葉遣いもできなくなっているようだ。

「喋しやべっている暇があるんだったら、早く飛んでください! 貴方が先に行かないと、俺が逃げられません!」

 後ろには、自陣の惨状にブチ切れた四人の敵竜騎士ドラグーンが、俺とフィーノに向かってどんどんと差を詰めてきている。──いや、差を詰めているどころか、凄まじい勢いで迫って来ていた。

 ヴィリアはまだ体力があり、フィーノのドラゴンはこの作戦に参加していないので体力的に問題ない。しかし、俺たちが飛ぶ先には、体力の限界が来ている竜騎士ドラグーンとドラゴンが見えている。

 敵の竜騎士ドラグーンに対応し、殿しんがりを務つとめることができるのは俺たちだけなのだ。

「先に行け!」

 ヴィリアの左右に付けている、火炎瓶を入れていた箱を投とう棄きした。身軽さを取り戻したヴィリアは、俺が手綱を引くのに合わせて空中で背面一回転をきめ、背後から迫って来ていた敵竜騎士ドラグーンの頭上へ肉薄した。

「ッ!?」

 敵の竜騎士ドラグーンからしてみれば、突然視界から消えた巨大なドラゴンが、次の瞬間には自分の頭上にいたのだ。驚くのも無理はない。

「────!!!!」

 声は聞こえないが、何を叫んでいるかは容よう易いに想像できた。

 敵竜騎士ドラグーンが長槍を俺たちに向けるが、それよりも早くヴィリアが敵のドラゴンの頭を踏み潰した。

 敵のドラゴンは脳のう震しん盪とうを起こしたのか、羽ばたきを止めピクリとも動くことなく墜つい落らくしていった。ドラゴンが木の葉の如ごとく暗い地面にすいこまれていくさまは、恐ろしすぎて言葉が出なかった。

 その落下した仲間を救出しようと、三番目についていた竜騎士ドラグーンが離脱し、残るは二番目と四番目についていた竜騎士ドラグーンだけとなった。

「あと二頭か!?」

 俺の目で見えるのは、背後に迫ってきている二頭だけだった。周囲は明るくなり始めているとはいえ、まだまだ暗いので自分の目を信じることはできなかった。

「手近にいるのはあれだけだ!」

「なら、とっとと落として帰ろうぜ!」

「分かっている! お土産みやげも付けてな!」

 頼もしいヴィリアの言葉に、顔がにやけるのがわかった。

 こうして、竜騎士ドラグーン対竜騎士ドラグーンの戦いが再び始まった。