竜騎士ドラグーン育成学校に到着したのは、砦とりでを出た翌日の夕方だった。帰還後、そのままの足で蛮ばん族ぞくがいなかったことと、西の端はしにある砦が敵に包囲されていることを学校に報告した。

 途中で抜ぬかしてしまったのか、先に戻らせたフォポールたちは学校へ戻っておらず、そのため報告者は俺しかいなかった。学校側は俺の報告の事実確認を行うと共に、竜騎士ドラグーン本部と騎馬騎士本部へ早馬を出した。

 しかし、竜騎士ドラグーン本部は報告内容の確認のために、俺の所へすぐに人を寄よ越こしてきたのだが、騎馬騎士本部からは何のアクションもなかった。

 帰還当日は、何の進展もないまま終わった。

 翌日も騎馬騎士本部側からアクションがないので、俺が見間違えたか功こう名みよう欲しさに噓うそを報告しているのではないのか、という話が学校内で聞こえ出した。

 報告内容はクラスメイトどころかアムニットたちにも話していなかったのに、一部の生徒はなぜか知っていた。話を流したのが、竜騎士ドラグーン本部なのか騎馬騎士本部なのか分からないが、体制に問題がありすぎだろう。


 学校へ戻ってから三日がすぎた。砦の管かん轄かつは騎馬騎士本部なのだが、その騎馬騎士本部が動こうとしないため竜騎士ドラグーン本部としては手を出すことができず、時間だけが無む為いにすぎていった。

「ロベール様、お代かわりはいかがですか?」

「ありがとう。貰もらうよ」

「はいっ」

 俺の返答に元気よく返事をしたアムニットは、カップへ琥こ珀はく色いろの紅茶を注そそぎ始めた。

 砦に詰める兵士のために何かやりたくても、学校から出た待機命令があるため今も動けないでいる。皇都へ戻って来てから三日が経たったというのに、砦のことは俺の勘かん違ちがいだったといわんばかりに、静かな日常がすぎている。

「私もいただきますわ」

「あっ、私も~」

「僕も……」

「俺も、貰っていいか?」

 俺たちがいつも使っている屋おく内ない喫きつ茶さスペースのテーブルには、アムニットから供きようされる紅茶に舌した鼓つづみを打ついつものメンツの他に、珍めずらしい生徒もいる。

 それは、インベート準じゆん男だん爵しやくの子供であるブロッサム先生と、弟のカナンだ。

 実家まで距離があるためなかなか帰ることが出来ないらしく、インベート準男爵や母親の近況を教えてやると、とても喜んでくれた。

 二人とも、実家付近の砦で起きていることを誰だれかから聞いたのか、戦火がバルシュピットへ及およぶのではないか、と心配していた。

 ブロッサム先生とカナンが増えた代かわりというわけではないが、ここにはメイドのミナがいない。

 俺の体は日常生活を送るうえで、特に問題がない程度には回復している。そのため、ミナに介かい抱ほうしてもらうほどではない。皇都でのミナの仕事と言えば部屋の掃除といった雑務がメインで、後はお茶の世話くらいだが、アムニットがホストとなる時にミナは必要なかった。

 やることがないのに侍はべらせるのも申し訳なかったので、数時間だけだが暇ひまを出すと、ミナは俺が蛮族調査に行っている間に通い始めたという剣術道場へと行った。

 マシューに来た斥せつ候こうの時のような不ふ測そくの事態でも、自身だけでなく俺の身も守れるようにするために訓練をするんだそうだ。実に頼もしい。

 初めは警戒心丸出しだったミナだったが、最近はグッと頼たのもしくなってきた。ヴィリアのように信頼できる、いなくてはならない存在になっていた。

「なぁ、アバスよ。何か新しい話はないのか?」

「すまんが、何もない」

 アバスとは、毎日同じやり取りをしてしまっている。

 未いまだに表立った動きを見せない騎馬騎士本部だったが、騎馬騎士に伝つ手てがあるアバスがいうには、兵を招集するような話は出ているようだった。

 しかし、それだけである。

 どこの部隊を何人規模で送るか、といったところまでは、話が進んでいないようだ。

 竜騎士ドラグーンの場合は、これほど時間はかからない。竜騎士ドラグーンと騎馬騎士は運用方法が違うので簡単に比べることが出来ないが、竜騎士ドラグーンの場合は単独というか少数での行動が多いため、個人の裁さい量りようが大きく割さかれている。

 それに、人数も少ないので騎馬騎士のように誰にどの任務を与あたえ、どのようにキャリアアップさせるか、ということを考えることなく、ほぼ決まった人間が慣なれている任務に就つく、といった形をとっているのも大きい。

 なので竜騎士ドラグーン本部に併へい設せつされている竜騎場には、ドラゴンが等間隔で配置され、その隣には戦闘用具一式が積み込み待ちの状態で置かれている。竜騎士ドラグーンたちは命令があれば一時間以内に飛び立てるように準備がされている。

 騎馬騎士本部の腰の重さはいつものことだが、今回はことがことなので待機している竜騎士ドラグーンからも不満の声が上がっていた。

 まぁ、騎馬騎士本部は騎馬騎士だけでなく歩兵から輜し重ちよう隊まで大量の人間を動かさなければならず、すぐに動きを変えることができないのもあって腰こしが重いのだ。

 それに、竜騎士ドラグーンは騎馬騎士本部が運用している輜重隊がいなければ、戦場で竜騎士ドラグーンやドラゴンの食べるものがないので、文句を言いたくても言えないでいる。

「失礼しますっ!」

 考えごとをしていると、喫茶のドアをノックしながら入ってくる竜騎士ドラグーンがいた。その竜騎士ドラグーンとは、あの戦場で別れた仲間の一人の、アシュリー・エコールだった。

「やはり、すでに戻られていましたか」

 アシュリーは俺の前に立つと敬礼をした。その姿は、空の長旅が堪こたえているのかやや草臥くたびれていた。

「お疲つかれ。遅かったな」

「ストライカー様が早すぎるんです。これでも、大急ぎで帰って来たんですよ」

「なるほど、それは大変だった。他の奴らは?」

「竜騎士ドラグーン三名とエヴァン含む候補生二名が、ストライカー様が砦からいつでてきてもいいように、バルシュピットで待機しています。朝と夕方に、砦の様子を偵てい察さつに行っています」

「先に戻っていろって言ったのに、何やってんだよ……」

「私もそれを具ぐ申しんしたんですけど、あれだけ囲まれている状態で出てこられるわけがない、と」

 残念ながら、あの時に言った俺の言葉をアシュリーと、早く帰りたがっていた一部の候補生以外は誰も信じていなかったようだ。

 日が落ちてから砦を脱だつし、皇都へ戻って来たことを話すと、アシュリーは驚きよう愕がくしていた。

「でも、帰って来てくれたのは良かった。証言者が俺しかいなかったから、砦が敵に攻め込まれているのが、俺の見間違いか功名欲しさに吐ついた噓だと疑われている」

「分かりました。戻って来た者と共に、一度、竜騎士ドラグーン本部へ伝えに行きます」

「頼んだ」

 アシュリーが喫茶を出ていこうとすると、それに入れ違いになるように寮りよう長ちようが慌あわてて入って来た。

「ストライカー様、たった今この手紙を受け取りまして、急いで持ってきました」

 若じやつ干かん息が上がっている寮長から手紙を受け取ると、外装など気にすることなく封を切った。

 中に使われている紙も外装と同じく上質な紙が使われている。こんな上等な紙で送ってくる奴はどこのどいつだ、と思いながら手紙の内容に目を走らせていくと、次し第だいに頭の血管がブチ切れそうになった。

「あのクソ野郎……」

 手紙の送り主は、あの日、酒を飲んだ帰りに一ひと悶もん着ちやくあった騎馬騎士のヴァンデスだった。

 その手紙の内容は、簡単に言ってしまえば「ミナが騎馬騎士に戻りたがっているので奴ど隷れいから解放する。金はとりに来い」と言うものだった。ミナの金額をキチンと調べているようで、あの奴隷商のサインがされたミナの販売額が書かれていた。

「あの……ロベール様……?」

 隣に座っているアムニットが心配そうに聞いてきた。

 それに気が付き顔を上げると、あまり顔の造形がよろしくないことになっていたのか、テーブルについている皆の表情が心配そうな顔つきになっていた。

「心配ない。ちょっと出かけてくる」

 これ以上、印象が悪くならないように笑顔で対応するが、先ほどの言葉と表情から明らかに何かある、と察した皆の表情は複雑だった。

「ロベール、何か手伝えることがあったら、言ってくれ」

 ただならぬ様子に、アバスが声をかけてくれたが、俺はそれを丁てい重ちように断った。

 相手は、本物のロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーの顔を知っている。侯こう爵しやく家けの子供に対してこれほど不ふ遜そんな態度に出ているのだから、ミナの奴隷解放を渋しぶったらそこを突いてくるだろう。

 この世界でも替かえ玉だまという概念があるらしいが、そのどれもが将来的には政せい敵てきにつけ入れられる隙すきとなり、ほぼ例外なく家が傾かたむくか潰つぶれている。

 ここは、大人しく金を貰ってミナをヴァンデスに渡した方がいいのか……?

「あの……、もしかしてミナさんに何かあったのでは……?」

 どう対処すべきか黙考していると、静かに座っていたミシュベルがズバリ突ついてきた。

 問うと、俺が蛮族調査に行ってすぐに、騎馬騎士の訓練場で訓練を始めたそうだ。アバスもそのことを知っていたらしいが、皆は俺が許可を出したものとばかり思っていたそうだ。

 そこで、キナ臭さを感じた。ミナの性格から昔の仲間を頼たよって、このようなことに恩を仇あだで返すような人間には思えなかった。もちろん、ミナの全すべてを知っている訳ではないので、本性はそんな人間なのかもしれないが……。

 いや、あの性格だ。こんなことができるような奴ではない。

「ロベール様は最近落ち着いているから、舐なめられたのかもしれませんねぇ~」

「ちょっ、お姉ちゃん!」

 ブロッサム先生が場の空気を全く読むことなく発した言葉に、弟のカナンが顔を真まっ青さおにしながら姉の口を塞ふさいだ。カナンは俺に対して曖あい昧まいな笑顔を向けていたが、ミシュベルに睨にらまれるとさらに顔を真っ青にした。

「貴女あなた──」

 目つきの変わったミシュベルが何かを言おうとする前に、俺は両りよう膝ひざを叩たたき勢いよく立ち上がる。

「よしっ! 確かにそうだな。何をするにしても、まずは本人に聞いてみないと」

「でっ、ですが、もし──ロベール様の意に沿そわない結果となってしまったら……?」

 マシューでミナと共に料理を作り、同じ釜かまの飯を食った仲となったアムニットは、ミナを心配してか俺に問うてきた。

「その時は、その時だ。互たがいにとって最良の結果になるように努力はする」

 一度は、ことを大きくしないようにヴァンデスの言う通りにしようと思った。だが、ミナは紙や石せつ鹼けんの作り方を知っている。

 ここで資金源となる知識を流出させるわけにはいかないし、流出してしまっては俺の計画がどんどんと崩くずれて行ってしまう。

 いや、もうかなり崩れているが、ここで行動を起こさなければ後は座ざして死を待つだけになるだろう。

 なにより、ミナから直接聞かない限り、あの手紙は信じるに値あたいしない。

 ヴァンデスは、俺が入いれ替かわっていることを突いてくるだろう。ならば、対抗策を講こうじなければいけない。

 危険だが、ストライカー侯爵家に助けを求めるのが一番だろう。

 俺が本物のロベールから入れ替わりを持ち掛けられて、入れ替わっていること。そして、そのことがよりにもよって、騎馬騎士の人間にバレそうになっていることを。

 ストライカー侯爵家は上級貴族であり、国の行く末を決める国議会にも参加できるほどの貴族だ。今の地位を守るためにも、全力で俺のために動いてくれるだろう。

 ならば、出ていく前に急いで手紙を書いて、ストライカー侯爵家まで送らなければいけない。

「俺はでかけるから、竜騎士ドラグーン本部から呼び出しがあったら後で行くと言っておいてくれ」

 俺に続き、アバスをはじめアムニットとミシュベルも立ち上がった。しかしこれ以上、面めん倒どう臭くさくなるのも困るので待たせておくことにした。


     □


 ヴィリアと出発しようとすると、待機している竜騎士ドラグーンたちは、ついに命令が下ったか、と慌ててドラゴンへ荷物を積み始め飛び立とうとしたために、無む駄だな騒動が起きてしまった。

 お陰で俺が出ていくための理由を説明するのに時間がかかってしまった。その時間を取り戻すためにもヴィリアに跨またがり、指定された場所へ急ぐ。

「全く、騒そう々ぞうしいな……」

 昼寝していたヴィリアは寝起き早々あのような騒ぎが起きたことに、少々イラついていた。

 俺が会いに行く時はいつも起きているイメージだったので、寝起きで機嫌が悪いヴィリアを見るのは初めてだった。

「悪いな。ちょっと前に喧けん嘩かを売って来た騎馬騎士がいてね。そいつが、ミナを金で買おうとしてきたんだ」

「ロベールは貴族でも偉い方なんだろ? そんな奴に喧嘩を売るとは、そいつも偉いのか?」

「それは分かんないけど、ちょっと弱みを握にぎられていてね」

「弱み?」

「俺は、本物のロベールじゃないんだ」

 黙だまっているつもりだったが、やはり共に戦うヴィリアに対して失礼だと思ったからだ。それに、結果的にもしかしたら今ある生活を捨ててどこかへ逃げなければいけない。

 そうなったら、ヴィリアはどうするだろうか、と考えた結果だった。

 逃げるのは俺だけの理由だし、それにヴィリアが付き合うこともないのだが、新天地へ行くまで背中を貸してほしかった。

 我ながらセコイと思う。

「──そうか」

 少し黙考した後、ヴィリアは静かに答えた。

「それを話して、ロベールは何をして欲しいんだ?」

「今から会いに行く騎馬騎士は、俺が偽にせ者ものだと知っている。今回がどんな結果になろうと、いつか相手は俺が偽者だということを必ずバラすだろう。そうなれば俺はここにいられなくなる。それどころか、貴族を謀たばかったとして死刑にもなる。でも、俺は死にたくない。だから、俺を逃がしてほしい」

 何をしてほしいのか、という問いに対して答えると、ヴィリアは何が面白いのか喉のどの奥で笑い始めた。

「なるほど、替え玉と言うものか。今までずっと黙っていたのは気に食わないが、ずいぶんと面白いことをしているじゃないか」

「黙っていたのは、謝る。ただ、ヴィリアが言うほど面白いもんじゃないぞ」

 貴族に縁えんも所縁ゆかりもない奴隷出身の俺に、貴族がビビッているのは見ていて面白かった。友人ができてからそういったことは思わなくなったが。それに、入れ替わりは自分で思いつき行動したはずなのに、初めの頃は胃に穴が開きそうな感じになっていた。

「失敗したときは、その時だ。私もまだ死ぬつもりはなく、またロベールが何を成なそうとしているのか気になる。いいだろう。もしもの時は、私が全力で助けてやる」

「ありがとう、ヴィリア」

 先ほどまでの不機嫌さが噓のように、ヴィリアは軽やかな声で笑った。


 手紙で指定されたキリッカ第三訓練場というのはすぐに見つけることができた。だだっ広い平原に、騎馬騎士が十数騎集まっているのだから目立ってしょうがない。

 あいさつ代がわりだ、と言わんばかりに、ヴィリアは騎馬騎士たちの眼の前へ強力なダウンウォッシュを起こしながら降り立った。

「貴様! ドラゴンで目の前に降りるだけではなく、我々に砂すな埃ぼこりをかぶせるとはどういうつもりだ!」

 砂埃が収おさまるとヴァンデスの隣に立っていた騎馬騎士が怒声を上げた。

「すんませんねぇ。こちとらまだまだ候補生なもんで、どうにもドラゴンを扱あつかいきれなくて」

 俺の成績を知っていれば噓だと分かることだが、相手はそこまで調べていなかったのか、俺が慣れていないというと忌いま々いましそうに口に入った砂を唾つばと一緒に吐き出した。

「それで? 俺の奴隷のミナが騎馬騎士の訓練場にお邪じや魔ましているらしいけど、どこにいるんだ?」

 いやらしく笑いながら周囲を見渡して、ミナを探すフリをした。上空からここへ降りてくる間に、ミナがいないことは確認済みだ。

「貴様が知る必要はない。ストライカー侯爵様が何を考えられているのか俺には分からないが、今の私には関係ない。金をやるからとっとと失うせろ」

 ミナを俺の奴隷と言ったことが癪しやくに障さわったのか、ヴァンデスの顔に険けんが増し語気が少々荒くなった。

 さすがに、ロベールのことを知っていても、本物のロベールはすでに死んでおり俺が入れ替わっている、とまでは考えが至いたらなかったようだ。しかも、俺がストライカー侯爵の指示で竜騎士ドラグーンをやっていると思い込んでいるようだった。

 これは重ちよう畳じよう。

「騎馬騎士というのは頭が悪いのか? それとも、貴様の頭が一等悪いのか? 俺は、ミナはどこだ、と聞いたんだ。もう一度だけ聞いてやる。ミナはどこにいるんだ」

「貴様! ストライカー侯爵家の身内だからとこちらが大人しくしていれば図ずに乗りおって! そもそも、ドラゴンに乗り上から見下ろすとは何事か! 降りてこい!」

 またヴァンデスの隣の奴が吠ほえた。ヴァンデスよりも年上だと見えるその騎馬騎士は、俺のことがよほど気に入らないのか、瞳ひとみに殺気が籠こもっている。

「おっと、これは失礼しました。騎馬騎士の皆さまが下馬していなかったために、こちらもそれが礼儀だと思い、ドラゴンから降りることなど微み塵じんも考えませんでした」

「ならば、降りたらどうだ!」

「騎馬騎士の皆さまが下馬していなかったために、こちらもそれが礼儀だと思い──」

「貴様ッ!!」

 馬鹿にしているのに気付いたのか、騎馬騎士は顔が真まっ赤かだ。対してヴァンデスは俺のことを冷ややかな目で見ている。

「とにかく、ミナを呼んで来い。話はそれからだ」

 ヴァンデスはそれに答えることなく、近くにいる騎馬騎士に命じてミナを呼びに行かせた。


 自ら馬を駆かってキリッカ第三訓練場までやって来たミナは、ヴィリアに乗った俺とヴァンデスが対たい峙じしているところを見て、顔を青くした。

「ヴァンデス、これはどういうこと?」

 今回のことは、ミナに知らされていなかったようだ。元クラスメイトが先走っただけということか。

「ストライカー侯爵家の身内が、君に最後の別れを言いたいと来ているんだ」

「最後の別れ!?」

 ミナは驚き俺の方を向いた。

 その表情は、奴隷として買われた当初よりも悲壮感に満みちており、親とはぐれて迷子になってしまった少女のようだった。

「そいつの話では、ミナは騎馬騎士へ戻りたいということになっているらしい。俺としてもその意思を尊そん重ちようしたいのは山々だが、準統治領で様々なものを見られたからな」

「それは脅おどしだ! 金を払ってやるんだ、大人しくミレニウスを解放しろ!」

「いちいち煩うるさい奴だな。そもそも、金を払ってやるだぁ? お前のお友達は、金で買えるのか? それで、金で買った後はそこに付け込んでどうするんだ?」

「侮ぶ辱じよくする気か、貴様!!」

 今まで何とか冷静に俺とやり取りをしてきたヴァンデスだったが、この一言には我慢できなかったのか、怒鳴り声を上げながら剣に手をかけた──。

「ゴアァァァァァア!!!!」

 ──瞬間に、ヴィリアからも怒声が上がった。

 それまで大人しくしていたドラゴンヴイリアが吠えるとは思っていなかったのか、ヴァンデスの周りにいた馬が屈くつ倒とうし、騎馬騎士数名が落馬した。

 吠えたヴィリアは牙を剝むき出しにしながら、ヴァンデスたちを睨んだ。一いつ触しよく即そく発はつという言葉がよく似合うこの状況に、騎馬騎士たちの頰ほおに嫌な汗が流れた。

 騎馬騎士の方が数は多いが、純粋な力ではドラゴンの方が何倍も勝っている。目の前で暴れられでもしたら、特に落馬をした騎馬騎士たちに逃げ場はなかった。

 俺と騎馬騎士たちの間に嫌な緊張感が流れ始める。

「ロベール様! お願いします、矛ほこをお収めください!」

 馬が屈倒したために落馬してしまったミナが、俺と騎馬騎士の間に飛び出して来て土下座した。

「何のつもりだ?」

「……彼は、家族に売られた私を不ふ憫びんに思い、クラスメイトの好よしみでこんな行動に出てしまっただけです。どうか、どうかお許しください!」

 ミナがヴァンデスを庇かばうところを見ても面白くはないが、奴がどのような行動をするのか気になりそちらを見た。

 庇われているヴァンデスはミナの行動と言葉に呆あつ気けにとられたが、すぐに正気を取り戻したように言う。

「何をしているんだ、ミレニウス! そいつは、噓で塗ぬり固かためられた男だぞ! 君がそんなことをする必要はない!」

「お願いだから、もう止やめて!」

「君だって、騎馬騎士になりたいって言っていたじゃないか! だからこそ、今も訓練場で共に訓練していたんだろう」

「訓練はしたかった! でも、騎馬騎士になりたいだなんて、もう言ってない! 私の人生なのに、何でみんな勝手に決めるの!?」

 ミナは、子供がヤダヤダをするように頭を振った。奴隷として来た時は、感情を表に出そうとしない硬こう質しつな印象だったが、今は堰せきを切ったように感情を吐と露ろしている。