楽しいことがあった後には、楽しくないことが起きるのが世の常つねなのか。あの酒の席から三日と経たたず、学校から呼び出された。

 マシューについて呼び出されたのかと思ったのだが、その呼び出された理由が予想の斜ななめ上を行っていた。

 竜騎士ドラグーン候補生である俺に、西方にいるという蛮ばん族ぞくについて調べてこいというのだ。

 クラス単位や学校単位で行われるなら分かる話だが、どう聞いてもクラス──学年からも俺一人しか行かないことになっていた。

 一応は助すけっ人ととして現役の竜騎士ドラグーンと、学生ではあるが最上級生の成績優秀者をつけてくれるそうだが、さすがに寝耳に水の話だった。

 しかしすでに決定された話であり、ストライカー侯こう爵しやくの許可も取ってあるとのことだった。

 俺と本物ロベールが入いれ替かわり、もうすぐで一年が経とうとしている。今までストライカー侯爵家から手紙が何通も届き、二通に一通は「いつ実家に戻ってくるのか」と書かれていた。

 その度たびに、ミナに代だい筆ひつしてもらい「良い成績を収おさめることができるまで帰ることはできません」といった、一人離れて暮らす頑がん張ばり者の息子を演じた。

 さすがに怪あやしいか、とも思ったが、ユスベル帝国が運営している竜騎士ドラグーン育成学校に通っており、このように手紙のやり取りもできているので、直接乗り込んでまで確かめに来ることはなかった。だがやはり、怪しまれている、と考えた方が良いだろうか?

 出来た息子を演じた結果が、これなのかもしれない。侯爵家の息子を、現役の竜騎士ドラグーンや成績優秀者の学生が一緒とはいえ、蛮族という不ふ明めい瞭りような勢力の調査に行かせるのもおかしな話だ。

「──分かりました。蛮族についての調査ですが、期限はどのくらいでしょうか?」

 納得しかねる話だったが、ここは頷うなずいておくしかなかった。

「期限は特に定めていない、が出発は急いでもらいたい。これは、怪け我がで休んでいた間の補習ということにしておけばいい」

 学年主任の話に、再び耳を疑うたがった。休み明けに教師から聞いた話と全まつたく違っている。

「補習? 以前の話だと、特に受けることなく進級できるはずでしたが?」

「君の立場が特別ということだよ。準備があると思うが、なるべく早く発たつようにしてもらいたい」

 一方的に達せられた話──いや、命令を、俺は諾だく々だくと受け入れなければいけなかった。

 変に逆さからって自分が入れ替わっていることがバレてしまえば、それこそ目も当あてられないありさまになってしまう。自分の地じ盤ばんが固まり、最低限の力をつけるまでは大きな動きをしないほうがいい。

 しかし、心配事は尽つきない。特に、ヴァンデスという騎士だ。ミナと知り合いなのは問題ないが、本物のロベールを知っているのは厄やつ介かいだ。

 俺が蛮族調査をしている間に、皇都で何か起きても対応できないのが痛い。

 ──そもそも、この怪しい任務自体が何を目的としたものかもわからない。俺が知らない間にヴァンデスが学校へタレ込みに来ていて、学校側はその話を元に俺が何者かを調べるために外へ行かせる──といった線はないな。

 その場合は、ドラゴンを使わせることなく学校に閉じ込めておいた方が管理しやすい。

 どれだけ悩もうと、何が真実で何が噓うそなのか見分ける能力がない俺には、どうにもならない話だ。では、火中へ飛び込みその先を見み定さだめるしか、今の俺には方法がない。


     □


 出発はできるだけ早く、というお達しだったので、学年主任には今日中に出発すると言って、ヴィリアの所までやって来た。

「久しぶりに顔を見せたと思ったら、また何か悪いことでも考えているのか?」

 愛竜のヴィリアは、旅たび支じ度たくをしている俺に対して、口角を上げて楽しそうに話しかけてきた。

 ヴィリアは、他の竜騎士ドラグーンが駆かるドラゴンとは違ってかなり特とく殊しゆだ。それは、他のドラゴンよりも一回りも二回りも大きいというだけではなく、今のように人の言葉を話せることだ。

 仲間思いで、マシューで斥せつ候こうに殺されそうになった時に、ヒーローの如ごとく助けに来てくれた。非常に頼たのもしいドラゴンだ。

 ちなみに、凶悪な顔をしているが女性である。

「俺が悪いことを? よしてくれ。俺はいつでもいい子だよ」

「あぁ、そうだ。ロベールはいつでも良い子だな。カバンの中に宝石を詰つめ込こんで、まるで戦争に負けた王のような行動をしていても、ロベールは良い子に違いない」

 冗談を言ったつもりが、ブラックジョークで返されてしまった。

 俺が今やっているのは、ヴィリアが言った通り、まさに戦争に負けて逃げ出そうとしている王様と同じ行動だ。

 自国の通貨は、基本的に他国で使えない。イスカンダル商会だけではなく、他の商会も国を跨またいで行商をやっているので、両替商はいると思われる。通貨は問題なく両替できるだろう。

 しかし、金貨や銀貨は材質その物に価値があるのだが、行った先の国が帝国とどのような関係になっているかによって、両替してくれるかどうか変わってくるはずだ。

 万が一のことを考えて、両替商を探すことなく、すぐに換かん金きんできる宝石類を手元に置いておく。こんな面めん倒どう臭くさいことをする理由は簡単だ。

 怪しまれているから。

「世の中、何があるか分からんからな。用よう心じんするに越こしたことはない」

「その通りだ。ロベールはいささか不用心すぎるのが玉に瑕きずだ。いや、不用心とも違うな。狡こう猾かつにしているフリをして、その実、向こう見ずの享きよう楽らく主義者のように見える」

「……そうかな?」

 俺が貴族と入れ替わっていることは、ヴィリアにも黙だまっている。ヴィリアは長いこと竜騎士ドラグーン育成学校で暮らしているが、人語を解かいすることができると周知していない。

 色々と面倒臭いから、的な理由だったはずだ。

 俺の場合はヴィリアに倣ならったわけではなく、ただ単に話すタイミングがなかったからだ。どう説明したら良いか分からない、という理由もある。

「それで、何を押し付けられたんだ?」

「西の方に居る、蛮族とやらの勢力調査だ」

「そうか。ロベール一人でか?」

「まさか? 何人かの竜騎士ドラグーンと連れ立ってだよ。ただ困こまったことに、行くことによって俺の立場がどう変わるか分からない。だからこうして、いつでも逃げられる準備をしておくのさ」

 そう言い、宝石の入ったカバンを叩たたいた。

「一度の失敗も許さない、とは人間の悪い癖くせだな。絶対に失敗してはいけない場合もあるだろうが、今回、このような場合は失敗したとしても国が傾かたむくことなどないだろう」

「今の俺の立場が、あまりよろしくないんだよ」

「偉い方の人間であるロベールが、か? 難なん儀ぎなものだ」

 何と愚おろかな、といった言葉が聞こえてきそうな声色だったが、ヴィリアの瞳ひとみは優しく俺を見つめている。

 そんなヴィリアを優しくなでた。少し前ならウザがられ、手を跳はね除のけられていたのに、今は大人おとなしくなすがままになっていた。


 荷物をヴィリアの背に乗せ、厩きゆう舎しやの外へ出た。多くのドラゴンが出払っているのか、静かな厩舎を通り抜けて竜騎場へ向かう。

 そこにはすでに、俺と共に蛮族の調査へ行く竜騎士ドラグーンとその候補生がいた。

 竜騎士ドラグーンは、二十代前半といった若い男性を筆ひつ頭とうに三人。候補生は、銀髪の青年を筆頭に六人いた。竜騎士ドラグーンの方は見覚えがなかったが、候補生の方は知っている。

 最上級生──つまり、竜騎士ドラグーン育成学校の五年生で、銀髪の候補生は座学も実技も非常に秀ひいでており、学年で次席となる成績を収める生徒だ。成績優秀者を付けてくれると学年主任は言っていたが、噓うそではなかったらしい。

「失礼します」

 皆を前にして、どうしようかと思し案あんしていると、竜騎士ドラグーン側の隊長らしき人物が緊張の面持ちで話しかけてきた。

「私の名前は、フィーノ・ディスバスと申します。所属は国境警備隊です」

「国境警備隊……?」

 俺が国境警備隊の部分を確認するように呟くと、隊長だけではなくその後ろにいた残り二人の竜騎士ドラグーンも背筋を伸ばした。

「ハッ! 我々は北域の国境を警備している部隊です。ストライカー様が準統治領として運営されていたマシューへ斥候が侵入する不ふ手て際ぎわを起こしてしまい、大変申し訳ありませんでした。私を含ふくめ三人は、ストライカー様の受けられた任にん務むである、西方で活動する蛮族の調査に志願した者です。なんなりとご命令ください!」

 なるほど、つまり詫わびを入れに来た人たちか。

 国境警備隊は、任務内容から即応が求められるため、組織として動く騎馬騎士とは違い、個人の裁量に任せる部分が大きく割さかれている。自己判断で最良の決定を下さなければいけないので、国境警備をする竜騎士ドラグーンは全すべてに高い能力が求められる。

 にもかかわらず、翼竜乗りワイバーンライダーを含む斥候の侵入を許してしまっている。実際は、評価が独り歩きしているだけで、本来の姿は眉まゆをひそめる状態なのかもしれない。

「三人ですか?」

 正体不明で情報が少ない蛮族を探しに行くのに、現役の竜騎士ドラグーンが三人しか来ないのか。

「ハッ! もっと多くの人間が立候補しましたが、マシューの件を受け国境警備の増強をかけられたため、何とか捻ねん出しゆつできたのが我々三人となります」

 なるほど。それで三人という中ちゆう途と半はん端ぱな人数なのか。斥候に対してはギリギリの勝利だったので文句の一つも言ってやりたかったが、北域の国境から入って来たのかまでは分からなかったので、文句はとりあえず飲み込んでおいた。

 しかし、この竜騎士ドラグーンたちについて怪しさは拭ぬぐい切きれない。竜騎士ドラグーンは他にも居るのに、忙しいはずの国境警備を担当する優秀な竜騎士ドラグーンを、補習で言い渡された蛮族調査に駆り出すだろうか?

 何かしようとしている、と考えて行動した方がいいだろう。

「なるほど、分かりました。来てくれたことに感謝します」

 自身の所属を明かしたのにもかかわらず、俺が激怒しなかったのが不思議だったのか、フィーノとその仲間たちは目を丸くしたあと、ホッとしたように深呼吸をした。

「それで、そちらは?」

 候補生たちの方を向き聞くと、彼らは背筋を伸ばした。

「はい。私はフォポール・エヴァンと申します。候補生六人をまとめさせていただきます」

 簡単に自己紹介をしてくれたフォポールに対し、頷うなずくことで答えた。

 学生側の隊長はフォポールが、副隊長はアシュリー・エコールという、長い赤髪を垂たらした女子生徒が担当するようだ。

 竜騎士ドラグーンたちは怪しいが、学生たちは誰を見ても癖くせがない普通の人間だった。

 ただ、ここで感じた学校側の見えない意い図とを考えると、竜騎士ドラグーンは落ちた評価を上げるため。候補生は、卒業するまでに箔はくをつけさせようとでも思っているのだろう。……多分。

 相手に何か怪しい所がないかヴィリアを見るが、当のヴィリアは彼らに全く興味がないようで、呑のん気きに欠伸あくびをしていた。

「ここに居るということは、俺が誰でこれから何をやるかも理解していると思うが、一応自己紹介をしておこう。俺の名前はロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカー。この学校の一年だ。これから、西にいるという蛮族の勢力調査へ行くこととなる。年齢を考えればすぐに分かると思うが、調査に関してのノウハウが全くない。皆みなに頼り切りになると思うが、上下の関係なく意見をどんどんと言って欲しい」

 何か質問はないか、と皆を見渡しながら問いかけるが、誰も質問の手をあげなかった。

「では行こう」

 俺の出発の合図に、全員は威い勢せいよく返事をすると、各々のドラゴンの元へ走り飛び乗った。

 竜騎士ドラグーンが駆るドラゴンも、候補生が駆るドラゴンも、もれなく色いろ艶つやが良く瞳に力が籠こもっている。これは、かなり力強い戦力になるだろう。

 俺を乗せたヴィリアが飛び立つと、発生したダウンウォッシュに他のドラゴンが一瞬だけ怯ひるんだ。そして、俺が飛び立ったことを確認すると竜騎士ドラグーン、候補生といった順に次々と空へ飛び上がった。

「ストライカー様! どのような進路ルートにしますか?」

 隣にやって来たのは北域国境警備隊隊長のフィーノだ。彼のドラゴンはヴィリアの存在に怯おびえることなく、絶妙な距離感を保たもちながら隣を飛行している。

「まずは泥どろの森まで行こうと思う! あそこへ行けば焚たき火びの燃料も手に入るし、木々が壁になって寒さも防げる!」

 正式名称は知らないが、行商がそう呼んでいる森がある。背の高い木が多く、地面まで光が届きにくいので、一度雨が降ると長期的に土がぬかるむからだそうだ。

「到着する時分にはかなり日が傾かたむいていそうですが、問題ありませんか?」

「それより早く飛べば問題ない!」

 季節はすでに初冬を迎えている。今日は晴れており、日光のおかげで多少は暖あたたかいが、日が沈しずめば一気に冷え込む。

 それでなくとも、空を飛んでいれば寒くて凍こごえてしまう。

「……分かりました!」

 余よ裕ゆうのない日程に、フィーノは何かを言おうとした。しかし、具ぐ申しんすることで俺の反感を買うと思ったのか、何も言うことなく仲間へ決定事項を伝えに行った。


 泥の森へは予定通り、日が沈むギリギリの時間に到着することができた。

 森のお陰かげで風は吹いていないが、日が落ちてから周囲の空気が一気に冷え込み始めた。今夜はゆっくりと寝られるだろうか、と心配となる。

 竜騎士ドラグーンも候補生もサバイバル能力が高いようで、着陸と同時にキャンプの設営を始め、完全に日が落ちる前に火を起こした。俺も出自が出自なのでサバイバル能力が高いと思っていたが、さすがにあの領りよう域いきにまでは達していない。

 食事は、日持ちする味あじ気けない乾かん物ぶつだった。輜し重ちよう隊たいが居らず、ドラゴンに乗せられる物も少ないので仕方がないことだ。やっぱり、アムニットに言って美お味いしい保存食を用意してもらえば良かったと思う。

「ストライカー様、こちらを──」

「ありがとう」

 渡されたのは、軽く湯ゆ気げが立つほどに温あたためられた、やや香辛料の匂いがするワインだ。五、六〇度と寒空の下で飲むには温度が低いが、熱々にすると体を温めるためのアルコールが飛んでしまうので我慢するしかない。

 ワインを嚥えん下かすると、舌に痺しびれるような辛味と共に鼻へ抜ける生姜しようがの香りが広がった。

 竜騎士ドラグーン育成学校の教科書にも載っている、空を飛び冷えた体を温めるために考えられた飲み物だが、常じよう飲いんしても良いと思えるくらい美う味まかった。

 食事を終えると夜警のローテーションを組み、皆すぐに就寝した。

 就寝方法は、丸まったドラゴンの足とお腹なかの隙すき間まに入るようにして横になる眠り方だった。

 ドラゴンの体が風を遮さえぎり、体温で暖かくすごせる方法なのだ。

 この眠り方を説明している教科書を読んだときに、危険すぎるんじゃないかと思ったが、騎士や候補生がやっているのを見ていると、ドラゴンとどれだけ意志が通じ合っているかによるんだな、というのが俺の感想だ。

 この程度の寒さであればまだ平気なので青空キャンプをしようと思ったのだが、他の皆に合わせて俺もヴィリアの足とお腹の間に体を滑すべり込こませた。

 声には出さなかったが、俺が隙間に入るときにヴィリアが物もの凄すごく邪じや魔ま臭くさそうな顔をしたのが悲しかった。


     □


 翌日、ヴィリアとその背に乗る俺が睥へい睨げいしていたのは、物言わぬ骸むくろと化した野や盗とうだった。

 近くでは、候補生が野盗に襲おそわれた商隊の商人に手当を施ほどこし、竜騎士ドラグーンは生き残った野盗を尋じん問もんしていた。

 商隊が襲われているのを見つけたのはたまたまで、襲っているのが蛮族の可能性もあったのですぐに救出へ向かった。

 結果として、相手はただの野盗だったのだが、蛮族について何か有用な情報を持っている可能性があるから尋問しよう、という話になった。


「ダメですね。これといって良い情報はありませんでした」

「そうか。まぁ、そんな簡単に見つかるもんじゃないと思っていたけどな」

 元から期待していなければ、そこまでガッカリするもんじゃない。

 フィーノたちの話によれば、蛮族はもっと西の、それも山の方に住んでいると言っていたので、長いこと飛んでいたとはいえこんな皇都寄りの平野では見つかりそうになかった。

 それに、遊ゆう牧ぼく民みんのように移動しているとも言ったので、本当に見つかるのか不安になってくる。

「それと、襲われていた商隊の者がストライカー様にお礼を言いたいと」

「別にいいのに」

 お礼を言いに来るのは良いことだが、助けた時もお礼を言われたので、これを含めれば二回目になる。俺の名前ストライカーを聞いて、改あらためて礼を言った方が良い、と思ったのだろう。

「先ほどは慌あわただしい中での会話となってしまい、申し訳ありませんでした。改めてお礼を言わせていただきます。本当に、ありがとうございました」

「俺が見つけられたのは、ただ運が良かっただけだ。それに、さっきもお礼を聞かされたからもういい」

 俺の態度があまりにもそっけない物だったからか、商人たちは少し驚いた顔をした。

「商隊そちらに少なからず被害が出たようだが、全ぜん滅めつにならずに良かった。それだけで、俺たちが助けに来た意味はあった」

 商人たちは、改めて生きていることを実感したのか、その瞳に涙がたまり始めた。

「今後、このようなことがないように、護ご衛えいを連れていくことをお勧すすめする」

 利益を多く上げるために護衛を付けたくない気持ちも分かるが、こんな風に襲われたらそれも意味がない。死んでしまったら、そこで終わりなのだから。

「まさか、護衛が逃げ出すとは思っていなかったんです……」

「……そうか。悪い奴に引っかかったみたいだな」

「あの護衛は、野盗とグルだったのかもしれません……チクショウ!!」

 商人は怒りを我慢できなかったのか周囲に響き渡る大声で悪あく態たいをついた。

「貴様ッ! 助けてもらっておきながら、その態度はなんだ!?」

 俺と商人の会話を見守っていた竜騎士ドラグーンが、商人が悪態をついた瞬間、烈れつ火かの如ごとく怒り出した。

 貴オ族レに対しての悪態ではなかったが、平民が貴族を前にして大声を上げたのだから、殺されないまでも何かしらの罰ばつが発生するのが普通なのだ。

「もっ、申し訳ありません!! 悔くやしくて、悔しくて、どうにもならずっ!」

 商人は自分がしでかしてしまったことを後悔するように悲痛な声をあげ、震ふるえながら土下座をした。

「あぁ、いい。こんなことがあったんだ。多少は大目に見る」

 竜騎士ドラグーンが大声を出した商人に対し罰を与えようと詰つめ寄よったが、俺はさほど気にしていないので止めた。殺されそうになった──現に、仲間が数人犠牲になっているのだから、悪態の一つもつきたくなるだろう。

 商人は土下座した状態で、謝罪と感謝の言葉を交互に繰くり返かえした。

「この先も野盗はいるのか?」

 先ほど商人に対して怒ど鳴なった竜騎士ドラグーンに聞いた。

「えっ? あっ、はい。あの野盗の話では、ここから次の町まではこいつら以外にも野盗がおり、その縄張りが点在しているようです」

「そうか」

 野盗は、一人見つけたら三十人いるとみて間違いないほどそこら中にいる。それに、戦争や飢き餓がだけではなく、領地で税が上がる度たびに増える、困った生き物だ。

 竜騎士ドラグーンから話を聞き、そしてしゃがみ込み商人と目線を合わせた。

「この先も、あんなのがたくさんいるんだってよ。今回は意味がなかったけど、でもここから護衛がない状態で行くのは危険じゃないか?」

 容赦ない現実を叩きつけられたように、商人の顔はみるみる内に消沈した。

 竜騎士ドラグーンや騎馬騎士は、特別な理由がない限り商隊の護衛はしない。野盗に襲われたのだから、というのも人情かもしれないが、こういったことは日常茶飯事だ。

 もし野盗に襲われた程度で移動を手伝っていれば、竜騎士ドラグーンも騎馬騎士も護衛任務だらけでパンクするだろう。

 それを理解している商人は一いち縷るの望みにも縋すがろうとせず、沈しずんだ顔のまま自分たちの置かれた状況を整理し、商隊の人数と装備を確認すると、俺へと向き直った。

「我々は、このまま進もうと思います。この度は、助けていただきありがとうございました」

「そうか。向かう先は途と中ちゆうまでは同じだろうから、そこまで野盗を見つけたら叩き潰つぶしておいてやるよ」

 相手だって馬鹿ではないのだから、ドラゴンを見つけたらどこかへ隠れてしまうだろう。

 俺たちが先に見つけるか、隠れることもしない間抜けな野盗であれば露つゆ払はらいくらいはしておいてやろうと思う。

「それでは、我々は先を急がせていただきます」

 失礼します、と先ほどまで泣き悪態をついていた人間とは思えないくらいの態度の豹ひよう変へんに、商人たちの強したたかさを見た。

「はした金にしかならないと思うが、野盗の装備を持っていくといい」

「良いんですか?」

「俺らは持って行かない。ここへ捨て置くより、少しくらい損そん害がいの補ほ塡てんをしたほうがいいだろう?」

 とはいうものの、野盗の装備品なんて武器は多少まともだが、鎧よろいはボロボロで中に着ている服は垢あかに塗まみれて生き地じ目めが埋うまってしまっている状態だ。多分、洗っても臭においは取れないだろう。

 こういうのもなんだが、もっと景気の良い野盗だったら、被害の補塡も本当の意味でできただろう。

 だが、商人は本当にはした金であっても、少しでも補塡できるなら、と何でも持っていくつもりのようだ。俺から許可を得た商人は、武装解除された野盗の装備を次々と馬車へ乗せていく。

「ストライカー様。野盗の処理はどうしましょうか?」

「ドラゴンに乗せるわけにもいかないからな。縛しばりつけてここへ放置。商人が次の町へ着いたら、警備兵にでも連絡してもらえばいいや」

「ハッ、了解しました」

 フィーノは背筋をただし返答すると、商人たちの元へ駆けていった。

 初冬の平野は冷たい風が吹き、夜には昨日と同じように気温が下がるだろう。皆一緒に縛しばられるが、協力して支ささえ合えば立ち上がることもできるし、近くには抉えぐれた丘もある。

 そこへ行けば風は弱まるし、押しくらまんじゅうの要領で夜通し温め合えば、無事に朝日を拝おがめるだろう。それができない場合は知らない。

 商人は商隊を立て直し次第出発するとのことなので、俺たちはそれを見届けることなく出発した。


     □


 商隊と別れた後は、さらに西へと進路を向けて飛び続けた。その間も地上だけではなく森へ山へと飛んだが、蛮族という存在は一向に見つからなかった。

 余あまり西へ飛びすぎると、隣国のハイヘルネン王国へ侵入することになり問題となる。たぶん、国境には関せき所しよのような物があると思うが、こちらは空を飛んでいるので関所を見落としてしまう可能性もある。

 うっかり国境を越えてしまえば、そこから戦争勃ぼつ発ぱつになる可能性がある。

 成なり上あがって自分の居場所を作るために、戦争と言う名の動乱が必要といっても、何の用意もない状態で戦争が始まっては、今まで頑張って来た全てが水泡に帰してしまう。

 そんな馬鹿なことをしないように、気を引ひき締しめなければいけない。


 太陽が地平線へと吸い込まれていく中、今後の予定を聞かれた。この辺りには、昨日野営した泥の森のような場所はないらしい。

 野営するなら近くに小川があった方が良いが、それすらも望めないらしい。

 ここは、まさに帝国の端はしだそうだ。商隊どころか行商すらまず来ないような僻へき地ちで、野盗すらうま味がないため出ることは少ないらしい。

 さてどうしたものか、と考えながら沈みゆく太陽を眺ながめる。前世の日本では、水平線に沈む太陽を見る機会が多くあった。ただ、地平線が見られる場所自体少なかったので、この光景は余り見ることがなかった。

「今日は屋根がある家で寝たいな……」

 奴ど隷れいとして生きていた時分は、掘ほっ立たて小屋で寒さに震えながら生きていた。お陰で、自分には寒さに対して耐たい性せいがついており、昨日のような野営も平気だと思っていたが、久しぶりにやってみるとこれがキツい。

 人は楽な方へ楽な方へと流される生き物なので、貴族として温かい飯を食い、温かい布団ふとんに入って寝ていたこの数カ月で、体の作りが弱くなってしまったのかもしれない。

「他の奴らは、野っ原で寝る気満々のようだぞ」

「勘かん弁べんして……」

 ヴィリアが言う通り、竜騎士ドラグーンや候補生は先頭を飛ぶ俺から少しだけ離れて、それぞれが野営に適てきした場所を探している。

「下が岩場でない限り、私が綺麗に均ならしてやるよ。食事は──まぁ、持ってきた物を食べるしかないがな」

「ヴィリアが居れば温かくていいんだけど──やっぱり、村まで戻るか……」

 先ほど──と言えるほど近場ではないが、戻れば情報収集のために寄った村がある。本当の田舎いなかというか、何もないが有ある、と真顔で言えるくらいの村だったが、屋根がある家で寝るためには贅ぜい沢たくは言っていられない。

「……そうだな。難しいところではあるが、今からさっきの村へ戻るより、この先にある集落へ向かった方が良いだろう」

「集落? 村があるのか?」

「ここから南西へいった所に、確か集落があったはずだ」

「おぉ、マジか……」

 今晩は屋根がある家で寝られる希望が見えてきた。

「なるべく早く飛ばねば、暗くなって降りられなくなる可能性が出てくるぞ」

「そうだな。日が沈んでからもロスタイムがあるといっても、明るいことには越こしたことはないからな。急ぐとするか」

 そうと決まれば、皆を呼んで飛ぶ方向を変えなければいけない。


「こんな辺へん鄙ぴなところに、人が住む村が!?」

 フィーノは、何もない平原しかないこの土地に、人が住んでいるというのが信じられないのか、風切り音が強いドラゴンの上でも分かるくらい大きく素すっ頓とん狂きような声を出した。

「それは、逃亡奴隷の集落ではないでしょうか?」

「なるほど、その可能性が……」

 候補生のフォポールが、この辺鄙な土地に居きよを構かまえている者の可能性を示し唆さした。

 逃亡奴隷の村とは言っても、住んでいる住民の全てが逃亡奴隷というわけではない。戦火から逃れたり、重税から逃れたり、口くち減べらしのために捨てられた平民が集まり作った村の場合もある。

 今いる辺りは帝国が領地宣言しているだけで、管理している領主がいない。なので、実態が摑つかめないので誰も村の存在を知らないようだ。

「ストライカー様は、なぜこのような何もないところに村があるとご存じなのですか?」

 候補生のフォポールが、俺の言葉を訝いぶかしむことなく純粋に質問してきた。

「──少し前に、行商から聞いたんだ。おおよその位置しか分からないが、聞いた話ではここからそう遠くないはずだ」

 咄とつ嗟さに出た噓うそだったが、フォポールは信じたようで感心したように頷いた。

 ただし、フィーノの方は万が一場所の聞き間違いや見当違いを犯おかしている可能性を考えているのか、渋しぶい顔をしていた。

「全員に通達! これより、南西へ向かい増速する。日が沈み始めているので、完全に闇になる前に到着したい。いいなッ!」

 引き連れている全員から、了の言葉を受け取ると同時にヴィリアが加速した。

 通常飛行高度で飛びながら加速すると凍こごえるので、地上近くを飛ぶこととなった。小山や谷がない飛びやすい平原なので、周囲に気を使うことなく全力で飛ぶことができる。

 今までのゆったりとした飛行が噓のように地面が流れていく。スピードメーターがないことが悔くやまれた。


     □


 太陽が地平線の向こうへと完全に沈み、今は青く光る空だけが唯一の光源となっている。

「こんなところに、本当に町があるなんて……」

 薄暗い平原の向こうに、人が住む灯あかりを見つけた竜騎士ドラグーンは呟つぶやくように言った。

 暗くなった状態で着陸するのは危険なので、まだ日がある内に地上へ降りて歩いて行こうか考えていたら、ヴィリアが言っていた集落が見えてきたのだ。

 ヴィリアは初め集落と言っていたが、そこは住民が数百人単位で住んでいるような、大きめの村か小さい町かといった様よう相そうだった。

「本当に町があったわ……」

 ヴィリアから話を聞き、提案した俺も驚いた。

 本当に何もない平原に、突然町が現れたのだから驚かないほうがおかしい。

「こりゃ、確実に領主が住んでいる町だな……」

 こんな辺鄙なところに貴族が住んでいれば、皇都の夜会で話題になっているのかもしれない。しかし、俺は夜会に参加をしたことがないのでそういった知識はなかった。

 皆にこの辺りに住む貴族の話を聞いたことがないか問おうと思ったが、町が近くなったので降りたほうが良い、とフィーノに言われたので問うのは一時止めて早めに地面へ降りることにした。

 町へ向かう道の途中、通りを挟はさむようにして耕たがやされている畑では、麦むぎ類るいが作られていたようだ。すでに荒あら起おこしがされているところが多かったが、場所によっては刈り取られたばかりなのか、根っこの部分だけとなった残ざん骸がいがそのままになっている。

 畑を耕たがやしている農夫を見ながら歩いていると、見られていることに気付いた農夫が帽子を取り、静かに頭を下げて挨あい拶さつをしてきた。

 朝から暗くなるまで畑仕事を頑がん張ばっているようだが、この辺りは土というより砂が多く混ざった土地のようで、作物も大麦しか育てることができなそうだ。

 こんな作物を育てるのも一苦労な土地に住む貴族がどんな奴か、とても気になった。

「何者か来ます──」

 ドラゴンを引きながら俺の隣を歩いていたフォポールが、前──町の方角から来る人の存在を知らせてくれた。どうやら、三騎編成の騎馬兵のようだ。

 それほど広くない道を、ドラゴンが列をなして歩いているのだからかなり威い圧あつ感かんがある。

 しかし、前から来る騎馬兵どころか、畑を耕している農夫たちがドラゴンを見ても怯おびえていないところを見ると、この町にもドラゴンが居るのかもしれない。

 来訪時のマナーでいえば、フィーノ辺りを先行させて領主に挨拶をさせ、領地へ入る旨むねを伝えてから入るのが当たり前だが、今は時間が時間なのでその辺りは省はぶいたのだ。

 町のど真ん中にドラゴンで乗り付けたわけではないので、いきなり攻撃されることはないはずだ。

 やって来た騎馬兵は槍やりを携たずさえておらず、腰に剣を帯びているだけだった。

 先頭を走っている隊長格と思われる騎馬兵の兜かぶとには、カラフルな鳥のトサカのようなものが付いていた。

「あれは?」

 トサカの様な兜飾りが何なのか気になり、隣を歩くフォポールに聞く。

「あれは、使者の飾りですね。我々の誰何すいかのためではなく、歓迎のために派遣された兵士でしょう」

「それは良かった」

 薄暗くなった空を飛び、町の外で降りた後はここまで徒歩だ。たとえ町から俺たちのことが見えていたとしても、ドラゴンとしか分からなかったはずだ。

 このわずかな時間で相手が何者なのか考こう慮りよし、そして歓迎の人間を走らせる行動力。領主はかなりやり手なのかもしれない。

 騎馬兵は馬から降りると、先頭を駆けていた隊長が大きな声で歓迎の言葉を述のべた。

「竜騎士ドラグーンの皆様、ようこそバルシュピットへ!」

 小さなちょび髭ひげを付けた四〇代くらいの隊長は、周囲が静かだということもあるが、よく通る声だった。

「突然の来訪で申し訳ない。西で行う任務のために飛んでいたが、夜になってしまい行動できなくなってしまった。できればこちらで一晩休みたいのだが、領主様はおられるか?」

 フィーノが代表して謝罪とことの次第を伝えると、騎馬兵の隊長は少しも気分を害した顔もせず大きく頷いた。

「はい。屋敷までの道のりを、無ぶ作さ法ほうではありますが我々が案内させていただきます」

 馬に乗る騎馬兵の隊長に合わせ俺たちもドラゴンへ跨またがると、そのままの足で町の中へ入っていた。

 ドラゴンが近くにいても騎馬兵の馬が狼狽うろたえていないところを見ると、かなり訓練がされているようだった。

 この町の領主は、結構、戦慣れした人なのかもしれない。


     □


 残念なことに、ドラゴン用の厩舎が頭数分ないとのことだったので、寒さに強くない候補生のドラゴンを優先して入れることとなった。

 北域国境を警備している竜騎士ドラグーンのドラゴンやヴィリアは寒さに強いので、申し訳ないが今夜も外ですごしてもらうことになる。


「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」

 築年数ではなく建材の安っぽさのせいで、やや草臥くたびれたような印象を受ける屋敷に通された俺たちは、この屋敷に似合う細身の男性に向かえ入れられた。

 雰囲気は、細い──なんとも儚はかなげな感じなのだが、挨拶と共に握あく手しゆを交かわした手は分厚く大きなマメがあった。その時に見えた腕は、鋼はがねの様な筋肉をしていた。

 開拓農民と共にこの地を切り開いた、骨肉のしっかりとした男だという印象を受けた。

「私は、帝国の外れも外れ、ユスベル帝国とハイヘルネン王国との境目にあるこの辺境領を治めている、アルフレリック・アルト・インベートと申します。現在は、準じゆん男だん爵しやくという爵しやく位いを帝国から頂き、この領地バルシュピットを治おさめさせていただいています」

 インベートという名を聞くと同時に、のんびりとした口調のなぜだか無む性しように引ひっ叩ぱたきたくなる顔をしたブロッサム先生が頭に浮かんだ。彼女の姓もまた、インベートで親が準男爵だったはずだ。

 今日のほとんどを空ですごしている状態だったので、帝国領の端はしっこくらいまで来たんじゃないか、と思っていたが、本当にハイヘルネン王国との国境手前までやって来ていたようだ。

「私の名は、ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーです。竜騎士ドラグーン育成学校で竜騎士ドラグーンになる教育を受けている候補生です。今は、若じやく輩はいながらこの部隊の隊長を務つとめています」

「おぉ! やはりそうですか! あの立派なドラゴンの鞍くらになびく紋章は、やはり帝国竜騎士ドラグーン学校の物ですか! それに、ストライカー様とは! 子供たちがいつもお世話になっております」

 やはり、ブロッサム先生の父親だったようだ。

 それにしても、インベート準男爵の、まるで人気の芸能人にでもあったようなハイテンションっぷりに少しだけたじろいでしまう。

 準男爵という爵位は、名めい誉よ子し爵しやく以上男だん爵しやく以下という微妙な立ち位置だったはずだ。貴族になるための試用期間のようなもので、帝国から求められている成せい果かを上げると男爵へ陞しよう爵しやくされる。

 しかもインベート準男爵は、貴族を表す『フォン』ではなく『アルト』を使っていることから、騎士上がりではなく傭よう兵へい上がりの人間だということが分かる。

 別に傭兵上がりの貴族が『フォン』を使ってはいけない、という法律はない。だが、傭兵だったことに誇ほこりを持ち、わざと相手に喧けん伝でんするために使っている人が多いと聞く。

 アルト──その大本はアルトゥーラ傭兵団が起源になっているという。このアルトゥーラ傭兵団は、普段から遊牧民のように戦地を転々と渡り歩き、金で敵にも味方にもなるが、その結けつ束そくした突破力は目を見張るものがあり、各国で武ぶ功こうを上げているので引く手あまただ。

 そして、武功を上げた傭兵は国に召し抱えられ、このインベート準男爵のように貴族になったりしている。

 それが、アルトゥーラ傭兵団をひときわ有名にした一いち因いんだ。

 ただし、最近は傭兵上がりの貴族のミドルネームが『アルト』という図式が出来上がっているために、他の傭兵団上がりの人間が名乗っている場合もあるそうだ。

 ただの傭兵出身と違うところは、アルトゥーラ傭兵団は横のつながりが強く、昔ながらの貴族と違い自身の利り益えきをそこまで考えていないので情報の伝達が早いことだ。情報の横通しがきちんと行われているのは、それだけで強みになるだろう。

 しかし、ブロッサム先生の父親は本当に元傭兵だったのか。なら、ミシュベルにいびられても平気な顔をして、俺にも簡単に話しかけてこられるわけだ。

「おっ、あっ、ハハッ。お恥はずかしい。自分が竜騎士ドラグーンになれなかったものだから、このようにたくさんの竜騎士ドラグーンが来られたことが嬉うれしくて、嬉しくて」

 俺がインベート準男爵のテンションについて行けずたじろいでいると、それを引いていると勘違いしたのか、インベート準男爵はしどろもどろになりながら弁べん明めいした。

「えぇと、部下から聞いた話ですが、皆様は本日泊まるところをお探しとか?」

「その通りです。蛮族を探す任務を負って西へ向かってきたのですが、このように日が沈んでしまい……。今夜寝る場所を探している時に、このバルシュピットを見つけ、できれば一晩だけでも寝る場所を貸してもらえないかと思い寄らせていただきました」

 俺の言葉に、インベート準男爵は顎あごを手で撫なでながら少しだけ黙もつ考こうした。

「ふむ、蛮族ですか? では、この辺りでは南へ来すぎですね。蛮族は、もう少し北の山を活動の拠きよ点てんにしているはずですから」

「蛮族をご存じなんですか!?」

 インベート準男爵から出た言葉に、俺を初め他の皆も驚きの声を上げた。

 不確定な情報を頼りに西へ向かい、聞き込み調査を行っても尻尾しつぽをつかめなかった蛮族の情報が、思わぬところから出てきた。そんな俺たちの驚きに、インベート準男爵は壊れたロボットのように頷くだけだ。

「ですが、蛮族とは帝国がそう呼称しているだけで、実際は手を出さなければ気のいい奴らですよ。私も傭兵時代には何度か助けられ、何度か助けました。それに、あいつらはご高説を垂たれ流しながら戦うような馬鹿な真ま似ねをしない」

 蛮族と呼ばれている部族に思い入れがあるのか、インベート準男爵は蛮族を庇かばうように話し始めた。

 途と中ちゆうから熱が入りすぎたのか、先ほどまでの礼儀正しい──やや低すぎる態度から一変して荒々しい性格が出た。傭兵だったのだから、今の荒々しい感じが地なんだろう。

「はっ、ハハッ……。いやいや、貴族たれと毎日自らに言い聞かせているんですけど、傭兵上がりはこれだから荒いだの野や蛮ばんだの言われてしまうんですよね」

 悪い癖くせだ、と最後に付け足してニッコリと笑った。その態度の豹ひよう変へんに、普通ならフィーノ辺りが諫いさめているであろう発言があっても、対応できないでいた。

 これは俺の私し的てき見けん解かいだけど、このインベート準男爵は悪い癖などと微み塵じんも思っていないだろう。

 逆に、これぞ傭兵である、とでも思っていそうだ。

「それで、泊まる場所でしたね? どうぞ、どうぞ、我が屋敷へ! と言いたいところですが、なにぶん開拓をし続けている辺境なので、掘ほっ立たて小屋に毛が生えた程度ですが。それに、ハイヘルネン王国との国境に砦を築きずいており、そちらへ兵を運ぶために来た偉い人たちが散さん々ざん荒らして行ったので部屋の状態はさらに良くありませんが、自由に使ってください」

「そのような大変な時に来てしまい、本当に申し訳ない。屋根がある所で寝かせてもらえれば、それ以上は何も言いませんので」

「いえいえ、そのようなことは! そろそろ夕食ができる頃合いなので、ゆっくりと食事をしながら続きを話しましょう」

 インベート準男爵が言うと、タイミングを見み計はからったように執事が応接室に入って来た。

 その執事はインベート準男爵より少し上の、古参の兵士に無理やり燕えん尾び服ふくを着せたような筋きん骨こつ隆りゆう々りゆうの男だった。

 これを執事というにはやや無理がある気がしたが、俺の視線を全く気にすることなく、執事は食事が用意できたことを知らせただけだった。


 食事は皇都と比べれば薄味で、量も少なかった。しかし、少ないながらも頑張って作ってくれたのが分かる内容だった。

 食事を終えるとさすがに今日は疲つかれたようで、皆すぐに部屋に戻り就寝した。

 俺はというと、ヴィリアに乗っている最中は半分昼寝していたようなものだったので、今も普段と変わらず元気だ。そのため、インベート準男爵から晩酌の誘いが来た。

 このインベート準男爵は、男爵の爵位を貰もらうためにかなりの無理をさせられているようだ。その内容は、この辺境の地を開拓しハイヘルネン王国からの侵攻を防ぐための、言わば生きた防ぼう波は堤ていになることだった。

 しかも、開拓村からこれほど大きな町にしたというのに、帝国からの陞爵の話は全くないらしい。なんとも酷ひどい話である。

 ハイヘルネン王国と隣接しているためか兵の錬れん度どは必然的に高くなり、それだけがここに居きよを構かまえた良いところだ、とインベート準男爵は笑った。

 爵位について以外の話と言えば、インベート準男爵の子供たちの竜騎士ドラグーン育成学校での生活や授業内容についてだった。

 体格の良い弟は問題ないが、姉のブロッサム先生は体が小さく候補生としてやっていくことができるのか心配していたが、貴族によるいびりにも負けずに生活しているので、普通の体格の奴らよりもよっぽど大丈夫だ、と説明してあげた。

 そして、この晩酌の場には、インベート準男爵の奥さん──つまりブロッサム先生の母親も同席していたのだが、この母親とブロッサム先生がまたそっくりなのだ。

 笑った時の口の形は、インベート準男爵似ともいえなくない。大人になればまた変わってくるかもしれないけど。

 弟の方は、全まつたく見る機会がないので分からないが、どちらかに似ているのだろう。

 酒が入った状態で話していくうちに、この人たちの人となりが分かった。帝国に対して忠誠心はなく、貴族になったのも、貴族になれるのだからなってみた、程度の話だった。

 こういった、考えていることが顔に出てしまう人は、重要な仕事では勘かん弁べんだったが、友人としてはとても良いと思った。

 なかなか楽しい晩酌となった。


     □


 翌日。夜明け前から忙しく動いているインベート準男爵家の使用人に、まだ寝ている俺の部隊へ言こと伝づてを頼み、朝の散歩へ出かけるために外へ出た。

 普通のドラゴンとは違い人の言葉を理解するヴィリアは、目的地を告つげれば後は何もしなくてもそこへ連れて行ってくれるので、常に気を張っている必要がない。

 それに、ヴィリアの背中は温かいので、部隊の皆が寒さに震えながら飛んでいる中、俺はヌクヌクと温かい状態で飛んでいる。

 そのおかげで疲労は少なく、まだ皆が寝ている時間に起床することができた。

 外につないであるヴィリアの元へ行き散歩へ行きたいことを告げると、二つ返事で了承してくれた。

 鞍くらと手た綱づなだけという簡単な装備だけつけて、ヴィリアと共に向かう先は昨日聞いた、屋敷から少し離れたところにあるという川だ。


「まだ夜が明けたばかりのこんな時間に起きて、後で眠くならないか?」

「その時は、またヴィリアの背中で寝るさ」

「そうか。お前はいつでもどこでも、子供のように寝るからな」

 本当のことなので、ぐうの音も出なかった。ヴィリアが良いと言ったので疲れ次第寝ているが、これからはなるべく起きていたほうが良いのかもしれない。

「それで、蛮族とやらは見つかりそうなのか?」

「一応は。近い情報が貰もらえたけど、行ってみないことにはなんとも……」

「そうか」

 ヴィリアは蛮族について全く興味がないのか、それだけ言うと黙ってしまった。

 ちなみに、ヴィリアに蛮族について聞いてみたところ「自分よりも腕力で勝っていて、知的でないなら皆みな蛮族だろ?」という答えが返ってきた。なるほど、そういうカテゴライズですか。

「それで、次に行く場所でも見つからなかった場合はどうするんだ? 帰ることなく、蛮族を探すのか?」

「さすがに、それはキツイなぁ……」

 学校からは早く出ていけと言われただけで、いつまでに見つけてこいとは指定されていない。

 だが、一週間くらいしたら一度戻った方が良いだろう。皇都で何か起こっているとも分からないので、今後の行動を決めるために戻ろうと思う。

 それ以前に、一緒に行動している奴らが──特にフィーノたち竜騎士ドラグーンがどんな動きを見せるかも注意しなければいけない。

 どのようにすれば効こう率りつよく安全に動けるのか考えたが、寝起きの頭は上う手まく回らず、良い案が浮かばないまま川へ到着した。

「んで……」

 川ここへ来た理由はただヴィリアと散歩をしたかっただけなので、ちょっと歩いた後は河原で横たわるヴィリアを背もたれにしてのんびりと休憩している。

 気温は低いが、ヴィリアの体温のお陰で背中はとても暖かい。

 しかし、体は暖かいのだが心の中は目の前で繰り広げられている光景のせいで、すさまじい勢いで震えていた。

 こんな寒い中、河原で水浴びをしている少女がいるのだ。

 誤解がないように言っておくと、この河原には俺の方が先に着いている。俺がヴィリアを背にして休んでいるところに少女が来て、水浴びを始めたのだ。

「健康的だけど、寒くねぇんかな……?」

 オヤジ的な発言で申し訳ないが、肌は薄うっすらと日焼け跡が残り、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。まさに健康体といった体を持つ女の子が水浴びをしているのだから、初冬というのにここだけ夏が来たみたいだった。

 そもそも、あの少女も周りに人がいないことを確かめてから水浴びをするべきだ。俺は逃げも隠れもせず、呼吸に合わせて上下するヴィリアの腹を枕まくらにしてくつろいでいるだけなのだから。

 だというのに、少女は河原にやって来て早々、ポンチョの様な防寒着を脱ぬぐ──というより、最早パージしたという表現がピッタリとするほど勢いよく脱ぐと、そのまま川へ突入したのだ。

 さすがの俺でも、あんな勢いで冷たい川に入水すれば、そのまま三さん途ずの川かわまで流れつく自信がある。

「まぁ、それにしても楽しそうで何よりです」

 水浴びをして体が綺き麗れいになれば岸に上がるのかと思ったが、少女は何を思ったのか川底めがけて腕を突っ込んだ。

 コケたのかな、とも思ったが少女が体を起こすと、手には魚が摑つかまれていた。俺も素手で魚を捕つかまえることはあるが、あれは岸や岩場に追い込んでやっと捕まえるくらいだ。

 俺はあんなふうに、目の前を泳いでいる魚を捕まえることはできない。なんという反射神経をしているのだろうか。

「すげぇーな、何だよアレ」

 少女は魚の頭を少しだけナイフで切り、活いけ〆じめをすると流れが弱い川溜まりへ放り込んだ。そして、再び飛び込むように腕を突っ込むとまた同じように魚を捕まえた。

 その正確無比な魚を捕まえる動きを羨うらやましく思いながら見ていると、今までよりも強い北風が吹き、俺の体温を一気に奪うばっていた。

 さすがに薄着でのんびりしすぎたようだ。ここへ持って来た唯一の防寒具のマフラーに手を伸ばす。

 このマフラーは普通の物より長いので、ヴィリアの固い皮膚の上を這はわせて生地を傷いためないように、飛び上がらせるように勢いをつけて引っ張った。

「ブエッシュ!!」

 飛び上がったマフラーは上手い具合にヴィリアの鼻を擦こすったのか、その容姿に似合わない可か愛わいいくしゃみをした。

 しかし笑ってもいられない。ベタすぎる音の出し方で、河原で水浴びをしている少女に俺の存在が知られたのだ。

「おっ、おあっ!?」

「あっ?」

「おぉっ、オマー!!」

「おいおい、落ち着けよ。何を騒いでいるんだ?」

 ここで焦るから、ほとんどの場合は誤解をされるんだ。ここは、大人の落ち着きを見せて、イニシアチブを取るのが良いだろう。

「何を覗のぞいてんのさ! ってか、いつから覗いていたのさ!」

 ヴィリアの腹に横柄とも思える態度で横たわっている俺と、両腕で胸を隠すがつんつるてんの下は丸出しの少女。最も早はや、コントか奴隷商が奴隷に水浴びをさせているとしか思えないやり取りだった。

「覗いていないし、今も丸出しなのはお前の意思だろ?」

「だってだって、そこに座って見てるじゃん!」

「その前に、胸を隠すなら下も何とかした方が良いぞ?」

「──うん?」

 何を言っているのか分からない、といった様子で、少女はノーガード戦法をとる下半身へと目をやり──。

「ぶわっぽ!?」

 少女はその可愛らしい顔に似合わない、悲鳴とも唸うなりともとれる声を上げて川へ沈しずんだ。

 数秒川の中に沈んでいた少女は、河童かつぱのように水の中からゆっくりと出てきた。その顔は赤く、恥ずかしさからか潰つぶされるウシガエルのような呻うめき声を上げている。

 恥ずかしさを飲み込もうとしているのか、少女は唸うなる。その様子を見つめながら俺は待った。

「服! 服を着るから、あっち向いてて!」

「うぃ~」

 アッチがどこなのか分からないけど、言われた通り少女を見ないように空を見上げた。

 すでに明るくなった空には、ややグレーがかった雲が点在しており、その合間を縫ぬうように鷹たかだかトンビだかが飛んでいる。

 見ず知らずの相手から視線を逸そらすのは危険だろうけど、先ほどまでゆっくりと大きく動いていたヴィリアのお腹が、普通の動き──起きている時の呼吸に変わっているので大丈夫だろう。

 少女が怪しい動きをすれば、ヴィリアが先に動くはずだ。

「もう、こっち向いても良いよ!」

「おう」

 若じやつ干かん怒っているようだが、こちらに落ち度はないのであくまで普通に返事をする。ここで上ずった声を上げては、多方面からバッシングがあるかもしれないからな。

 あぁ、そういえばここは異世界だから大丈夫か。なんたって、一〇歳で娶めとられることがある世界だしな。

「それで、あんたは何してんの?」

 濡ぬれ髪がみを絞しぼりながら俺へ近づき、誰何するように聞いてきた。

「う~ん……何も?」

「何もって、何もなわけないじゃん! こんな何もない所でやることもないなんて、お前どれだけ暇ひましてんのさ!」

 暇をしているのがそれほど悪いのか、少女は俺を罵ののしった後、世界の真理に気付いてしまったかのように息を飲み、少し後ずさった。

「あたしの水浴びを覗くためか!?」

「繰り返すな。天てん丼どんは面倒臭い」

「あぁー! ジジイの言うこと聞いていればよかったぁー!! いつもの水場に、こんな危ない奴が居たなんてぇ───!!」

 うぉーん! と女の子が出してはいけない鳴き声を上げながら、少女はふさぎ込んで地面をたたき始めた。

 情緒不安定─もとい、感情豊かな子のようだけど、あまり煩うるさくするとヴィリアがイライラしてしまう。ほら、イライラし始めたのかちょっとずつ体温が上がってきているし。

「お前の体には何の興味もねぇ。ほら、干し肉やるから静かにしてくれ」

「んん?」

 少女は俺が差し出した干し肉を見つめ、まるで怪しい何かを見つめるように眉根を寄せた。

「ほら、美う味まいぞ。だから、静かにしろ」

「だだっ、騙だまされないぞ! ウチのジジイが、悪い奴は良い顔をしながらやってくるって言ってたぞ!」

 ジジイ良い教育してんじゃん。今は全くもって余よ計けいなことを教えてくれたとしか思えないけど。

「食べないなら、俺が食っちまうぞ」

 干し肉は、携帯保存食兼おやつとしてカバンに常時入れている。ちょっと高めの物なので味はとてもいい。

 それほど強くないはずの匂においを嗅かごうとしているのか、少女は鼻をヒクつかせている。興味はあるようだ。

「くっ、くぅ……。ご飯抜きにされてなきゃ、こんな奴の肉なんて……」

 怪しい奴オレから食い物を貰うのがよほど悔くやしいのか、少女は涙目になりながら干し肉に手を付けようかどうしようか迷っている。

「早よしろよ」

「──ッ!! 騙されないぞ! そんなに急ぐってことは、この中には毒が入っているんだ! やっぱりこいつ、怪しいぞ!」

「なら、手を離せよ」

 寒さと空腹からか鼻水と涎よだれを垂たらしながら、少女は俺の差し出している干し肉を毒と称しようしながらも強く摑んでいる。言動が一いつ致ちしない人間はたまに見るが、ここまで清すが々すがしいほど一致しない奴もなかなか居ない。

 しかも、離せと言っているのにもかかわらず、干し肉を摑む少女の手の力は強くなり、今はでは少女の指力だけで硬かたい干し肉が千切れてしまいそうだ。

「おい、そんなクソみたいな力で握ったら、干し肉が千切れちまうだろ」

「うんこはしてないよ! おしっこはさっきしたけど!」

 さっきってことは、水浴び中にやってたってことか。子供みたいなことするな……。

「お前、仮にも女の子なんだから『しっこ』とか平然と言うなよ」

「何でさ? しっこはしっこでしょ? それ以外に呼び方とかあんの?」

 おい、ジジイとやら。もうちょっと言葉遣いの躾しつけをした方がいいんじゃないのか?

 見たこともない、少女がジジイと呼ぶ人物を思うと、想像の中であるにもかかわらず爺さんがため息をつく姿が簡単に思い浮かんだ。

「分かった、分かった! 離すから落とすんじゃないぞ!」

 このままでは干し肉が千切れて悲ひ惨さんなことになってしまうので、少女を落ち着けてから干し肉をあげることにした。

「ありがとう!」

 俺から干し肉を奪い取ると、少女は勢いよく食べだした。よほど腹を空すかせていたんだろうと思わせる食べっぷりに、一瞬で干し肉がなくなってしまった。

 しかも、一枚食ったら二枚目へ。二枚食ったら三枚目へと次々と遠えん慮りよなく食っていく。

「あのさ……」

「もうねぇって」

 干し肉が入っていた袋には、こぼれたカスしか残っていない。これでは腹の足たしにすらならないだろう。

「違うって! 美味しかったって言おうと思っただけだよ!」

「おぉ、そうか。どういたしまして」

 少女は手に着いた脂を舐なめとると、川へ行って綺麗に洗った。

 先ほどまで、少女の強烈な印象で見えていなかったが、この少女が着ている服装がちょっと変わっていた。少女が羽は織おっていたのは浅あさ葱ぎ色いろのポンチョで、その下は皮ひもで縫ぬったようなズボンをはいている。皇都ではあまり見ない格好だ。

 近くに村があるのか、と思ったけど、この近くと言えばインベート準男爵が治めるバルシュピットしかない。小さな村を見逃したのだろうか?

「俺の名前はロベール。お前の名前は?」

「あたし? あたしは、深き森の監視者であり草原の支配者であるダルエナの子ミーシャ」

「深き森の監視者? 草原の支配者? 何だ、その二つ名は……」

 なかなかそそられる名前だ。カッコいいじゃないか。

 この少女は、遊牧民か何かだろうか。そうすると、村が見えなかったのも頷ける。

 この世界で遊牧民という存在はそれほど珍しくはない。現に俺が奴隷だった時分も、遊牧民が貴族の領地を通り抜けていくのを何度も見ている。

 商人だけではなく、平民も貴族の領地を通過するときは通行税を払うのが普通だが、その遊牧民は通行税を払うことなく通り抜けていた。もしかしたら、彼らは貴族が領地を置くずっと前からそこを通っていたのかもしれない。

 スパイが入り放題だな、と一時期は考えていたけど、結束の固い遊牧民は迷子といった他よ所そ者ものを近くの村まで送り届けることはあっても、コミュニティに迎えることはほぼない。

 送り届けている最中であっても、関所を通る時は兵士に「こいつは俺たちの家族ではない」と伝えていたのを見たので、スパイかどうかはさておき漏もれなく誰何することができる。

 古くからその土地を道としており、他所者が居た場合はしっかりと伝えてくれるために、通行税なしでも関所で止められることはないのだろう。

「ロベールは、何でこんな何もない所で暇してるの? 迷子?」

「迷子なわけねぇだろ。ヴィリアと朝の散歩に出かけて、ここで休んでいる最中だ。もうそろそろ、戻らないといけないけどな」

 そう言い、背中を預けていたヴィリアの腹を撫でた。

「えっ? ──あっ! 岩かと思ってたら、ワイバーンじゃん!」

「ワイバーンじゃねぇし。ってか、ヴィリアはまだ寝ているんだから、もう少し静かにしてくれよ」

 今さら感はあるけど、これ以上近くで騒いでもらってはヴィリアが寝付けない。

 ミーシャも、ハッと気づいた様子で口を手で押さえ、喋しやべりませんよアピールをした。

「具合でも悪いの?」

「いや、俺が朝から付き合わせたせいで、寝ているだけだ」

「そっか。良かった」

 ヴィリアの体調を気遣い、問題ないと分かると笑顔になるミーシャに、俺はドラゴン好きに通ずる匂いを感じた。

「さっきワイバーンって言ったけど、この辺りにもいるのか?」

 ワイバーンとはドラゴンと違い手が羽になった、プテラノドンのような生き物だ。

 そのワイバーンには良い思い出がない。いや、ワイバーンを駆る翼竜乗りワイバーンライダーが問題なんだけどさ。

「居るよ。今日だって、ナハクックに乗ってここまで来たんだから」

「えっ? ワイバーンに乗ってんの?」

 ナハクックとは、たぶんワイバーンの名前だろう。乗って来たという割には、当のナハクックの姿が辺りに見当たらなかった。

「そりゃ、乗るよ。ナハクックがいないと、この川にも来られないんだから」

 彼女──ミーシャは遊牧民ではなかったようだ。

 そこで、蛮族という存在を思い出す。ワイバーンに乗り、ユスベル帝国領の西の方にある山を根城にしている者たちのことだ。

 今、目の前にいるミーシャは、蛮族と呼ばれる人たちの特とく徴ちようを持っている。

 蛮族なんて呼ばれているから、それはもう野盗なのか山賊なのか見分けがつかない格好をしていて、言葉も話せない荒々しい半野生の生き物を思い浮かべていた。

 対して目の前にいるミーシャは、頭は空からっぽだが身なりや容姿は整っている。服が、町で見るような物と比べてやや特殊だが、それでも問題なく溶とけ込こむはずだ。

「なっ、なぁ、ミーシャ。お前らの家族って、蛮族とか呼ばれていないか?」

 違うかもしれない、と思いながらミーシャに聞いた。

 俺の問いに激怒して襲いかかって来ても、ミーシャは武器を持っていないので対応することは可能だ。もちろん、相手の能力を下に見ているわけではなく、ミーシャが激怒したら俺はヴィリアの後ろに隠れる、という意味だ。

 しかし、俺の問いに対し、予想に反してミーシャは笑った。

「何で、あたしが蛮族なのさ? 蛮族っていうのは、もっと東の方に居る悪い奴らのことを言うんだぞ。ロベールってアレだな。馬ば鹿かなんだな!」

 俺の緊張した気持ちを払ふつ拭しよくするように、ミーシャは全く気にした風もなく笑い飛ばした。

「でも、蛮族ってのは西──ユスベル帝国から見て西っ側に住んでいて、ワイバーンに乗っているって聞いたぞ?」

「ワイバーンなんて、いろんな奴が乗っているだろ? 蛮族だって乗っているし、あたしたちだって乗っているし。あたしは見たことがないけど、え~と……なんちゃらって王様も確か乗っているはずだぞ」

 なんちゃら、という王様が誰のことを言っているのか皆目見当がつかないが、ユスベル皇帝のことを言っていないのは確かだ。

 所変われば常識が変わるように、この地域一帯ではドラゴンよりもワイバーンに乗る者が多いのかもしれない。もしかしたら、マシューへ来た斥候はユーングラント王国ではなくハイヘルネン王国のものである可能性を考えておかなければいけない。

「ロベールは、変なことを聞くんだなぁ~。あっ、もしかして、ロベールって蛮族なの?」

「んなわけねぇだろ。俺が蛮族を探してるんだよ」

 蛮族が蛮族を探すわけがないだろう、と嘆たん息そくしながらミーシャに言う。

「蛮族なぁ~……。よく聞くのは、ここからもっと東ってことなんだけど……」

 インベート準男爵は南に来すぎだと言っていた。そして、ミーシャは西へ来すぎだと言っている。蛮族という存在は、マジで実態が摑めなさすぎる。

「あっ! でもこの間、西の方に集団で歩いている蛮族を見たぞ!」

「本当か? どのくらい前の話だ? 規模はどのくらいだ?」

 ここへ来て、やっと蛮族についての目撃情報を手に入れることができた。続きを促うながすと、ミーシャは当時の状況を思い出そうとしているのか、眉間に皺しわを寄せて考え込んだ。

「二、三週間くらい前かなぁ? 空の上からチラッと見ただけだから何人か分からないけど、結構たくさんいた!」

 たくさんの人数が移動していたってことは、引っ越しだろうか?

 それとも、ここよりもっと西の方で、何かが行われているとか?

「その蛮族の格好ってのは、どんなんだ? 俺たちとは違う、分かりやすい格好をしていたりとかしないか?」

「格好は、ジジイから聞いたのと同じだったから蛮族だって思っただけだからなぁ。でも、服とか鎧とか、あたしたちが着ているのとは違っていたよ!」

 見た目からして違うのであれば、それだけで十分だ。今まで、蛮族は西にいるという不確定な情報だけで、しらみつぶしのように探している状態だった。

 二、三週間前にはなるが、ここから西へ向かっていたこと。さらには、俺たちとは違う装備をしているのだから、空からでも何とかなるだろう。

 何の情報もなく竜騎士ドラグーン育成学校に帰るのは嫌だったが、この情報を元に蛮族の存在を目視確認できれば文句もあるまい。

「ミーシャ……だったな。助かった。良い情報を貰ったよ」

「そうか? なら良かった! お前は良い奴だからな。それに、村では子供に優しくするようにって言われているんだ!」

 ミーシャに会ってから、一番良い笑顔を向けられたが、なぜだか素直な感想が出てこない。何でかな?

 目標ができれば、後はそこへ向かうだけだ。昨日までとは違い、今日は足取り軽く蛮族を探せるだろう。

「俺はもう帰るけど、ミーシャはどうするんだ?」

「ナハクックが戻って来ないからなぁ……」

「そういえば、ミーシャのワイバーンはどこに行ってんだ?」

「いつもみたいに水浴びをするためにこの川に来たんだけど、降りるのを凄すごく嫌がっててさ。それでも無理矢理降りてもらったんだけど、あたしが降りるとすぐにどっかに行っちゃって」

「いやいや、主あるじを置いて逃げるとかダメだろ」

「それもそうだけど、嫌がるナハクックを無理矢理川辺に降ろしたのはあたしだしなー。ただの面倒臭がりだと思ったけど、まさかドラゴンがいるとは思っていなかったからなー」

 そのドラゴンとは、まさにヴィリアのことだろう。でも、主を置いて逃げたらダメだろ、ミーシャのワイバーンさんよ。

 俺だったら──いや、ヴィリアは口が利きけるので意思の疎そ通つうに全く困らない。しかし、俺が駆っていたのが普通のドラゴンだったら、何もないハズだ、と思っている川辺へ降りるのを渋しぶった場合は、ミーシャと同じように無理矢理降りていたかもしれない。

「そいつはすまんかったな。丁ちよう度どいい水場があったから止まっただけなんだ」

「別に、降りたのは私の意思だったから良いけどね」

「ナハクックだったか? そいつが戻って来なかったら、お前の家まで送っていくから安心しろ」

 さして困っているようには見えなかったが、女の子を一人置いて何かあってもらっちゃ困るからな。

「マジで? ナハクックが戻って来なかったら歩いて帰らなきゃいけないし、そしたら面倒臭いなーって思ってたんだよ!」

 歩かずに家へ帰れる、ということ以外にも、ミーシャはドラゴンに乗るのは初めてのようで、そちらについても喜んでいた。

 なので、ナハクックを待たずに家へ送り届けることとなった。ドラゴンと違いワイバーンは帰巣本能が強いようで、はぐれても育った場所へ帰ってくるんだそうだ。

「んじゃ、帰る──」

 と、ヴィリアを起こそうとすると、俺が声をかける前にヴィリアは起き上がり、機嫌が悪いライオンのような唸り声を上げ始めた。

 ヴィリアの視線の先を見上げると、そこにはいつもの冬空が広がっているだけだ。いや、いつも通りだが、そこに異物が──羽を生やした生き物が飛んでいた。

「ナハクック?」

 ドラゴンとは全く異なるシルエットは、ミーシャのワイバーンだったようだ。

「よく見えるな、こんな距離で」

 これがドラゴンであっても、個体識別をするには遠すぎる。

「お~いっ! 降りてこい、ナハクックゥ~!!」

 主のミーシャに名前を呼ばれ、ナハクックは体勢を崩したかのように地面へ向けて滑空をし始めたが、ヴィリアの存在にビビッているのか、すぐに体を起こして上昇した。

「ナハ──」

「グオォォォォォォォォォオオ!!」

 降りようか降りまいか迷っているナハクックが鼻についたのか、ミーシャが呼び戻すために大声を出そうとした瞬間、ヴィリアが咆さ哮けんだ。

「うっはー!?」

 真後ろから放たれるヴィリアの咆ほう哮こうを間近で受けたせいで、俺の耳は使い物にならなくなった。しかも、視界もブレて世界が回っているように見える。

 ミーシャも同じようで、ヴィリアが叫んだ瞬間に両耳を塞ふさいだが、それでもかなり煩かったようで目を白黒させている。

「おっ、降りてきた」

「おー! やっと降りてきたー!」

 耳が遠くなっているので聞こえにくかったが、俺たちは互いにナハクックが降りてきたことを口にした。

 ナハクックはヴィリアに怯えながらもゆっくりと滑かつ空くうし、次第にその姿がはっきりと見えるようになってきた。

 俺は袖そでで口と鼻を隠して、ワイバーンが起こすであろうダウンウォッシュに備そなえた。しかし、ワイバーンは空気を孕はらむように羽を広げると、ドラゴンとは違い強力なダウンウォッシュを発生させることなく着陸した。

「お帰りー! まったく、どこに行ってたんだよー」

 ミーシャはやっと帰って来たナハクックを労ねぎらった。そのナハクックはミーシャに撫でられて嬉しそうにしつつも、目の前に居るヴィリアが気になって仕方がないようだった。

 ワイバーンと戦ったが、こんな風に間近で見ることはなかった。確かに、ドラゴンとは違い空を飛ぶことに特化した骨の上に皮が張り付いているような、何とも貧弱な体だった。

 そんな姿をしていてもドラゴンがいない状態で戦えと言われたら脅きよう威いになる。いや、ドラゴンに乗っていても脅威になったが……。

 それにしても、着陸の瞬間を見て分かるように、風を使うのが上手だ。気流を乱さずに飛べるということは、それだけ風が強い場所で飛ぶことができるということだ。そう考えると、ドラゴンとは違い、ワイバーンが谷に好んで巣を作ることも頷ける。

「ナハクックが帰って来たから、あたしはもう帰るねー」

「おぉ、気を付けて帰れよ」

 先ほどまでドラゴンに乗れると喜んでいたのに、ナハクックが帰ってきたらそれに跨またがって帰ろうとする。なんとも浮気性な奴だった。

 ミーシャはナハクックの背中を駆けあがり、背が斜ななめになっていて乗りにくいであろう鞍に軽々とまたがると、鞍から伸びたロープを腰に巻き付けた。

 俺が付けている安全帯よりも強度的な面で不安だが、こういった事故予防策を見るとミーシャの村の人たちが素晴らしい人に見えてくる。

 なぜなら、ユスベル帝国の竜騎士ドラグーンはというと、一部の竜騎士ドラグーンを除のぞいてそのほとんどが格好悪いという理由で、イスカンダル商会の扱っている安全帯を装着しない。

 いつもいつも言っているが、体てい裁さいを気にして無駄死にするのは、本当に馬鹿の極きわみだと思う。

「よーっし! じゃあ、行くよー!」

「おうおう、早く行ってやれ」

 じゃないと、ヴィリアの存在にビビッているナハクックが可か哀わい想そうすぎる。

 ヴィリアと目を合わせないように下を向いており、ときおり機嫌を窺うようにチラ見する行動を繰り返しているのだ。

「飛べッ!!」

 ミーシャの命令で、ナハクックは大空へ舞い上がった。着陸時のダウンウォッシュは全くなかったが、飛び上がる時はけっこう砂すな埃ぼこりが舞うようだ。

 降りてくる時が大丈夫だったもんで、油断してしまった。お陰かげで、顔面に砂や草がたくさんついてしまった。

「……俺たちも、そろそろ帰るか」

「そうだな。朝の散歩にしては、だいぶ長くなってしまったからな」

 インベート準男爵家では、皆が俺の帰りを待っているだろう。もしかしたら、俺が逃亡したのではないか、という話も出ているかもしれない。


     □


 インベート準男爵家へ戻ると、案の定フィーノから小言を言われた。護衛もつけずに出かけるとは何事か、と言った分かりやすいものがほとんどだが。

 まぁ、フィーノの言い分も分かるし、他の候補生たちも俺を見る目が非ひ難なんがましくなっている気がするのも分かる。

 学校の方から、蛮族を調査するという以外にどんな密命を帯びているか分からないが、その対象が抜け出していたら驚くわな。

 こちらとしても、逃げるのであればユスベル帝国の状況がどのようになっているのか、しっかりと見極めてから逃げるつもりだ。直接命を狙ねらわれない限り、ギリギリまで優秀な竜騎士ドラグーン候補生を演じていたい。

 それに、今は蛮族についての情報のオマケ付きだ。学校から受け取った不確定な情報ではなく、少し前の話になってしまうが、見た人間がいるという証言付きの情報だ。

 蛮族調査三日目だが、当あてのない調査作業に顔には出さないが候補生がやや疲れている気がした。そんな中で出た俺の情報が嬉しくないはずがない。

 このミーシャから得た情報を出すと、候補生は俺の味方になり、小言を言っていたフィーノも黙だまった。

 やはり、相手を黙らせるには相手より良い情報に限る。


 そして、俺たちは再び空へ飛びあがった。

 先ほどまでの空模様と打って変わり、今は厚く暗い雲が頭上を覆おおいつくしていた。太陽が見えなくなったせいで、気温が少しだけ下がっている。

 さらに気温を下げる要因として、今俺たちが飛んでいるのが地上から一五〇〇メートルくらいの高度に居るからだ。

 普通の竜騎士ドラグーンが飛ぶのは、地上から約五〇〇メートル辺りだが、今俺たちが飛んでいるのは層そう積せき雲うんと被かぶるか被らないかの場所だ。

 なぜそんな高い所を飛んでいるのかというと、先ほど竜騎士ドラグーンが近くを飛んでいるのを見たからだ。近くとはいっても、肩かたと肩が触れ合うような距離ではなく、相手が米粒ほどの大きさに見えるくらいの距離だ。

 雲以外に遮しや蔽へい物ぶつがない空では、米粒クラスの大きさでも先に見つけたほうが有利になる。もちろん、相手も早く見つければそれ相応の対応ができるので、万事全て上手く行くというわけにはならないが。

 ここよりさらに西にあるハイヘルネン王国との国境に砦を築いているとのことだったので、初めは仲間かと思った。だが、ヴィリアがその竜騎士ドラグーンに近づくのを嫌がるどころか、一気に高度を上げたので仲間ではないということがすぐに分かった。

 俺と同じく、見えた竜騎士ドラグーンを仲間だと思った他の皆は、俺の行動を不ふ審しんに思いながらもついてきた。

「なぜ距離をとるのか、お聞きしてもよろしいですか?」

 俺の行動を不審に思ったフォポールが聞いてきた。本来は、現役竜騎士ドラグーンの隊長であるフィーノが聞いてくるべき案件だろうが、なぜかフィーノは少し離れたところを飛んでいる。

「嫌な予感がする。理由はそれだけで十分だ」

「ならば、相手はたったの三騎です! 対してこちらは一〇騎。圧倒的に有利です!」

 戦闘行動に移ろうか、と俺も一瞬だが思った。しかし、長槍を出すのも面倒くさいし、なによりヴィリアが傷ついてしまうのが嫌だ。

 避さけられる戦いを無理に戦い、それで怪け我がをしてしまうのは良くない。

「向こうはこちらに気付いていない。無駄な戦闘は避けるべきだ。俺たちの目的は蛮族の調査であって、他国の竜騎士ドラグーンと戦うことではない」

 そういうと、フォポールは不ふ服ふくそうな顔をすることなく大人しく引き下がった。

「にしても、今日は暗くなるのが早いな……」

 インベート準男爵家を出るのが遅かったので、その後の予定は順次繰り下げとなる。今はお昼過ぎくらいだったが、雲がどんどんと厚くなりつつあるので刻一刻と辺りは暗くなっていた。

「こりゃ、寝床を早めに決めておいた方が良いな……」

 この寒空の下、雨をかぶりながら飛ぶのは自殺行為だ。すぐに死ななくとも、肺はい炎えん経けい由ゆで死ぬ可能性がある。

「ならば、砦へ行くのが良いかと。作っている途中とはいえ、砦まで行けば屋根がある建物もあります」

 独り言のような呟きに、いつの間に隣を飛んでいたのかフィーノが砦へ行くことを提案してきた。近くにあるのだから寝床の候補として出てくるのは不思議ではないが、今ここで出されると何か企たくらんでいるような気がしてならない。

「……どうしましたか? 嫌な予感がしますか?」

 お前のせいで嫌な予感しかしないよ、と大声で言ってやりたかったが、さすがに俺もそこまで馬鹿ではない。すぐに答えることはせずに、あいまいに笑うしかなかった。

 それにしても、フィーノの態度が大きく変わったのがいけすかん。初めに会った時は貴族パワーでボコボコにされることも止やむなし、といった感じだったというのに。

 周まわりに人がいるせいで、ヴィリアと相談できないのが痛いが、ここでうだうだと悩んでいても状況は好転せず、むしろ時間が経たつほど周りからの評価は悪くなるだろう。

「通達! 天候不順を考こう慮りよし、ディスバス副隊長が提案した通り砦へ向かうこととする。ここは国境付近のため、先ほどと同じように敵か味方か分からない竜騎士ドラグーンが飛んでいる可能性がある。警戒を厳げんとし、蛮族調査よりも優先して砦へ向かう!」

 ここまで、地上を歩いているはずの蛮族を探すために、大きく蛇だ行こうするように来た。しかし、砦へ向かうこととなり、方向も分かっているので注意すべきは先ほどの竜騎士ドラグーンだけとなった。


 寒さのために意識が朦もう朧ろうとし始めたのか、候補生から落らく伍ご者が出そうになったので、高度を落とす。

 それでも寒いことには変わりないので、気持ち気温が高くなった程度だ。

「砦まで、あとどれくらいだ!?」

「分かりません! ハイヘルネン王国との国境は、川に設定されています! ハイヘルネン王国まで行く道は、今我々が辿たどっている一本だけなので、これを辿れば問題なく着けるはずです!」

 蛇行している時に見たのは、この道一本だけだ。フィーノの言い分も分かるが、雨が降れば酷ひどい有あり様さまになる現状況を鑑かんがみれば、その情報を理由とするには弱い。

 情報があるとはいえ、蛮族は見つけられず、雨に当たって部隊員が死んでしまっては、俺の責任問題になるだろう。そうなれば、国造りどころではなくなる。

 いや、責任はフィーノが負おうかもしれないが、ストライカー侯爵家へは何らかの形で連絡が行くかもしれない。

 何とか砦へ着くまで降ってくれるなよ、と願っていると、先の方に黒い煙けむりが見えた。

「何だありゃ?」

 黒い煙は一本だけではない。大小さまざまで、何本も地面から立ち上っていた。

「おいおい、この地方じゃ黒い煙を焚たいて雨あま乞ごいをする風習でもあるのか?」

「そんなわけないじゃないですか! 明らかに砦から出ている煙じゃないか!」

 俺の皮肉に、フィーノは初め敬語を使っていたが、終わりは苛いら立だちを隠しきれない、といった様子で吠ほえた。

 俺だって目が悪いわけじゃないので、そんなことは分かっている。だが、蛮族を探しに来て戦争に巻き込まれそうになっているのだから、皮肉の一つだって言いたくなる。

 フィーノは砦から煙が出ていると言っていたが、近づいてみると煙は砦の外で出ていた。つまり、砦はジリ貧ひんだが陥落おちていないということになる。

「全員、長槍を組み立てろ! いつ戦闘になっても良いように準備をしろッ!」

 フィーノの号令で、隊員全てが三分割されている長槍の組み立てに入った。不安定なドラゴンに乗っているというのに、皆器用に組み立てていく。

「おいおいおい! 急に命令し始めたと思ったら、戦争をおっぱじめる気か!?」

「申し訳ありませんが、戦闘時の命令は全て私から出すように、との命令ですので、ご理解ください」

 それが妥だ当とうな判断だ、ということは俺にも理解できる。斥候を倒したとはいえ、俺にはそれ以外に実績がないのだ。

 対して、フィーノたち北域警備部隊は斥候を侵入させてしまったが、それが全てフィーノたちのせいではない。平時はボンボンの補習に付き合うが、戦闘まで命令を聞きたくないだろう。

 そう、そこまでは分かるのだ。

「今すぐ撤てつ退たいすれば良いだろう! 長槍作っている暇があったら、敵の竜騎士ドラグーンに見つかる前に撤退して、このことを軍に伝えれば良いだろう!」

 怒ど鳴なる俺の声は届いているはずなのに、フィーノは長槍を組み立てる手を止めない。

 その間もドラゴンはゆっくりと砦へ向かって飛んでいる。まさか、帝国のために勇ゆう敢かんに散ちることを目的としているんじゃないだろうか?

「あの砦には、竜騎士ドラグーンがいません。今の我々に課せられた新しい任務は、蛮族を調査することではなく、敵の戦力を把は握あくし、その情報を皇都へ持ち帰ることです」

 その言葉に、候補生たちは息を飲んだ。相手の数だけではなく、武器や兵種の割り振りも見るためには、それなりに近くへ行かなければいけない。

 相手も馬鹿ではないのだから、近くに敵国の竜騎士ドラグーンが飛んでいれば、それを迎撃しに来るだろう。そうなれば、完全に戦闘状態だ。

 候補生も道づれにする気か?

「候補生は、全員でストライカー様をお守りしろ」

 敵の竜騎士ドラグーンと戦う準備をしていた候補生たちは、冷や水をぶっかけるようなフィーノの言葉を理解できないでいた。

 狼狽うろたえる候補生たちを尻目に、次にフィーノは俺の方を向いた。

「元々、戦闘をするつもりはありません。長槍を用意したのは万が一のためです。それに、相手が何人来ようと、ドラゴンに乗っている時点で攻撃法は限られています。それさえ分かっていれば対処のしようもあります」

 反対していた俺を安心させるためか、そもそも本当にそうなのか分からないが、フィーノは力強く言い、他の竜騎士ドラグーンも力強く頷いた。

「エヴァン、エコール。ストライカー様を必ずお守りしろ」

「ハイッ!」

 フォポール・エヴァンとアシュリー・エコールの両候補生は、フィーノから命令を受けると力強い返事をした。そして、すぐに俺の隣へ飛んできて挨拶をしてきた。

 挨拶をすますと、フォポールは緊張からか口を強く一文字に結び、アシュリーは飄ひよう々ひようとした様子で何を考えているのか分からなかった。他の候補生は皆、緊張しているのだけが分かる。

 そんな中、敵接近を知らせるラッパの音が、俺たちがいる場所まで届いた。

「ラッパの音!?」

 悲鳴のような声を上げ候補生の一人が跳はねた。空での問答が長すぎたために、敵に見つかってしまったようだ。

「見つかったな。結構早い」

 戦闘に慣れている北域国境警備隊の三人は、こちらが見つかったことに対しても、それほど驚いた様子はなかった。それどころか、敵がこちらを見つける速度を評価した。

 ラッパの音が止やむと、すぐに敵の野営地から竜騎士ドラグーンが飛び上がって来た。

 その数は、全部で八頭。

 敵が俺たちを舐なめていない限り、砦を攻めている敵が持つ全竜騎士ドラグーンがこちらへ向かってきているはずだ。敵にとっては不利な戦いになるが、制空権を取られたくないので戦闘をするしかないんだろう。

「ストライカー様は先に皇都へ戻り、このことを報告してください。ストライカー様が報告すれば、皆急いで動くはずです」

 色々と悪評高い俺が言うよりも、現役竜騎士ドラグーンのフィーノが報告した方が良いんじゃないだろうか。軍側だって、そちらの方が確度の高い情報だと判断するだろう。

 しかし、こういっては申し訳ないが、この中で一番命に価値があるのはロベールだ。俺がここに残る限り候補生も戦いに巻き込むことになる。

 フィーノは、三人でもあの八頭に対応することができると豪ごう語ごしているので、後は任まかせた方が良いだろう。

 これ以上敵竜騎士ドラグーンが接近して逃げられなくなる前に方向転換しようとすると、突然ヴィリアが体を振り、顎あごで砦の方を示してきた。

 顎の先には敵の竜騎士ドラグーンがいるが、それを伝えるためにわざわざ俺を呼ぶほどヴィリアは馬鹿ではない。

 なら、何を指している──?

「──ツッ!? 砦から兵士が出てきているぞ!」

 こちらへ向かってきている敵の竜騎士ドラグーンに注視しすぎて、その向こうにある砦が何をやっているのか全く見ていなかった。

 いつから戦争状態にあるのか知らないが、周りの破壊状況から一週間やそこらではないはずだ。もしかしたら、インベート準男爵家から出発した増援が砦に入ってから、すぐにこのような状態になったのかもしれない。

 どちらにしても、戦力的に打って出るのは辛いだろう。敵の浮足立った姿を見て、最後に一花咲かせてやろうとしているようにも見えるが、それにしては砦の中にまだたくさんの健常な兵士が居るように見えた。

「決死隊か!?」

 フィーノが俺と同じことを考えているならば、早く彼らに伝えなければいけない。

 ──我々は、救出部隊でも増援でもなければ、斥候でもない──ということを。

 砦の兵も俺たちを見つけたのだ。初めは敵の増援だと思っただろうが、敵も慌ただしく動いたことで、それが自分たちの仲間──味方であると考えたのだ。

 ならばやることは決まるだろう。砦側自分たちも大きく動いて味方の竜騎士ドラグーンが入って来られる隙すき間まを作るのだ、と。

 彼らも、救援要請のために馬を走らせたのだろう。いつ走らせたのか分からないが、俺たちが蛮族調査に出てくる時は、そのような話はなかった。

 もしかしたら、伝令は途中で捕つかまって殺されてしまったのかもしれない。

 だが、今の砦の人間にとって伝令が殺されたなんて関係ない。味方が──俺たちが来てしまったのだから。

「早く行ってください。地力は同じなんですから、翼竜乗りワイバーンライダーと同じようには行きませんよ!」

 そう言い残し、フィーノは竜騎士ドラグーン二人を連れて敵竜騎士ドラグーンへ向かっていった。

 俺の場合はそうかもしれない。強い、強いヴィリアがいるのだから。

 しかし、あの場所に居た他の三人は違う。それぞれができることを全力で成なし、アバスなんか敵翼竜乗りワイバーンライダーを一騎倒したのだ。

 竜騎士ドラグーン候補生だが実戦経験のない子供が、斥候の翼竜乗りワイバーンライダー相手に必死で戦い撃退したというのに、それをまぐれかのように言うフィーノにブチ切れそうになった。

「おい、落ち着け」

「──ヴィリア?」

 周りに候補生がいるというのに、小声で話しかけてきたヴィリアに驚き、声が出てしまった。

「どうかされましたか、ストライカー様!」

 驚きの声を上げた俺を、心配そうに聞いてくるフォポール。しかし、申し訳ないがヴィリアと話すのには、この距離は困る。

「いや、何でもない! ヴィリアが飛びにくいと言っているから、もっと間かん隔かくをあけて飛んでくれ!」

「分かりました!」

 フォポールは他の候補生に指示を出すと、落ち着きを取り戻し始めた候補生たちは、ぎこちなくはあるが問題なく俺から距離をあけてくれた。

「どうしたんだ、ヴィリア。他の奴に聞かれでもしたら──」

「ならば、そんな状態で話しかけなければいけないほど心を乱すな」

 ヴィリアの言葉に、声を詰まらせた。

「敵に尻尾を巻いて逃げるのが嫌だ、というのは分かる。だが、弱い奴が戦っても無ぶ様ざまに死体を増やすだけだ」

 尻尾を巻いて逃げることについて、俺は何とも思っていない。怪我をしないですむんだったら、逃げようが戦おうがどちらでもよかった。問題は、こちらが弱かった時だ。その時は、無駄に死体を積み上げることになる。

「理由は聞かないが、ロベールはあの竜騎士ドラグーンのことを不審に思っているのだろう?」

「……そうだ」

「ロベールは全員のことを考えて撤てつ退たいを考えた。しかし、奴は奴なりに他の奴らのことを考えて前に出ることを選んだんだ」

 無駄に発見されたことを除のぞけば、フィーノが正しいのは理解できる。この中で一番経験が浅い俺を逃がすために候補生を護衛に付けて、戦いに慣なれたフィーノたちが敵の足止めをするのは正しい選択だ。

 突然押し付けられた蛮族の調査も相あいまって、フィーノが怪しく見えてしようがなかった。だから、フィーノの一挙手一投足が怪しく見えてしまい、結果として突っかかるようになってしまった。

 自分の馬鹿らしさに、ため息が出る。

「落ち着いたか? では、自分が今一番成さねばいけないことを考えるんだ」