
楽しいことがあった後には、楽しくないことが起きるのが世の
マシューについて呼び出されたのかと思ったのだが、その呼び出された理由が予想の
クラス単位や学校単位で行われるなら分かる話だが、どう聞いてもクラス──学年からも俺一人しか行かないことになっていた。
一応は
しかしすでに決定された話であり、ストライカー
俺と
その
さすがに
出来た息子を演じた結果が、これなのかもしれない。侯爵家の息子を、現役の
「──分かりました。蛮族についての調査ですが、期限はどのくらいでしょうか?」
納得しかねる話だったが、ここは
「期限は特に定めていない、が出発は急いでもらいたい。これは、
学年主任の話に、再び耳を
「補習? 以前の話だと、特に受けることなく進級できるはずでしたが?」
「君の立場が特別ということだよ。準備があると思うが、なるべく早く
一方的に達せられた話──いや、命令を、俺は
変に
しかし、心配事は
俺が蛮族調査をしている間に、皇都で何か起きても対応できないのが痛い。
──そもそも、この怪しい任務自体が何を目的としたものかもわからない。俺が知らない間にヴァンデスが学校へタレ込みに来ていて、学校側はその話を元に俺が何者かを調べるために外へ行かせる──といった線はないな。
その場合は、ドラゴンを使わせることなく学校に閉じ込めておいた方が管理しやすい。
どれだけ悩もうと、何が真実で何が
□
出発はできるだけ早く、というお達しだったので、学年主任には今日中に出発すると言って、ヴィリアの所までやって来た。
「久しぶりに顔を見せたと思ったら、また何か悪いことでも考えているのか?」
愛竜のヴィリアは、
ヴィリアは、他の
仲間思いで、マシューで
ちなみに、凶悪な顔をしているが女性である。
「俺が悪いことを? よしてくれ。俺はいつでもいい子だよ」
「あぁ、そうだ。ロベールはいつでも良い子だな。カバンの中に宝石を
冗談を言ったつもりが、ブラックジョークで返されてしまった。
俺が今やっているのは、ヴィリアが言った通り、まさに戦争に負けて逃げ出そうとしている王様と同じ行動だ。
自国の通貨は、基本的に他国で使えない。イスカンダル商会だけではなく、他の商会も国を
しかし、金貨や銀貨は材質その物に価値があるのだが、行った先の国が帝国とどのような関係になっているかによって、両替してくれるかどうか変わってくるはずだ。
万が一のことを考えて、両替商を探すことなく、すぐに
怪しまれているから。
「世の中、何があるか分からんからな。
「その通りだ。ロベールはいささか不用心すぎるのが玉に
「……そうかな?」
俺が貴族と入れ替わっていることは、ヴィリアにも
色々と面倒臭いから、的な理由だったはずだ。
俺の場合はヴィリアに
「それで、何を押し付けられたんだ?」
「西の方に居る、蛮族とやらの勢力調査だ」
「そうか。ロベール一人でか?」
「まさか? 何人かの
そう言い、宝石の入ったカバンを
「一度の失敗も許さない、とは人間の悪い
「今の俺の立場が、あまりよろしくないんだよ」
「偉い方の人間であるロベールが、か?
何と
そんなヴィリアを優しくなでた。少し前ならウザがられ、手を
荷物をヴィリアの背に乗せ、
そこにはすでに、俺と共に蛮族の調査へ行く
最上級生──つまり、
「失礼します」
皆を前にして、どうしようかと
「私の名前は、フィーノ・ディスバスと申します。所属は国境警備隊です」
「国境警備隊……?」
俺が国境警備隊の部分を確認するように呟くと、隊長だけではなくその後ろにいた残り二人の
「ハッ! 我々は北域の国境を警備している部隊です。ストライカー様が準統治領として運営されていたマシューへ斥候が侵入する
なるほど、つまり
国境警備隊は、任務内容から即応が求められるため、組織として動く騎馬騎士とは違い、個人の裁量に任せる部分が大きく
にもかかわらず、
「三人ですか?」
正体不明で情報が少ない蛮族を探しに行くのに、現役の
「ハッ! もっと多くの人間が立候補しましたが、マシューの件を受け国境警備の増強をかけられたため、何とか
なるほど。それで三人という
しかし、この
何かしようとしている、と考えて行動した方がいいだろう。
「なるほど、分かりました。来てくれたことに感謝します」
自身の所属を明かしたのにもかかわらず、俺が激怒しなかったのが不思議だったのか、フィーノとその仲間たちは目を丸くしたあと、ホッとしたように深呼吸をした。
「それで、そちらは?」
候補生たちの方を向き聞くと、彼らは背筋を伸ばした。
「はい。私はフォポール・エヴァンと申します。候補生六人をまとめさせていただきます」
簡単に自己紹介をしてくれたフォポールに対し、
学生側の隊長はフォポールが、副隊長はアシュリー・エコールという、長い赤髪を
ただ、ここで感じた学校側の見えない
相手に何か怪しい所がないかヴィリアを見るが、当のヴィリアは彼らに全く興味がないようで、
「ここに居るということは、俺が誰でこれから何をやるかも理解していると思うが、一応自己紹介をしておこう。俺の名前はロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカー。この学校の一年だ。これから、西にいるという蛮族の勢力調査へ行くこととなる。年齢を考えればすぐに分かると思うが、調査に関してのノウハウが全くない。
何か質問はないか、と皆を見渡しながら問いかけるが、誰も質問の手をあげなかった。
「では行こう」
俺の出発の合図に、全員は
俺を乗せたヴィリアが飛び立つと、発生したダウンウォッシュに他のドラゴンが一瞬だけ
「ストライカー様! どのような
隣にやって来たのは北域国境警備隊隊長のフィーノだ。彼のドラゴンはヴィリアの存在に
「まずは
正式名称は知らないが、行商がそう呼んでいる森がある。背の高い木が多く、地面まで光が届きにくいので、一度雨が降ると長期的に土がぬかるむからだそうだ。
「到着する時分にはかなり日が
「それより早く飛べば問題ない!」
季節はすでに初冬を迎えている。今日は晴れており、日光のおかげで多少は
それでなくとも、空を飛んでいれば寒くて
「……分かりました!」
泥の森へは予定通り、日が沈むギリギリの時間に到着することができた。
森のお
食事は、日持ちする
「ストライカー様、こちらを──」
「ありがとう」
渡されたのは、軽く
ワインを
食事を終えると夜警のローテーションを組み、皆すぐに就寝した。
就寝方法は、丸まったドラゴンの足とお
ドラゴンの体が風を
この眠り方を説明している教科書を読んだときに、危険すぎるんじゃないかと思ったが、騎士や候補生がやっているのを見ていると、ドラゴンとどれだけ意志が通じ合っているかによるんだな、というのが俺の感想だ。
この程度の寒さであればまだ平気なので青空キャンプをしようと思ったのだが、他の皆に合わせて俺もヴィリアの足とお腹の間に体を
声には出さなかったが、俺が隙間に入るときにヴィリアが
□
翌日、ヴィリアとその背に乗る俺が
近くでは、候補生が野盗に
商隊が襲われているのを見つけたのはたまたまで、襲っているのが蛮族の可能性もあったのですぐに救出へ向かった。
結果として、相手はただの野盗だったのだが、蛮族について何か有用な情報を持っている可能性があるから尋問しよう、という話になった。
「ダメですね。これといって良い情報はありませんでした」
「そうか。まぁ、そんな簡単に見つかるもんじゃないと思っていたけどな」
元から期待していなければ、そこまでガッカリするもんじゃない。
フィーノたちの話によれば、蛮族はもっと西の、それも山の方に住んでいると言っていたので、長いこと飛んでいたとはいえこんな皇都寄りの平野では見つかりそうになかった。
それに、
「それと、襲われていた商隊の者がストライカー様にお礼を言いたいと」
「別にいいのに」
お礼を言いに来るのは良いことだが、助けた時もお礼を言われたので、これを含めれば二回目になる。
「先ほどは
「俺が見つけられたのは、ただ運が良かっただけだ。それに、さっきもお礼を聞かされたからもういい」
俺の態度があまりにもそっけない物だったからか、商人たちは少し驚いた顔をした。
「
商人たちは、改めて生きていることを実感したのか、その瞳に涙がたまり始めた。
「今後、このようなことがないように、
利益を多く上げるために護衛を付けたくない気持ちも分かるが、こんな風に襲われたらそれも意味がない。死んでしまったら、そこで終わりなのだから。
「まさか、護衛が逃げ出すとは思っていなかったんです……」
「……そうか。悪い奴に引っかかったみたいだな」
「あの護衛は、野盗とグルだったのかもしれません……チクショウ!!」
商人は怒りを我慢できなかったのか周囲に響き渡る大声で
「貴様ッ! 助けてもらっておきながら、その態度はなんだ!?」
俺と商人の会話を見守っていた
「もっ、申し訳ありません!!
商人は自分がしでかしてしまったことを後悔するように悲痛な声をあげ、
「あぁ、いい。こんなことがあったんだ。多少は大目に見る」
商人は土下座した状態で、謝罪と感謝の言葉を交互に
「この先も野盗はいるのか?」
先ほど商人に対して
「えっ? あっ、はい。あの野盗の話では、ここから次の町まではこいつら以外にも野盗がおり、その縄張りが点在しているようです」
「そうか」
野盗は、一人見つけたら三十人いるとみて間違いないほどそこら中にいる。それに、戦争や
「この先も、あんなのがたくさんいるんだってよ。今回は意味がなかったけど、でもここから護衛がない状態で行くのは危険じゃないか?」
容赦ない現実を叩きつけられたように、商人の顔はみるみる内に消沈した。
もし野盗に襲われた程度で移動を手伝っていれば、
それを理解している商人は
「我々は、このまま進もうと思います。この度は、助けていただきありがとうございました」
「そうか。向かう先は
相手だって馬鹿ではないのだから、ドラゴンを見つけたらどこかへ隠れてしまうだろう。
俺たちが先に見つけるか、隠れることもしない間抜けな野盗であれば
「それでは、我々は先を急がせていただきます」
失礼します、と先ほどまで泣き悪態をついていた人間とは思えないくらいの態度の
「はした金にしかならないと思うが、野盗の装備を持っていくといい」
「良いんですか?」
「俺らは持って行かない。ここへ捨て置くより、少しくらい
とはいうものの、野盗の装備品なんて武器は多少まともだが、
こういうのもなんだが、もっと景気の良い野盗だったら、被害の補塡も本当の意味でできただろう。
だが、商人は本当にはした金であっても、少しでも補塡できるなら、と何でも持っていくつもりのようだ。俺から許可を得た商人は、武装解除された野盗の装備を次々と馬車へ乗せていく。
「ストライカー様。野盗の処理はどうしましょうか?」
「ドラゴンに乗せるわけにもいかないからな。
「ハッ、了解しました」
フィーノは背筋をただし返答すると、商人たちの元へ駆けていった。
初冬の平野は冷たい風が吹き、夜には昨日と同じように気温が下がるだろう。皆一緒に
そこへ行けば風は弱まるし、押しくらまんじゅうの要領で夜通し温め合えば、無事に朝日を
商人は商隊を立て直し次第出発するとのことなので、俺たちはそれを見届けることなく出発した。
□
商隊と別れた後は、さらに西へと進路を向けて飛び続けた。その間も地上だけではなく森へ山へと飛んだが、蛮族という存在は一向に見つからなかった。
うっかり国境を越えてしまえば、そこから戦争
そんな馬鹿なことをしないように、気を
太陽が地平線へと吸い込まれていく中、今後の予定を聞かれた。この辺りには、昨日野営した泥の森のような場所はないらしい。
野営するなら近くに小川があった方が良いが、それすらも望めないらしい。
ここは、まさに帝国の
さてどうしたものか、と考えながら沈みゆく太陽を
「今日は屋根がある家で寝たいな……」
人は楽な方へ楽な方へと流される生き物なので、貴族として温かい飯を食い、温かい
「他の奴らは、野っ原で寝る気満々のようだぞ」
「
ヴィリアが言う通り、
「下が岩場でない限り、私が綺麗に
「ヴィリアが居れば温かくていいんだけど──やっぱり、村まで戻るか……」
先ほど──と言えるほど近場ではないが、戻れば情報収集のために寄った村がある。本当の
「……そうだな。難しいところではあるが、今からさっきの村へ戻るより、この先にある集落へ向かった方が良いだろう」
「集落? 村があるのか?」
「ここから南西へいった所に、確か集落があったはずだ」
「おぉ、マジか……」
今晩は屋根がある家で寝られる希望が見えてきた。
「なるべく早く飛ばねば、暗くなって降りられなくなる可能性が出てくるぞ」
「そうだな。日が沈んでからもロスタイムがあるといっても、明るいことには
そうと決まれば、皆を呼んで飛ぶ方向を変えなければいけない。
「こんな
フィーノは、何もない平原しかないこの土地に、人が住んでいるというのが信じられないのか、風切り音が強いドラゴンの上でも分かるくらい大きく
「それは、逃亡奴隷の集落ではないでしょうか?」
「なるほど、その可能性が……」
候補生のフォポールが、この辺鄙な土地に
逃亡奴隷の村とは言っても、住んでいる住民の全てが逃亡奴隷というわけではない。戦火から逃れたり、重税から逃れたり、
今いる辺りは帝国が領地宣言しているだけで、管理している領主がいない。なので、実態が
「ストライカー様は、なぜこのような何もないところに村があるとご存じなのですか?」
候補生のフォポールが、俺の言葉を
「──少し前に、行商から聞いたんだ。おおよその位置しか分からないが、聞いた話ではここからそう遠くないはずだ」
ただし、フィーノの方は万が一場所の聞き間違いや見当違いを
「全員に通達! これより、南西へ向かい増速する。日が沈み始めているので、完全に闇になる前に到着したい。いいなッ!」
引き連れている全員から、了の言葉を受け取ると同時にヴィリアが加速した。
通常飛行高度で飛びながら加速すると
今までのゆったりとした飛行が噓のように地面が流れていく。スピードメーターがないことが
□
太陽が地平線の向こうへと完全に沈み、今は青く光る空だけが唯一の光源となっている。
「こんなところに、本当に町があるなんて……」
薄暗い平原の向こうに、人が住む
暗くなった状態で着陸するのは危険なので、まだ日がある内に地上へ降りて歩いて行こうか考えていたら、ヴィリアが言っていた集落が見えてきたのだ。
ヴィリアは初め集落と言っていたが、そこは住民が数百人単位で住んでいるような、大きめの村か小さい町かといった
「本当に町があったわ……」
ヴィリアから話を聞き、提案した俺も驚いた。
本当に何もない平原に、突然町が現れたのだから驚かないほうがおかしい。
「こりゃ、確実に領主が住んでいる町だな……」
こんな辺鄙なところに貴族が住んでいれば、皇都の夜会で話題になっているのかもしれない。しかし、俺は夜会に参加をしたことがないのでそういった知識はなかった。
皆にこの辺りに住む貴族の話を聞いたことがないか問おうと思ったが、町が近くなったので降りたほうが良い、とフィーノに言われたので問うのは一時止めて早めに地面へ降りることにした。
町へ向かう道の途中、通りを
畑を
朝から暗くなるまで畑仕事を
こんな作物を育てるのも一苦労な土地に住む貴族がどんな奴か、とても気になった。
「何者か来ます──」
ドラゴンを引きながら俺の隣を歩いていたフォポールが、前──町の方角から来る人の存在を知らせてくれた。どうやら、三騎編成の騎馬兵のようだ。
それほど広くない道を、ドラゴンが列をなして歩いているのだからかなり
しかし、前から来る騎馬兵どころか、畑を耕している農夫たちがドラゴンを見ても
来訪時のマナーでいえば、フィーノ辺りを先行させて領主に挨拶をさせ、領地へ入る
町のど真ん中にドラゴンで乗り付けたわけではないので、いきなり攻撃されることはないはずだ。
やって来た騎馬兵は
先頭を走っている隊長格と思われる騎馬兵の
「あれは?」
トサカの様な兜飾りが何なのか気になり、隣を歩くフォポールに聞く。
「あれは、使者の飾りですね。我々の
「それは良かった」
薄暗くなった空を飛び、町の外で降りた後はここまで徒歩だ。たとえ町から俺たちのことが見えていたとしても、ドラゴンとしか分からなかったはずだ。
このわずかな時間で相手が何者なのか
騎馬兵は馬から降りると、先頭を駆けていた隊長が大きな声で歓迎の言葉を
「
小さなちょび
「突然の来訪で申し訳ない。西で行う任務のために飛んでいたが、夜になってしまい行動できなくなってしまった。できればこちらで一晩休みたいのだが、領主様はおられるか?」
フィーノが代表して謝罪とことの次第を伝えると、騎馬兵の隊長は少しも気分を害した顔もせず大きく頷いた。
「はい。屋敷までの道のりを、
馬に乗る騎馬兵の隊長に合わせ俺たちもドラゴンへ
ドラゴンが近くにいても騎馬兵の馬が
この町の領主は、結構、戦慣れした人なのかもしれない。
□
残念なことに、ドラゴン用の厩舎が頭数分ないとのことだったので、寒さに強くない候補生のドラゴンを優先して入れることとなった。
北域国境を警備している
「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」
築年数ではなく建材の安っぽさのせいで、やや
雰囲気は、細い──なんとも
開拓農民と共にこの地を切り開いた、骨肉のしっかりとした男だという印象を受けた。
「私は、帝国の外れも外れ、ユスベル帝国とハイヘルネン王国との境目にあるこの辺境領を治めている、アルフレリック・アルト・インベートと申します。現在は、
インベートという名を聞くと同時に、のんびりとした口調のなぜだか
今日のほとんどを空ですごしている状態だったので、帝国領の
「私の名は、ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーです。
「おぉ! やはりそうですか! あの立派なドラゴンの
やはり、ブロッサム先生の父親だったようだ。
それにしても、インベート準男爵の、まるで人気の芸能人にでもあったようなハイテンションっぷりに少しだけたじろいでしまう。
準男爵という爵位は、
しかもインベート準男爵は、貴族を表す『フォン』ではなく『アルト』を使っていることから、騎士上がりではなく
別に傭兵上がりの貴族が『フォン』を使ってはいけない、という法律はない。だが、傭兵だったことに
アルト──その大本はアルトゥーラ傭兵団が起源になっているという。このアルトゥーラ傭兵団は、普段から遊牧民のように戦地を転々と渡り歩き、金で敵にも味方にもなるが、その
そして、武功を上げた傭兵は国に召し抱えられ、このインベート準男爵のように貴族になったりしている。
それが、アルトゥーラ傭兵団をひときわ有名にした
ただし、最近は傭兵上がりの貴族のミドルネームが『アルト』という図式が出来上がっているために、他の傭兵団上がりの人間が名乗っている場合もあるそうだ。
ただの傭兵出身と違うところは、アルトゥーラ傭兵団は横のつながりが強く、昔ながらの貴族と違い自身の
しかし、ブロッサム先生の父親は本当に元傭兵だったのか。なら、ミシュベルにいびられても平気な顔をして、俺にも簡単に話しかけてこられるわけだ。
「おっ、あっ、ハハッ。お
俺がインベート準男爵のテンションについて行けずたじろいでいると、それを引いていると勘違いしたのか、インベート準男爵はしどろもどろになりながら
「えぇと、部下から聞いた話ですが、皆様は本日泊まるところをお探しとか?」
「その通りです。蛮族を探す任務を負って西へ向かってきたのですが、このように日が沈んでしまい……。今夜寝る場所を探している時に、このバルシュピットを見つけ、できれば一晩だけでも寝る場所を貸してもらえないかと思い寄らせていただきました」
俺の言葉に、インベート準男爵は
「ふむ、蛮族ですか? では、この辺りでは南へ来すぎですね。蛮族は、もう少し北の山を活動の
「蛮族をご存じなんですか!?」
インベート準男爵から出た言葉に、俺を初め他の皆も驚きの声を上げた。
不確定な情報を頼りに西へ向かい、聞き込み調査を行っても
「ですが、蛮族とは帝国がそう呼称しているだけで、実際は手を出さなければ気のいい奴らですよ。私も傭兵時代には何度か助けられ、何度か助けました。それに、あいつらはご高説を
蛮族と呼ばれている部族に思い入れがあるのか、インベート準男爵は蛮族を
「はっ、ハハッ……。いやいや、貴族たれと毎日自らに言い聞かせているんですけど、傭兵上がりはこれだから荒いだの
悪い
これは俺の
逆に、これぞ傭兵である、とでも思っていそうだ。
「それで、泊まる場所でしたね? どうぞ、どうぞ、我が屋敷へ! と言いたいところですが、なにぶん開拓をし続けている辺境なので、
「そのような大変な時に来てしまい、本当に申し訳ない。屋根がある所で寝かせてもらえれば、それ以上は何も言いませんので」
「いえいえ、そのようなことは! そろそろ夕食ができる頃合いなので、ゆっくりと食事をしながら続きを話しましょう」
インベート準男爵が言うと、タイミングを
その執事はインベート準男爵より少し上の、古参の兵士に無理やり
これを執事というにはやや無理がある気がしたが、俺の視線を全く気にすることなく、執事は食事が用意できたことを知らせただけだった。
食事は皇都と比べれば薄味で、量も少なかった。しかし、少ないながらも頑張って作ってくれたのが分かる内容だった。
食事を終えるとさすがに今日は
俺はというと、ヴィリアに乗っている最中は半分昼寝していたようなものだったので、今も普段と変わらず元気だ。そのため、インベート準男爵から晩酌の誘いが来た。
このインベート準男爵は、男爵の爵位を
しかも、開拓村からこれほど大きな町にしたというのに、帝国からの陞爵の話は全くないらしい。なんとも
ハイヘルネン王国と隣接しているためか兵の
爵位について以外の話と言えば、インベート準男爵の子供たちの
体格の良い弟は問題ないが、姉のブロッサム先生は体が小さく候補生としてやっていくことができるのか心配していたが、貴族によるいびりにも負けずに生活しているので、普通の体格の奴らよりもよっぽど大丈夫だ、と説明してあげた。
そして、この晩酌の場には、インベート準男爵の奥さん──つまりブロッサム先生の母親も同席していたのだが、この母親とブロッサム先生がまたそっくりなのだ。
笑った時の口の形は、インベート準男爵似ともいえなくない。大人になればまた変わってくるかもしれないけど。
弟の方は、
酒が入った状態で話していくうちに、この人たちの人となりが分かった。帝国に対して忠誠心はなく、貴族になったのも、貴族になれるのだからなってみた、程度の話だった。
こういった、考えていることが顔に出てしまう人は、重要な仕事では
なかなか楽しい晩酌となった。
□
翌日。夜明け前から忙しく動いているインベート準男爵家の使用人に、まだ寝ている俺の部隊へ
普通のドラゴンとは違い人の言葉を理解するヴィリアは、目的地を
それに、ヴィリアの背中は温かいので、部隊の皆が寒さに震えながら飛んでいる中、俺はヌクヌクと温かい状態で飛んでいる。
そのおかげで疲労は少なく、まだ皆が寝ている時間に起床することができた。
外につないであるヴィリアの元へ行き散歩へ行きたいことを告げると、二つ返事で了承してくれた。
「まだ夜が明けたばかりのこんな時間に起きて、後で眠くならないか?」
「その時は、またヴィリアの背中で寝るさ」
「そうか。お前はいつでもどこでも、子供のように寝るからな」
本当のことなので、ぐうの音も出なかった。ヴィリアが良いと言ったので疲れ次第寝ているが、これからはなるべく起きていたほうが良いのかもしれない。
「それで、蛮族とやらは見つかりそうなのか?」
「一応は。近い情報が
「そうか」
ヴィリアは蛮族について全く興味がないのか、それだけ言うと黙ってしまった。
ちなみに、ヴィリアに蛮族について聞いてみたところ「自分よりも腕力で勝っていて、知的でないなら
「それで、次に行く場所でも見つからなかった場合はどうするんだ? 帰ることなく、蛮族を探すのか?」
「さすがに、それはキツイなぁ……」
学校からは早く出ていけと言われただけで、いつまでに見つけてこいとは指定されていない。
だが、一週間くらいしたら一度戻った方が良いだろう。皇都で何か起こっているとも分からないので、今後の行動を決めるために戻ろうと思う。
それ以前に、一緒に行動している奴らが──特にフィーノたち
どのようにすれば
「んで……」
気温は低いが、ヴィリアの体温のお陰で背中はとても暖かい。
しかし、体は暖かいのだが心の中は目の前で繰り広げられている光景のせいで、すさまじい勢いで震えていた。
こんな寒い中、河原で水浴びをしている少女がいるのだ。
誤解がないように言っておくと、この河原には俺の方が先に着いている。俺がヴィリアを背にして休んでいるところに少女が来て、水浴びを始めたのだ。
「健康的だけど、寒くねぇんかな……?」
オヤジ的な発言で申し訳ないが、肌は
そもそも、あの少女も周りに人がいないことを確かめてから水浴びをするべきだ。俺は逃げも隠れもせず、呼吸に合わせて上下するヴィリアの腹を
だというのに、少女は河原にやって来て早々、ポンチョの様な防寒着を
さすがの俺でも、あんな勢いで冷たい川に入水すれば、そのまま
「まぁ、それにしても楽しそうで何よりです」
水浴びをして体が
コケたのかな、とも思ったが少女が体を起こすと、手には魚が
俺はあんなふうに、目の前を泳いでいる魚を捕まえることはできない。なんという反射神経をしているのだろうか。
「すげぇーな、何だよアレ」
少女は魚の頭を少しだけナイフで切り、
その正確無比な魚を捕まえる動きを
さすがに薄着でのんびりしすぎたようだ。ここへ持って来た唯一の防寒具のマフラーに手を伸ばす。
このマフラーは普通の物より長いので、ヴィリアの固い皮膚の上を
「ブエッシュ!!」
飛び上がったマフラーは上手い具合にヴィリアの鼻を
しかし笑ってもいられない。ベタすぎる音の出し方で、河原で水浴びをしている少女に俺の存在が知られたのだ。
「おっ、おあっ!?」
「あっ?」
「おぉっ、オマー!!」
「おいおい、落ち着けよ。何を騒いでいるんだ?」
ここで焦るから、ほとんどの場合は誤解をされるんだ。ここは、大人の落ち着きを見せて、イニシアチブを取るのが良いだろう。
「何を
ヴィリアの腹に横柄とも思える態度で横たわっている俺と、両腕で胸を隠すがつんつるてんの下は丸出しの少女。
「覗いていないし、今も丸出しなのはお前の意思だろ?」
「だってだって、そこに座って見てるじゃん!」
「その前に、胸を隠すなら下も何とかした方が良いぞ?」
「──うん?」
何を言っているのか分からない、といった様子で、少女はノーガード戦法をとる下半身へと目をやり──。
「ぶわっぽ!?」
少女はその可愛らしい顔に似合わない、悲鳴とも
数秒川の中に沈んでいた少女は、
恥ずかしさを飲み込もうとしているのか、少女は
「服! 服を着るから、あっち向いてて!」
「うぃ~」
アッチがどこなのか分からないけど、言われた通り少女を見ないように空を見上げた。
すでに明るくなった空には、ややグレーがかった雲が点在しており、その合間を
見ず知らずの相手から視線を
少女が怪しい動きをすれば、ヴィリアが先に動くはずだ。
「もう、こっち向いても良いよ!」
「おう」
あぁ、そういえばここは異世界だから大丈夫か。なんたって、一〇歳で
「それで、あんたは何してんの?」
「う~ん……何も?」
「何もって、何もなわけないじゃん! こんな何もない所でやることもないなんて、お前どれだけ
暇をしているのがそれほど悪いのか、少女は俺を
「あたしの水浴びを覗くためか!?」
「繰り返すな。
「あぁー! ジジイの言うこと聞いていればよかったぁー!! いつもの水場に、こんな危ない奴が居たなんてぇ───!!」
うぉーん! と女の子が出してはいけない鳴き声を上げながら、少女はふさぎ込んで地面をたたき始めた。
情緒不安定─もとい、感情豊かな子のようだけど、あまり
「お前の体には何の興味もねぇ。ほら、干し肉やるから静かにしてくれ」
「んん?」
少女は俺が差し出した干し肉を見つめ、まるで怪しい何かを見つめるように眉根を寄せた。
「ほら、
「だだっ、
ジジイ良い教育してんじゃん。今は全くもって
「食べないなら、俺が食っちまうぞ」
干し肉は、携帯保存食兼おやつとしてカバンに常時入れている。ちょっと高めの物なので味はとてもいい。
それほど強くないはずの
「くっ、くぅ……。ご飯抜きにされてなきゃ、こんな奴の肉なんて……」
「早よしろよ」
「──ッ!! 騙されないぞ! そんなに急ぐってことは、この中には毒が入っているんだ! やっぱりこいつ、怪しいぞ!」
「なら、手を離せよ」
寒さと空腹からか鼻水と
しかも、離せと言っているのにもかかわらず、干し肉を摑む少女の手の力は強くなり、今はでは少女の指力だけで
「おい、そんなクソみたいな力で握ったら、干し肉が千切れちまうだろ」
「うんこはしてないよ! おしっこはさっきしたけど!」
さっきってことは、水浴び中にやってたってことか。子供みたいなことするな……。
「お前、仮にも女の子なんだから『しっこ』とか平然と言うなよ」
「何でさ? しっこはしっこでしょ? それ以外に呼び方とかあんの?」
おい、ジジイとやら。もうちょっと言葉遣いの
見たこともない、少女がジジイと呼ぶ人物を思うと、想像の中であるにもかかわらず爺さんがため息をつく姿が簡単に思い浮かんだ。
「分かった、分かった! 離すから落とすんじゃないぞ!」
このままでは干し肉が千切れて
「ありがとう!」
俺から干し肉を奪い取ると、少女は勢いよく食べだした。よほど腹を
しかも、一枚食ったら二枚目へ。二枚食ったら三枚目へと次々と
「あのさ……」
「もうねぇって」
干し肉が入っていた袋には、こぼれたカスしか残っていない。これでは腹の
「違うって! 美味しかったって言おうと思っただけだよ!」
「おぉ、そうか。どういたしまして」
少女は手に着いた脂を
先ほどまで、少女の強烈な印象で見えていなかったが、この少女が着ている服装がちょっと変わっていた。少女が
近くに村があるのか、と思ったけど、この近くと言えばインベート準男爵が治めるバルシュピットしかない。小さな村を見逃したのだろうか?
「俺の名前はロベール。お前の名前は?」
「あたし? あたしは、深き森の監視者であり草原の支配者であるダルエナの子ミーシャ」
「深き森の監視者? 草原の支配者? 何だ、その二つ名は……」
なかなかそそられる名前だ。カッコいいじゃないか。
この少女は、遊牧民か何かだろうか。そうすると、村が見えなかったのも頷ける。
この世界で遊牧民という存在はそれほど珍しくはない。現に俺が奴隷だった時分も、遊牧民が貴族の領地を通り抜けていくのを何度も見ている。
商人だけではなく、平民も貴族の領地を通過するときは通行税を払うのが普通だが、その遊牧民は通行税を払うことなく通り抜けていた。もしかしたら、彼らは貴族が領地を置くずっと前からそこを通っていたのかもしれない。
スパイが入り放題だな、と一時期は考えていたけど、結束の固い遊牧民は迷子といった
送り届けている最中であっても、関所を通る時は兵士に「こいつは俺たちの家族ではない」と伝えていたのを見たので、スパイかどうかはさておき
古くからその土地を道としており、他所者が居た場合はしっかりと伝えてくれるために、通行税なしでも関所で止められることはないのだろう。
「ロベールは、何でこんな何もない所で暇してるの? 迷子?」
「迷子なわけねぇだろ。ヴィリアと朝の散歩に出かけて、ここで休んでいる最中だ。もうそろそろ、戻らないといけないけどな」
そう言い、背中を預けていたヴィリアの腹を撫でた。
「えっ? ──あっ! 岩かと思ってたら、ワイバーンじゃん!」
「ワイバーンじゃねぇし。ってか、ヴィリアはまだ寝ているんだから、もう少し静かにしてくれよ」
今さら感はあるけど、これ以上近くで騒いでもらってはヴィリアが寝付けない。
ミーシャも、ハッと気づいた様子で口を手で押さえ、
「具合でも悪いの?」
「いや、俺が朝から付き合わせたせいで、寝ているだけだ」
「そっか。良かった」
ヴィリアの体調を気遣い、問題ないと分かると笑顔になるミーシャに、俺はドラゴン好きに通ずる匂いを感じた。
「さっきワイバーンって言ったけど、この辺りにもいるのか?」
ワイバーンとはドラゴンと違い手が羽になった、プテラノドンのような生き物だ。
そのワイバーンには良い思い出がない。いや、ワイバーンを駆る
「居るよ。今日だって、ナハクックに乗ってここまで来たんだから」
「えっ? ワイバーンに乗ってんの?」
ナハクックとは、たぶんワイバーンの名前だろう。乗って来たという割には、当のナハクックの姿が辺りに見当たらなかった。
「そりゃ、乗るよ。ナハクックがいないと、この川にも来られないんだから」
彼女──ミーシャは遊牧民ではなかったようだ。
そこで、蛮族という存在を思い出す。ワイバーンに乗り、ユスベル帝国領の西の方にある山を根城にしている者たちのことだ。
今、目の前にいるミーシャは、蛮族と呼ばれる人たちの
蛮族なんて呼ばれているから、それはもう野盗なのか山賊なのか見分けがつかない格好をしていて、言葉も話せない荒々しい半野生の生き物を思い浮かべていた。
対して目の前にいるミーシャは、頭は
「なっ、なぁ、ミーシャ。お前らの家族って、蛮族とか呼ばれていないか?」
違うかもしれない、と思いながらミーシャに聞いた。
俺の問いに激怒して襲いかかって来ても、ミーシャは武器を持っていないので対応することは可能だ。もちろん、相手の能力を下に見ているわけではなく、ミーシャが激怒したら俺はヴィリアの後ろに隠れる、という意味だ。
しかし、俺の問いに対し、予想に反してミーシャは笑った。
「何で、あたしが蛮族なのさ? 蛮族っていうのは、もっと東の方に居る悪い奴らのことを言うんだぞ。ロベールってアレだな。
俺の緊張した気持ちを
「でも、蛮族ってのは西──ユスベル帝国から見て西っ側に住んでいて、ワイバーンに乗っているって聞いたぞ?」
「ワイバーンなんて、いろんな奴が乗っているだろ? 蛮族だって乗っているし、あたしたちだって乗っているし。あたしは見たことがないけど、え~と……なんちゃらって王様も確か乗っているはずだぞ」
なんちゃら、という王様が誰のことを言っているのか皆目見当がつかないが、ユスベル皇帝のことを言っていないのは確かだ。
所変われば常識が変わるように、この地域一帯ではドラゴンよりもワイバーンに乗る者が多いのかもしれない。もしかしたら、マシューへ来た斥候はユーングラント王国ではなくハイヘルネン王国のものである可能性を考えておかなければいけない。
「ロベールは、変なことを聞くんだなぁ~。あっ、もしかして、ロベールって蛮族なの?」
「んなわけねぇだろ。俺が蛮族を探してるんだよ」
蛮族が蛮族を探すわけがないだろう、と
「蛮族なぁ~……。よく聞くのは、ここからもっと東ってことなんだけど……」
インベート準男爵は南に来すぎだと言っていた。そして、ミーシャは西へ来すぎだと言っている。蛮族という存在は、マジで実態が摑めなさすぎる。
「あっ! でもこの間、西の方に集団で歩いている蛮族を見たぞ!」
「本当か? どのくらい前の話だ? 規模はどのくらいだ?」
ここへ来て、やっと蛮族についての目撃情報を手に入れることができた。続きを
「二、三週間くらい前かなぁ? 空の上からチラッと見ただけだから何人か分からないけど、結構たくさんいた!」
たくさんの人数が移動していたってことは、引っ越しだろうか?
それとも、ここよりもっと西の方で、何かが行われているとか?
「その蛮族の格好ってのは、どんなんだ? 俺たちとは違う、分かりやすい格好をしていたりとかしないか?」
「格好は、ジジイから聞いたのと同じだったから蛮族だって思っただけだからなぁ。でも、服とか鎧とか、あたしたちが着ているのとは違っていたよ!」
見た目からして違うのであれば、それだけで十分だ。今まで、蛮族は西にいるという不確定な情報だけで、しらみつぶしのように探している状態だった。
二、三週間前にはなるが、ここから西へ向かっていたこと。さらには、俺たちとは違う装備をしているのだから、空からでも何とかなるだろう。
何の情報もなく
「ミーシャ……だったな。助かった。良い情報を貰ったよ」
「そうか? なら良かった! お前は良い奴だからな。それに、村では子供に優しくするようにって言われているんだ!」
ミーシャに会ってから、一番良い笑顔を向けられたが、なぜだか素直な感想が出てこない。何でかな?
目標ができれば、後はそこへ向かうだけだ。昨日までとは違い、今日は足取り軽く蛮族を探せるだろう。
「俺はもう帰るけど、ミーシャはどうするんだ?」
「ナハクックが戻って来ないからなぁ……」
「そういえば、ミーシャのワイバーンはどこに行ってんだ?」
「いつもみたいに水浴びをするためにこの川に来たんだけど、降りるのを
「いやいや、
「それもそうだけど、嫌がるナハクックを無理矢理川辺に降ろしたのはあたしだしなー。ただの面倒臭がりだと思ったけど、まさかドラゴンがいるとは思っていなかったからなー」
そのドラゴンとは、まさにヴィリアのことだろう。でも、主を置いて逃げたらダメだろ、ミーシャのワイバーンさんよ。
俺だったら──いや、ヴィリアは口が
「そいつはすまんかったな。
「別に、降りたのは私の意思だったから良いけどね」
「ナハクックだったか? そいつが戻って来なかったら、お前の家まで送っていくから安心しろ」
さして困っているようには見えなかったが、女の子を一人置いて何かあってもらっちゃ困るからな。
「マジで? ナハクックが戻って来なかったら歩いて帰らなきゃいけないし、そしたら面倒臭いなーって思ってたんだよ!」
歩かずに家へ帰れる、ということ以外にも、ミーシャはドラゴンに乗るのは初めてのようで、そちらについても喜んでいた。
なので、ナハクックを待たずに家へ送り届けることとなった。ドラゴンと違いワイバーンは帰巣本能が強いようで、はぐれても育った場所へ帰ってくるんだそうだ。
「んじゃ、帰る──」
と、ヴィリアを起こそうとすると、俺が声をかける前にヴィリアは起き上がり、機嫌が悪いライオンのような唸り声を上げ始めた。
ヴィリアの視線の先を見上げると、そこにはいつもの冬空が広がっているだけだ。いや、いつも通りだが、そこに異物が──羽を生やした生き物が飛んでいた。
「ナハクック?」
ドラゴンとは全く異なるシルエットは、ミーシャのワイバーンだったようだ。
「よく見えるな、こんな距離で」
これがドラゴンであっても、個体識別をするには遠すぎる。
「お~いっ! 降りてこい、ナハクックゥ~!!」
主のミーシャに名前を呼ばれ、ナハクックは体勢を崩したかのように地面へ向けて滑空をし始めたが、ヴィリアの存在にビビッているのか、すぐに体を起こして上昇した。
「ナハ──」
「グオォォォォォォォォォオオ!!」
降りようか降りまいか迷っているナハクックが鼻についたのか、ミーシャが呼び戻すために大声を出そうとした瞬間、ヴィリアが
「うっはー!?」
真後ろから放たれるヴィリアの
ミーシャも同じようで、ヴィリアが叫んだ瞬間に両耳を
「おっ、降りてきた」
「おー! やっと降りてきたー!」
耳が遠くなっているので聞こえにくかったが、俺たちは互いにナハクックが降りてきたことを口にした。
ナハクックはヴィリアに怯えながらもゆっくりと
俺は
「お帰りー! まったく、どこに行ってたんだよー」
ミーシャはやっと帰って来たナハクックを
ワイバーンと戦ったが、こんな風に間近で見ることはなかった。確かに、ドラゴンとは違い空を飛ぶことに特化した骨の上に皮が張り付いているような、何とも貧弱な体だった。
そんな姿をしていてもドラゴンがいない状態で戦えと言われたら
それにしても、着陸の瞬間を見て分かるように、風を使うのが上手だ。気流を乱さずに飛べるということは、それだけ風が強い場所で飛ぶことができるということだ。そう考えると、ドラゴンとは違い、ワイバーンが谷に好んで巣を作ることも頷ける。
「ナハクックが帰って来たから、あたしはもう帰るねー」
「おぉ、気を付けて帰れよ」
先ほどまでドラゴンに乗れると喜んでいたのに、ナハクックが帰ってきたらそれに
ミーシャはナハクックの背中を駆けあがり、背が
俺が付けている安全帯よりも強度的な面で不安だが、こういった事故予防策を見るとミーシャの村の人たちが素晴らしい人に見えてくる。
なぜなら、ユスベル帝国の
いつもいつも言っているが、
「よーっし! じゃあ、行くよー!」
「おうおう、早く行ってやれ」
じゃないと、ヴィリアの存在にビビッているナハクックが
ヴィリアと目を合わせないように下を向いており、ときおり機嫌を窺うようにチラ見する行動を繰り返しているのだ。
「飛べッ!!」
ミーシャの命令で、ナハクックは大空へ舞い上がった。着陸時のダウンウォッシュは全くなかったが、飛び上がる時はけっこう
降りてくる時が大丈夫だったもんで、油断してしまった。お
「……俺たちも、そろそろ帰るか」
「そうだな。朝の散歩にしては、だいぶ長くなってしまったからな」
インベート準男爵家では、皆が俺の帰りを待っているだろう。もしかしたら、俺が逃亡したのではないか、という話も出ているかもしれない。
□
インベート準男爵家へ戻ると、案の定フィーノから小言を言われた。護衛もつけずに出かけるとは何事か、と言った分かりやすいものがほとんどだが。
まぁ、フィーノの言い分も分かるし、他の候補生たちも俺を見る目が
学校の方から、蛮族を調査するという以外にどんな密命を帯びているか分からないが、その対象が抜け出していたら驚くわな。
こちらとしても、逃げるのであればユスベル帝国の状況がどのようになっているのか、しっかりと見極めてから逃げるつもりだ。直接命を
それに、今は蛮族についての情報のオマケ付きだ。学校から受け取った不確定な情報ではなく、少し前の話になってしまうが、見た人間がいるという証言付きの情報だ。
蛮族調査三日目だが、
このミーシャから得た情報を出すと、候補生は俺の味方になり、小言を言っていたフィーノも
やはり、相手を黙らせるには相手より良い情報に限る。
そして、俺たちは再び空へ飛びあがった。
先ほどまでの空模様と打って変わり、今は厚く暗い雲が頭上を
さらに気温を下げる要因として、今俺たちが飛んでいるのが地上から一五〇〇メートルくらいの高度に居るからだ。
普通の
なぜそんな高い所を飛んでいるのかというと、先ほど
雲以外に
ここよりさらに西にあるハイヘルネン王国との国境に砦を築いているとのことだったので、初めは仲間かと思った。だが、ヴィリアがその
俺と同じく、見えた
「なぜ距離をとるのか、お聞きしてもよろしいですか?」
俺の行動を不審に思ったフォポールが聞いてきた。本来は、現役
「嫌な予感がする。理由はそれだけで十分だ」
「ならば、相手はたったの三騎です! 対してこちらは一〇騎。圧倒的に有利です!」
戦闘行動に移ろうか、と俺も一瞬だが思った。しかし、長槍を出すのも面倒くさいし、なによりヴィリアが傷ついてしまうのが嫌だ。
「向こうはこちらに気付いていない。無駄な戦闘は避けるべきだ。俺たちの目的は蛮族の調査であって、他国の
そういうと、フォポールは
「にしても、今日は暗くなるのが早いな……」
インベート準男爵家を出るのが遅かったので、その後の予定は順次繰り下げとなる。今はお昼過ぎくらいだったが、雲がどんどんと厚くなりつつあるので刻一刻と辺りは暗くなっていた。
「こりゃ、寝床を早めに決めておいた方が良いな……」
この寒空の下、雨をかぶりながら飛ぶのは自殺行為だ。すぐに死ななくとも、
「ならば、砦へ行くのが良いかと。作っている途中とはいえ、砦まで行けば屋根がある建物もあります」
独り言のような呟きに、いつの間に隣を飛んでいたのかフィーノが砦へ行くことを提案してきた。近くにあるのだから寝床の候補として出てくるのは不思議ではないが、今ここで出されると何か
「……どうしましたか? 嫌な予感がしますか?」
お前のせいで嫌な予感しかしないよ、と大声で言ってやりたかったが、さすがに俺もそこまで馬鹿ではない。すぐに答えることはせずに、あいまいに笑うしかなかった。
それにしても、フィーノの態度が大きく変わったのがいけすかん。初めに会った時は貴族パワーでボコボコにされることも
「通達! 天候不順を
ここまで、地上を歩いているはずの蛮族を探すために、大きく
寒さのために意識が
それでも寒いことには変わりないので、気持ち気温が高くなった程度だ。
「砦まで、あとどれくらいだ!?」
「分かりません! ハイヘルネン王国との国境は、川に設定されています! ハイヘルネン王国まで行く道は、今我々が
蛇行している時に見たのは、この道一本だけだ。フィーノの言い分も分かるが、雨が降れば
情報があるとはいえ、蛮族は見つけられず、雨に当たって部隊員が死んでしまっては、俺の責任問題になるだろう。そうなれば、国造りどころではなくなる。
いや、責任はフィーノが
何とか砦へ着くまで降ってくれるなよ、と願っていると、先の方に黒い
「何だありゃ?」
黒い煙は一本だけではない。大小さまざまで、何本も地面から立ち上っていた。
「おいおい、この地方じゃ黒い煙を
「そんなわけないじゃないですか! 明らかに砦から出ている煙じゃないか!」
俺の皮肉に、フィーノは初め敬語を使っていたが、終わりは
俺だって目が悪いわけじゃないので、そんなことは分かっている。だが、蛮族を探しに来て戦争に巻き込まれそうになっているのだから、皮肉の一つだって言いたくなる。
フィーノは砦から煙が出ていると言っていたが、近づいてみると煙は砦の外で出ていた。つまり、砦はジリ
「全員、長槍を組み立てろ! いつ戦闘になっても良いように準備をしろッ!」
フィーノの号令で、隊員全てが三分割されている長槍の組み立てに入った。不安定なドラゴンに乗っているというのに、皆器用に組み立てていく。
「おいおいおい! 急に命令し始めたと思ったら、戦争をおっぱじめる気か!?」
「申し訳ありませんが、戦闘時の命令は全て私から出すように、との命令ですので、ご理解ください」
それが
対して、フィーノたち北域警備部隊は斥候を侵入させてしまったが、それが全てフィーノたちのせいではない。平時はボンボンの補習に付き合うが、戦闘まで命令を聞きたくないだろう。
そう、そこまでは分かるのだ。
「今すぐ
その間もドラゴンはゆっくりと砦へ向かって飛んでいる。まさか、帝国のために
「あの砦には、
その言葉に、候補生たちは息を飲んだ。相手の数だけではなく、武器や兵種の割り振りも見るためには、それなりに近くへ行かなければいけない。
相手も馬鹿ではないのだから、近くに敵国の
候補生も道づれにする気か?
「候補生は、全員でストライカー様をお守りしろ」
敵の
「元々、戦闘をするつもりはありません。長槍を用意したのは万が一のためです。それに、相手が何人来ようと、ドラゴンに乗っている時点で攻撃法は限られています。それさえ分かっていれば対処のしようもあります」
反対していた俺を安心させるためか、そもそも本当にそうなのか分からないが、フィーノは力強く言い、他の
「エヴァン、エコール。ストライカー様を必ずお守りしろ」
「ハイッ!」
フォポール・エヴァンとアシュリー・エコールの両候補生は、フィーノから命令を受けると力強い返事をした。そして、すぐに俺の隣へ飛んできて挨拶をしてきた。
挨拶をすますと、フォポールは緊張からか口を強く一文字に結び、アシュリーは
そんな中、敵接近を知らせるラッパの音が、俺たちがいる場所まで届いた。
「ラッパの音!?」
悲鳴のような声を上げ候補生の一人が
「見つかったな。結構早い」
戦闘に慣れている北域国境警備隊の三人は、こちらが見つかったことに対しても、それほど驚いた様子はなかった。それどころか、敵がこちらを見つける速度を評価した。
ラッパの音が
その数は、全部で八頭。
敵が俺たちを
「ストライカー様は先に皇都へ戻り、このことを報告してください。ストライカー様が報告すれば、皆急いで動くはずです」
色々と悪評高い俺が言うよりも、現役
しかし、こういっては申し訳ないが、この中で一番命に価値があるのはロベールだ。俺がここに残る限り候補生も戦いに巻き込むことになる。
フィーノは、三人でもあの八頭に対応することができると
これ以上敵
顎の先には敵の
なら、何を指している──?
「──ツッ!? 砦から兵士が出てきているぞ!」
こちらへ向かってきている敵の
いつから戦争状態にあるのか知らないが、周りの破壊状況から一週間やそこらではないはずだ。もしかしたら、インベート準男爵家から出発した増援が砦に入ってから、すぐにこのような状態になったのかもしれない。
どちらにしても、戦力的に打って出るのは辛いだろう。敵の浮足立った姿を見て、最後に一花咲かせてやろうとしているようにも見えるが、それにしては砦の中にまだたくさんの健常な兵士が居るように見えた。
「決死隊か!?」
フィーノが俺と同じことを考えているならば、早く彼らに伝えなければいけない。
──我々は、救出部隊でも増援でもなければ、斥候でもない──ということを。
砦の兵も俺たちを見つけたのだ。初めは敵の増援だと思っただろうが、敵も慌ただしく動いたことで、それが自分たちの仲間──味方であると考えたのだ。
ならばやることは決まるだろう。
彼らも、救援要請のために馬を走らせたのだろう。いつ走らせたのか分からないが、俺たちが蛮族調査に出てくる時は、そのような話はなかった。
もしかしたら、伝令は途中で
だが、今の砦の人間にとって伝令が殺されたなんて関係ない。味方が──俺たちが来てしまったのだから。
「早く行ってください。地力は同じなんですから、
そう言い残し、フィーノは
俺の場合はそうかもしれない。強い、強いヴィリアがいるのだから。
しかし、あの場所に居た他の三人は違う。それぞれができることを全力で
「おい、落ち着け」
「──ヴィリア?」
周りに候補生がいるというのに、小声で話しかけてきたヴィリアに驚き、声が出てしまった。
「どうかされましたか、ストライカー様!」
驚きの声を上げた俺を、心配そうに聞いてくるフォポール。しかし、申し訳ないがヴィリアと話すのには、この距離は困る。
「いや、何でもない! ヴィリアが飛びにくいと言っているから、もっと
「分かりました!」
フォポールは他の候補生に指示を出すと、落ち着きを取り戻し始めた候補生たちは、ぎこちなくはあるが問題なく俺から距離をあけてくれた。
「どうしたんだ、ヴィリア。他の奴に聞かれでもしたら──」
「ならば、そんな状態で話しかけなければいけないほど心を乱すな」
ヴィリアの言葉に、声を詰まらせた。
「敵に尻尾を巻いて逃げるのが嫌だ、というのは分かる。だが、弱い奴が戦っても
尻尾を巻いて逃げることについて、俺は何とも思っていない。怪我をしないですむんだったら、逃げようが戦おうがどちらでもよかった。問題は、こちらが弱かった時だ。その時は、無駄に死体を積み上げることになる。
「理由は聞かないが、ロベールはあの
「……そうだ」
「ロベールは全員のことを考えて
無駄に発見されたことを
突然押し付けられた蛮族の調査も
自分の馬鹿らしさに、ため息が出る。
「落ち着いたか? では、自分が今一番成さねばいけないことを考えるんだ」