足に力が入らないふりをして立ち上がろうとすると、娼婦のお姉さんが介かい抱ほうするかのように抱きかかえなおしてくれた。

 酒臭さには若干の嫌な顔をしたのに、俺が胸に顔を埋うずめるような格好になっていても、娼婦のお姉さんは嫌な顔をすることはなかった。

「ボク、ちょっと飲みすぎじゃない? ちゃんとお家うちまで帰れるの?」

「うぃーっす。大丈夫でーす」

 酒臭くても意識はまだある。ここから学校の寮まで問題なく帰ることだってできる。

 娼婦のお姉さんは、人さらいも含ふくめて心配してくれているのだろうけど、もう少し待てばミナも来るからその辺りの心配はご無用だ。

「フンッ。ガキが一丁前に酒など嗜たしなみおって」

 俺を槍の石突きで突いてきた歩兵が、苦虫を嚙かみ潰つぶすような表情で言ってきた。子ガ供キが娼婦に抱きかかえられている構図が気に入らないのだろう。

「はい。ガキのくせに酒など嗜んでいる酔っぱらいです。沢たく山さん飲み食いすることで、帝国の経済を回すことに貢こう献けんしています」

 胸に顔を半分埋め、残る目で歩兵を見ながら言うと、先頭に居る騎馬騎士の表情が少しだけ変わった。

「商会の丁でつ稚ちが、やっと貰もらえた金で飲み食いしたのか? その程度の金で帝く国にに貢献するなど、片腹痛いわ」

「毎日毎日、真面目にコツコツと働いて得えた金だ。多かろうと少なかろうと、使ったのであればそれは国のためとなる。使わずに、ずっと隠し持っているほうがよろしくないと思いますが?」

「多少知恵をつけた子供が言いそうな言葉だ。確かに、真面目に働いて得た金のようだがな、国のためになる、と言っていいのはそれ相応の国こく益えきを担になっている者だけだ。貴様のような平民の子供が口にして良い言葉ではない」

 騎馬騎士の言葉に、心の中で舌打ちをした。

 この辺りに居る人間は、一度に使う金は少ないだろう。しかしその分、人数も店を利用する回数も多い。消費者がいなければ売る者は必要なく、それを作る者も必要なくなる。

 大口の客の方が楽だし実入りが良いのは当たり前だが、そんな状態では発展性は皆かい無むとなる。

 何より腹が立つのは、平民だからという理由で、国に全く貢献していないと断じているところだ。騎馬騎士も貴族も、国民が居なければただの肩書となるだけなのに。

「なるほど、なるほど。ならお聞きしますが、貴方あなた様さまの視界に入る内で、国益を担っていない者というのはどいつですか?」

 もちろん俺は除のぞいて、と付け加えて不ふ敵てきに笑った。

 周囲は水を打った様な静けさになり、ときおり灯あかり用にくべられた薪まきが爆はぜる音が聞こえるだけとなった。

 自分たちのことをどう評価するのか、と見ている平民たちに対して、騎馬騎士は腕を組み、片かた眉まゆを上げながら辺りを睥へい睨げいした。

「ほぼ全てだな。こんな所をフラついている暇ひまがあるなら、早く寝て明日の仕事に備そなえろ。お前たちの役目は、国のために少しでも多く働くことだ」

 その騎士の物言いに、周囲の人間の雰囲気は少なからず悪くなった。現に俺を抱きかかえている娼婦の腕の力も、少しだけ強くなっている。

「おっとぉ!? お貴族様にしては浅せん慮りよで短たん慮りよではありませんか?」

「ナニィ?」

 名残なごり惜おしいが、強く抱きしめてくれている娼婦の腕をほどき、自分の両足で立ち上がる。

 それを攻撃の意図があると見たのか、騎馬騎士の周囲を固めている歩兵に少しばかり殺気が入った。

「ここにいる人間だけではなく、全ての平民や農のう奴どが消えたらこの国はどうなる? 数カ月は問題ないだろうが、半年後は? 一年後には、間違いなく消滅しているだろうな。農作物を作る人間や、それを売る商人が居なければ税収がないんだから」

 俺と一緒に立ち上がった娼婦の腰に手を回し、騎士や兵士たちを挑発するように言う。

「彼女たちだってそうだ。下に見られることの多い職種だが、帝国にとっては貴方たち並みにいなくてはならない存在だ」

 娼婦を、国を守る兵士と同一に語られたのが気に入らないのか、騎馬騎士だけではなく歩兵の四人も同じく眉まゆ根ねを寄せる。

「金で男に股またを開く売ばい女たと、国を守る高潔な任務を負う兵士と同一に語るだと!? 子供だから切られないとでも思ったのか!! そこのアバズレと共に処刑するぞ!!」

「脅おどそうが、何をしようが事実は変わりませんよ? 貴方たちと同じように仕事をし、日ひ銭ぜにを稼かせぎ、それを使うことで経済を回すことに貢こう献けんしている。犯罪を生業としている輩やからを肯定するつもりは全くないが、仕事の内容で優劣をつけようなど愚おろか者のすることだ!」

「その売女に、周りにいる奴らに、国を、国民を守れるのか!? 国を守る兵士と商売女を同一に語ることこそ、愚かしいことだ! 笑わせるなッ!」

 怒ど気きを含んだ声でこちらを罵ののしっていても、さすがは国に仕える騎馬騎士。その場で切りかかってくるようなことはなく、ひっ捕とらえろ、と兵士に命令を下した。

 俺を介抱していたせいでとばっちりを受けてしまった娼婦は、小さな悲鳴を上げて数歩後ずさった。

「汚らわしいのはッ!!」

 騎馬騎士だけではなく、俺たちを捕ほ縛ばくしようと動き出していた歩兵を含め、周囲にいる人間にも聞かせるように声を張はり上あげた。しかし、子供に低い大声が出せるはずもなく、残念な悲鳴のように声が裏返ってしまった。

「汚らわしいのは、必死に働いている人間を蔑さげすむ心を持った輩やからです!」

 つい今しがた口にした言葉を、俺に汚らわしいと評ひようされた騎馬騎士は息を飲んだ。すぐさま怒ど鳴なり返そうと息を吸ったように見えたが、怒鳴り声は飛んでこなかった。

 どうやら、そこまで直情型ではないらしい。

「必死で働いている人を馬鹿にするのであれば、貴方たちを育ててくれた両親も、隣に居る仲間も、ひいては日々国民の幸せと安あん寧ねいを願っている皇帝陛下ですら蔑んでいることになるんですよ! 貴方たちは、皇帝陛下を愚ぐ弄ろうする気か!」

 心にもないことを、全力で啖たん呵かを切ってやった。皇帝陛下がどれだけ国民のことを思っているのか知らないし、そもそもどんな人物かも知らない。

 知っているのは学校の授業で習った、政治は苦手だが戦上手で、皇帝になると同時にユスベル帝国に攻め込む機会を窺うかがっていた敵国を相手に戦争を始め、打ち破った傑けつ物ぶつということ位だ。

 だが、この啖呵切りは良い流れを生み出した。

 皇帝陛下を引き合いに出し、騎馬騎士の放った言葉を大きな範囲でくくり、愚弄とした。周りの人たちも、話の流れが分からなくとも『皇帝陛下』と『愚弄』という言葉の意味は分かる。

 先ほどまでの、雰囲気が少し悪くなった、程度の言葉では表せないくらい、周囲の人間は殺気だった視線で騎馬騎士たちを睨みだした。

 戦上手の皇帝陛下は喧けん嘩かっ早いのが玉に瑕きずだが、それも国民を守るためだと言われており、賢けん帝ていとしての異名をとるほど国民に人気がある。

 そんな皇帝陛下を愚弄されては、相手が騎馬騎士であっても黙っていられないのだろう。

「私がいつ皇帝陛下を愚弄したっ! 言葉尻だけを捉とらえて、悪意とするな!」

 突然変わってしまった流れに焦り、騎馬騎士は叫ぶように言い放った。

「ならば、人を見下し馬鹿にしないことです。それらは、巡めぐり巡って自分に返ってくるのですから!」

 大衆を味方に取り、流れをものにした俺は、騎馬騎士と歩兵に満面の笑みを向けた。

 言い返そうとするも、言った言葉がどのように捉えられて返されるか分かったものではないので、皆なかなか言い返せずにいた。

 いや、皆ではない。四人居る歩兵の一人が、一歩前へ出てきた。

「貴様、平民のくせに何たる言いぐさ! そこに跪ひざまずけ!」

 俺が跪くかどうかよりも早く、兵士は槍で俺の足を払おうとした。

「──ツッ!?」

 瞬間、大木を殴なぐりつけたような深く鈍にぶい音と共に、俺の足を払おうとしていた兵士が持つ槍が止まった。

 兵士の槍は、俺の横から伸びた足に踏ふみつけられているからだった。

「ご無事ですか、ロベール様!?」

 そこには、料理と酒瓶を持ったミナが立っていた。

「あぁ、ありがとう。マジで助かったよ」

「ハッ」

 両手がふさがっていなければ敬礼しそうな勢いで胸を張り、油断なくゆっくりとした動作で兵士が持つ槍から足を外した。

「女、何のつもり──」

「ミレニウス!?」

 商売道具である槍を踏みつけられた兵士は、ミナを睨みつけながら怒ど気きを吐こうとしたが、騎馬騎士の素すっ頓とん狂きような声でかき消されてしまった。

「ヴァンデス……?」

 素っ頓狂な声を出した騎馬騎士を見たミナは、驚きの表情で目を見開いた。

 この予想していなかった事態に、俺も歩兵も動けなくなってしまった。

「ミレニウス! 今まで一体どこに行っていたんだ! ご実家から連絡があって、帰省してから連絡が全く取れなくなったと聞いていたが」

 母親に奴隷として売られた、とは言えないだろう。ミナがすごく困った顔になっている。

「そっちの子供となにか関係が?」

「子供? ヴァンデス、こちらの方は──」

 騎馬騎士──ヴァンデスに俺の紹介を始めようとするミナの足を軽く叩たたき、それ以上言わないようにさせた。

「私は、ストライカー侯爵家の者です。うちのミナの心配をしていただき、ありがとうございます。連絡できなかったのは全て家庭の事情ですので、お察さつしください」

 ミナが来たことで頭が冷えた。俺はすでに奴隷ではない。奴隷だから、平民だからと蔑まれたことに対して憤いきどおり、貴族に喧嘩を売ったところで何の意味もない。

「ミナ、使いご苦労だった。さぁ、戻るぞ」

「えっ、あのっ、待っ──」

 ミナから酒瓶を奪うように取り上げると、きびすを返し娼婦のお姉さんと向き直った。

「介かい抱ほうしていただき、ありがとうございます。美味しい店を知っていますので、よければ今度一緒に飲みましょう」

「えっ? えぇ……」

 突然、人が変わったような俺の対応に、娼婦のお姉さんは鳩はとが豆まめ鉄でつ砲ぽうを食ったように小さく頷いた。

 学校の寮とは逆方向だったが、ヴァンデスにこちらの行く先を知られても面倒だったので、平民街を大きく回って寮へ戻ることにした。

「待て」

 しかし、ヴァンデスは俺を呼び止めた。やはり、そうは上手くいかないようだ。

「ストライカー侯爵家のロベールと言えば、嫡ちやく男なんのロベール様だけだ。お前とは似ても似つかない姿をしている」

 その通りだ。俺と本物のロベールとは背格好が少し似ているだけで、他は全く似ていない。

 相手を怯ひるませるために出したストライカーの名だったが、今回はそれが裏目に出てしまった。

 このヴァンデスという男は、本物のロベールを知っている。

 頰ほおに汗が流れるのが分かった。

「意味が分かりませんね。ロベールは私です。訳わけの分からない言いがかりは止やめていただきたい」

 再びミナに声をかけ移動することを告げると、ミナは俺とヴァンデスの間で視線を動かし、すぐに俺の後をついてきた。

「待て、貴様ッ!」

 歩兵は怪あやしさ満点の俺を追いかけようとするが、それをヴァンデスは止めた。

 俺をストライカー侯爵家のロベールと認めた訳ではなく、俺が何を考えているのか不明であり、ここでことを起こすのは危険だと判断したのだろう。

 ヴァンデスたちが追ってくる様子はなかったが、大事をとって予定通り平民街を大きく迂う回かいしてから学校の寮へ戻った。


     □


 今俺の眼めの前にはキラキラと光り輝く目をした、ワイングラスを掲かかげているミシュベルがいる。

 周りにはいつものメンツ。アムニットとアバスがいて、珍しいことにミナもメイドとしてではなく客として招かれている。

 それは、ミナの知り合いのヴァンデスとお話合いをした日に、寮へ戻る時にミシュベルと会ったことが発ほつ端たんだった。

 あまり酒を飲むことがなかった俺が、外へ飲みに出かけていると知ると、ベルツノズ家の別邸に飲みに来ないか、と誘ってきたのだ。

 これからも仲良くやっていきたいと思っていたので誘いに乗ったのだが、アムニットやアバスだけではなく、ミナも巻き込んでの宴会となった。


「この良き日に、乾かん杯ぱいいたしますわ」

 高たか飛び車しやな声の宣せん言げんに続き、各おの々おのが乾杯を唱となえた。

「カンパーイ!」

「乾杯」

「かっ、乾杯です……」

「きゃんぱーい」

 普段見ることがないくらいワクワクした調子で言うアムニットに続き、アバス・ミナ・俺の順で言う。

 そしてワインを飲むのだが、約一名ありえない速度で飲む奴がいた。それがミシュベルだ。

 掃除機で吸い込まれたのか、と思ってしまうぐらいの勢いで、グラスに入ったワインがミシュベルの口の中へ吸い込まれていく。

 俺もミシュベルと同じワインを飲んでいるのだが、このワインはかなり度数が高い。あんな風に吸い込むように飲める代しろ物ものではないはずだ。

 この中で酒をそれほど飲まないアムニットは、度数の高い酒が苦手らしく、蜂蜜酒ミードを舐なめるように飲んでいる。その姿は前世で飼かっていたハムスターを彷ほう彿ふつとさせる。

 準統治領マシユーに遊びに来た時に、酒を樽たるで持って来ていたので予想はしていたが、ミシュベルはかなりの酒好きで飲のん兵べ衛えのようだ。

「それにしても、ロベール様が平民街へまでお酒を求めて出歩く酒好きだったとは、思いもよりませんでしたわ」

 グラスに注つがれたワインを一気に飲み干したミシュベルは、美味しそうに一息つくとそんなことを言った。

「別に、酒を求めて出歩いている訳じゃないけどな。知的探求心ってやつだよ」

 執しつ事じかメイドにワインを注がせるのかと思いきや、ミシュベルは手て酌じやくでグラスになみなみとワインを注ぎ、優ゆう雅がさの欠片かけらもなく一気に飲み干した。

 齢よわい一二歳でありながら顔色を全く変えることなく、酒を水のごとく飲めるのは一種の才能だろう。余りにも軽く飲み干してしまうので、年齢も相あいまって葡ぶ萄どうジュースを飲んでいるんじゃないかと錯さつ覚かくしてしまう。

「そうでしたわね。でも、その探求心のお陰かげで私わたくしも素敵な料理と出会えたのですから」

 廊下外でこのセリフが言われるのを待っていたようなタイミングで、メイドが料理を運んできた。

 メイドが持ってきた料理は、俺が前日に食べた雑に焼かれた肉──によく似せた美味しそうな料理だった。言うなれば、俺が食っていたのは一つ二〇〇円くらいのハンバーガーで、ミシュベルが出してきたのは高級レストランで作ってもらった、金額の桁けたが違うハンバーガーに似たナニカだろう。

 それに続いて部屋に入って来た別のメイドが持ってきたのは、赤ん坊サイズくらいの小さな樽だった。

「ウチで作ったエールですわ。この料理にはエールが合う、とロベール様が仰おつしやられていたので、コクがあるのに飲みやすい、香りを最大限に引き出した特別品を出しましたわ」

 こちらは、グラスではなく陶器製のコップに注がれた。香りを最大限に引き出した、というだけあって、このエールの香りは、昨日のような酒場で飲む物とは全く違っていた。

 口に含んだ瞬間、舌したにどっしりとした味わいが来るのに、滑すべるように喉のどの奥へと流れていく。しかも、飲み終わった後の喉から鼻に抜ける香りが、とても素す晴ばらしい。

「さっ、ミナさんもどうぞ」

「私も良いのですか?」

 貴族が主催する酒の席に、自分が呼ばれるとは思っていなかったミナは、今まで小さくなって酒を飲んでいた。その主催者であるミシュベルからかけられた言葉に、ミナは驚きを隠かくせなかった。

 同じ貴族であっても、下級であれば見下すミシュベルが、なぜか奴隷メイドのミナには優しかった。その怪あやしさ満点の優しさの理由を聞くと、元が武人であり俺の身辺警護と世話をしているからだそうだ。そういえば、ミシュベルは自分の執事にも敬意をもって接していた。

 高飛車で高こう慢まんちきな感じがしていたけど、根はしっかりとした考えがあるようだ。

 ならば前日に俺だけではなく、ミナに対しても、酒は飲めるのか、どれだけ飲めるのか、と熱心に聞いてきて、飲み仲間を求めているような気がしたのは気のせいだったんだろう。


 楽しくお酒を飲んでいれば、次第に酔よいつぶれてくる者も出てくる。まず一人目がアムニットだ。次に、無理矢理飲まされていたアバス。

 ミナは普通だが、少しだけ顔が赤くなっている。俺はギリギリ。多分、素面しらふはミシュベルだけだ。

「美味しいお酒、楽しいお酒。最高ですわ~……」

 いくつ目の樽なのか、そもそも何の酒を飲んでいるのか分からないが、ミシュベルはグラスを持ち、蕩とろけるような顔をしている。その表情はホストとして、この宴会を完かん遂すいできたことを心の底から喜んでいるようだった。

「ミシュベルがこれほどお酒好きだとは、正直思わなかったよ。楽しい宴会をしてくれて、ありがとう」

「お礼を言いたいのは、こちらですわ。このような楽しいお酒は久しぶりですの。それに、私が作ったエールの評価も、私が思い描いていた通りの褒ほめ言葉でしたの。お酒の味が分かる方は、もっと歓迎ですわ」

 そんな評価をいつしただろうか……、と思ったが、ミシュベルが勧すすめてきたエールを飲んだミナが色々と言っていた気がする。

 そうか。前世で俺は格安発泡酒ばかり飲んでいたから、気の利きいた言葉が出てこないのか。不景気の影響とはいえ、安酒ばかり飲んでいたのが祟たたったようだ。

 しかし、ミシュベルの意外な一面が見られたのは良かった。最初の印象こそ最悪だったものの、彼女は俺が貴族のサロンでどんなふうに言われているのか、逐ちく一いち報告してくれる。

 そんな面めん倒どう見みのいいミシュベルに報むくいたいけど、そんな都つ合ごうの良い物が──あったわ。

「──なぁ、ミシュベル。蒸じよう留りゆう酒しゆを作りたくはないか?」

 この世界で、蒸留酒はまだ作られていない。それは、イスカンダル商会を通して確認済ずみだ。

「ななな、何ですの、その素晴らしい名前のお酒は!?」

 飲兵衛ミシユベルは酒好きとしての鼻が利きいているためか、蒸留酒について食いつきが半はん端ぱなかった。

 蒸留酒についての説明は口頭でも十分だったが、それを作る設備は紙に書いた方が分かり易やすいと思ったので、蒸留装置とやり方を簡単に紙に描いた。

「酒の原料は何でも良い。色々試ためしてくれ。味や香りは、保存をするための樽に使用する木材や、内側をどれだけ焦こがすかによっても変わる。そこら辺は、ミシュベルの舌と鼻にかかっているってわけだ」

「こっ、この技術を私に貸たい与よしていただけると!?」

 作り方がほぼ確立したワインやエールとは違い、蒸留酒はまだ誰も作ったことがないので、何を使えばどう変わる、というデータがない。

 しかしミシュベルは、蒸留酒を作るのが楽しみで仕方がない、といった様子ではしゃいでいる。

「いや、違うって」

「えぇっ!? そんなぁ……」

 先ほどまでのはしゃぎっぷりが噓うそのように、ミシュベルはこの世の終わりのような顔になった。どれだけ楽しみにしていたんだ、と突っ込んでやりたい気持ちと、もう少しからかってやりたい、という思いが入り混じる。

「だがら、貸与じゃなくてあげるよ。まだこのやり方はどこもやっていないハズだから。ミシュベルの独占技術にすれば良い」

 その言葉に、ミシュベルは一瞬で笑顔になったかと思ったら、すぐに破顔してでれえとした情なさけない顔になった。

「分かりましたわ。ロベール様から教わった、この新技術を用もちいた新しいお酒。我がミシュベル酒造で作り出し、帝国随ずい一いち……いえ、ユスベル帝国で、酒と言えばこの蒸留酒と言われるものを作り出してみせますわっ!」

 ミシュベルの背後に、荒波が立つ映像が見えた気がした。その迫力に押されながらも、まだ動くことができる俺とミナは拍はく手しゆをした。