ニヤリ、と笑うミシュベルの表情から、出て行けば悲ひ惨さんなことになるのが火を見るより明らかだった。

 これで、俺が作ろうとしている派閥の仮の人員が決まった。まぁ、いつも通りのメンツだけどさ。


     □


 派閥を作ると言っても、これといって公おおやけに行動をすることはない。

 斥候との戦闘以降は、俺の周りで大きな出来事はなく、一時期はウザいほど来ていた軍の人間も全く来なくなると、それはそれで寂しいものがある。

 そこで、今ユスベル帝国で一番話題になっているマシューの様子を見ようと、週末にヴィリアを駆かって出かけた。その際、駐ちゆう屯とんしている騎馬騎士たちにド田舎いなかの遠えん征せい先さきでは手に入らない嗜し好こう品ひんをお土産みやげとして持って行ったところ仲良くなった。

 その騎馬騎士たちに何か進展があったか聞いたのだが、ミナたちに調べさせた時に回収した、斥候が使っていた物以外に目ぼしい物は見つかっておらず、追加の斥候も来ていないそうだ。

 このまま問題がなければ近いうちに国境沿いの竜騎士ドラグーンを増やし、マシューに居る騎馬騎士は皇都に帰ることになるそうだ。

 相手がただの野や盗とうと聞いているマシューの町民は、騎馬騎士がいなくなれば工場を再さい稼か働どうすることができ、収入を得ることが出来るようになるので、野盗は怖くても騎馬騎士が帰ることを歓迎するだろうが。

 しかし、実情を知っている俺やマシューの町長や顔役たちは、町民たちと同じように工場が再稼働できるので騎馬騎士が帰るのは嬉しくはあるが、それ以上に心労が募つのる日々が始まってしまうので喜べないのが現状だ。


「ロベール様ぁ。服ができあがりましたよぉ」

 マシューに駐屯している騎馬騎士について考えを巡めぐらしていると、近くの席から間ま延のびした声を出しながら一人の女子生徒が近づいてきた。

 彼女の名は、ブロッサム・インベート。インベート準男爵家の長女だ。隣のクラスには双子の弟も通っている。弟の方は、俺やアバスよりも背が高くガタイも良い戦士のような体格であるのに対し、姉のブロッサムは背が低く痩やせており、ちんちくりんという言葉が良く似合う体格をしている。

 ただし、見た目は幼子のような容姿をしているが、並みの男とは比較にならないほど肝きもが据すわっている。

 その理由の一つとして、父親がユスベル帝国だけではなく、他国でも名を上げている傭よう兵へい集団のアルトゥーラ傭兵団の元傭兵だったそうだ。

 今は準男爵という、名誉士爵以上男爵未満という中ちゆう途と半はん端ぱな爵位になっており、ミシュベルに聞いたところ、貴族になるための訓練期間のようなものだ、と教えてくれた。

 アムニットと同じように、父親の爵位が低いために、クラスでは下位のグループに属している。そんな彼女がなぜ俺と話すようになったのかというと、俺の飛行服のボタンが取れた時に付け直してくれたのが始まりだ。

 飛行服の生き地じは厚くて丈夫なので、針はりを通すのも一苦労する。そんな飛行服のボタンが取れているのを知ったアムニットの「手て際ぎわの良い店を知っています」や、ミシュベルの「高品質の仕立て屋と懇こん意いにしていますの」といった発言を縫ぬうようにブロッサムは会話に割り込み、頑がん丈じような生地にもかかわらず、あっと言う間にボタンを取り付けてくれたのだ。

 手際の良さに驚いていると、父親が準男爵とはいえ、辺境に領地を構えているため貧びん乏ぼうで、服は常に解ほつれており自分でよく縫っていたため、慣なれているらしい。

 ブロッサムは縫い物だけではなく、編あみ物ものやちょっとした小物を作ることも得意としているらしく、クラスの女子生徒に色々な物の作り方を教えているのだそうだ。

 なので、尊敬の念も込めて最近ではブロッサム先生と呼ぶようになっている。

「あぁ、ありがとう。──完かん璧ぺきだ。良い仕事をしている」

 ブロッサム先生から受け取った服は、俺が平民街に出かけるときに着ている物だ。貴族の様に煌きらびやかではなく、かといって下級市民が着ているようなボロでもない、ある程度は良い普通の服だ。

 この服はブロッサム先生の弟がまだ小さい時に着ていた物で、それを多少手直しした物を貰もらった。ブロッサム先生はいいと言っていたがさすがに無タ料ダで貰うのは気が引けたので、二束三文ではあるがお金を払うと非常に喜んでくれた。彼女たちの困こん窮きゆう具合がうかがえる。

 実際はもっと払おうと思ったのだが、不ふ相そう応おうな金を受け取れないと言われてしまった。

 とにかくこれで、再び町を散さん策さくすることができる。ついでに、ミナにも服を買ってあげて二人で町を散策するのも良いだろう。人さらいが起きた、という話は最近聞かないが、それでもいない訳ではないので俺の護ご衛えいを兼かねてだ。

「ロベール様」

 名を呼ばれたので振り向くと、アムニットが何やら楽しそうな顔をして立っていた。

「これは、うちの商会で扱っている服なんですけど、よろしければミナさんにと思って」

 差し出されたのは綺き麗れいではあるが、やや色があせている部分がある、俺が貰ったのと同じような中古の服だ。

「ん? おぉ、ありがとう。渡しておけば良いのか?」

 差し出された服を受け取ろうとすると、アムニットは驚いた顔をして手を引っ込めてしまった。

「もっ、申し訳ありません。ロベール様にそのような雑ざつ務むをさせるつもりはなくって……。あのっ、この服をミナさんにお渡ししても良いか、お聞きしたかっただけで……」

 しどろもどろになりながら、アムニットは差し出された服の説明をした。俺としてはメイドのミナに服を渡すくらいどうとでもないが、アムニットの様子からすると雑用をするのは貴族的によろしくないようだ。

「いや、別に構わんぞ。でも、ミナには給料もやっているし、それほど困っているはずはないんだけどな?」

 住み込みの場合、新米メイドや簡単な作業しかできない雑用メイドに給料は支払われない。それは、食と住が保証されているからだ。

 一通り仕事ができるようになった中ちゆう堅けんメイドになると、そこからやっと給料が支払われるようになる。しかし、それも雀すずめの涙程度のものだ。

 その雀の涙程度の給料を無む駄だ遣づかいせずに大事に貯ためて、家に送金するか極ごく稀まれにある休みを使って実家へ帰き省せいする時に使うんだそうだ。

 それを考えると、未経験の新米メイドのミナは給料が支払われている分、他の家に務つとめているメイドよりも待遇が良いといえる。それに、作業服であるメイド服は貸たい与よしたものなので、給料から引いていない。もちろん、故意ではない限り汚れたり破れたら無料で新品に交換もするつもりだ。

「お金を貯めているそうで、服飾や嗜し好こう品ひんは全く手を出していないそうです。そこは個人の問題なので別に良いんですけど、作業メイド服以外にも何着かは外着を持っていたほうが何かと便利だと思ったので」

「あぁ、なんか知らんけどお金を貯めてたな。給料を受け取る度に、貯金箱に入れてたわ」

 初めは皮袋に入れていたのだが、余あまりにも心こころ許もとなかったのでイスカンダル商会経けい由ゆで細さい工く師しに依頼し、銅板を使った簡単な貯金箱を作ってもらったのだ。

 カモフラージュするために、中身をくり抜いた本の中へ入るような形にしてもらったのだが、この貯金箱が貴族の間で大変な人気となっている。

 貯金箱としてではなく小物入れとしても人気なのだという。立場の弱い貴族の入いり婿むこが無駄遣いした明細書や、愛人からのラブレターなどを隠かくしておくのに使っているんだとか。

 こういった隠し方は昔からあったそうだが、今までは貴重な本物の書籍を潰つぶして作っていた。しかし、製紙工場を抱かかえているイスカンダル商会は、本物の書籍を潰すことなく実際に存在している本に似せるなど、セミオーダーメイドの本型を安く作ることができるので人気が出ている。

 どこで何が発ほつ端たんとなり人気になるのか分からないもんだ。

「でもいいのか? 結構、良い物みたいだけど」

「ミナさんには、色々とお世話になっていたので。それに、少し前に新品の服をプレゼントしようとしたら『そのような物は受け取れません。それに、ロベール様の許可も取らずに』と言われたので」

 まぁ、ミナらしい断り方だな。それで、今度は中古品でさらに俺へ事前に許可を取ったということか。

「では、ミナさんに渡しに行ってきますね」

「分かった。俺はまだ寮りようには戻れないから、警備兵に言ってミナにつないでくれ。その時に、俺の名前を出していいから」

「はい、分かりました」

 俺から許可を得ると、アムニットは笑顔で足取り軽く教室を出て行った。


     □


 数日後、アムニットからもらった中古の服にどう対処したものか、と悩んでいたミナが落ち着き始めた頃に再び問題が起こった。

 寮にある俺の部屋に、チラホラと手紙が届き始めたのだ。その内容は、皆示し合わせたように、俺の派閥へ入りたい、というものだった。

 俺が派閥を作りたいということは、あの時居た三人以外には話しておらず、あの場で他言しないように言っておいた。もしやミナが他言したのか、と思ったのだが、違うと必死に弁べん解かいをされた。

「ロベール様くらいの人物が何か行動をしようとすると、いくら無関係を装よそおっていてもわずかながらその気配は出てしまいますわ。気づかれるのは時間の問題ではなかったのでしょうか?」

 ミシュベルは、派閥に入れて欲しいという手紙について、さも当然と言わんばかりにそう結論づけた。

「でも、派閥を作るといっても何か行動をしているわけじゃないし、今のところいつも通りお茶を飲んでいるだけだぞ?」

「聞いた話によると、ロベール様が好んでお座りになられる室内席、屋外席はすでに上級席ハイクラスに指定されたと聞いております。室内席では盗とう聴ちようの可能性がありますが、屋外の上級席には周囲に座れるテーブルがありません。さらに、最近は気候が良いというのもありますが、屋外ばかりで我々とお茶を飲んでいらっしゃるので、それも拍はく車しやをかける原因となったのではないでしょうか?」

 ミナの言う上級席というのは、俺の──ロベールのような上級貴族が好んで座る席の通称だ。その席は空あいていようが、他の生徒は絶対に座ることが許されない。

 他には中級席ミドルクラス・下級席ロークラスという序列が存在し、中級席は誰でも座ることはできるが、その席を好んでいる生徒が来たら移動しなくてはいけない。

 下級席とは、その名のニュアンス通り誰が座っていてもいい席だ。

 俺の席として指定されている場所は、別に俺が決めたわけではなく、よく空いていたから座っていただけだ。

 屋外に関しては、いい感じの木こ陰かげができていたから座っていただけだし、周りにテーブルがないのもたまたまで、別に派閥を作るための内ない緒しよ話ばなしをするからという訳わけではない。

 にもかかわらず、このようなことになってしまうとは、人の想像力とは恐ろしいものである。

「どうしたものかな……。人は欲しいけど、さすがに他人を入れるほど方針なんて決まっていないし……」

 グダグダと悩むのは性しように合わないが、将来のことを考えると二の足を踏ふんでしまう。失敗できないという思いが先走り、行動に出られない。

 自分の居場所を作る、という考えが固まる前であれば、全く悩むことなく行動を始めることができただろう。だが、今はその、居場所を作る、というのが足かせになってしまっている。

「あの……僭せん越えつながら、よろしいでしょうか?」

 ここにいる皆の世話をしていたミナが、おずおずとした申し訳なさそうな仕し草ぐさで小さく手を挙あげた。

「なんだ? 良い打だ開かい策さくがあったらマジで教えてくれ」

「同じように手紙を送ればよいのです。『今はまだ派閥を大きくするつもりはないが、いずれ大きくするときは力を貸してほしい。この話は貴方あなたにだけ送るものだから、他言はしないでほしい』とでも書いて」

 こういった話はミシュベルの口から出てきそうなものだが、今回は珍しくミナから出てきた。俺が予想していたミシュベルは、その話を特に気にした様子もなく紅茶を飲みながら耳を傾かたむけている。

「手紙なぁ……。口が軽い奴がいそうで怖いんだよなぁ……」

 その案は俺も一応は考え、そしてやめた。

 手紙でのやり取りは、時間がかかるうえ勘かん違ちがいさせないようにするための言葉選びが難しい。しかし、逆に言えばタイムラグを利用すれば時間稼かせぎもできるし、相手に想像させることができる。

 そこまでは良いのだが、実際に手紙を送り、その手紙を貰った全員が口をつぐんでおくことができるのか、という心配が出てくる。

 奴ど隷れいの鎖くさり自じ慢まんではないが、派閥に入るのも利益がある他に、誰々の派閥に入っている俺は凄すごいんだ、という箔はくも重要視される。つまり、俺から手紙を貰った奴が先走り、派閥へ入るように言われている、なんて言いふらされたら全てがご破は算さんになってしまう。

 それが恐ろしくて、やろうにもやれないのだ。

「そこは問題ないと思いますが?」

 ミナは、悩む俺を不思議そうに見つめながら言った。

「なんで?」

「ロベール様は侯こう爵しやく家け。手紙を貰ったと下へ手たに周囲へ自慢して、せっかく受けたロベール様からの評価を下げるだけではなく、侯爵家に睨にらまれる可能性を考えればおいそれと口は軽くならないと思います」

 それに──、とミナは言葉を続けた。

「ロベール様ほどの方に声をかけていただいても、相手は腹の中で何を考えているか分かりません。途と中ちゆうでロベール様から声がかけられなくなった時のために、確実に二ふた股またをかけていると考えたほうが良いでしょう。それが今までいた派閥なのか、それとも新しい別の派閥かは分かりませんが、ロベール様に切られたからこちらへ来た、と思われないように公言はしないでしょう」

 難しい顔をして言い終えたミナだったが、一呼吸置くと、再び口を開いた。

「──どれだけの地位に居ようとも、人間とは欲深い生き物なのです」

 口を一文字に結び、難しい顔をしたままでミナは一息ついた。そしてすぐに、出で過すぎた真ま似ねをしました、と静かに一礼した。

 人の腹の中は分からない、とはミナの経験からの言葉なのだろうか?

 ここへ来るまでの身の上話を聞いていれば頷うなずける話だが、それ以上に、埃ほこりのように積もり積もった何かを感じざるを得なかった。

 しかし、それが何なのか俺には分かるはずもなく、また聞けるような雰囲気ではなかったので、その場は静かに終しゆう息そくした。

 俺が作る派閥へ参加したい、と言ってきた奴らについては、ミナが提案した手紙を送りキープする方法をとることにした。俺や俺のそば仕づかえをしているミナが動くと、そこから気取られてしまうため、手紙を送るのにイスカンダル商会を使うことにした。