
正体不明の翼竜乗りや、それに随伴していた歩兵を相手に大立ち回りをしてから数週間がすぎた。
あの日ボロボロになった体も今は全快し、動くだけでなくヴィリアに乗って遠出をすることもできるようになった。
辛うじて体が動くようになるまでの間、準統治領のマシューにいたのだが、ミナやクラスメイトのアムニット、ミシュベル、アバスだけではなく、町の人たちも時間を見つけてはお見舞いに来てくれたのが本当に嬉しかった。
さすがに三日をすぎた辺りで、迷惑になっているのでは、と誰かが言ったらしく、日に一度、時間と人数を決めて見舞いに来てくれるようになった。
その気遣いが嬉しくもあったが、途端に静かになってしまった部屋に寂しさを覚えてしまう。怪我でも病気でも、体が弱くなっている時は心も弱ってしまう典型だ。
斥候によるマシュー襲撃未遂事件のその後についてだが、一週間と少し経った頃に竜騎士と騎馬騎士がやって来た。
そう多くはない数だったが、兵士たちに慣れていないマシューの住民たちからは異様に映ったようで、俺の元へ体調を窺うついでに兵士について聞きに来る町民が多くいた。
町民の大半は、ミナが野盗のせいだと説明をすると引き下がったが、中には聡い者も多くいて、そういった人たちへの説明に苦労させられたと後で聞いた。
マシューの石鹼工場から製紙工場まで全ての操業を停止してもらい、道具も兵士たちがいる間は撤去してもらった。おかげで、安心してマシューを離れることができる。
マシュー周辺の警備や、斥候の調査を皇都から派遣された兵士たちに任せると、俺は何とか動くようになった体を引きずって皇都の竜騎士育成学校まで戻ってきた。
何もかもが元通り──とまでは行かないが、何とか日常を取り戻しつつあった。
ただし、問題もある。それは、今いる学校のことだ。
俺が大怪我をしても、学校は普段通り動いている。斥候との戦闘は準統治領で起きた事件だったが、レポートを提出した後に準統治領へ行っていたのは学校からの指示ではなく、個人の裁量による行動になる。
つまり、準統治領に行っている間に怪我をしたが、それは自習していた時の怪我となる。なので、学校を休んだ場合は、ただの欠席扱いとなる。
命がけで帝国の危機に挑み、名誉の負傷をしたというのに何とも世知辛い話である。まぁ、授業量的に補習を受けずとも進学できそうなので、今のところは良しとしようと思う。
「ロベール様、お食事をお持ちしました」
「ありがとう」
トレイに今日の昼食をのせて持って来てくれたミナにお礼を言い、椅子に深く座りなおした。
ミナは、騎馬騎士学校に通っていたと言うだけあって乗馬はお手のもので、マシューを襲った斥候の調査の時にはその力を存分に発揮してくれた。
また、学校に通っていたということもあり、計算は元より礼儀作法も多少の覚えがある。お蔭で、今の様に貴族の子弟が通う竜騎士育成学校に連れてきて、俺の身の回りの世話をさせてもなんら問題はない。
周りにいる本職のメイドと比べれば劣るが、代わりに戦うことができるので十分だろう。
「しかし、相も変わらず学校の雰囲気はおかしいな」
「それは……、しかたがないことかと……」
俺の呟きに反応したのは、右隣にいるアムニットだ。ユスベル帝国でも指折りの大商会であり名誉士爵であるマフェスト家の一人娘だ。おっとりとした顔と雰囲気をしているが、それに似合わない若干の強情さがある。
「敵国の斥候を皆殺しにしたのですから、ロベール様の威光は学年全てに伝わっていますわ」
俺──ロベールとしては問題ない程度の血生臭い評価だが、なぜか左隣に座るミシュベルはまるで誇るようにドヤ顔で言った。彼女はベルツノズ男爵の次女で、その性格というか気位の高さからいじめっ子ポジについていたが、最近はアムニットとも仲良くやっているようだ。
そのベルツノズ家は、男爵という地位でありながら家格は同爵位の中でも抜きんでており、国議会に参加していないが、周囲に強い影響力があるので一目を置かれる家でもある。
最後に、同じテーブルに着いているのは、騎馬騎士の家系であるフレサンジュ家の六男、アバスだ。質実剛健という言葉が似合う人物で、マシューを襲った斥候が駆るワイバーンを討った唯一の竜騎士候補生でもある。
フレサンジュ家の家格はこの場に居る人間の中では一番低く、そのために今まではミシュベルからいないように扱われており、そんな扱いに慣れているアバスは何も言い返すことはなかった。しかし、斥候の一件以来、ミシュベルのアバスに対する物腰は柔らかくなった気がする。
「確かにそうだが、さすがに言葉が悪いな……」
悪気は全くないんだろうが、何とも酷い言われようだった。
「それは、失礼いたしました。ですが、ロベール様はお一人で帝国を害する者を退けたのです。これを誇らずに、何を誇れと言うのでしょうか?」
「だから、あれは全員で退けたって言ってんだろ」
「また、そのようなことを……。さすがに、それは謙遜ではなく嫌味になってしまいますわ」
俺の言葉に、ミシュベルはやや顔を曇らせて唇を尖らせた。
斥候を含む翼竜乗りたちを追い返すことができたのは、俺だけではなくアムニット・ミシュベル・アバスの三人がいたからだ。三人が、敵の翼竜乗りを二分したので俺は片方に注力することができ、結果として追い返すことができた、というのが俺の報告した筋書きだ。
しかし、一体を倒したアバスならいざ知らず、逃げまわっていただけのアムニットとミシュベルはそれに対して猛抗議をしてきた。
自分たちは逃げ回るしかできず、足を引っ張っていただけだ、と。
そうは言うものの、俺としてはドラゴンに乗るのが多少上手い程度の竜騎士候補生が、斥候の翼竜乗りの大半を撃墜した、という話で盛り上がられるのは困る。なので、そのように報告したのだが、どうやら二人はお気に召していないようだ。
確かに、施しを与えているように思えるが、ここは俺のためを思って我慢してくれとしか言いようがなかった。
今、俺たちを取り巻く状況が、クラスどころか学年、果ては学校の様子がおかしくなっていることにつながっている。なんせ、このテーブルに座っている四人は、全員が斥候と立ち回っただけではなく退けているからだ。
斥候の相手をするどころか、本格的な戦闘を行った生徒は同学年にいないだろう。そんな中での話なので、有名にならないはずがない。
しかも、それを成したのが悪名高いストライカー家の長男であるロベールなのだから、生徒全員が寝耳に水の話だっただろう。
さらに、斥候との戦闘が行われる前まで、三人とは多少話をする程度の仲だったのが、戻って来てからはよくつるむようになっていた。
そこから出た噂というのが、『ロベールが派閥を作り始めた』というものだ。
今までアムニットが話しかける以外はボッチですごし、週末になればドラゴンでどこかへ行ってしまい、普段から何を考えているか分からない人間が、突然このように三人とつるみだしたのだから、噂にならないはずがなかった。
しかし、三人とも仲の良い友人はいるので、交友関係を壊してまで三人と一緒にいるわけにはいかない。そちらを優先するように言っているのだが、今は俺とすごす時間が長くなっている。
しかし、派閥か……。
自分の居場所を作る、といっても内容は様々だ。それに俺が求める居場所、というのは今この場のような、仲の良いクラスメイトに囲まれてすごす、といったことではない。
それこそ、この国に喧嘩を売り、勝つくらいのことを成さねばならない。屋台骨が悪い状態で、しかも個人で大国のユスベル帝国に勝つなどまず無理だろう。
ならば、と考えれば、派閥を作り徒党を組むのが常套だろう。だが残念なことに、派閥というのはこのクラス内で組まれたものしか見たことがなく、その他では前世で見たドラマや仕事場で行われた、好き嫌いで別れる程度のものばかりだ。
そんな人間が派閥を作ろうなんて考えたところで、失敗するか体よくどこかに吸収されるのが落ちだろう。
ストライカー侯爵家の威光を借りて人を下に付けたとしても、それでは人が集まるだけで烏合の衆となってしまうのが目に見えている。
そうならないためには、アドバイザーが必要になる。現時点で派閥を作っていて、かつそれなりに強固なつながりを作ることができる人物と言えば──。
「ミシュベルが適任だな」
アムニットは大商会の父親を持つが、名誉士爵という下に見られてしまう爵位だ。アバスはフレサンジュという名の騎馬騎士の一族だが、一族全てが強固な一枚岩という存在で、その強固さを恐れる貴族たちから疎まれる存在だ。両者ともに派閥を作るような性格ではない。
アムニットの父親としては、大商会を営んでいる以上、彼女には学校で派閥の一つでも作ってもらい、様々な伝手を作ってもらいたいんだろうけど、あの性格では無理だろう。
「私が何か?」
「ミシュベルは、派閥を作っているだろ?」
「えっ? えぇ、まぁ。──派閥とは言っても、お友達作りのお遊びのようなものですが……」
俺の口から出た派閥という言葉に、ミシュベルはやや戸惑いながら答えた。
クラスメイトと関わりが薄く、夜会にも参加しない俺の代わりに、ミシュベルは俺の目や耳となり情報を流してくれる。そんなミシュベルが、俺が噂になっている、と教えてくれた。
俺が常に一人で居ることから徒党を組むのを嫌っている、と思っていたミシュベルだったが、俺から派閥に関しての問いを受けると、それが真実だと悟ったのか顔つきが少し変わった。
「それは、何を目的としている派閥なんだ?」
「何を……と言われましても、アーグラエフは父のつながりで、エゼルビアは父親が騎馬隊長で兄が騎馬騎士の幹部候補です。そこを考慮して私の派閥に受け入れましたの。今すぐどうこうするものではなく、未来を見据えての伝手作りといったところでしょうか?」
付き合うことで自分の利益になる人間を入れるのが派閥の常だが、茶飲み友達のようなミシュベルの口からきくと、恐ろしさよりも別の世界の話に聞こえた。
「どうやって人を増やしていったんだ?」
「数人は私から声をかけましたが、大体は向こうからお話に来ましたわ」
「そうか」
派閥を作るつもりなら、俺から声をかけていかないとダメだろう。何たって俺は、クラスメイトから避けられているからな。
「ロベール様は派閥を作ろうとお考えのようですが、そこに私も入ることはできますか?」
隣で黙々と食事をしていたアムニットが、ハーブティーで喉を潤してから言った。
「入ってくれるのは、ありがたいな。形どころか、立ち上げてもない存在だけど」
作るのは確定しているが、どういったコミュニティにするかコンセプトは決まっていない。多方面に伝手を作りたいが、初めから無節操に手を広げては、先も言った通り海千山千といった化け物連中の餌食になってしまう。
ゆっくりと、しかし、手遅れにならないように早く俺の国に対しての地位を確立していかなければいけない。
「なら、俺も入れてもらいたい。家格が他の二人に劣るうえ家としても何もできないが、俺個人の力で良ければそこで存分に発揮したいと思う」
これが漢飯だと言わんばかりの肉々しい食事とは対照的に、白湯という健康的な飲み物を飲んでいるアバスも俺の派閥に入りたいと言ってくれた。
「ハハッ、歓迎するよ。派閥を作ると言っても宣伝目的の見世物のようなものだから、当分の間は何もすることはないと思うけどな」
作ろうと思っている本人が、どのような派閥に仕立てあげて行きたいのか迷っているのだ。これは、仕方がないと思う。
「あら? アバスが入れるのでしたら、私もロベール様の派閥に入れていただきたいですわ」
「自分のところのは良いのかよ?」
「良いも何も、仕切っている私が入ると言っているのですから、文句は言わせませんわ。それに、嫌でしたら私の派閥から出て行けば良いことですし──」