その指先は、少し離れた場所で貴族令嬢や令息たちに囲まれながら賑やかに談笑を繰り広げる一角の中心にいる女性へ向けられていた。

 視界に飛び込んできた、鮮やかに紅に色づく朝焼けのようなプラチナブロンド。

 エドワーズの動きを察したように振り返った彼女の神秘的なすみれ色の瞳が弧を描き、口元を華奢かしゃな扇子で隠す。

 胸元に飾られた首飾りが、あの店の目玉商品として飾られていたことを思い出す。これ以上ないというほどに彼女自身が見事な広告塔。

 扇に隠されたせいで余計に蠱惑こわく的な魅力を放ち、大輪の薔薇を連想させるコケティッシュな笑みは、もちろん隣にいる美男のエドワーズに向けられたと思ってはいたが、脳裏に焼き付くほど強烈な印象を与えてくれた。


 そして近づいてきた彼女に、私は名乗る前に求婚した男として夜会の終わりを騒がすタネになったのだった。


◆◇◆◇◆


 最初の告白は素気なくかわされた。

 その件に対しては文句はない。もちろん自分だって、あれはちょっとどうかしていたと思っている。

 年頃の女性なのだから既に婚約者がいるどころか既婚者であってもおかしくはないため、うっかりしたら家門同士の騒動になりかねないこと。かわされるどころかあの場で罵倒されて詰られたところで、甘んじて受けても仕方ないことをしたというのに不問に付してくれただけでありがたい。

 しかし諦められるわけもなく、謝罪をするために彼女の家に訪問し許しを請うと共に求婚することの許可を、彼女の両親へ求めた。

「ダニエル様、次期辺境伯であるあなたの申し出は領地もない名ばかりの伯爵家にとってとてもありがたいものであります。ただ、我が娘デルフィーヌは病に伏してばかりの私の代わりに事業を起こし、こうして家族が食うに困らぬ程度の財産を築いてくれました。当主は私ではありますが、この家を支えている真の当主は娘だと思っておりますゆえ、判断も全て娘自身に任せたいのです」

「もちろんです。ここへ来たのはデルフィーヌ嬢に婚約者が既にいるのかという確認と、彼女に求婚することの許しをいただくためであり、婚約を押し切るつもりなど毛頭ありません。……ただ、私は彼女が一層輝ける場を用意できる唯一の男だと思っています。どうかよき判断を」


「分かりましたわ、では……私が納得するまで何度でも求婚してくださいませ。私にあなたという人を知る時間をくださることくらいは要求しても構わないでしょう?」

 父親の隣で彼女はつややかな笑みを浮かべながら、私に条件を伝える。そして彼女への求婚者の一人として名を連ねることとなった。


◆◇◆◇◆


 そんなわけで通算6度目の求婚のため、この場にいる。


 商人気質らしい彼女から、家を通じて毎月、彼女が参加する予定の夜会の詳細が定期的に送られてくる。

 彼女自身、事業の関係で多忙なこともあり他の令嬢たちより参加する頻度は少ない方で、月に一度あるかどうかの回数なのは助かったが、ロゼウェルと王都の間が馬車で片道15日かかる距離ということだけは問題だった。

 そのためにロゼウェルでは私の代わりに動ける人材を育てることになり、王都でも仕事ができるようにタウンハウスを借り上げ、馬車より早いということで馬に乗って移動する術を覚えた。

 書類仕事で座りっぱなし、そして理由をつけては挟み込まれる会食や酒の席、特に商人や職人相手だとかなりの量を食べさせられたり呑まされたりの日々を続けたおかげで、学生時代より腹周りだけは立派な成長を遂げた私ではあったが、馬に乗り王都まで移動するようになってから贅肉ぜいにくは絞られ、ずいぶんと体は引き締まった。

 おかげで礼服を着こなす様も、ずいぶんとまともになった気がする。

 ……まあ、そんな感情もエドワーズの隣では、あっという間に霧散してしまうが。顔の造形と背丈だけはどうにもならないので、その点は潔く諦めることにした。


 会場の一角が騒めき立ち、彼女の到着を知る。

 手にしていたグラスをエドワーズに預け、行ってくるとだけ告げて彼女の元へと向かった。

 情熱を秘めた大輪の白薔薇。まるでミューズの化身のような彼女へ近づくと、らしくもなく胸が高鳴る。

 彼女の内面に溢れる才能をもっと咲き誇らせたい。彼女に相応しい舞台を私なら用意できる。

 そんな彼女の溢れる才を傍で見守ること。ただそれを願いながら足を踏み出し彼女の前へ立ち、6回目の求婚をするために膝をつこうとする動きを、彼女の手によって止められた。

 これはもう、求婚することさえ断られたのかと混乱しかけた私へ、指先まで整えられた美しい手が差し出される。

「まずはダンスをお誘いになって?」

 淑女からダンスを誘うなんて前代未聞のことですわ、と身を寄せ合った距離で彼女が囁く。

 社交界に興味などなかった私はもちろんダンスも不得手ではあったが、今後のために流行りのワルツくらいは踊れるようになるべきだとエドワーズと弟にさとされ、王都を訪問する度に繰り返し特訓を受けたおかげで、それなりではあるけれど見劣りはしない程度には彼女をリードできた……と思う。

 そういえば、今日の彼女はいつもに比べて目線の高さが低い。高いヒールを自在に履きこなす彼女の背丈はほぼ私と変わらないはずなのに、私の目線が緩やかに下がる……私の背が伸びたのではないと思うが、もしかして。

「あ、あの……足でも痛めているのでしょうか? おつらいようでしたら途中でやめられても構いません」

 私の唐突な質問に、菫色の瞳が驚いたように丸くなった。美しいとばかり思っていた彼女の中に可愛らしい部分を一つ見つけてしまったようで、鼓動が跳ねる。

「ああ、ヒールの高い靴を履いてないから、足の不調とお思いになった……のでしょうか?」

 質問を投げた理由を聞かれて頷く。私を見上げる彼女と視線が絡み続けるのに、そらすべき理由がないものだから、その視線に耐え切れず頬が熱く火照り出す。

「あなたと踊るためですわ」

「……え?」

「私の方が背が高いように見えてしまうと、あなたに恥をかかせてしまいそうで」

 ヒールなしで向かい合うと、ちょうどいいバランスでしょうと笑う彼女の声。

 一語一句彼女の言葉が耳に届くのに、それがあまりに私に都合のいいように響いてくるから内容が一切入ってこない。

 彼女の言葉を聞いて、ダンスホールの中央で私たちは足を止めてしまう。そして突然動きを止めた私たちに会場中の視線が集まった。

「これからもあなたの隣に立ちたいのです。大切な方のためならヒールくらいいくらでも捨てましてよ」

「デルフィーヌ嬢……私の白薔薇。あなたが咲き誇るにふさわしい舞台を私の手で用意いたします。必ず幸せにいたしますから、どうか私の求婚を受け入れてください」

「──私はあなたに相応しい。白薔薇の花言葉のようにあなたの隣に相応しい者は私以外ありえないと生涯をかけて証明してみせますわ」

 6度目の求婚は、生涯をかけた誓いの言葉で返された。

 私たちを見守っていた観衆も、夜会の主催者も若い2人の将来を共に喜び合ってくれ、乾杯の音頭を何度も取ってはグラスの中身を飲み干し、夜会は狂乱めいた賑やかな騒ぎの熱を帯びたまま幕を閉じることとなった。……男性客の大半は憧れていた若くして資産家として名をあげた令嬢の突然の婚約成立へのやけ酒だったという話もあったが、知らないふりをすることにしよう。

 そしてデルフィーヌの許しを得た私は、正式に婚約を結ぶために彼女の家を再び訪れるのだが……。


「婚約期間は半年ほどあればよいのですよね? ならすぐに婚姻でもよろしいのではなくて?」

 私が王都に通い詰めた6カ月間を婚約期間として数えましょうと言う爆弾のような発言に再び驚かされ、彼女の父親とともに再び言葉を失った。

 それでも愛娘のウエディング姿を見たいというご両親の懇願を受けたことと、その後式場も無事見つかったので2カ月後にまず王都で式を挙げることになった。

 彼女がロゼウェルの領屋敷へ居を移し落ち着いた頃に、向こうでもお披露目パーティーをする予定ではある。

 王都の式場など半年、へたをすれば1年は予約でいっぱいのはずで空きなどめったに出ないはずなのだが、エドワーズが手配を買って出てくれたおかげで、運よく空いたらしい王都の教会のホールを押さえてくれたのだ。

 王籍を離れてもコネは残るんだと、どうやら無理やりねじ込んでくれた腹黒さを惜しみなく発揮した友人に感謝をして、私たちは式の準備に取りかかったのだった。


◆◇◆◇◆


「しかし、……どうして許してくれたのですか?」


 彼女のウェディングドレスのデザインはずいぶん前から懇意にしていたデザイナーの手である程度の形は作られていたため、式の日取りが決まるのとほぼ同時に仮縫いに入ったと聞いた。お互いの進捗を報告し合うため、王都を訪れた私はデルフィーヌの家へ向かった。

 そして報告を終えて2人で茶を飲んでいる最中、ふと気になっていたことを彼女に問いかける。

 何度も求婚しろと言われ確かにその通りにしていたが、考えてみるとそれしかしていないのだ。……求婚以外にしたことと言えばあの夜に彼女とダンスをしたことくらいか。

 その話をエドワーズと弟にしてみたら頭を抱えられたので、たぶん求婚者としては常識的な行動ではないということだろう。

「……怒らないで聞いてくださいましね? 初めて求婚された時はどなたか分からなかったので、聞かなかったことにしたのですけど」

「あ、あの時は誠に申し訳ない……」

 あの店の経営者だと知った瞬間、自分でも不思議なほどの勢いで名乗りもせず彼女に求婚した。頭を下げ、おぼろげな記憶を呼び起こしながら、あまりの恥ずかしさに顔を赤らめる。

「いえ、その件は済んだことだからいいのですけど。当家を訪ねてくださった時点で私、あなたのことをよく存じておりましたの。もう、すぐにでもお返事したかったくらいにおしたいしていたのですわ」

 それは初耳だ。

 ……しかし、私はエドワーズに教えられるまで彼女のことは何も知らなかったのだが、どこかで会ったことがあるのかと記憶を探る。そんなにも分かりやすい顔をしていたのか、すぐに彼女が訂正を入れてくれた。

「ごめんなさい、私が一方的に存じあげていたということですわ。ほら、今は王都のほとんどの学院が学生事業を後援していて、その利益の大部分を経済的な理由で学園に通えなくなった生徒を支援するための基金としているでしょう? その大本おおもとを作ったのはダニエル様だと伺っていましたの」

「ああ、確かに。学生の頃そんな事業を起こし学院側と交渉しました」

 卒業する際に一切の権利を学院側に譲渡していたが、まさかそれが広まっているとは思いもしなかった。

 それでも話の大本は私で間違いはないので、答えながら頷き返す。

「父が過去、病に伏せたことは聞いておりますでしょう? 私も基金に助けられた一人なのです。あとで基金の成り立ちを知り、どのような方が作った仕組みなのか興味を持ちました。あなたを知っていくことで商売の奥深さと楽しさを知りましたの。あの時学院をやめていたら、どうなっていたことか……」

 想像すらできないと告げ、彼女は両腕で自分を抱きしめ小さく震える。

「なるほど……そうでしたか。あなたの役に立てていたのなら、これ以上喜ばしいことはありません」

「それでも半年の猶予ゆうよをいただいたのは、やはり貴族社会の風潮への危機感からでした。事業が忙しいと言い訳をして19の歳になるまで婚約者も持たなかったのは、家に入れば貴族女性が働くだなんてと眉をひそめられ、内助のみを強いられることを恐れたからなのです。外の世界の楽しさを知ってしまったのに取り上げられたら、きっと耐えられませんもの」

 私がそうでないという確信が欲しかった、と彼女は言った。

 求婚以外で彼女に会うことはしなかったが、王都にいる間あの店へ日参していたことはしっかり知られていた。

 店員たちに彼女の采配がどれだけ素晴らしいかを熱弁する様はどちらが客か分からないほどだったと、楽しげな笑みを浮かべる彼女に対して赤面するしかできない。

「あなたが私を褒める言葉のほとんどが、私の商才に対するものだったのも嬉しかったですわ。ダンスの途中、私がヒールの低い靴を履いていたことに気付いたばかりか、その理由を考えてくれ、最初の考えが私の不調を推測して心配する声だったことも」

 父親の理解があったからマシだったが、男性より先んじれば女のくせにと詰られることが多かった。女は結婚して家の中で過ごすものだという圧力に負けるものかと必死だった……と、彼女は続ける。

「着飾るだけの添え物としての私の価値しか言葉にしない男性ばかりの中、外面でない部分を最初から見ていてくれたのはあなただけでしたの。私も聞きたいのですけど……咲かせたいのは私の才ですのね?」

「もちろんです。あなたのその才を咲かせるには、王都だけでは狭すぎる。この大陸、いや海を越えた先にもあなたの才は咲き誇るはずです。それが叶えられる舞台を、私なら用意することができるとも」

 そう、海軍は何も侵略し戦争を仕掛けるためだけに存在するものではない。

 海岸線や海路を見張り、船の安全を見守る存在にもなりえる。

 貿易港を作ろうと海上の安全が保障されなければ、新たな交易路として商人たちを呼び寄せることは不可能に違いない。大陸で一番安全な貿易港を目指す。王都一の海軍を持つ我が辺境伯家なら、それがきっと可能なのだ。

 武力の時代は過ぎた。それはありがたいことだ。ならば、私は経済という武器でこの国を守れるのではないかとも思うのだ。

「用意される舞台だけで満足する女だと思わないでくださいまし。あなたの隣へ並び立つに相応しいパートナーとして咲いていたいのですから」

 ロゼウェルへ居を移したら最初に港を見せてくださいましね、とワクワク顔で告げる彼女に私も笑みで答えた。

 薔薇の名を掲げる故郷に相応しい、美しく咲き誇るだろう私の白薔薇と共に歩む未来を夢見て、今夜は語り明かそう。


◆◇◆◇◆


 突然の婚約成立に対して、騒動は信奉者だらけの彼女の方には起きるだろうと、そちらだけ警戒して自身のことには鷹揚に構えていたのだが、私の知らぬ場所で騒動の小さな種が芽生えていたようだ。

 まだ祖父が騎士団長として健在で、父も祖父の下で騎士として関わっていた戦乱の時代。

 隣の領地の家門である伯爵家の次男が騎士として入隊した。その騎士は優秀な男でいくつもの功績を挙げ、戦いの中、団長であった親子ほど年の離れた祖父と不思議に馬が合ったらしく親しくなった。

 戦いも次第に収まり、平和の種火が見え始めた頃、その騎士の兄である伯爵家の後継者が病に倒れたため、次代として指名されたその男は、騎士団を退役して実家に戻り家督を継いだ。

 その後も祖父との親交は続いていたようで時折書簡のやり取りをしていることは父も知っていたようだが、酒の席でどうやら互いの孫と子を婚約させようという話を父抜きでしていたことに関しては、父は露ほども知らなかったそうだ。

 その孫というのはどうやら私のことで、伯爵家の末娘との婚約を進めていたことを私が学院へと入る直前、父も知ったという。

 既に祖父は隠居の身であり、その話が真実であったとしても、現当主と後継者という当事者2人が知るよしもなかった約束事。それゆえ、知った時点で断りを入れてもよかったのだが、末娘自体が辺境へ嫁ぐことを嫌がっている話を聞いていた父は、両者の気が合うようなら婚約を形にしようという話を持ち掛けることで向こう側の体裁を考慮した形でうやむやにしようとしたらしく、私は最近になるまでその話自体知らぬままだった。

 やたらと隣の領に住まう親族でもない親子が押しかけて来るな……と、王都の学院から帰省する度に思ってはいたが、社交に興味がなかったこと、そしてその親子を父の客として認識していたため、何も関係ない存在だと思っていた。私は帰省したところで家にはほぼ居つくこともせず街中を駆け回っていたため、親子の思惑を知ることなく日々を過ごしていた。

 その伯爵家の末娘にとっての不幸は、私の容姿が凡庸で女の気配も一切なく仕事にかまけて婚約者を作らずにいたことにより、あの話は破棄されぬまま現状を維持され、辺境伯家の女主人の座は末娘のために空いているものだと親子して思い込んだままでいたことか。

 辺境の地に嫁ぐのは嫌だと言っていた割に乗り気だったのかと父は驚いていたが、後々になって聞いてみたところ、私の築いた財を使い王都に豪華な居を構え、辺境伯夫人として王都で社交に励むつもりでいたという都合のいい話を聞いて呆れていたものだ。

 私の知らぬところで、武力時代の置き土産は煮凝にこごりのようにゆっくり固まり形を成していく。

 王都での式の仕度がだいたい片付いた頃。今後、王都への訪問時はデルフィーヌの実家の屋敷を使わせてもらえることになったこともあり、今までタウンハウスとして借り上げていた家を弟の名義で買い上げ、そのまま住み続けてほしいと託した。

 王宮から歩いて通える距離で王宮官吏を目指すのなら便利な立地に違いなく、それなりの部屋数もある家なので所帯を持っても住み続けることは可能だろうし、目抜き通りの物件なので必要がないのなら売りさばくなり貸すなり財産の一部として持っているのも、損にはならないだろう。

 初めのうちはせめて名義だけでも私のものとして家賃を支払わせてほしいと物件の譲渡を固辞された。だが、デルフィーヌへの求婚のために忙しなく王都への訪問を繰り返していた頃、家の管理から仕事上の連絡や手配などのサポートに加え、社交界や女性の心にうとい私へ心を砕いて助言をしてくれたことへの感謝は言葉に尽くしがたく、こんな形でしか表現できない私を理解してくれた弟が最後は折れて受け取ってもらえたのでおおむね満足していた……だが、この物件がまた弟の人生を変化させてしまう原因になるとは知る由もなく──。

 私とデルフィーヌは、ないも同然な短い婚約期間──彼女が言うには半年の期間を経て正式な夫婦として、王都の教会で友人たちの見守る中、婚姻の儀式を終えた。

 貴族同士の婚姻なので教会へ王家から婚姻許可証が運ばれ、神の御前で永遠の愛を誓い合うものだが、証書を運んでくださったのは最近宰相位を引き継いだばかりの私の最も親しい友人の弟君にあたるランディール王太子殿下だった。その流れで王太子殿下と宰相閣下両名が列席し祝福された私たちの婚姻に不服を唱えるものなど出てくるわけもなく、無事に彼女と生涯を共に歩む権利を手にしたのだった。


◆◇◆◇◆


「あなた! これはどういうことです。こんな不当な婚姻、私は決して認めませんわ」

「そうですわ、お父様、お兄様! 私が、私こそが辺境伯夫人になるのだと言ってくださっていたじゃないですか」

 私とデルフィーヌの婚姻の知らせはひと月遅れで辺境の地にも伝わり、小さな騒動が我が家で起きていた。

 この国で唯一、私たちの婚姻に対して不服を唱える家があったのだ。

 そして祖父を介して父へ抗議をしたのだが、『両者の気が合うようなら』正式に進める話であり、伯爵夫妻は末娘を連れては頻繁に我が家を訪ねに来てはいたが、学院を卒業し辺境へ戻って来た私とは会話一つしたことがないまま互いに知らぬ者同士だったため、話自体まだ始まってもいないと逆に抗議をし返されたという。

 それでも父母の話を聞き、他を探すのなら辺境伯以上の高位貴族でないと嫌だと言っていた末娘も気付けば19歳。

 訳アリでもないのにデルフィーヌと同い年──当に適齢期を過ぎてしまった伯爵家の末娘を今さらめとってくれる家門など、すぐに見つかるわけもなく。

 きちんと断らなかったという父側の落ち度も多少はあるということで、最終的に伯爵家の末娘を弟の婚約者として迎えることで両家の話は収まったという。


 こうした少しずつ選び間違えた小さな選択肢が、どんな未来を生み出すかは、あの頃は知る術などなく、弟の婚約を何も知らずに祝っていた馬鹿な兄だったと今は反省している。


◆◇◆◇◆


 あの騒動から少しして、カイルとお酒を飲んでいたお父様は珍しく深酒をなさったようで、様子を見に行った時にはすっかり泥酔されていて、介抱している最中に語ってくれた昔話。

 お2人にロマンスなどあるわけがないとか思っていた不甲斐ない娘で本当にごめんなさい。


 あれ? そうなると恋愛経験値が一番低いのは……。