なんか、その……ごめんなさい。

 私もどんな顔をして出ていいのか分からなくて衝立の陰から出て行くのにかなりの時間が必要で、結局その後の夜会はキャンセルすることになってしまった。


◆◇◆◇◆


「……そう言えば、あの娘のあとを追わなくてよかったのかい?」

 あの部屋で互いが復活してから最初に話したのは、カイルの脇をすり抜けるように部屋から飛び出した彼女──ミリア嬢のこと。

「ホテルオーナーの侯爵様に聞いたけど、あのあと自分の部屋で閉じこもっているそうだから、明日家の者へ様子をうかがいに向かわせようと思うわ。侯爵様にもホテルの使用人の方々へ彼女のことを気に留めておいてもらうようお願いしたし。私たちが気にしないでいいと言っても、爵位的な圧力を感じてしまったのかもしれないから、しばらくは放っておいてあげた方がよさそう」

 今はローズベル本邸に戻る馬車の中だけど、対面に向き合って座っているのに視線は左右逆に外しあったままでまだ少し気まずい。

「でも少し気になることがあったので、家に戻ったらホテルへうちの騎士を送ろうと思うの。ドレスのこともそうだけど、あの子を少しの間観察していてほしくて」

「君が何か感じたのなら、それに従うといいと思う。何もなかったとしてもそれが分かるだけで安心するだろうし」

「何もなければそれでいいのだけど」

 そうしてあの部屋での出来事は暗黙の了解として互いの心の中へとしまい込むことにした。まだやるべきことばかりなのだから、ギクシャクしていられないもの。

 私がホストを任されたお茶会の日まであと少し。

 新たな客が舞い込むのも、あと少し。


◆◇◆◇◆


 翌朝、マリアから起こされる前に寝台から起き出して身支度を整えた。

 夏の日差しが差し込む窓の向こうの空は、私の心とは裏腹に抜けるような快晴。カイルの瞳の色を思わせる空の青を見て小さくため息をつきながらも、気まずい心をどうにか奮い立たせながら朝食をとるために本邸の食堂へ足を向ける。

 いつもより早い時間だからカイルには出くわさないはず。……たぶん。


 こういう時こそしっかり食べて気力と体力を補充しないといけないわ、なんて考えながら食堂に入れば心から歓迎できそうにない客人がお母様と並んで座っていらした。

 ……今からでも引き返そうかしら。

 と思ってみたもの、食堂へ近づいた際使用人たちが私の朝食の用意をするために料理長の元へ向かってしまったし、扉を開けたことでお2人の視線が私に集中したので、ここで引き返すわけにもいかないと止まりかけた足を動かして食堂の中へ入っていく。

「おはようございます、お母様。叔母様もいらしてたのですね」

「おはよう。今日もいい朝ね、リズちゃん」

 母の笑顔にうなずきで返し、叔母にもお久しぶりですと挨拶を済ませてそそくさと自分の席へ腰を下ろす。私の挨拶に返事もしない叔母は、どうやらご機嫌が急角度で斜め上らしい。

 母の前だから私への言葉を呑み込み黙っているワルド子爵家のテレーズ叔母様は、夫を伴わずの里帰りなど出戻りのようでみっともないと言いたげなお顔をはっきりと浮かべていらしていて、正直食欲が気力と共に走り去ってしまいそうだった。申し訳ないのだけど、私はこの叔母が好きになれない。前の世界の前侯爵夫妻に性質がよく似てるから、余計に。

 私もそれなりの経験を得て胆力が付いたから叔母様のしつけな素振りにも顔色を変えることもなく、素知らぬ顔で並べられた料理に手を付け始めた。

 ああ……ロゼウェルの新鮮な魚介料理、朝から美味おいしすぎる……。新鮮なサーモンとエビ、瑞々みずみずしい葉野菜に柑橘系の果汁を利かせたチーズソースをかけたサラダ。大好物なのを料理長が忘れずにいてくれていたと気付いてうれしくなるわ。このローストして砕いたナッツを混ぜ込んでるのがいいのよ、食感が楽しいのよね……。

 日持ちと距離の関係で王都では味わえない鮮度抜群の贅沢ぜいたくな海の幸を朝から堪能していると、侍従がそっと食堂へ入ってきて母の元へ向かう。

「お食事中申し訳ありません、奥様。リンデン商会の会長様が奥様に急を要することがあると面会を求めているのですが……」

「あら、そうなの? 分かったわ、すぐ向かうと伝えてちょうだい。リズちゃん、テレーズ様はどうぞゆっくり食べていらして」

 お母様、私も一緒に行きたいですぅ! ……という心の叫びをどうにか押し殺して、行ってらっしゃいませと返事を向けながら母を見送り、食事を再開する。

「ところでエリザベスさん、昨夜は体調不良で夜会を欠席されたと聞きましたわ」

 ……もう! 食事が終わってからにしてくださらないかしら。

 母が食堂から出て行けば、待っていたとばかりに先に食事を終えていた叔母様が口を開く。仕方ないので手にしたカトラリーをテーブルに戻して、叔母様へ顔を向けた。

「……ええ、気分が悪くなってしまって、やむを得ず欠席してしまいましたわ。お詫びの手紙をこれから出してきますの」

「侯爵夫人として気構えが足りないのではなくて?」

 まあ……〝カイルに下着姿を見られて恥ずかしくて動けなかった〟が事実だから言われても仕方ない気がするけれど、仕方ないじゃない? 男性にそんな姿晒すなんて本当あり得ないことだったのだし、あれは気構えでどうにかなるものではないと思うのだけど。

 叔母様は知らないことだから言い返すことができない……。それに言い返すと10倍くらいになって戻ってくる人だし、あんな真実なんて知られでもしたら10年くらいしつこく言い続けられそう。このままだといつまで経っても食事が終わりそうにないので、しおらしく申し訳ありませんと謝ることに決めた。

「それにあなた、いつまで経っても幼子の気分で大公閣下に頼るのはおやめなさい。はしたないことだわ」

「……申し訳ありません」

 心を無にして答えよう。もう自動応答モードでいいわ。

 やめなさいと叔母様はいつも言われるけれど、改善案なんてもの一切出てこないのは今までの経験からよく分かっていることだし。

「おや、私が彼女へ対して人に言えぬような下心を持ってるとでも言いたいのかな?」

 相変わらず神出鬼没なカイルはいつの間にか食堂の扉を通り抜けていたらしく、気付けば私たちの座っているテーブルへ近づいていた。声を張らなくてもよく響く、柔らかなテノールの言葉の矢が問答無用に叔母を直撃している。

「あっ……あら嫌だわ、閣下ともあろうお方が盗み聞きだなんて」

 叔母が慌ててカイルの言葉に返事をするが、重ね重ね不躾な物言いをする叔母の言葉に眩暈を覚えるわ。口を開けば失礼なことしか言えない仕様なのかしら……。

「盗み聞きとはずいぶんと人聞きの悪い。私は伯夫人に教えられた通りの時間に会場となっている食堂へ立ち寄ったに過ぎない。潜めてもいない夫人の声が私の耳に届いたことさえ卑劣な行為だとでも言いたいようだ」

 カイルといえばそんな不躾な言葉は気にもせずというように、口元に薄い笑みを乗せたまま叔母へ視線すら向けずに言葉を紡いでいる。いけないっ、朝から舌鋒ぜっぽうの鋭さが大全開だわ……。叔母の顔色がどんどん悪くなってる。

「カイル、そこまでにして差し上げて。さぁ、あなたも早く席に着いて食事にいたしましょう? ほら今日のサーモンも絶品よ。あなたも好きでしょう?」

 叔母の肩を持つ気にはならないけれど、機嫌を損ねさせると2人きりになった時また面倒なことが起こりがちなのよ……。カイルの気持ちは分かるのだけど波風立てたくないの。だからお願い、もう黙って、と祈るように声を掛ければカイルはぴたりと口を閉じ、いつものように私の向かいの席へ腰を下ろして給仕された料理に手を付け始める。

 爵位や立場も母以上に難癖の付けづらいカイルに不用意な発言をすれば先ほどのような鋭い舌鋒が無遠慮に飛んでくるからか、これ以上何か言われる前にという勢いで叔母もそそくさと食堂から出て行ったので、食堂の中に満ちていた緊張の空気も薄れ、ホッと息をついた。

「ああ、本当に美味しいな。リズの家のシェフの腕は本当に最高だ。我が家に招きたいくらいだよ」

 先ほどまでの張りつめていた重々しい空気をかき消すような明るい彼の声が食堂を満たすように響く。カトラリーを操る仕草も流れるように完璧な美しさで、気を抜くとそのまま見惚れてしまいそうになるのは困りものだわ。

 あとお願いだから、料理長を引き抜くとお父様が泣き出しそうだからやめてちょうだいね。

 そういえば聞きそびれたけど叔母様、なんのご用でいらっしゃったのかしら……? まあ我が家で夜会を開くなら、あの方がいらしても不思議ではないのでしょうけど……。

 詳しく聞いたところでありがたくもない話を聞かされそうだし、目の前の美味しい食事に集中を済ませたあとに考えましょう……と思っていたけれど。気まずさの発端だったカイルが目の前にいるからどうしても昨夜のことを思い出してしまって、他愛もない彼の声や挙動に胸は早鐘を打ち頬が熱を持ってしまう。叔母の小言を聞いていた時以上に料理の味が全く分からなくなったのは言うまでもなかった。


 ……せっかく早起きしたのに。ちょっと泣きそう。


◆◇◆◇◆


 朝食を終えるとカイルは大公家から来た使いと共に出かけてしまったので、一人のんびり仕事でも片付けていようとカイルを見送った正門から踵を返し自室へ戻ろうとしたところ……。

「エリザベスさん、ちょっといいかしら」

 ……と、背後から待ち構えていたように叔母の声が聞こえて足が止まる。

 父母もそろって仕事に出かけてしまったから誰にも助けを求められないので、覚悟を決め顔に笑みを張りつかせたまま振り返る。甲高く響く叔母の声が反響する室内は避けたいなと思ったので、中庭のあずまに案内してお茶を振る舞うことにした。

「……そういえば叔母様、本日はどのようなご用向きでいらっしゃったのですか?」

 特に話題が見つからないので結局朝に伺おうと思っていた事柄を質問すれば、叔母は大げさな仕草で口元に広げた扇を当て驚きの声を上げる。

「どのようなって……あらまあッ、いちいち説明しないと分からないのかしら? まったく、お仕事だけご立派では侯爵夫人なんて務まりませんのよ」

 没落まっしぐらだった現当主より断然務まってましてよ、口に出さないけど。

 だいたい務まるも務まらないも叔母様は伯爵家から嫁いでらしたご令嬢ですし、侍女として侯爵家に奉公していた経歴もないはず。関わったこともないだろう伯爵以上の高位貴族である侯爵家の内政・内情なんて触れたこともないのではないかしら? 何を分かってると思っているのやら……不思議なお方だわ。

「もうじきお茶会と夜会を開くのでしょう? まったく、そういう時は私に話を通しなさいと何度も言っているのに……そういうところがダメなのよ。サリーナ様もそうだけどあなたは特に、高位貴族としての自覚が足りなくてよ。栄えある王国の貴族としてどのような会を催せばよいのか、私が直々じきじきに教えてあげますからね」

 あー、やっぱりそれかー(棒)

 叔母様はロゼウェルから近い地方都市の街で暮らしている辺境伯家の家門の一つである伯爵家に生まれた方。そして私の父との縁談の話が持ち上がる寸前だったとか。王都に住まう貴族という立場に憧れていた叔母様は辺境の地で一生を過ごしたくないと言いながらも、王家に匹敵する莫大な財産と侯爵に準ずる辺境伯という地位は、虚飾に満ちたある意味貴族らしいものが大好きな叔母様にはそれなりに魅力的には映っていたらしい。

 だから我慢して婚姻してあげる代わりにと恩を着せて、結婚後は領地や事業の何もかもを全てお父様に任せ、ご自分は王都に別宅を購入してそこへ住まい、社交活動にいそしむつもりですらあったという。

 しかし、田舎の貴族の婚約者の成り手などいないだろうと考えていたのか、正式な申し出もせぬまま浅はかな皮算用してる間に父は母という才能あふれる女神と出会い、仕事以外は昼行燈ひるあんどんのようだった父はとんでもない行動力と積極性を見せながら自力で婚約をもぎ取ってしまった。

 辺境伯家に嫁ぐつもりで準備をしていた叔母の家からすれば、寝耳に水の出来事。娘の婚期を逃すよりはと父同様に婚約者が不在だった父の弟、つまり私の叔父様との婚約が成立したという話だった。

 婚姻して辺境伯家を離れる時、当時の辺境伯家当主だった私の祖父が叔父様へ所持していた子爵位を譲渡してくださったそうなのだけど、そのことも叔母様にとっては伯爵位の実家より爵位が落ちたと不服だったらしいわ。

 叔父様は学生の頃からその才を認められ、王宮の文官として召し上げられて王都の中心街で暮らせているから我慢されてるのだそう。

 そして貴族らしからぬ私の両親に代わって辺境伯家の尊厳を保っているのだとか。……誰も頼んでないのだけどね。まあ両親からすれば代わりにやってくれるなら願ったりかなったりな感覚なのだろうけど……。

 伯爵家と言っても地方領の家。後継者候補でもない末娘の二女で今は子爵夫人。社交に熱心ではあるけれど、高位貴族と対等な関係でのお付き合いはなさそうだ。数回、王都のお茶会で見かけた叔母の印象はそんなものだった。

「まったく、あなたも侯爵家に嫁いだにもかかわらず、夫を立てることなく騒動まで起こすなんて。私がせっかく侯爵家との縁談話を形にしてあげたというのに、恩知らずもいいところだわ。侯爵様からご令息の婚姻相手を探していると聞かされて、私には息子しかいなかったから代わりにあなたを紹介してあげたのに、あまり恥をかかせないでちょうだい」

 …………え?

 初耳なんですけど。私の縁談って叔母様が持ち込んだ話だったの?

 確かに……突然、事業でも所縁のなかったロッテバルト侯爵家から縁談が持ち込まれたのは驚いたのよ。ただあの頃は、父の仕事の手伝いを少しするくらいで王都のことなんて何一つ分かってはいなかったし、父がちょうど事業の足掛かりとするための伝手つてを探していた時期と被っていたから、そちらの繋がりだとばかり……。どうせ決まったことだから聞いても仕方ないって、家同士で決めた話だからと私も詳しく聞かなかったの。

 そのうえ、顔合わせでロゼウェルへやってきたアバンもあの頃はぶ厚い猫の皮を10枚くらい被ってたから、いい人そうだしこの人ならいいかとすっかりだまされてしまって。

 前の世界でも叔母様は叔父様と王都に住まわれていて、侯爵家の令息と縁談を結ぶ相手の相談をするような繋がりがあったのなら……。私がどんな冷遇を受けていたのかも知ることができたのではないの……?

 それとも知っていたうえで、知らぬふりをしていたのかしら。

 もう知るすべはないのだから考えても仕方ないのに、ようやく穏やかになりだした心が再びざわめきだしたようで苦しかった。


 それからあとは、叔母が私に何を言っていたのかも全く記憶に残らなかった。

 叔母は反応を見せなくなった私にいらち、甲高い声で怒鳴り散らしたあと立ち去ってしまったけれど、私は東屋から腰を上げることができぬまま、戻ってきたカイルが侍女の案内を受けて迎えに来てくれるまで、ただじっとそこに座り続けていた。

 私を見つけ駆け寄ってきてくれたカイルが心配そうに顔を覗き込んで『今にも死にそうな顔をしている』なんて呟くものだから、

「『今』じゃないわ」

 って思わず返してしまった。

 聡明な彼なら小さな違和感から私の秘密へ辿り着いてしまうのでは……と、あとで思い出してから少し不安になったのだけれど……。私の様子がおかしかったからいつもなら出てこないだろう私の返事も受けとめるように小さく頷いてから、「そう」とだけ返事をくれた。

 そして私が動き出せるようになるまで、そのまま静かに隣に座っていてくれていた。……でもどんな慰めの言葉より静かに寄り添ってくれている彼から力をもらえた気がする。……少しだけ彼が悲しそうに見えたのは、明るい夏の陽を遮る影色が濃いせいだったのかしら。


 それでも彼のおかげで日が高くなる前に元気を取り戻せた私は、カイルと共に屋敷の中へと戻る。執務室で冷たいお茶を飲みながらカイルが話を始めた。どうやら外へ出かけた用事はミリアさんの動向の確認と、監視をするにしても騎士では目立つだろうからと、そういう仕事に向いている者を大公家の方からわざわざ呼び出すためだったらしい。

「……それで、ミリアさんはどうなされたの?」

 彼の仕事と手間を増やしてしまった申し訳なさに眉を下げながら、一晩であのドレスの染みが抜けたとは思えずミリア嬢はホテルでどうしているのかと話を向けた。

 どうせあの状況では元通りになるとは思えないのだから染みが取れなくても別に責める気もないし、そのまま私に会うことなく旅行を終えて故郷へ戻ってくれても構わないのだけど……ただ悪いことに巻き込まれてないといいなと思った。旅の途中で出会ったユーリカのように、何者かの悪意で運命を曲げられることがないように願うだけ。

 彼女ユーリカの様子はマリアが気にかけてくれているから定期的に教えてくれる。ロゼウェルに着いてからは辺境伯邸の見習いメイドをこなしながら休暇の度に街へ出て求人を出している店を見て、話を聞いて回っているのだそう。

「ああ、報告では、何もせずに部屋の中で大人しく過ごしているらしいよ。今のところ訪問客もいないそうだ」

 カイルも私が騒ぎ立てる気のない今の状況では、ミリア嬢を追及しても仕方がない程度の考えなのだろう。あっさりとした報告をくれた。

「使用人を連れてきているわけじゃないのね……ドレスの染み抜きなんて、とても一人でできる作業じゃないし、あの生地の染みを抜くのを一人でしているとも思えないわね。というか、あの子一人でロゼウェルの街にいるのかしら」

 私の言葉にカイルが頷いて肯定してくれた。

「一応誘拐の可能性も考えてシーラ男爵家にも事情を聴くために使いを出したよ。今の時点では事件に巻き込まれているような様子もないし、これから起こる可能性も少ないと思う。外側では君の家の騎士たちが、内部から私の手の者が彼女を警護している以上危ない目にいようもないんじゃないかな。この街は治安もいいしね」

 シーラ男爵家は騒動のあとで邸宅に戻ってから、父に貴族名鑑を借りて調べてみたところ、確かに存在していた。

 ロゼウェルの街から馬車で半日ほどの距離にある、辺境伯領と隣接しているバイカル伯爵領にある町で暮らしているらしい。この距離なら気楽にロゼウェルへ訪れることはできそうだわ。

「ありがとう。いろいろ巻き込んでしまってごめんなさい」

 私が頼まずともあらゆる可能性を考えて手配をしてくれるカイルに感謝しながら、面倒ごとに巻き込んでしまったことを謝罪する。いつものように気にすることはないと言いたげな顔で微笑み返してくるから、それ以上の謝罪は飲み込ませてもらった。

 話が途切れたタイミングで侍女がお茶をれてくれたので、一息つくことに。目の前に置かれた時間をかけて抽出した水出しのアイスティ。それで喉を潤しているとカイルがついでのように言い出した。

「巻き込みついでに、君の叔母上のことも関わらせてほしいな」

「あなたが不愉快な思いをするだけよ? 叔母様はああいう人だから」

 というよりカイルに関わってほしくない、と思う。あの話を知った以上、叔母が傍にいれば、怒りと憎しみと嘆きに黒く染まった私の心をさらけ出してしまいそうだから。

「どうにかしておかないと、君をエスコートする邪魔をされそうだ。あれはどうにもデルフィーヌ夫人と君に対して当たりがひどすぎる。まるで自分こそが辺境伯家の女主人だとでも言いたげで不快なことこの上ない」

 まあ、確かにそう見えるわよね……。実際叔母は辺境伯夫人になるのは自分のはずだったと今も思っているようだもの。ただ、母にあれこれ言葉を投げてもぽややんとした柔らかな空気を何層にも重ねたような雰囲気のせいで叔母の言葉なんてほとんど届かないように感じる。

 関わる価値がないと判断した相手にはとことん興味が持てないようで、なんとも歯がゆいあの手ごたえのないやり取りは娘の私だってしたくない。あの対応をされて涙目になってる商会長を見たこともあるからなあ……。

「お母様は勝手にやらせておけば勝手に動いてくれるのだから、口から出る言葉なんて聞き流せばいいのよって素知らぬ振りよ。あのお2人にとって事業と社交の価値観は、天と地ほどの差があるわ」

 ……そうなのよ。私だってロッテバルト侯爵夫人としての社交と、家の事業、自分の事業とやってるけれど、事業と社交の比重は5:5、もしくは6:4くらい。両親はよくて8:2、本当は10:0を望んでるような方だもの。それだと貴族相手の事業で折り合いがつかなくなる部分が出るから、本当に最低限だけはどうにかこなしてる。

 両親2人にとっては叔母様が無料で請け負ってくれる感覚なのでしょう。本番当日は辺境伯夫妻も揃うから、叔母も好き勝手には流石に振る舞えないので今までは大丈夫だったけれど、美味しいところだけ横取りされたような状態を繰り返されている叔母が母たちにいい感情をいだくわけがないとも思う。

「相変わらず父上が2人いるような家庭だな」

 カイルが楽しげに呟きながら肩を震わせる。

「そんな家庭で、よく私がこんなに素敵な令嬢に育ったって思うでしょ?」

 奇跡じゃない、とおどけて見せると、カイルが瞬間真顔になって考え込んでから視線を上にそらせて肩をすくめて見せながら返事をくれた。

「…………そうだね?」

 ですって。ちょっと何、その間は。語尾に疑問符が付いていたのも聞き逃してないんだから! いつも背中がむず痒くなるような誉め言葉をその唇に乗せてくるのに、その能力を今披露しないでどうするの! こういう時にこそ発揮するべきでしょう。

 ぷう、と頬を膨らませてねて見せれば、やっと冗談だと謝ってくれた。

「もう、いいわ。叔母様のことは好きにすればいいと思うけどあとでとやかく言わないでね。できれば茶会や夜会の場で騒ぎを起こすのはやめてちょうだいな」

 叔母が大人しくしてくれていたらの話になりそうだけど、叔母にだってその程度の分別はあると願いたいわ……。

「そりゃ、私にだってそのくらいの分別はあるさ。でも当日まで置いておくのも業腹だ」

 そうなのよね……、でも何かやらかしてくれないと王都に戻れとも言えないし。

「今までは準備だけ頑張ってくれるようなものだから放置していたようなものだけど、今日の叔母様の様子を考えるとなんだか不安が残るわ」

 私が嫁ぎ、侯爵家との繋がりができて初めての社交の場になる。叔母は両家を結びつかせた功績が自分にあると思い、さらには辺境伯家だけでなく侯爵家の前当主夫妻も叔母の後ろ盾となったと思っている可能性はある。そして、女は婚家に従うものという凝り固まった思考のまま振る舞うなら……。

 言葉にしづらい、直感的な不安が心の中に湧き出す。

「あ、こんなのはどうかな?」

 カイルが悪戯いたずらっ子の顔でこんな提案をし始めた。

 両親に頼まれた日から茶会の準備は私の手で進めている。でも叔母の登場で叔母式のお茶会を押し付けようと茶々が入ることも予想がつくので頭が痛かったのだけど……。

「君の茶会と叔母上の茶会、どちらが優れているのかプレゼンしてみないか? コンセプトから茶葉や菓子の選定、招待客の選定に、ホストの衣装と比べるものには事欠かないし。不適格だとはっきりさせれば、多少はおとなしくなってくれるかもしれない」

「……そうね。今回は私もいるし、カイルだって手伝ってくれるのでしょう? 叔母の手を借りる必要はないのよね。でも不利な判定を下しても叔母を納得させられる方を探すのは大変そうよ?」

「……うーん、そうだなあ。じゃあこの国で最も公平な人間を招こうか」

 ちょっと知り合いに声を掛けてくる、と言いたげな軽さでそんなことを言うから思わず頷きそうになったけど。

「陛下を呼び出したりしちゃダメよ!??」

「えー……」

 ……残念そうな顔しないで! そういう問題じゃないの!

「あなたみたいに早駆けで来ていただくわけにいかないでしょ、お年を考えて差し上げて!」

 と、返したら。

「君もたいがいだ」

 と企みに巻き込むことはとがめないのかと大笑いし始めた。