いやこれ……反応に困るぞ。

必死なのは伝わってくるんだけど、生死に関わるとかではないし。どうしたものか。

「まあ、そうだったの!」

しかし、意外にもティトが身を乗り出した。

「小さい頃から一途に想い続けるなんて、とても健気だわ。ああ、ロマンチック! ゼニスお嬢様、助けてあげましょうよ。何か仕事を割り振って、授業料の代わりにすればいいじゃないですか」

「簡単に言うね。仕事って言っても、一年生でしょ。まだ魔力操作もできないよね。ただの十一歳の子に振れる仕事なんて、特にないよ」

魔法学院の一年生は、魔法語を学んでいる途中。魔法の実践は二年次から始まる。

だから冷たいようだが実際、仕事はない。そして誰にでも施しが出来るほど、私の心も財布も余裕はない。

「それに軍に入ってお兄さんを追いかけるって言うけど、軍人になれば自動的に同じ配属先になるわけじゃないよね。国軍の管轄は広いよ、首都の周辺から属州の辺境まである。それはどう考えてるの?」

「ちゃんと調べました。軍に入る時点で結婚していたら、夫婦として同じ場所になるよう配慮してもらえるんだって」

と、ミリィ。

魔法使いは人数が少なくて貴重だから、そういう配慮もあるのか。

ていうか、軍人は除隊するまで結婚禁止だったような気もするけど、そこらも特例なんだろうか。魔法使い強いな。

私はさらに言ってみる。

「でも結婚してたらでしょ? ミリィまだ十一歳だよね。来年、お兄さんが入隊するんだよね。十二歳で結婚は無理じゃない?」

ユピテルの成人は十七歳だが、女性は十五歳程度で結婚する人もいる。でもさすがに十二歳は厳しい。

「それも調べたわ。入隊から三年経ったら、一度まとまった休みが出るんだって。それでお兄ちゃんが里帰りしたら、その時に結婚するの。……既成事実を作ってでも!」

「まあ!」

ひえぇ!

ティトは頬を赤らめたが、私は背中がヒュッとなった。十一歳にして恐ろしい子……!

年齢イコール恋人なしの私にはとても真似できない。

入隊後三年ってことは、今から四年後。ミリィ十五歳。ううーん、ギリいけるといえばいける。

いやぁ、ここまで聞くと力を貸してあげたい気がしてきた。思ったよりもしっかり、計画の目算を立てているみたいだから。

とはいえ、今の私はフェリクスの看板を背負っている。ミリィは真剣に悩んだ末に私のところに来たのだろうが、軽々しく前例を作ってしまうとただのタカリや群がりに対処が難しくなる。

どうしようか。何かヒントはないかと聞いてみる。

「そういえばミリィ、あなたのおうちは商売してるの?」

「エールの醸造と酒場をやってる。でも最近、お客さんが冷たいワインの方に行っちゃって、売れ残りが多いの」

おっと、それ、私も関係していますね。

それでエールか。ビールのことだね!?

「へえ、エールを造ってるんだ。ワインばかりのユピテルじゃ珍しいね」

「うちはノルドの移民だから。あっちじゃエールが主流なの」

ノルドは北西山脈の向こうに住んでいる民族。部族がいっぱいあって、群雄割拠状態でいる。部族全部をひっくるめてノルド人という。

シリウスのご先祖と同族だ。確かに、ミリィもきれいな明るい金髪に緑の目をしている。色素が薄めなのはノルド人の特徴だ。

そして、エール。ビール。

私は前世、お酒はビールが一番好きだった。居酒屋行ったら「とりあえずビール」と昭和の親父のような頼み方をしたものだ。

クリ○アサ○が家で冷えてると思えば、深夜の残業も頑張れたのだ! アイスと並んで私の癒やしである。

「よし、分かったよ」

私は重々しく頷いた。

「弟子は取ってないけど、お金の問題は何とかしてみよう。一度、ミリィのおうちに行っていい?」

「…………! ありがとう! いつでもいいよ!」

こうして明日、ミリィの家を訪ねることになった。

一途に恋する少女は応援したいではないか。決してビールが飲みたかったからではない。


ミリィの家はユピテルの貧民街近く、平民の中でも比較的貧しい人々が暮らすエリアにあった。

行き先の治安があまり良くないからと、ティトの他に使用人と奴隷が護衛についてきてくれた。

その他の場所と同じく五~七階建てのアパートが立ち並んでいるが、石造りが一階部分だけだったり、あまり造りが良くない。表通りの建物ならばきれいに塗られている漆喰しっくいも、ところどころひび割れて剥がれている。全体的に薄汚れた雰囲気だった。

ミリィの家はその一階部分にあった。中くらいの太さの路地に面した小さな酒場兼、住居だ。酒場も兼ねているから、住居としてはかなり狭い。

「氷の魔女様、娘がわがままを言ったようですみません」

私が挨拶すると、ミリィの両親は恐縮していた。夫婦ともノルド人らしい金色の髪に色の薄い瞳の人たちだ。

「いえ、私が来たくて来たんです。あと氷の魔女はやめて下さい。ゼニスと呼んでもらえると嬉しいです」

慣れてきたとはいえ、やっぱりその二つ名は落ち着かないよ。誰だよ定着させた人。ティベリウスさんか?

リウスさんといえば、昨日のうちに私がミリィの家を訪れてエールの可能性を探る話をしておいた。話が進んだらまた報告する予定だ。

さっそくエールを見せてもらう。こじんまりしたお店に似合う、小さい樽に詰められていた。

木製のジョッキに注いでもらって、一口。

ユピテルでは子供の飲酒も禁止ってわけではないが、アルコールの摂り過ぎはよくないだろう。ここは味見程度にしておく。

……うん。あんまり美味しくない。

ぬるいし、雑味も多い。炭酸はごく弱くて喉越しもいまいち。

私がぱっとしない表情でジョッキのエールを見ていたら、ミリィのお母さんが言った。

「口に合いませんか」

「……ちょっと思ってたのと違いました」

「故郷がある北西山脈のふもとでは、もっと美味しいエールができたんです。ユピテルは水が濁っているし、暑すぎるから」

そう言ってからはっとしたように、「すみません、ユピテルの悪口を言うつもりはないんです」と付け加えた。

移民のノルド人は肩身が狭いんだろうな……。

私はうなずいてみせた。

「なるほど。おいしいお水と涼しい気候がエールには大事なんですね」

「はい。山の雪解け水で仕込んで、山から吹き下ろす風のもとで熟成させたエールは、とってもおいしいですよ。ノルドではエールは家庭で造ります。主婦の仕事なんです」

「妻のエールは村で、いいえ、あの一帯で一番と評判でした。支族のいさかいに巻き込まれて故郷を追われた時も、このエールがあればどこででも生きていけると思っていたのに」

お父さんが眉尻を下げている。

ユピテルがワイン主流でエールが蛮族の酒扱いされているのは、民族性もさることながら、気候による品質の違いも大きそうだ。

ユピテル本土はワイン用のブドウ栽培に適した土地がたくさんある。

一方、エールの原料となる大麦は冷涼な気候で育つ。涼しい地方属州産が多いわけだ。首都ではさほど品質がいいものは手に入らないだろう。水や気候も然りだ。

どうしたものかと考えながら、エール造りの様子を見せてもらった。

水を含ませて発芽させた大麦を砕き、一時間ほど鍋で煮る。温度が上がりすぎないように、かき混ぜながら弱火にかける。

それから漉し器で濾過ろかして、麦芽などを取り除く。

さらに何種類ものハーブを混ぜ合わせて投入。あとは数日置いておくと若いエールになる。

その後は好みで七日程度熟成させて、完成。

ビールにおなじみのホップというものはないらしい。その代わりにハーブ類を入れているようだ。

「ハーブの種類や組み合わせで風味が変わります。腕の見せどころですよ」

ミリィのお母さんはそう言って微笑んだ。

しかし、ホップがないのは無念だな。カカオ豆もそうだけど、前世には当たり前にあったものが足りなくて不便である。

そのうちプラントハンターのチームを組んで各地に派遣するべきかもしれない。いよいよ本当にキイと相談して、南部大陸の奥まで行ってきてもらおうかな?

そして今回はワインの時のように、冷やすだけで劇的変化とはいかない。

でもでも、この程度で美味しいビールを諦めてたまるか。

いや違った、ミリィの一途な恋を諦めてはいけない、だった。

私が腕組みして考えていると、入口の方で声がした。

「親父さん、今日の分の大麦を持ってきた」

「ああ、ありがとう。こっちに置いてくれ」

見れば、十代半ばくらいの少年がズタ袋を肩に担いでいる。焦げ茶の髪に同色の瞳の、よく日に焼けた人だった。色彩や顔立ちからして彼はノルド人ではなく、ユピテル人だ。

「ガイウスお兄ちゃん!」

ミリィが飛び上がって彼に駆け寄った。

「ゼニスさん、この人がお兄ちゃんよ! 素敵なひとでしょ!」

「ミリィ。やめろ」

ガイウスはぶっきらぼうに言ったが、ミリィを邪険にしている様子はない。

お互いに軽く自己紹介すると、ガイウスは私が貴族ということに面食らったようだった。

彼はあまり喋らず、すぐに「次の仕事があるから」と店を出ていく。

私はガイウスを追いかけ、店を出た所で話しかけた。

「ガイウスさん」

「さんはいらない」

「じゃ、ガイウス。私、ミリィに頼まれてここに来たんだ。……軍に入隊するのと、結婚の件で」

「…………」

後ろを振り返るが、ミリィは店の中にいる。小声で喋れば聞こえないだろう。

「ミリィはあなたと結婚したいと言っていたけど、ガイウスの気持ちはどうなのかなって」

もしこれがミリィの一方的な片思いなら、私は手を貸すべきじゃない。確かめておかないと。

ガイウスは表情を変えず、しばらく黙ったままでいた。ちょっと不安になりかけた時、ようやく口を開く。

「別に、嫌ではない」

お?

「私はミリィに協力してあげたいと思ってる。それでいい?」

重ねて問うと、彼はまたしばらく黙った後に、言った。

「あいつは、今はまだ妹のようなものだが。俺を好いてくれる気持ちは、嬉しかった。だから、よろしく頼む。いや……貴族にそんな口のききかたはいかんな。どうか、お願いします」

「──了解!」

日焼けした頬がうっすら赤くなっているのを見て、私はうなずいた。そういうことなら任せておきなさい。

二人の幸せと私のハッピービールライフの一挙両得といきましょう。


それからの私はバリバリ働いた。

まず、ティベリウスさんに掛け合って水質の良い土地の別荘を借りた。ユピテルから徒歩で数日の位置にある、山あいの避暑地だ。

次に白魔粘土を何日か吐く寸前まで頑張って作って、余剰分をもらってきた。それを大きな箱の内側に張って、大型冷蔵庫もどきを作る。

同時にノルド産の大麦を手配した。届くまでに少し時間がかかるが、それは仕方ない。

ミリィの両親にお店を一時休業してもらって、別荘に滞在させた。お店は閑古鳥が鳴いていたから、構わないとのことだった。

別荘の良質な井戸水と冷蔵庫もどきの安定した低温を使い、エールを造ってもらう。

ついでに別荘の比較的涼しい常温でも造ってもらおう。

前世、ビール好きだった私は多少の知識がある。十度以下の低温で熟成すると下面発酵と言って、いわゆる前世ののど越しスッキリなビールになるのだ。

十五度以上だと上面発酵のビールになる。こちらは豊かな香りと味わいが楽しめる。

低温の下面発酵がラガー、高温の上面発酵はエールと呼ぶんだったっけな。

それぞれ発酵や熟成の期間が多少違ったはずだが、そこはエール造りに精通したノルドの民。ミリィのお母さんは心得ているとのことで、任せた。

そうして、約一ヶ月後。夏は終わっても、まだいくらかの暑さが残る初秋の季節。

出来上がったラガーとエールを小ぶりの樽に詰め、ユピテルのフェリクスのお屋敷まで運んでもらった。

大きな氷の樽でキリッと冷やしてグラスに注ぎ、いざ!

「なんてこと。おいしいわ」

最初は「蛮族の飲み物でしょ」と難色を示していたオクタヴィー師匠が、目を丸くしている。

「炭酸ののど越しで騙されそうになるが、酒精はそれなりに強いね」

と、ティベリウスさん。彼はラガーが気に入ったようで、もう一杯目のグラスを干してしまった。

ワインを水割りで飲むのに慣れているユピテル人としては、ビールのアルコールは強く感じるんだろうね。

「シャダイ教では、ぶどう酒の飲酒に制限があるのです。麦から造った酒であれば、気にせずに飲めます」

これはヨハネさん。実はお酒好きだったらしく、嬉しそうだ。

私もラガーとエールを一口だけ飲んで、口当たりと喉を滑る感触を楽しんだ。子供の舌にお酒はちょっと苦い。美味しく飲める大人になるのが楽しみだ。

「このエールに合う料理は……食材は、スパイスは……」

ぶつぶつ言ってるのは料理長だ。彼の頭の中では、さっそく色んなレシピが組まれているみたい。

「蛮族のイメージを払拭できれば、新しい商品になりえると思うんです」

私が言うと、皆がうなずいた。

ティベリウスさんが二杯目のラガーを持って言う。

「これも氷と冷蔵の力で造った酒だからね。フェリクスの事業の一環として、支援を行おう」

「ありがとうございます……!」

ミリィの両親が深々と礼をしている。この美味しいエールには、ノルド人である彼らの協力が欠かせない。頑張ってもらわないとね!


あとは安定した生産確保と、悪いイメージを覆さないと。

でもそれも時間の問題だと思う。特に悪いイメージの方は、美味しいもの好きで異文化に抵抗が薄いユピテル人なら、けっこうすぐ馴染んじゃうのではないかな。

エールが軽んじられていたのは、品質が悪いっていうのが大きかった。

ワインとの競合は一部起きるだろうが、そこまで深刻にならないと予想している。

というのも、ワインは常温で長期保存ができるからだ。すぐに腐ってしまう水の代わりに、軍や隊商などで大量に使われている。

ビールの保存性はあまり高くないので、この点の競合はない。

白魔粘土はまだまだ供給不足で、そうそう使えないし。

というわけで。

ユピテルの暑い夏と公衆浴場の熱気で温まった体に、冷えたエールをぐいっと一杯。

お好みでアイスもかき氷もある。もちろんワインでもいい。

ふへへ、ばっちりじゃないか。早く大人の体になって、エールの苦味をウマイと感じたいわあ。


こうして私の未来のビール愛飲生活は保証されて。

ミリィは魔法学院での勉強を継続し、若い恋人たちの幸せな将来は途切れずに続くこととなった。

めでたし、めでたし。