閑話 ミリィと麦酒
アイスクリーム大爆発事件(主観)から、また少しの時間が過ぎた。
夏の残暑が続く中で、私たちはいつも通りに過ごしている。
六月のティベリウスさんの結婚式が終わってから、アレクは一人で寝るようになった。
四月は私が不在で寂しい思いをしたようだ。そのため五月は毎日一緒に寝ていたけれど、ついに卒業してしまった。
お兄さん役のハミルカルの存在も、いい転機になったのかもしれない。
あの子の成長は嬉しいけど、ちょっぴり寂しいなあ。
アレクとラスはいつも仲良し。
勉強ができて秀才タイプのラスと、活発で運動が得意なアレクは、お互いに良い刺激になっているようだ。
今はさらにハミルカルが加わって、三人で仲良くしているよ。
話は変わって。本日の魔法学院での講義を終え、私が研究室に戻ろうとした時のことである。
「あなたがゼニス先生? 氷の魔女の」
廊下で呼び止められた。
氷の魔女はなぜかすっかり定着してしまったので、もう諦めている。そのうちどっかの山に氷の城を作ってやるわ。
振り向くと、私と同じくらいの年頃の女の子が立っていた。身なりは質素で、裕福な学生が多い中で少し浮いている。金髪に緑の目の、お人形さんみたいに可愛い子だった。
私は今、十歳。学院に入学した七歳の頃から三年経ったが、それでもまだ周囲は年上ばかりだ。
なので同年代に見えるその子は新鮮に映った。
「はい、そうですよ。学生さんですか? 何かご用ですか?」
つい、教師仕様の丁寧口調で答えてしまった。同年代相手だからタメ口でよかったかな。
するとその子は、急に床に跪いた。
「私はミリィ・ヘルウェといいます。お願いです、ゼニス先生! 私を弟子にして下さいっ」
「え? え?」
廊下の途中で突然、他人から最上級の礼を取られ、私はうろたえた。
慌ててその子の腕を取る。
「とりあえず立って。そんな姿勢をされても、困っちゃうよ」
「お願いです、弟子にしてくれるまで立ちません!」
なんでや!
それからも立って、立ちません、と押し問答していると、すぐ先の研究室のドアが開いてティトが顔を出した。
「大きな声を出して、どうかしましたか?」
「ティト、助けて! この子が立ってくれないの!」
「はあ?」
経緯を聞いたティトは、ミリィの横にしゃがんで言った。
「とにかく、部屋の中に入って下さい。そんなところにうずくまっていたら、通行の邪魔ですよ」
「うう……」
邪魔と言われて、ミリィは渋々立ち上がる。
その腕に触れて私は言った。
「話、聞くよ。ティト、お茶を淹れてくれる?」
「はい」
うつむいたままの彼女を促して、私たちは研究室に入った。
「さっきはごめんなさい。他にいい方法が浮かばなくて」
冷たい麦茶を飲んで、ミリィは落ち着いたらしい。ぽつぽつと事情を話してくれた。
「あたしはこの学院の一年生です。入学して半年くらい。どうしても魔法使いになりたくて、親に無理を言って入学したの。でも最近、お父さんの商売がうまくいってなくて、お金がなくて……。授業料が払えないんです。このままじゃ退学になっちゃう。だから氷の魔女の弟子になって、お金を稼ぎたいんです!」
「ミリィのおうちの事情は分かったけど、どうして私の弟子になるなんて言い出したの?」
この子とは初対面だ。いきなり弟子入り希望されてビビったわ。
「だって、みんな言ってます。氷の魔女は新しい商売を考えて、お金持ちだって。それに貴族なのに平民にも心を配る、優しい子だって」
はぁ~~? なんじゃね、その謎の評判は。
またティベリウスさんあたりが変な噂を流したのか? 勘弁してほしい。
ティトがこそっと耳打ちしてくれた。
「ティベリウス様に掛け合って、マルクスと彼のお母さんを助けてあげたでしょう。あの一件が美談になってるんですよ」
「そりゃ知らなかった」
ミリィは麦茶のカップを握りしめながら続ける。
「あたしは平民で、まだ十一歳の子供だから、お金だって自分じゃろくに稼げない。でもあたし、どうしても魔法使いになりたいんです!」
お、一コ上か。同い年ではないが、同年代だね。
魔法使い志望の同年代の子だから、できれば助けてあげたい。でも誰も彼もを援助するわけにはいかない。もうちょっと話を聞かないと。
「ミリィはどうして、魔法使いになりたいの?」
「軍隊に入るためよ」
あれ? なんか、予想外の答えが来た。
確かに国軍は男性、それも十七歳の成人を迎えた男性しか入隊できない。ただし例外は魔法使いだ。魔法使い枠であれば、女性も軍人になれる。
「どうしてまた、軍隊に?」
「それは……」
ミリィはカップを持った指をもじもじと組み合わせた。
「お兄ちゃんを追いかけるためです」
「お兄ちゃん?」
「あたしの憧れの人です! 近所に住んでいる五歳年上の人で、小さい頃からずっとずっと大好きだったの。いつか必ず、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだって決めてた。でも、お兄ちゃんの家も貧しいから。軍に入って、実家に仕送りするんだって言って。来年、十七歳の成人を迎えたら、すぐに軍に行っちゃうんです! だから私も魔法使いになって、軍に入って、お兄ちゃんを追いかけなきゃ!!」
ミリィは宝石みたいな緑の目に涙を溜めている。