閑話 ゼニスのお料理教室・極

ティベリウスさんの結婚式が終わって、一ヶ月ほど。そろそろ夏も真っ盛りである。

今年の夏もお店でかき氷を出している。

マルクスが工夫してドライアイスを使わずともかき氷を作れるようにしてくれたので、私はすっかりお役御免となった。

ちょこちょこ手伝うくらいで、去年に比べるととても楽をしている。

魔法使いの雇入れも徐々に増やしている。今後は魔法学院を卒業したばかりの新人も確保する予定だ。


さて、時間に余裕がある以上、やらねばならないことがある。

究極にして至高のアイスの追究だ!

披露宴のアイスクリームアートは、味付けを料理人たちに頼った。あの時はそれで正解だったと思う。

しかし、どうせなら自分でやりたいではないか。

料理人にいろいろ教わったおかげで、私だって食材とスパイスに詳しくなったのだ。今なら絶対、いいものが作れるはずだ。

「というわけで、アイス作りに再チャレンジしようと思うの。完成したら試食をお願いね」

試食メンバーはティト、アレク、ラス、ハミルカルである。マルクスは夏が繁忙期なので、時間が取れなかった。ヨハネさんやオクタヴィー師匠も誘ったのだが、気を使わず子供だけで楽しくやりなさいと断られてしまった。

まあいいや、自信作が出来たら彼らにも持っていこう。

「またアイス食べられる! やったね!」

「結婚式が終わったら、試食できなくて残念だったんです」

アレクとラスのちびっこ組が喜んでいる。

「ゼニスお嬢様のアイス、俺もいただいていいんですか」

ハミルカルが言う。ティトも機嫌がよさそうだ。

一時期はおやつが毎日アイスだったけど、みんな飽きずに食べていた。試作品だったから、毎回味が違ったのが良かったのかも。

「よしよし、期待していなさい。ティト、手伝ってね」

張り切って厨房に行く。こうして私のアイスクリーム道が再開した。


「アイスクリーム、おいしくなぁれ♪」

私は上機嫌で自作の歌を歌いながら、基本のアイスを作っていく。

「山羊のミルクはおいしいミルク

めぇめぇ山羊さんありがとう

ふわふわホイップ生クリーム

卵も入れて魔法を一つ

これでアイスの素になる♪」

なお、魔法とは殺菌消毒こと微生物滅殺魔法のことである。

衛生問題もあるので、アイスクリームのレシピは今のところ秘伝扱い。外部流出はない。

卵を加熱するレシピなら、販売向けに公開してもいいかもね。

次に種々のスパイスの箱を取り出す。試作用に料理人たちが小分けにしてくれたのだ。

「何入れよう、何入れよう♪

まずはさらっとサフランを

鮮やかイエロー、東の香り♪」

サフランを入れて混ぜると、きれいな黄色が出てくる。エキゾチックな香り。

「次に、次に何入れよう♪

クミン、クミン、みんなのクミン

はくしょん、胡椒

それから秘密の蜂蜜を♪」

ラップ調の即興歌詞も絶好調。

蜂蜜と胡椒の組み合わせはユピテルでは定番。甘辛いおつまみによく使われる。

「それから、それから何入れよう♪

くんくん臭いよ、ニンニクくん

俺がいるぜ、オレガノだ

聖人君子の、セージさま♪」

「ゼニスお嬢様、種類が多過ぎじゃないですか?」

色々と入れていたら、ティトが不安そうに言った。

「大丈夫、大丈夫! いっぱい入れた方がおいしいよ。味はハーモニーだからね」

私は自信たっぷりに答えた。複雑な味が絡まり合ってこそ、究極と至高に届こうというもの。

本当はチョコも入れたかった。隠し味と言えばチョコではないか。

カカオ豆、どっかに自生してないかな。コーヒーや紅茶の木も見つかると嬉しいんだけどなあ。

「まぜまぜ、練るねる~♪」

黒砂糖も入っているせいで、色がちと黒っぽいな。

もうちょいサフラン入れるか。

「あっ」

サフランをひとつまみ入れようとしたら、手が滑ってざばっと山盛り入った。……まあいいか!

おっとそうだ、クルミとヘーゼルナッツを忘れるとこだった。砕いて入れよう。

「それから、ウニも入れちゃう!」

「ウニ!?

冷蔵運輸のおかげで、隣の港町の魚介類が新鮮なまま運ばれてくる。ユピテル人はウニも好物だ。こういうところ案外、日本に似ている。

「どうしてウニを!」

ティトが叫ぶように言った。

前世でそういうアイスがあったんだよ。北海道でカニとウニのアイスがあるの。

私は食べたことないけど、普通に売っているくらいだからおいしいと思う。

前世の話は説明できないのが残念だ。

「ガルムも垂らしておこう。ウニにぴったり」

ガルムは魚醤ぎょしょうだ。大豆のお醤油とは風味が違うが、塩味でユピテル料理には欠かせない。ちょいとクセのある香りで、海産物とよく合う。

おや、また色が黒っぽくなってしまった。えーと、食用バラの白い花びらを入れてアレンジしよう。香り付けにもなっていい感じ。

「よし、完成!」

「…………」

私が意気揚々と言ったのに、ティトは黙ったままだった。

「あとはかき混ぜながら凍らせる、と。ラスたちと遊びながら待っていよう」

最近のあの子たちは、お馬ごっこがブームらしい。

棒の片方にもう一本棒を結んで馬の頭に見立て、またがって走り回るのだ。

頭の部分に藁を結わえて本物っぽくしたら、大好評だった。

彼らは今、七歳。もう少し大きくなったら、本当の乗馬を習う予定である。

十歳のハミルカルが加わったので、彼と一緒に体育館スタディウム通いをしてもいいかもしれない。体育館は町のあちこちにあって、ユピテルの青少年の運動場になっているのだ。

そして数時間後、究極を目指すアイスクリームが完成した。

容器からお皿に盛ると、茶色かったり黒かったり妙な色合いである。おかしいな、きれいな色になるように調節したのに。まあいいか。

お皿の上に盛られた見慣れない色のアイスに、アレクとラスは固まっている。ハミルカルとティトも無言である。

おや、今、アレクがティトを見た。彼女は首を振っている。

「姉ちゃん、俺さ、宿題があるからもう行かなきゃなんだ。な、ラス?」

「えっ? そ、そうですね」

「じゃあ食べてから宿題やりなよ。すぐ食べられる量でしょ」

「…………」

「………………」

妙な沈黙が漂う。なんでや。

しばし後、決意を込めた顔でラスがスプーンを握った。アレクが焦ったように止める。

「やめろ、無理すんな。死んじゃうよ!」

「いいえ、ゼニス姉さまがせっかく作って下さったのです。食べないとシャダイ男子の名誉に関わります」

「ラス王子! お気を確かに!」

ハミルカルが青ざめている。アレクは拳を握りしめた。

「ラス、お前、そこまで……っ!」

なにそのやりとり……。

ラスが緊張みなぎる眼差しでアイスをすくう。するとそのスプーンをティトが取り上げた。

「ラス殿下、失礼します。ゼニスお嬢様。まずはご自分で食べてみて下さい」

差し出されたスプーンを受け取る。ティトの圧がすごい。

仕方なく一口、ぱくっと口に入れて。


その時の私の心象風景は。

火山噴火もかくやという大爆発が巻き起こり、私はそれに巻き込まれて宙を舞っていた。意識が吹き飛びそうになり、魂が半分幽体離脱したような気分になった。

そのくらいすごかった。

すごく……マズ……かった……。

「姉ちゃん!」

「お嬢様!?

「ゼニス姉さま!!

耐えきれず、床に崩れ落ちた私は皆をたいそう心配させ。

その後、半永久的な料理禁止を言い渡されたのだった。

ティトいわく「結婚式のアイスの味付け、料理人に任せて正解でしたね。お嬢様がやっていたら大惨事でした」。

基本のアイスはあくまで基本に忠実に、アレンジしないで作ってたから、こんなことにはならなかったのだ……。


食材を無駄にしてしまって、とても申し訳ない。

究極にして至高のアイスクリームは、来世までおあずけのようだ。