結婚式と披露宴
今日はティベリウスさんの結婚式。とうとうこの日がやって来た。
数日前からお屋敷はバタバタと忙しい空気に包まれて、皆がそわそわしていた。
まずは結婚式にあたって、ティベリウスさんは親族や使用人、奴隷を引き連れて新婦の家へ向かう。
オクタヴィー師匠と私もついていったよ。ティトはフェリクスのお屋敷の準備に人手がいるので、来なかった。
ティベリウスさんはユピテル男性の正式な衣服であるトーガをまとっている。色は白で、結婚式にふさわしい堂々とした装いだった。
ユピテルでの結婚の儀式は、まずは新婦の家で行う。神殿とか教会ではないのだ。
古い時代には神殿で行っていたと聞いている。最高
パン、つまり小麦は国家を支える重要な象徴。パンを夫婦で分け合うのは、国家の最小単位である
でも現在では、そのやり方を選ぶ人は誰もいない。結婚は神に誓うというよりも、人と人との契約であるとの意味合いが強くなっている。
だから神殿ではなく新婦の家で、立会人も友人や親戚なのだった。
新婦リウィアさんの家は、ユピテルにいくつかある丘の上に建っていた。
大貴族であるフェリクスのお屋敷に負けず劣らず立派な建物で、
玄関から入ってすぐに、アクアリウムという天窓付きの貯水槽スペースがある。このへんの造りはユピテル建築としてごくオーソドックスなもので、フェリクスのお屋敷と同じだね。
そして、花やリボンで飾り立てられたアクアリウムの奥で、新婦と家族が待っていた。
花嫁のリウィアさんは、薄オレンジ色のストラの上にたっぷりとした白いヴェールを垂らしている。ドレープが何重にも重なって、優美なラインを描いていた。
ヴェールは上品な透け感のある布だった。きっとあれは絹だ。ハンカチ一枚で庶民のお給料が飛ぶやつ!
私が内心でヴェールの値段を計算していると、ティベリウスさんが花嫁に歩み寄った。
新郎新婦とそれぞれのお付きの人で挨拶を交わした後に、結婚式の儀式が始まる。
まず、三羽のニワトリが籠に入れられて持ってこられた。どれも真っ白な羽の雄鶏だった。
「偉大なる主神ユピテルよ。我らが婚姻の先行きがいかなるものか、啓示を与えたまえ」
ティベリウスさんが言う。
するとニワトリが床に放たれて、小麦の粒が撒かれた。ニワトリはさかんについばんで、勢いよく小麦を食べている。
「まあ、よく食べること。私たちの結婚は、ユピテルとユノーの夫婦神が祝い給うているのですね」
と、リウィアさん。緊張しているのだろう、ちょっと棒読みである。
ニワトリを使った占いは、ユピテルではごく一般的な手法。個人であれば結婚や大きな事業を始める際、国家であれば戦争などの吉凶を占うために使われる。
こまごまとした占いは他にもたくさんあって、ユピテルには『
なお、占いは出来レースが多い。このニワトリたちも何日か餌を抜かれていたのだと思う。ガツガツという表現がぴったりの食いつきだもん。腹ぺこニワトリだ。
ユピテル人は占いを気にするくせに、結果が吉と出ればそれでいいみたいなところがあって、不思議な民族である。
「私、ティベリウス・フェリクスと、リウィア・ドルシッラ・プルケルは、本日この時より夫婦となることを宣言する」
「ティベリウス様がガイウスであるところ、私はガイア。結婚を宣言します」
ティベリウスさんの言葉に続き、リウィアさんも言った。この言い方も定型句であるようだ。
彼は金の指輪を取り出して、まずは自分の指に嵌め、次に花嫁の左の薬指に嵌めた。
「……ゼニス」
ポケーっと二人に見とれていたら、オクタヴィー師匠に脇腹をつつかれた。
はっと我に返る。いかんいかん、私にも役目があるんだった。
私はテテテッと前に出て、新郎新婦の手と手を取って握り合わせた。
これは未婚の少女の役割だ。前世で言えばブライズメイドみたいなものだろうか。
おめでとう、と心を込めてぎゅっと手を握ったら、花嫁さんがヴェールの向こうで微笑んだ気配がした。
その後、アクアリウムの貯水槽の前に石の台が運び込まれた。
何だろう? と思っていたら、次は仔牛が引き出された。角に銀箔を貼って飾られている。
仔牛が石台の上に横たえられ、奴隷の人たちが押さえつける。
あ。やばい、嫌な予感がするぞ。
「主神ユピテルよ、我が国を守り給いし神々よ。この獣を犠牲に捧げます。どうか我らの門出と末永い繁栄を見守り下さい」
ティベリウスさんが詩を読み上げるような口調で言うと、立会人の一人が進み出た。手には大きなナイフを持っている。
彼はナイフを振りかぶると、正確に仔牛の首を突き刺した。
悲鳴はろくに上がらなかった。
血しぶきもほとんどない。よく見ると石台には溝が造られていて、血はうまい具合にそこを流れて行っていた。
「…………」
そう、血の流れる様子をよく見てしまったのである。
グロ耐性が低い私は血の気が引くのを感じた。が、めでたい結婚の儀式で倒れるわけにはいかない。必死で足を踏ん張った。
「ゼニス、大丈夫?」
オクタヴィー師匠が呆れている。彼女は大貴族のお嬢様のくせに、神殿の儀式などで慣れているせいで平気のようだ。ずるくない?
ついでに言うとユピテルにおいて牛はお肉やミルクの家畜ではなく、農耕のパートナーであり神々に捧げる犠牲の獣なのである。牛は農村で大事な財産なのだ。
私はそんなようなことを考えて必死に気をそらしたが、効果はいまいちであった。故郷の村にいた頃、牛の尻尾を引っ張って危うく蹴られそうになった思い出とかがごっちゃになり、頭の中が牛で埋め尽くされる。モーモー鳴いてる。もーだめ。
「倒れそうです。師匠につかまっていいですか」
「嫌よ。何とかして頑張って頂戴」
頼れるティトは、ここにいない。頼りにならない師匠と小声で喋って気を紛らわせて、何とかかんとか耐えたのだった。
一通りの儀式が終わったら、今度はフェリクスのお屋敷に戻る。
花嫁は
先導は五人の男性。それぞれの手に松明を一本ずつ持っている。
今はまだ陽が高い昼間だけれど、それこそ伝統的な結婚式は夕方に移動が行われていたみたい。松明はその時代の名残だね。
道行く人々から祝福を受けながら私たちは進んだ。楽団が同行しているので、生演奏でとっても豪華だった。婚礼の歌もあちこちで歌われている。
演奏の他にも、クルミや松の実なんかの木の実を道に撒きながら進んでいく。おかげで子供たちが我先に拾っていた。
で、祝福だけならいいんだけど、なんてーか、下品な言葉もまじってる。
「お貴族様のご立派なアレで、花嫁さんを満足させてやれよ!」
とか、なんかそんな系だ。
普段なら大貴族のティベリウスさんに、そんな舐めた口をきく通行人はいない。けれどどういうわけか、今回はちょいちょいまじっている。
しかもそれらのヤジを誰も気にしておらず、むしろ祝福と同じように受け取る始末。不可解。
あまりに解せぬので、私は師匠に聞いてみた。
「師匠、あの下品なの何ですか。どうして誰も注意しないの?」
「結婚式だもの。当たり前でしょ」
どうやら下品なヤジは結婚式につきものであるらしい。なんでじゃ! 解せぬ国、ユピテル。
歓声とフラワーシャワーとヤジを交えて行列は進み、フェリクスのお屋敷までやって来た。
輿から降りた花嫁さんを、ティベリウスさんが抱き上げる。お姫様抱っこである。
彼は花嫁を抱き上げたまま玄関の敷居をまたぎ、少し進んでから床に下ろした。その後は丁寧に手を取って歩き始める。
乙女憧れのシチュエーションと言いたいところだが、これも伝統に則った手順なのだそうだ。
何でもその昔、ユピテルが建国されたばかりの頃。
当時のユピテルは男ばかりの社会で、嫁が圧倒的に不足していた。
そこで彼らは、隣の都市国家の人々を祭りに招待するという名目で近くまでおびき寄せた。その上で女だけ誘拐して城門を閉ざしたのだ。
さっきの花嫁を抱き上げて玄関をくぐる行為は、さらってきた女性を暗喩しているとのこと。
いやそれってどうなの? と思ったが、歴史は語る。
娘を誘拐された隣国の男たちは激怒して、ユピテルと戦争になった。
けれど花嫁として大事に扱われていた女たちは夫を許し、父や兄と戦う現状に悲しんだ。そこで乳飲み子を連れて、身重の体で戦場に飛び込んで、必死に戦いを止めたそうな。
女たちの心に打たれた男どもは、和解して今度は一つの国としてユピテルを作っていったとさ。
めでたし、めでたし……?
割とひどい話だが、古い時代の話だから気にしても始まらない。
お姫様抱っこにそのようなエピソードがあると教えてくれた、グリア出身のおじいちゃん先生に感謝である。
さて、私はここらで参列者から離れて、お屋敷の準備方に回る。
いつもの宴席より人数が多いので、中庭を使ってガーデンパーティーをするのだ。
今日はお屋敷全体が飾り立てられていて、とても華やかな雰囲気。
玄関から中庭へ続く廊下はバラの花びらが撒かれ、いい匂いがする。
入り口近くの
中庭は特に念入りに飾られて、真っ白い布が掛けられたテーブルには豪華な生け花、銀の食器もセットされている。
普段は廊下に立っているブロンズ立像も持って来て、首に花輪をかけられていた。
ユピテルの正式な宴席では、
だから中庭には、ありったけの臥台が置かれていた。一つのテーブルを囲むようにいくつかの臥台が置かれて、招待客たちは身分と序列に応じて席につくのだ。
中庭のすぐ横では楽士たちが、各々の楽器で演奏を始めた。結婚式の日にふさわしいめでたい感じの音楽だ。何種類もの金管楽器や、タンバリンみたいのもある。
アイスクリームを出すのは、料理の最後だ。まだ間がある。
金型から抜いたアイスとかき氷は準備済み。溶けてしまわないようタイミングを見計らって設置しよう。
私が手順を再確認していると、中庭の方からにぎやかな歓声が上がった。
覗いてみたら、正装に身を包んだティベリウスさんと花嫁さんの姿が見える。
晴れ渡った初夏の青空に、新郎新婦の白い衣装がよく映えていた。
「皆様方、この佳き日に新たな縁を結んだこと、改めて報告申し上げる」
ティベリウスさんのよく通る声が響いた。
「この婚姻を以て、我がフェリクスと妻リウィアの生家、プルケルは確固たる絆で繋がれた。皆様方の中には、両者の身分が不釣り合いであるとの見方をする方も、おられるだろう。しかし私は敢えて言おう。この婚姻は、名だたる貴族家とのそれに匹敵、あるいはそれ以上の価値があると」
賓客たちが軽くざわついた。夫婦の身分差は明らかだったが、ティベリウスさんがそこまで言う理由を
「その黄金のごとき価値の一端は、この宴で示されるだろう。皆様方においては、饗宴を存分に楽しみつつも、黄金の煌めきを見逃されぬよう、よく目を開いてご注視願いたい」
最後の言葉は堅苦しさを少し崩して、悪戯っぽい口調と笑みで言われた。緊張感が薄れて、お客さんたちがほっとしたように息をつく。
「では、これより大いに食べ、飲んで、我らの新しい門出を祝っていただきたい。──乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
配られていたグラスを、皆が打ち合わせる。ガラス同士がぶつかる澄んだ音があちこちで響いて、宴席が始まった。
「ゼニス、こんなところにいたの。ちょっと来なさい」
私がアイスクリームアートの最終確認をしていると、オクタヴィー師匠がやって来て手を引っ張られた。
「なんですか? 私、デザートの準備で気が気じゃないんですけど」
「きみね、仮にも貴族なんだから、使用人の真似事ばかりじゃだめでしょう。両親が来てるから、挨拶しなさい」
「師匠のご両親?」
「そうよ。他に誰の親だと言うのよ」
なんと。師匠のご両親、つまりフェリクス現当主だ。私が首都に来て以来、ずっと地方属州にいるという話だった。
「父は農場視察の後、属州総督に任命されてね。父も母も首都より地方の生活が気に入ってるみたいで、ぜんぜん戻ってこないのよ」
総督になった話は、そういえば前に聞いていた気がする。
「いい機会だから、しっかり自分をアピールなさい。服装は……まあ、ギリギリ合格。行くわよ」
私も一応は披露宴の出席者なので、フォーマルな装いをしていた。少し丈の長めの上着に、上等な布地のショールを肩にかけている。
なお師匠はストラと呼ばれる足首まである丈の長い服。胸のすぐ下とウェストを飾り付きの紐で締めていて、スタイルの良さを強調している。その上で赤く染めた絹のショールを羽織っていた。
髪飾りやネックレス、腕輪指輪なんかのアクセサリーも盛りまくりである。本人がゴージャス系美女だから似合っている。
師匠は赤毛に緑の目、その色に合わせた装いだ。
私の髪は褐色、目は赤茶だから、真似しようとしたら茶色ばっかりになっちゃうよ。
「頑張って服装、整えたんですよ。それで『ギリギリ』ですか?」
「そのショール、刺繍も地味だし、もっと派手なの着なさいよ」
「このくらいが気に入ってるんです。師匠みたいな派手派手は私には無理ですー」
とか言い合いながらお客さんの間を進む。
途中でお客の何人かに挨拶されたので、こちらも返した。
「オクタヴィー殿、久しいな。相変わらずお美しい」
「お久しぶりでございます、ルフス
「今日の宴は素晴らしい。さすがフェリクス」
「あら、セラヌス
なんか、役職聞いてるだけで大物感がすごいな。元老院議員の貴族たちだ。
そしてそんな人々を前にしても、師匠は言葉遣いこそ丁寧だが普通に態度がでかい。堂々としている。ある意味さすがである。
人の波をかきわけて、ご当主の前にやって来た。新郎新婦の次くらいに人が集まっている。
「おお、その子がゼニスか。可愛らしいお嬢さんだ」
ご当主が人好きのする笑みを浮かべて迎えてくれた。五十歳前後の恰幅のいいおじさまだった。
私は右手を左胸に当てる、ユピテル式の礼を取る。
「ゼニス・フェリクス・エラルです。ティベリウス様とオクタヴィー様には、いつもお世話になっています」
「あなたのことは、オクタヴィーからよく聞いていますよ。才能豊かな魔法使いと」
奥様はたおやかな雰囲気の貴婦人だ。
それから一通りの雑談をしてこの場を離れようとしたら、ご当主が言う。
「ティベリウスの晴れ姿を見て、私は今度こそ思い残すことはないよ。属州総督の任期が終わり次第、フェリクス当主の座を譲るつもりだ」
今度こそって変な言い方だなと思った直後の発言に、周囲も少しざわざわした。
とはいえ、順当といえば順当なんだろう。そこまでの驚きはない。
「余生は夫婦でのんびり過ごしたいと思っておりますの。二人とも、地方の暮らしが性に合っています」
「余生だなんて、そんな。まだお若いでしょう」
客の一人が言うが、五十歳はユピテルでは老年期に近い。平均寿命が六十歳ちょっとだから、前世の五十代とは比べられないだろう。
そのまま話が総督をしている属州の土地紹介に移っていったので、私は軽く礼をしてその場を辞した。
はー、緊張した。ただでさえアイスの件で胃が痛いのに、こういう突発案件をねじ込まれるのは苦手だよ。
バックヤードに戻る前に、その辺の様子を見て回る。
料理は相変わらず豪華てんこ盛り状態で、しかもユピテル全土の名産品を集めているらしい。
冷蔵パワーで新鮮なまま運んできた遠方のお肉や、長持ちさせた季節外れの果物などもある。どれも本来なら手に入らない品物ばかりだ。
メニュー管理係の使用人が、新しい料理を運んでくる度に料理名と食材を読み上げている。
それを聞いたお客たちは、通常であればありえない品揃えにひどく驚いている。
ティベリウスさんの目論見は成功しているね。
そういえば、披露宴開始時の彼のスピーチ。見事に百パーセント政略結婚で、新婚さんの甘さはちっともなかったなぁ。
誰も疑問に思っていないようだし、貴族の結婚はそんなものなのだろうか。
私は前世以来喪女で結婚に夢を見る趣味はないが、お嫁さんはどう思っているんだろう。同じように割り切ってる人ならいいけど。
賑わう人々の間を縫うようにして、だいたい一通り見て回った。
さて、そろそろ戻ろうか。
そう思って中庭の端の方に行くと、ワイン壺がたくさん並べられていた。アンフォラと呼ばれる首が長い陶器の入れ物で、両側に取手がついている。表面には鮮やかな色彩の絵が描かれていて、ワインの産地が添えてある。
……あ! 実家のワインもある!
実家のワインの壺は、魔法使いと兵士と犬がリス退治をしている絵が描かれていた。犬はちゃんと二匹いる、プラムとフィグだ。よく描けてるなぁ。
今日の披露宴の様子、手紙に書いてお父さんとお母さんに教えてあげようっと。うちのワインも出てたよって。
アレクとラスにも後で教えてあげよう。ユピテルの宴席は小さい子供は基本、出席しない。だから二人はハミルカルと一緒に奥に下がっている。
リス退治の絵のおかげで緊張がほぐれて、気分が楽になった。
アイスの出番は近づいてきている。最終チェックをして、本番に臨もう。
披露宴は進み、とうとう料理はデザートを残すのみとなった。
かき氷もアイスも、全て配置は終わっている。
完成したアイスクリームアートには、大きな布がかけられた。
ドライアイスを仕込んだ大理石の台が荷車に載せられて、中庭へ引き出されていく。責任者である私も横についていった。
「本日最後の料理は、かき氷とアイスクリームの絵画です。名付けて『ユピテルの恵み』!」
メニュー係の使用人が声を張り上げる。
すると、中庭の招待客たちはざわめいた。
「アイスクリームとは? 聞いたことのない料理だ」
「今日はこれだけのものが出てきたのに、まだ隠し玉があるのか」
今までの料理は冷蔵運輸の力を見せつけるものだった。
期待と好奇心、見極めようとする目が入り交じるような、何とも言えない熱気が中庭に渦巻いている。
やがて荷車は、中庭の真ん中に据えられた。
そして両側に立った奴隷が、勢いよく覆いの布を取り外す。
現れたアイスと氷のアートに、私は仕上げの魔法をかけた。
『小さき氷の精霊よ、その息吹を微細なる欠片として、この手に注ぎ給え』
手のひらからキラキラと氷の小片が舞った。それは六月の陽光を乱反射して、空中にプリズムのように七色を描き出す。そうしてやがて、ゆっくりと下へと舞い落ちていった。
私とお屋敷のみんなで作った、アイスと氷のユピテルの地図へ。
「これは……!」
「なんと、素晴らしい」
一斉に感嘆の声が上がった。
氷の海は初夏の日差しを反射して煌めいている。波に見立てた白い花びらが揺れて、ミニチュアの船の舳先に触れる。
かき氷の陸地は土の茶色、草原の緑。ところどころに本物の生花の花畑が咲いている。
氷の街道で結ばれた先は、各地の名産品の形のアイスクリーム。羊や豚といった家畜から、麦やブドウなどの農産品。レンガや木材まである。もちろんソルティアにはスイカだ。
街道にあるミニチュアの荷馬車の荷は、かわいらしい小粒のアイス。色とりどりだ。
そして全ての街道が収束する先には、首都ユピテルがある。
ぐるりと首都を取り囲むように、アイスキャンディーの列柱回廊が並んでいる。中央には結婚を祝う言葉とユピテルの繁栄を祈る語句が刻まれた、氷の碑。車輪と氷を組み合わせたシンボルマークも添えられていた。
「これが全部、氷? この夏の季節に、なんと贅沢な」
「ユピテルの地図だわ。まあ、この場所にこんな名産品があるのね」
「見るだけで興味深いのに、食べられるのか?」
興奮した人々が荷車の前に詰めかけている。熱気がすごくて、荷車の隣の私は内心ビビリである。
彼らを制しながら、ティベリウスさんが前に出た。
「皆様方、落ち着かれよ。これなるは氷とアイスクリームの絵画、ユピテルの恵みを表している。無論、食べることも可能だ。目で楽しんだ後は、舌と胃とを満足させていただきたい。かき氷は説明するまでもないが、このアイスクリームなるものは──」
リウスさんは私を見た。おう、なんじゃいな。
「我がフェリクスの小さな魔法使い、幼き天才ゼニス・フェリクス・エラルの発明品である」
彼はそう言って、私を客たちの前に引っ張り出した。
ちょ、ちょっと待って! そんなの打ち合わせにない!
私は単に、仕上げの魔法だけやればいいって言われてたのに!?
人々の視線が私に集中して、めちゃくちゃ怯んだ。
目立つのは苦手だってのに!
体格のいい奴隷の人が素早くやって来て、私を抱き上げた。肩に座るように高く持ち上げられてパニックになる。
いやいやなんだよこのアドリブ! 聞いてないよー!
「去年の夏、平民たちの間で冷たい飲み物と氷菓が流行したこと、ご存知の方も多いだろう。あれらはこのゼニスが考案し、私が後押しした。斬新かつ画期的な魔法で、氷の世界に変革をもたらした。小さき氷の魔女である!」
なんか変なあだ名を付けられた!
私がうろたえまくっていると、楽団の楽士さんたちが『しゃらら~ん』みたいな涼し気な音楽を奏でた。
なんだそれは。私のテーマ曲か? キャラソンなのか?
「これから始まる我がフェリクスの運送事業も、彼女の功績によるところが大きい。魔法使いは長らく低俗な職とされてきたが、その認識を改める必要がある。我らがユピテルは建国以来、様々な困難と変化を乗り越えてきた。時には古い常識を打ち破り、新たな人々を、新たな知識や技術を受け入れもした。そうしてユピテルは、長きにわたる繁栄を築いてきたのだ。今はまさに変革の時。偉大なる父祖にならい、我らもまた新たな時代を迎え入れようではないか!」
満場の拍手と歓声が起こった。
ティベリウスさんは満足そうにそれを浴びて、しばらく後、片手を上げる。ぴたりと声が止んだ。
「皆様方の心意気に感謝する。今日は存分に、未来の可能性を感じていただけたことだろう。是非帰宅後に、本日見て味わった光景を思い出し、新しい時代の到来を家族や友人と共有してほしい。──さて、堅苦しい口上はここまでにして。ゼニスの渾身の作でもあるこの氷の絵画を、どうぞ召し上がれ」
使用人と奴隷たちがお皿を配って歩いている。
食器を受け取ったお客たちはアイスの絵画に押し寄せて、あれこれ物色を始めた。
「どれを食べようかしら……。とてもきれいだから、崩すのがもったいないわ」
「まずは、あのかき氷の北西山脈を一口もらおう。次はどうしようか」
「この地方のレンガは、我が家も工房に出資していましてね。頑丈で長持ちすると評判ですよ。一つ食べてみよう」
「この町は祖母の実家がありまして。上等な毛織物が有名です。この地図にも羊がいますね」
みんな口々にお喋りしながら、自分にゆかりのある場所の説明をしたり、アイスを食べたりしている。
「濃厚な口溶けですな。冷たくて、今まで味わったことのない菓子だ」
「甘くておいしいこと。蜂蜜の甘さとはまた違うようですわ。レシピを教えていただきたいわ。うちの料理人に覚えさせなくっちゃ」
「かき氷は、氷自体に味と色がついているのか。今の暑い時期にぴったりだな」
味の方も好評だ。料理人たちが工夫を凝らしてくれたからね。
そして、アイスを楽しんだ人たちが私の方にやって来た。
「ゼニスさんと言いましたね。まだ小さいのに魔法を使うのですか」
「きみの氷の魔法はどんなものだい? 見せてほしいな」
「え、あの、その……」
まだテンパっていた私は、抱っこしてくれた奴隷の人の頭にしがみついた。だって肩に座るのって、案外不安定で怖いんだよ。
私ももう十歳になった。そこまで小さいわけじゃない。おかげで肩からはみだしそうなのである。
「おやおや、かわいらしい。話を聞かせてくれないか? 氷の魔女さん」
やめてくれ、今喋ったらデュフフwウボァwって言いそうなんだよ!
氷の魔女もやめれ! 雪だるま作ってありのままにとか歌わなきゃならんだろ!
心の中で叫んでいると、ティベリウスさんが助け舟を出してくれた。
「ゼニスはまだ、あまり人慣れしていなくてね。お披露目も済んだし、先に下がっていなさい」
助け舟と言ったが、そもそもこの状況を作ったのはリウスさんじゃないか。解せぬ。
後で小一時間問い詰めてやらなければ。
奴隷の人は主人の言葉を受けて、私を抱き上げたままさっさと中庭から出ていった。しぬかとおもった。
これで披露宴はお開き……ではなくて、その後はお酒を飲みながら音楽を聞いたり、踊り子さんの舞を見たりする第二部となった。
宴席は夜のけっこういい時間まで続く。問い詰めるタイミングがなかった。
後片付けを手伝おうとしたが、使用人たちに断られてしまった。
私の今日の服装はフォーマルだし、汚れる仕事はちょっと無理か。
オクタヴィー師匠に断りを入れて、自室に戻ることにした。
師匠の姿を探すと、見目麗しいイケメンと歓談中であった。あれかな、前世でもよくあった結婚式を利用した合コンみたいなやつ。私には無縁のイベントである。
声をかけるのをためらっていると、向こうから気づいてくれた。
「ゼニス、どうしたの?」
師匠はお酒が入っているようで、上機嫌だ。
「私、そろそろ部屋に戻りますね」
「ああ、そうね。ここからは大人の時間だから」
イケメンに流し目してる。相手もまんざらでもなさそうだ。
「今日はご苦労さま。ゆっくり休みなさい」
「ほんと、ご苦労ですよ。変なあだ名つけられたり、お客様の前に引っ張り出されたり」
思わず文句を言うと、師匠は身をかがめて小声で言った。
「きみに前もって知らせると、そつなく対応するでしょ。今回は、こんなに小さい子供が偉業を成し遂げたというギャップで注目を集めたかったの。思った通り、子供っぽく振る舞ってくれたわね」
えええ? じゃあアドリブはわざとだったの?
私が突発事件に弱いのを悪利用された。ていうか性格見抜かれてる……。
わざわざ奴隷に抱っこさせたのも子供演出か。なんだよもう。
と。
ここで私は、師匠の手に抱えられてる小さい壺に気づいた。アラバスターという真っ白な石で作られた、とてもきれいな壺だ。そしてアラバスターは太陽の国の名産品である。
「師匠、それ、もしかして?」
「あら、気づいた? そうよ。キイが持ってきたの。船が遅れたみたいで、本当に今日になってから到着したのよ。ゼニスも後で一声掛けてあげなさい」
師匠は得意げに笑った。
「これは、例の太陽の国の軟膏。確かに滑らかで良い使い心地なの。女性の招待客にお土産で持たせているわ。反応は上々よ」
「やりましたね!」