帰還
そうして、ついに五月の上旬。
私たちが農場を後にする日がやって来た。
南の農場から連れてきた管理人候補に業務を任せて、ソルティア行きの馬車に乗る。
行きのメンバーに加えて、ハミルカルも一緒だ。
「ゼニスお嬢様、オクタヴィー様。本当に俺なんかが、連れて行ってもらっていいんですか?」
ハミルカルは焦げ茶の瞳に不安そうな色を宿している。私はにっこり笑って答えた。
「もちろんだよ。ハミルカルは賢くて、心の優しい子だから。首都で私の弟たちと一緒に勉強して、いずれは農場の管理人になってほしいの」
オクタヴィー師匠と相談した結果である。
通常、アレクやラスみたいな貴族の家の子(ラスは王族の留学生だが)は、同じくらいの年齢の奴隷がつく。一緒に勉強して身の回りの世話をして、長い時間を過ごす。すると大人になった時、奴隷は信頼できる補佐となるのだ。
現在、フェリクスの家にそういった役割の奴隷はいない。ラスの事情が特殊なせいだが、今はアレクもいる。
ハミルカルはあの子らの補佐にはならないが、一緒に勉強させるメリットは大きいと思う。
一つには、フェリクス家門への忠誠心を高めるため。
そしてもう一つは、ラスとアレクの友だちになってほしいから。どっちかというと後者が本命。そんな思惑で、私は彼を連れて行く。
ハミルカルは今、九歳。私と同年だ。ラスとアレクとは三つ離れている。少しお兄さんで頼れる相手になってくれるだろう。
そして私たちは、ソルティアの町から船出をした。
白魔粘土を使った冷蔵庫にスイカも詰めてきた。
帰りの航路は順調で、四日ほどでメスティアの港に戻ってこられた。
到着したのは夕方だったので、その日はメスティアに一泊する。
そうして、翌日。私たちは一ヶ月ぶりに首都ユピテルに、フェリクスのお屋敷に帰ってきた。
皆、私たちの帰りを大歓迎してくれたよ。
特にアレクは飛び回って喜んでいた。やっぱり寂しい思いをさせてしまったみたい。ラスは控えめながらも、ぱあっと笑って「おかえりなさい」と言ってくれた。
彼らにハミルカルを紹介したら、最初はぎこちなかった。でもすぐに打ち解けてくれた。
ハミルカルはまだ読み書きが出来ないので、小さいアレクたちと一緒に基礎教養の勉強をすることになった。
その他、料理人たちはアイスクリーム作りの腕をずいぶんと上げていた。
いろいろな果物やハーブなども手元に取り揃えて、気合が入った様子である。試作は何度も繰り返したようで、今では思い通りの味や食感を作れると自慢気に言っていたよ。
元々この視察兼旅行は、私のアイディア出しが一つの目標だった。
結婚式で披露する予定の、アイスクリームを使ったディスプレイである。
いろいろなことがあって忘れそうになっていたけれど、帰りの船の中でついに大きな閃きを得ていたのだ。
それは、ユピテルの地図。
今回の船旅と南部大陸への旅で、ユピテル共和国という国の広さと多様さを実感した。
これほどまでに広い国土を、目に見て分かる形で表現したい。
各地の町と名産品、そして町同士を結ぶユピテル街道。船の航路。
冷蔵運輸で深く関わるこれらを、地図の形で表現したい。一枚の絵のように美しく描きたい。
そのアイディアを伝えれば、ティベリウスさんもオクタヴィー師匠も二つ返事で許可を出してくれた。
そうして他の皆の意見を聞いたり力を借りたりしながら、アイスクリームアートの原案が出来上がった。
マルクスがパピルス紙に描いてくれた絵図を、一度試作してみることにした。
試作品作りは、飾り付けの前日から行われた。
量を増やしてアイスを作り始めると、なんと例の遠心分離機こと野菜水切り器が役に立った。
すくい取った山羊ミルクの脂肪分をこれに入れて回転させれば、水分が飛んでさらに濃いクリームになる。
ミルクそのものを入れて回転させてもちゃんとクリームが取れて、時短になった。
作っておいてよかった!
自然に脂が浮かんでくるのを待つと、何日もかかっていた。おやつや試食で食べるくらいならそれでいいけど、まとまった量が必要だもの。
そして飾り付け当日、まずは中庭に大きな大理石の台を用意して下にドライアイスを仕込んだ。
六月はかなり気温が高くなる。アイスや氷が溶けてしまわないよう冷やしておかないと。
思い描くのは、ユピテル全土の縮図。
大きな台の上に氷の板を置いて、その上に氷とアイスの造形物を配置する。金型を何種類も作って、型抜きしたのである。
陸地は緑や茶色のかき氷で、海は氷そのままで表現する。
中央に首都のある半島を置いて、北西山脈、北部森林から東のエルシャダイ王国、内海を挟んで南の大陸のソルティアまで。
そしてそれらを繋ぐ、ユピテルの大動脈である街道。
北西山脈はかき氷を高く積んで、山に見立てる。青い花の汁で本物っぽく色付けする。
今回は試作。本物の氷を削るのは大変だから、私が粉雪の魔法を降らせて色を付けた。
本番は色付けしたシロップ水やハーブ水を凍らせて削る予定である。
そうして出来た土地の上に、各地方の名産品やランドマークの形のアイスを置く。
名産品は実際に冷蔵運輸で扱う品を中心に、ティベリウスさんに教えてもらって作った。
ソルティアの名産品は小麦やイチジク、黒檀、他には見世物用の野生のライオンなど。でもこっそり、将来への期待を込めてスイカを置いておこう。
そして各町を結ぶ街道の上には、ミニチュアの荷馬車だ。氷細工の馬と、荷馬車には一粒サイズのアイスを乗せる。
海の上には小さい帆船もあるよ。
首都ユピテルの位置には、色とりどりのアイスキャンディーを立てて。これは、ユピテルの代表的な建築物である
その真ん中に氷の碑を置いて、冷蔵運輸のシンボルマーク──マルクス作の車輪と氷──を刻む。
こうして新しく始める冷蔵運輸をアピールしつつ、各地の名産品の形をしたアイスも食べられちゃうという、楽しい仕上がりになった。
みんなで色んな方向から確認して、アイスの配置を見直したり飾りを追加したりした。
海の部分が寂しいということで、波に見立てた白い花びらを散らしてみた。陸地の部分もところどころに、生花を置いた。華やかになったよ。
そうしてさらに完成度をアップさせると、誰ともなく拍手が起きた。うん、感慨深い……。
「ゼニスの発想はいつも素晴らしいね。こうして立体の地図を見れば、我が国の領土と名産品がよく分かる」
作業を見守っていたティベリウスさんが褒めてくれた。
「料理の最後を締めくくるのにふさわしい。ぜひ、これを作ってくれ」
「はい!」
最後に時間経過と溶け具合のチェックをして、オッケー。
全ての確認が終わった後は、使用人たちを含めてみんなでおいしくいただいた。
アレクとラスは羊の形のアイスを取った。羊肉と羊毛で有名な土地に置いていたやつだ。
オクタヴィー師匠は栗のアイスが気に入ったみたいで、つまんでは口に放り込んでいた。
私はもちろんスイカのアイスだ。スイカジュースの味がして、南のソルティアが懐かしくなったよ。
地図の原案を作るのと試作に時間がかかって、もう六月は目の前だ。結婚式まであと一ヶ月弱。
ユピテルはもう夏と言っていい季節である。
時間ができた私は、首都の隣の港町へ駆り出されて魚の冷凍実験をやったりしていた。今のところドライアイスの魔法を使えるのは私だけなので、冷凍する時は呼び出される。
魔力回路の授業の際、学生たちに二酸化炭素や分子の概念を教えている。でもユピテルの常識からかけ離れた内容なので、どうにも理解してもらえない。私の教え方が下手くそだってのもあるだろう。血液の時のように目で見て分かる内容ではないし。
私だけのユニークスキルと言えば聞こえはいいが、実際は使い回しのできない不便さが目立つ。
ドライアイスなしで冷凍するには、塩や硝石など氷の寒剤を使うしかない。アイスクリーム程度ならともかく、量のある魚介類はこれでは無理だ。
当分の間、運送事業は冷蔵だけになりそうである。
冷凍は特別に貴重な品とか、そういう限定的な運用になるだろう。
他には、イスカンダリーヤの港町に向かったキイの動向も気になる。ちゃんと割符で合流できただろうか?
ソルティアの農場の奴隷たちは元気だろうか。心配は尽きない。
少なくともソルティアは、次に北風が吹く季節になったらまた行きたいと思っている。
そして時間は流れて、六月の後半になり。
ついに結婚式の日がやって来た。