異国の商人
四月半ばの今、畑では秋まき小麦の収穫が半分以上終わっていて、奴隷たちが残りを刈り取っていた。前世で見た小麦よりも背が高くて、扱うのが大変そうだ。しかも全て人力なので、本当に気が遠くなる。
刈り取りが終わった小麦は、小束にして天日干しにされる。
ある程度乾燥したら、トリビュラムという脱穀機にかける。
『脱穀機』というけれどほぼ人力の道具で、大きな板の片面に小石がたくさん埋め込まれたものである。小石の面を下にして小麦の穂の上に乗せて、板の上に人が乗った状態で引っ張る。すると、地面とトリビュラムの間に挟まれた小麦が脱穀されていくのだ。
引っ張るのは人だったり、牛だったりする。脱穀自体は案外簡単だが、とにかく量が多い。人と牛は一日中働いて、くたびれ果てる。
農場での仕事は、脱穀した小麦を袋詰めするところまでだ。あとは商人がやって来て買い取ってくれる。
そうして一日を奴隷たちと一緒に過ごしていたら、皆が戸惑った顔をした。
「ねえ、ゼニスお嬢様。貴族のお嬢様が、どうしてずっと畑にいるんだい?」
ハミルカルが言った。彼はまだ九歳なのに、大人たちにまじって汗を流している。農場では、奴隷は五歳くらいから簡単な仕事を始める。九歳はもう立派な戦力なのだ。
今日もお天気は良くて、彼の褐色の肌は汗でびっしょりだ。お昼の高い気温の中、熱中症にならないか心配になる。
「みんなの仕事を知りたいからだよ。私、今までずっと、自分が食べるパンの小麦がどこから来るか知らなかったの。こうやって畑の仕事に触れて、きちんと覚えたい」
「そんなことを言うお貴族様は、初めてですよ」
アビも言った。彼女の足はもう治ったので、畑の仕事を再開したのだ。
私はすっかり収穫が進んだ畑を見ながら、続ける。
「何なら私も畑の仕事をやるけど。私、実家は農家だもの。多少は慣れてるよ」
「やめて下さい!」
ハミルカルが焦ったように叫ぶ。
「貴族のお嬢様にそんなことさせたってバレたら、俺たち、ムチで打たれちゃうよ!」
「大丈夫。オクタヴィー師匠はそんなこと……」
しないよ、と言いかけて口を閉じた。あの人のことだ、しないとは言い切れない。
「あぁ、うん、ごめん。迷惑になるから、やめとく」
私が言うと、周り中がほっとした顔になった。ついでにティトまで「やれやれ」と肩をすくめている。くそぉ。
農作業自体は実家でもやっていたから、そんなに違和感のある仕事じゃないのに。だが、実家もそれなりに大変な作業だったけど、やはり農場の過酷さとは比べられない。
「おーい、ゼニスお嬢様! そろそろ昼飯にするってよ!」
母屋の方からマルクスがやって来て、叫んだ。
私やティトはお昼ごはんを食べられるが、奴隷の人たちは一日二食だ。彼らの方が体力を使う仕事をしているのに、罪悪感を覚える。
けれど、急に習慣を変えるわけにもいかない。奴隷たちも別に気にしていないようだ。
私は内心でしょんぼりしながら、母屋へ戻った。
母屋での食事は意外にも整っていて、けっこう豪華ですらある。今日の前菜はデーツの松の実詰め。栄養たっぷりの一品だった。
デーツはソルティアの名産品。この農場では作っていないが、ソルティアの町から近いせいで買い出しは楽なのだ。
農場は視察に訪れる主人の滞在を想定した造りになっている。寝室はいくつも立派なのが整えられていて、厨房もごちそうを作るだけの設備がある。
お風呂もある。近くの小さい湖から引いた水を沸かすのだ。
そうして食事を終えてしばらく。今度は母屋の外でガヤガヤと賑やかな気配がし始めた。
──何だろう?
パタパタと小走りで外に出てみる。すると、いきなり「ブモォー!」と変な生き物の鼻先にぶつかった!
「わあ! 何、なに!?」
びっくりした私は尻もちをついた。逆光に見上げたその動物はけっこうな大きさで、蹄がある。荷物を括りつけられて背負って、その背中には……大きなコブ?
ラクダだ! ラクダがちょっと頭を下げていた所に、ぶつかったのだ!
「あらあら、ごめんよぉ。小さなお嬢さん、大丈夫かい?」
横合いから女性の声がした。振り仰げば、ターバンにマントの旅装姿の女性がいた。彼女はラクダの手綱を握っている。ハミルカルと同じような濃い色の肌に、焦げ茶の髪をした人だった。年齢は今ひとつ判然としないが、二十代くらいだろうか。
「ラクダは驚くと、胃液を吐いて
「うへぇ!」
ラクダが口をモゴモゴさせ始めた。私は慌てて這って逃げる。
十分に距離を取ってから、改めてラクダと女性を見る。
ラクダは十頭ほどもいた。ロバも数頭まじっている。先ほど声をかけてきた女性の他にも、男性が何人かと女性がいる。動物たちは皆、荷物を背負っていた。
ターバンの女性がニカッと白い歯を見せて言った。
「どーも、農場の皆さん。管理人はいるかい? キイの