リフレッシュ休暇?

私は最近、街歩きをよくやっている。

三月ももう半ばが過ぎて、季節はすっかり春。冬の肌寒さは遠ざかって、毎日どんどん陽が長くなっている。

そんな気持ちのいい気候の中、週ごとに立つ市場とか、フェリクス以外の飲食店だとかに出かけていくのだ。

理由は、アイスクリーム・ディスプレイのアイディアを仕入れるため。

アイス類でアートをやろうと決めたものの、具体的な案がまだ出てこないのである。

だから街に出て色んなものを見て、インスピレーションが降りてくるのを待っているのだが、これがなかなか難しい。

でも、なんだかんだ言って散歩は楽しいので、まあいいか! と思ってしまう自分がいる。六月の結婚式までまだ時間はあるしね。

今も人でごった返す市場に来ている。首都はどこへ行っても人が多いけれど、市場が立っている日の回廊広場フォルムは特にそうだ。

ティトと、護衛の奴隷の人とはぐれないようにするのも一苦労。広いはずの広場は露店が立ち並んで、迷路のようになっている。

今日訪れた市場は、特に種類を限定しない雑多な市。食品市や衣類市など種類に特化したものもあるのだが、こうしたごちゃまぜの市の方が多い。

市場では普段は手に入らないような遠方からの搬入品も多くて、見ているだけで楽しかった。

例えば、すぐそこの露店では小麦とナツメヤシを売っている。その隣は麻布と麻製のチュニカ。さらにその横は、パピルス紙が積まれている。

それらの隙間を埋めるように、石造りのヘンテコな像もある。エキゾチックな女神像とか、動物をかたどったものとかだ。

たぶんここらは、南部大陸から来た品々なのだと思う。パピルス紙は南部大陸の『太陽の国』が生産国。かの国の川辺に茂るあしが、パピルスの原料になる。

太陽の国はユピテルの友好国で、今は女王が即位している。内紛はあるようだけど、今のところは大きな戦争までは至っていない。

さらに市場を進むと、今度は樽に詰められたワインが並んでいた。樽に付けられた木札を見れば、ノルド産だと分かる。

樽はノルドの発明品で、今ではユピテルでも流通している。それでもワインを樽に詰めるのはノルドならではといえる。ユピテルのワインは、うちの故郷も含めてかめに入れることが多いからね。

ノルドのお酒はワインの他にエールもある。これは前世で言うところのビールだ。ワイン樽の横にエール樽もあった。味見したかったけど、店主が別の人と商談中で待たされそうだったので諦めた。この人混みの中で長く待つのは大変である。

他にも東方産の鉱物類──石灰や雲母などや、山羊革のコートとテントなどもある。

刈り取った羊毛が山と積まれている店もある。羊毛はいて、紡いで糸にして、さらに織物にする。羊毛の加工は各家庭の主婦や奴隷の仕事だ。うちのお母さんもよく羊毛梳きをやっていた。

首都のような都会であれば、織物工房で大量に加工するみたいだね。

もう少し進むと果物店の一角に出た。

果物も実にバリエーション豊富。定番はザクロにイチジク、野生のベリー。変わったところではさくらんぼもあった。季節によっては桃もあると聞いてびっくりしたよ。

「はぁ。本当に色んなものがあるよねえ」

さくらんぼを買ってつまみ食いしながら言うと、ティトもうなずいた。

「故郷の田舎にいた頃は、想像もしていませんでした。世界がこんなに広いなんて」

「そうだよねぇ」

さくらんぼは生のままで食べるにはちと酸っぱい。色も濃いめの赤だ。前世のあの甘さは品種改良のたまものなのだろう。

それでも小さい果実に細い茎がついているのは、確かにさくらんぼだった。

そうしてあちこち見て回って、いい時間になったので帰ることにする。

楽しかったけれど、今日も具体的なアイディアは出なかった。

こう、もう少しで何かが掴めそうな気がするんだけどな。


お屋敷に帰ると、リビングの長椅子でオクタヴィー師匠が寝そべってくつろいでいた。

「おかえり、ゼニス。そろそろいいアイディアが浮かんだかしら?」

「ただいまです。アイディアはまだですよ」

私がしょんぼりして言うと、師匠はくすくすと笑った。

「行き詰まっているみたいね。らしくないじゃない」

「そんなこと言ったって、今年は年明けからずっと頭脳フル回転ですもん。私は叩けばアイディアが出てくる箱じゃないんですよ」

「箱って」

師匠は私のセリフがツボにはまったらしく、けらけらと笑い始めた。失礼な。

確かに年初に結婚式で出す料理の仕事をもらってから、働き通しだった気がする。

アイス作りのアイディア出しから始まって、試作も頑張った。白魔粘土の製作もほとんど毎日だし、魔力回路の授業も休まずに続けた。

最近の私がぱっとしないのは、疲れているせいもあるのかも。

師匠はちょっと肩をすくめて言った。

「まあ、そうね。まだ子供のゼニスを働かせすぎている感じはするわ。それなら一度、リフレッシュする?」

「リフレッシュ?」

首をかしげた私に、師匠は手招きした。彼女の向かいまで行って長椅子に座る。

「旅行よ。南部大陸のソルティアに、フェリクスの別荘と農場があるの。ゼニスはまだ、南部大陸に行ったことがないでしょう。船に乗って『我らの海』を越えるの」

「船旅! いいですね!」

私は思わず笑顔になってうなずいた。

我らの海とは、南北を大陸に囲まれた内海。この海に接する陸地のほとんどが今やユピテルの領土になった。そのためユピテル人は、内海を指して『我らの海』と呼ぶのだ。

師匠が続ける。

「別荘も農場もあちこちにあるけど、少し足を伸ばすならソルティアがいいと思うわ。あそこはユピテルより南にあるぶん、暖かい気候でね。小麦の他にザクロやイチジクがよく育つの。ゼニスは最近、市場によく出かけているでしょう。市場の品物がどこから来るのか、見てみるのもいいんじゃない?」

師匠……! そんな、私を気遣ってくれていたなんて!

私はちょっと感動して彼女を見た。すると師匠はため息をついた。

「ソルティアの農場は父様から任されているのだけど、最近、収支が悪いのよね。面倒で先延ばしにしていたけれど、いい加減一度現地に行って、管理人を監督してやらないといけないわ。春は航海にちょうどいい風が吹くから、今を逃すとまた先になってしまうし。はぁ、やだやだ」

「…………」

そんな理由だったのかーい。

私の感動を返してほしい。

しかし師匠の事情はどうあれ、船旅はわくわくする。この世界の船ってどんなのだろう?

かくして、私たちの南部大陸旅行、もしくは視察が決定したのだった。


南部大陸・ソルティア属州への出発は、四月の初めと決まった。

三月と四月は北から南への風が吹く季節。それに乗って我らの海を南下するのだ。

移動を含めて滞在は一ヶ月ほどの予定。

五月になると今度は反対に、南風が始まるのだそうだ。帰りはその風に吹かれて、南部大陸からユピテル半島へと北上する。

旅のメンバーはオクタヴィー師匠、私、ティト、それにマルクスだ。

一度、四人でお屋敷のリビングに集まって簡単な打ち合わせをした。

マルクスは南部大陸に連れて行ってもらえると聞いて、たいそう喜んでいた。

「俺、今まで旅行なんて考えたこともなかったよ! 貧乏暮らしだったからさあ」

浮かれるマルクスにティトが釘を刺す。

「旅行じゃないわよ。視察よ。あんた、本当に馬鹿ね」

師匠もうなずいた。

「マルクス、お前を連れて行くのは勉強のため。お前は今後もフェリクスの氷の商売に携わるのだから、ソルティアの農作物がどのようなものか、農場の経営とはどんなものか、しっかり学んでおきなさい。いいわね?」

「はい」

マルクスは浮かれた表情を引っ込めて、真面目にうなずいた。

「ありがたいことです。精進して、お役に立てるよう頑張ります」

「そうして頂戴。……あぁ、そうだ。兄様から言付けがあったわ。マルクスが考えた例のシンボルマーク、運送事業の方でも使うと決定したから」

「本当ですか! 光栄です」

真面目な顔がまたちょっとにやけてきている。まあ気持ちは分かる。

あの車輪のマークはいい出来だったものね。採用されて私も嬉しい。

ついでに、オクタヴィー師匠は私やラス、アレクは『きみ』と言うんだけど、平民や奴隷の人たちは『お前』と言う。なんかもう、女王様キャラである。似合っているからいいけど。

あとは一ヶ月も首都を不在にしてしまうので、魔力回路の授業は自習用の資料を作って図書室に置いておくことにした。各自で見て勉強してもらうつもりである。

本当は前世のプリントのように、全員に配れれば良かったのだけど。パピルス紙は多少のお値段がする上に、十数人分を手書きで書くのはきつかったのでこうなった。

コピーがないのが悲しい。ガリ版刷りを頑張って思い出して用意しておけば良かった。今回は間に合わないので、また次回だ。


三月末、旅への準備を進めているある日のこと。

夕食が終わった後、お屋敷のリビングでラスとアレクに旅の件を話した。

残念だけど、この子たちはお留守番だ。

そう告げたらアレクが文句を言い出した。すごく不満そうだった。

「姉ちゃんばっかり、ずーるーいー! 俺も行く! 船に乗るー!」

「だーめ。今回は遊びじゃなくて仕事なの。子供は連れていけません」

と、私が言うと、アレクは頬をぷくぷくに膨らませた。頬袋に餌を詰め込んだリスのようだ。

「姉ちゃんだって子供じゃん! なんで姉ちゃんはよくて、俺とラスはだめなの!」

さんざんに騒いでなだめるのに苦労した。

実際仕事だし、まだ六歳のこの子らは長旅に耐えられる体力がないと思う。

ラスはずっと困った顔でアレクの様子を見ている。そこで私は言った。

「ラスを見なさい。ちゃんと聞き分けているじゃない。アレクばっかりワガママ言わないの!」

ところがラスはこう言ったのである。

「……本当は、僕もお船に乗ってみたいです」