片付け術
次の日。
久しぶりに魔法学院へとやって来た。シリウスの片付けの成果を見届けるためだ。
まずは自分の研究室に行って、閉め切っていた空気の入れ替えと簡単な掃除をする。ティトが一緒にやってくれたので、手早く終わった。
それから二人でシリウスの部屋に向かう。
ノックをしたら、ノータイムでドアが開いた。待ち構えていたらしい、ちょっと引くわ。
「やっと来たか、ゼニス。遅いぞ」
「昨日、約束した時間通りでしょ」
部屋の中は物がずいぶんと減っていた。がらんとしている。いや、減ったのではなくて箱に入れられていた。
去年の年末に私が用意した、『日常的に使うもの』『使う頻度は低いけど必要なもの』『不要なもの』『判断がつかなくて保留にするもの』と札が付けられた大きな箱である。
不要なものの箱はほとんどカラだった。明らかにゴミみたいなものがちょっと入ってるだけだ。
保留の箱は陶器の器だの、変なブロンズ像だの、貝殻とか石ころとか、よく分からないものが半分くらい入っている。
日常の箱は文具とか紙束とか、まあ妥当な感じ。
頻度は低いけど必要なものの箱は、みっちりだった。たぶん全体の七割はここに入ってる。
そして驚いたことに、巻物が全部冊子化されていた。
もともと彼の持ち物は、書物の巻物が一番多かった。天井に届くくらい積まれていた膨大な数の巻物が、B5サイズ程度の大きさの冊子になって、箱にきっちりと収められている。
「どうだ、すごいだろう。巻物を全部切り分けて、冊子にしたんだ」
シリウスが胸を張っている。
確かにすごい。紙を切り分けてとじる手間を考えると、気が遠くなりそうなくらいすごい。よくもまあ、やったものだ……!
「どうしたの、これ」
どうリアクションしていいか分からず、やや呆然としながら言った。ティトもチベットスナギツネの顔で黙ったままだ。
「お前が考えた冊子、便利だったからな。巻物のままより、スペース圧縮にもなった。それにせっかくだから、分類ごとに並べ直したんだ。使いやすくなったぞ。唯一の難点は、紙の折り曲げ耐性がやや低い点だな。補強をした上で丁寧に扱わなければならん」
なんかそんなことを言っている。
「あ、うん、ソウダネ……」
少しばかり漁ってみると、書物はほとんどが魔法に関するもの。魔法文字や呪文体系、精霊や魔獣の図鑑などに分けて並んでいるようだ。
これを年末年始で全部やったのか。小さな図書室を作るようなものじゃないか。
なんか、ちょっとついていけない。後ろでティトも呆れている。
努力して成果を出して、私に知らせてくれているんだから、褒めるべきだと思う。
でも、どこをどう褒めるといいのかよく分からん。
困りながらシリウスを見ると、「褒めて、褒めて」と顔に書いてあった。その分かりやすい表情が、かつての愛犬たちをほうふつとさせる。白犬のプラムも前世の飼い犬も、よくそういう顔をしていたよ。思わずため息が出た。
「これ、シリウスが一人で全部やったの?」
「当然だ。僕に手伝ってくれる知り合いなどいないからな」
それは自慢するとこじゃないだろ。
「うん、すごいよ。よくこの期間で最後までやり遂げたね」
「そうだろう、そうだろう」
「研究室、すっきりしたじゃない」
「ああ。前のままで構わないと思っていたが、部屋が広いと使いやすくて良い」
部屋の中は棚の中身に至るまで空っぽだ。文字通り全部、箱に入れたらしい。
まったく、極端なやつだよ。
「こうなると、ここまでにしておくのはもったいないね」
がらんとした室内を見渡しながら、私は言った。シリウスが首をかしげる。
「どういう意味だ?」
「せっかく冊子をたくさん作ったから、本棚を作らない? 箱に入れたままだと、使いにくいでしょ」
「そうだな。取り出して、またしまうのが面倒だ」
そして、また元のように散らかし放題になるのが目に見える。
せっかくここまで片付いた状態になったのだ。収納システムを改善して、少ない手間でこの状態を維持できるようにしたい。
まず、巻物を置く棚を見た。これは背板がないせいで、冊子を置くのは不向きだ。
シリウスは全部の冊子を同じ大きさに作ったので、それに合わせて本棚を作れば、規則正しく収納できるだろう。
そういったことを伝えたのだが、どうもピンとこないらしい。
「本棚は後ろ部分に板をつけて、冊子が落ちないようにするの。で、棚ごとに見出しをつけて分類をひと目で分かるようにする」
日常品の箱から紙とペンを取り出し、図解しながら、身振り手振りも交ぜて説明した。私に絵心はないけど、そのくらいなら描ける。
要は部屋の中に小さな図書室や本屋さんを作るイメージだ。
するとシリウスも理解したようで、うなずき始めた。
「うん、いいな。巻物は引っ張り出すと元の位置に戻すのが面倒で、いつも散らかっていた。本棚なら出し入れが楽そうだ」
「だよね。ただ、そういう本棚は売ってないと思う。特注で作らないとだけど、お金ある?」
「ない……」
ですよねー!
彼は魔法学院所属の研究者だけど、この前の魔法文字辞書以前は特に実績もなかったみたいだし。人付き合いが悪すぎて、追い出される寸前だったし。
「学院長、伯父さんに借金とかは……?」
「たぶん、無理だ。生活費も時々借りていて、返せていないから」
思ったより深刻だった。
「じゃあ残念だけど、今回はあきらめ……」
「嫌だ! 本棚、欲しい! せっかく冊子にしたんだ、本棚に並べたい。もう僕の頭の中では、本棚ときれいに並べた冊子が完成してるんだ!」
シリウスはがばっと私の両肩を掴んできて、すぐに慌てて離した。
悪いリスとして懲らしめられた経験が生きている。ティトがにらんでくれたせいもあるかもしれない。
「ゼニス、頼む! お金を貸してくれ。本棚、どうしても欲しい!」
「私も貸せるほどのお金は持ってないよ」
「そこをなんとか!」
そう言われても、無い袖は振れない。
──いや、待てよ。私は彼の強く輝く金色の魔力色を思い浮かべた。
「シリウス、魔力量は多いよね?」
「なんだ、急に。ああ多いぞ。今まで僕より多い人間を見たことがないくらいだ」
そりゃあすごい。おあつらえ向きだ。
「いい仕事があるの。やってくれるよね?」
「やる!」
二つ返事で頷いたシリウスに、私はにんまりと笑みを返したのだった。
やったね、白魔粘土の作り手をゲットしたよ!
シリウスの言葉に嘘はなく、彼の魔力量はとても多かった。試しに魔力石に魔力を流してもらったら、眩しいくらいに輝いている。これは、私より一段上だ。
「で、白魔粘土とやらを作れば、お金をくれるのか」
「うん。この壺一つにつき、これくらいでどうかな?」
提示した金額をシリウスは喜んで受け入れた。壺一つはだいたい、樽一つ分の断熱材、保冷剤の量になる。
念のために言うけど、買い叩いてないよ。妥当な額だよ!
それで一度、試しに作ってみようということになった。
魔法学院の備品庫に保管してあった、魔力石を砕いたものとでんぷんのりを取ってきて、シリウスの研究室で広げた。
作り方を説明する。
「でんぷんのりに魔力石を混ぜて、それに魔力を注ぐ。それから水の魔法を一回。次に間を空けず、熱風の魔法を一回。それで完成」
「熱風というと、インクを乾かすあれか?」
「系統は同じだけど、もっと出力が高いやつ。お風呂上がりの髪を乾かす魔法だよ」
「そんな無駄なことに魔法を使っているのか? これだから女は」
まったく、こいつは懲りないな。
「自分が理解できないからって、すぐ悪口言うのやめなさい。シリウスだって他人から理解してもらえなくて、嫌な思いをたくさんしてきたでしょ」
「……むう。分かった。取り消す」
シリウスは口を尖らせたが、残念ながらアレクみたいな可愛さはない。やめとけ。
気を取り直して、高出力の熱風魔法──ドライヤーの魔法の呪文を教えた。インクを乾かす魔法が使えるなら、特に問題はないはずだ。
「じゃあ始めるぞ」
水盆に広げた魔力石inでんぷんのりに、シリウスが腕まくりした両手をつける。軽く目を閉じて集中を始めた。
すぐに手元が輝き始めた。真冬の太陽を思わせる、僅かに金を帯びた白い光。かなり強い光だった。
「どうだ、見たか。冊子を作る合間に魔力循環の練習もしたんだ。だいぶ上達したぞ」
「うん、すごいよ。強くてきれいな光。冬のお日様みたい」
「…………」
本心から褒めたのに、シリウスはむすっと黙り込んだ。微妙に頬が赤い。
なんだ、今ので照れたのか。変なところシャイだな。
『清らかなる水の精霊よ、その恵みを我が手に注ぎ
魔力の輝きが十分に行き渡った後、シリウスは呪文を唱えた。
オクタヴィー師匠の歌うような詠唱とはまた違う、書物を朗読するような響き。
彼の手から水が湧き出て、水盆の中に満ちる。
『自由なる風の精霊よ、火の精霊とともに踊り、その交わりの熱き風を我が手より放ち給え』
次いで熱風の魔法。あくまで淡々と、あまり抑揚をつけずに唱えられた呪文の最後の発音が終わると、ぶわっと熱い空気が巻き起こった。
魔力をたっぷり注いでいるせいか、本来の効果よりも出力が高い。隣に立っている私の髪まで風に揺れて、たなびいた。
水盆に溜まっていた水が一気に蒸発する。と同時に、淡い金の
「ほほう、これが白魔粘土か。こんな方法で出来上がるとは、驚きだな」
シリウスは指先でちょいちょいと白魔粘土をつついている。それほど疲労した様子はない。
これを作るには一定以上の魔力量が要る。去年雇った五人の魔法使いのうち、成功したのは一人だけだった。魔力回路を使うようになった学生でさえ、二人だけ。
彼らは平均よりもそれなりに多い魔力量の持ち主だが、それでも一日に一樽分を作るのが精一杯。作った後はぐったりしている。
私は思い切り頑張れば、樽四つ分いける。でも四つ分作ると頭痛が起きて、その日はそれ以上魔法を使うのが難しくなる。
さて、シリウスはどうだろう。
「うん、初めてなのに上出来だね。じゃあ次は、限界に挑戦してみようか」
「え?」
きょとんとするシリウスに、私は鬼コーチの気分で命令を下した。
結論から言うと、シリウスは樽八つ分の白魔粘土を作り上げた。
ただし七つ分の時点でかなりふらふらになっており、それでも無理してもう一回チャレンジしたところ、八つ分の完成と同時にぶっ倒れてしまった。
こんなところでも加減が下手くそというか、なんというか。
倒れた彼を抱き起こそうにも、私の力では難しい。
十五歳のシリウスの体格は、もう大人並みだ。痩せ型だけど背が高いので、とても動かせなかった。
誰か男性を呼んで医務室まで運んでもらおうと思ったが、あいにく今は冬休み。学院内に人があまりいない。
ティトと二人で運べないか試したけど、途中で転びそうだったのでやめた。
仕方ないので私の部屋からクッションと毛布を取ってきた。毛布で全身をくるんで、クッションを枕代わりにしてみる。
私は書き物机の椅子に座って、ティトは立ったままでいる。
「足が疲れてきました。このバカの上に座っていいですか」
とティトが言うので、
「やめてあげて」
と答えておいた。私、やさしい。
ティトは私に失礼な態度を取りまくるシリウスを嫌っているんだよねぇ。
それにしても、樽七つ分の時点で止めてやればよかったな。
私もつい、鬼コーチのノリで「やれ、シリウス! お前の魔力はそんなもんか!? 諦めたらそこで試合終了だぞ!」とか煽ってしまった。反省している。
シリウスの一日の作成量は、余裕を見れば樽六つ分。ぎりぎりまで頑張って七つ分てとこか。
私の倍近くある。素直にすごいと思う。
彼は魔法文字に傾倒しているけれど、今後の成長によっては大魔法使いと呼ばれる立場になるかもしれない。それこそ、この学院を作ったシリウスのひいおじいさんのように。
これでここまでのクソコミュ障じゃなければなあ。天は二物を与えずってか。
でもまぁ、コミュ障でも社会への対処法を最低限だけ学んで、後はできる人に任せればいいのだ。
私もコミュ障気味だから、任せられるのは困るけど。
気が利いて理解のある使用人を雇ったり、奴隷を買ったりすれば何とかなると思う。
いずれ学院長である伯父さんと相談して、意見を聞いてみよう。
小一時間ほどして、シリウスは意識を取り戻した。
ティトと私が上から覗き込んでいたのを見て、めちゃくちゃびっくりしていた。「うおぁ!?」って言ってた。
起き上がってまだふらついていたので、家まで送っていったよ。彼の住居は、魔法学院にほど近いアパートの四階だった。
ユピテルのアパートは下の階ほどお金持ちで、上に行くほど貧乏人が暮らす。
一階部分はお店になっているケースが多い。
二階には戸建てを持てない程度の、そこそこ裕福な層が暮らしている。三~四階は中流層、それ以上は貧乏人。
多くの建物は一階ないし二階部分は石造りで、それより上は木造。火事が起きた時、木造はあっという間に燃えてしまうので、貧乏人ほど被害が大きくなる嫌な構造だ。
フェリクスに雇われる前のマルクスは最上階に住んでいて、それはもうひどい環境だった。
屋根裏部屋のような場所に、間仕切りだけの雑居状態。屋根と壁の間に隙間が空いていて、風が吹き込むわ鳩は出入り自由でフンとかしまくるわ、あんなとこにいたらお母さんが病気になるのも当然だと思う。実際、お屋敷の使用人部屋に引っ越したら体調が上向いたもの。
シリウスの自宅、アパートの四階は中流層の住居で、住環境は悪くはない。
部屋の中までは見なかったけど、やっぱり研究室みたいにゴチャゴチャなんだろうか。そこまでは知らんぞ。
「すまんな。世話になった」
と、シリウスにしては真っ当に言う。
「ううん、私も止めてあげなくてごめんね。体調が戻ったら、また白魔粘土作りをお願い」
「一晩ぐっすり寝れば魔力は戻る。明日からまたやるぞ。本棚のためだ、お金を稼がないと」
「無理しちゃ駄目だよ」
「それは今日、倒れて思い知った。今後は余裕を持って取り組む」
シリウスは渋い顔である。悪いリスの件といい、痛い目を見ないと実感できないタイプなのかもしれない。
明日も私の方で白魔粘土の材料を用意して、彼の研究室に持っていくことにした。
話がついたので、私とティトはお屋敷に帰る。
あとはオクタヴィー師匠に話を通して、支払う代金の用意をしよう。
シリウスは頑張ってくれそうだし、私も一日二~三樽分くらいなら負担なく作れる。
魔法学院の学生で、魔力量が多い人にバイトを頼むのもいいな。今の時点で二人は魔力量の問題をクリアしている。もう少し魔力回路の訓練を積めば、何人か増えるかもしれない。
よし。白魔粘土の方は見通しが立ってきた。
あとは、ティベリウスさんの結婚式で出す氷の料理を考えよう。