真夜中の追悼

夜半、ふと目が覚めた。

前世はよく夜中に何度も起きていたけど、ゼニスになってからこんなことは珍しい。

大人たちももう寝静まったようで、辺りはしんとした空気に満たされている。冬だから虫の声もせず、鳥や獣たちの気配も薄い。

私は起き上がって、毛織物の上着を羽織った。

部屋の外に出ると、中庭の空に細い三日月がかかっているのが見えた。薄い雲に覆われて、弱く淡く輝いている。

家を出て裏手に回る。月が細くて周囲は暗いが、住み慣れた実家。歩くのに不自由はなかった。

厩舎の前を通ったら、寝ぼけまなこの馬のガイウス号がブルルッと鼻を鳴らしていた。

厩舎の横合いに、少しばかり広い土のスペースがある。その隅の一角に、うっすらと掘り返したような跡が残っている。時間が経って分かりにくかったけど、よく見れば土が少しだけ盛り上がっていた。

プラムが眠っているのはここだろう。

私はその前に立って、ぼんやりと地面を眺めた。

「プラム」

口に出して名を呼んでみる。

前世では犬も寿命が長かった。けれどユピテルでは、九歳まで生きれば長生きの部類。……よく頑張って、生きたと思う。

イカレポンチだった私と同じ年に生まれて、一緒に育った。

私がわがままいっぱいに振る舞っても、プラムはお兄ちゃんみたいな態度で受け入れてくれた。

同い年だったはずなのに、すぐお兄ちゃんになって、お父さんみたいになって、おじいちゃんになって。

「プラム、死んじゃったの? もう会えないの? 早すぎるよ……」

前世でも犬を飼っていた。だからよく分かっている。

彼らの時間は短い。人間の何倍もの速さで年を取っていく。いくら嘆いても差は埋まらない。

涙があふれる。頬を伝いあごを伝って、ぱたりと足元の土に落ちた。

一度涙をこぼすと、もう止まらなかった。

ここなら誰もいない。思い切り泣いて悲しんでもいいはずだ。

悲しみが湧き出るままに、泣きじゃくった。

プラムとの思い出が蘇る。私がまだイカレポンチだった頃、全力で転げ回って遊んだこと。

私が転んで泣き出したら、涙を舐めてくれたこと。

そして七歳のあの年、手負いのブドウリスから助けてくれたこと……。

「プラム。虹の橋で待っていてね。いつか私も寿命で死んだら、迎えに行くから」

ユピテルの死生観は古い時代の面影を色濃く残していて、死後の世界の概念は薄い。前世のように天国や地獄、または転生といった考え方はない。ましてや犬の冥福を祈る作法なんてなかった。

だから私は、前世で犬を亡くした時と同じように、犬や猫やその他の人間とともに生きた動物たちが行くという虹の橋を願った。

そこでは皆、生前の若さを取り戻して、毎日楽しく遊んでいるんだって。

そして縁の深い人間が死んだ時、一緒に虹の橋を渡って次の世界へ行くんだって。

プラムも若い姿で元気に走り回りながら、私を気長に待ってくれるといいな……。

そう思って、私はたくさん泣いた。

冬の夜の静けさが、涙も泣き声も包み込んでくれるようだった。


泣いて泣いて、目が痛くなるくらい泣いて、ようやく心が少し軽くなった。

目元をごしごし擦る。これは明日、腫れてしまいそうだ。

冷やせばマシになると思い、氷の呪文を唱えかけて。

がたん、と、後ろの方で何かが倒れる音がした。

振り返ると、夜の闇の向こうに誰かがいる。小さい人影。

「ラス!?

驚いてそちらに行くと、ラスが困ったように厩舎の前に立っていた。足元には板切れが落ちている。立てかけていたこれが倒れて、音がしたらしい。

「ゼニス姉さま……」

「どうしたの、ラス。こんな夜中に」

「お手洗いに目が覚めて。そうしたら、姉さまが家を出るのが見えて」

あらら、タイミングが悪かったなぁ。

ラスはしばらく迷った後、金色の瞳をお月様みたいに光らせて言った。

「姉さま、大丈夫ですか? 泣いていたから、声をかけていいのかわからなくて」

「あぁ、みっともないところを見られちゃったね。もう平気だから、心配しないで」

「でも、すごく悲しそうでした。プラムのことですか?」

「……うん」

こんなに泣きはらした顔で、取り繕えるものではない。

「プラムとは同い年で仲良しだったから、悲しくなっちゃってね。けど、いっぱい泣いたら落ち着いたよ」

「じゃあ、僕もお祈りをさせて下さい。シャダイのやり方しかできないけど、僕も去年、プラムと遊んでもらったから」

私は言葉に詰まった。

一人で目一杯泣けば、それでいいと思っていた。でも、プラムのことを──あるいは私のことを──気にかけて、寄り添ってくれる気持ちが……とても、嬉しい。

「ありがとう。きっとプラムも喜ぶと思う。あの子、アレクを弟扱いしてたから、アレクと仲良しのラスも弟みたいに見てたと思うよ」

プラムが眠っている場所まで戻ると、ラスは膝をついて祈り始めた。濃い色の金の巻き毛が額に落ちかかる。

「天上の主にして全能なる神よ、ここに眠る魂に永遠の安息を与え、絶えぬ光でお照らし下さい。暗闇に迷わぬように、あなたの御手でお導き下さい……」

一神教らしい祈りの言葉に、真心がこもっているのが分かる。

私も彼の横に跪いて、歌うような鎮魂の祈りが、冬の夜空に散っていくのを聞いていた。


──さようなら、プラム。遠い未来にまた、虹の橋で会えますように。