挨拶をすると好意的な反応が返ってきた。良かった、こんな子供が教師役でも拒絶反応は起きないみたい。

オクタヴィー師匠あたりが根回しで圧力をかけておいてくれたのかもしれない。フェリクスの子をいじめると後でひどいわよ、って。ほら、影の番長だから。

「今日はまず、人の体の仕組みを学びます。血管や内臓の位置を把握しておくと、体の中で魔力を移動させる時に、より明確にイメージができるからです。体の中の魔力の通り道は、魔力回路と呼んでいます」

言いながら、マルクス作の絵を広げた。大きなパピルス紙に描いてもらったので、教壇の壁に貼ろうと思ったのだが、私の身長が低いせいで微妙な位置になってしまった。

見かねた学生たちが手伝ってくれて、皆が見やすい高い位置に貼り直せた。おおう、申し訳ない。ありがとう!

「人の体の構造は、だいたいこんな感じになっています。あ、この絵はあくまで簡易的なものですので、あしからず」

学生たちは不思議そうに絵を見ている。後ろの方の席の人は、立ち上がって近寄ってきた。

「本当にこの絵のとおりになっているんですか?」

質問が来たので、答える。

「はい。中央の少し左胸寄りに心臓がありますね。そこから太い血管が出て、全身に繋がっています」

「頭部は、これが脳ですか」

「ええ。脳はこんなふうに、表面にシワが寄っています。魔力の起点になる重要な場所です」

思考や記憶を司るとか、本当はその辺も言いたかったが、ユピテルの常識と大きく異なる点は混乱のもとだ。最初は控えめにするつもりである。

なお、下腹部は男女それぞれ描いてもらった。マルクスがふざけて、でっかいおちん○んを描こうとしたので、慌てて阻止したという裏話がある。

「皆さんの中で、家畜や野の獣を解体したことがある人はいませんか? 内臓の位置などは、おおむね獣と同じはずです」

「俺の実家は田舎なので、ウサギをよく狩りました。確かに似ています」

「料理人が豚をさばいているところを見たことがあります」

そんな話をして、だいたいの学生は納得したようだった。

次に白魔粘土を私の体にいくつか貼り付けて、魔力回路に魔力を回す。

脳を起点として心臓へ。下腹部へ。胴体を一周した後は、手足の先まで隅々と。

流れる魔力に反応して、粘土が順に光る様子を見てもらった。心臓や下腹部を通すと明らかに光が強くなっているのを見て、学生たちがどよめいている。

「では、皆さんもやってみましょう。頭、額の裏側辺りに意識を集中して魔力を作ってみて下さい。頭に魔力を集めるのではなく、魔力が生まれる場所、起点として意識してみましょう」

各々の席の横に立った学生たちが、軽く目を閉じたり深呼吸をしたりしながら挑戦を始める。

従来のカリキュラムでは魔力操作は二年次で習う。その第一歩は『指先に魔力を集める』。それをクリアしたら、魔法の詠唱と発動が出来るようになるわけだ。

ここにいる学生たちは、初歩的な魔法の発動が出来る程度には魔力操作を行える。でも皆、頭に魔力を作るのに苦戦していた。

魔力を集めるのではなく『作る』という動作は私の魔力回路理論の最初の一手で、新しい概念でもある。ここはクリアしなければならない第一難関だろう。

しばらくしてもあまり手応えがないようだったので、一度休憩にする。

「先生、頭に魔力を作る時、何かイメージをしていますか?」

「電気……ええと、雷のような火花が弾ける様子を思い浮かべていますね」

脳は電気信号で神経細胞同士のやり取りをしている。だから電気のイメージだったのだが、ユピテルに電気の概念はまだない。そのため説明が『雷のような火花』になってしまった。

静電気であればユピテル人も知っているので、その説明をした。

「魔力回路理論はまだ新しい試みなんです。魔法を使う時のように、起点のイメージも個人で違うかもしれないですね。お手伝いしますから、色々やってみましょう」

「はい」

その後も学生と意見を交換して、起点のイメージは湧き上がるようなものがいいのではないかとなった。着火、湧き水、種の芽吹きなど。各人に馴染みが深く、イメージしやすいもので試してみようという話になる。

こういった『イメージ』は、詠唱して発動させる魔法の時もそうだったが、人によって違う。

どんなイメージでも方向性が合っていて、ある程度以上の精度があれば魔法は発動する。

呪文(魔法語)の詠唱は、よく知られているものに関しては定型的。

けれど私が夏に作ったドライアイスの魔法のように、生み出したいものの特徴を指定していく方法も可能だ。

何故こんな仕組みになっているのかは、さっぱり分からない。

なんとなく、曖昧さや多少の記述ミスをもしっかり解釈してくれる超高性能プログラムシステムを連想するが、それは単に私が前世でプログラマだったからだろう。

あまり決めつけず、この世界の人々の魔力の有り様を観察しながら分析していきたい。

今回の起点のイメージもそうだ。どんなイメージがどんな人にどれだけの効果を生むのか。しっかりと記録して意見を取り入れていきたいな。

「あ、そうだ。頭部に魔力が生まれたかどうかの確認に、これを」

白魔粘土を少しずつちぎって、みんなの額にぺちっと貼った。魔力が生まれれば光って見えるだろう。

もう一度、試してみる。

学生たちが静かに集中すること数分、一人の額の白魔粘土がごく淡く光った。薄い水色のきれいな光だった。

次いでもう一人。琥珀こはく色の弱い光が灯っている。

「そこまで! あなたとあなた、ちゃんと魔力が生まれていました。お見事です」

しばらくして、彼らの集中力が切れ始めたのでそこで終わりにした。

魔力が生まれた二人の学生は顔を見合わせて、嬉しそうにしている。他の人は悔しそうだ。

それから何度か休憩と集中を繰り返して、時間になったので終了とした。

魔力を作れたのは、最終的に四人。まだ魔力の移動はできないが、初日の成果としてはまずまずではないかと思う。

私は彼らの名前と魔力色をメモした。メモ先はお馴染み、木板の片面にロウを塗った書板である。ロウの部分を鉄筆で引っ掻いて字や絵を書くのだ。

それから二人に聞いてみた。

「お二人は、どんな起点のイメージで魔力を作りましたか?」

水色の人が答えた。

「湧き水です。山の中の岩から、水が湧き出ているイメージで出来ました」

琥珀の人も言った。

「俺は植物の芽吹きです。なかなか魔力が生まれなかったので、ゼニス先生の真似をしました」

「真似?」

私が首をかしげると、琥珀の男子学生はちょっと恥ずかしそうに頭を掻いた。

「雷の火花ですよ。種が弾けるみたいに、ぱちんと小さい雷の火花を散らすイメージにしてみたんです。そうしたら、うまくいった」

「おぉー」

イメージ自体は人によると思っていたが、電気信号はやっぱり有効なのか?

これもメモっておいた。

最後にぱたんと書板を閉じて、私は言った。

「お疲れ様でした。最初だったのに、皆さんよく頑張ったと思います。ではまた、次の授業で練習しましょう」

白魔粘土を回収し、壁に貼った人体図も剥がしてもらって、解散。学生たちはガヤガヤとお喋りをしながら教室を出ていった。

こうして、私の講義初日は無事に終わ……ん?

学生たちがいなくなった教室の一番後ろの席に誰かが座ったままでいる。十四、五歳の男子だ。

なんだろ? 質問かな?

そう思った私が、トコトコとそちらに歩いていくと。

「ふん。下らん!」

吐き捨てるような言葉と、こちらをにらみ上げる瞳にぶつかった。

「魔法学院を最年少で卒業した天才が授業をするからと、見に来れば。実に下らん、エセ理論ではないか!」

彼はガタンと椅子を鳴らして立ち上がると、ずかずかと近づいてきた。

「子供は大人しく、家でシロップ水でも飲んでいろ! 帰れ、帰れ!!

右手に持ったパピルスを丸めたやつで、私の頭をぽかすか叩く。

いきなりなにすんだ、こいつ!

おいやめろ、痛くはないがムカつくわ。やめろっての!