魔力回路のいろいろ

少しだけ日にちが進んで、もうすぐ初授業の日がやってくる。

私は授業に向けて準備をしていた。

まずは魔力回路理論をもっと突き詰めて、私自身の理解度を深めなければならない。

魔力回路は体の中にある一種の臓器で、私の予想では血管と並行して全身に張り巡らされている。臓器と言ったが、魔力に関するものなので実体があるかどうか分からない。

そこで私は確かめてみることにした。

「ティト。ちょっと手伝ってもらっていい?」

魔法学院の私の研究室で、ティトに声をかける。

以前は自分の研究室を持てず、図書室の片隅で論文を書いていたが、今ではこの通り。私の城、私の拠点である研究室がちゃんとあるのだ。えっへん。

掃除をしていたティトは振り向いて、うなずいた。

「いいですよ。何をしますか?」

「これからナイフで自分の指を切るの。血を見て卒倒しそうになったら、支えてくれる?」

「はい?」

ティトが不可解な顔をしている。

私はお皿を取り出して机に置いた。ちょっと大きめで、深さのある皿だ。

次に水晶を磨いた凸レンズを首から下げる。ユピテルはガラスの加工技術が未熟なので、ガラス製のレンズはない。水晶みたいに硬くて透明度のある鉱物で代替している。もっとも、水晶レンズも普通は装飾品として使われていて、虫眼鏡のように使う人は一部の学者だけだ。

体内魔力を操作して指先に集め、皿の上に差し出す。見た目には分からないが、本人である私には魔力がきちんと集まっているのが実感できた。

そこで。

「とぉぉぉおおぉりゃぁぁ──!!

恐怖を紛らわせるために奇声、じゃない、大声を上げて、私は魔力が集まっている指先をナイフで切った。

ブツッと音がして鋭い痛みが走る。ぱくっと開いた傷口に、みるみるうちに血が盛り上がった。

「うひぇ、痛いよぉ、怖いよぉ!」

私は弱音を吐きまくりながら、流れる血を皿に落として、傷口をレンズで観察してみる。

……うん、傷口が普通に気持ち悪い。拡大された赤い肉の断面がグロいわ。

ちょいと目眩めまいを感じてふらついたら、ティトがしっかり肩を支えてくれた。助かる。

さて、虫眼鏡程度の拡大率では指先の毛細血管は見えない。単に肉の間から血が盛り上がっては滴り落ちるのが目に入るだけだ。

それから魔力回路に相当する臓器、もしくは血管のようなものも見えなかった。

レンズの拡大率が低いせいなのか、それともそもそも肉眼で見えるようなものではないのか。

あと一つ発見があった。

今現在、指先の血はぽたぽたと皿に落ちているが、魔力は指先に留まったままだ。体内では確かに血流と連動して魔力を操作するのに、体の外に出てしまえば関係なくなるらしい。

あ、そうだ。

私は思いついてティトに言った。

「ティト、魔力石をひとつ皿の中に入れてほしいな」

「えぇ? 血の中に浸すんですか?」

「うん」

魔力石は、触れたものの魔力に反応して光る小石だ。

私の感覚上では血液に魔力は溶け出していないが、実際に確かめてみようと思ったのだ。

ティトは渋い顔で魔力石を持ってきて、皿の中にそっと入れた。

「……あれ」

皿の上で血まみれになった白い魔力石は、うっすらと光っている。指先に魔力を集めて触る時と比べれば光はかなり弱いが、それでも間違いなく魔力に反応している。

「うーん?」

これはどういうことだろう。

感覚的には魔力が流れていないだけで、実は血と一緒に魔力も出て行っているのか。

それとも血液には元々多少の魔力が含まれているのか。

調べるほどに謎が増えてしまっている。

実に不思議だ。

不思議で、やっぱり魔法は面白い!

よし。この勢いでもう一つ実験をしちゃおう。

私は滴り落ちる指の血に、魔力を乗せてみた。何もしなければ留まっている魔力を、あえて血と一緒に外に出してみたのだ。

すると。

ピカーッ!

皿の中の魔力石が激しく光った。指先で触った時の何倍も強い光だった。

私の魔力色は白。白い光が血まみれ状態で結果、薄ピンクに光ってめちゃくちゃ気持ち悪かった。

「きもちわるぅ……」

ずっと血を眺めていたせいで、私の神経はけっこう参っていた。

そこにグロフラッシュを浴びたせいで、限界に達したのである。

そして私は、ぐらぐらと目眩を起こしてよろめいて。

ティトが止める暇もなく皿の端を引っ掛けて、血を机にぶちまけた挙げ句、私自身も血溜まりで汚れる羽目になったのだった……。


「まったく、ゼニスお嬢様! 血なまぐさいものが苦手のくせに、どうしてああいうことをやるんですか」

「すみませんでした」

ティトが掃除をしてくれている。元々、指先からちょっとこぼれていた程度の量の血だ。大したものではない。

でも私は、服にべったり血をつけてしまった。白っぽい色の服なので、とても目立つ。

「洗濯しなきゃ」

指に軟膏なんこうを塗って布を巻いてから、私は言った。

実験で集中している時はすっかり忘れていたが、割と深く切った傷口はじんじんと痛い。でもこのくらい切らないと魔力回路の血管が見える可能性がなかったわけで、悩ましいところだ。

なお軟膏はバターである。ユピテルではバターは食品ではなく薬品なのだ。

微生物滅殺魔法こと殺菌の魔法も使っておいたので、化膿することはないだろう。

「じゃあフェリクスのお屋敷に戻って、洗濯係の奴隷に頼みましょう」

と、ティト。

魔法学院に着替えは置いていない。一度帰らないと駄目だろう。

今後は実験を行う機会も増えるから、着替えや仮眠の毛布一式などを揃えておこうと思った。

血で汚れた服で歩くのは恥ずかしかったけど、布を寄せて目立たないようにしながらお屋敷まで歩いた。こういう時、タクシーとか呼べないのがつらい。

お屋敷まで帰り着いて、奴隷の人に洗濯を頼む。

ふと思いついて聞いてみた。

「ねえ、洗濯はどういうふうにやるの?」

血液汚れはしつこいが、ちゃんと落とせるだろうか。

奴隷の女性が答えてくれる。

「簡単なものなら、お屋敷で手洗いしますよ。旦那様のトーガやオクタヴィーお嬢様のお洋服のように、大事なものは洗濯屋に持っていきます。ゼニス様のそれも、血の汚れは落ちにくいですから。洗濯屋に出しますね」

トーガというのはユピテルの伝統的な成人男性の衣装で、でっかい布を身体に巻き付けて着こなす。巻き方やひだの付け方でおしゃれ度合いが決まるらしい。

「洗濯屋さんがあるんだ」

私は興味をひかれた。

ユピテルで石鹸は流通していない。お屋敷での洗濯風景は、桶に水を張って棒で叩いたり足で踏んだりして洗うのを見たことがある。

洗濯屋ではどうやって洗っているのだろう? ティベリウスさんの正装用のトーガはいつも真っ白だけど、ああいうきれいな色はどうやって出しているのだろう? 漂白剤があるのかな。

「洗濯屋、私も行きたい」

私が言うと、奴隷の女性はぎょっとした顔をした。なんぞ?

「貴族のお嬢様が行くような場所じゃありませんよ。臭くて汚くて、わたしらも近寄りたくない場所です」

洗濯屋が臭くて汚い?

私は前世のクリーニング店を思い浮かべた。洗濯屋自体は汚いってこともないと思うが。まあ、汚れた衣服を集めているわけだから臭ったりするのかな?

「気になる。行きたい」

力強く言えば、奴隷の女性は困った顔でティトを見た。ティトは首を振った。

「ゼニスお嬢様は言い出したらきかないわ。連れて行ってあげて。それで思い知るでしょう」

というわけで、私たちは洗濯物を抱えて、洗濯屋へと行くことになったのである。


洗濯屋は、下町の住宅街の一角にあった。

大きな石造りの建物で、五~七階ほどの高層の建物が目立つ中にあって珍しく二階建てだ。

しかし、それよりも何よりも。

その建物に近づくに従って、強烈な臭いが濃くなっていく。もはやどんな言葉で表していいか分からないほどの、腐敗臭と糞便臭、とにかくこの世のあらゆるひどい臭いを混ぜ合わせたかのようなものだった。

私は既に洗濯屋に行きたいと言ったのを後悔し始めていた。でもここまで来て引き下がるのは出来ない。

悪臭に鼻が慣れてくれるのを願いながら、洗濯屋の建物に向かった。

建物の中は広くて、風が吹き抜ける造りになっている。そうでなければ中で働く人が死んでしまうくらいの悪臭が立ち込めていた。

多くのユピテルの建物と同じく、建物の真ん中に中庭がある。中庭には大きな洗い桶がたくさん置いてあって、腰巻き姿の洗濯奴隷たちが足踏みで洗濯をしていた。足踏みっていうかジャンプの勢いで、洗い桶の中の洗濯物を踏みつけている。おかげで、奴隷たちの足は太くてたくましい。

「いらっしゃい」

横合いから声をかけられて、私は飛び上がった。

見れば女性が一人、こちらに近づいてくるところだった。身なりからして奴隷ではない。この洗濯屋の店主か、店主の奥さんだろう。

そして、私は思わず何歩か後ろに下がってしまった。

だってその女性からは、ものすごい臭いがしたのだ。

この洗濯屋に漂う悪臭を圧縮して、全身に塗りたくったような臭い。

たぶんずっとここにいるせいで、臭いが染み付いてしまったのだろう。

表通りですれ違ったら、鼻を押さえて悶絶しそうな臭いだった。

「今日はこの一枚だけお願い。血の汚れです」

フェリクスの奴隷の人が鼻声で言った。悪臭で鼻が詰まってしまったのだ。

洗濯屋の店主はうなずいて、私の服を受け取った。

もうさっさと帰りたかったが、私はふと壁際の壺に目をとめた。悪臭はあそこから特に発している気がする。

「あれは何?」

私が指をさして言うと、店主は壺の横まで行って手招きした。

え、行きたくないんですけど?

でも質問した以上、確認せねばなるまい。私は渋々、その壺の近くへ行く。

「あたしらの大事な『洗剤』ですよ」

壺の中には、強烈な悪臭のするナニカが入っていた。

それは液体だった。液体に土が混ぜてあるようだ。ふつふつと軽く泡立って、地獄の釜ような様相を呈している。

「洗剤はね、人間のオシッコから作るんです。オシッコを壺に入れて、ちょっとの土と混ぜて、七日もすれば出来上がり。これで洗えば、どんな汚れもたちどころに落ちますよ」

ええええええぇええええええぇぇぇ!

尿! オシッコ!

なんでそうなる!

……いや待て。尿に含まれる成分、つまりアンモニアのことではないか? アンモニアは前世でも洗剤に使われていた。皮脂汚れを落とすのに最適なのだ。

この古代世界で手軽にアンモニアをゲットするには、人間の尿が一番いいのだろう。だって毎日、勝手に出てくるもん。土を入れるのは、微生物の働きで尿の窒素を分解して、より効率的にアンモニアを生成するためだと思う。

そういや、前に聞いたことがあった。庶民の皆さんは自宅では壺に用足しをして、洗濯屋が小の方を回収していくって。公衆トイレも回収を前提にしてるって。

うへぁ……。この国で洗濯するって、こういうことなの……。

私はよろめいたが、倒れるわけにはいかない。倒れてこの壺の中身を頭からかぶってみろ、ゼニスの人生が終了して次の異世界転生が始まってしまう。

「わ、わかった。ありがとう」

私が必死に言うと、店主は嬉しそうに答えた。

「貴族のお嬢さんが興味をもってくれるなんて、光栄ですよ。あたしらはほら、この臭いでしょう。嫌われ者でねぇ」

そっか……。

とんでもねぇ『洗剤』だが、都市の暮らしに必要な職業でもある。

あとエコでもあるか……? 人間の生活内で循環しているという意味では、持続可能な何とかかんとか。SDGs。

私が無理やりいい方に考えようと頑張っていると、

「ふえっくしょん!」

急にくしゃみが出た。風向きが少し変わって、アンモニアとはまた別の悪臭が漂ってきたのだ。

見れば部屋の一角に、テントみたいな三角錐のものがいくつか置いてある。布がかけられていて、てっぺんから煙が出ている。

その煙がこっちにやって来たせいで、くしゃみが出たのだ。

ていうか、くしゃみだけじゃなく涙も出てきた。

この刺激臭は前世日本人にはお馴染み。硫黄である。

「あぁ、あれはトーガを漂白してるんですよ。ほら、こうやって木の枝を編んだ枠にかけてね」

店主が布──トーガをめくってみせてくれた。

内側で硫黄が焚かれていて、もくもくと煙が出ている。

「トーガの漂白は硫黄に限りますよ。硫黄でいぶして白くしたトーガは、高貴な方々に好評で」

「そ、そうなんだ、へくしょん!」

いかん。好奇心はあるし洗濯屋という職業に偏見もなくなったのだが、体が限界だ。

くしゃみが止まらず、涙ぼろぼろ。ついでに鼻水ずるんずるん。

「じゃあ、あたしたちは帰ります。洗濯物をよろしく」

同じく目に涙をためたティトが、さっさと出ていこうとしている。

洗濯物! 私が血で汚してしまったやつ、そうだ!

涙でにじむ視界の中で、私は一つ思い出した。前世の洗濯術である。

「それ、自分で洗うから、持って帰る! キャンセルごめんなさい! へっくしょん!」

私は洗濯物を取り返して、いよいよ限界を迎えて外へと走り出した。


外の空気は美味しかった。それはもう、信じられないほどに清らかに感じられた。

ティトとフェリクスの奴隷もほっとした顔をしている。

この国の洗濯が尿を使うのは、もう仕方ない。

いずれ石鹸を作った方がいいとは思う。でもそうなると、尿を売ったり回収していた人の生活に影響が出るだろう。

それに確か又聞きの知識では、布を染める染料の定着剤や羊毛の脱脂にも尿は使われている。排除は出来ない。

それからもし石鹸に切り替えたとして、排水や下水に影響はないか?

私はまだ知らないことが多すぎる。

仮に対処法がばっちりだとしても、都市機構を大きく変えるような力は私にはない。

だから「オシッコなんて汚いから今すぐ止めろ!」と頭ごなしに言えばいいってもんじゃないのだ。

いつか私が都市計画に携わる機会があったら、ぜひ変えていきたいね。

それまではオシッコ洗濯も、ユピテルならではと割り切っておこう。

さて、ものすごい目に遭ってしまった洗濯屋見学だったが、限界ぎりぎりの状態で思い出した。

血液汚れは、大根で落とせるということを。

ユピテルには日本のような白くて長い大根はない。でも二十日大根、ラディッシュならある。ごくありふれた野菜で、市場でいつでも手に入る。故郷の村でも栽培していたよ。

大根にもラディッシュにも、ジアスターゼという酵素が含まれている。

ジアスターゼはタンパク質を分解する効果がある。血液はつまり、タンパク質。

よってラディッシュをすりおろして揉み込めば、血液汚れが落ちるのである。

「お屋敷にラディッシュ、あったよね?」

帰り道、汚れ落としの説明をして奴隷の人に聞いてみる。

「ええ、もちろん。厨房に行けば分けてくれますよ」

というわけで、お屋敷に帰り着いた私たちは、ラディッシュをすりおろして小鉢に入れてもらった。

洗濯物とラディッシュを持って浴室近くの洗濯室に行く。貴族の私がそんな場所に顔を出したせいで、奴隷の人たちがびっくりしている。

「これからゼニス様が、血の汚れ落としをしてくれるんですよ!」

洗濯屋まで一緒に行った奴隷の女性が言った。皆、なんだなんだと近づいてくる。

私が自分で洗おうとしたら、止められてしまった。そういうのは奴隷の仕事ですって。

まあ仕方ない。

「やり方は簡単だよ。血がついた部分にすりおろしたラディッシュを揉み込んで、水で洗い流すだけ。あまり強くこすらないで、ぽんぽんと軽く叩き込む感じで」

「はい」

言われたとおりに、奴隷の女性が血のついた部分にすりおろしラディッシュをつける。

だんだん血の汚れが薄まって、最後に水で流せばきちんときれいになっていた。

「まあ!」

「ラディッシュにこんな効果があったなんて」

皆さん口々に驚いている。

「これは……あれじゃない?」

「そうよね」

うん? 女性の奴隷が何人か、小声で話している。

「どうしたの?」

「あぁ、あの。血の汚れがこんなにきれいに落とせるなら、その……女の月のものの悩みも減りそうだと話していたんです」

彼女はちょっと気まずそうに言った。

月のもの。生理か。

ユピテルでは生理はタブー視されていて、表立って話題に出ることはない。日本みたいにお赤飯でお祝いするようなこともない。

でも、いくら隠したって生理が消えるわけじゃない。布が貴重な古代世界では、経血の処理も一苦労だろう。こっそり洗ってしまえるなら、それに越したことはない。

我ながら、意外にいい仕事をしてしまったかもしれない。

これはさすがにティベリウスさんには話せないな。オクタヴィー師匠に話を通しておこう。ラディッシュを多めに仕入れて、洗濯で使いますって。

こうして血液と魔力の実験から始まった洗濯騒ぎは、一段落ついたのだった。

いくらか寄り道をしてしまったが、今日はとうとう初授業の日!

あれから血液と魔力についてレポートにまとめた。

残念ながら魔力回路の目視での確認は出来なかったが、結果的に血液と一緒に魔力が巡っているのが分かった。一歩前進だと思う。

それから授業の資料として、簡易的な人体図を作ってみた。

私の魔力回路理論は、自分の体の中にある魔力の通り道『魔力回路』を自覚するところからスタートする。そのため、まずは血管や内臓をはじめとした人間の体の構造をきちんと知っておかなければならない。

大きな血管がどこをどう通って体を巡っていくか。

各種の臓器の位置と役割。

この辺りを理解しておけば、血流と一緒に体を循環する魔力、ひいては魔力回路の把握に役立つだろう。

魔法や魔力はイメージが大事なので、自分の体をしっかり認識するのは大前提なのだ。

ちなみに私は、前世では生物の授業や人体テーマのテレビ番組が好きだった。そりゃあ専門的な詳しさ、精密さにはまったく欠けるが、素人にしてはよく覚えている方だと思う。

だから、科学的な人体図を頭の中で再現する分には問題がない。

問題は別の所にある。私に絵心がない点だ。

それでも一応自力で描いてみたら、幼稚園児の落書き以下のシロモノが出来上がってしまった。脳内で「腐ってやがる。早すぎたんだ!」の巨神兵登場シーンがよぎった。とても使い物にならん。

で、小さい仕事なので絵画の職人に頼むのも頼みにくくて困っていたら、なんとマルクスが描いてくれた。意外な才能だ。

「絵を描くのは得意だぜ。外国人で言葉が通じないお客相手でも、身振り手振りと絵で話ができるからさ」

と言って笑っていた。

彼は最近、公衆浴場の出店も担当している。売上は上々のようだ。

屋台と公衆浴場の掛け持ちしている中で忙しいだろうに、描いてくれた。ありがたいね。

そうして完成した人体図と各種の資料を持って、私は教室に向かった。


いよいよ二年次の教室に入る。緊張するなあ……。

しかし、教師がビビり腰ではいかんのだ。そんなことをしたら学生に舐められる。前世の教育実習で学んだ教訓である。

私はオクタヴィー師匠の偉そうな態度を真似しながら、教壇に立った。

具体的には胸を張って相手をあごで見下すような感じだ。でもよく考えたら、九歳の子供で身長が低い私がそれをやっても、アホみたいに見えるだけだった。失敗した!

内心で冷や汗を流しながら教室を見渡した。

教室には十人少々の学生がいる。十三歳から十六歳くらいの少年少女たちだ。

おや、よく見ると見知った顔もいる。私が一年生として魔法学院に通っていた頃、クラスメイトだった人たち。そうか、本来の進級スピードなら二年次の後半にいてもいい人たちだ。

知っている人がいてちょっぴり安心した。

「皆さん、こんにちは。魔力回路理論の授業を受け持つことになった、ゼニス・フェリクス・エラルです。よろしくお願いします」