新しい季節と新しい仕事
今年の夏は大忙しだった。
夏が終わり秋になった今、ようやく振り返る余裕が生まれたくらいに。
フェリクスのお屋敷の中庭で、私は秋の青空を見上げた。
最初は、ひょんなことで屋台を営む少年マルクスに出会ったのが、始まりだったね。
そうして彼と一緒に、氷の商売を始めたんだ。
ユピテルの暑い夏に、魔法で作り出した氷の商売は大ヒットしたよ。
毎日、
何せこの古代世界に冷蔵庫はない。首都のような大都市の街なかだと井戸もなくて、水といえば公共水道のぬるい水だけ。中世ヨーロッパみたいに清潔な飲み水確保に苦労しないだけずいぶんマシではある。けれどそれでもやっぱり、冷たくて美味しい飲み物の魅力はすごかった。
カッと照りつけるような夏の太陽の下、マルクスの小さい屋台ではさばけないほど、毎日お客さんが大挙して押し寄せたっけ。
偶然に発見・製作した魔法素材『白魔粘土』の力もあって、氷の供給量をアップさせて。屋台だけじゃなくちゃんとしたお店も出して、大繁盛したんだよ。
私の目的はお金稼ぎだった。たっぷりとお金を稼いで魔法の研究資金にしたかった。今後何年分も、何なら一生分の資金をガッツリと稼ぎたかった。
だから、このくらいの成功じゃあまだまだ満足していない。
そう。実のところ、かき氷と飲み物の商売は前哨戦に過ぎない。
本命は次の段階──ユピテル共和国の輸送革命、冷蔵運輸にある。
前世の物流では欠かせなかった、冷蔵と冷凍を使った運送。
これをユピテルに導入すれば、どれだけの儲けを得られることか!
大貴族フェリクスの次期当主、ティベリウスさんはそれを正しく理解してくれた。むしろ私よりも深く考えて、このユピテルという国を変えるための手段にしようとしているようだ。
けれど、そのためにはまだ課題が残っている。
一つは白魔粘土の不足。
画期的な魔法素材である白魔粘土は、他の素材の追随を許さないくらいの高い断熱・保冷性能を誇る。冷蔵運輸には絶対に必要である。
それなのに数が足りない。
白魔粘土は能力の高い魔法使いでないと製作が出来ない。これは、次の問題に直結している。
二つ目。魔法使いの人材が絶賛不足中。
魔法は、氷の商売で注目される前までは、つまりごくごく最近まで全く人気のない技術だった。
魔法使いは軍人になるくらいしか職業の幅がなくて、使い潰しの利かない職だと思われていたんだ。
まったくひどい話である。魔法はこんなにも不思議とロマンにあふれているっていうのに!
それで、魔法使いを育成するための施設も一つしかない。
私の母校でもある、首都ユピテルの魔法学院だ。
この魔法学院は扱いとしては私塾で、規模も小さい。三年制で一年ごとに十数人しか学生がいない。
しかも学生のほとんどが小金持ちの次男三男や女子で、「どうせ家の後継ぎになれないし、軍隊に入るのに優遇される魔法使いにでもなっとくか~」くらいの意識の低さなのである。熱意を持って魔法に取り組んでいる人は皆無だ。
めちゃくちゃ嘆かわしいッ! きみたちには
まあ、それはともかく。
今年の氷の商売で、魔法に対する流れが変わってきた。
まず、魔法学院の経営権をフェリクスが取った。以前は別の大貴族家と折半するような形で経営していたが、完全にフェリクスが買収したそうな。
次に魔法使いの育成強化が掲げられた。
魔法の新しい可能性を広めて、魔法学院への入学者を増やす。同時に教育カリキュラムも見直して、より質の良い人材を育てる。
その第一歩として、私の『魔力回路理論』が採用された。学院の卒業課題で論文にまとめて提出した、体内魔力の挙動と操作に関しての考察だ。
これは前世の科学や医学の知識(といっても素人レベルだけど)を盛り込んだ内容だったので、その辺りの基本的な知識が薄いユピテル人たちに不評であった。
せっかく全身ベトベトになりながら、お尻から熱風が出そうになりながらすごく頑張って書いた論文だったのに、オクタヴィー師匠などは「ふーん? まあいいけど」の一言。他の教師陣の反応も冷たかった。
そのため、この論文はしばらく表に出ていなかった。
それが今年の夏、魔法使いの人手不足がひどかった時、藁にもすがる思いで雇われの魔法使いたちに実践したら、結構な効果が出た。皆さん効率的に魔力を扱えるようになって、魔法の効果が上がった。
そのような経緯があって、私の魔力回路理論は正式に魔法学院で採用されたのである!
担当教師はもちろん、このわ・た・し!
考案者にして立役者、ゼニス・フェリクス・エラル!
年齢は弱冠九歳の天才女児、その実体は前世アラサー日本人で通算年齢四十代のおばさま!
……うん、なんかごめん。ちょっと浮かれすぎた。
私は前世知識がちょろっとあるだけの凡人。見た目は子供、頭脳は大人でも、凡骨の大人に過ぎない。
冷静に戻って話を続けると、とにかく肉体年齢・九歳の私が教師として教壇に立つことになった。
教える内容は魔力回路理論の実践。体内の魔力をより効率的に操作して、魔法の効果を底上げをする。これを学生たちに指導するのだ。
教師なんて前世の教育実習以来。しかも中身はおばさまでも、見た目はちびっこ。
学生たちに舐められないか心配というものだ。
そこはまあ、魔法学院の支配者、影の番長であるオクタヴィー師匠に威圧をお願いしておこう。きっと威力ばつぐんだろう。
そのようなわけで、私は初授業への準備を進めている。
ティベリウスさんとオクタヴィー師匠の兄妹から指示されたのは、この教師業務が一つ。
それから白魔粘土の製作だった。
製作については私自身は出来る範囲で行い、それ以外の人材確保・マネジメントなどは師匠が担う予定である。
私はかなり魔力が高い方なので、実働部隊としても期待されている。
でも何やら、それ以外にもありそうなのだ。
一連の話を聞いたあの日、お屋敷の執務室で、ティベリウスさんが含みのある言い方をしていた。
「ゼニスは今後も活躍してもらわないとね。氷の商売の発案者であり、冷蔵運輸の可能性を俺に示してみせた。その責任をぜひ取ってもらおう」
な、なんだろう……。ちょっと背筋が寒いんですけど。
私がビビりまくっていると、彼は微笑んだ。とても胡散くさい感じの笑みだった。
「何、どうということはない。常に斬新な発想を持つきみならば、難なくこなせる程度のことさ。時期が来たら教えるよ」
それで結局、具体的に何をするのかはぐらかされてしまった。
私は一抹の不安と大いなるビビリを心に抱えながら、最初の仕事──魔法学院の教師業務に手を付けたのだった。
季節は秋。暑い夏は終わっても、残暑がまだまだ厳しい季節。
それでも見上げた空はもう高くて、新しい始まりの予感を告げていた。