第四章 先生。よろしくお願いします!
「ここが、Dランクダンジョンかー」
「そういえば、朱莉はDランクダンジョンに来るのは初めてだったか?」
「そうだよ」
襲撃があった翌日。
俺たちは早速、歌舞伎町にあるDランクダンジョンに来ていた。
朱莉にDランクダンジョンに潜ることを提案すると、二つ返事でOKがもらえた。
やはり、朱莉も昨日の襲撃は思うところがあったみたいだ。
日曜日の今日は朝一から俺の家にきてダンジョンに誘ってきた。
(いや、やる気満々っていうのもあるけど、それだけじゃないか)
朝早くから俺の家に来たのは家にいても誰もいないというのも理由の一つかもしれない。
昨日の事件の後、美香さんは入院することになってしまったのだ。
美香さんはあれからまともに反応できない状態となっていた。
鎮静剤などを使い、眠ってくれたそうだが、また襲撃があるかもしれないという状況的にも当分の間は入院するのは避けられないそうだ。
しかも、朱莉の顔を見ると、襲われた光景がフラッシュバックしてしまうらしく、同じ病室にいることすらできない。
それに、俺たちは襲撃者たちのターゲットにされたみたいだし、近くにいない方がいいだろう。
朱莉は明るく振る舞っているが、相当辛いと思う。
俺たちも朱莉に負担をかけないようにしないといけないな。
「Eランクダンジョンと全然変わらないね」
「見た目変わらないんですよね」
「見た目はな〜」
「?」
朱莉に負担をかけないようにしようと思った矢先に、前回のDランクダンジョン探索を思い出して俺たちは暗い気持ちになる。
「京子。とりあえず、『聖域』を使っておいてもらっていいか?」
「わかりました。『聖域』。アカリちゃんも入って」
「わ、わかった」
戦闘にもなっていないのに防御スキルを使い出した京子を見て、朱莉は少し驚いた顔をする。
前回のDランクダンジョン探索は散々だったのだ。
戦闘でダメージは負わなかったが、何度も何度もトラップに遭い、相当なダメージを受けてしまった。
いきなり矢が飛んでくるのは当たり前。
唐突に足元から槍が飛び出してきたり、天井からギロチンが落ちてきたり、大玉が転がってきたこともあった。
しかも、トラップは戦闘中にも発動するのだ。
戦闘中に落とし穴に落とされた時はマジでやばいと思った。
落とし穴の下に刃物が敷き詰められていたというのもあるが、戦闘中に前衛の俺が後衛の京子を守れない状態になってしまったのだ。
京子は移動中からずっと聖域を使い続けていたが、MPが切れれば聖域は使えなくなる。
そうなれば、防御力があまり高くない京子は命すら危うい。
なんとか壁を蹴って脱出し、モンスターが京子の下に辿り着く前に倒すことができたが、あの時はマジでやばかった。
「……行くぞ」
「はい!」
「わ、わかった!」
俺たちは気合を入れてゆっくり、ゆっくりとダンジョンを進み始めた。
***
「あれ?」
「!! どうかしたか?」
ダンジョンを進み出してしばらくして、朱莉が不思議そうな声を出したので、俺たちは立ち止まる。
すでに五分くらい探索しているが、今日はまだ戦闘ができていない。
進んだ距離も大した距離になっていない。
それだけ慎重に進んできたということだ。
「え? いや、あそこの床がちょっとおかしいなと思って」
「「あそこの床?」」
朱莉の指さす先をみるが、特に変わった様子の床はない。
「どこだ?」
「ちょっとここで待ってて」
「あ、アカリちゃん! 危ないよ!」
「大丈夫!」
朱莉は俺を追い抜き、前に出て床を調べ出した。
『ダンジョンGo!』からトラップ解除ツールを取り出しているので、かなり本格的に調べてるみたいだ。
見習い盗賊から盗賊に上がったことで、朱莉はトラップ解除ツールが作れるようになったらしい。
見た目は工具箱みたいな感じだが、中には俺や京子では使い方がわからないものがたくさん入っていた。
朱莉には全部使い方がわかるそうだ。
それもジョブ補正みたいだ。
(めちゃくちゃ手際いいな)
地面に膝をつき、一箇所の床を真剣に調べている。
周りの床と見比べてみたり、天井を見上げたりだ。
俺からは普通の床に見えるが、何か違いがあるのだろうか?
俺と京子は恐る恐る朱莉のすぐそばまで行って朱莉の調べている床と周りの床を見比べてみたりしたが、違いが全くわからない。
京子も訳がわからないという顔をしているから、俺と同じ気持ちなんだろう。
「……うん。やっぱりこの床、トラップだ」
「えぇ!」
「本当ですか?」
「うん。見てて。『トラップ解除』」
「「!!」」
朱莉がスキルを発動すると、朱莉の体が淡く光る。
それと呼応するように、朱莉がさっき調べていた床がうっすらと光り出した。
その光はゆっくりと広がっていき、天井に到達すると、そこにギロチンの刃が現れた。
「まじか」
「全然わかりませんでした」
「えへへ。『破壊』」
朱莉が手に持っていたツールで浮かび上がったトラップを優しくつくと、トラップはガラスが砕けるような音を立てて砕け散った。
驚くほどあっけない。
俺たちは空いた口が塞がらなかった。
「うん。これならなんとかなりそう。ここからは私が先頭で問題ないかな?」
朱莉は達成感に満ちた表情で振り向く。
その顔からは自信がうかがえた。
俺と京子は二人で顔を見合わせてうなずく。
「「先生。お願いします」」
「うむ。任されよ」
俺たちは自信満々で進む朱莉の背中を追いかけた。
***
──────────
色欲の白兎(D)を倒しました。
経験値を獲得しました。
ジョブ『忍者』がレベルアップしました。
ジョブ『NINJA』がレベルアップしました。
報酬:3,896円獲得しました。
──────────
「……びっくりするくらい余裕だな」
「本当、前の探索はなんだったの? っていうくらい余裕ですね」
俺たちは順調にダンジョン探索を進めていた。
Dランクのモンスターもそこまで強くなく、結構あっさりと勝利できていた。
何より嬉しいのが、Dランクに上がってから『忍者』のレベルが上がり出したことだ。
今、レベル九だから、もうすぐランクⅡになる。
一ヶ月近く潜っていたEランクダンジョンでレベルが三までしか上がってなかったのだから、はっきりとした進歩だ。
この辺りがやっとジョブ忍者の適正レベルなのかもしれない。
ランクが上がるとジョブは一気に強くなるので、元々強かった忍者がランクアップすればどうなるのか本当に楽しみだ。
それに、NINJAの方もランクがⅡになってからレベルが全然上がらなくなっていたが、Dランクダンジョンに入って再び上がり出した。
京子も聖女のレベルが上がらなくなっていたそうだが、Dランクダンジョンに来て、また上がるようになったらしい。
やっぱり、Dランクダンジョンに来て正解だったみたいだ。
「それもこれも、朱莉大先生のおかげだな」
「アカリちゃん先生! ありがとう」
「ふっふっふ〜♪ もっと褒めてもいいんだよ!」
朱莉が先頭になって進み出してから明らかにダンジョンの攻略スピードが上がった。
最初はおっかなびっくり朱莉の後をついていっていた俺たちだったが、朱莉がズンズン進むので、立ち止まるわけにもいかず朱莉と同じスピードで進んでいた。
だが、すぐに安心して進めるようになった。
朱莉はどんどんとトラップを解除していき、朱莉の歩いた後にトラップの取り残しは一つもなかった。
その上、トラップに近づけば、「この辺にトラップがありそうだから、注意して」と注意までしてくれるのだ。
俺たちはすでに朱莉を信頼し切っており、京子は聖域を張っていない。
(適正ランクに届いてないから少し心配だったけど、大丈夫だったみたいだな)
Dランクダンジョンの適正ランクはⅨとヘルプに書いてあり、朱莉は盗賊のランクがまだⅡだから少し心配していたが、ランクⅡでも大丈夫だったようだ。
京子が昔ケンタから聞いた話では、ヘルプの推奨ランクは高すぎて、そこまでレベルを上げるのはほぼ不可能だそうだ。
朱莉は前にその話を信じて見習い職のままEランクダンジョンに突入して失敗したが、今回は正解だったみたいだ。
それに、朱莉のEランクでの戦闘を見ていた感じ、確かに、ヘルプのランクは高すぎるように思う。
あの表記はソロ探索者向けのランクなのかな?
それにしても高い気がするが。
いや、Dランクダンジョンは十階層まであるらしいから、もしかしたら階層を下っていけばランクⅨくらいまで必要になってくるのかもしれないな。
油断はしないでおこう。
「それにしても、トラップにあんな使い方があるとは予想外だった」
「私も思いつきませんでした」
「ヘッヘッヘ〜♪ すごいでしょ! まあ、私も『トラップ発動』ができるのはジョブのおかげなんだけど。あれができるようになったのもさっきレベルアップしてスキルを覚えてからだし」
さっきの戦闘で朱莉がとった行動には驚かされた。
朱莉は戦闘中にトラップを発動させ、相手モンスターを落とし穴に落としてしまったのだ。
だから、さっきの戦闘は落とし穴の上から火を吹くだけの簡単なお仕事になっていた。
どうやら、朱莉がやったのは『トラップ発動』というスキルで、そのスキルを使うと、本来は探索者側にしか発動しないトラップをダンジョンのモンスターにも発動するようにできるらしい。
トラップにかかったモンスターが「え?」っていう顔をしていたのは本当に面白かった。
ザマァ見ろって感じだな。
もしかしたら、前回、俺も戦闘中にトラップにかかった時同じような顔をしていたのかもしれないが。
「じゃあ、進もう!」
「……なあ朱莉? そろそろ休憩しないか?」
「え?」
「……そうですね。私も疲れたのでそろそろ休憩をしたいです」
俺と京子は再びダンジョンの奥に進もうとしていた朱莉を止める。
正直、俺たちはあまり疲れていない。
探索時間もあまり経っていないしな。
だが、朱莉は結構疲れているように見えた。
多分、『トラップ解除』のスキルのせいではないかと思う。
スキルにはSPを消費するものとMPを消費するものがある。
俺の『隠密』や『暗殺』はSPを消費するタイプのスキルで、京子の『聖域』や『強化』なんかはMPを消費するタイプのスキルだ。
そして、忍法みたいにMPもSPも消費するものもある。
さっきから朱莉が使いまくってる『トラップ解除』はSPとMPの両方を結構な量消費するんじゃないだろうか。
その証拠に、朱莉は今、結構しんどそうだ。
「でも……」
「そこまで焦らなくても、大丈夫だよ。少し休憩するくらいじゃ、何も変わらない。ダンジョンの中だと、外の十倍のスピードで時間が進むんだし」
「そうですよ。それに、せっかく軽食を作ってきたんだから、食べないと勿体ないです」
早く強くなりたい朱莉の気持ちもわからなくはないが、過度なトレーニングは体に毒だ。
適度な休憩は必要不可欠だと思う。
今の朱莉は間違いなくオーバーワーク気味だ。
朱莉の気持ちもわかるが、それで朱莉がダメになっていては元も子もない。
俺と京子は朱莉の様子を無視して問答無用でテキパキと休憩の準備を進めていく。
「……わかった。ありがとう。二人とも」
俺たちの気持ちに気付いたのだろう。
朱莉は少し恥ずかしそうに休憩の準備に加わってくれた。
***
「ふぅ。美味しかった。ごちそうさまです」
「お粗末さまです」
俺たちはダンジョンの中で京子が作ってきたサンドイッチを食べて休憩をとった。
京子の料理はいつも絶品だ。
今日のサンドイッチもほんとに美味かった。
コンビニで売ってるサンドイッチなんて目じゃないくらいだ。
パンはしっとりしていて、具材の野菜はみずみずしく、シャキシャキだった。
そして、アクセントとして入っているハムがいい感じに塩味が効いているのだ。
まさに、お腹の中から幸せになる感じだな。
「相変わらず京子の料理はうまいな」
「そうだね。プロ顔負けじゃない?」
「そんな。見習い料理人のジョブのおかげですよ」
最近、京子は料理をするときは見習い料理人にジョブを変更しているらしい。
その方が料理も美味しくなるし、料理をして経験値も貯まるから一石二鳥なのだそうだ。
実際、京子の料理は日に日においしくなっている。
心なしかステータスも上がっている気がするし。
ただのバフじゃなくて、基礎ステータスが上がっている気がするのだ。
実際、ダンジョンに潜っていない日に試してみると朝より夕方の方が忍法の使用回数が増えていた。
三回も試して、三回とも同じ結果になったのだから、勘違いとかではないだろう。
少なくともMP総量は京子の料理によって増加しているんだと思う。
ヘルプを調べてみると、アイテムの中にはバフ効果のあるものと恒久的にステータスを上げるものがあるらしい。
京子の料理は後者なんじゃないかと思う。
体は食事によってつくられると言うし。
今までレベルが上がりにくい忍者をメインジョブにして強くなってこられたのは京子のおかげだったのかもしれないな。
京子なしではいられない体にされてしまった。
「じゃあ、そろそろ行く?」
「……もう少し食休みをさせてもらえないか? 食べてすぐ動くと脇腹が痛くなる」
「そうですよ。ダンジョン内では時間が引き延ばされてるので、少しゆっくりしていてもバチは当たりませんよ」
「……でも」
食事が終わるとすぐに立ちあがった朱莉に俺たちはできるだけ優しく諭す。
サンドイッチが美味しくて一気に食べてしまったので、まだ十分も休憩していない。
朱莉だってまだ完全に疲れが取れているようには見えない。
多分、もう少し休んだ方がいいと思う。
「気持ちはわからなくはないけど、怪我したら元も子もないぞ?」
「そうですよ。無理しない程度に頑張りましょう」
「……そうだね」
朱莉は再びシートに腰を下ろす。
朱莉の気持ちもわからなくはない。
さっさとかたをつけて、元の生活に戻りたいのだろう。
警察官の話では、この間朱莉の家に襲撃をかけてきた連中は半グレグループのリーダーである竜也とかいうやつの側近だったらしい。
彼らは最近まで暴力団組織との抗争に参加していたのだが、そちらが落ち着いたからこちらにきたのだろうとのことだ。
俺たちの予想では、彼らが竜也とかいう半グレ組織のリーダーのパーティメンバーなんじゃないかと思う。
つまり、あいつらを倒せばこの違法な借金取りたちを止められるということだ。
(正攻法では解決できなさそうだもんな。捕まった取り立て役を殺したのもあいつらだろうし)
最初は借金を返済し切って縁を切ろうと思っていた。
だが、捕まった取り立て役たちの話を聞いて、考えは少し変わった。
警察官の人に取り立て役たちがどうして死んだのかを聞くと病死という答えが返ってきた。
だが、後で詳しい病死の内容を聞くと、刃物で刺されたことによる失血死だったと教えてくれた。
明らかに言っていることがおかしい。
しかも、説明している警察官さん達はそれがおかしいことだと認識していないようなのだ。
これはきっと『ダンジョンGo!』が関わっていると思った。
犯人グループは何らかの方法で捕まった仲間をダンジョン内に誘い込み、そこで彼らを殺したのだ。
『ダンジョンGo!』によって常識がゆがめられたのを初めて見たが、相当不気味だった。
同時に、それを悪用している相手は警察署に捕まった仲間を殺すような奴らだ。
借金を全額返済したとしてももう来ないとは思えない。
なら、相手を殺してしまうか、相手のボスより強くなって、手出しできないようにするしかない。
流石に人殺しは気が引けるので、強くなる以外の選択肢はないということだ。
それも、そんな奴らが手を出すのを戸惑うくらい圧倒的にだ。
(でも、あいつらかなり強かったんだよな)
襲撃してきたやつは相当強かった。
今戦っているDランクダンジョン一階層のモンスターよりも間違いなく強い。
アイツらのリーダーである竜也は下手をしたら俺よりも強いかもしれない。
そいつよりも強くならないといけないのだ。
本当は、話のわかる探索者の組織とかに後ろ盾になってもらえばいいのだが、連絡を取る伝手がない。
(もっとレベルを上げないと)
俺は気合いを入れ直すのだった。
***
「そろそろ出発するか?」
「よし! 行こう行こう!」
俺が立ち上がると、朱莉も待ってましたといった感じに立ち上がる。
実際、早くダンジョンを進みたいのだと思う。
だが、その顔にはさっきのような悲壮感はない。
代わりに期待に満ちていた。
ゆっくり休憩したおかげで焦りよりも楽しさが勝ったみたいだ。
(確かに、朱莉にとってDランクダンジョンは楽しいかもしれないな)
Eランクダンジョンではバフや回復をこなす京子と戦闘をこなす俺だけいれば十分だったので、朱莉はオマケ扱いだった。
確かに朱莉がいるとスマホを取り出さなくてもモンスターの位置がわかるため、道案内にはかなり役立っていた。
朱莉が案内してくれたおかげで戦闘回数は増えており、道に迷うこともなくなった。
一日の稼ぎも三人になったのに増えていたし。
だが、朱莉はいなくてもよかったというのも事実だ。
朱莉がパーティに参加するまで俺と京子の二人だけでEランクダンジョンを攻略していたのだから、当然のことだ。
だが、Dランクダンジョンでは朱莉は必要不可欠だ。
トラップを解除できないとまともに戦闘することもできないのだから。
自分が役に立っていると実感して朱莉はかなり嬉しいみたいだ。
やはり、誰かの役に立つというのは気持ちのいいものだ。
一番辛い拷問はひたすら穴を掘って埋めるを繰り返すものだというしな。
なんの成果も生み出さない作業を繰り返させられるのは拷問になるくらい辛いらしい。
(それに、稼ぎも相当あるしな)
まだ、一度目のダンジョン探索で、ボスも倒していないにもかかわらず、すでに昨日一日の稼ぎを超えていた。
夕方まで潜り続ければどれだけの額になるのかわからない。
竜也たちをなんとかすれば借金も無くなるだろうし、もしかしたら今住んでいるところよりいいところに引っ越すことができるかもしれない。
オートロック付きのセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越せば、借金取りたちが来るのを完全に防げはしないかもしれないが、かなり抑止できるだろう。
『ダンジョンGo!』の保護は時間が決まってるので、住民の後について入るのも簡単じゃないだろうし。
それに、高層階に住めば少なくとも窓から誰かが侵入してくるなんてことはなくなるはずだ。
いや、どこでこんな大金を稼いできたのか美香さんに問いただされるか?
日給数十万なんて普通には稼げないからな。
それこそ、水商売の仕事でもないと。
「あ」
「ん? どうかしたか?」
十字路に差し掛かったところで、朱莉が声を上げる。
俺は少し考え事をしていたため、急いで戦闘体勢に入るが、周りにモンスターはいない。
トラップというわけでもなさそうだ。
朱莉は『ダンジョンGo!』のアプリを見てるし。
「ここで左の道に行くと二階層に向かう階段があるみたい」
「……本当だな」
俺もアプリで確認してみると、今目の前にある十字路で左の道を進めばすぐに下の階層に向かう階段がある。
ちなみに、最近のダンジョン駆逐作戦のおかげで、朱莉も『十全十美』の称号は取得できており、アプリで地図を確認できるようになっていた。
『無慈悲』の方の称号は得ていないので、敵の位置はわからないはずだが、盗賊の探索能力のある朱莉には不要だろう。
「どうしよっか?」
「……そうだな」
突入前、今日は一階層だけを探索しようと話していた。
朱莉がトラップに対処できるかわからなかったからだ。
朱莉も今日の方針はちゃんと理解していたから、階段のところに案内してしまったのは偶然だろう。
いや、最近は出来るだけ早く下の階層に行こうという方針だったから、癖で案内してしまったのかもしれない。
だが、ここまでトラップを解除してきてみて、一階層は結構余裕だということがわかった。
朱莉のランクも突入時より上がっているので、このまま下の階層に行っても大丈夫なんじゃないかとは思う。
下の階層に行けば、モンスターも強くなり、獲得する経験値も増える。
その分、早くレベルアップできるということだ。
トラップもレベルが上がって対処できなくなるという可能性もあるが、すでにランクがⅣの朱莉なら対処可能なんじゃないだろうか?
個人的には下の階層に行った方がいいんじゃないかと思う。
「俺は行ってもいいと思うが、どう思う?」
「サグルさんが決めてください」
「サグルっちが私たちのリーダーなんだからさ!」
問いかけるように京子と朱莉の方を見ると、そんなふうに返されてしまった。
いつの間に俺がリーダーになったのだろう?
いや、パーティを組む時、パーティリーダーは俺に設定したっけ?
まあ、いいか。
反対されなかったということは二人とも無理だとは思っていないのだろう。
雰囲気的にも余裕だから先に進もうぜって言ってるように思うし。
「よし、じゃあ進もう!」
「はい」
「そう来なくっちゃ!」
俺たちは十字路を左に曲がり階段に向かって進み出した。
「あ、ちょっと待って、トラップだ」
すぐにトラップが見つかって立ち止まることになったが。
なんかしまらないなー。
***
「二階層も一階層と大して変わらないな」
「同じランクのダンジョンですからね、そうそう変わらないと思いますよ」
「それもそうか」
二階層に降りてみたが、一階層と大して変わらなかった。
モンスターもそこまで強くなっていなかったし。
確かに、Eランクダンジョンでも下の階層に進むほどモンスターは強くなるが、そこまで大きな変化はない。
Eランクダンジョンの最下層とDランクダンジョンの一階層でレベルが全然違ったので、少し敏感になっていたようだ。
これならDランクダンジョンの二階層でも問題なさそうだな。
「トラップはちょっとだけ解除しにくくなってるけどね」
「やっぱりそうなのか? モンスターも少し強くなってたから、トラップも強くなってるんじゃないかとは思ってたけど」
「うん。一階層とスキルの手応えが違うし、消費SPが増えてるみたいだから、解除は難しくなってる。まだまだ大丈夫だけど。……はい、終わり」
朱莉は自信満々にそういって今取り掛かっていたトラップを解除する。
二階層に入った直後は念の為京子に聖域を張ってもらったが、結局トラップには一度も引っかかっていない。
トラップ解除もそこまで大変そうでもないし、余裕というのは事実なんだろう。
俺の方はまたスキルを使わないとモンスターを一撃では仕留められなくなっていてちょっとやばいなと思ってるのに。
まあ、SPも増えてるから、毎回スキルを使っても全然問題ないんだけど。
「あ」
「ん? どうした?」
「……ちょっと上り坂になってるからこの先に大きめのトラップがあるかも」
上り坂になってるか?
俺は周りをキョロキョロと見回してみるが、全然わからない。
京子も同じみたいだ。
欠陥住宅の検証動画みたいにビー玉とかを地面に置けば転がっていくのかもしれないが、その程度にしか傾斜になっていないと思う。
朱莉はよく気付くな。
「アカリちゃん。大きめのトラップって何?」
「わかんないけど、キョウちゃんが前に言ってた大玉が転がってくるやつかも」
「「あれかー」」
前回のDランクダンジョン探索の時に出会った大玉が転がってくるトラップだ。
あれが探索を諦めたきっかけだと言っても過言ではないかもしれない。
あれに追いかけられるのは相当怖かったからな。
トラップが出てくる映画とかには必ず出てくるトラップの王道中の王道とはいえまさか自分が遭うとは思わなかったんだよな。
「どうする? 解除できるかもしれないけど、迂回する?」
「「迂回しよう」」
HPがあるし、京子の聖域も発動していたから、あのトラップを喰らっても死にはしなかったと思うが、自分の数十倍もある石製の大玉が迫り来るのには結構な恐怖があった。
ビジュアル的には一番印象に残ったトラップだ。
避けられるなら避けたい。
ここまでかなり長い一本道だったので、迂回するとかなりの大回りになってしまうが、背に腹はかえられない。
「……」
俺たちは回避一択だと思って引き換えそうとしていたが、朱莉はトラップのある方の通路が気になるみたいだ。
「朱莉は行きたいのか?」
「ちょっとね。この先に宝箱がありそうだから」
「……なるほど」
Dランクのダンジョンから、宝箱が設置されるようになっていた。
増えたのはトラップだけではなかったらしい。
トラップの先にモンスターのいない小部屋があり、宝箱がありそうだ。
実は、一階層でも一度宝箱を見つけていた。
中身は中級ポーションで、Dランクダンジョンのドロップの中でもかなりいいものだった。
中級ポーションになると、HPの回復量が上がるというのもあるが、古傷なんかも治せるようだ。
流石に部位欠損までは治せないらしいが。
聖女の『高回復』でも古傷なんかは治せないので、これはかなりすごいと思う。
ちなみに一番いいドロップは偽エリクサーらしい。
偽とついているが、効果はかなり高く、HPの回復だけじゃなくて毒や呪いなんかも解除してくれる。
完璧ではないが、Dランクで出てくる呪いなんかは間違いなく解除してくれるそうだ。
ヘルプにそう書かれていた。
つまり、もしもの場合でも、偽エリクサーがあれば大丈夫と運営側が保証してくれているということだ。
今の所、京子の『快癒』で解除できないものには出会っていないが、そっちは絶対大丈夫とは言い切れない。
偽エリクサーのように運営が保証してくれてるわけじゃないからな。
だから、もしもの時のために一本持っておきたいという気持ちもある。
だが、あの大玉トラップに出会う可能性があっても手にいれたいかと聞かれると、疑問が残る。
「宝箱の中には武器とかもあるかもしれないじゃん? サグルっちの今使ってる武器もそろそろ限界でしょ?」
「あ〜」
俺は自分の武器に目をやる。
実は、この短刀は今日六本目の短刀だった。
***
「確かに、今日は武器が壊れまくってるからな」
「多分だけど、Dランクモンスターの格と武器の格が合ってないんだよ」
「……それはあり得そうだな」
実は、今日は戦闘中に武器が壊れまくっていた。
今までは全く壊れなかったのにだ。
一本目が壊れた時は寿命かと思ったが、二本目、三本目と続けば、それがただの偶然ではないことはわかる。
名作ゲームの某王女の伝説ばりに壊れまくってたからな。
確かに、朱莉の言うとおり、武器の格がモンスターの格と合っていないというのはあり得そうだ。
ステータスによるゴリ押しでなんとかモンスターを倒せてはいるが、武器の方が保たないんだろう。
ジョブを一旦見習い鍛冶師に変更し、売らずに残しておいたドロップアイテムを使えば武器を作るのは一瞬だから、そこまで問題にはなっていないが、しょっちゅう武器が壊れるのは結構めんどくさい。
かといって、Dランクダンジョンのモンスターからドロップするアイテムで武器を作るには、ジョブのランクが足りない。
どうやら、見習い鍛冶師から鍛冶師にクラスアップしないとDランク以上のアイテムは使えないようなのだ。
鍛冶師の伝手がない俺たちは仕方なくEランクダンジョン産のアイテムで作った武器を使い続けていた。
Eランクダンジョン産のアイテムを使って作った武器でも品質が高ければなんとかなるのかもしれないが、俺たちでは低品質以上の武器を作ることができないし。
「Dランクダンジョンの宝箱からドロップする武器なら多分大丈夫でしょ?」
「確かに、アカリちゃんの意見はもっともだと思います」
「そうだな」
自分たちで作れないなら、ドロップする武器を狙えばいい。
確かにDランクダンジョンでドロップした武器なら、Dランクダンジョンのモンスターに対して不足ということはないと思う。
「モンスターからはほとんどドロップしないみたいだけど、宝箱からなら武器とかも出てきそうじゃない?」
「確かに」
今までモンスターからドロップしたアイテムは京子がつけているネックレスだけだ。
モンスターがアイテムを落とす確率はかなり低いんだと思う。
だが、宝箱なら武器が手に入る可能性も十分にあると思う。
これまでは一度しか宝箱を開けていないが、その中身が中級ポーションっていう貴重なものだったし。
「このペースで壊れられると、このダンジョンを攻略した頃にはドロップアイテムが無くなっちゃいそうだし。宝箱を狙うのは俺も賛成だ」
売らずに残しておいたドロップアイテムはそこまで多くない。
前回のEランクダンジョンの探索前に全て売ってしまったので、探索一回で手に入るアイテムくらいの量だ。
こんなことになるなら、もっと残しておいたのだが、流石にこれは予想できなかった。
それに、一回のダンジョン探索でEランクダンジョンに一回潜った分のドロップアイテムを使い切るということは、DランクダンジョンとEランクダンジョンを交互に潜らないといけないということだ。
それはかなりめんどくさい。
EランクダンジョンとDランクダンジョンでは儲けが十倍近く違うからな。
知らなければ気にならなかったが、知ってしまえば儲けの少ないところには行きたくなくなってしまう。
ダンジョンの宝箱を開けまくってドロップアイテムを狙うというのは合理的に思える。
「よし、そうと決まれば、この道を進もう! 大丈夫。トラップは私が解除するから」
「それもそうだな」
「アカリちゃんがトラップを解除してくれるなら安心です」
よく考えると、今回は朱莉がいるのだ。
どんなトラップだろうと、発動前に解除してしまえばなんの問題もない。
「行くぞー!」
「「おー!」」
朱莉は右腕を振り上げて号令をかける。
俺と京子も右腕を振り上げて朱莉の号令に答えた。
***
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
数分後、俺たちは転がってくる大玉から必死で逃げていた。
後ろからはゴロゴロと恐ろしい音を立てながら大岩が迫ってきている。
匠によって磨き抜かれたかのような美しい球形が今はめちゃくちゃ憎らしい。