マリーの帰還




 少し肌寒い春の日差しの中を、私たち三人は馬を走らせていた。

 王都はここを抜けたすぐ先だ。見慣れた景色が私の心を癒してくれる。

 色々あって長く感じたけれど、たった五日の出来事なんだよね。

 教会が本気になると凄いということだけは実感した。救出が早過ぎてビックリだ。


「緊張するなぁ。おじいさまは、心配で泣いてますかね?」

「フフ、そうかもな。早く安心させてあげないと」

 ハートさんが馬のスピードを少しだけ上げてくれた。

「お待ちしておりました! 聖女様!」

 王都の外壁門の門衛たちがビシッと敬礼して迎えてくれる。

 教会関係者用の入り口は、ずらーっと並んだ行列の門とは別口なのだ。

「ご心配をおかけしました」

「今後、このような失態は二度といたしません!」

 いつもは顔パスなのに、三人ともステータスを確認された。しかもステータス偽装防止の魔道具まで使って。あの銀のペンダントはもう通用しないのね。

 確認が終わると門衛たちは、ガラガラと奥の格子門を開けて見送ってくれた。


「神様、神の託宣は使わないのですか?」

 私が笑って振り向くとハートさんが破顔した。

「こら、揶揄うな。見せなくても道は開く」

「ははは、マリーは怖いもの知らずだな」

 テッドさんも笑顔で横に並んだ。

 今日の二人はいつもよりたくさん笑っていた。無事に王都に戻って来れたから肩の荷が下りたのかな。

 私たちは大通りを道なりに馬を歩かせる。視界の先に白い荘厳な正門が見えてきた。

「ハートさん、教会が見えてきましたよ!」

 前を見たままそう言うと、私を支えるハートさんの手に力が入る。

「ふふ、そう焦るな。すぐに着く」

 そう言われても、早くみんなに会いたくてじっとしていられない。

 焦れる気持ちで正門をくぐるとガインさんたちが待っていた。

「マリー!」「無事か!」「待ってたよ!」「元気そうだな」

 おじいさま、ガインさん、師匠、フェルネットさん……。

 笑っているのにどうしても顔が崩れてしまう。

 待っていてくれたんだ。手紙には、午前中としか書いてなかったのに。

「ご心配を、おかけ……うえーん!」

 私はハートさんに馬から下ろして貰うと、泣きながらみんなに駆け寄った。


「心配したぞ」「顔を見せろ」「元気でよかった」「安心した」

 おじいさまが昔のように私を抱き上げぐるぐるすると、いつものようにみんなが笑う。

 そんな中、テッドさんとハートさんが馬を神官に預け、ガインさんに向かってビシッと敬礼をした。

「聖女を無事救出し、ただいま戻りました!」

「ご苦労だった。中で教皇様がお待ちだ。行くぞ」

 ガインさんがそう言って先頭を切って歩いていく。

 みんなでぞろぞろと後ろに続くけれど、おじいさまは私の手を握ったまま離さなかった。

「マリー、わしは本当に……、本当に心配したぞ」

 そう言っておじいさまは私の涙をそっと拭いてくれる。

「おじいさま……」

 頰に触れるその大きな手をぎゅっと握った。


 教皇様の執務室の前まで来ると『聖女救出作戦本部』とドアに書かれていて恥ずかしい。

「ただいま戻りました!」

 私の声に、教皇様も司祭様も片付けの途中の神官たちも、みんな一斉に笑顔を向けてくれた。

「聖女様!」「おかえりなさいませ!」「よくぞご無事で!」

「マリー! 元気そうで何よりじゃ!」

「教皇様!」

 急いで教皇様に駆け寄ると、モーラス司教様も来てくれた。

「マリー様、心配しましたよ」

「モーラス司教様、ご尽力に感謝いたします」

 私の後ろでハートさんとテッドさん、それにガインさんとフェルネットさんまでもが二人の前で膝を突いて頭を下げる。

「顔を上げよ。ハート、テッド。たびの活躍は見事じゃった」

「「はっ!」」

「失礼します」とハートさんが立ち上がり、懐からぼんやり光る〝神の託宣〟を取り出した。

「任務を果たしたので返還します」

「ふぉ、ふぉ。役に立ったようで何よりじゃ」

 教皇様はそれを受け取ると、小さな何かに魔力を流して押し当てた。

 目の前で〝神の託宣〟がみるみるうちに光のちりとなる。

「わぁ、綺麗……」

「役目を果たした託宣は綺麗に消えていくのじゃよ。ふぉ、ふぉ、ふぉ」

 私の呟きを聞いた教皇様は楽しそうに笑っていた。


「ほれほれ、疲れているじゃろう。かしこまっていないで皆そこへ座りなさい」

 そう言って教皇様は私たちをソファーに促し正面に座る。

 神官たちによってお茶やお茶菓子が並べられ、なんだか昨日までのことが夢みたい。

「マリー。疲れているところすまないが、我々に何があったのか詳しく話してくれないかの。報告書が必要じゃ」

 そっか、報告書だ。これから私も書くことになる。私はため息を我慢して、リリーと対面した時のことや隣国での話を始めた。教皇様たちもガインさんたちも、目を丸くして聞いている。

 うふふ、やっぱりここでもスージーは大人気。


「教皇様、一つお願いが。第一王子の使用人たちは誰も関与していなかったのです。どうか彼らを守って頂けませんか?」

「うむ。彼らが処分されぬよう連絡しておこう」

 教皇様が大きく頷いた。

 ああ、良かった。スージーとの約束が果たせたよ。他に忘れていることは……。

 あ! 一番大事なことを思い出し、私は思わず立ち上がった。


「こ、この度は私の妹が、大変、ご迷惑をおかけしました!」

 あちこちにペコペコと頭を下げる。

 もう! 一番先に言わなければならないことを、浮かれて忘れているなんて。

「その件じゃが……。リリーの処分についての会議が後日行われる。おぬしも出席するがよい」

 教皇様はとても言い辛そうにそう言った。私はゆっくりとソファーに腰を下ろす。

 利用されたとはいえ聖女への暴行だもの。神の託宣まで発行される事態になったリリーの立場は、かなり危うい。じっと考え込んでいると、ハートさんがそっと私の肩を抱いた。

 ハートさん……。


「その前に、リリーと話をさせて貰えませんか?」

 その場にいた誰もが驚いて、私の顔を覗き込む。

「それは構わんが、良いのか? 会いたくないと聞いていたのじゃが」

「私たちはもう大人です。それに、私自身の気持ちに決着をつけたいのです」

 逃げてばかりでは、ずっとトラウマを抱えたままだ。今ならちゃんと向き合えると思う。

 私の肩を抱くハートさんの手に力が入る。……それに、この力強い手もある。

「うむ。おぬしがそう望むのなら構わんぞ。すぐに手配させよう」

 教皇様が秘書のイサールさんに目配せをすると、彼は静かに部屋を後にした。

「ありがとうございます」


 せっかくお祝いムードだったこの部屋が、いつの間にかお通夜のように静まり返っている。

 この様子だとリリーってば、他にも何かやらかしていたりして。いや、あの性格なら絶対にありえるよ。聞くのも恐ろしい。後でガインさんから話を聞かなくちゃ。


「この場をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 突然ハートさんが立ち上がった。そのまま私の手を引いて、少し広い場所まで移動する。

 ん? なんだろう?

 促されるまま二人で向き合うと、みんなも不思議そうな顔で私たちを見ていた。

 目の前でハートさんが片膝を突くと、私の手の甲にキスをする。

「マリー、俺と結婚してくれないか?」


 は? 結婚?

 向こうでガインさんが気絶した。