城から脱出
「聖女様──。こっちで──す」
白衣に袖を通していると、誰かがドアの隙間から最大の小声で手招きをしている。
誰?
「何をやっているんですか王子。さっさと中に入ってください。馬鹿なんですか?」
王子と呼ばれた彼は、スージーに部屋に引きずり込まれた。
「ごめん、ホントごめんって」
頭に手を当てたその彼は、彼女に向かってペコペコしている。
んー? この絵にかいたような王子様、どこかで見たような……。
「あ! 巡礼中の蛇の人」
「そうです。蛇の人です。この国の第二王子をやっております、メイルスデビアス・ヘンゼッタです。メイルスとお呼びください」
王子はとてもスマートにお辞儀をした。
思い出した。見た目だけは完ぺき王子の蛇の人。スージーとのやり取りを見ていなかったら、中身も完ぺきだと思いそう。人好きしそうな彼の笑顔は、兄の第一王子のそれとは大違いだった。
「あの時は命を助けて頂きありがとうございました」
「いえいえ。それが私の使命ですから」
私が笑顔でそう言うと、突然王子はガバっと
え? なんで土下座? 正確にはちょっと違うけど。
「あの、メイルス様? どうし……」
「申し訳ない! 実はリリーを連れ帰り、聖女様そっくりに変えたのは私なのだ!」
「へ?」
王子は私の言葉を遮ると、土下座したままとんでもないことを話し始めた。
途中、私とスージーに表情を無くさせ、ゴミを見るような目にさせる。
「決して無理矢理ではないぞ! あくまで提案したのだ。それに、すぐに自分が変態っぽいなと気が付いて、それで帰って貰ったのだぞ。そこを利用されて……」
「変態もいいところですよ! 聖女様の代わりにする気だったなんて!」
スージーがド直球で王子を罵倒した。女子が聞いたら多分全員が、王子をぶっ飛ばしたくなるはず。流石にリリーが可哀想だし、私も気持ちが悪い。
「確かに私は変態だ。もうしない。絶対にしない。本当に申し訳ない……」
変態をカミングアウトされても困るんだけど。
弱々しくうずくまる王子が哀れになり、スージーも私も大きくため息を吐いた。
「メイルス様、お顔をお上げください。分かりました、許します。でも、もうしないでくださいね」
「聖女様……」
王子が顔を上げると少し泣いていて、ちょっと笑えた。
女子二人に変態と罵倒される王子もどうなのよ。
「本当に二度としないでくださいよ。この国の王子ともあろうお方が変態だなんて。民が泣きます」
「反省してる。次に変態なことをしたら、私を遠慮なく殴ってくれ」
王子が膝立ちでスージーに
彼女はまんざらでもない顔で私を見た。
「そうだ、良いことを思い付きました! スージーにはメイルス様の監視役兼、教育係を任命します! メイルス様にその辺の常識を、徹底的に教えて差し上げてください」
これならスージーも実家に帰らなくても済む。連れて帰れなくなっちゃったけど、隣国に友達が出来たと思えば十分かな。
「私からも頼む……」
ていうか、王子もそれでいいんだ。
「それなら王子、私を侍女ではなく側近として雇用してください」
「もちろんだ、スージー。よろしく頼む。ブリッドなんてバシバシ頭を叩くしな。ははは」
おお、スージーってば、転んでもただでは起きない。
にんまりとした彼女は、王子と交渉成立の握手をしていた。
侍女から側近とか大出世じゃない!
「さてと、聖女様。部下から聞いていると思いますが、救出部隊がこちらに向かっています。合流地点まで私が責任を持ってご案内します。安心してください」
急にピシッと切り替えた王子は、パンパンと手を払うような仕草で立ち上がる。
頼りないけど道案内は必要だし、スージーも苦笑いをしながら頷いた。
「聖女様、こっちです」
王子はコソコソと、泥棒コントみたいに壁に張り付きながら歩いている。私とスージーも王子の真似をして、壁に張り付きながら後に続いた。アホっぽいけど実際にやるとなんか楽しい。
「しっ、人が来ます」
部屋から出てきた使用人が、目を逸らして慌てて部屋に戻っていく。
目が合ったよね? 絶対に今、目が合ったよね? スージーは今にも噴き出しそう。
「王子、城中にバレてません?」
スージー、それ言っちゃダメなやつ。
「な!」
王子は大真面目に辺りを見回して「バレてません」と首を振る。
いや、バレてるって。出会う人、出会う人、みんな見て見ぬふりをしてくれている。
夜分にすみません。こんな茶番に付き合わせて申し訳ない。
それでも私たちは王子に付き合い、三人で壁を背にしてコソコソと移動した。
それよりも、こんな時間に先回りして明かりを点けている誰かがいる。
それなのに、王子は十分すぎるくらいに辺りを警戒して使命感に燃えていた。
「メイルス様、城内はいつもこんなに明るいのですか?」
王子はキョロキョロしながら振り返り、肩をすぼめてニッコリと笑う。
「違います。ですが、私は運が良いのですよ」
「運?」
王子はさっと通路を横切ると、私たちを手招きした。
「そうです。だから城の出口まで明るくても不思議ではありません。偶然、誰かが何かの目的で明かりを点けているのです。ツイてますね」
いや、絶対に王子のためだから。
「王子に手を貸したくなる使用人は、結構多いのですよ」
こっそりと、スージーが耳打ちしてくれた。
そうね、この危なっかしくて憎めない性格じゃ放っておけないし。
「そういえば、あの時は大丈夫だったのですか? 蛇の時」
「え? ええ。私、こう見えても兄からの暗殺には慣れているのですよ」
「暗殺?」
「そうです。運だけで生きているのでご安心を」
王子はキリッとした笑顔になる。今は『キリッ』とするところではない。
「あれって、暗殺だったのですか?」
私が驚いてそう聞くと、王子はニッと白い歯を見せた。
「私、第一王子から、ただの兄弟喧嘩だと聞いてましたよ?」
スージーが可愛く王子に首を傾げる。
「ま、似たようなもんかな」
いや、暗殺でしょ? 全然違うから!
王子もスージーも気にしていないようだった。
「それでいいのですか?」
「ははは、私は運がいいだけの馬鹿王子ですからね。あ、変態の肩書も追加されましたが……」
王子がへにょん顔になる。暗殺は良くて、変態は嫌なのか……。
「まぁまぁ、王子。変態は事実ですからね、安心してください」
スージーがフォロー風ノーフォローでダメ押しをする。鬼か。
「でも、考えようによっては兄上のおかげで聖女様に出会えたのですから、人の縁とは不思議なものです」
「そうですね」
私も出会えて良かったと思ってる。
だって二人といると楽しいもん。
その後何度も使用人たちに遭遇したが、王子は無事に私をお城の正面玄関まで連れて来た。
本当に正面玄関でいいのかな?
「聖女様。ここが合流ポイントです」
外に出ると目の前はとても広い馬車用のロータリーだった。遮る物も何もなく、標的にするにはちょうど良い。こんな所にいたら私だけじゃなく、王子の身も危険じゃない?
「メイルス様、ここが一番狙われやすいですよ」
スージーも警戒しながらコクコクと頷いた。
「ここの安全確保は事前に部下に頼んでおきました」
いやいや、だから暗殺されちゃうの。警戒心ゼロだなこの人は。部下さんたちには申し訳ないけれど信用出来ません。
私は急いで目を瞑り、索敵を開始した。王城の中は索敵防止の結界が施されていたけれど、ここでは問題なく出来る。なのにどれだけ集中しても、誰の気配もしなかった。
「本当ですね。でも、敵もいませんが、味方もいませんよ」
「はい。聖女様は索敵が出来ると聞いていたので、敵も味方も排除しました」
王子は「区別がつかないので」と笑っている。この人、有能なのか馬鹿なのかよく分からないな。基本はきちんと押さえているし、私が索敵をすることも計算していた。
「あ、心配しなくても大丈夫です。何かあれば私が盾になります。でも、意外に第二王子を城で殺すのは大変らしいのです」
「ふふ。ありがとうございます」
本当に不思議な人だ。
「そういえば、救出隊の隊長に〝神の託宣〟が発行されたのはご存じでしたか?」
「「神の託宣?!」」
スージーと私が思わずハモる。
なんと!
「教会はこの国を滅ぼすつもりですか?!」
興奮したスージーが、王子の胸倉を摑んでいた。
「だ、大丈夫だ。教会はこの国を助けてくれるつもりだ」
王子は胸倉を摑んだままのスージーの手をタップする。
スージーはホッと息を吐いて、乱暴に手を離した。
「ヨルスアージュを一発殴りたい気分です。危うく国が滅ぶところでした。本当に別れて良かった」
会ったら本当に殴りそう。呼び捨てになってるし。
スージーの目はもの凄く怒っていた。
「ははは。私の分もお願いするよ」
王子はふらつきながら、スージーを
スージーは誤魔化すように、王子の服の胸元を直していた。
「私一人の救出に、随分と斬新な対応ですね。〝神の託宣〟ですよ?」
「私も最初、王族を始末しに来たと思いました。あははは」
王子……。笑い事じゃない。
「それだけ教会が本気で怒ったってことですかね?」
スージーがそう言って王子を見た。
「そりゃあ、聖女様が攫われたんだ。何があっても驚かないよ。でもさ、国境、外壁門、城壁門、城門と、これだけの場所を、見せるだけで通過出来るなんて凄くない?」
「あはは。私も使ってみたいです!」
王子とスージーは神の託宣をS○ica扱いして笑っている。
「実物の〝神の託宣〟ってどんな感じなんでしょうかね」
「私もだよ、スージー! 見たいよね!」
確か書状って聞いたから、賞状みたいなのかな?
それとも水戸黄門の印籠みたいな、何かの物体なのだろうか?
「あ、聖女様。あれ、そうじゃないですか?」
王子が私の肩を叩いて遠くを指差した。
「凄い数の聖騎士を引き連れてますね。教会本部は女性の聖騎士だけなのですか?」
「あ、あれは、私の直轄部隊なので……」
この人数……。おそらく非番の聖騎士も連れてきたんだ。随分と
グレーの制服を着たハートさんとテッドさんが先頭にいた。
救出部隊の隊長って、もしかしてハートさん?
私たち三人は嬉しくなって、手をブンブン振りながらジャンプする。
引き連れて来た大勢の白の制服を着た聖騎士たちの中で、グレーの二人だけが目立っていた。

「マリー……。無事でよかった」
ハートさんはふわっと優しく微笑んだ。そのまま私から目を離さずに馬を下りる。
「ハートさん……」
つい、ホッとして言葉を失ってしまった。私、心細かったんだ。
「あ、そうだ。こちらがヘンゼッタ王国の第二王子、メイルスデビアス・ヘンゼッタ様です。私をここまで連れて来てくれました。そして彼女はスージーで、私の護衛兼侍女です」
私は気を取り直して二人を紹介すると、ハートさんはほんのり光る〝神の託宣〟を取り出した。
おおお。青白く光ってる! 綺麗。確かに書状だ。
「聖女専用警護隊所属、救出部隊隊長のハートです。聖女を迎えに参りました」
聖女専用警護隊……所属?
「光るんだね!」
「王子! 〝神の託宣〟の前ですよ!」
すかさずスージーがパシンと王子の肩に突っ込みを入れた。
「蛇の……?」
その様子を見ていたハートさんがそう言って首を傾げる。
「はい。そうです。『蛇の』です。あの時はお世話になりました。またお会い出来て光栄です」
「お元気そうでなにより……」
「ハートさん、凄い偶然ですよね! 私も驚いちゃいました」
横で私が笑うと、ハートさんも彼を見て笑顔になった。
「ハート様、主犯である第一王子は現在、国王が拘束しており、教会に引き渡す手筈は整っております」
王子が改まってビシッと決めた。こうしていれば完ぺき王子なのに。
ハートさんは満足そうに頷いた。
「分かりました。では、後のことはお願いします。我々はこのまま聖女を国に連れて帰ります」
もうお別れか……。
王子とスージーが私の手を取り、ギュッと握ってくれた。
少しの間だったけれど、とても仲良くなれたので別れが惜しいな。
「手紙書きます。今度は自分の足で遊びに来ます。本当にありがとうございました」
涙を堪えてお別れを言うと、スージーは涙を流して頷いてくれた。
「ガインさんたちが待ってるよ」
テッドさんが馬の上から優しい声でそう言った。
「そうでした。早く帰って元気な顔を見せなくちゃ」
ガインさんは泣き虫だから心配して泣いているかも知れないし、おじいさまはきっと大騒ぎをしてるはず。
ハートさんは何も言わずに私の手を引き、馬に乗せてくれた。
「マリー。風魔法を頼めるか?」
「もちろんです!」
私はいつものように風魔法で二人を浮かせる。
振り返って笑いかけると、私を支えるハートさんの手に力が籠った。
「もう、離さないからな」
「ふふふ。お願いします」
ハートさんは「行くぞ」とテッドさんに小さく声をかけ、王子たちに背を向ける。
「お二人とも、お元気で!」
「お気をつけて!」「王子のことは、任せてくださーい!」
見えなくなるまで王子とスージーが、ブンブン手を振ってくれていた。
ハートさんが第二の団長さんに指示を出しながら、城門を抜けて城壁門を通り抜ける。
すると、とんでもない数の聖騎士が城壁門を取り囲んでいた。
教会の旗と白銀の鎧。城門前の制服を着た聖騎士たちは、見覚えのある顔ばかりだ。戦でも始める気だったのか。
「何ですか、この聖騎士の数は……」
思わず口をついて出る。
それを聞いたハートさんもテッドさんも、団長さんまでもが苦笑いをした。
「聖女様。実は私たちも驚いたのですよ」と、団長さんが言った。
「手紙を書いた時は気持ちが高ぶっていて……」とテッドさんが照れている。
なるほどね。テッドさんがしでかしたのか。
「マリー。ここからは聖騎士たちと別行動になる。第二は後始末にここに残るが、他は先に帰国して貰う。教会本部ががら空きだからな」
「それではハート様。後のことはお任せを」
ハートさんが外壁門に馬を歩かせ始めると、城を包囲していた聖騎士たちが次々とヘンゼッタの王都の中央通りに整列して敬礼をしていった。
「彼らに笑顔を見せてやってくれ」
その間をゆっくり馬で
聖騎士たちに見送られて外壁門を出ると、ようやくハートさんとテッドさんと三人になれた。
「野営の方が落ち着けるだろ? ゆっくり帰ろう」
確かに隣国の教会にお世話になるのは気を使う。
「ふふふ。流石ですね。よくお分かりで」
しばらくすると警戒レベルを知らせる青い松明の火が次々と消えていき、隣国の王都はいつもの夜を取り戻していった。

「マリー、この辺で野営にするか」
「なんだかとても懐かしい気分です」
ハートさんは少し笑って馬を止めた。
「では、いつものようにいきますよ! 夜だからお気をつけて!」
「ああ、任せとけ!」
私たちは野営の準備に取り掛かる。二人が狩りをして料理して、私はお風呂や個室を作る。
そしていつものように先にお風呂を頂いて、夕食を摂った。
私の中の日常も少しずつ戻って来る。
「心配したよ。城で白衣を着たマリーを見つけた時はホッとした」
テッドさんがお茶を入れて渡してくれた。
「ご心配をおかけしました」
「攫われた時、何があったか聞いてもいい?」
「ああ、俺も知りたい」
二人はお茶を持って私の前に並んで座る。
「それが……突然、リリーが研究室に現れたのですよ。私、驚いちゃって! 気が付いたらヘンゼッタの王城のベッドで寝ていました」
それから私はスージーとの出会いの話や第一王子の困った顔、王城から脱出する時のコントみたいな出来事を、面白おかしくたくさん語った。
二人は時には笑い、時には心配そうな顔をして、興味深そうに頷きながら聞いてくれた。
「私からも聞きたいことがあるのですが、ニールさんは無事ですか?」
「あいつなら大丈夫だ」
「マリーの回復薬で助かったと聞いている」
ハートさんとテッドさんが「第三だからな」と笑っていた。
「……リリーは?」
聞くのが怖くて声が震えた。きっとリリーも毒を……。
「リリーも同じ毒を受けたそうだ。彼女は利用されたみたいだな」
「無事、なのですか?」
「ああ無事らしい」
「ああああ、良かったー。あれでも一応妹ですからね」
リリーが無事で本当に良かった。大嫌いなリリーが私の知らないところで死ぬなんて、絶対に許さないんだから! 何が『後で説明する』よ! 利用されて毒を受けるなんてらしくない!
「マリー。帰ったらリリーの処分の話になる。おそらくマリーの意向が通るだろう。どうすべきかこの道中でよく考えておいてくれ。俺もテッドもいつでも相談に乗るからな」
ハートさんがそう言うと、テッドさんも苦々しい顔で頷いた。
「はい」
「だが、無罪放免っていうわけにはいかないぞ」
……そうだよね。ただの姉妹喧嘩にするには無理がある。いつか向き合わなければいけないことだと思っていたけど、きちんと話すにはいい機会かも。でもリリーに聖女暴行のステータスが残ったら、間接的な殺人と同じだしなぁ。はっきり言ってリリーのために責任を背負いたくない、というのが本音なのよね。
「心配するな。いざとなったら俺が代わりに決断してやる」
テーブルを挟んだ向こうから、ハートさんが私の髪に手を伸ばしかけて……寝落ちした。
「ははは。珍しいこともあるのですね」
「ここに来るまで相当、気を張っていたから。救出作戦中はストイックすぎて、壊れてしまいそうだったよ」
テッドさんがハートさんを担ぎ上げると個室の方に連れて行く。
ふふふ、こんなハートさんもたまにはいいな。
翌朝二人よりも早く起きた私は、書き終えた手紙と共にスージーから受け取った犯罪者の名が書かれた紙を綿毛に付けて、朝焼けに向けて高く飛ばした。
私が攫われてから四日目の朝だ。