救出作戦開始 テッド視点




「時間だ」

「はい」

 私たちは夜半にヘンゼッタ王城へ着くために、昼過ぎにここを立つことになった。聖騎士たちは既に馬に乗って待機している。ハートさんは緩衝地帯にいる隣国の国境警備に向けて、馬の上から薄く光る〝神の託宣〟をかかげて見せた。全聖騎士を後ろに従えて。


「この私に〝神の託宣〟が発行された! 逆らうものは神の名のもとに断罪される! 道を開けろ!」


 警備兵たちは不満そうにノロノロと緩衝地帯からヘンゼッタ側の国境門まで後退していく。王子の命令に背くのは〝神の託宣〟を見ても難しいのだろうか。彼らは門の先で、我々の通る道に向かって武器を構えて戦闘態勢に入った。まるで、私たちを侵略者のように見つめている。

 どうしても戦闘は避けられないのか……。


 我々はシルバリーク側の国境門を抜け、緩衝地帯にゆっくりと入った。周囲はピリピリと重苦しい空気に包まれている。冷たい風が吹き、草木がざわめく音が耳に届く。もう少しでヘンゼッタの国境門というところでハートさんが馬を止めた。

「総員、待機」

 ハートさんは我々を置いて、一人で国境門を抜けて行く。

 高台では弓矢部隊が弓を引いていた。警備兵たちは剣を抜いて待機している。

 誰もが固唾を吞んで見守る中、弓矢部隊が呼吸を止めた。警備兵たちが剣を振り上げ道の脇から飛び出してくる。その瞬間、先頭にいる数名の頭がゴトゴトと音を立てて転げ落ちた。

 首のない体があえぐように数歩進んで倒れ込む。矢は道に散らばり弓は破壊されていた。

「引け! 引け!」

 パニックにおちいり怒号が飛ぶ。互いにぶつかり合いながらも、秩序を取り戻そうと必死だ。指示を出す者、仲間を止める者、足をもつれさせて転ぶ者──彼らは恐怖に駆られ、道を開けた。


 ハートさんが風魔法を放ったんだ。彼の一撃がもたらした恐怖と混乱は凄まじい。

 しかし正面から当たっていたら、犠牲はもっと多かっただろう。だから彼は一人で行ったんだ。


「武器を捨てろ。さもなくば……」

 ガシャン、ガシャン、ガシャン。彼らはすぐに武器をその場に投げ捨てた。誰からともなく整列し、膝を突いて頭を下げる。神の力と思ったのか、祈りを捧げる者もいた。

〝神の託宣〟の前では誰であろうが、逆らうものは神の名のもとに断罪される。やっとその意味が正しく伝わったようだ。


 国境門の先でハートさんが威風堂々と振り返る。

「テッド、俺の護衛に回れ」

「はい」

「遅れるなよ」

 彼はそう言うと、前だけを見て走り出した。聖騎士と共に、その背中を追いかける。それはまるで『付いて来れる者だけ付いて来い』と言われているようだった。


 進む先に現れた魔獣は、水魔法で後ろから排除した。彼の馬のスピードを一瞬たりとも落とさせない。魔力も無駄に使わせない。護衛に回った私は、結構使える奴なんです。


 山間部を抜けた頃には日が落ちて、気が付くと闇に包まれていた。我々はハートさんの背中だけを信じて、ひたすらに走り続ける。森を抜けてしばらく進むと、青くこうこうと輝く王都が遠目に見えてきた。青は教会の警告色。警戒レベルを最大に上げた松明の数が不安をあおる。

「ハートさん!」

「ああ、一気に行くぞ!」

 スピードを上げて王都の外壁門まで辿り着くと、ハートさんは〝神の託宣〟を高く掲げた。

「門を開けろ! 〝神の託宣〟が発行された! 逆らうものは神の名のもとに断罪する!」

 門番は待ってましたと言わんばかりに敬礼し、キビキビと門を開けた。隣国の聖騎士が、道を示すために大通りで教会の旗を振っている。民は既に制圧されて人影がない。

 近付くにつれ、徐々に暗闇の中に城壁が浮かび上がる。その光景は、教会の旗を掲げた聖騎士たちに制圧されて圧巻だった。

 ははは。本気で王城を落とす気か。数の暴力に笑うしかない。確かに囲んでくれと手紙には書いたけど、ここまでとは思わなかった。


第二聖女直轄は後に続け! 第五諜報は散って安全確認! 残りは城門の前で待機しろ!」

 ハートさんが叫びながら先頭を走る。

 この数の聖騎士を城門前に待機させるのか? 聖騎士一人で数百の一般兵にも劣らないのに?

 圧倒的な戦力差に、ワクワクするような抑えきれない興奮が湧き上がる。


 スピードを緩めたハートさんは、城壁門に向かって〝神の託宣〟を掲げた。

「お待ちしておりました! 門を開けろ!」

 門衛が叫ぶと門が開き、彼らに見送られながら城壁門を抜けていく。


 はや、言葉はいらなかった。

 隣国の城壁門が、こんなにも簡単に開くとは。

 しばらく走ると、王城が見えて来た。近付くだけで城門は開き、そのまま城に向かって走る。

 視線の先に、緊張感のない三人の人影が見えた。


 ……三人?