大忙しのブリッド




「ブリッド様。こちらです」

 昨日拘束して地下牢にいれた元護衛主任のダジールに会いに来た。彼が私に会いたいと騒ぐからだ。今夜は救出作戦があるというのに。

 重い足取りで階段を下り、腰の高さしかない扉をくぐり抜けた。薄暗い地下牢は、いくつもの青白く光る魔封じの魔法陣で照らされている。冷たい石の壁は湿気を帯びており、足元にはこけが生えていた。


「ブリッド!」

 真っ青な顔のダジールが、私を見つけて立ち上がる。その両手には拘束の魔道具が嵌められていた。

 うわぁ……、凄く怒ってる。

「すみません。それが……」

「話を聞いてくれ! 第一王子を潰せるぞ! 興味あるだろ?」

 ダジールが私の言葉をさえぎった。

 ほう? 聖女様の件の情報を持っている?

「……知っていることを、すべて話せ。最初から、全部だ」

「約束してくれ。すべて話したらここから出すと」

「もちろんです。有益な情報なら再就職もお手伝いしますよ」

 彼はなぜか私を味方に付けたと誤解して、ニタニタと親しげに表情を緩めた。

「やっぱりお前は話の分かる奴だ。いいだろう、話してやる。俺は護衛を辞めた後、復讐しようとあの女のことを調べたんだよ。驚いたぞ。なんせ何も出て来ないんだから。それで俺は考えた。いつ、どこで拾った女かってな。シルバリークで聖女を見た時、俺は自分の幸運に感謝したよ。すぐに帰国して、第一王子の最側近のラーセン様に……」

 彼は自分の話に興奮して、手の動きがとても大きい。そしてとんでもない誤解から、とんでもない計画が実行され、とんでもないことになっている、ということだけが分かった。


 これはまずい。

 要するに、この私が『聖女の偽物を作り』『聖女をすり替え』『王子を聖女と結婚させて王位を奪う』という計画を立てていたらしい。そしてその計画を、第一王子が乗っ取ったと。

 馬鹿すぎる。

「すり替えなど計画してないぞ。何度も言うが、第二王子は国政など狙っていない」

「王子はそうでもお前は違うだろ?」

 なんと! 王子の暗殺の原因は私だったのか……。王子には隠しておこう。

「そんなことより、早くここから出せ。俺の証言がなきゃ第二王子は終わりだぞ。なんせ俺は第二王子の元護衛主任だからな。ついでに第一王子を潰せるだろ? な、有益な情報だったろ?」

 ダジールはニヤリと笑って私を見た。

 なぜ自信満々にそんな顔が出来るのか。聖女様を拉致しておいて、証言だけで見逃すわけがあるか。こんなに残念な人だったとは驚きだ。リリーがクビにしたのも頷ける。


「確認するぞ。第一王子の命令で、ラーセン様が計画をし、お前が実行した、で間違いないな?」

「ああ、間違いない」

「なるほど。なんか怪しいから捕らえてみたら真っ黒じゃないか。残念だが釈放は無理だ」

 私がそう言うとダジールの顔が怒りに歪む。

「約束が違うだろ! それに『なんか怪しいから捕らえてみた』ってなんだ! どういうことだ?! 裏切ったらどうなるか思い知らせてやる! お前を絶対に許さない! 道連れにしてやる! お前に命令されたと証言してやるからな!」

 ダジールはありとあらゆる雑言を私に浴びせ、拘束の魔道具を破壊しようと暴れだした。

 おいおい、それ傷付けるなよ。メイルス王子から護身用に貰った、大切な魔道具なのに。

 彼の叫び声が背後に響くが、一度も振り返らずに地下牢を後にした。


 偶然だけど、実行犯を拘束出来たのは大きいな。第一王子側にも知られずに、魔道具を使って不意打ちで拘束したのも最善だった。教会に渡す手土産が増えたのはいいことだ。

 後は国王様を説得して、第一王子を教会に引き渡して貰えれば……。

 私に出来るのかな? 王子の前でかっこつけちゃったし、やるしかないんだけど。

 ただでさえ奥方を亡くしたばかりの国王様は、息子たちに甘いからなぁ……。


 地下牢から外に出ると、辺りは既に暗くなっていた。冷たい夜風が頰を撫で、星空が広がっている。

 おっと、もうこんな時間だ。急がねば。教会から王への通達は、救出作戦の実行直前と言っていた。万が一、王が協力を拒んだら国が滅ぶ。先に説得をして協力を得なければ。



「教会から緊急の伝言を預かって参りました。国王様に面会をお願いします」

 国王様の執務室前を歩いていた側近を摑まえた。廊下には重厚な絨毯が敷かれ、壁には歴代の王の肖像画が並んでいる。

「国王様に直接? お前がか?」

 第二王子の側近ごときが……と言いたそう。

「はい。国の存亡にも関わることです。お願いします」

 私が真剣に頭を下げると、彼は何も言わずに執務室に入って行った。扉が閉まる音が重く響く。

 頼む……緊急事態なんだ。

 心の中で祈りながら廊下で待っていると、先ほどの側近が戻って来た。

「入れ」

 助かった。神様ありがとう!


「久しぶりだな、ブリッド。そのままでよい。教会からの緊急の伝言とは?」

 近衛と側近に囲まれた国王様は、執務机に着席している。突然の訪問にもかかわらず、穏やかな声でそう言った。机の上は書類が山積みで、周りはピリついている。

「人払いをお願いします」

 おじ付きそうなので、敢えて空気を読まずに言った。

 ざわつく周囲に国王様が目配せをする。部屋には側近数名と近衛だけが残った。


「ありがとうございます」

「うむ、国の存亡に関わると言っていたな。何があったのだ?」

 国王様は書類をけると、机の上で手を組んだ。

「はい。落ち着いてお聞きください。第一王子が聖女様を拉致しました。現在、城内に監禁されておられます。その件で教会からの伝言を承りました」

「ヨ、ヨルスアージュが聖女様を拉致?! 城内に監禁?! なんてことだ!」

 国王様が頭を抱えて机に突っ伏した。側近たちも一様に動揺している。


「聖女救出部隊の隊長に〝神の託宣〟が発行されました。既にこちらに向かっております」

「か、神の託宣?! 教会は城を落とす気なのか?」

 国王様は側近たちの顔を見る。彼らは互いに顔を見合わせ、困惑していた。

「あ、いえ、違います。ですから聖女様の救出計画にご協力をと、伝言を……」

「何をすればいいのだ。何でもする。聖女様は無事か?」

「聖女様は無事です。私の部下が監視しています」

「す、すぐに聖女様を教会にお返ししろ!」

「お待ちください、国王様。ただ、返しただけではダメなのです」

 国王様は取り乱して、判断力がなくなっている。


「どういうことだ?」

 国王様が机に両手を突いて身を乗り出す。

「国王様や国の関与を否定しなければなりません」

「わ、私は何も知らんぞ! な? な?」

 同意を求められた側近と近衛兵は、コクコクと首がもげそうなくらい頷いた。

「もちろんです。第二王子も先ほど知って、驚かれました。ですが証拠がありません」

「どうするのだ、どうすればいいのだ?」

「まずは現状をお聞きください。すべてを証言した実行犯は地下牢にて拘束済みです。命令を下した第一王子と計画した側近のラーセンは、いつでも拘束出来るように監視しております」

 私は震える手を後ろに隠し、自信たっぷりに笑って見せた。

「もう、そこまで……。ブリッド、良くやってくれた」

 国王様はやっと冷静さを取り戻し、椅子に凭れ掛かった。

 これなら本題に入れそうだ。


「それでですね。本日の夜半に第二王子が聖女様を救出し、城外へ連れ出します」

「なぜメイルスが?」

 国王様は『あいつで大丈夫なのか?』と不安そうな顔をしている。

 私もそう思う。

「王族の関与を否定するためです。第二王子には聖女様を救出した英雄になって頂きます。そして拘束した第一王子を、国王様自ら教会に引き渡して貰います。全面的に王族が協力して見せるしか、証明するすべがないのです。そして教会が、そうしろと私に……」

「教会がそうしろと? ……そうか、この国の民のためか」

 国王様が静かに目を伏せた。


「国王様、これからやって頂きたいことが幾つかあります」

「うむ、申せ」

 国王様が顔を上げ、私をまっすぐに見る。もう動揺の欠片もない。

「夜半に行われる救出作戦の裏で、第一王子と側近のラーセンを地下牢に拘束してください。そして夜が明けたら、国王様が教会に彼らを引き渡してください。司教様が待機しておられます」

「うむ。分かった。すべては民のためだ。お前たち、本日夜半にヨルスアージュとその側近を拘束する。いいな?」

「「はっ!」」

 側近と近衛兵揃って頭を下げた。


 これで準備は整った。