第二聖騎士団、国境に到着 テッド視点




 教会を出てから二日が経った。私たちはまだ国境警備隊の待機所にいる。夕方に、第二聖騎士たちが到着した。スピード重視で駆け付けたのか、重い白銀の鎧ではなく白い制服を着ている。

 彼女たちは、緩衝地帯を占拠した隣国の警備兵たちに驚いていた。これは明らかな敵対行為であり、兵の独断では出来ないことだから。要するに国が絡んでいる可能性がある。


「整列! 敬礼!」

 聖騎士たちが号令と共に整列し、ハートさんに向かって敬礼をした。

「楽にしてくれ」

「ハート様、いったい何があったのですか?」

 先頭にいた団長がみんなの疑問を口にする。

「賊が国境を越えたんだ」

「それでヘンゼッタが緩衝地帯を?」

 向こうは戦争でも起こす気なのかと、困惑していた。

「見ての通り、お隣の国境警備は賊を受け入れただけでなく、我々を通す気もないらしい。今は判断を仰ぐため、教皇様からの指示を待っている。そっちの状況は?」

「聖女様は賊に連れ去られました。おそらく一緒に国境を……」

「やはり、あの袋の中にマリーがいたのか」

 ハートさんは悔しそうに唇を嚙んだ。

「それと……毒を受けた聖女様の妹君が、研究室に置き去りに……」

「リリーが?」

 ハートさんが団長の言葉を遮った。あのリリーがなぜ? どういうことだ?

「はい。見た目が同じお二人をすり替えたようです。おそらく聖女様も、妹君と同じ毒を受けたのではないかと……」

 え? マリーが毒を? 噓だろ……。私は思わず机に手を突いた。

「リリーは無事なのか?」

「はい。聖女様専用の解毒剤が効いたようです。我々はすぐにハート様たちを追いかけたので、後のことは分かりません」

「そうか……」

 団長とハートさんが同時に俯いた。


「ハートさん、マリーはかなりの時間、袋の中で毒を受けたままの状態でしたよね?」

「心配するな、マリーは必ず生きている」

 私の問いに、彼はきっぱりとそう言った。

 ハートさんは、マリーのことでは間違えない。私は祈るように自分に言い聞かせる。そうでなければ困るのだ。


「そうだ、マリーに付いていた護衛はどうした?」

 ハートさんが思い出したように顔を上げた。

 そういえば、第三のニールだったよな。あいつは何をやっていたんだ。

「背後から喉を切られたようです。とっさに回復薬をかけたらしく、命に別状はありません」

「あいつが背後を? 賊は闇属性持ちか」

「分かりません。ですが、聖女様が開発していた強力な回復薬が無ければ、助からなかったと……」

 確か第三で治験していたあれか。飲むと喉と胃が熱くなる……。あれはかなり強力だ。

「抵抗も出来なかったのか。……他に無ければ今は待機。休憩して体力を回復させておけ」

 ハートさんの言葉を受けて、団長が聖騎士たちに向き直る。

「全員、指示が出るまで待機!」

「「はっ!」」

 私は警備兵に、大きめの部屋と軽食や水差しなどを用意するよう指示を出した。

「聖騎士のみなさん、会議室の方に移動してください」

 彼女たちは警備兵に案内されて、すぐに部屋を後にした。


 静かになった待機所で再びハートさんと二人になる。

「テッド。お前も食事が済んだら出来るだけ休んでおけよ」

「はい」

 ハートさんが私に軽食をいくつか載せた皿を手渡して、自分も軽くつまみだす。

「それにしても驚きました。まさかマリーの妹が関与しているとは……」

「顔が同じならどこでも入り放題だ。警備なんて、何の役にも立たなかっただろう」

 そうか、そういうことか。

 あの薄汚い女でも、どこでも開くマスターキーにはなれるのか。

「今まで、聖女の身内で大きな罪を犯した者はいません。今回の処分はどうなるのですかね?」

「さあな。マリーがどう望むのか。マリーに選択させるのも酷な話だが」

 小さな犯罪が無かったわけではないが、犯罪歴を残したことは無かったはずだ。逆に処刑してやる方が慈悲なのか? 生きる方が辛いだろう。

「余計なことを考えてないで、風呂に入ってさっさと寝ろ」

 ハートさんに投げられたタオルを摑み、私は二階に向かった。



「ハート様! 教皇様からの手紙です!」

 けたたましい足音で目を覚ますと、警備兵が手紙を持って待機所に入って来る。

 なんだよ、もう少し寝かせてくれよ。頭がくらくらする。

 はっきりしない頭でノロノロと立ち上がり、手紙を読むハートさんの表情をじっと見つめた。

 手紙を読み終わったハートさんは、付いていた書状をしばらく眺めて固まっている。

 いったい何が……。


 窓の外は明るくなっていた。マリーが攫われてから三日目の朝だ。

「テッド、聖騎士たちを呼んでくれ」


「整列!」

 団長の号令に、聖騎士が一斉に整列する。

 私もハートさんの横に並んだ。

「教皇様からの命だ。よく聞け!」

「「はっ!」」

「聖女救出隊が結成され隊長を任命された。第二聖騎士団はこのまま俺の指揮下に入れ」

「「はっ!」」

「第三から第五までの聖騎士がまもなく到着する。その者たちのフォローと情報交換を頼む」

「「はっ!」」

「それと……。俺に〝神の託宣〟が発行された。これから作戦を練る。団長、来い。警備兵、地図を出せ!」

「「はっ!」」

 神の託宣? え、神の託宣? 神の託宣って言ったよな?

 呆然としながらも、目の前に置かれた地図を見た。

「こちらを使ってください」

 警備兵が作戦で使う駒の入った箱を持って来る。

 いや、なんでみんな平気なんだ。神の託宣だぞ!


「ハートさん〝神の託宣〟って、あの〝神の託宣〟ですよね?」

「ああ、そうだ」

 ハートさんが〝神の託宣〟をスッと広げて地図の上に置く。

「触ってもいいですか?」「私も」「私も見たい」

 なんだ、みんなも興味があるんじゃないか。

「構わない。だが手紙には、俺の魔力にしか反応しないと……」

 ハートさんが話し終わらないうちに、私たちは我先にと手を出した。

「なんで?」「摑めない」「触れない」

「触れない?」

 ハートさんが何でもないように〝神の託宣〟を持ち上げる。

「確か聖典に『そのものには実態が無く、扱えるのは選ばれし者のみ』とあったような……」

 私がそう言うと「おお」と一同が感嘆の声を上げた。

「ほう。テッドは博識だな。……まぁいい。作戦に移ろう。警備兵、説明を頼む」

 ハートさんは〝神の託宣〟を懐に仕舞う。……もう少し見たかったな。教皇の孫の私でも二度と拝めるとは思えない。聖典の記述は回りくどいから、もっと詳しく見たかったのに。


「ここが今、我々のいるところで、こちらが隣国の王城です。そして現地の教会がここです」

 警備兵はハートさんと団長に、地図を見ながら話し出す。

 私の気持ちをよそに、話はどんどん進んでいく。切り替えなくては。

「ヘンゼッタは、教会と王城がそれほど離れていないんですね」

「そうだな。警備兵、ここから隣国の王城までどのくらいかかる?」

 団長が王城の場所に黒い駒を載せると、ハートさんは警備兵を見た。

「通常なら山間部を抜けて約一日。支援魔法などを使って強行すれば半日と少し……」

 警備兵が白い駒を使って道をなぞる。

 ハートさんなら半日だな。あのくらいなら聖騎士たちも付いて来れるだろう。

「すべての馬に疲労回復薬を頼む」

「はっ!」

 その場にいた聖騎士がすぐに部屋を後にする。よく訓練されているよな。私も聖騎士だった頃は、命令だけを盲目的に聞いていた。


「テッド、これを持っていてくれ」

 ハートさんが懐から綿毛の魔道具を取り出した。

 あの会議の後、ハートさんがモーラス司教様から渡されていた魔道具だ。これが無ければ、連絡を取ることが出来なかった。この幸運に感謝したい。

「ハートさん。マリーが王城にいるってことはないですよね?」

「その可能性は捨てきれないが、最悪なことだ」

「そうですね、貴族たちが兵を集めたら戦争……ですか」

 団長が王城を指さしてそう言った。

「ああ。最悪の場合、国を相手にすることになる。長期戦は避けたいところだ」

 国境警備を動かしたのだ。少なくとも、王族の誰かが関与している。

 ハートさんも団長も、マリーが王城にいると予想しているようだった。


「神の託宣を見て、全面降伏してくれるといいですね……」

 つい、希望が口から零れ出た。もしかして、お爺様の狙いもそれなのか?

「そうだな。それなら犠牲者が少なくて済む」

「私が敵の大将なら、降伏以外の選択肢はないですけどね」

 私の言葉にハートさんは苦笑いで頷いた。

「ハート様。仮に、聖女様が王城にいた場合、どうしますか?」

 鋭い目で団長が地図を睨んだ。

「そうだな。潜入班を城に潜り込ませて、聖女を城外に連れ出すのが一番安全か……。城内での戦闘は避けたいな。非戦闘員を巻き込めば遺恨が残る」

 団長は「カギは第五の隠密か……」と呟いて腕を組む。

 問題はマリーの正確な居場所だ。城の中での捜索は隠密部隊でも困難だ。

 せめてマリーと連絡が付けば……。

「……王城で無ければいいですね」

 私のため息交じりの一言に、二人は黙って頷いた。


「警備兵。他の聖騎士たちが到着したら待機する場所はあるか?」

「この先に開けた土地があり、そこでキャンプが張れるようになっております」

「では、聖騎士たちが到着したらそこに案内してくれ」

「はい」

 こういう細かいことにハートさんは気付くんだよな。シドさんが戦略を立て、ガインさんが指揮を執り、フェルネットさんが情報を集める。そしてハートさんはすべてを調整するのだ。マリーの護衛で満足していた自分がとても未熟に思えた。


 何か出来ないかと地図を見て、マリーがいそうな場所に石を置いて行く。

「どうした?」

「いえ。王城以外でマリーを幽閉するなら、どこが最適かと……」

「国境警備を動かせるほどの人物となると、ここの領主か王族。王族側の貴族。聖女を民衆の前で殺そうとするような、おかしな奴が裏にいたとしたら……」

 ハートさんは学校、診療所、倉庫と、どんどん石を置いて行く。

「学校……。子供を盾にされて、マリーが動けない可能性もあるってことですか?」

「ああ。一番有効な手だろ?」

 なんて汚い手だ。想像するだけで殺したくなる。人を憎む怪物になりそうだ。

「心配するな。諜報部隊が必ず情報を手に入れる」

 彼は、眉間に力を入れた私を見て「それに、お前は誰も殺さない」と、そう言った。

 そうだ、私は人を守りたい。守って来た。これからも。


「ハート様、隣国の教会から手紙が届きました」

 警備兵が手紙を持って待機所に入って来た。

 隣国の教会から? ここに私たちがいることはもう知られているのか。

 ハートさんは手紙を読み終わると、静かに息を吐いて目を伏せた。

 マリーに何かあったのか?

 れた私は急かすようにハートさんに殺気を当てる。

「ああ、すまん。団長! ちょっと」

 聖騎士たちに指示を出していた団長をハートさんが呼び寄せた。

「どうしました?」

「隣国の教会から手紙が来た。聖女は無事だ」

「ご無事ですか!」「良かったー!」

 近くにいた聖騎士や団長が嬉しそうに声を上げる。私もホッとして力が抜けた。マリーが無事で本当に良かった。それが聞けただけでも全然違う。


「聖女は隣国の王城に保護されている」

「王城ですか? 隣国は何を考えて……」

「いや、第一王子の単独らしい。第二王子が協力を申し出た。これは願ってもない内部協力者だ」

 それを聞いた団長はホッと息を吐いた。私は戦争になっても良かったのに。

「それで、第二王子はどんな協力を?」

 団長がハートさんを見る。

「第二王子が聖女を城の外に連れ出して、我々に直接引き渡してくれるらしい。時間は夜半だ」

「では私たちは、時間になったら迎えに行くだけ、ということですか?」

「そういうことだ」

 なるほど。第二王子に聖女を救出させることで、王族はどうにか面目を保つつもりか。

 馬鹿王子は第二の方って聞いていたのに、噂は当てにならないな。

「テッド、ヘンゼッタの教会に、了承の返事を書いて送ってくれ」

「はい」


 するりと横に警備兵がやって来た。

「ハート様。第三、第四、第五の聖騎士団が続々と到着し、キャンプを張っております」

「そうか。各団長をここに呼んでくれ。作戦と状況を説明する。第二は警備兵のフォローを頼む」

「「はっ!」」

 急に待機所は人が入り乱れて慌ただしくなった。


 さてと、向こうの教会に手紙を書かなくては。

 ヘンゼッタの王族には、圧倒的な戦力差を見せつけてやらないとな。


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 作戦通り、夜半に聖女を王城へ引き取りに行く。

 こちらは本日昼過ぎに国境を越える。

 聖女救出部隊の隊長に〝神の託宣〟が発行された。

 抵抗すれば〝神の託宣〟のもとに、すべての力をもって城を落とすつもりだ。

 ヘンゼッタの全聖騎士で王城を取り囲め。

 我々も、第一を除いた全戦力でそちらに向かう。

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 これで準備は整った。