目覚めたリリー ガイン視点
昨日の夕方マリーが攫われて、気が付けば翌日の午前中になっていた。医務室の窓から差し込む光が、部屋全体を明るくしている。俺たちはウトウトしながら、リリーが目を覚ますのを待っていた。時計の針のゆっくりと進む音が、静かな部屋に響いている。
「ガインさん、ベッドでお休みになったらいかがですか?」
白神官がそう言ってふわりと毛布を掛けてくれた。
「いや、ここで十分だ」
俺は医務室の奥の壁に凭れ掛かって座っている。
彼女は呆れたように、床に転がっているフェルネットにも毛布を掛けた。
邪魔なのは分かっているが、リリーだけが頼りなんだ。今は片時も目が離せない。
「うぅ、頭が痛い……」
リリーのかすれた声が、静寂を破る。
「リリー、起きたのか? わしが分かるか?」
手を握っていた爺さんが、ガタンと椅子を倒して立ち上がった。
「リリー、わしじゃ。お前の祖父だ」
「おじい……さま?」
リリーは爺さんに支えられて体を起こすと、自分の服を確認している。目を覚ますとはっきり分かるが、動きの癖や表情が違う。目の色も違う。使われた薬は魔獣用の毒物だったため、特定に時間がかかった。
「あ、ガイン? ……フェルネットも? 何でここに?」
「何があったか、覚えていないのか?」
俺がそう聞くと、リリーは緊張感もなく腕を組む。
「えー? こっちが聞きたいよ。どうなってんの?」
こいつ、口封じをされたことすら覚えていないのか?
「だから……、だから僕は、嫌だったんだ……」
フェルネットが顔を歪めて唇を嚙んだ。シドさんがフェルネットの横に行く。
「ソニー殿、フェルネットを頼む。皆も、しばらく彼女とガインと三人だけにしてくれないか?」
シドさんが低い声でそう言った。それは誰も逆らうことの出来ない声だった。こんなシドさんは久しぶりだ。彼の顔は一つじゃない。
爺さんはフェルネットの肩を叩くと、何も言わずに出て行った。フェルネットはこれから何が起きるのか悟ったんだろう。「ごめん」と小さく呟いて部屋を出た。医者も白神官もそれに続いた。爺さんに、これからすることを見せたくない。シドさんの声はそう言っていた。
「ねー、私の護衛は?」
空気も読まずにリリーは笑顔で俺を見る。
「そんなことより何があった? なんでお前はここにいる?」
俺は、自分で思っていたよりも冷静だった。
「えー? 言わなーい。とりあえず護衛を呼んで」
護衛? ハートのことか? シドさんも、肩をすぼめて理解不能といった表情だ。
だが、これ以上は時間をかけられねぇ。すぐに
「下がってろ!」
シドさんに手を摑まれた瞬間、天井が見えた。
痛みすら感じなかった。どうやら俺は床に叩き付けられたらしい。油断した。
パン!
その音に体を起こすと、シドさんがリリーの髪を摑んでいる。
「叩かないでよ! 何こいつ! 放してってば! ガイン、助けて!」
「マリーはどこだ? その服は誰に貰った?」
全身に殺気を帯びたシドさんが、静かに聞いた。俺が立ち上がると「動くな」とその場の空気を凍らせる。全身が刺すように痛い。髪を摑まれて暴れていたリリーは、シドさんの迫力に負けておとなしくなった。
本当ならその役目は俺だった。いつもそうだ。シドさんは憎まれ役をすべて引き受ける。そんな自分が不甲斐ねぇ。だが今はどうでもいい。神官たちが徹夜で毒物を特定し、リリーを助けたのはマリーのためだ。
「マリーはどこだ? その服は誰に貰った?」
シドさんがもう一度リリーの頰を叩くと、同じ質問を繰り返した。
「待ってってば! 話すから叩かないで! メイルスに貰ったんだってば!」
取り乱した彼女は半泣きだ。マリーと同じ顔だから胸が痛い。