聖女警護隊 ガイン視点




 俺たちは教会の廊下をマリーと歩いていた。白と金の装飾が施された高い天井に、磨き上げられた白い大理石の床。窓にはめ込まれたステンドグラスが、色とりどりの光で廊下を染めている。


「みなさん勢揃いで、研究室まで送ってくれなくても良いのですよ?」

「今日は教会から『全員で』って呼ばれてんだ。たまにはいいだろ?」

 マリーが嬉しそうに頷いた。

「S級の護衛に囲まれちゃって、私ってぜいたくですよねー」

 今日のマリーは特に機嫌が良かった。

 くるくる回ってスキップしながら、楽しそうに笑っている。

「うふふ。テッドさん、制服がとーってもお似合いですよ!」

 マリーの背中を追いかけるテッドを、あいつはいつものように揶揄からかっていた。


 俺たちは、半年前の聖女巡礼の時に渡された灰色の制服を着ている。特に指定されたわけではないが、あれ以来、教会の仕事の時はこれを着るのが当たり前になっていた。


 裏庭の渡り廊下の先で、体の大きな聖騎士が直立不動で立っている。いつものハートの代わりに、今日は聖騎士が護衛に入ることになっていた。フェルネットが「今からあれで平気かな?」と小さく漏らす。確かあいつは脳筋の第三聖騎士だよな? 戦闘馬鹿に護衛任務は務まるのか?

「第二はどうした?」

「はい! 第二は年に一度の模擬戦中です! 本日は、第三聖騎士団所属三年目の私、ニールが代わりを務めさせて頂きます!」

「ああそうか、模擬戦は今日だったな。明日が第三だっけ?」

「はい! 負けるつもりはありません!」

 笑顔で彼は力こぶを作る。

「じゃ、ニール。マリーを頼むな」

「はい! 聖女様のことはお任せください!」


「ニールさん、中で寛いでくださいよ」

 マリーが中に入れと促すと、彼はドアの外に置いてある椅子をバンと叩く。

「いえ、私はここで」

 外に向かってどっかり座り、気合いを入れて腕を組んでいる。マリーが助けを求めるように俺を見た。

「ははは。本人があれで良いって言ってんだ。ほっとけ」

 やる気はいいが、あれじゃバテそうだな。

「ニール。あんまりるなよ」

「はっ!」


 ニールに後を任せて俺たちは、長い長い渡り廊下を渡った先の会議室に向かって歩く。いつものように入ると、教会幹部がずらりと正面に座っていた。

 何事かとハートが俺を見る。

「いや、何も聞いてねぇ」

 俺は大げさに首を振った。

 中央に座るモーラス司教様が俺たちを見てニコニコと笑っている。なんだ、なんだ?

「皆さん、とりあえずお座りください」

 俺たちは言われるがまま、目の前の大きなテーブルの席に着いた。

「実は君たちを呼び出したのは、教会から提案があってね」

 神官が俺たち一人一人の席に資料を置いた。

 よく見ると、他の幹部の手にも、その資料が握られている。俺たちは資料をめくって、ざっくりと目を通した。


「今後の聖女の、警護の方針?」

 フェルネットが首を傾げた。

「はい。我々は、聖女様への仕事の依頼方法を、安全面を考慮して、根本から見直したいと思っています」

 モーラス司教様がそう言うと、他の幹部の者たちも揃って頷いている。

「では、従来通り聖騎士と白神官だけでマリーを守ると?」

「いえいえ。そうではありません」

 モーラス司教は慌ててそれを否定した。

「代わりに聖女警護隊を作ろうというご提案なのです」

「「「聖女警護隊?」」」

 俺たちは一斉に声を上げた。


「はい。今着用されている制服を、そのまま聖女警護隊の制服として採用し、皆様方にはその任に就いて頂きたいと、我々教会本部は考えております」

 そう言うと、モーラス司教様は大きな紙を白神官に持たせて俺たちの前で広げさせる。

 そこには教皇様を頂点に指揮系統が書かれていた。

 俺たちはモーラス司教様の下、全聖騎士団の団長より上の位置づけだ。

「今までの依頼は、教会からギルド、ギルドからガインさんたちへ。また、要請は、ガインさんからギルド、ギルドから教会へと複雑でした。この遠回りが解消され、伝達ミスの減少、時間短縮にも繫がるはずです」

 改めてそう言われると、確かに複雑だ。俺は資料を見ながら、過去のやり取りを思い出した。

「そのためにもガインさんたちにはぜひ、教会に所属して頂きたいと、我々は考えております」

 なるほど。それがメインの話か。

 ハートたち三人も頷いている。こいつらも理解したようだった。

「冒険者のお仕事のこともありますし、よく考えてからお返事を頂きたい」

 モーラス司教様はそう言うと、広げていた資料を片付けさせた。


 こいつら三人の将来に関わることだ。よく話し合って決めないと。誰かが冒険者として残るなら、俺も一緒に残るつもりだ。リーダーとして、親として、最後まで。


 突然ガタンと大きな音を立てて、ハートが席を立つ。

「ガインさん、俺に異存はありません」

「僕もー」「私もです!」

 続いてフェルネットとテッドが立ち上がった。

 ははは、即答かよ。もっと資料の中身を確認しろよ。

 ……でも、そうだよな。俺たちはずっとマリーを守って来た。今更だよな。

 俺は嬉しさを嚙み殺して立ち上がる。

「よろしくお願いします」

 俺は深々と頭を下げた。こいつらは、なぜか俺から一歩下がって頭を下げた。

「お早いご決断、ありがとうございます。後のことは、そこにいる白神官とお願いします」

 俺たちの返事で会議は終わったらしく、幹部たちはそれぞれに「よろしく」と握手をして出て行った。ハートは最後に出て行ったモーラス司教から、綿毛の魔道具をいくつか渡されていた。



 静寂が支配する会議室。さっきまでの活気が噓のようだ。窓からの強い光が無人のテーブルに影を落とし、静かな緊張感を漂わせている。

「それでは皆様、これから教会所属の手続きを行います」

 待機していた神官が、次々と目の前に書類を置いていく。

「まずはこちらの教会カードに魔力登録をお願いします」

 俺たちは、それぞれの名前が刻まれたカードを渡された。これは教会所属となった後、何かを登録するために使われるらしい。詳しいことは忘れた。その後は、免責事項や守秘義務など、よくあるお決まりの契約書にサインした。


「お疲れ様です。それではこれから皆様には、講習を受けて頂きます。講習の最後に簡単な試験があるので、しっかり集中して受けてくださいませ」

 ……まじかよ。

 にっこり笑う白神官が鬼に見える。

「ガインさん、大丈夫? ハートさんは頭がいいし、テッドは元聖騎士だよ。もちろん僕だって頭いいし」

「うるせぇ、フェルネット」

 フェルネットが面白そうに俺を揶揄う。

 しかし試験は講習を受ければ誰でも合格出来る、簡単なものだった。


「これで聖女様のいるすべての場所が、あなたたちの居場所になります」

 白神官の最後に言ったこの言葉が、とても印象的だった。



「いやぁ、もう夕方か。すっかり遅くなっちまったな」

 俺は廊下の窓を見ながらつぶやいた。夕陽が庭を赤く染めている。

「疲れましたね」

 テッドは歩きながら肩や首を回していた。

「お前は聖騎士になる前に受けたんだろ?」

「ええ。でもあんなに簡単ではなかったですよ」

 テッドが肩をすくめた。やっぱりな。

「マリーが聞いたら喜ぶかな」

「うん、絶対に喜ぶよ! この制服も、もしかして最初からそのために?」

 フェルネットがはしゃいでいた。

「フフ。あの教皇様ならやるかもな」

「きっとモーラス司教様の方ですよ」

 ハートとテッドが嬉しそうに笑っている。

 マリーの研究室に向かう俺たちは、馬鹿みたいに浮かれていた。


 横から教会に関わることが、どんなに難しいか。それが分かっていたから、苦肉の策でギルドを通して貰ったんだ。なのに向こうから誘って貰えるとは。教会も随分と変わったもんだ。これで障害が無くなったし、俺たちはマリーのためにどこにでも行ける。


「ねぇガインさん。お祝いは、いつもの店で盛大にやろうよ」

じいさんやシドさんも呼んで来ないとな!」

 フェルネットが楽しそうに渡り廊下を先に行き、突然全速力で走りだした。

「なんだ?」

 不思議に思って視線を移すと、奥の庭で大きな袋を担いだ男の姿が目に入る。

 ハートとテッドが窓を蹴破り袋の男を追いかけた。

 俺は反射的にフェルネットを追いかける。

 あ、研究室のドアが開いている……。マリーは?

 廊下の先の黒い影が、血まみれで倒れているニールと気付いて血の気が引いた。

 噓だろ。違うと言ってくれ。

 フェルネットがそれを横目に研究室に飛び込んだ。