薬の開発
聖女巡礼の後、私はしばらくお休みを頂いた。
ガインさんたちもお休みで、みんな自由に過ごしている。
今日は朝早くに家を出て、教会の裏庭にやって来た。
今、私の目の前には〝裏庭薬草農園〟改め〝聖女薬草農園〟の看板が立っている。実はこの看板、ノーテさんが立ててくれたのだ。巡礼中の手入れについて相談をしたら、次の日にはこうなっていた。
まさかたったこれだけで、解決するとは思わなかった。おかげで薬草たちは、冬に備えて元気いっぱいに育っている。
「うわぁ。久しぶりだから研究室が薬品臭い。換気、換気」
私は研究室に入るなり、すべての窓を全開にした。冷たい風が一気に部屋に流れ込む。
「うぅ、寒い!」
冬の気配を感じさせる。すぐに空調結界で部屋を包んだ。
えっとー、出かける前に機材をここに仕舞ったはず……。研究途中の薬品はあそこの棚で……。
「うふふん、ふふん」
久しぶりの研究室。大きな木の机の上には、本や機材、薬品がどんどんと並べられていく。
楽しいな。実験器具を見ると胸が躍るのはなぜだろう。私もまだまだ、中二かな。
「麻酔薬みたいな薬が欲しいのよね……。局所麻酔みたいな」
精霊の加護と違い、私の加護は女神のもの。要するに、他の人より魔法が強力だったのだ。
睡眠薬みたいに、強力な眠りの魔法は害になるのよね。
「事故が怖い……。目覚めの魔法があればいいのに」
全国の聖女様も絶対に欲しいはず。回復途中のあの絶叫は、こっちのメンタルが崩壊するし。
「さーて、やっちゃいますか!」
コン、コンと、軽くドアがノックされた。
「マリー? やっぱりここか」
「あれ? ハートさん?!」
少し開いたドアの隙間から、ハートさんが顔を覗かせる。
「どうされたのですか?」
私はあわててドアに駆け寄り、ハートさんを中へ招き入れた。
「邪魔して悪いな、マリーのお茶を飲みに来たんだ」
しまった。護衛のために来てくれたのだ。ハートさんもお休みなのに。
テッドさんがいないから、勝手に一人で来ちゃったよ。なんて申し訳ないことを……。
「すみません。護衛に聖騎士さんを呼ぶべきでした」
教会みたいな安全な場所で、ハートさんは過剰戦力だ。
「そうじゃない、俺はこの場所が好きなんだ。一人で来る時は誘ってくれ」
優しいな。そう言ってくれると頼みやすい。
最近のハートさんは、昔より柔らかい雰囲気になった気がする。
それがなんだか心地いい。
「手を洗ってきます。ご自由におくつろぎくださいませ」
「ふふふ、マリーは泥だらけでも綺麗だよ」
まったく、無自覚とは恐ろしい。その素敵笑顔でストーカーを量産しているくせに。
苦笑いをしながら洗面所で何気なく鏡を見た。
あ、顔に泥が付いている。
それで『泥だらけでも』ね。くぅ、恥ずかしい。
そのままキッチンへ向かい、先ほど摘んだハーブでお茶を入れた。
部屋に戻ると窓際で、ハートさんが静かに本を読んでいる。私はお茶をサイドテーブルにそっと置いた。
壁に掛けた白衣を羽織ると、私も机に向かって研究に取り掛かった。
「ああ、いい香りだ」
その声に振り返ると、ハートさんがカップを手に持っていた。
「冷めても美味しいお茶なのですよ。本を読む時にはぴったりです」
彼は「ありがとう」と優しく笑う。
「すっきりとした、素敵な香りだ」
ミントに似た香りの草を見つけたので育てたのだ。
たいした効能はないが、最近はすっかりこれに
「マリーは昔から本当に薬草が好きだよな」
「ふふん。洗脳の成果です」
「洗脳?」
彼は笑いながら肩をすぼめて、再び本を手に取った。

フッと視界の端で明かりが灯る。
「何を研究しているんだ?」
気が付けば辺りが暗くなっていて、明かりを
「麻酔薬です」
「麻酔薬?」
「体の一部の感覚を、一定時間、安全に麻痺させる薬を作れないかと……」
その目的を察した彼は、少し辛そうな顔をした。
あの時の光景を思い出したのかな。心配そうに私の顔を覗き込む。
「ふふふ。全国の聖女様もきっと欲しがりますよ」
心配無用と伝えるために、ワザと明るくおどけて見せた。
「そうか、大発明だな」
彼も私の気持ちを察して笑ってくれる。
「この前ガインさんにも自慢したのですが、ここには試作品の薬品が色々あるのですよ」
そう言って一番端の薬品棚を開けて見せると「じゃーん」と手をヒラヒラさせた。
「へぇ。解毒薬がたくさんだね。これは?」
彼が興味深そうに〝石化防止薬〟と書いた瓶を手に取る。
「ふふん。それは、師匠への無言のアピールです」
「無言……あれだけ文句を言ってたのに?」
ハートさんは笑っているけど、笑い事じゃなかったのですよ。
確かにめちゃくちゃ文句は言ったけど、抗議のために市販の物より効果の高い薬を作ったのだ。
他にもたくさん作ったけど。
「そうだ、今日のお夕飯はここで食べますか? 運んで貰えるのですよ」
「それはいいな。一般食堂は禁止なんだっけ?」
彼のその言葉で、私はパレードの日のことを思い出す。人生で一番の黒歴史が聖女の初日とは、いかにも私らしい。出来ることならあの日に帰りたい。
「あはは。そうなのですよ。ノーテさんに散々叱られました」
「そういえば、そんなこともあったな。あれから三年近くも経ったのか」
「早いものですね」
「あの小さかったマリーが、今年で十八歳。大人になったな」
ハートさんが遠い目をする。
私たちは研究室で食事を食べて、門限前に帰宅した。
しばらくはそんな平和な毎日が繰り返された。