リリーと馬鹿王子




 城の応接室でソファーにもたれた私は、退屈になって窓の外を見た。葉はほとんど落ちて秋の終わりを感じさせる。自分のお茶だけを入れたブリッドが、勢いよく隣に座った。部屋に視線を向けると色とりどりのドレスの布や宝石、靴などがあちこちに並べられていた。


 この応接室はとても広く、天井にはシャンデリアが輝いている。壁には古い絵画が掛けられ、歴史を感じさせた。少し早いが暖炉には火がともされ、その暖かさが部屋全体に広がっている。


「こちらはいかがでしょうか?」

「うううん、あっちの白いレースのやつがいい。後は、これと、これ。やっぱり私、そっちがいい!」

 商人は、リリーに向かって様々な生地を広げて見せている。

 彼女を連れ帰って数日後、城に商人を呼んだのだ。

 ふふん、私はきちんと約束は守るからな。決して誘拐じゃないぞ。


「なぁ、ブリッド。侍女を付けて身なりを整えさせたら、立派な令嬢になっただろ?」

「見た目だけですがね。本当に、問題が無いと思いますか?」

 ブリッドがゴミを見るような目で私を見た。彼はずっと反対している。

「決して強制はしていないぞ。自由にさせるつもりだし」

「そういうことではなくて……」

 ブリッドが呆れた顔で首を振り、リリーに目を向けた。

 早く言葉遣いも直さないと。それにきちんとしたマナーを身に付けさせたいな。

 文字の読み書きは出来るし、そこまで馬鹿ではないらしい。

 彼女があの聖女みたいになったらと、想像するだけでも楽しいな。


「ねぇ、メイルスー。これから冬だしぃー、コートもいいー?」

 リリーと商人が、満面の笑みで私を見た。

 ……先は長いな。

 私は「好きにしろ」と手をひらひらさせて部屋を後にする。廊下は窓から差し込む陽光で、とても眩しく感じた。

 女性の買い物は長くて退屈だ。モテる兄はこういう時はどうしているのだろう。教えて欲しいが嫌われてるし、ブリッドはモテないから参考にならない。

「で、教育係は見つかったのか?」

 横を歩くブリッドの方を向く。

「いえ。優秀な者は第三王子に付いておりますので、一流と言えない者であれば……」

 彼は『仕方ないですよね?』と言わんばかりに私を見た。

「シェア出来ないかな?」

 ブリッドが鼻で笑う。

 だよな。王子の教育係を貸し出すはずがない。

「ブリッドが教育するっていうのは?」

「私の最高傑作が王子なのですよ?」

 彼と目が合って、ふたりして微妙な顔になる。

 そうか。私はブリッドの最高傑作だったのか。

 じゃ、ダメだな。

「三流でもいいからだれか探しておいてくれ。それと今日の夕食は、こっちで摂る」

「はい」



 カチャカチャと食器の触れ合う音だけが、静かな離れの部屋に響いている。

 私の目の前で、リリーが食器を鳴らして食事をしていた。

 顔は似ているんだよなぁ、顔だけは……。私は顔だけ笑って心の中でため息を吐いた。


「あ、リリー。お皿に口を付けてはいけないよ」

 スープを飲もうと皿を摑んだリリーを慌てて止める。

「なんで?」

 彼女は皿をテーブルに置くと、不思議そうに私を見た。

「手は熱くなかったかな? スプーンでこうして飲むといい」

 私がスープを飲んで見せると、侍女はリリーにスプーンを持たせた。

 気になっていた食事の姿勢も、侍女が綺麗に直してくれる。

 出来ないわけではないのか……。

「肉はこうやって切って食べるんだ。ここでは好きなだけ練習すると良い」

 手摑みで食べようとしたリリーを止めて、侍女が彼女にナイフを渡した。

 意外に器用だな。教えると彼女はそれなりに出来る。ギシギシと皿を切る音はするけれど。

「リリーは飲み込みが早いんだな」

「うふふ。やったことあるんだよ。ルディが前に、少しだけ教えてくれたの」

 ルディが誰だか知らんが、ありがとう。

 だが、きちんと教えておいて欲しかった。


 この時の私は気付いていなかった。人生最大の間違いに。

 私にとって、リリーはとんでもない災いだったのだ。



 あれから数日後、朝食を終えた私は執務室に向かって廊下を歩いていた。

「王子、あれは……」

 荷物を抱えた護衛主任のダジールが、向こう側の渡り廊下を歩いている。

 まさか、違うよな?

「何か聞いてるか?」

「いえ、何も……」

 今日の護衛担当は、何も知らないと首を振る。

「ブリッドを部屋に呼んでくれ。大至急だ!」

「はい!」

 後ろを歩いていた側近の一人が走って行った。


「王子! お急ぎの件とは?!

 ブリッドが慌てて執務室に入って来る。

「大変だ! さっきダジールが、荷物をまとめて歩いていたぞ!」

 ブリッドには心当たりがあるようで「ああ」と言いながら項垂れた。

「まさか?」

「はい。また、リリーがクビにしたそうです」

「は? 何言ってんだ、急いで連れ戻せ!」

「もちろんお引き止めはしましたよ? でも、もう我慢出来ないと、先ほど荷物をまとめて……」

 なんてことだ。とうとう護衛主任までクビにした。

 このままだと私の部下が一人もいなくなってしまう。

「それと……、またもや教育係が辞めてしまいました」

「はははは、あれだけ待遇を良くしたのにか!」

 笑っている場合じゃないが、もう笑うしかない。私の運も尽きたのだろうか。

「次が見つからなけりゃ、ブリッドが担当な」

「荷物をまとめるので時間をください」

「行かないで!」

 あああ。もう三人目だぞ。このまま放置するわけにもいかないし。この際、食事のマナーも言葉遣いもどうでもいい。とにかくあの暴走を止めなくては……。

 執務室に差し込む光が部屋を照らしていたが、私の心は重かった。


「ブリッド、せめてリリーの暴走を止めて」

「それが出来たら私はもっと出世しています」

 だよな。

「彼女は普段、何をして過ごしているのだ?」

「使用人の子供と遊んでおりますが……」

 ブリッドがポンと手を打った。

「子供同士ならクビに出来ませんよ!」

「それだ! うちでやってる使用人の子供専用のマナー教室で、リリーも一緒に学ばせよう」

 ブリッドは嬉しそうに頷いた。

「流石王子、頭がいいです!」

「あはは。初めて言われたわ」

 二人でひとしきり笑い合うと、ソファーにぐったりと凭れ掛かった。

 今までも散々馬鹿はやってきたが、今回は流石に身に染みたな。

 昔、洞窟で花火を試したら、爆発して大惨事になった時を思い出す。住み着いていたS級の魔物を偶然討伐出来たから、ブリッドがどうにか処理してくれたけど。


 これ以上ブリッドに負担はかけられないし、これからどうしよう……。


「ところで王子。彼女を一体どうするおつもりで?」

「うむ。私も同じことを考えていた」

 ブリッドは鋭いな。

「同じ顔だからと下心で連れて帰ってみたが、だんだん自分が変態に思えてきた。罪悪感すら湧いて来たぞ」

「やっとご自分が変態だと自覚してくれたのですね。王子の成長がとても嬉しいです」

「……すまんな」

 ブリッドに笑顔で「いつものことですから」と追い打ちをかけられる。

 ちょっとは『そんなことありませんよ』とか言って欲しい。

「せめてもの償いに、リリーには最低限のマナーだけでも身に付けさせて家に帰してあげよう」

「それが良いです! 一刻も早く帰しましょう」

 ブリッドは勢いよく立ち上がり、笑顔で振り返る。

「早速マナー教室の手配をしてまいります!」