マリーに会いに リリー視点




 村は朝早くから大騒ぎ。今日は徴税人が来るからだ。父さんも手伝いに出かけて行った。母さんはこれから手伝いに家を出る。村人総出で薬草の束を数えたり、回復薬を積んだり大忙しなの。


「リリー、今日は何があっても家から絶対に出ちゃだめよ」

「母さんそれ何度言うつもり? 聞き飽きたって」

「リリー、約束よ」

「分かったってば。遅れるから、早く行きなよ」

 私だけ外出禁止。私は悪い子だから、絶対に迷惑かけるんだって。昨夜父さんが散々怒鳴り散らしてた。普通に言えばいいのにね。ほーんと、意味が分からない。


「ふー、こんなもんかな」

 自分で朝食を作るように言われたから、パンに野菜を挟んでみた。

「ほら、簡単。私だってやれば出来る」

 誰もいない静かなキッチンで、パンパンと手を叩いてパンくずを払う。窓の外に目をやると、村人たちが忙しそうに作業をしていた。

 ……、全然食欲ないし。

「あー、落ち込むなんてらしくない。要するに、邪魔しなければいいんでしょ」

 私は見つからないように、キリカを探しに行くことにした。

「父さんに見つからないように気を付けなきゃ」

 取り敢えず、人がたくさんいそうな集会所を目指すことにする。


 あ、キリカ発見。

「ほらほら、ばあさん。危ないから急ぐなよ」

「仕方がないだろ。楽しみなんだから」

 キリカがおじさんたちと一緒に、年寄りたちを荷馬車に乗せている。

 みんな綺麗に着飾って、マリーに会いに行くのかな?

 いいなぁ、私も聖女になったマリーを見たいなぁ。

 でも、我慢。父さんたちも行けないんだし、私も我慢出来るもん。

「キリカ、帰りも頼んだぞ!」「よろしくな!」

「ああ、任せといて」

 そうしている間にそのままキリカは荷馬車の手綱を引いて走り去った。

 え? キリカが行くの? 聞いてない。

 ……ふーん、そういうことね。だから私だけ外出禁止だったんだ。おもしろーい。

 私は大きく息を吐くと、慌てたように見送りをするおじさんたちのもとに走り出した。


「おじさんどうしよう。私、乗り遅れちゃった。キリカと一緒に行くはずだったのに」

 見送っていたおじさんたちの顔を、泣きそうな目で見た。

「そりゃ大変だ。でも歩いて二時間かからないし、今から追いかければ大丈夫だよ」

「ああ、すぐだ。襲ってくるような魔獣も出ないし」

「そうだな、この道をまっすぐだから迷わないよ」

 歩く? 無理、無理。畑にすら行かせて貰ったこともないのに。

「一人で歩くのはちょっと怖い……」

 仕方ないから首を傾げて上目遣い。大抵これでどうにかなるし。

「徴税人が来なけりゃ、幾らでも連れて行ってやれるんだがなぁ……」

「確かコリン婆さんが奥の畑まで行くから、乗せて貰えるように言ってやるよ」

「わぁ、ありがとう」


 土を積んだ荷馬車でお婆さんに途中まで送って貰い、残りは自分で歩いてみた。道は静かで、秋の虫が鳴いている。それに思ったよりも近いかも。歩きでも行けるっていうのは本当みたい。

 あの先に見えるのが外壁門かな? 聞いていたより大きいじゃない。おとぎの国の扉みたい。

 門の向こうに行きたくて足が勝手に駆け出していく。今なら空も飛んでしまいそう。

 長蛇の列の最後尾にすぐに辿り着いた。


「お嬢さんは一人で来たの?」

 白い制服を着た聖騎士のお姉さんに声をかけられた。

「ロガリア村から歩いて来たの」

「危ないな、帰りは誰かに送って貰うと良い」

 彼女は私を団体用の列じゃなく、個人の列の方に案内してくれた。キリカは向こうの列かな。

「後ろの方はステータスか、冒険者カードを用意して待っていてくださーい」

 門番の人が行列に向かって繰り返し叫んでいる。兵士もたくさんいるし、馬に乗った白銀の鎧の聖騎士もいる。目に飛び込んで来るものすべてが新鮮でドキドキが止まらない。流れ作業のようにステータスを確認していく門番さんに、肩を押されてあっという間に門をくぐった。


 町に入ると信じられないくらいの人がいる。みんな活気に満ちていた。建物が高い、音楽も聞こえてくる。お祭りみたいに賑やかで、道には綺麗な石が敷き詰められている。

「あははは、贅沢ー。こーんな綺麗な石を道にしちゃうなんて!」

 私はくるくる回りながら素敵な道を歩いた。足元の石がキラキラと光り、まるで宝石のよう。

 こんな大きな町で、みんなみたいに綺麗な格好をして暮らしたいな。

「本当にここは、おとぎの国の中みたい!」

 お店には綺麗なお洋服が飾られていた。宝石みたいなケーキや、良い香りのせつけんも見つけた。

 手でれることは出来ないけれど、見てるだけでうっとりする。


「あ」

 突然目の前に、ガラスに映る薄汚れた自分が現れた。急に現実が押し寄せてくる。

 視線を下げて自分の泥だらけの手元を見ると、急に恥ずかしくなった。

 周りを見てもそんな人は一人もいないのに。

「土を積んだ荷馬車に乗ったから……」

 手を握って後ろに隠した。だけど汚れた服は隠せなかった。いつもはもっとマシなのに。

 そうだ! どこかで綺麗に出来ないかな。

 水場を探して歩いていたら、子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。

 あれが水飲み場だ。石で出来た器から水が出てくる魔道具。ルディから聞いたことがある。


「お姉さん、泥だらけー」「わははは、真っ黒だ!」「泥んこ! 泥んこ!」

「ふふん! それ以上笑うと、水をかけるよ!」

「キャー!」「冷たーい!」「あははは!」「もっと遊んでー」

 子供たちはキャッキャとはしゃいでいる。はー、子供ってほんっと単純。

 私は顔と手を洗って綺麗にする。水は少し冷たかった。

 少しはマシになったかな?


 それにしても、この町の人はどこか村の人と違って見える。姿勢? ルディが言ってたのってこれかな。私も真似して背筋を伸ばす。

 そうだ、早くキリカを探さなきゃ。町の中央にある高い建物、あれが教会だと思う。みんなあそこに向かって歩いている。人の流れに乗って歩いていると、いきなり腕を摑まれた。


「おい! リリー!」

「わっ! キリカ!」

 驚いて跳び上がりそうになった。

「会えて良かったー。ホッとして座り込みたいよ」

 よく見ると、キリカの服は新しく、髪も整っている。嬉しくて抱き付こうとしたら押し返された。

 何それ、キリカのくせに。

「どうして付いて来たんだよ!」

「だって……キリカだけがマリーと会うなんて……」

 予想外にキリカはすっごく怒ってる。こんなに怒るキリカを初めて見た。

「違うよ。年寄りたちを送って来ただけだ。夕方の五の鐘で帰る予定、門のところに集合だ」

「キリカはマリーに会わないの?」

「俺はどこも怪我してない。会うだけなんて迷惑だろ?」

 こういうところがキリカなんだよね。真面目すぎ。


「だったらさ、それまで暇だよね?」

「絶対にダメだ。おじさんとの約束は?」

 キリカがしかめっ面で首を振る。

 やっぱり、父さんとの約束を知ってたんだ。最低。

「村の人の迷惑になってないもん。一目見たら帰るから。ね? たった一人の姉なんだよ?」

 私が上目遣いでお願いすると、やっとキリカががんした。

「はぁー。ほんとに見るだけだぞ? 約束を破ったら、ってでも連れて帰るからな」

 やった。キリカは私の頼みを断れないもんね。

「うん!」

 私は気が急いて「早く早く」とキリカの手を引き、人混みを縫うように進んで行く。

 教会の大きくておごそかな正門は、別世界の入り口みたい。

 その豪華な白い門を見上げながら、初めて敷地に足を踏み入れた。


 わぁ、どこを見ても白ばっかり。レンガも柱も建物も全部白い、聖女の白。

 入ってすぐの大きな広場には白神官たちが行き交って、白い制服の聖騎士たちが話をしている。

 聖女に会いに来た人々は、みんなどこかに白い布を巻いていた。


「はい、これ」

 キリカが白くて綺麗なリボンを私の前に差し出した。

 いつの間にかキリカも腕に白い布を巻いている。

「……ありがとう」

 びっくりして受け取ると、キリカは恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 ふふふ、やっぱりキリカ。こうなることは分かってたんだ。

 私は嬉しくなって蝶々結びで首にリボンを巻いて見せた。

 これで少しは汚い服が誤魔化せるかな?

 人の流れに押されて歩いていると、灰色の制服を着たフェルネットが遠くに見えた。

 白神官たちと話している。

 フェルネットって、まだマリーと一緒にいたんだ! なんてツイてるの!

「キリカ! あれフェルネットだよ! 制服着てる! マリーに会わせてくれるかも!」

「よせ、フェルネットさんは仕事中だ」

 私が必死に手を振っても、フェルネットは気が付かない。

 キリカが私の腕を摑んで止めるから居なくなっちゃった。

 もう! 二度と会えないかも知れないのに!


「リリー、見るだけだって約束したろ?」

 キリカは凄く困った顔をしてる。

「フェルネットに会うだけだよ? せっかく……」

「ダメだ、迷惑になる。それにそんなに騒いだら、周りの患者さんの迷惑になる」

 キリカは私の言葉を遮って、大きなため息を吐いた。

「迷惑、迷惑って、キリカも父さんもそればっかり」

 せっかく再会出来たのに、嬉しくないのかな。あの旅は、今思い返すと楽しかった。私の存在を隠すために、人のいない森を通って旅をした。だから野営は大変だったけど、それでも刺激の少ない村にいるよりずっと。そう思っていたのは私だけかもね。私は悪い子だから……って、ダメダメ、何弱気になってんの。これからマリーに会えるのに!


 教会のおどうにはとても長い行列が出来ている。

 この奥にマリーがいるんだって思ったら嬉しくなった。本当に生きていたんだ。

「あっちでマリーに会えるのかな?」

「だから、見るだけだって言ったろ? 中に入って見るだけ見たら、列から外れて帰るからな」

 渡り廊下で多くの人が行き交う中、キリカは私の腕を摑んだまま立ち止まった。

「……邪魔になるから歩こうよ」

『迷惑になる』と私が言うと、キリカは小さく『ごめん』と言った。

 それから黙って一緒にお御堂につながる長い列に並んだ。気まずいな。

 子供たちが、開け放たれた扉の端から中を覗いている。

「私もちょっと覗いて来る!」

 私は沈黙から逃げ出すように、勢いよく走り出した。

「おい! ちゃんとみんなと一緒に並べ!」

 もう、キリカってば。見るだけならあそこからでもいいじゃない。

 ウキウキしながら子供たちに交ざり、私も扉の端から中を覗いた。


 え……。

 祭壇前で、マリーが細身のドレスを着て座っていた。あそこにいるのはマリーなのに、マリーじゃない。髪はサラサラでつやがあり、肌も白くて指先まで綺麗に手入れされている。雰囲気が、姿勢が、仕草が、何もかもが私と違う。

 いつの間にか、私の知ってる鏡の中のマリーは別人になっていた。


「もう、住んでる世界が違うんだな……」

「キリカ……」

 横でキリカがマリーを見てた。

 まるで光の女神みたい。双子の姉妹のはずなのに。

 その穏やかな表情に、どれだけ大切に育てられたか理解した。私と違って……。

 その時、マリーの横で灰色の制服を着ているハートを見つけた。


「キリカ! ハートだよ! ハートがいるよ!!